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2022年1月27日

給食における「納得感」と、フードロス軽減

東洋経済に ”強制せず給食完食!「納得感」を生む「食育」のコツ” という記事がある。「食事の楽しさを知ればフードロスもなくなる」というサブタイトルに惹かれて読んでみた。

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この記事は「フリーランスティーチャー」という変わった肩書きの田中光夫さんという方へのインタビューという形式で紹介される「フリーランスティーチャーの視点 ~ココがヘンだよ 学校現場~」という連載記事の 1つということも知り、さらに興味を抱いてしまった。うむ、おもしろそうだ。

何しろ学校現場に関しては私としてもずっと「ヘンだ、ヘンだ」と思い続けてきたので、このタイトルを見ただけで興味がかき立てられる。さらに給食は一度も残したことのない子だったから、この個別の記事に関しても読まずにはいられなかったわけだ。

私は、「給食を残す」ということが理解できないままに成長してしまった。子どもの頃は昼時になれば「腹が減ってしょうがない」という状態になっていたから、どんなに不味い給食でも目をつぶって腹に入れてしまわなければ、とにもかくにも体がもたなかったのだ。

そんなわけだから、私は「給食が食べられない」という子の気持ちを理解できず、「よくまあ、食べずに我慢できるな!」と思うばかりだったのである。「食べなければ我慢できない」という食欲旺盛な子ばかりではないとわかったのは、自分自身に子どもができてからのことだ。

「食事は残さず食べるのがいい子」という一般的な価値感の中では、小食で完食が苦痛な子にとっては「食べずに済ませる理由」というのが必要になる。それで「魚は嫌い」とか「豆は嫌い」とか、言いやすいところから言い出すことになり、それが「好き嫌い」として固定化されてしまう。

それどころかこの記事では、食べたことのない料理が出ると「どんな味かわからないから」というのが「食べない理由」になるとまで書いてあるので驚いた。文字通りの「食わず嫌い」ってやつで、「できれば食べずに済ませたい」という子がよほど多いみたいなのだ。

ところがこの「好き嫌い」とか「食べたくない」とかいうのは多くの場合、「気分の問題」に過ぎない。この「気分」さえ変えれば「食べてみたい!」になるのは自然の道理だ。

田中さんは「食べること」を決して強制せず、自然に食べ物への興味が湧いて「納得感」が生じるように仕向けることで、この「気分の問題」を解決されている。詳しい内容はリンク先の記事に書いてあるので、ここでは繰り返さない。

この記事を読んで改めて自分の子ども時代のことを振り返ってみると、昼時になると「腹が減ってしょうがない」というより、「食うのが楽しみ」というとてもプリミティブな「納得感」があったのだと理解できた。「納得感」がフードロスも減らすのである。

あの恐ろしくまずい「脱脂粉乳」を目をつむって胃の中に流し込むことができた(参照)のも、この「納得感」があったからこそである。「納得感」は強い! 食事の問題だけでなく、人生全般でポジティブな姿勢を保つこともできる。

ただ私の場合、「肉食」についてはどうしても「納得感」を持てないので(その理由は、こちら)、しっかり納得の上で止めている。

 

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