« 「正し過ぎること」の危うさ | トップページ | 2021年の新語(英語版)と、"NFT" という言葉 »

2021年11月28日

「電気のタマが切れておりますので・・・」

とっくの昔に書いたネタだとばかり思っていたが、自分のブログ内を検索しても見当たらないので、今頃になって書いてみる。何かというと、半世紀も前に受けた自動車運転免許筆記試験の合格発表に関する話である。

211128

調べてみたところ、合格発表は今でもほとんどの試験場内で電光掲示板が採用されているようだ。私が受けた頃とまったく変わっていない。まあ、よりハイテクに進化させたところで、それほどの対費用効果はないだろうから当然か。

私は 19歳の夏休み、山形県酒田市に帰郷している間に、一時的に現住所を実家に戻して運転免許を取得した。実技試験は通っていた教習所で受けたが、筆記試験は酒田市から 100km 以上も離れた天童市にある「交通安全センター」というところまで行かなければならなかった。

いくら何でも今は庄内にも試験場ができているだろうと思っていたのだが、検索してみても山形県の試験場はここしか出てこないので驚いた。とはいえ調べたところ、全国の多くの県でも 1か所しかないようだし、今住んでいる茨城県でも 1か所だから、そんなものなのだね。

で、同時期に実技試験に合格した 10人ぐらいの仲間と一緒に、教習所のマイクロバスで天童市に向かったのである。高速道路もなかった当時は片道 3時間近くかかったから、朝に出発して帰宅したのは夕方過ぎだったと思う。ほぼ一日仕事だ。

試験自体は難しいものでもなんでもなく、私は教習所でも模擬試験を楽々こなしていたから、軽い気持ちでさっさと書き終え、合格発表を待った。大きなロビーみたいなところの壁一面に電光掲示板があり、合格者の番号が次々に点灯されていく。

我々は同じ教習所を通して申し込んだので 540番台の続き番号で、私は 546番だったと記憶している。541番に明かりが点き、542、543、534、535・・・と次々に点灯するが、何と、1つ飛ばして 547、548・・・と明かりが点いていく。「546」は暗いままじゃないか。

「えぇっ!、俺、不合格かよ!」

1%も想定していなかった事態である。あんな簡単な試験で、一体どうすれば落っこちることができるというのだ。

ところが一緒に行った連中は妙に気を使い、「また来れば、きっと受かるよ」なんて慰めてくれる。しかしこちらとしては、不合格ということ自体が信じられないので、返事に困る。頭の中にあるのは、「もう一度受験料払って、一日がかりで来なきゃならないのか!」という鬱陶しさだけだ。

すると突然、場違いなほどにゆったりとした口調の場内アナウンスが流れた。

「お知らせします。546番は、電気のタマが切れておりますので、合格となっております。手続きをしてください」

これが 2度繰り返されると、周り中が「なぁんだ、おかしいと思ったよ」と喜んでくれたが、こちらとしては単純に喜ぶには当たり前過ぎて、反応に困る。何よりも「電気のタマ」という前時代的な言い方で完全に腰が砕けてしまい、「おいおい、何だよ!」と怒る気にもなれない。

帰りのバスの中は、「電気のタマ」ネタで妙な盛り上がり方だった。ただあれ以来、この言い方は一度も耳にしたことがない。

数字に弱い私が 50年経った今でも「546」という番号をしっかり覚えているのだから、よほど印象深い出来事だったわけである。

【同日 追記】

「電気のタマ」は、まったくの死語というわけでもないようだ。21世紀になっても使う人は使うらしい (参照)。

 

|

« 「正し過ぎること」の危うさ | トップページ | 2021年の新語(英語版)と、"NFT" という言葉 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「電気のタマが切れている」よく使いますw。
電球が壊れている、という表現にピッタリだと思います。

ちなみに「ホチキスのタマが切れている」も、使い勝手がいいのでよく使います。
まぁ、こちらは「弾」でしょうけど。

投稿: るー | 2021年11月28日 21:35

バス会社の整備工場で「タマ」と言うので何のことかと思ったらタイヤのことでした。

バブル期に車の生産が売れ行きに追い付かない時に、そこの社長は嬉しそうな顔で「タマ」不足と言ってましょた。

個人が「タマ」切れと言えば多分お金がないという意味でしょう。この場合悲壮感がなく何とかなるさと言う雰囲気が出てきますね。
「タマ」は便利な言葉ですね。

白色電球は多分国内生産を終えており、LED電球に変わっているのでほぼ故障することはなく「電気のタマが切れた」とう言い回しもやがて消滅するでしょうね。

投稿: ハマッコー | 2021年11月28日 22:43

るー さん:

>「電気のタマが切れている」よく使いますw。

ほほぅ!

いろいろ考えてみると、「切れている」という状態の時には使いやすい表現なのかもしれませんね。

投稿: tak | 2021年11月29日 07:19

ハマッコー さん:

るーさんへのレスでも触れましたが、「切れている」状態の時に限って、何となくピンとくる表現なのかも。

LED だと、確かに何となくそぐわないかもしれませんね。

ただ、我が家では過去に 1度だけ、LED の「タマ」が切れたことがありました (^o^)

投稿: tak | 2021年11月29日 07:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「正し過ぎること」の危うさ | トップページ | 2021年の新語(英語版)と、"NFT" という言葉 »