文語体と草書体(くずし字)における「文化革命」
十三年半前のことなれど、このブログの記事を文語体にて書きしことあり。「ATOK の文語モード試しみむとて」といふ記事なりき。下の画像よりのリンクも可なり。
いきなりの擬古文調で戸惑われたかもしれないが、私は「和歌ログ」などという文語体の和歌を詠むブログも毎日更新しているので、ほんのたまにはこんなことも生じる。ちなみに画像右側の「くずし字」は、「毛筆は悪筆なれど今様に QWERTY にて古語の歌詠む」という歌である。
なんでまた唐突にこんなテーマで書き始めたのかというと、"源氏物語が好きすぎて AI くずし字認識に挑戦でグーグル入社 タイ出身女性が語る「前人未到の人生」" という記事にかなり感動してしまったからである。これは素晴らしいニュースだ。
彼女は日本の古典文学が好きすぎて、タイから単身留学した。上の写真は Zoom でのインタビューの時のものなのだろうが、源氏物語絵巻の背景からもかなりの「本物」と見受けられる
しかし彼女は来日してワセダの大学院で学んだものの、最初は草書体(いわゆる「くずし字」「変体仮名」)が読めないために「F」の成績を取って泣いたこともあるという。そこで一念発起してかな文字を草書体で書く書道を習い、ものにしたというのだから、かなりの根性だ。
かく言う私も、同じ大学で草書体に苦労した経験があるので、彼女のことは他人事と思えない(今年 1月 5日付の「草書体で書かれた古文書というもの」という記事参照)。ただ、日本語が母国語ではない彼女の努力は私どころのものではなかっただろう。
そして彼女は今、「AI くずし字認識」というプログラムに挑戦し、Google に入社するという。
記事によれば、「現在、くずし字をきちんと読める人は日本の人口のたった約 0.01%、約数千人しかしない」のだそうだ。だとすると、「多少は読める」という程度の私は、せいぜい数万人ぐらいのうちの 1人なのだろう。
それでも日本人の 0.1%ぐらいの比率なのか。これって、英字新聞を読める日本人の数よりずっと少ないだろう。てことは、英字新聞と古文書の両方を、とつおいつながら読める(正直言って、英字新聞を読む方がずっと楽だが)私って、結構スゴいじゃないか!(と、我ながらびっくり)。
それほどまでに難しい「くずし字読み」を AI によって広めることができるというのは、まさに「文化革命」という気がする。
しかし彼女はインタビューの中で、「『AIによるくずし字認識は望ましくない』『こんな研究は良くない』という国文学研究者が何人かいました。古典文学を広めようと頑張っているのに、自分が所属する分野の人たちに反対されるのはつらいです」と語っている。うぅむ、これは結構厄介な問題だ。
こうした「何人かの国文学研究者」というのは日本人の中の 0.01% という「特殊権益」(あるいは「密かな楽しみ」)を、自分たちの狭いサークルの中で占有したいなんて思ってるんじゃあるまいか。
「古文は草書体で読んでこそ本物」という実感や、草書体の趣ある美しさを大切にしたいという思いは、私としても十分にわかる。しかし時代の要請の AI 認識を否定するというのは、ある意味で「選民思想」に通じる考え方だとまで思う。そうした意識が「古典嫌い」を育ててしまうのだよ、きっと。
というわけで、彼女の試みに精一杯の拍手を送り、応援したい。いつの日か、Google のサイトで古文書の画像をアップすると、瞬時に現代の文字に置き換わるなんていうサービスが始まることを期待して。
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コメント
takさん、1月5日のブログの私のコメントにこう返されています。
>それにしても、人の書いた文字を人が読めずに AI に頼るというのは、なんだかムカつきますね ^^;)
撤回して謝罪を(笑)
投稿: らむね | 2021年10月 9日 13:47
らむね さん:
どうも済みませんでした (._.)
今日も記事を書き始めた時から、正直なところ、この時のレスに関しては少々気になっていました ^^;)
言い訳がましいですが、「なんだかムカつく」という感覚は、個人的にはまだ消えたわけではないんですよね。できればスラスラ読みたいところですが、それがなかなかできないというのが、最大のムカつきポイントです。
投稿: tak | 2021年10月 9日 14:10
まあ、含みなく称賛するつもりなら「文化革命」なんて言葉は使いませんよね^^;
モヤッとする気持ちはわからないでもないです。
個人的には、古いSFによく出てくるパンスペース翻訳機みたいなのがいつか実現するとすれば、こういう技術が下地になるんだろうなと思ってるので手放しで応援したいところですが。
投稿: 柘榴 | 2021年10月10日 05:03
>柘榴 さん:
>まあ、含みなく称賛するつもりなら「文化革命」なんて言葉は使いませんよね^^;
それは多少あるかも ^^;)
投稿: tak | 2021年10月10日 10:08
おおー!これはすごい!Σ(゜ロ゜;
日本人の学生からは出ない発想なのかも
素直に応援したくなります
投稿: ひろゆき王子 | 2021年10月10日 18:58
ひろゆき王子 さん:
なるほど。
確かに日本人の学生は、そのまま読むように指導されてしまいますからね。
投稿: tak | 2021年10月10日 20:39
古文書ってか草書体の文書(もんじょ)って、読めなくて放置のものが多数あるんですよね。
少なくともこれからは草書文書が激増する気配はないので、この際だから「必殺AIちゃん」で、一気呵成に読み切ってから研究するって方法もアリだと思います。
「ここは?いや、AIちゃん翻訳でもちがうだろ…。」みたいに、新たしい学問ができますね。
投稿: 乙痴庵 | 2021年10月11日 18:35
乙痴庵 さん:
本当に、読めないのって、とことん読めないんですよね。
AI に頑張ってもらって、それでも ??? なところは、想像力で補うしかありません。
投稿: tak | 2021年10月11日 18:48
「コレ全部"し"やろ!」
って言いたくなる表記…。
投稿: 乙痴庵 | 2021年10月11日 18:58
乙痴庵 さん:
わはは (^o^)
わかる!
投稿: tak | 2021年10月12日 07:55
昔、聖書は庶民に読めないよう、あえて古い言葉の表記のままで継承されていたそうです。「聖書を読める」ことそのものが、教会に所属する者の特権であり聖域だったわけですね。
(宗教事情と無関係に、たまたま別ルートから古代語を継承しており読める人間もいた、というのが面白い話ではありますが)
これは西洋だけの話でもなく、日本の古い言葉も似た性質を持つ、というよりは、持ち続けていたと思われます。和尚さんにしか読めない経文のような。(上に同じく、一般人にも読めてしまう人がいる可能性はあって、それがトラブルの元ともなるわけですが)
そう考えてみると、古い価値観を継承している専門家の中には、「我々の聖域を土足で汚す気か」と受け取る方がいるのも、不思議なことではないのでしょう。
言ってみれば古い言葉は宗教であり機密でもあるため、門外漢の素人が安易に、それも怪しげな機械によって ぴぴぴと読み解いてしまう行為は、越権であり不敬なのです。
もちろん、最早そんな感覚そのものが時代遅れとしか言いようがないのですけど、実際のところ、その学問/宗教を身につける過程で、強制的に刷り込まされた価値観という側面もあると思われます。
その研究者に教授した教師は、さらに頭が固く偏狭だったのかもしれません。
投稿: kanata | 2021年10月27日 16:38
kanata さん:
なるほど、そういった側面もあるかもしれませんね。
ただ、私がここで触れているのは、昔の「洒落本」とか「黄表紙」とか「草紙本」とかのレベルのじゃらじゃらしたものまで含めておりまして、そうなると、「聖城」なんて高尚なものばかりとも言えません。
こんなような ↓
https://www.tokugawa-art-museum.jp/exhibits/planned/2020/0718-2hosa/post-3/
それに、落語の「手紙無筆」みたいなのは「聖城」的な価値感では笑えませんしね。
https://www.youtube.com/watch?v=QMXn4VQxNis
それから、経文は案外読みやすい字で書いてあるのが多いですね。何しろ漢字ばかりですので、変体仮名にしようがありません。(ただし梵字とかになると話は別で、和尚さんでも読めない人が多いです)
経文で難しいのは「文字」ではなく「意味」だと思います。
投稿: tak | 2021年10月27日 22:40