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2022年8月10日

半世紀前の ”暴力地獄” だった頃のワセダ

NewsSocra に「半世紀前の早大は "暴力地獄"」という記事がある。紹介された書籍の『彼は早稻田で死んだ』というタイトルの「彼」というのは、川口大三郎君という学生だった。まさに「半世紀前の早大」に在籍していた者にとっては、忘れようにも忘れられない名前である。

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このことに関しては、4年ちょっと前に書いた「JR 東労組の組合員大量脱退というニュース」という記事の中でも、こんな感じで書いている。

ちなみに JR 東労組の内部には、革マル派がかなり浸透していると認識されている。そしてこの「革マル派」という言葉を聞くと、私なんか、とても「いやぁな感じ」になってしまうのだ。

(中略)

さらに 1972年の秋には、革マル派による学内でのリンチ殺人事件が発生して、大学は長期休講に追い込まれた。これが世に言う「川口大三郎君事件」である。

とにかく私は半世紀前のワセダで、"暴力地獄" を間近で体験してしまっているので、この本の内容のかなりの部分は既に知っているような気がしてしまう。とはいいながら、一応「総括」のつもりで読んでみようと、たった今 Amazon で注文したばかりだ。

ただ、「既に知っている」とは言うものの、死んだ川口大三郎君が「早稲田精神高揚会に所属したこともあるし、左翼とは逆の原理研究会系の学生新聞の記者をしていたことも」あったというのは、噂では聞いたこともあったが、この NewsSocra の記事で初めて確認できた。

「原理研究会」(原理研)とは、今をときめく(?)統一教会系学生組織である。そっちの側の学生を「中核派のスパイ」と誤認してリンチ殺人したなんて、当時の革マルの情報力はお粗末過ぎである。いずれにしてもあの頃の学生運動って、右も左も「思い込み」だけで突っ走る傾向が強かったわけだが。

この本は著者の樋田毅氏が、当時の早大文学部自治会委員長だった田中敏夫氏にインタビューするため、2020年に自宅を直接訪問した時の描写から始まるという(参照)。ただ田中氏はその前年の 2019年に死去していた(参照)ようで、私はそのことについても初めて知った。

ちなみに田中氏は当時、文学部内では「田中ボーイ」なんて呼ばれていて、あまたいた革マル派学生の中では珍しくクールな印象だった。「田中ボーイ」というのは、同じ革マル派女子学生の「田中ガール」(フルネームは忘れた)との差別化(?)の意味があったと思う。

この「田中ガール」の方は、1971年度の新入生クラス担当だったらしく、よく我々の授業に乱入して政治論をふっかけたりしていたが、「お約束の決まり文句」しか言えず、議論してもつまらないタイプだった。今どうなっているのかは、全然知らない。

というわけで今は、本の届くのが待ち遠しい気持ちと、当時の記憶が生々しく蘇るのが鬱陶しそうだという感覚が、奇妙に入り交じってしまっている。

【付記】

本文中でリンクした NewsSocra の記事は会員登録しないと全文は読めないのだが、どういうわけか Yahoo ニュースのサイトだとフリーで全文読めるので、「会員登録なんてウザい」という方は、こちらにどうぞ。

 

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コメント

 右はともかく左はその主義主張に反して現在でも暴力的に見えるのは何なんでしょうね。
 それとも学生運動華やかなりしころから比べると今の左翼も十分大人しいのでしょうか?

投稿: tkckt | 2022年8月12日 13:59

 ネットに現在右翼団体の幹部氏の話が出ていましたが、彼は学生時代右派の生長の家学生会に所属し、原理研究会の学生と共闘して、左派学生と対峙し、占拠されていた学生会館を奪回したそうです。原理の学生は左派に対して一歩も引かず非常に頼もしい存在で、体育会の学生はすぐ逃げ出した。と語っていました。早稲田の原理はそんな活動はしてなかったんですかね。
 私の大学にも原理はありましたが、何の興味もなかったので、先輩が原理に入って彼女ができたと喜んでいたことぐらいしか印象が有りません。
 私の時代にも一度ロックアウトになり、校舎に見学に行くと学ランを着た学生が入口に立ち睨みを効かせていて友人と飛び逃げた思い出があります。
 事件について私は何も知りませんが、当時大学当局が右派学生を利用していたことも考えられるので、彼が大学側のスパイで、中核派の集会にも大学側のスパイとして参加していた可能性はないのですか?
 当時は自民党はヤクザの作った右翼団体とも共闘していて、ヤクザともズブズブでした。それだけ、共産主義が保守派には恐れられていた時代だったんですね。
 ただ、私は統一協会を悪魔化して語ることには違和感があります。宗教団体は全て寄付で成り立っています。それは、キリストも創価学会も天理教も伊勢神宮も全部一緒です。豪華な建物は寄付金なしでは建ちません。霊感商法を言えば、地獄や極楽を語る宗教は全て霊感商法です。原価数円のお札を売る神社も暴利を貪っています。統一協会は少しお金を集めるに性急だったということでしょう。合同結婚式のように耳目を集める儀式をすることも批判の対象になったのですが、私は他人がどのような結婚を選択しても自由だと思います。今、フランスのような反セクト法の制定を言う人がいますが、運用を誤れば治安維持法のようになるでしょう。
 なお、私は年末には伊勢神宮のお札を戴いています。信仰心はないし、行ったこともありませんが、お伊勢さんも寄付がなければ式年遷宮もできません。

投稿: basara10 | 2022年8月12日 14:32

tkckt さん:

>それとも学生運動華やかなりしころから比べると今の左翼も十分大人しいのでしょうか?

今の左翼は、昔と比べたらかなり大人しいですね ^^;)

投稿: tak | 2022年8月12日 16:38

basara10 さん:

当時のワセダでは、右派の勢力は全然目立ちませんでした。いたことは、いたんでしょうけどね。

>彼が大学側のスパイで、中核派の集会にも大学側のスパイとして参加していた可能性はないのですか?

それはなかったと思いますよ。単なる印象ではありますが。

>統一協会は少しお金を集めるに性急だったということでしょう。

まあ、「少し」というレベルをかなり超えていたんでしょうね。信者本人はそれで幸せなんでしょうが、今回のような「統一教会二世」問題というのが、かなり大きいと思います。

私はお伊勢参りは 2度しました。生きてる間に一度は行ってみるといいですよ。

投稿: tak | 2022年8月12日 16:49

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