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2022年5月14日

「ハゲ」という言葉と「かつら」で、性差別の問題提起

はてなブックマーク を見ていたところ、NewSphere に ”男性に「ハゲ」と言うのはセクハラ、英審判所 「女性の胸への言及と同じ」” という記事があることに目が止まった。これは英国の話(元記事は こちら)ではあるが、我が国に置き換えてもちょっとした問題提起となり得るだろう。

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そういえば、その昔に大橋巨泉が言い出した「ボイン」という言葉は、最近ではほとんど使われない。まさしく「女性の胸への言及」であり、昨日の記事で触れた「性差別(sexism)」につながってしまうということなのだろう。

ところがはてなブックマークではそのすぐ横に、ランドリーボックスというサイトの "「女性にもはげる権利が欲しい」へアドネーションがいらない社会を目指して" という記事へのリンクがあった。たまたまそうなっただけなのだろうが、かなり示唆的な偶然である。

その記事は、「ヘアドネーションという罪。「いいこと」がもたらす社会の歪みについて」という記事の後半として書かれている。2本に分けて書かなければいけないほど、かなり面倒な問題ということのようだ。

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まず NewsPhere の記事では、英国の工場勤務者だった人が現場監督者に「ハゲのクソ野郎」と罵られ、不当解雇されたと報じられている。そしてその言葉は雇用審判パネルによって、次のように「セクハラ」と認定されたわけだ。

「(会社側の弁護士は)男性だけでなく女性も薄毛になる可能性があると主張しており、これは正しい主張だ。しかし、パネルメンバーの 3名は、薄毛は女性よりも男性のあいだでより広くまん延していると確信している」「性別と切り離せない関係にあることを認める」とコメント

というわけで、ここでは「ハゲ」は主として男性の問題とされているわけだが、一方でランドリーボックスの記事のような問題も看過できない。

かつらを作るためにヘアードネーション(髪の寄贈)する人たちは、髪の薄い女性のためになることをしているという自意識がある。しかし、そうした思い込み自体が「社会の押し付け」につながっているとは、なかなか気付かれない。

これはかなり微妙な問題である。まず、「ハゲ」という言葉が男性にとって差別用語として機能するというのは、既に確定済みと言っていいだろう。

その一方で、「女性はどうしてもはげたくないはずなので、ヘアドネーションは、そうした思いに応えるものだ」という、一見「好意」のように見える考えもまた危ない。その思いが固定観念となってしまうと、女性への性差別につながり得るわけだ。

ストレートに言えば、「男のハゲはまだいいけど、女の場合は悲惨じゃん!」とする暗黙の空気が、性差別でなくて何なのだということである。性差別には、一目瞭然の「浅い次元」のものと、なかなか気付きにくい「深い次元」のものがあるのだ。

そんなこんなで、4月 2日の記事に書いたアカデミー賞での殴打事件(クリス・ロックがウィル・スミスの妻の髪型を茶化したことに始まる)にまでつながったのだろうね。

【5月 15日 追記 (閲覧注意: ヤバい言葉あり)】

NewSphere の記事では、英国の工場勤務者だった人が現場監督者に「ハゲのクソ野郎」と言われたということになっているが、元記事によれば それは "bald cunt" という言葉だったようだ。”Bald” はモロに「ハゲ」だが、"cunt" は「クソ野郎("shit" とか)」よりヤバい言葉である。

ちなみに他の英語記事では、"bald c-t" なんて、伏せ字表記しているケースもある(参照)ほどだから、ここではストレートには訳さないけど。

 

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コメント

好意、善意の枠組みすら許してもらえない。

へアドネーションの記事の趣旨は、自己矛盾を抱えていることなどまったくその通りとも思いますが、その一方で純粋にウィッグを必要としている方や、へアドネーションを生甲斐としている方々を、「遠回しに否定する勢力」の出現を招いている気もします。
理想は、そのままに生きることが当たり前ですよ。

ただ善意と偽善の勝手な線引き、行為者と受益者以外の第三者から受けるバッシングって、ホント、余計なお世話の真骨頂ですねぇ。

投稿: 乙痴庵 | 2022年5月15日 12:29

乙痴庵 さん:

うぅむ、この問題はただ一つ、本文にも書いたように "「男のハゲはまだいいけど、女の場合は悲惨じゃん!」とする暗黙の空気" ということなんですよね。

難しい問題ですけど。

投稿: tak | 2022年5月15日 20:21

ヘアドネーションが”善いこと”として広まると同時に、毛髪が少ないことが”可哀そうなこと”であると強調する結果となってしまった、そのジレンマを活動されている人は言っていますね。女性だけでなく子供へのヘアドネーションも同様だと思います(そういう記事を見たことがあります)。
まさに「差別は周囲が作り上げる」の典型かと思います。「薄毛だからウィッグが欲しい」のではないのです。「薄毛であることを周囲が奇異にみるから欲しくな」ってしまうのですよね。

投稿: らむね | 2022年5月16日 08:20

らむね さん:

この記事、なかなかビミョーで伝わりにくいかと思い、何度か描き直しをしたのですが、すっきりまとめてくださってありがとうございます。

>「薄毛だからウィッグが欲しい」のではないのです。「薄毛であることを周囲が奇異にみるから欲しくな」ってしまうのですよね。

座布団 10枚です!

投稿: tak | 2022年5月16日 08:24

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