『吾輩は猫である』で迷亭君が自慢した「多目的鋏」
昨日、TBS ラジオ『安住紳一郎の日曜天国』に、古文房具収集家のたいみちさんが登場され、いろいろとおもしろい話を披露してくれた(本日 16時までは こちら にて無料で聴取可能)。今回とくに聞き入ってしまったのは、夏目漱石の『吾輩は猫である』で迷亭君が自慢した「多目的鋏」の話である。
たいみちさんはこのほど、この鋏の実物(なんと取扱説明書付き!)をネット・オークションで入手されたのだそうだ。すごい! 小説の該当部分は朝日新聞デジタルで読める(参照)ものの、実物を拝みたくて必至にググってみたのだが、残念ながらそのものズバリの画像は見つからなかった。
ただ、「多分、こんなような感じなんだろう」と思われるものが Amazon で見つかったので、上に画像をコピペしておく。「アイガーツール(EIGER TOOL)アクティ8 万能鋏 AT-100」というもので、使い方はこんな感じだ。
ただ、おもしろいのはこの「アイガーツール」は 12通りの使い方ができるわけだが、たいみちさんの入手された問題の骨董品は小説にある通り「赤いケース入り」で、説明書によれば下記のように 18通りもの使い方ができるというのである。
- 鋏
- ボタンホール鋏(こんなようなものらしい)
- ガスパイプ・トング(こんなようなものらしい)
- 葉巻カッター(こんなようなものらしい)
- ペンチ
- 定規
- 物差し
- 爪ヤスリ
- ドライバー
- 缶切り
- カートリッジ・エクストラクター(どんなものか、謎)
- 金槌
- 鉛筆削り
- ガラス・カッター(こんなようなものらしい)
- ガラス・ブレーカー(こんなようなものらしい)
- マーキング・ホイール (こんなようなものらしい)
- ナイフ
- スタンホープ・レンズ
最後の「スタンホープ・レンズ」というのは小さなレンズで、この商品では覗くと水着女性の写真が見えるという。当時(1905年頃)は案外、この「ご愛敬機能」のおかげでヒット商品になったのかもしれない。ちなみに上の写真のアイガー商品には、さすがにこれは付いていない。
さらにおもしろいのは、漱石の『吾輩は猫である』では、迷亭君がその鋏について「十四通りに使えます」と説明していることである。ところが実際の小説の文章には、以下の 11通りしか書かれていない。
- 「葉巻を入れてぷつりと口を切る」: 上の 4番の「葉巻カッター」
- 「針金をぽつぽつやる」: 上の 5番の「ペンチ」と思われる
- 定規: 上の 6番
- 物差し: 上の 7番
- ヤスリ(爪磨り): 上の 8番
- 金槌: 上の12番
- 「うんと突き込んでこじ開ける」(蓋とり):上の 9番の「ドライバー」か?
- 錐(きり): 上のリストでは何に当たるのか、不明
- 「書き損ないの字を削る」: 強いて言えば、上の 13番か?
- ナイフ: 上の 17番
- レンズ(面白い写真): 上の 18番
そして、元々「鋏」なのだから、上のリストの 1番は言わずもがなとして、これを入れても 12通りにしかならず、迷亭君自ら主張する「十四通り」には 2つ足りない。さらに、公式に説明されている 18通りからは 6つ足りない。
たいみちさんは、この多目的鋏を漱石自らが丸善で購入し、どうしても自慢したくて、小説にまで登場させたのだろうと推定されている。ただいずれにしても、彼は全ての機能を使いこなしていたわけではないようだね。
そしてこのことは付け加えなければならないが、最近の缶詰はほとんどプルトップ式に変わったので、「缶切り」機能はもはや無用の長物になってしまったよね。
蛇足になるが『吾輩は猫である』ではこの万能鋏の件に続いて、かの有名な「蕎麦の話」(参照)になるので、是非お読み戴きたい。迷亭君はあまり大量の蕎麦を一口に啜りすぎて喉につっかえそうになり、涙まで流している。これって、江戸っ子の陥りやすい罠である。
【5月 5日 追記】
18通りの使い途のある多機能鋏についてなぜかハマってしまい、5月 4日付と 5日付 の記事でしつこく詮索した結果、その謎をかなり解明することができた。「カートリッジ・エクストラクター」がどういうものか解明できたことが最大の成果と言える。
さらに迷亭君の言う「うんと突き込んでこじ開ける」(蓋とり)が、上の 9番「ドライバー」ではなく、10番の「缶切り」と記したもの(実は「葉巻箱開け」)で、 「書き損ないの字を削る」というのが、上の「13番」ではなく「17番」だとわかったのも収穫である。
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コメント
たいみちさんのまだ生きているブログがありました。
この鋏のことではないでしょうか。
https://tai-michi.hatenablog.com/entry/2020/11/07/180400
投稿: らむね | 2022年5月 2日 18:50
らむね さん:
おお、素晴らしい情報、ありがとうございます。
こちらを拝見して、多機能鋏にもいくつかバージョンがあって、25通り、14通り、18通りのものがあるとわかりました。
漱石の(いや、迷亭君の ^^;)入手したのは 14通りのバージョンだったようですね。漱石は決して機能をネグっていたわけではないと、納得しました
ちなみに、この たいみちさんのブログの 2021年 1月 1日付に、今回の「説明書付き」を入手された件が出ていますね。
https://tai-michi.hatenablog.com/entry/2021/01/01/142419
この記事の説明書の画像をクリックすると、拡大画像に変わりますが、「カートリッジ・エクストラクター」(Cartridge Eextractor)なる使い方を見ても、やっぱり今イチわかりません。残念。
投稿: tak | 2022年5月 2日 20:02
「カートリッジ・エクストラクター」(Cartridge Eextractor)、英語やらドイツ語やらの翻訳や画像検索をしまくったうえでの推測ですが、ライフル銃の薬莢を取り出す使い方だと思います。
現在の銃の薬莢は、火薬の爆発を利用して自動で銃の外に排出されますが、その機構が無いころ或いはトラブル時は発射後の高温の薬莢をペンチのようなもので取り出していたようです。欧米の古い銃マニアなら知っているかもしれません。
専用装備だとこんなものがあるようです。
https://www.german-smallarms.com/caseremover.html
投稿: らむね | 2022年5月 2日 21:11
らむね さん:
なるほど。薬莢の抜き取り機のようですね。ありがとうございます。
ググってみたら、「抽筒子」とかいう訳語も出てきました。
https://ja.ichacha.net/english/cartridge%20extractor.html
さらに似たような言葉で、cartridge puller (カートリッジ引き抜き機)なんてものもあって、YouTube で見ると、バスタブやシャワーの修理用みたいです。こっちの方が平和ですね (^o^)
https://www.youtube.com/watch?v=mGagKIXqTjA
投稿: tak | 2022年5月 2日 22:08