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2022年7月に作成された投稿

2022年7月31日

「最高にだめな左折」等々

栃木県の烏山自動車学校の「最高にだめな左折」という tweet が話題になっている。リンク先に飛ぶと、どんなに「ダメ」か動画で見ることができる。

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なるほど、左折するのに一度大きく右にふくらんでから曲がっている。これだと左側が大きく開き、バイクや自転車が巻き込まれやすく、さらにセンターラインを超えてしまっているので、対向車に接触してしまいやすい。

昔は「内輪差があるから」とか言って、多くのドラバーがこんな感じで大げさに右にふくらんで左折していたが、今でもたまに見かける。かなり危険な曲がり方だ。

さらに、「停止位置は大事なんだ」という tweet もある。交差点で停止線を大きく越えて停止するクルマが珍しくないが、これだと右側から大型車が左折してくる場合に接触してしまいやすく、曲がりきれない場合もある。停止線の位置というのは、ちゃんと意味があるのだ。

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私はこんなように停止線を大きく越えて停まっているクルマの後ろで停車する場合、いざという時に前のクルマがバックしてこれるように車間を大きく開けて停まることにしている。それにしても、上の写真のケースでは横断歩道を完全に越えちゃってるよね。

もう一つ、「信号機の無い横断歩道で譲られたから譲り返してみた」という tweet も、最近よく遭遇するケースだ。歩行者が横断しようとしている横断歩道の前で停車するのだが、そこで「譲り合い」になってしまうことが多い。

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運転者としては、せっかく停まってあげているのだからさっさと横断してもらいたいのだが、歩行者の方が妙に遠慮するので、逆に面倒なことになってしまう。ただ、こうした場合は対向車が停止せずにどんどん通り過ぎる場合もあるので、結構注意が必要だ。

というわけで、この烏山自動車学校の tweet は、なかなかの問題提起をしてくれていると思う。それにしても「最高にだめな」というレトリックは、かなり刺激的だよね。

 

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2022年7月30日

この夏は、暑さが極端すぎる

暑い。暑さが極端すぎる。これではさすがに、エアコンなしでは耐えきれない。私は 2011年 6月の東日本大震災による原発停止を受けて、その年と翌年の夏をエアコンなしで乗り切った(参照)のだが、あれからほぼ 10年たった今年、もう無理だ。つくづく日本の気候は変わってしまったと感じてしまう。

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一昨日、ヨーロッパの猛烈な熱波について触れた(参照)。日本はさすがに 45℃ なんてことにはなっていないが、湿度が高いからやはりカラダにはキツい。暑さの「質」が違うのだ。

気象庁から発表された今日 15時現在の天気図を見ると、東日本は広く太平洋高気圧に覆われ、西日本は台風 5号からの湿った風が流れ込みやすくなっている。これって、無茶苦茶にしんどいパターンだよね。

今月は 70歳なんて年になってしまったので、自分では若いつもりでもやはり暑さは堪える。6月末の熱波がかなりスゴかったので、既に疲労が蓄積されてしまっているようなのだ。例年なら 8月の旧盆過ぎになってもこれほどの「バテ感覚」はないのに、今年の夏はちょっと異常というほかない。

来月は案外仕事の予定が立て込んでしまっていて、旧盆の時期にまで出張なんてことになっているので、体力をムダに消耗しないように気をつけようと思っている。これって、かなりマジな感覚である。

中長期予報では 9月までは暑さが続くというので、10月になって秋風の吹くのが楽しみだ。ただ、最近は天気が極端なので爽やかな秋を感じられる期間はごく短いのだろうなあ。

 

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2022年7月29日

「窓の杜」の記事見出しに「う〜ん・・・」となった

「窓の杜」に “誰でも無料で Web カメラとアプリがあれば VTuber になれる「Animaze by Facerig」“ という記事があって、見出しがあまりにもこなれないので、「う〜ん・・・」となってしまった。見出しって編集者がつけることが多いのだが、この記事の場合はどうだったんだろう。

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"Vtuber" というのは「バーチャル YouTuber」の略語らしく、Wikipedia では次のように説明されている。

2017年末以降では主にインターネットやメディアで活動する2DCGや3DCGで描画されたキャラクター(アバター)、もしくはそれらを用いて動画投稿・生放送を行う配信者の総称を指す語として使用されている。

私ってどう見ても「テキスト派」みたいで、こうした CG 関係にはとんと疎く、自分でやるつもりはほとんどないので、「関係ないね」で済ますこともできる。とはいえ、紹介した記事の見出しには、まさに「テキスト派」として、つい一言文句を言いたくなってしまうのだ。

原文のままだと、ややもすると「web カメラとアプリを無料で揃えることができれば・・・」というように読み取れてしまう。てことは、「あれ、俺の web カメラとアプリは有料で誂えたんだけど、それじゃダメなの?」なんて無粋なことも、敢えて言いたくなってしまうじゃないか。

本来伝えようとしていることを誤解のないように表現するならば、語順と助詞などをちょこっと変えて、"Web カメラとアプリさえあれば、誰でも無料で VTuber になれる「Animaze by Facerig」" てな感じにすべきだろう。

あるいは web カメラとアプリの必要なのは言わずもがなだから、ここはもっとシンプルに、"誰でも手軽に VTuber になれる無料アプリ「Animaze by Facerig」" の方がずっと端的に伝わるだろう。

文句の言いついでに、”Animaze by Facerig" というアプリの名称についても一言添えなければならないだろう。"facerig" って、妙なネーミングに感じられて、「フェーサーリグ」と読むのかなあとか、"Facering" のミスタイプじゃないかなんて思ったが、ググってみて疑問が晴れた。

どうやらこれ、”FaceRig“ というのが本来の表記のようなのである(参照)。うん、これなら「フェイスリグ」と自然に読めるよね。ちなみに "rig" という単語は「操作する」という意味が一般的だが、"rig an election" というと「不正選挙する」なんて意味になってしまうようだ。

なるほど、なるほど。これはうまいネーミングだ。

 

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2022年7月28日

45度なんて、風呂でもアツ過ぎて耐えられない

TBS テレビが「仏で “山手線の面積 3つ分焼失” ヨーロッパに熱波襲来で山火事相次ぐ」というニュースを伝えている。7月 21日には、ヨーロッパ各地で軒並み 40℃以上の最高気温を記録していて、日本以上のムチャクチャな暑さのようだ。

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とくに今月中旬はものすごかったようで、スペインのアルモンテで 13日に 45.7℃ を記録、さらにその翌日、ポルトガルのピニョンで 47.0℃ という最高気温になっている。45度を超したら、風呂でもアツ過ぎだ。サハラ砂漠とかじゃあるまいし、フツーに人の住む都市でこんな気温はたまらない。

2019年 5月 1日に書いた "「温泉は熱いもんじゃ!」といわれても" という記事で触れた別府温泉では、地元のオッサンたちにとって 45℃ 以上の湯に浸り続けるのがステイタスみたいになっているようなのだが、あれはモロに別格だしカラダにもよくなかろう。事実、私は 3分と我慢できなかった。

風呂でも 3分もたないのに、周りの空気の温度がそんなことになったら逃げ場がない。

英国でも中部のコニングスビーというところで、19日に 40.3℃ を記録したというのだから、尋常ではない。ロンドンの平年 7月の最高気温が 24℃ という英国では、エアコンなんてない家も多いから大変だろう。

昔、ロンドンに本部のある羊毛関係の組織で働いていた頃、夏の走りの頃(彼ら、真夏は長いバケーションを取りやがるので)に出張してきた英国人たちは「夏の東京は人間の住む所じゃない」なんてヒイヒイ言っていた。ちなみにこれって、考えてみればちょっと差別的な言い方だよね。

ところが今年は、自分の地元が東京以上に暑くなってしまったのだから、住み続けるには「人でなし」になるほかないだろう。

 

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2022年7月27日

「弔問外交」なんて期待が盛り上がっていたが

25日付のロイターで、ロシアのプーチン大統領が安倍元首相の国葬に出席しないと報じられた。大統領報道官が「出席しない」と明言しているのだから、確かなことなのだろう。さらに同国代表が国葬に出席するかどうかも未定だとされていて、どうやらロシアは「蚊帳の外」でいることになりそうだ。

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「安倍・プーチンの盟友関係」というのは前から報じられていて(参照)、どうもあの人の「盟友」って、プーチンといいトランプといい(参照)「困った人」が多い気がするが、いくらプーチンでもさすがにこの時期、「飛んで火に入る夏の虫」にはなりたくないのだろう。そりゃ、そうだよね。

ところが日本の保守層の間には、このニュースが報じられる直前まで、「プーチンが来ればウクライナ停戦の話し合いができるじゃないか」なんて、妙な期待があったようで、19日付の夕刊フジもそんな話で舞い上がっている。ちょっと考えたら、「来るはずないよ」とわかろうものなのに。

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というわけで、やっぱり国葬の日には「非国民」でいることにするので、

Yoroshiku4

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2022年7月26日

70歳って、「古希」なのか? 「古稀」なのか?

今年も誕生日が巡ってきてたが、ちょっと特別な誕生日である。なんとまあ、自分でも信じられないことに 70歳になってしまったのだ。若い頃は 70歳なんてかなりの「じじい」と思っていたが、自分がなってみると、なんてことはない。単に「いつもの自分」である。

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ところで 70歳のことは古来「古稀」と称するので、その話題にしようかと思っていたのだが、ATOK で変換すると「古希」が先に出て、「古稀」はずっと後回しになる。それのみか、『大辞林』でも【古希・古稀】と表示されるじゃないか。

「おかしいなあ、杜甫の詩に由来してるはずなんだが・・・」と確認したところ、原典は確かに彼の『曲江』(きょくこう)で、四行目に問題の「人生七十古来稀なり」という文言がある。

これ、彼が 47歳でようやく仕官したものの、翌年左遷されて酒浸りの生活を送っていた時の詩とされている。ちなみに彼はその 10年後に、還暦にもならずに世を去ったので、結果的に「古来稀なり」を自ら実証したわけだ。

ところが翻って今の世の中では「団塊の世代」が一足先にどっと 70代に突入済みなので、周りは 70歳以上のじいさんばあさんだらけである。「古来稀」でも、「今はフツー」になってしまった。

調べてみると、近頃「希」の時を使うようになったのは、70歳が「まれ」じゃなくなったためというわけではなく、単純に「稀」という字が常用漢字から外れたためなのだという(参照)。なんだ、ずいぶん馬鹿馬鹿しい話なのだね。

ちなみに「幻の酒」というサイトの「古希」というページには次のようにある。

-『稀』

稀は「禾(のぎへん)」を使っており、稲穂が実ってしなだれている様子を表した象形文字です。(中略)珍しい豊作に見舞われるといったポジティブなイメージがあります。

-『希』

希は、反物の状態を示す言葉で、稀と直接的な関係はありません。意味としては、可能性自体が少ないといったネガティブなイメージがあります。

というわけで、落とし所は次のようになっている。

現代では古希、昔は古稀が使われていました。基本的にどちらでも構いませんが、縁起を担ぐことを考えるなら昔の文字がおすすめです。

なるほどね。私が「古稀」と思っていたのは、原典に当たるまでもなく妥当だったようだ。

ただ、自分を振り返れば「実ってしなだれている」という状態にはほど遠いし、さらに当分は死にそうにもない。そんなわけで、今後とも末永くお付き合いの程、なにぶん

Yoroshiku4

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2022年7月25日

Word の「インデント機能」って、使われてないよね

「窓の杜」の「残業を減らす! Officeテクニック」に、「Word のレイアウトにスペースを使うのは NG! インデントの基本動作をマスターしよう」という記事がある。「紙エクセルを使うのはもってのほかです」なんていうサブタイトルまで付いている。

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恥ずかしながら「紙エクセル」というのは初耳だったので、ググってみたところ、「神エクセル」「ネ申エクセル」といった「業界用語(?)」が検索された(参照)。いやはや、こんな世界があったとは、ちっとも知らなかったよ。

話を Word のインデント機能に戻すが、これ、ちゃんと使っている人は驚くほど少ない。Word を使っている日本人のうち、もしかしたら 7割以上は、上の画像のように、スペースを使って行頭、行末を決め、さらに箇条書きの行頭を決めるにもスペースに頼っているんじゃあるまいか。

これやっちゃうと、とくに箇条書きの場合にタイトルと本文のアタマを揃えにくいし、またあとで推敲して挿入と削除を繰り返した場合には、レイアウトがぐちゃぐちゃになって、かなり面倒なことになる。

そんなようなことで苦労している人が身近にいると、以前はつい見かねて、「ここはね、インデントできっちり行頭と行末を決めてしまうと、後が楽なんだよ」と教えてあげていたものだが、じきに諦めた。いくら好意で教えても、相手にとっては「余計なお世話」に感じられるだけのようで、どうしようもない。

インデントばかりでなく、番号を振った箇条書きの場合でも番号を手入力しちゃうと、途中で挿入事項があるとその後の番号がすべてズレてしまい、手打ちで修正しなければならなくなる。彼らにしてみると、番号が自動入力される「箇条書きと段落番号」の機能を使う方が、むしろ面食らってしまうようなのだね。

同様に、Word の画面に「ルーラー」(下の図の赤線で囲った部分)を表示して、文書のレイアウトとインデントをしっかりと決めてしまうのも、死ぬほど鬱陶しいらしいのだ。それよりはスペースでちゃちゃっとやって、後でチマチマ苦労する方がずっとマシということらしい。

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後になってエンドレスの面倒になったり、完成した文書のあちこちに不調法な「ズレ」が生じるなんてことを避けるために、始めにインデント機能でカタチを整えてしまいたい(後で必要に応じていくらでも微修正できるし)という私のようなタイプって、案外少ないみたいなのだね。

PC という道具は、楽に仕事をするために使っているはずなのだが、その「楽」を放棄して「面倒」に陥ってしまっている。もしかして、そうした人たちって「PC って、そもそも面倒なもの」という前提から出発してしまってるんじゃあるまいか。

というわけで、今回の「窓の杜」のような記事にしても、わかってる人には「そうそう、そうなんだよね!」となっても、わかってない人には「何それ? あんまり面倒なこと言わないで!」で終わってしまうのが確実だ。それを思うと、ため息をつきたくなってしまう。

 

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2022年7月24日

今どきは「怨霊」なんて、誰もピンと来ないようだが

安倍元首相が銃撃されて命を落としてからというもの、このブログへの乙痴庵さんのコメントにもあるように、彼を祀る神社建立なんて話が持ち上がってしまうんじゃないかと、うんざり感と警戒感の入り交じった気分でいるのだが、今のところ、少なくとも大っぴらにはそんな話は語られていないようだ。

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この国には「日本三大怨霊」という伝説があって、それは「菅原道真、平将門、崇徳天皇」の 3人である。いずれもこの世に大きな恨みを残して死んだ人たちだが、ここでは詳しく語る余裕がないので、興味のある方は「日本三大怨霊とは?」というページに飛んでみていただきたい。

で、こうした怨霊の厄災から逃れるため、その昔の人々は菅原道真のために「北野天満宮」を建立、平将門のためには「首塚」(東京都千代田区)を祀り、「神田明神」の祭神に加え、崇徳院のために「安井金刀比羅宮」を建立して、彼らの霊を祀り、慰めた。

昔は「御霊信仰」というのがあって、「怨霊の祟り」というのをかなり現実的に懼れていたのである。とくに平将門の「首塚」なんて、現代になっても、取り壊そうとすると必ず不慮の事故が起きたりして、大変な力をもっていると信じられているほどだ(参照)。

というわけで、「念願の憲法改正を成し遂げる前に銃弾に倒れた安倍元首相は、この世に大きな禍根を残している」なんて言う人がいても何の不思議もないし、彼の「怨霊化」を防ぐために神として祀ろうなんて話になるまでに、それほどの距離はない。

ところが現在のところ、「安倍/怨霊」のキーワードでググってみても、トップに表示されるのは「怨霊・妖怪退治に活躍を見せた安倍晴明とは何者だったのか?」なんていうページで、あとは『安倍晴明 怨霊都市・平安京を駆け抜けた天才陰陽師』という漫画で歴史を語った本のページばかりである。

う〜む、同じ「安倍」でも、元首相は古代の安倍清明にはネームバリュー的に及びも付かないようなのだ。当然ながら、菅原道真、平将門、崇徳天皇の 3人とは比較にもならない。

話はちょっとズレるが、安倍清明といえば母親が白狐と伝えられ、別に漫画なんかを通じなくても、学生時代に日本の古典芸能を専攻していた私なんかには「葛の葉伝説」を通してかなり身近な存在である。「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる信太の森の恨み葛の葉」なんて、歌舞伎でもなかなか泣かせるよ。

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ただ、今どきは「陰陽師」とか「怨霊」なんて言っても誰もピンと来ないのかなあと思っているわけだ。とはいえ、そのうち大きな災害やコロナの今以上の拡大なんてことがあったら、「元首相の祟りかも」なんて言い出すやつがきっと出てくるね。

そんなことになっても超然としていられるよう、こうした話は今のうちからしっかりと錆び付かせておくことが肝心だ。

 

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2022年7月23日

「武蔵国」と「相模国」の語源に関する冒険

18日に「湘南」について書いたばかり(参照)だが、今度は Japaaan の "和歌を楽しむ豆知識:相模国にかかる枕詞「さねさし」ってどういう意味なの?" という記事が気になった。「武蔵国」(概ね東京都と埼玉県)と、「相模国」(概ね神奈川県)の語源まで紹介されている。

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「さねさし」というのはご存知の通り、「相模国」にかかる枕詞とされる。ただ、この枕詞の使われた歌は、弟橘媛の「さねさし相武(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも」という歌ぐらいしか知られておらず、あまり一般的な枕詞ってわけじゃないようなのだ。

これ、古事記の神話に出てくる歌だから、それはもう、いつのこととは特定できないほど遙か昔の話である。その「遙か昔」の時代には、今の埼玉県から神奈川県にかけての地域が「佐斯国(さしのくに)」と呼ばれていたとされる。

で、Japaaan の記事によれば、「さねさし」の「さね」は「実」で、「実に素晴らしい」という意味となり、「さし」は「佐斯国」に由来するので、「実に素晴らしい佐斯国」ということになる。これが転じて、「相模」にかかる枕詞になったというのだ。

そして時代は下り、「佐斯国」のうち、京の都に近い方が「佐斯上(さしがみ)」と言われるようになり、やがて「さがみ(相模)」となった。一方、都から遠い方が「下佐斯(しもさし)」と言われ、「むさし(武蔵)」に転じたという。「へえ!」ってなものである。

ただ、この Japaaan の記事でも「さねさし」の語源は諸説あると、まるで言い訳のように記されている。そもそも「佐斯国」という名称にしてからが、文献資料として残っているわけじゃない。Wikipedia によれば、江戸時代になって、本居宣長が推定として唱えたものということになっている(参照)。

さらに本居宣長自身は、「武蔵」は「身佐斯」(「身」は「主となるところ」)から転じたとしていて、「下佐斯」から転じたとは言っていないようだ。

いずれにしても根拠となるのは本居宣長による推定であって、そしてそれは、上述の古事記に出てくる弟橘媛の歌を元として推定したというのだから、ここで「堂々巡り」に陥ってしまう。いやはや、参ったなあ。

ちなみに、賀茂真淵はまず「身狭(むさ)国」があり、のち「身狭上」と「身狭下」に分かれ、それぞれ相模、武蔵となったとしているようだ(参照)。ここまでくると、ますますややこしくなってしまう。

結局のところいくら本居宣長や賀茂真淵などの大先生の説であったとしても、「ものすごくよくできたファンタジー」と受け取る方が無難のような気がするので、そのあたり

Yoroshiku4

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2022年7月22日

「朝日川柳」の炎上は、誤解の産物だというのだが

アゴラに "朝日川柳が「安倍さんの死に幸せ無限大」と誤解されて大バッシング" という記事がある。これを読んで私は初めて、「へえ、やっぱり誤解だったんだ」と思ったが、あれって、フツー誤解しちゃうよね。いわば「事故」みたいなものだ。

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事実、上の二句は、実は川柳掲載 2日前の 13日に地裁判決の出た、福島原発事故に関する東電役員の 13兆円賠償判決(参照)についてのものだという。選者が解説としてそう書いているようだ(参照)。

一句目は、「還らない(被災者の)命と幸せは無限大だ」という意味なのだという。さらに星印の付いた二句目は、「高裁も最高裁もなくなって、この地裁判決のまま確定されればいいのに」というようなことであるらしい。てことは、上級審で判決が覆るのは織り込み済みということなのかね。

確かにこの地裁判決に関して、アサヒは結構な力を入れて報道している(参照 1参照 2参照 3)。ただ、1週間前にこの川柳欄が炎上した時点の状況としては、世間の関心は圧倒的に「元首相銃撃事件」に向けられていて、福島原発事故の判決への注目度は申し訳ないほど低かった。

そうした中で、あのアサヒの川柳欄のトップに「還らない命・幸せ無限大」なんていうのが燦然と掲げられていたのだから、大方は「元首相が死んで大喜びしている句」と受け取ってしまったようだ。実際、私としても「これって、どういう弾みの結果なの?」と思っていたよ。

新聞記事は見出しだけ読むという人が多いのだから、川柳欄の下の方の解説まできちんと読む人なんて、ごく少ない。だからこそ、新聞社は見出しの付け方に苦労するのだ。だったら、川柳欄ももう少し気を使ってもよかっただろう。「放送事故」というのがあるが、あれは言わば「新聞事故」だ。

そうした意味も含めて、この川柳、はっきり言わせてもらうが「駄作」だと思う。センチメンタリズムに流れて川柳センスが感じられない上に、選者の取り上げ方も考えが足りなすぎる。

ちなみに、この句以外は、川柳としてはごく正統的なアプローチがなされているので、全体をひっくるめて非難するのはどうかと思う。「銃弾で浮かぶ蜜月政と宗」なんかは、結構よくできてるんじゃないかなあ。

ちなみに私なら、せっかく「政」と「宗」の二文字が登場するんだから、「伊達じゃない政と宗との結びつき」なんて風にしちゃうかな。

 

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2022年7月21日

肉を生で食うことと、命がけの「通ぶり」「粋がり」

東洋経済 ONLINE に ”「肉の生食をやめられない日本人」に欠けた視点 「新鮮だから刺身で食べられる』なんてことはない” という記事がある。私はこの見出しを見ただけで、「うわあ、今でも肉を生で食うやつがいるんか !?」と驚いた。

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思い返してみれば、"「牛のレバ刺しがダメなら、豚があるさ」 の風潮に驚く" という記事を書いたのは 7年以上前のことだ。この頃、私は牛肉と豚肉を滅多に口にしなくなっていた(今は鶏肉も含めて全然食べない)ので、「そんなにしてまで生肉を食いたいかなあ」と本当に驚いていた。

なんでまた肉を生で食ったりするのかというと、上述の記事では「肉食歴の短い日本人は、刺身文化を肉食に持ち込んでしまい・・・」とある。それで、"焼肉店で「焼いて食べてくださいね」と言われたレバーを生食してしまったりする" というのだ。この点については次のようにある。

長い食文化のなかで「生食=最高」と刷り込まれているのだから仕方がない一面もあるかもしれないが、美食と安全を天秤にかけたとき、基本は「命あってのものだね」になるはずだ。

私の若い頃は、「豚肉はジストマがいるから、必ず火を通して食べる」というのが常識だったし、最近では牛肉でも大腸菌や O157 がいるから生食は避けるということになっている。それでもどういうわけか、生で食いたがる人が後を絶たないようなのだ。

私はこの現象に関して、「食」の分野でちょっと変わったことをして「通ぶったり、粋がったりする」のが、まだ「カッコいい」と思われているからだろうと思う。いや、そんなことで「カッコいい」と思われたがる人が、まだ存在するからと言う方がいいかもしれない。

そんなことで「カッコいい」なんて思うのは、もはや当人しかいないということに、彼らはまだ気付いていない。そうした人たちって、もはや「生きた化石」だよね。大方はむしろ気落ち悪く感じて、「こっちにまで『おいしいから試してご覧』なんて言わないでね」と思うばかりだ。

つまり本当の問題は、上述の記事の見出しにあるような「日本人に欠けた視点」なんてことじゃない。実際にはむしろ「余計な思い込み」の強すぎるのがいけないのだ。

というわけで、命がけの「通ぶり」「粋がり」からは、そろそろ卒業した方がいいと思うがなあ。まあ、「生肉食って死ぬなら本望」ぐらいに思っているなら、敢えて止めはしないが。

 

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2022年7月20日

国葬当日は、SNS などで「非国民宣言」をしよう

HUFFPOST が 「安倍晋三元首相の国葬について、9月 27日に日本武道館で行う方向で政府が最終調整をしていると NHK などが報道しています」と伝えている(参照)。国葬に反対している人の数は少なくなく、私もその 1人だが、この声は届きそうにないよね。

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既に政府の動きは「国葬ありき」で進んでいるから、覆ることはないのだろう。

それならこちらとしても簡単な話で、国葬が行われる(らしい)9月 27日は、「非国民」になればいいだけのことだ。国籍を抹消するわけにはいかないが、この日だけは「俺、日本国に所属する意識から遠離るから」ということでいたいと思う。

誤解されるといけないので書いておくが、私は「愛国心」をもっているつもりである。最近はちょっとサボっているが、以前は祝日には玄関前に日の丸を掲げていたし、天皇敬愛の念もちゃんとある。それでも、安倍元首相の「国葬」が行われる 9月 27日には「非国民」でいることにする。

「国葬でなく、国民葬にすべき」という議論もあるが、たとえ「国民葬」になったとしても、「非国民」なのだから関係ない。遠離っているだけの話である。

というわけで、国葬当日は、Twitter を始め、いろいろな SNS で「非国民宣言」をすることをオススメしておく。

 

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2022年7月19日

奈良の『ら』は R で、奈良女子大の『ら』は L

Quora で、日本人が ”L” と ”R” の発音を正しく発音できないということに関する質問に、とても面白い回答がついている。欧米人に、「奈良と奈良女子大。奈良の『ら』は R で、奈良女子大の『ら』は L でしょ」と指摘されたというものだ(参照)。

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文末に「私にはあまり違いがわかりませんが、英語が得意な友人は納得してました」という但し書きがあるので、試しに実際に発音してみたところ、確かに「奈良」は ”Nara” で、「奈良女子大」は ”Nalajoshidai" になった。よほど意識しないと逆にはならないので、納得である。

さらに「奈良県」「奈良漬け」などを発音してみたが、どれも自然に "la" の発音になる。ちなみに「連」の場合は、「連続」は "lenzoku" だが、「国連」は "kokuren" になって、ちゃんと違いがある。ただ、「日弁連」の場合はすぐ前の "n" に引きずられて "nichibenlen" になる。

「割り算」は "warizan" だが「片割れ」は "katawale"、さらに言えば、「隠れる」は "kakurelu" となって、一語の中に ”R” と ”L” が混在する。こうしたことには今まで気付いていなかったので、「目かコ」の思いである。ちなみにこの言葉も "Me kala uroko" になるじゃないか。

この Quola の記事には、次のような「納得コメント」が付いている。

日本語の G が「gutaitek」という場合はグで、「daigaku」というときは鼻濁音のングになるように(以下略)

奈良のみだと硬口蓋に舌がつくか付かないかの付かない寄りですが、奈良女子となると確実に硬口蓋についた方が発音しやすいですね

”G” の「濁音/鼻濁音」というのは、「文学」「演劇」「感激」「地獄」など、熟語で後ろの方に付くと決まって鼻濁音になる。"R"、"L" とは発音のメカニズムが違うが、自然にそのようになるという点では確かに共通している。

ただ、 "G" の「劇場」と「寸劇」の発音の違いに関しては日本人はきちんと差異を感じ、わかっている。「濁音/鼻濁音」という言葉があるというのは、それがわかっていればこその話だろう。

しかし "L" と "R" に関しては、日本語ではどちらも一緒くたにして「らりるれろ」という認識しかされず、違いがほとんど意識されない。日本人はどうやら、そういうカラダになってしまっているようなのだ。ちなみに「カラダ」は "karada" で、"kalada" じゃない。

それで公式(?)のローマ字表記では、「連続」は "renzoku"、「日弁連」は ”Nichibenren” と表記し、"lenzoku"、"Nichibenlen" と表記するなんて、その発想すらない。

ところが一昨日の記事で触れた「初めて英語を聞いた小学生の耳」には、"really" が「うぃーりー」に聞こえるというのだから、ちゃんとしたものである。そういえば、私も小学校時代に初めてローマ字を習ったとき、「ら行って、どうして "L" じゃないの?” と疑問に思った覚えがある。

傑作なことに「ローマ字」は "Rome" から来ているはずなのに、日本語の発音は "lōmaji" であって "rōmaji" じゃない。私の小学校時代の疑問は、今思えばかなり的確なものだったのだね。

ところがこれも、いつの間にかうやむやのうちに納得してしまった。思えば日本人が "L" と "R" の区別が付かないカラダになってしまったのは、ある意味「独特の文化的所産」なのだろう。

2つの発音の違いを自然に意識するためには、Quora の記事のコメントにあるように、"Lux Super Rich" と繰り返し発音してみるしかないかもしれない。

 

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2022年7月18日

「西湘バイパス」と「湘南」を巡る冒険

カーラジオを聞きながら運転していると、道路情報で「せいしょうバイパス」というのをしょっちゅう聞くのだが、恥ずかしながらその漢字表記をつい最近まで知らなかった。「しょう」は「湘南」の「湘」だろうと想像がついても、「せい」はどういう地名の略なんだろうなんて思っていたのである。

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で、最近になってようやく調べてみたところ、その表記は「西湘バイパス」なのだとわかった。しかしそれでもなお、「西〇〇」と「湘南」を結ぶ道路なのだとの思い込みから脱することができない。ようやく「どうやらそうじゃないらしい」とわかったのは、さらにしつこく調べてみた結果である。

Wikipedia には「神奈川県中郡大磯町から小田原市を結ぶ自動車専用道路であり、一般国道1号のバイパスである」とある(参照)。要するに「湘南の西部」なので「西湘」で、そこを走るから「西湘バイパス」なのだね。なにしろあまり縁のない土地なので、こんな常識も知らなかった。

ただ、それだけでは済まないのが私の私たるところで、ここまでくると「じゃあ、『湘南』って何なんだ?」ということになってしまう。「湘」の南の辺りと考えると、その「湘」って、どこにあるんだと思うのが人情というものだが、 この疑問も見当外れとわかった。

ちょっと調べてみたところ、「湘南物語」というページに「湘南の発祥」という説明がある。少々引用させていただく。

湘南という地名は、何処から何処まで言うかはっきりしていません。歴史地理的な根源の土地に由来する地名ではなく、行政区分も持たない地名です。世間で言いなら わしている名称で、東京でいう「山の手」とか「下町」などと同じ、感覚的な領域です。

へえ、そうだったのか。割と「雰囲気のもの」でしかないのだね。このページにはさらに、その由来について 2つの説があると説明されている。次のような具合だ。

  1. 相模国の南の地域、を意味する相南という言葉にさんずいがついて湘南になったという説

  2. 中国湖南省の洞庭湘に注ぐ川に「湘水」があり、その南の風光明媚な地域を指す「湘南」にちなんだという説

この 2つの合わせ技のような気もするが、 2番目に関連しては次のようにも語られている。

洞庭湘に注ぐ瀟水と湖水の2つの川が合流するあたりの絶景を「瀟潮ハ景」といい、金沢ハ景などの名勝の原型であるが、江戸初期の沢庵和尚が江の島の風景を「瀟湘」に譬えたと伝えられている。いわば文人趣味の世界に現れた名称であり・・・(以下略)

というわけで、「文人趣味」というのが大きく影響して、今の「湘南のイメージ」というのが形成されたことがわかる。なるほどね。

日本の全都道府県に旅した経験のある私ではあるが、この「湘南」についてはかなり手薄なところがあるので、機会があればじっくりと探訪してみたくなってしまった。

 

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2022年7月17日

英語に親しむための、今どきの情報

「こあたん🇦🇺こあらの学校」という英語を学べる情報をオーストラリアから発信している方が、「初めて英語を聞いた小学生の耳がすごい。この感覚を大切にしてほしいな」と tweet している(参照)。

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確かに素直に聞けば、"water" は「わらー」に、” girl" は「ぐおー」に、"cool" は「くーお」に、"pretty" は「ぷうぃりー」に聞こえる。「うぉーたー」「がーる」「くーる」「ぷりてぃ」とは聞こえようがない。聞こえたままの感覚を大切にすれば、少なくともカタカナ英語にはならずに済むのにね。

日本人が「ぐおー」(にとても近い音)を聞いて "girl" だと思えないのは、感覚がそのように回路付けされていないからだ。つまり、その音が "girl" という言葉とは無関係の音にしか聞こえない体になっているのである。

その意味で、発音がカタカナで記された英語辞書なんて、かなり罪作りだ。こんな仕様の辞書なんか一度も使ったことがないが、思えば幸いなことだった。

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こあたんさんはさらに、「目的語が不定詞・動名詞で意味が異なる動詞」というのも紹介されている。

”Remember" や "forget" などで、例えば "I forgot to write you." は「君に手紙を書くのを忘れた」だが、"I forgot writing you." は「君に手紙を書いたのを忘れた」になるわけだね。これって結構ビミョーだから、私も間違えやすいかもしれない。

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この表を見てさらに「あれ、"stop" は?」なんて思ったが、下の方にちゃんと「stop の場合、不定詞は名詞的用法ではなく副詞的用法だから、目的語とは言えないからね」と注釈がある。ふむふむ、そうだった、そうだった。それで、中学生時代の私は英語教師にかみついたりしてたんだった(参照)。

その教師がある日の授業で動名詞と不定詞の用法に関し、あろうことか「"I stopped reading." と "I stopped to read." は同じ意味」と言い出した。これにはさすがに堪忍袋の緒が切れてしまい、「英語の教師のくせにデタラメを言うもんじゃない!」と、猛然と抗議した。

その教師は自分の間違いを認めず、「お前は生意気だ」なんて言い出したので、生意気ついでに「職員室に戻って『指導要領』の『不定詞の副詞的用法』という項目を読んで出直さないと、このまま一生恥かくことになるぞ!」なんてことまで言ってやったのを覚えている。よっぽどブチ切れちゃったものでね。

ちなみに、"stop" の場合はこういうことになるわけね。

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私の中学、高校時代は、英語の生きた教材って The Beatles とか Bob Dylan とかのレコードぐらいだったが、今どきは、その気になればかなり手軽に面白い情報を探し出せるわけだね。便利な世の中になったものである。

【同日 付記】

一番上の画像で、子どもの耳には "a lot of" が 「あろら」、"not at all" が「のらろー」に聞こえているようだが、これって、オーストラリア英語だからなのかなあ。アメリカ英語だと、それぞれ「あらろ」、「ならろー」に聞こえやすいよね。

 

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2022年7月16日

例の事件と、「一部の知識人」と言われる人たち

Note というサイトに出ている「東浩紀が統一教会を擁護しているというデマにつきまして」という、東自身による記事が炎上しているというので見に行ったところ、率直に言って「こりゃ、炎上もしょうがないわ」という印象だった。

元々の発端は「ニコニコ動画」の選挙特番(参照)における社民党の福島瑞穂党首の発言に対する、三浦瑠麗、東浩紀、石戸諭の 3人のコメンテーターの非常に否定的な反応であるらしい。そしてその最も核心的な部分を、上に貼り付けた YouTube 動画で見ることができる。

さすが、元がニコ動なので、画面に流れるテロップが口汚くてウルサい。福島党首の発言に対して「未確認情報を安易に取り上げるな」という類いのツッコミが多いのは、これが放送された時点で、安倍銃撃事件と統一教会の関連が公式には報道されていなかったためだろう。

そして実際の番組中でもこうした空気に乗っかって、とくに東浩紀と石戸諭が、福島党首の発言をヒステリックなまでの口調で非難しているのが見て取られる。そしてまさにこのことが、わずか 1日後の「炎上」のタネになってしまったわけだ。

そもそも今回の事件は、選挙後になって統一教会との関連で語られることになるのが確実とわかっていたのに、このネット放送の時点では、三浦、東、石戸の 3人の、このことに関する認識が信じられないほど甘い。その甘さ故に、「統一教会擁護」と受け取られかねない発言を不用意に連発してしまっている。

統一教会というのはこれほどまでに、一部の知識人と言われる人たちの間にまで食い込んでいるのだとわかる。冒頭で紹介した文章で、東は統一教会との関係を否定しているが、まあ、「取り立てて言うほどじゃないけど、ぼんやりとしたコネクションぐらいはあるのかも」と感じられてしまうよね。

少なくとも彼らの世界では、「統一教会を悪く言うのは、カッコ悪いサヨクの連中」という感覚があった(もしかしたら、今でもある?)のだろう。そんなわけで、ここで取り上げた 3名に関しては、「ちょっとヤバい感性の人たちだよね」と認識しておく方がいいと思う。

 

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2022年7月15日

梅雨前線の復活を経過して、来週は二度目の真夏

昨日の日テレ NEWS が「梅雨前線が復活」と伝えている。「寒冷渦が日本海へ 大気の状態は非常に不安定 広く大雨に警戒」ということだそうだ。6月末から 7月初めはいきなりの猛暑だったが、今度はまたしても梅雨の様相で、天気はわけのわからない推移である。

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ニュースで示された天気図を見ると、高気圧のマークが一つもなく、横並びの 4つの低気圧の南に梅雨前線が表示されている。本日の天気のポイントは「大きく二つ」あるのだそうだ。

まず一つ目は本州付近で梅雨前線が復活すること。東北北部では、まだ梅雨が明けていないため、顕在化する前線はまさに梅雨前線と呼ぶにふさわしいものです。(中略)

さらに二つ目は朝鮮半島の北から強い寒気が南下してくること。これは寒冷渦と呼ばれる寒気の渦巻きで、この南東側(つまり日本付近)では、非常に雷雲が発生しやすくなります。

今朝は肌寒いほどの気温だったが、これって「寒冷渦」ってやつのせいだったのか。周囲の人たちは「もう真夏が終わって秋になったみたいに錯覚してしまう」なんて言っているが、まさに実感だ。

ところが関東地方は週明けからは晴れマークが復活して、気温も 30℃ 以上になるという。つまり「二度目の真夏」が来るということで、8月になったらどんなことになるのか、考えるだに恐ろしい。

実は来月中旬、世間は旧盆だというのに、私は仕事で関西に行くことになってしまった。この時期に仕事するなんて、20年ぶりぐらいの気がする。夏バテにならないように、十分に気をつけるしかない。

 

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2022年7月14日

自民党と統一教会は、互いに「都合のいい存在」

下の画像は、Twitter の「元統一教会会長の娘」というハンドルネームの方の tweet である(参照)。高校と大学時代に、同じ学年に原理研に所属しているのがいて、一度ならず誘いを受けたり議論をふっかけられたりしたので、多少の知識はあったつもりだが、これほど酷いとまでは知らなかった。

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彼女の tweet は上の画像にあるものだけでなく、かなり長いスレッドを形成していて、実際に親が狂信的な統一協会員だったればこその実感こもる告白となっている。「私も教会の幹部誰でもいいから殺したい、火をつけて燃やしたいと思っていたので・・・」という記述(参照)には、鬼気迫るものがある。

統一教会がどんなに酷いことをしていたのかは、リンク先のスレッドを読めばよくわかるので、ここで改めて書く気はない。書いて気持ちのよくなる内容でもないしね。ただいずれにしても、この tweet には似たような体験コメントが少なからず寄せられており、決して特殊ケースではないとわかる。

政治との関連では、統一教会の会長は記者会見で「安倍元首相との関わりは深くない」と述べているが(参照)、そりゃあ表向きには正式発表されるような関係があるはずはない。ただ国会、地方議会に至るまで、彼の取り巻き連の中には統一教会を「集票マシン」として利用している連中が少なくない(参照)。

常識的に考えれば、選挙でそのようなカルトに頼るのはいかがなものかということになるが、実際には「いわゆるフツーの有権者(とくに若い層)」はあまり投票に行かないので、現場ではそんな層に訴えるよりも熱狂的に票を集めてくれる統一教会系に頼るのが当選への近道となる。政治は一筋縄じゃない。

つまり自民党政権にしてみれば、統一教会は直接・間接的に「お世話になっている」存在であり、そうである以上、教団には多かれ少なかれ便宜を図っていないはずがない。そうでなければ、統一協会側としても一方的に「滅私奉公的」な活動なんてしない。

その昔は「親泣かせの原理研」なんてことをジャーナリズムもよく書いていたが、最近はとんと取り上げられることがなかった。これも「政権党からの有形無形の圧力」とみるのが自然だろう。そんなようなことを不用意に書いたら、政府から情報をもらいにくくなる。それが「今どきの情報操作」だ。

私自身も昔はジャーナリストの端くれだったからわかるが、重要な情報を得るには情報元との「良好な関係」を構築しなければならない。自然、統一教会関連の悪い話は「記者として、知ってはいるけど書けない情報」ということになる。

そしてたまに出てくる「悪い話」は、「アヤシい陰謀論」扱いで片付けられがちだ。

そんな中で、米国のワシントンポスト紙が "How Abe and Japan became vital to Moon’s Unification Church" (安倍はどのようにして文鮮明の統一教会にとって重要な存在となったか)という記事を報じている。ワシントンポストほどのクォリティ・ペーパーとなると、「アヤシい陰謀論」では済ませにくいだろう。

ちなみにこの記事の大筋は。Courrier Japan の "米紙が斬る「統一教会にとって日本は大事な“金づる”だ」 教団が安倍晋三を重宝した理由" という記事中で紹介されている。無料登録会員になれば全文が読めるので、オススメしておく。

つまり、ことさら「陰謀論」みたいにアヤシい言い方をするまでもなく、ごく控えめに言ったとしても、自民党政権と統一教会がお互いに「とても都合のいい存在」として利用し合ってきたというのは、明らかな事実なのだ。今回の事件を機に、それがいろいろと話題になっていくことだろう。

言わば、たまった「ツケ」を払うようなものだ。

 

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2022年7月13日

光回線が死んでる状態

いやはや、まいった。今日の夕方頃から我が家の光回線が死んでる状態になってしまい、今は iPhone を使ったテザリングでインターネットに繋いでこの記事を書いている。

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初めは何で繋がらないのかわからなかったが、モデム(GE-ONU)を見ると、上の写真のように「光回線」のランプが点いていない。それでルーターの方も、「元々の回線が繋がっていないんじゃ、お手上げよ」という状態になってしまっている。

安倍問題でネット回線がパンクしてしまったのかと、iPhone で光回線の情報を調べてみたのだが、障害は報告されていない。とすると、こちらのローカルでのケーブルがいかれたか、あるいはモデムそのものがおシャカになってしまったかのどちらかなのだろう。

なんだか最近、インターネットの繋がり具合が不安定なような気がしていたのだが、どうもこのモデムの具合がおかしくなってしまっているようなのだ。もう夜になってしまったから、明日になっても復活しないようだったら、NTT に連絡して機器の交換を申し入れてみよう。

というわけで、今日のところはバタバタで疲れてしまったので、これにて失礼。

【7月 14日朝 追記】

今朝一番に確認してみたところ、とくに何をしたわけでもないのに「光回線」にランプが点いて生き返っていた。

モデムが死んでるわけではなく、光回線自体がおかしくなっていたようなのだ。あるいは、モデムもそれなりにくたびれてるのかなあ。とりあえず、NTT に機器交換を申し入れる方がいいかもしれない。

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【7月 14日 夕刻 追記】

またしても「光回線」のランプが消えた。どうやら光回線自体がトラブっているようで、しばらく様子を見るほかなさそうだ。やれやれ。

【7月 14日 夜 追記】

「前にも似たようなことがあったなあ」と思って、自分のブログを検索したところ、「インターネット接続の光回線が突然死んだ」という 2020年 10月 17日の記事が見つかった。この時は 3日連続で死んだり生き返ったりしている。今回はどうなるか。

【7月 19日 朝 追記】

光回線の状態が 7月 17日の午後あたりから安定したようで、あれからまともな状態になっている。このまま続いてくれればいいのだが。

 

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2022年7月12日

暗号に使えそうな日本語風フォント

Togetter に "『日本人にだけ意味がわからない』海外でみかけた謎の日本語風フォント使用例、わかってても難読!" という記事があり、★タイの漫画★小林眞理子 さん という方の写真付き tweet が紹介されている。下のようなものだ。

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なるほど、それぞれのドリンクに意味不明のカタカナのような文字が書かれており、無理矢理だと「ホム**サム」「サロフエ*サム」みたいに読めないこともない。ところがこれ、左が "MATCHA"(抹茶)で、右が "HOJICHA"(ほうじ茶)なんだそうだ。

さらに、こんなのもあるという。こっちはカナカナというより「漢字かな交じり」みたいに見えるが、実は "green tea"(緑茶)だというのである。すごいなあ!

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これ、その場その場でテキトーに変形しているというわけじゃなく、実はそれなりの確立されたフォントがあるらしく、Ni-Lab. さんという方が ”Electroharmonix Font” という名のフォントの情報を提供してくれている。こんなようなものだ。

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日本語風フォントはこれだけにとどまらず、さらに TokyoSoft という無料フォントもある。いやはや、ひれ伏してしまいそうだ。

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これって暗号に使えそうだけど、日常的に使う用事はなさそうなので、個人的にダウンロードするまでには至っていないので、

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2022年7月11日

暑さと選挙結果の両面で「うんざり」状態

一昨日の記事で "多分自民党に「同情票」というか「お悔やみ票」みたいなのが流れ、大勝してしまうんじゃなかろうか" と書いたが、実際に「自民 63議席獲得し大勝」(超大勝?)という結果を見てしまうと、まともなことを言う気力も失せる。「有権者には『いい人』が多いんだね」と思うしかない。

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選挙結果そのものについては、当面何も言う気がしない。今後気を取り直してちらりと書くことがあるかもしれないが、まあ、タイミング的にインパクトのない話になるだろう。

ただ今後の展望として、「安倍晋三と統一教会」問題がスキャンダラスに取り上げられたりしたら、日本の保守層にとってはマイナスの状況になるかもしれないとだけ言っておく。例えば、かの櫻井よしこ氏あたりは、この問題が取り沙汰され始めた 7月 9日以後は Twitter 上で沈黙しちゃってるし(参照)。

というわけで、これほどの「自民大勝」は、当面はこれで見納めみたいなことになる可能性もある。フツーの神経の人が実情を知ってしまったら、「自民党って、ちょっとアブナくて投票しにくいよね」と思うだろうからね。

それにしても、今日も暑い。暑さと選挙結果の両面で「うんざり」状態だ。

 

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2022年7月10日

今回の事件と、「統一教会」

安倍元首相を銃撃で身柄を拘束された山上徹也容疑者の犯行動機について、日本の主要メディアは「安倍元首相の政策的な問題ではなく、特定の宗教団体に恨みがあり、安倍氏がその宗教団体とつながっているらしい」などと、かなりぼかした言い方をしている。

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これ、ほとんどのメディアが同じような言い方で伝えていることからみても、警察発表の「まんま」なのだろう。選挙期間中ということもあり、かなり気を使った表現なのだと思われる。

しかし海外のメディア、とくにアジア系の多くは、山上容疑者が恨みを抱いたのは "Unification Church" (統一教会)と、ストレートに伝えている。中でも OMG Bulletin などは、下記の「現代ビジネス」を参照しているのだが、上の写真にあるように、見出しでもはっきり書いている(参照)。

【見出し】 ”Shinzo Abe’s assassin will confess the reason for the attack: point out intimacy with the Unification Church" (安倍晋三の暗殺犯は襲撃の理由を、統一教会との親密さと自白)

こうした報道の根拠のほとんどは、「日本の SNS などでは、既にそう見られている」ということで、独自取材によって特定したというわけではないようだ。しかしだからといって、でたらめというわけではない。

確かに日本では、ニュースで「特定宗教に恨み」と報じられた直後から Twitter などでは「統一教会」と、ほぼ断定的に取り沙汰されていて、私も「そうだろうね。ほぼ間違いあるまい」と思っていた。安倍晋三と統一教会のズブズブの関係はよく知られたことだし(参照)。

そうした中で、日本のメディアでも「現代ビジネス」が昨夜、"【独自】安倍元首相を撃った山上徹也が供述した、宗教団体「統一教会」の名前" という記事を報じた。これって、ある意味では画期的なことかもしれない。これをきっかけに、今後は堰を切ったようにいろいろな報道がなされるだろう。

ちなみに「統一教会」には「原理研究会(通称:原理研)」という学生組織がある。私が学生だった頃から「親泣かせの原理研」なんて言われ、「決して関わっちゃいけない組織」として知られていた(参照)が、巧妙に素性を隠してアブナい勧誘をしてくるので、純朴な学生ほどハマりやすかったりする。

「アブナい勧誘」というのは、先祖の因縁から逃れるための「壺」や「数珠」などを法外な値段で売りつける「霊感商法」とか、洗脳した上での訳のわからない結婚への誘導(参照)などがよく知られたところだ。Wikipedia のページで見ると、霊感商法の被害は統一教会がらみが明らかに多い(参照)。

そんなこともあって、私は安倍晋三という人も統一教会のプロパーな信者ではないとはいえ、ずっと「アブナい人」と見ていたわけだ。そうしたことが巡り巡って、今回の事件にまでなっているのだから、まことにもって気をつけたいものである。

 

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2022年7月 9日

安倍元首相の銃撃事件に思うこと

何はなくとも昨日の安倍元首相銃撃事件について触れないわけにいかないだろうから、書くことにする。あまり気は進まないけれど。

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この銃撃事件があってはならないものだということについては、既に多くのメディアが各政党代表の常套句の形で報じているので、敢えて私まで繰り返す必要なないだろう。ここではちょっと別の視点で感じたことを書いてみたいと思う。このブログって、もとよりそういう性格のものなので、了解戴きたい。

上の画像をクリックすると、山猫さんという方が Twitter に投稿された動画にリンクする。動画では、演説の最中に 2発の銃声(爆発音のようにも聞こえる)が響き、異様な煙が上がる。そして銃声の 2発目で安倍氏が倒れてしまうのも、鮮烈に記録されている。

私が驚いてしまったのは、この時、現場に居合わせた人たちから何の悲鳴もどよめきの声も上がっていないことだ。「何だ、どうしたんだ?」というような呟きすら聞こえない。そして少なくとも画面に映っている人たちは誰も逃げも伏せもせず、そのまま立っているだけだ。

これって違和感どころではなく、信じられない光景だ。もし私がその場にいたら、銃声が響いて煙が立ち昇るのを見た瞬間に、地面に伏せたりはしないまでも、反射的に身をかがめてその場から遠離ろうとするだろう。流れ弾が飛んでくるかもしれないのに、漫然と立ったままでいるなんて到底できない。

私は 14年前に "Duck! は、「伏せろ!」" という記事を書いた。若い頃、米国社会が今よりずっと危険だった時代(80年代)に、初めてニューヨークに行く前、 "Duck!" (伏せろ!)という声が聞こえたら、とにかく身を低くして流れ弾に当たらないようにしろと教えられ、それを体に叩き込んだという話である。

何しろこの時は、宿泊したホテルのロビーで「パンパン!」とおもちゃのピストルのような音が聞こえたと思ったら、目の前でオッサンが血を流し、目をむいてくたばっていたというぐらいの時代である。その場に居合わせた人は、一斉に屈みながらその場から避難した。

「おもちゃのピストルのような音」で人が死ぬのだから、あの轟音では、とにかくその場からできるだけ離れるのが当然だろう。ところが実際の現場では、誰もそれをしない。それどころか逆に、近付いてみようとする人までいる。私はこの動画を見て、つくづく「日本は平和だなあ」と感じた。

元首相が銃撃されたというのに「日本は平和」と言うのはおかしいと非難されるかもしれないが、その瞬間の人々の反応を見る限り、「平和」と思うしかないじゃないか。

これで、安倍政権時代にあれだけ批判的だった多くのメディアも、死者に鞭打つような論調を避け、「お約束的」な美化記事で溢れるだろう。そして明日の選挙では、多分自民党に「同情票」というか「お悔やみ票」みたいなのが流れ、大勝してしまうんじゃなかろうか。

かなり複雑な気分になってしまう。

 

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2022年7月 8日

「働かないおじさん」の白日夢

COURRIER のサイトに "英紙が注目「日本では『働かないおじさん』が増殖している」" という記事がある。「おやつにたばこ、次はトイレ休憩」という、ため息をつきたくなるようなサブタイトル付きだ。

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この元記事はどんなのだろうと思って検索してみると、"The rise and rise of Japan’s unsackable slacker" という記事が見つかった。

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ここで「増えに増えている」とされる "unsackable slacker" (解雇不可能な怠け者)というのが、日本語記事の「働かないおじさん」というわけだが、添えられたイラストを見ると、「おばさん」も、おじさんと一緒になってお茶してる。これで辛うじてジェンダー差別を回避しているのかな。

記事中には “boutto suru“ なんていう日本語の「専門用語」(?)が出てきて、"sitting at a desk, staring into space" (机に向かって虚空を見つめる)なんて説明されている。日本語記事に添えられた写真の、完全に突っ伏して寝ちゃってるというのは、ちょっとやり過ぎだよね。

そして "hatarakanai ojisan” という、さらに「核心的な専門用語」までそのまま使われていて、"the old man or, more rarely, his female equivalent" (高年齢の男性、あるいは稀に女性も)なんて説明が付いている。やはり元記事も、実質的には「おじさん」メインで論じているようなのだ。

思い返してみると、私が勤め人だった時代にも、こうした「働かないおじさん」というのは確実に存在した。名前だってすぐに思い出せる。ただ正直言って、彼らが急に思い出したようにしゃしゃり出てきたりすると、トンチンカン過ぎて足手まといになるので、隅でおとなしくしてくれている方がありがたかった。

とはいえ、企業にしてみればこんな存在に賃金を払い続けるというのは、結構な無駄遣いである。しかし彼らは「年功序列」という慣習に護られて、むやみにクビにはしにくい。それで元記事は「解雇不可能な怠け者」なんてタイトルにしているわけだ。

そしてさすがに英国の新聞だけに、記事の終わり近くで ”「働かないおじさん」は企業買収に対する秘密の盾になるかもしれない” というシニカルな見方も紹介している。なるほど、そんなおじさんだらけの企業を買収してもしょうがないからね。

ただ、そんなのは「将来性のない企業」の別の言い方でもあるわけだが。

 

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2022年7月 7日

街でよく見る貼り紙と「男の業」のお話

ABEMA TIMES に、”街でよく見る「男性募集 高収入 美熟女サポート」貼り紙の真相が発覚! 実際に電話してみた結果” という記事があり、読んでみるとそれは「悲しいお笑い」なのだった。

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問題の貼り紙とは、「お金持ちの美熟女の簡単なサポート」「高収入を狙おう!」などと書かれたもので、そういえば、昔は新宿辺りの電話ボックスなんかによく貼られていたものだ。つくばの地に引っ越してくる前は、新宿なんて「準地元」みたいなものだったからね。

最近はそうした繁華街にほとんど行かないし、電話ボックスとかドリンクの自動販売機とかもほとんど利用しないので、そんなものが今でもあるなんて、ちっとも知らなかったよ。時代はいくら変わっても、変わらないものもあるってことだ。

カンニング竹山の土曜 The NIGHT という番組の企画で、スタッフが広告にある電話番号に電話すると、女性とデートすれば 2時間から 3時間で 2万円から 3万円の報酬が得られ、その他の経費もすべて相手の女性もちという話だった。具体的な手続きはこんなことだったらしい。

3名の紹介で 29,800円プラス消費税がかかるのだとか。初期費用はかかるものの 1回目のデートで仲介料は相殺となり、継続して女性とデートをすればその分「お小遣い」がもらえ、長期的には高収入が期待できるという案内だった。

番組では、Aさんという番組スタッフがデート相手の女性を紹介してもらうことにこぎ着けた。ところが実際にデートした結果、相手女性からもらったのはポチ袋に入った「5,000円」だけだったというから笑える。「2時間から 3時間で 2万円から 3万円の報酬」からはほど遠い。

さらに謳い文句では、継続してデート相手を紹介してもらえるはずだったが、最後はこんなことでケリがつく。

業者に「新しい女性を紹介してほしい」と連絡したところ「それについてはプラス 2万円かかります」という説明があり Aさんはこの時点で「ダマされた」と気づいたそう。

昔からあるネズミ講の類いと、構造的には同じのようだ。こんなお粗末な悪徳商法が今の世まで続いているというのは、口車に乗って「登録料」だの「仲介料」だのをあっさり支払ってしまう男が存在するからなのだろう。

わけのわからないところに少なからぬ金を払うことへの疑念は、「デートして金をもらえ、あわよくばそれ以上の進展も・・・」なんていう甘い幻想で打ち消されるのだね。「男の業」というのは、よくよく因果なものである。

 

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2022年7月 6日

「野党の話は聞かない」なんて、わかってはいたけど

"「野党の話は聞かず」 山際経財相が街頭演説で発言" というニュースが流れて、「また、応援演説でつい本音をストレートに言っちゃったオバカがいるな」と思っていたら、この人、東京大学大学院農学生命科学研究科卒の獣医師なんだそうだ。ずいぶん立派な経歴のオバカもいるものである。

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今回の失言はこんなことだったと報道されている。

山際大志郎経済財政・再生相は3日、青森県八戸市で街頭演説した際に「野党の人から来る話はわれわれ政府は何一つ聞かない。本当に生活を良くしたいと思うなら、自民党、与党の政治家を議員にしなくてはいけない」と述べた。

選挙の応援演説で「言っちゃいけない本音」を言ってしまう政治家というのは、昔から後を絶たない。現地の支持者たちにチヤホヤされるうちにちょっと「別のモード」に入ってしまい、かなり気持ちよくなった結果、つい勢いで口走っちゃうんだろうね。

私も過去に、稲田朋美という人が防衛庁長官時代に、都議選候補の応援演説で「自衛隊としてもお願いしたい」なんて口走って大問題になったことを取り上げたことがある(参照)。応援演説というのは直接的に自分の問題ではないだけに、変に舞い上がりやすくてヤバいみたいなのだ。

とはいえ今回の失言はあまりにもお粗末すぎるもので、「ちょっとした言い違い」とか「言葉のアヤ」程度では済まない。間の悪いことに岸田総理が「聞く力」なんてことを売り物にしていたこともあって、かなり突っつかれてしまったわけだ。

それで 5日にわざわざ釈明会見をしたわけだが、「誤解を招くような発言になった」と述べるだけで、撤回はしなかったと報じられている(参照)。記事を読むと、「撤回」はおろか、まともな説明もしなかったようだ。参院選直前というデリケートな期間とはいえ、往生際の悪いことである。

ここで発言を撤回をしたり修正したりしてしまったら、行きがかり上、野党の話を聞かなければならなくなるので、そんなのは死んでもイヤということなのだろう。こうした心情って、与党議員にほぼ共通した心情なんだと思う。

とにかく「聞かない」んだから、国会はまともな議論の場になりようがないよね。

こう考えると選挙での投票そのものまで馬鹿馬鹿しくなってしまうが、しないより多少はマシだろうから、私は今回も律儀に、妻と一緒に期日前投票を済ませたことを報告しておく。期日前投票は何かのついでに、自分の都合でちゃちゃっと済ませられるので、オススメだ。

 

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2022年7月 5日

ダイヤル式黒電話は、歴史の彼方に

北海道新聞帯広広報部が、"7月 1日夕刊の記事から「黒電話マーク」を廃止しました" と tweet している(参照)。「これが何のマークか分からない人が増えたことなどが理由」なんだそうだ。ついにそういう時代になってしまったのか。

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ウチでは最近、NTT との固定電話の契約を解除した。その昔は FAX のやり取りというのが結構あったので、FAX 付き固定電話が必需品だったが、2015年頃からほとんど使わなくなった。

我が家で最後に FAX を受信した時のことは、2019年 3月 15日付の「4〜5年ぶりに FAX を送付されてしまったよ」という記事に書いている。この時は、冗談ではなくタイムマシンに乗ったような気がしてしまったものだ。

そんなわけで、「これ以上 NTT に固定料金を払い続ける意味がない」と判断し、契約解除したのだが、一昨日の au のトラブルみたいなのがあったら、もう代替手段がないわけだね。今回は、私は au ユーザーじゃないから問題なかったし、もしもの時でも妻のケータイとでキャリアが違うというのも救いだが。

ちなみにその昔に使っていたいにしえのダイヤル式黒電話は、どういうわけか捨てずにとってある。こんなのだ。

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ググってみたところ、これは 1963年に登場した「600形自動式卓上電話機」というもののようだ(参照)。我が家でも 1980年代まで使っていたのだから超ロングセラーで、ということは、骨董的には二束三文なんだろうね。

プッシュボタン式でも、初期のこれなんかは「600型」のダイヤルをプッシュボタンに変えただけみたいで、何だか芸がない。逆に言えば、「600型」がいかに長く「電話のスタンダード」であり続けたかということだが。

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ただ、いわゆる「電話マーク」の元になったデザインはさらに古い。原型は 1933年に登場した「3号自動式卓上電話」だそうで(参照)、こちらの方こそまさに「レアもの」だ。

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そして時代は下り、今の若い人たちが「固定電話」と聞いて思い浮かぶデザインは、おそらくこういうものだろう。

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ということはつまり、いにしえのマークを見せられても「固定電話」とはわからない世代が増えているというのも、あながち大袈裟に誇張した話でもないのだね。住所表示なら「〒」のマークでいけるが、固定電話の番号は、今となっては「Tel」マークで示すしかないのだろう。

まことにや、『時代は変わる』(The Times They Are A-Changin')ものである。

 

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2022年7月 4日

「さすべえ」と「オバチャン」を巡る冒険

今日の記事は、昨日の "「男の日傘」を巡る冒険" という記事の "世間では雨の日の「自転車傘差し運転」はおろか、晴れた日まで「日傘差し運転」するという「アンビリーバボーなオバサン」も決して珍しくない " という記述から発展した「続編」みたいなものである。

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この「傘さし運転」関連で、世の中には摩訶不思議な商品がある。傘を自転車に固定して両手を使えるようにするための「さすべえ」というもので、とくに「大阪のオバチャン」に大人気のようなのだ。

あのオバチャンたちの間では、雨の日よりもむしろ晴れた日に日傘をセットして自転車に乗りまくるのが主流だという(参照)。個人的な感覚では、ちょっと異次元ぽい世界だ。

ところが当の「大阪のオバチャン」としては、「ほんま便利やで」と必需品扱いである。「カッコなんて、かもてられへんもんな」と、迫力たっぷりだ(参照)。

「さすべえ」は愛知県の業者が販売する商品なのだが、なんと、売り上げの半分以上が大阪向けなんだそうだ。よほど大阪的心情にマッチしてしまったのだろう。

ただ、これに関しては道交法違反とは言えないものの、大阪府警としては決して推奨はしていない(参照 1参照 2)。さらに地域によっては条例などによって取り締まられる場合もあるようなので、注意しなければならない。

ちょっと考えてみれば、メーカーが「さすべえ」自体をいくらしっかり丈夫に作っても、取り付けた傘の方が風に煽られたりしたら、決して安全とは言い切れない。

ただ、おばちゃんたちって大阪に限らず、見ていてじれったくなるほど、ゆっくりと歩くようなスピードでママチャリを漕ぐし、よ〜く見て初めて登り坂と気付くようなビミョーな道でも、すぐに自転車から降り、押して歩くのが常なので、あまり大きな事故にはつながりにくいのだろうけど。

ちなみに、せっかく変速ギアの付いたママチャリに乗りながら、その意味を理解せず常に一番遅いギアで走っているオバサンというのも、何人か知っている。見かねて操作を教えてあげても、さっぱり意味がわからないようで、状況に応じたギアチェンジなんて全然できない。

そしてビミョーな登り坂にさしかかるとやっぱり降りて歩いているので、あの人たち、「よくわからない生き物」にしか見えないのだよね。

 

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2022年7月 3日

「男の日傘」を巡る冒険

HUFFPOST に ”人生で初めて日傘を差したら「男らしさ」の呪縛から自由になった。社会学者の田中俊之さんが語る” という記事がある。"「日傘を差すことで『男らしさ』への縛られ具合がわかって面白いですよ」" というサブタイトルには、かなり響いてくるものがある。

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これまで「男らしさ・女らしさにこだわる必要はない」と著書などで訴えてきた(参照)田中さんだが、こと日傘を差すことに関しては、ある種の「気恥ずかしさ」から逃れられなかったようだ。ところがこの夏の猛暑もあり、思い切って差してみたところ「すごく自由を感じた」という。

彼のような人でも、無意識的な領域では自分を縛り続けるもをの抱えていたわけだね。「男らしさの呪縛」というのはそれほどまでに根深いということだが、日傘一本で解き放たれるというなら、試してみる価値があるじゃないか。

ところで私自身は、日傘に関するこだわりはほとんど自覚したことがない。自分がこれまで日傘を使ったことがないのは、「ジェンダー的抵抗感」より「面倒くささ」という要素がメチャクチャ大きくて、その次に「これまで差す機会がなかった」という理由が続く。

なにしろ私は、雨傘さえも滅多に差さない人である。茨城県の田舎に住んでいるので、外出時はクルマを利用することが多く、「雨の時は、クルマから降りたら目的の建物にダーッと駆け込めばいい」と思っている。ちんたら傘を広げながらクルマから降りるという発想がないのである。

世の中には一滴でも雨が降ったら傘を差すという人も存在する(私の知人にも約 1名いる)が、きっと水に溶けやすい体質なんだろう。ところが私はよほど本格的な雨の中を歩くのでもない限り、「傘なんか使ったら、乾かしてしまうのが面倒」なんて思ってしまうクチだ。要するによほどの無精なのだね。

ちなみにクルマを使わない時には自転車だから、傘とはさらに無縁である。世間では雨の日の「自転車傘差し運転」はおろか、晴れた日まで「日傘差し運転」するという「アンビリーバボーなオバサン」も決して珍しくないが、よい子は決して真似しないようにね。

ただ、私としては決して「傘が嫌い」というわけでもなく、いつも持っているリュックには、電車利用で出かけた先で降られた時のために、折り畳み傘が常に入っている。ところが何しろ私は自他共に認める「晴れ男」なので、それを実際に使う機会は 1年に 1度あるかないかだ。

とはいえ、今年はこの暑さである。さしもの無精な私でも、こんな時こそ「"男の日傘" を試してみるのもいいかも」と思い始めた。とはいえ無精な私のことなので、初めはリュックに「死蔵」され気味の雨傘を日傘として使ってみることから入ろうと思う。

調べてみると、実は雨傘と日傘の区別というのは結構面倒な話のようだ(参照)が、どうせ差す機会はそんなに多くないだろうし、初めはテキトーなアプローチでいいだろう。その機会に恵まれたら(「恵まれたら」というのもおかしな話だが)、このブログで報告するので

Yoroshiku4

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2022年7月 2日

「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、鶏肉価格上昇

東洋経済 ONLINE に「ウクライナ戦争で日本の鶏肉が高くなるカラクリ」という記事がある。肉食から遠離って久しい私としては「俺には関係ない話だね」と言いたいところだが、コトはそれだけでは済まないようなのである。

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今回の価格高騰の要因は、世界の鶏肉の一大供給国であるブラジルからの輸出減少だという。さらにその要因は、中国がトウモロコシの輸入を、ウクライナ戦争の影響でこれまでのロシアとウクライナからブラジルに大きくシフトしていることだそうだ。

トウモロコシは鶏の飼料としての用途が大きいので、ブラジルとしては「エサをほかに売っちゃったものだから、それを食って育つ鶏が減っちゃった」ということになっているわけだ。さらにエサを買った中国としてもあれだけの人口を抱えているので、鶏肉の輸出までする余裕はないのだろう。

つまり鶏肉価格上昇の原因は「トウモロコシ不足」というのだから、「俺、肉食わんから関係ないね」とも言っていられないのである。さらに、「俺の食うのは主に米と麦で、トウモロコシはあんまり食わんから関係ないね」とも言えない。

小麦価格はただでさえウクライナからの供給がなくなって上がりまくっているのに、トウモロコシの代替需要まで増えたりしたら大変だ。その影響が米価にまで波及なんてことになったら、こちらとしても「関係ないね」どころか「関係大あり」である。

世の中いろいろなことがつながりまくっているので、こればかりは予断を許さない。まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話だが、煎じ詰めれば「プーチン、ウクライナからさっさと手を引け!」ってことだ。そうしないと、自らの立場も危うくなるぞ。

ちなみに和牛の肉も飼料価格高騰でかなり値上がりしているらしいし、肉食というのは、やっぱり食料需給の視点からは非効率なのだね(参照)。

 

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2022年7月 1日

夏バテ防止に「筋肉」の維持が大切だったとは

NHK が【"災害並み” の暑さ キーワードは「筋肉」】という、一瞬「はあ、どういうこと?」と言いたくなるニュースを流しているが、ウェブサイトでよく読んでみると、「なるほど、納得」だ。それにしても "災害並み” とはよくぞ言ってくれたものである。

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夏バテ防止に筋肉の維持が重要だと訴えているのは、兵庫医科大学の服部益治特別招聘教授である。筋肉は「体内の水分を蓄える貯蔵庫」のような役割を果たしているというのだ。

ところがこの 2年以上にわたり、コロナ禍で家に籠もる自粛生活が続いたため、多くの人たちの筋肉量が落ちている。ということは体内の水分量が落ちているのだが、そこにもってきてこの無茶苦茶な暑さなので、体が脱水症状を起こしやすい状態なんだそうだ。

コロナ禍の自粛生活が「筋肉量低下」につながることには、実は少し前から気付いていた。実は今年初めにちょっとした怪我をしてしまい、1ヶ月近くまともな運動ができない時期があったのだが、体重計に乗ってみても数字がほとんど増えていなかったのである。

当初は「俺って、太りにくい体質に変わったのかなあ」なんて都合よすぎることを思っていたのだが、すぐにそうではないと気付いた。体重が変わらないということは、脂肪が増えて筋肉が落ちているということなのだ。

さらに突っ込めば、脂肪は筋肉より比重が軽いのだから「脂肪と筋肉でプラマイゼロ」どころではなく、筋肉的にはかなりの赤字なのである。これはヤバい!

これに気付いてからというもの、怪我が完全に治る前から意識して自転車に乗るなど、体を動かすことを心がけてきた。おかげでなんとなく自分の体の中の感覚が変わって、「体が重くない」と思えるようになった。

近頃ではクソ暑くて運動もままならないが、早朝のうちに庭の雑草を取りまくって筋肉を使うようにしている。それにしても、この暑さのせいで雑草の生育がハンパじゃないので、抜いても抜いても追いつかない。しかしそれが体のためになっているなら、「雑草さんよ、ありがとう」というものだ。

体を動かすことが、「肥満防止」だけでなく「夏バテ防止」にまで役立っているとは知らなかった。いずれにしても、暑いからと言ってダラダラしているばかりでは体によくないようなのである。

 

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