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2022年1月25日

漢字の書体というもの

昨日の "ひらがなの「そ」の字の書き方" という記事で、漢字の「曽」の字とひらがなの「そ」の字の関係について、ちょっと思わせぶりな書き方をしてしまった。

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その部分、こんなふうに書いている。

それどころか、元の漢字の「曽」は楷書体で離して書くのだから、ひらがなの「そ」も本来は離して書くのが正統という屁理屈だって成立しそうだ。(注: これは文字通り「屁理屈」でしかないので、あまり振りかざさないように)

これ、我ながら鼻につく書き方である。ただ「屁理屈」であるという内容は文字通りなので、「そ」を二画で書く高年齢層も、やっぱりこんなことを振りかざしてはいけない。

我々はともすれば漢字の基本は「楷書体」で、それを崩したのが「行書体」と「草書体」であると考えがちだ。他ならぬ私自身も若い頃にははそう思い込んでいたのだが、実はこれ、誤解なのだよね。

「書道入門」というサイトの「漢字の始まり」というページによれば、中国で漢字が生まれたのは約 3,300年前で、基となったのは「甲骨文字」というものだ。その次に「金文」が生まれて、さらにこの 2つを基礎として作られたのが、「篆書(てんしょ) 」という書体である。

この「篆書」という書体は、現代ではまったく使われなくなったというわけでもない。もったいぶった印鑑などに使われている馴染みのない書体の漢字の多くは、この「篆書」らしい。

そして漢の時代に盛んになったのが、篆書の中でも一般的だった「小篆」を簡略化した「隷書」で、これなら我々も、昔の石碑などで時折目にすることがある。そしてこの「隷書」から、お馴染みの「楷書」「行書」「草書」が生まれた。

ただ、この三つの書体の生まれた順番としては「草書」が最も早く、前漢の時代には成立していたらしい。そしてこれとは別の流れの中で「行書」が生まれ、そして「楷書」に至った。「楷書」が「行書」に先立つという説もなくはないが、「楷書」の成立は最後だったとするのが一般的である。

つまり「隷書 → 草書」という流れと「隷書 → 行書 → 楷書」という流れは、別個なのである。先んじて確立された「楷書」をちょっと崩したのが「行書」で、さらにもっと崩したのが「草書」というわけじゃないのだ。

それで、ひらがなの「そ」の字においても「元々の漢字の『曽』の字を見れば、二画で書くのが正統」と言い張るわけにもいかないわけだ。これが、もったいぶった書き方をしてしまった理由である。

もっとも、「楷書体」は唐の時代までは「真書」「正書」とも呼ばれていたらしいから、「由緒正しい書体」というイメージではあったのだろう。だから漢字書体の ”基本の「き」” と思われるのも、あながち無理からぬことではある。

と、ここまで「漢字の書体」について書いているうちに、8年以上前に書いた "脳みそが筋肉でできた警官と「署名」を巡る冒険" という記事を思い出した。時間があればお読みいただきたい。

 

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