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2022年9月に作成された投稿

2022年9月30日

フロリダのハリケーン被害はケタも質も違う

AFP が "ハリケーンで史上最多の死者か 米フロリダ「500年に一度の洪水」" と伝えている。ハリケーン「イアン」はフロリダ半島を横断して熱帯低気圧になったが、大西洋上で勢力を強め、再びハリケーンとなって今日中にもサウスカロライナに再上陸するというのだから始末に負えない。

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米国というところはやたら広くて、実は自然もかなり雄大なので、こうしたことがあるとその被害も凄まじい。フロリダはハリケーンの通り道で、住民も慣れているはずなのだが、蓋を開けてみるとものすごいことになっている。

バイデン大統領は記者会見で ”「相当な」数の死者(substantial loss of life)” (参照)が出たとしている。30日午前の時点で少なくとも 15人の死者が確認されているが、まだまだ増えそうだ。

フロリダというところはヨットや自家用飛行機を持っている金持ちが多いので、伝えられた写真を見ると何隻ものヨットが浸水で折り重なるように沈んでいたり、甚だしくは住宅に突っ込んだりしている。空港でも小型機同士が風に煽られて衝突していて、日本とは被害のケタも質も違うようなのだ。

今年の夏は世界中でムチャクチャな暑さになったが、秋になってみると今度は台風やハリケーンで大きな被害が出ている。先日の台風 15号はそれほど発達しなかったとはいえ、雨量は記録的なものとなって、静岡市は今でも断水被害から回復していない。

この調子では、冬は豪雪なんてことにならなければいいがと、今から心配になっている。

【同日 追記】

ちなみに、台風に限らず「上陸」は英語で "landfall" というのだと、この年になって初めて知った。英辞郎によれば「山崩れ、地滑り」という意味もある(参照)ようだが、フツーはそれは "landslide" だよね。他の辞書にはそんな意味は乗っかってない(例えば こちら)。

【同日 夜 追記】

ハリケーンはサウスカロライナに再上陸するとみられているが、速度がかなり遅く、午後 9時半の情報ではまだ大西洋上にあるようだ。これだと海上で再び勢力を増すことになるので、サウスカロライナの人たちは気が気ではないだろう。祈るしかないという tweet が多い。

 

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2022年9月29日

「増田」と名付けられた界隈の印象

今月 26日の記事で「アベガー」というネットスラングについて調べてみた結果を書いている(参照)が、今日は「増田」という言葉がさっぱりわからないので調べてみた。この言葉、「はてなブックマーク」でしょっちゅう見かけるのだが、謎だったのだよね。

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「ねとらぼアンサー」というサイトの "増田さんって誰? ネットでよく見る謎の人物「増田」の正体" というページには、次のように書いてある。

増田とは、はてなが運営しているサービスのひとつである「はてな匿名ダイアリー」そのもの、あるいははてな匿名ダイアリーのユーザーのことを指します。増田という呼び名の由来は、はてな匿名ダイアリーの英語表記である「アノニ“マスダ”イアリー(Anonymous Diary)」から。

そういうことだったのか。「はてな匿名ダイアリー」って、行ってみるとこんな感じである。いろいろな匿名エントリー(多くは、せいぜい 1行ほど)があり、それぞれに短いコメントがゾロゾロ続いている。よほど多くの「増田さん」がいるようだ。

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私が覗いてみた時点での「人気エントリ」のトップは「安倍元総理の献花に行ってきた」という記事で、リモートワークの途中で家を抜け出して、2時間弱献花の列に並んだ体験のレポートである。「増田」の中では比較的長めの記事だが、さすがに人気エントリだけあって最後までダレずに読めた。

で、この記事へのコメントのトップにあるのが「やっぱテレワークってこういうカスがいるからダメだな」というもので、なるほど、これこそ「増田っぽさ」というものなのだね。

冒頭の画像で紹介した「増田でのはてブ批判が恒例行事みたいになってるが」というエントリーは、こうした傾向への警鐘みたいな意味で書かれたのかもしれない。内容は以下のようなものだ。

一番はてブで良くない部分が現れていると思うのは、批判されていることそのものよりも、
その記事のブクマで、おどけたコメントで話を反らしたり、何を本気になっているの?と馬鹿にするようなふりをして、正面から向き合って省みようとはしない態度だと思う。

なるほど、なるほど。ただ、このエントリーにも「何を本気になっているの」的なコメントが多く付いているのが痛恨だ。

もしかしたら個人でブログ運営するよりも、この「増田」に書き込む方が多く読んでもらえるのかもしれない。ただ個人的には、この界隈の住人になりたいとはとは思わないなあ。

 

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2022年9月28日

100代後の子孫まで祟るとは、マメ過ぎる

日本共産党の『しんぶん赤旗電子版』が、"徹底追及 統一協会 縄文先祖まで「解怨」献金 本紙入手の解説本 高額奪う手法" という記事を報じている。「解怨」という儀式を通して縄文時代まで遡る先祖の霊の苦しみを解き天国に送るというのだから、なにしろスゴすぎる。

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記事によれば、教団の『先祖解怨(かいおん)・祝福 受付ガイドブック 第5版』(2007年 4月発刊)という書籍は次のような内容らしい。

ガイドブックによると供養が必要な先祖は当初 120代前まででしたが、文鮮明、韓鶴子の指示で 210代前まで必要になったとしています(現在は 430代前まで)。1世代を 20年と計算しても縄文時代の先祖までさかのぼることになります。

儀式のためには「解怨献金が必要である」とも。献金額は 1〜7代前までをひとくくりとして 70万円。それ以後は、7代ごとに 3万円となっています。

統一教会は、父親の母方、母親の母方まで計 4家系の先祖解怨を求めているので、210代前までの「解怨」には 628万円かかり、夫婦 2人分だと、その倍の 1,256万円が必要になるという。献金を完納しないと先祖が子孫を恨むようになり「悪さをされる」と脅されてしまうようなのだ。

なるほど、教団に金が集まるわけだ。「地獄の沙汰も金次第」という諺が脳裏に浮かぶ。

私とて、先祖の供養は大切なことと思っていて、ここ 3年はコロナ禍で帰郷していないが、田舎の墓参りは続けて来た。それは自分の中で「先祖との精神的なつながり」ということを意識しているからであって、「墓参りしないと恨みを買って悪さをされる」なんて思ったことは一度もない。

それに先祖の側からしても、「解怨」されないと 100代も 200代も時代を下って子孫に悪さをするなんて、ちょっと考えただけで途方もなさ過ぎる。孫が 3人以上いるなんて人は珍しくないから、100代も下れば子孫の数は大変なことになり、「悪さ」をするだけで大変だ。いくら何でもマメ過ぎる。

生きてる間だけでもよしなしごとで結構忙しいのに、死んでからまでそんな骨折り仕事をするのは御免蒙りたいものである。いや、骨は娑婆に置いてきてるか。

 

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2022年9月27日

安倍国葬で「世論二分」という取り上げ方への違和感

7月 20日付の "国葬当日は、SNS などで「非国民宣言」をしよう" という記事を書いていたのだが、私は今日はいろいろな用事に追われ、改めて高らかに「非国民宣言」をするまでもなく、葬儀とは無縁の忙しい一日を過ごしていた。一段落付いてふと気がつけば、もう夜の 8時じゃないか。

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そう言えば、仕事の途中、クルマで移動しながらカーラジオを聞くと、どの番組も何だかんだ言いながら「国葬」の話で持ちきりで、まったくつまらなかった。上の画像は日テレ NEWS からのコピーだが、タイトルは "国葬「反対論」拡大で世論を二分 国民の納得得られず・・・背景は?" というものだ。

まさに今回の国葬のハイライトは、この「世論を二分」ということだったのだろう。国葬賛成派の中には一般献花の列に 4時間も並ぶ者もいた(参照)という反面、国葬会場周辺では反対派が盛んに気勢を上げていたのだから(参照)。

で、私はと言えばそれらの動きとはまったく関係なく、ひたすら静かに「一日非国民」でいたわけである。

まあ、「非国民宣言」していたほどだから、国葬には全然賛成していないのだが、だからと言って「国葬反対」を声高に叫びながらデモをする気にもなれなかった。個人的には、あんなふうなデモをするのはスマートなやり方じゃないと思う。反対なんか叫ぶより、無視する方がずっとマシだ。

国葬に賛成するも反対するも、その根拠は元首相の右派的政治姿勢に賛成か反対かということに帰するところが大きいようなのである。しかし私は、その点には違和感を覚えるばかりなのだよ。

というのは、私は過去に元首相に関する否定的な記事を何本も書いていて、検索すればいくらでも読めるのだが、そのほとんどは彼の政策批判なんかじゃない。むしろ彼の首相としての「知性の欠如」に呆れるという風情の記事が多いのだ。例えば、これとか、これとか・・・。

そんなわけで、正面切って「国葬反対」なんて叫ぶことさえ気恥ずかしいというのが本音なのだよね。悪しからず。

 

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2022年9月26日

国民のおよそ半分は、バカか売国奴で、極左暴力集団?

有本香という人の tweet(参照)に、「すんげぇ 屁理屈!」と感動してしまった。『奥様は魔女」なんていう昔の米国ドラマを持ち出してまでのぶっ飛んだ見当外れは、後世に至るまで屁理屈のお手本にしたいぐらいの出来である。

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ただ、この手のやり口は「炎上商法」との推測もあるので、問題の記事の掲載誌である「月刊 HANADA」という雑誌に関しては、当然ながら買わずに済ませたい。華々しい広告を眺めると、なるほど、左下に「 国葬反対派は極左暴力集団」というタイトルがデカデカと載っている。

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彼女の記事の右側には「日本を蝕むアベガーというカルト」という別記事のタイトルがあり、さらにその右には 「アベガーに鉄槌!」という大昔の学生運動みたいな横断幕的表示がある。この横断幕の右上の問答記事は「国葬反対派はバカか売国奴」なんて素晴らしいタイトルで、つい見とれてしまうほどだ。

ちなみに「アベガー」というのは初めて目にする言葉だったので Wikipedia で調べると、次のように説明されている(参照)。

アベガーとは、安倍政権やその首班であった安倍晋三に対し、主に Twitter などの SNS 上で過激に批判する勢力及び個人を意味するインターネットスラングである。アベノセイダーズともいう。

こんな具合だから、主に右派の間で好んで使われるスラングなのだと思われる。道理でこれまで知らなかったわけだ。てことは、この雑誌の記事も、お仲間同士で「そうだ、そうだ、その通り!」と盛り上がるためのものなのだろうね。

ただ現実を見れば、国葬反対派は国のおよそ半分はいるのだから、この雑誌ってば「国民の半分はバカか売国奴で、しかも極左暴力集団」と決めつけているわけだ。私としては「自分は真ん中よりやや右」ぐらいに思っているのだが、もっと遙かな右から見たら「極左」になっちゃうのだね。

というわけで、別に「キーキー」言ったりはしないけど、ちょっとだけ「変ね。笑」ぐらいの感覚で呟いておきたくなってしまったので、悪しからず。

【同日 追記】

広告によれば、ドナルド・トランプは口ばっかり「最愛の晋三」なんて言ってる(らしい)けど、国葬には来ないのだね。まあ、来られても迷惑だから、いいけど。

そういえば、トランプが来日した 2019年 5月の 【"Flatter" 「媚びへつらう」という言葉の意味】という記事で触れてることだが、ワシントンポスト紙がこの訪日について次のように書いている。それで「親愛なる・・・」になったのかも。

Perhaps no world leader has been as assiduous in flattering President Trump’s ego as Shinzo Abe.

拙訳:わがままなトランプ大統領にせっせと媚びへつらうのに、安倍晋三ほど綿密に行き届いた世界首脳はおそらく誰もいない。

 

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2022年9月25日

元首相の国葬が、元女王の国葬より金がかかる件

BBC NEWS ジャパン に ”「なぜ安倍元首相の国葬費用はエリザベス女王より高い?」、日本で話題に” という記事がある。ただ実際には「日本で話題に」というほどじゃなく、私も ”Abe funeral: Japan asks why state event is costing more than the Queen's” という元記事で初めて知った。

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元記事のタイトルは、直訳すれば「安倍の葬儀: 国葬がなぜ女王のものより高く付くのか日本は問う」ぐらいのもので、決して「日本で話題に」とは言っていないから、日本版記事の見出しはほんのちょっと「盛った」感がある。ただ、せっかく盛ってくれたのだから、もう少し話題にしてもいいだろう。

英国の国葬費用は明らかにはされていないが、13億円ぐらいだったとみられ、一方、安倍元首相の国葬は概算16億6000万円とされている。しかし、過去のいろいろな例を見てもこの程度で済むとは思われず、一説には 40億円かかるだろうなんていう見方もあるらしい。

巷では、国葬を請け負うイベント会社(あの「桜を見る会」もやっていた)ムラヤマの「中抜き体質」とか、そもそも国葬には反対意見の方が強いとか、いろいろなことが言われて批判が高まっている。エリザベス女王の国葬の雰囲気とは大きな違いだ。

顔を見るだけでも嫌な気分になる保守派の重鎮は「みんな黙って手を合わせて見送ればいい」なんてことを言っている(参照)が、「なぜ国葬なのか?」という疑問に一言も答えていないのだから、政治の世界の言い草じゃないよね。要するに、お仲間たちにしか通じない雰囲気論である。

そもそも「黙って手を合わせる」だけのことにそんなべらぼうな金がかかるというなら、「明後日は非国民でいる」という方が心穏やかに生きていられるというものだ。

 

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2022年9月24日

台風 15号は温帯低気圧に変わったようだが

近付いていた熱帯低気圧が、昨日の午後 7時に台風 15号(タラス)に変わったかと思っていたら、今朝 9時にはもう温帯低気圧に変わったらしい。静岡に記録的な雨を降らせて、間もなく東に抜けるとの予報である。

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先日の 14号と違って、台風としては小振りで短命だったが、いずれにしても 9月の「シルバーウィーク」とやらは、17日からと 23日からの 2度の 3連休が台風にたたられるということになってしまったようだ。行楽を楽しみにしていた人には、ちょっと気の毒なことである。

これを書いている現在の時刻は 午後 3時 8分だが、ラジオでは千葉、茨城県はこれから雨が強まると言っている。既に周りの刈田は水がたまっており、川幅もかなり広まっているから、あまり強い雨にはならないでもらいたいところだ。

1週間前の台風 14号は九州に大きな被害をもたらして日本海に抜け、新潟に再上陸した後に東北を横断するというコースを辿った。私が高校まで暮らしていた山形県は南東北というロケーションだが、当時は台風なんて滅多に来なかった。「台風は九州と四国と東海地方のもの」なんて思っていたぐらいである。

ところが最近は、東北もかなり頻繁に台風に襲われる。台風だけではなく、8月の豪雨ではとくに秋田県と青森県が大きな被害を受けた。昔の東北日本海側は、大雪の被害はあっても大雨の被害なんてあまり聞かなかったものだが、最近はすっかり様相が変わってしまった。

地球温暖化とやらで、日本列島全体が少し南に下がってしまったような感覚である。そういえば、ここ数年はここつくばの地でも、冬から春先にかけての雪で往生することがなくなったし。

ちなみに日曜と月曜の天気は、少しは回復するようだ。例の「国葬」が行われる火曜日は、別にどうなろうが知ったことじゃない。参列する人たちはどうせクルマで乗り付けるんだろうし。

 

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2022年9月23日

「チップスリフター」を巡る冒険

偶然見つけた ”筒の奥にあるチップスがせり上がる「チップスリフター」を作りました” という tweet。なかなかおもしろいアイデアだし、プレゼン動画の秀逸な田舎芝居にも拍手を送りたくなったが、最後の画面で「うぅむ・・・」と呟いてしまった。

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上がその最後の画面で、この装置の名称が「チップスリフター(Chips lifter)」とされている。しかしこれ、カタカナの方はまあいいとしても、英語の方は "Chip lifter" としてもらいたかった。英語のこうしたケースでは、"Chip" と単数形にするのが原則なのだよね。

堅苦しくは名詞の形容詞的用法なんていって、名詞を他の名詞の前に付けて「〜の」みたいな意味で用いる場合は、単数形にするという原則があるのだ。これ、11年半ぐらい前の " 「ツィンズタワー」 って?" (正しくは「ツインタワーズ」だよね)という記事でも触れている。

例えば、「靴」はフツー "shoes" と複数形で使うことが多いが、「靴工場」となると "shoe factory" と単数形になる。その意味で大昔の歌、『東京シューシャインボーイ』は正しい。ただ、"sports club" なんていう言い方もあるから、何事にも例外はあると思っておく方がいいが。

というわけで、この「チップスリフター」はカタカナと折り合いを付けるために、いっそ ”Chip Slifter" なんて名称にしてしまえばいいんじゃないかなんて、無責任なことを思ったりしてしまった。”Slift" なんて単語は、辞書を探しても見つからないのだが、それらしい造語ということで。

【9月 24日 追記】

Sam.Y さんのコメントのおかげで、"slifter" という単語が存在すると判明した。意味は「地球表面のひび」のことだそうだ。いやはや、ものはきちんと調べてみるものである。感謝。

ちなみにこれを作った カズヤシバタ さん人は 「”ギリギリ役に立つ” 物を作る発明家」という方であるらしく、テレビやラジオにも何度も取り上げられているらしい。個人的には「南国扇風機」というのが欲しくなってしまった。

 

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2022年9月22日

妹の夫までコロナに感染してしまったようで

コロナ禍が始まってから間もなかった一昨年の夏頃までは、「都会で流行っているアブない伝染病」と思われていて、盆の墓参りのために帰郷しようとしても、親戚中から「頼むから来ないでくれ」と言われたものだ。そんなこんなで、あれから 3年以上にわたって故郷の土を踏んでいない。

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ところが昨年末からこっちは、「都会で流行っている」どころの話ではなくなってしまい、日本中で感染者が続出している。わたしの住む茨城県でも、身近な知人の一家全員が感染した。知らせを聞いたときは驚いてしまったが、全員が軽い症状で、4〜5日間家に閉じこもって事なきを得たようだ。

そんなことを言っているうちに、今度は妹の夫が感染したという知らせが入った。夜に風呂から出ると寒気がして震えが止まらなくなり、よせばいいのにビールを飲んだら夕食で食べたものを全部吐いてしまったのだという。熱を測ると 38度を越えていたので翌日医療機関に行き、感染が確認された。

症状自体はそれほど重症ではないようだが、気の毒なことに、一昨日から寝室に幽閉されているらしい。早く治ることを祈るばかりだ。

コロナは今、「案外身近な病気」になってしまっている。「パンデミック」というぐらいで、このくらいのことは当たり前なのだろうから、ワクチンを 4回接種した私としても、他人事と思わずに用心しなければならない。

今日の NHK ニュースでは、徳島の阿波踊りに参加した踊り手の、4人に 1人がコロナに感染したと伝えられた(参照)。この全国でも有数のイベントは、過去 3年間中止されていたのだから、もうこれ以上は我慢できなかったのだろう。だから行事を挙行してしまったこと自体は責められないと思う。

徳島には私も過去何度か仕事で訪れたが、街中の人がこのイベントを楽しみにしているのを感じた。来年は心配なく踊れるように、1週間前の記事で書いた通りにパンデミックが収まってくれることを願いたい。

 

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2022年9月21日

高速道路の「追い越し車線」に関する考察

東洋経済 ONLINE に ”高速道路「追い越し車線 2キロ超捕まる説」の真偽” という記事がある。巷では「追い越し車線を通行していいのは 2km以内で、それ以上走ると捕まる」なんていう都市伝説があるというのだが、私はそんなことは初めて聞いた。

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それどころか実際には、ずっと平気で追い越し車線を走行し続けるクルマがやたら多い。NEXCO東日本広報に確認すると、「2kmという具体的な数字は示されていません。追い越しが終わったら速やかに走行車線に戻ることが道路交通法で定められています」 としているというのだが。

道路交通法の第 20条では、車線が 3つ以上ある場合は「その最も右側の車両通行帯以外の車両通行帯を通行することができる」と定められているという。やたらわかりにくい文章である。

わかりやすく言うと、通常は 3車線のうち通行することができるのは左側の 2車線で、右側の車線は「やむを得ない事情で追い越しをする場合にのみ」通行できるのだ。そんなわけで、右側車線はちょっと特別な扱いで、最近は見た目も左側 2車線とは差別化されるようになりつつある。こんな具合だ。

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ところが実際には、この規定は全然守られていない。私は 18年も前に、本宅サイトの「知の関節技」に ”高速道路と 「キープレフト」 あるいは「高速道路のパラドックス」” という記事を書いている。内容は、3車線の高速道路ではいつも右側 2車線が混んで、左側はガラガラということだ。こんな具合である。

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これ、まったく不思議な現象だ。ほとんどのドライバーが「自分は一番左側を走るほどトロくない」と思っているのかもしれないが、私は逆に、一番左側を走るのをもっぱらとしている。時折現れる極端に遅い車を抜くために真ん中車線に移ることもあるが、抜いたらすぐに左側に戻る。

こうした原則で運転すると、一見混雑しているように見えても、ほとんどの場合は一番左側はがら空きなので、一気に混雑をすり抜けることができる。厳密に言えば左側から追い抜くことは違反なのだが、それで捕まったことは一度もない。

そういえば、2018年 4月 27日付の「高速道路上の、ちょっとした、けれど大きな変化」という記事で、 右側 2車線だけが混むという現象に変化が現れているなんてことを書いたのだが、どうやら一時的なことだったようだ。最近は、また元通りの光景に戻ってしまっている。

こうなったら、このままずっと左側車線を私の専用車線として空けておいてもらいたい。

 

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2022年9月20日

漢字にしない方がいい日本語と「単文節変換」

毎日新聞の「毎日ことば」の 9月 18日付に、"「してほしい」だけじゃない 漢字で書けるのに仮名にする言葉" という記事がある。これは先月 29日付の ”「~が欲しい」と「~してほしい」" という記事の続編だ。

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私も新聞記事やプレス・リリースを書いて稼いでいた時期が長いので、注意しなければならないポイントとして身にしみている内容だ。8月 29日の記事には次のようにある。

「欲しい」は、「~が欲しい」という場合は漢字ですが、「~してほしい」など動詞に付いて「そうしてもらいたい」といった意味になる場合は平仮名にします。

この記事によれば、「欲しい」は形容詞だが、「〜してもらいたい」というような場合の「ほしい」は、とくに「補助形容詞」というんだそうだ。それって、私としたことがこの年になって初めて知った文法用語だよ。

さらにそれ以前の話として、「欲しい」は形容詞だなんて改めて言われると、「そ、そうか・・・」とうろたえる私までいる。英語の ”want" が動詞なので、頭の中で無意識に「欲する」と言い換えて動詞にしてしまってるみたいなのだ。「欲しいもの」とかいう場合は、問題なく形容詞なのだが。

これって、英語の翻訳なんてことも仕事にしていたことがある者の職業病みたいなものかもしれない。言葉というのは、なかなか一筋縄ではいかない。

ただ、文法的には区別していなかった私だが、「行って欲しい」というような表記は感覚的に「クド過ぎるよね」と思い、ずっと使わずにきた。さらに「おもしろく無い」となると、クドいだけでなく気持ち悪い域にまで達する。

ところが、問題はここからだ。文章を手書きするしかなかった時代には、「いってほしい」は当然のごとく「行ってほしい」と書かれていた。まあ、「行って欲しい」と書く人もいなかったわけじゃないが、それだと当人の意思とは無関係に、周囲には「付き合いづらさ」を印象付けていたと思う。

ところがワープロを使う時代になってからは、そうとも言い切れなくなってしまったようなのだ。「かな漢字変換システム」というプログラムは、そこまで気の利いたものじゃないので、このあたりの世間的な感覚が鈍くなってしまったような気がする。

試しに愛用の Mac(日本語入力システムは ATOK)で「いってほしい」と入力して変換すると、ごく当然の如く「行って欲しい」と変換される。Twitter なんかでこれ式の表記をよく見るが、スマホの画面を人差し指でタップしていると、これで確定してしまいがちなのだね。

というわけで、私としては 35年前に富士通の ”OASYS” というワープロを使い始めた昔から、文章を打つときは「単文節変換」にこだわっている。というか、当時は「こだわる」以前の話として、文節ごとにしか変換できなかったのだ。例えば、こんな感じである。

ぶんしょうを  (ポン)
うつときは (ポン) 
「  (ポン)
たんぶんせつへんかん (ポン) 
」  (ポン)
に (ポン)
こだわっている。 (ポン)

OASYS もほどなく「複文節変換(連文節変換)」ができるように改良されたが、私としては単文節変換のキビキビしたリズム感が身についてしまっていたので、今日に至るまでずっとこのままで来ている。自分の書く文章の漢字の使い方を機械任せにする気には、到底なれないのだ。

それに、「欲しい」と変換された部分を後からおもむろに「ほしい」に修正する手間をを考えると、この方が早かったりするのだよね。

話は戻るが、「毎日新聞用語集」には漢字にしないことばとして「補助形容詞」だけでなく、こんなことも書かれているらしい。

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う〜む、ここまで来ると、私もブログの中でうっかり漢字にしてしまったことがないとは言えないだろうなあ。気をつけよう。

 

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2022年9月19日

岸田内閣の支持率が、やたら落ちてるようで

岸田内閣の支持率低下が著しい。昨日付で報道された内閣支持率調査に関するニュースを見ると、共同通信社調査では「支持」が 40%(参照)、日本経済新聞調査では 43%(参照)。さらに惨憺たる結果なのが毎日新聞調査の 29%で、「不支持」 はその倍以上の 64%となっている(参照)。

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こうした支持率低下の要因は、例の事件で自民党と統一教会の癒着が注目されたことと、その余波で安倍元首相国葬への反発が強まったことだろう。それさえなかったら、岸田内閣の支持率は「決して高くはないが、それほど低くもない」という状態で推移してきてるんじゃあるまいか。

振り返ってみると 7月 10日の参議院選挙直前の 7月 8日に、あの安倍銃殺事件が起きてしまった。選挙そのものはドサクサ紛れの「同情票」やら「お悔やみ票」なんて妙な現象のおかげで大勝したが、その直後から一転して「統一教会スキャンダル」に見舞われる。

岸田さん、せっかく選挙に勝ったんだから、この時点で毅然とした態度で腕力を振るえばよかった。しっかりとした調査を行い、統一教会色の濃い古狸たちを強引にでも干してしまえば、一定の「指導力」を印象付けることができたはずなのだ。

昔の小泉さんだったら、おそらくそうしただろう。これで党内の反発を買ったとしても、その代わりに国民の大きな支持が得られる。ところがこの人、お行儀が良すぎるのか、そんな荒技をするだけの度胸がなかったようだ。

どっちつかずの日和見的姿勢から脱することができず、党内に配慮しすぎてか、自分の口から「国葬を行う」なんて口走ったために、一気に失望と反発を買ってしまった。この人、どうも瞬発的な判断ができないみたいなのだね。

平和で安定した情勢だったら案外いい仕事ができたかもしれないが、揺れの大きな世の中の指導者には向いていない。悪い時に首相なんかになってしまったもので、まことにお気の毒様である。

 

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2022年9月18日

「過去に例がない危険な台風」だそうで

台風 14号が大変な勢力になり、NHK ニュースによれば「過去に例がない危険な台風」(参照)なのだそうで、今日はとくに九州が大きな影響を受けているようだ。九州、中国地方ではコンビニまで計画休業しているらしい(参照)。

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9月後半は 3連休が 2回あり、今回の 17〜19日の連休も楽しみにしていた人も多いだろうが、この大雨では旅行なども台無しだろう。ウチの長女も「3連休には顔を出すからね」なんて言っていたが、さっき「大雨で無理」というメールが入った。

つくばの里でもさっきから雷が鳴りっぱなしの上に、昼前には地震まであったから、電車がちゃんと動くかどうかも心配だしね。あまり出歩かない方がいいだろう。

とにかく最近の天気というのは、かなり極端から極端に振れがちだ。6月末に梅雨明けして 40℃ に迫る猛暑が続いたかと思うと、7月に入ったら「戻り梅雨」みたいな様相になり、それが過ぎるとまたまた猛暑になった。

そうかと思うと 8月初めには、東北で初めて「顕著な大雨情報」というのは発表され、とくに青森県と秋田県で大きな被害が出た(参照)。東北日本海側ではこれまで、「豪雪被害」は出ても「大雨被害」なんてあまり聞かなかったから、もう気象自体が変わってしまったのだとしか思えない。

こんな具合だから、妻と「猛暑の季節は終わったようだけど、今度は台風が心配だよね」と話していたのだが、さっそくのように「数十年に一度しかないような大規模な災害が発生するおそれ」なんて話になってしまった。秋は始まったばかりだから、まだまだ油断できない。

冬には大雪なんてことになったら、もう、目も当てられない。

 

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2022年9月17日

おばちゃん行動学(自転車に乗らず押して歩くとか)

基本的に自由業で、とくにコロナ禍以後は在宅ワークばかり多いので、日常の買い物を引き受けることが多く、真っ昼間から近所のスーパーなどに出かけたりしている。そこでいろいろ気付くことが多いのだが、とくに「おばちゃん(あるいは、おばあちゃん)」の行動って、なかなか興味深いところがある。

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画像は Dayly Potal Z
自転車のおばちゃん乗り東西比較調査」より拝借

まず最初に気付くのは、日中のスーパーの客って、じいさんばあさんばっかりということだ。ほぼ全員が白髪頭で、半分は腰が曲がり、商品の陳列棚の前にずっと立ち止まったまま迷ったりしている。甚だしくは 1点ずつ手に取って賞味期限を確認する作業を続ける間、ほかの客が延々と待たされる。

そして最後に、自分で精算できる「セルフレジ」が空いていても、有人レジの列に並び、体をキャスター付きカートにもたれさせて順番を待つ。日本が高齢化社会にあるというのが、しみじみと実感されてしまう光景だ。

ところが午後 6時半過ぎになると、様子がガラリと変わる。平均年齢が下がり、勤め帰りの若い人たちが多くなるのだ。何が違うって髪の毛の色が一変し、ほぼ全員が黒髪だ。腰もすっきりと伸び、行動もテキパキしていて、後ろで待たされるということがない。

ちなみに、おばちゃん(あるいは、おばあちゃん)の行動のおもしろさは、買い物の行き帰りにも現れる。自転車での買い物だと、あの有名な「おばちゃん乗り」が見られるのである。自転車の左側からペダルに左足をかけ、右足でケンケンして助走をつけてからひょいとサドルに腰を降ろすってやつだ。

スーパーの敷地内から車道に出るときにも、わざわざきちんと自転車から降り、安全を確かめてから再びおもむろにおばちゃん乗りをする。信号で停まる時も同様で、とにかく驚くほどマメに自転車から降りる。

ところがそれ以上に驚いてしまうのが、そもそも自転車に乗らず、「ずっと押したまま歩く」というパターンだ。スーパーから自宅までの帰り道、とにかく自転車を押したまま、ひたすら歩くのである。念のために書いておくが、行きつけのスーパーの周辺には坂道がほとんどなく、真っ平らな道路だ。

「一体、何のために自転車で来てるんだ?」と不思議に思ってしまうが、妻に言わせると、「あれは自転車が、台車と杖の役割をしてくれてる」ということらしい。「あの人たちにとっては、自転車は決して乗り物ってわけじゃないのよ」

買い物袋を手にぶら下げたら重くて、体の重心も不安定になる。しかし自転車のカゴに入れてしまえば重くないし、自転車を「車輪付き杖」として頼れるから安心だというのだ。私としては、「はあ!」と感動するばかりである。

世の中、聞いてみないとわからないことというのが、案外多いのだ。

 

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2022年9月16日

「低心拍だからって、それがどうした?」という感覚

デスクワークをしている時など、左手首の Apple Watch が細かくプルプルッと振動するので画面を見ると、「・・・ から始まった 10分間に心拍数が 40BPM を下回りました」などと表示されている。私は単に「はいはい、了解」と心の中でつぶやき、何のことなく再び仕事に集中する。

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Apple Watch というのは、こちらが知らないうちに心拍数を測っていて、低くなったりすると警告してくれるのだ。なかなかよくできてるというか、ちょっとお節介なものなのである。というのは、この警告はしょっちゅうなので、私にとっては日常茶飯事なのだ。

で、こちらがまったく意に介さずに仕事を続けていると、しばらくしてまた同じような警告をしてくる。「うるさいなあ。ずっとデスクワークしてるんだから、心拍数が無駄に上がるわけないだろうが!」と少々ムカつくと、そのおかげで少し心拍数が上がるらしく、警告はそれで収まったりする。

昔から職場の健康診断などで、「心拍数が低いですね」と言われ続けてきた。

「それで不都合でもあるんですか?」と聞くと、逆に「何か不調を感じたりしませんか?」と聞かれる。「全然」と答えると、「そうですか。それならいいんですが」となってそれきりになるが、診断結果にはしっかりと「低心拍」なんて書かれていたりする。

こちらとしては、「低心拍だからって、それがどうした?」という感覚でしかない。何しろ至って健康で、半世紀以上、花粉アレルギー以外の病気らしい病気はしたことがない。「無理に病人扱いしないでくれよ」と思うばかりだ。

ふと思いついて e-ヘルスネットというサイトの「スポーツ心臓」という項目を見ると、次のように書いてあり、「俺って、これかも」という気がしてしまう。

大きな特徴としてあげられるのは心拍数の低下です。これは筋肉が発達した結果、1回の拍動で血液をより多く送り出すことができるようになり、少ない拍動でも全身に十分な酸素を運ぶことが可能なために起こる現象です。

若い頃はとにかく持久力を要する運動ばかりしていて、とくに合気道と山登りはかなり長い間続けていた。70歳になってしまった今でも自転車で 50〜60km 走るぐらいは、全然どうってことないし、結構なヒルクライムもする。まあ、100km も乗ればさすがにちょっと疲れるけど。

というわけで、Apple Watch には「スポーツ心臓調整」みたいな機能を加えてもらいたいなんて思っている。余計なお節介が減るように。

 

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2022年9月15日

コロナのパンデミック、3年経ったら「飛んでいけ〜」

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミックについて「まだ到達していないが、終焉が視野に入っている」という声明を発表したというのが、大きな話題になっている(参照)。コロナ禍にはほとほとうんざりしているので、ありがたいといえばありがたいニュースである。

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ただ一方では、日本が 8週連続で感染者数が世界最多になっている(参照)という事実もあるので油断は禁物だが、いずれにしても早くこの状況から脱出したい。マスクなしで過ごせる世の中に戻りたいものだ。

CORVID-19 は、2019年 12月に中国で感染が確認されたのを第1号としているというから、今年の末で 3年目だ。いくら強力なパンデミックでも 3年も経てば、終焉に向かっていいんじゃないかと思ってしまう。これを「希望的観測」で終わらせたくはないものだ。

世界はこれまでにも、いろいろなパンデミックを経験してきた。「感染症(インフルエンザ)特集2021/ 2022 パンデミックの歴史と新型コロナウイルス」というページを見ると、その歴史がわかる。

このペーにによれば、過去最も死亡者数の多かったパンデミックは 14世紀半ば(1347年〜1352年)にヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)で、7,500万人が死亡したとされている。これは当時のヨーロッパの人口の 3分の 1に相当するというから、恐ろしい数字だ。

また、1918年から 1920年に大流行したスペイン風邪は、世界人口の 3分の 1が感染したといわれている。このページのグラフでは死亡者数は 5,000万人となっているが、Wikipedia の「スペインかぜ」の項目では「(死亡者数は)おそらくは 1億人を超えていた」とある。

このページのグラフで注目すべき点は、多くのパンデミックがほぼ 5年以内に終息しているということで、さらに言えば、そのほとんどが 3年以内である。例外は天然痘(1518年〜1568年、1775年〜1782年の 2回)だが、現在はワクチンの普及によって自然感染は撲滅されている。

こうしたことから言えば今回のコロナ禍も、もう 3年経つのだから、WHO の言う「終焉が視野に」というのは信じてもいいように思う。

ちなみにウチの娘たちが幼かった頃、転んで泣いていても、痛がっているところを撫でてやりながら「痛いの痛いの、飛んで行け〜」と言えば立ち所に泣き止んでいたものだ。「飛んで行け〜」というのは、まさに魔法の呪文である。

そこで今回も「コロナとやらのパンデミックよ、3年経ったら飛んで行け〜」と、出来の悪い都々逸みたいな文句を唱えつつ終息を待とうと思う。ああ、気軽にあちこち行ける日の戻るのが待ち遠しい。

 

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2022年9月14日

辛坊治郎という人の「自己矛盾」に関する考察

東スポ web の 9月 13日付に "辛坊治郎氏 国葬招待状届かず激怒「安倍さんが生きていたら絶対来てる」" という記事がある。国葬招待状が政治評論家の田崎史郎氏には届いているのに、自分に届いていないことに「非常に悔しい思いをしている」というのである。

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私はテレビをほとんど見ないので、辛坊治郎という人がどんな人なんだか全然知らず、よほどのジイさんの言い草かと思ったのだが、記事に添付された写真を見るとそうでもない。「へえ!」である。

記事の中で辛坊氏は「安倍さんが生きていらしたら、安倍さんが差配する立場なら私のところに招待状は絶対来てると思うんだけど」なんて言っている。安倍さんと仲良しだったのをよほど自慢したいみたいだが、そもそも生きてたら葬儀は発生しないのだから、譬え話にしても唐突過ぎるよね。

記事の末尾には、”招待状が来ない理由については「こないだ関西の番組で、国葬についてあまりポジティブな発言をしなかったから、その辺が伝わっちゃったかな?」と自己分析していた” とある。

この件については、すぐ下に「関連記事」として "辛坊治郎氏 安倍元首相国葬の是非に「国葬そのものが大っ嫌い」「嫌いはしょうがねえだろ!」" というのがあるので、つい読んでみた。同じ東スポ web の 7月 31日付の記事なのだが、それによると彼は、読売テレビの番組でこんなことを口走っている。

「国葬そのものに賛成か?反対か?聞かれりゃ、大っ嫌いだ、俺は! 俺世の中で一番嫌いなものは、北朝鮮の金日成の銅像っていうのがあるんだけど、ああいう国家権力の発露の仕方が大っ嫌いで。国葬も同じ匂いがするから俺は基本的に嫌いなんだよ」

「だから安倍さんの国葬をどうするかどうかっていう議論は俺はしたくない。国葬自体が嫌いなんだから、嫌いはしょうがねえだろ!」

「あまりポジティブな発言をしなかった」なんてレベルではなく、極端なほどネガティブな言い草である。よほど国葬が嫌いのようなのだ。

ところが 1か月半経ってみると、その大嫌いな国葬への招待状が来ていないことでムカついている。近頃珍しいほど単純な自己矛盾である。

話の筋をシンプルに整理すると、こんなような馬鹿馬鹿しい流れでしかない。

  1. 国葬が「大っ嫌い」
  2. 生前の安倍さんとの仲良し関係が自慢の種。
  3. その安倍さんの国葬招待状が届かない。
  4. それでムカついている。

明らかに見えてくるのは、「生前の安倍さんと仲良しだったことを自慢したい」という欲求があまりにも強すぎて、自らの「国葬、大っ嫌い」意識を完全に上回ってしまったということだね。この人って、そういう人のようなのだ。

昔は東スポを愛読紙としていた私だが、最近はプロレスへの関心が薄れて(スーパー・ササダンゴ・マシンは別)、ほとんど読まなくなった。しかし、この問題に関する取り上げ方では東スポ web が最も端的にわかりやすい(前発言との明確な関連付けなど)ので、なかなか油断できないと思ってしまったよ。

 

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2022年9月13日

「ウェストミンスター寺院」という日本式名称

最近、当ブログの右側サイドバーに表示される「人気記事ランキング」を見ると、私が 12年近くも前に書いた ”キリスト教なのに 「ウェストミンスター寺院」 とはこれ如何に? ” という記事へのアクセスが妙に増えている。昨日の時点では、ついに 1位になっているじゃないか。

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これ、先日亡くなった英国のエリザベス 2世の国葬が「ウェストミンスター寺院で執り行われる」と発表されたことによるのだろう。「ん? キリスト教なのに、寺院?」と疑問に思った人が「ウェストミンスター寺院 キリスト教」でググると、今朝の時点ではこんな具合で結果表示される。

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道理でね。私の記事が2番目に表示されているのだから、そりゃ、アクセスも増えるわけだ。トップの「ウェストミンスター寺院」のページでは、この名称の説明はとくにされていないし。

せっかくなので、ここでざっと復習してみよう。

キリスト教施設の日本語への訳され方としては、"church" が「教会」で、 ”cathedral" が「大聖堂」となるのが一般的だ。ただ、明治期には外国の非仏教宗教施設でも「寺院」と訳されることが一般的だったようで、大規模なキリスト教施設も「寺院」と訳されることがあった。

ロンドンの「セントポール大聖堂」(St. Paul Cathedral)を今でも「セントポール寺院」と呼ぶことがあるのは、その名残のようである。

ここで問題の「ウェストミンスター寺院」だが、本来の名称は "Westminster Abbey" である。ビートルズの名アルバム ”Abbey Road” でお馴染みの "Abbey" (発音は「アビー」)という英語だが、困ったことに日本語では定着した訳語がない。

さらにこのケースでは、便宜的に「大聖堂」と訳すわけにもいかない。それは同じロンドン市内に、別個に「ウェストミンスター大聖堂 (Westminster Cathedral)」というカソリックの宗教施設が 1910年にできてしまっているからだ。

そんなわけで、「ウェストミンスター寺院」は「ウェストミンスター大聖堂」との区別のために、明治期に訳されて以来の名称として、そのまま残っているようなのである。

このことでの学び。

その 1 :日本語の「寺院」は、仏教施設だけとは限らない。イスラム教やヒンズー教などの施設も「寺院」と訳されている。

その 2:「ウェストミンスター寺院」の名称は、「ウェストミンスター大聖堂」と区別するための意味合いもある。

ついでに その 3: 「ウェストミンスター寺院」と「ウェストミンスター大聖堂」とがあるという複雑さは、英国におけるキリスト教の、政治絡みの複雑さを反映している。学校の「世界史」の復習として、Wkipedia の「イングランド国教会」の項目を参照。

 

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2022年9月12日

世界各国の国葬というもの

今朝の NHK ラジオで、「各国の国葬ってどうなっているの? 気になって調べてみました」という情報が流れた。NHK って、ほんのたまにだが、こうしたおもしろいテーマを取り上げてくれる。

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この放送では、米国、英国、オーストラリア、韓国、中国、南アフリカの 6か国の国葬について取り上げられていた。

まず、米国では国葬に関する法律はないが、慣習として行われているという。基本的に大統領の経験者は国葬となるが、何と言っても「国家元首」だったのだから納得できる。ただ、ウォーターゲート事件への関連のため任期途中で辞任したリチャード・ニクソンは国葬にならなかった。

英国の場合は「王室や特別な功労者を対象に行われ、議会の承認が必要」としている。戦後ではウィンストン・チャーチルが国葬となった。

王室の場合は慣習でほとんど無条件に国葬となるようだが、それでも国費を使うからには一応の議会承認は、当然必要と考えられており、納得できる論理だ。内閣決定でいつの間にか国葬になってしまった今回の日本のケースには、その意味でも首を傾げしまう。

ちなみに残るオーストラリア、韓国、中国、南アフリカの 4カ国の国葬については、NHK の記事を参照していただきたい。なおここでは、 NHK では取り上げられなかったフランスの場合も調べてみた。

Wikipedia の「国葬」の項目によれば、フランスの国葬対象者は ”第5共和制からは大統領。ならびにフランス国民教育省の「式典令」に従い、国家に特段の功労があったものを対象とする” とある。最近では、シャルル・アズナブール(2018年)、サミュエル・パティ(2020年)が国葬となっている。

サミュエル・パティは 2020年のコンフラン=サントノリーヌのテロ事件で犠牲となった中学校の先生で、授業中にイスラーム教預言者ムハンマドの諷刺画を生徒に見せたことへの報復として、イスラーム過激派のテロで殺害された。こうした人を国葬で弔うというのは、いかにもフランスらしい(参照)。

また、ジャマイカではボブ・マーリーが国葬になっている。これは本当にスゴい!

というわけで、私はいずれにしても 7月 20日の記事に書いた通り、9月 27日の国葬の日には非国民でいると決めているので、

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2022年9月11日

「LGBT を隠して生きろ」という理不尽さ

HUFFPOST の【 「ゲイはみんなエイズを持っている」という偏見も。消防士を辞めた僕は、“無意識の我慢“ に疲弊していたと気づいた】という記事を読み、栃木県下野市議会議員の「(LGBTを)静かに隠して生きていただきたい」という発言の理不尽さがますますわかった。

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問題の発言は 今月 4日の「そう思うのは自由だが、政治家なら隠して生きてね」という記事で触れたのだが、石川信夫という幸福実現党所属の市議が市議会の一般質問で LGBTQ の人たちに関し、「できたら静かに隠して生きていただきたい。その方が美しい」なんて口走ったというものである。

この市議の発言が LGBT 差別に他ならないというのは、冒頭で紹介した HUFFPOST の記事を読めばわかる。この記事に登場するのは平田金重さんというゲイの元消防士である。

彼は子どもの頃から自分の性的志向を認めることができず、「普通」に憧れて生きてきたという。だから SNS で知り合った同性の KOTFEさんに告白された時にはどうしていいか悩み、混乱するばかりだった。

しかし彼を失うのが辛かいとわかって同棲を始め、「時間を共有するうちに 2人でいることがかけがえのないものになり、1、2年かけてKOTFEさんを好きになっていった」と書かれている。その間も勤務先の消防署では自分がゲイであることを隠し続けていたが、ついに昨年、新しい挑戦のために退職した。

退職して初めて、ゲイであることを隠すことで「無意識の我慢が自分を疲弊させていた」ことに気付いたという。人のためになる消防士の仕事に大きな生き甲斐を感じていた彼が退職したのは、この「疲弊」も大きな要因となっていた。

職場での会話の中には、「ゲイはみんなエイズ持っとるわ」「息子がゲイだったら嫌やわ」といった心ない発言が少なくなかった。「彼女おらんのか?」と聞かれ、合コンや性風俗にも誘われていたという。これらは彼にとって「言葉の暴力」だっただろう。

石川市議の発言は、LGBT は自分の性的志向を隠し、心ない言葉にも黙って耐えて、静かに生きろというものだ。それは「表現の自由の否定」であり、大きな「言葉の暴力」でもある。「LGBT には人権がない」と言っているのと同じことだ。

信仰者であり、政治家でもある人がこうした理不尽を言うのは、私には驚き以外の何ものでもない。

【追記】

紹介した HUFFPOST の記事の後篇【独身は半人前、「ゲイだとバレたら働けなくなる」元警察官が、“男社会“から抜け出した理由】が今朝発表されたので、オススメしておく。

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2022年9月10日

Amazon が今もフロッピー・ディスクを取り扱う理由

昨日の記事の末尾でお役所の世界に残る因習についてチラリと触れたのだが、その最たるものが、21世紀の世の中でなお「フロッピー・ディスク」による書類提出を、法令として定めていることだろう。BBC が「日本は旧式のテクノロジーにこだわることで有名」なんて言っているらしいし。

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フロッピーディスクを行政手続きから撲滅へ -- 河野太郎デジタル大臣が宣言」という記事のタイトルは、「今さら感」たっぷりである。別に「撲滅」なんかしなくても、事実上ほとんど消えちゃってるのだが、こと行政の世界ではゾンビの如く生き延びているらしい。

河野大臣は 8月30日の定例会見で、「今ごろフロッピーディスクはどこで買えるんだ」と述べた(参照)というが、その前に、「今ごろ FDD(フロッピー・ディスク・ドライブ)の付いた PC なんて、どこで買えるんだ」と言って欲しかった。ディスクだけあってもしょうがないからね。

行政との関わりの深い企業や団体は、お役所への書類提出(だけ)のために FD を買い溜めしてあり、時代物の「外付け FDD」を使い回したりしてるんだろう。Amazon などが今でも FD と FDD を取り扱っている(参照)のは、その需要(他には思いつかない)に応じるためなのかもしれない。

とにかく、行政手続きの際にフロッピーディスクなどの提出を求める法令が 1900条項も存在するというのだから、心底驚いてしまったよ。最近はそうした業務から縁遠くなっているので、まだそんなことやってたとは知らなかった。

それだけの数の法令で定められているのだとしたら、一つ一つの改定作業だけでもかなり大変だろう。それは逆に言えば、大変な手間をかけて、そんな馬鹿馬鹿しい法令を作ってきたということでもある。

お役人って忙しい人は忙しそうだが、暇な人は暇なんだろうなあと思ってしまう。しばらくの間は、馬鹿な法令を撤廃して web 上のしっかりした窓口を作るために、暇な人にもそれなりに忙しくなってもらうしかなかろう。

ただ、普段暇な人が直接やっちゃうとろくなことにならないので、そこは申し訳ないけど、忙しい人にも関わってもらわないとね。

 

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2022年9月 9日

「A4 サイズの紙」を巡る冒険 その 2

昨日の記事の続きである。A サイズ というのは縦横比が一定のため、コピーを取るときに拡大、縮小がとても便利な規格で、日本で展開されている家庭用プリンターやコピー機もほとんどが、このサイズを基本としている。

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ただ、昨日紹介した記事が英文なのにドイツ人によって書かれたというのはもっともな話で、実は米国では、このサイズがほとんど使われていない。A サイズ は実質的に国際標準なのだが、北米だけはこれから外れているのである。

米国の標準は「レターサイズ」という、ヤード・ポンド法に則ったサイズで、基本は 8½インチ×11インチ(215.9×279.4mm)。下の写真のような感じで、A4 サイズに馴染んだ目には、縦方向に寸足らずに見えてしまう。まあ、慣れている米国人には「これで、フツーじゃん」ってことなんだろうけど。

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インターネットのなかった昔、仕事で米国に行った時なんか、日本から持参した紙媒体の資料をコピーする際にはちょっと不便を感じていた。A4 サイズをギリギリに使った文書は、米国のレターサイズの紙にコピーすると、下の行が途切れてしまうことがあるのだ。

私としては「米国も A4 サイズにしてくれたらありがたいのに」と、そこはかとなく思っていたものである。まあ、取り立てて致命的な問題というわけではないのだけどね。

そして時代は移り、インターネットによるデジタル・データのやりとりがフツーになった今、紙のサイズ違いははそれほど気にしなくてよくなった。しかしそのおかげで、米国はビミョーに不便なローカル・ルールに気兼ねなく固執できるわけだから、私の「そこはかとない思い」はまだまだ続く。

そしてこれに関連してもう一つ。世の中には A サイズと並んで B サイズというのがあり、両方とも世界的標準と思われがちだが、実は A サイズが ISO に準拠した国際サイズであるのに対し、B サイズは日本のローカル基準のようなのである。

その昔、日本のお役所に提出する書類は、ほとんど B サイズを基本としていた。私も B4 サイズの用紙の左右に 2ページ分の文書をプリントし、真ん中から 2つ折りして B5 サイズの袋とじ書類にする(しかも「正」と「副」の 2部!)という、くそ面倒な作業を何十回やらされたか知れない。

そして 1994年を境に行政で使用する書類もようやく A サイズに統一された。さすがに A3 用紙にプリントして 2つ折りの袋とじにしろとは言われなかったので、この時の「やっと楽になる!」という開放感は、30年近く経った今でもありありと覚えているほどだ。

21世紀に入って 20年以上経った今でも、お役所の世界ではこれに類した因習がいくらでも残っているようで、本当に何とかしてもらいたいものである。

 

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2022年9月 8日

「A4 サイズの紙」を巡る冒険 その 1

Gigazine に「A4 サイズの紙が広く使われているのには数学的に美しい理由がある」という記事がある。元記事は "Why A4? – The Mathematical Beauty of Paper Size" で、英語で書かれているが、筆者はドイツ人のようだ。

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この「ドイツ人が書いた英語の記事」という点にちょっと興味が湧いてググってみたところ、「A判は 19世紀末ドイツの物理学者オズワルドによって提案されたドイツの規格」というのが見つかった(参照)。同様の記述は、これのみならずあちこちに見当たるので、つい信じそうになっちゃったじゃないか。

ただ、かなり危ういところでまっとうな疑問が湧く。「オズワルド」って、英語圏の人名のカタカナ表記であり、ドイツ人の名前の表記としては不自然じゃないか? この辛うじて湧いた疑問がきっかけで、A4 サイズに関する「ガセネタ」を信じずに済むことになった。

深くググってみると、"yasuokaの日記: A判の起源"(2008年 9月 16日付)というスラドの記事が見つかり、 A サイズの起源について「フランスで 18世紀末から使われてきた紙のサイズ」とある。話の具体性から言って「オズワルド(あるいは「オストワルト」)起源説」よりずっと信憑性がある。

記事にはさらに、"「物理学者オズワルド」とは誰なのか"(2016年 8月 22日付)という続編まである。Friedrich Wilhelm Ostwald という知る人ぞ知るドイツ人は化学者であり、物理学者ではないというのだ。確かに、この人のことを Wikipedia で調べても、A4 サイズに関する記述は全くない(参照)。

要するに、この人と A サイズを関連付けて語るのは、そもそもからして訳のわからない話なのだ。念のため、英語版 Wikipedia の ”Paper size" という項目も調べてみたが、Oswald とか Ostwald なんて名前は見当たらない。

今回のネタの元記事がドイツ人によって書かれたのは、初めは「A4 サイズの発祥は、我が祖国だからね」という誇りに発するのかと思ったが、実はそうではなく「ほんのたまたま」のようなのだ。そして当然のことに、そこにはオズワルド云々という記述も全然ない。

というわけで、「A4 サイズはドイツ人物理学者のオズワルドが考案した」というのは、日本ではあちこちのサイトであまりにももっともらしく語られているが、「実はとんでもないガセネタ」であると結論づけていいだろう。ここまで来て、ようやく気分が吹っ切れて今回のネタの核心に入ることができる。

A4 サイズの寸法は、長辺が 297mm、短辺が 210mm。これは絶妙なサイズ設定で、半分に折りたたむと A5 サイズとなり、逆に倍にすると A3 サイズになる。「縦横比が同じ」ということは、一定のサイズ比で大きくも小さくもコピーできるということで、絶妙なサイズ規格なのである。

これが国際サイズとして採用されているというのは、本当にありがたいことだ。米国標準の「レターサイズ」というのは、こうした点で妙に不便だからね。

これでは「核心」というには短すぎるので、続きは明日書くことにしたい。

【追記】

A判は 19世紀末ドイツの物理学者オズワルドによって提案されたドイツの規格」でググると、ほぼ同じフレーズが 9,000件近く検索される。ガセネタが何の疑いもなくコピペされ続けた結果だろう。インターネット時代の「俗説」はこうして作られる。かなりコワい話で、私も気をつけようと思った次第である。

 

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2022年9月 7日

「ウェビナー」という新語、ちょっと気持ち悪い

最近ネット上で「ウェビナー」という言葉をちょくちょく見かけるので、「それって、一体何だ?」と思っていたが、下の「ウェビナーツールおすすめ 10選を徹底比較」というページによれば、「オンラインによるセミナー」を意味するのだそうだ。

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"Web" と "seminar" の合成語のようで、何となく和製英語っぽい雰囲気だが、実際の英語としても使われてはいるらしい。ただ、英語版の Wikipdeia で "webinar" を調べると、次のような素っ気ない表示でしかない。

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いきなり ”Web conferencing" の項目に行けと言われるばかりで、日本語版 Wikipedia での「ウェビナー」の説明が結構もっともらしい分量なのと比べると、えらい落差である。そしてリンク先の項目名が "Web conference" ではなく "Web conferencing" というのも、ちょっとおもしろい。

で、指定された項目に行ってみると、「"Web conferencing" は包括的な言い方で、ウェビナー、web放送など、いろいろなタイプの専門家のミーティングを含む」というような説明になっている。どうやら英語の "webinar" は、日本語の「ウェビナー」より限定的な意味合いのようだ。

それは、英語の ”seminar" が、日本語の「セミナー」よりもやや限定的なニュアンスであることと同じ構造のように思われる。日本語で言われるところの「セミナー」は、英語なら ”workshop" という方がピンときたりするものが多かったりもするし(参照)。

ところで、日本語のウェブの世界でやたら「ウェビナー」という言葉を使いまくっている「ウェビナーネット」というサイトは、「(旧・テレビ会議ネット)」と但し書きが付いている。ということは、この名称の方がビジネスに有利だろうとの判断で改称したものと思われる。

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この企業は、「ウェビナー」という言葉が今後「テレビ会議」に取って代わって一般化すると見たのだろう。しかし私としては、それって期待し過ぎじゃないかという気がしてしまう。

そもそも、日本語としての「ウェビナー」を実際に発音する時のアクセントがよくわからない。英語なら当然、"seminar" と同様に、最初の "we" に第一アクセント、"nar" に第二アクセントが来て、抵抗がないだろうが、日本語だと全然すっきりしない。

おそらく平板型のアクセントに収斂されるんだろうが、個人的にはちょっと気持ち悪くて、あまり口に出して言いたい言葉じゃないんだよね。

 

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2022年9月 6日

差別問題に絡む「本音と建て前」のややこしさ

HUFFPOST の記事に "「大麻使用者はラテン系の服装を好む」と教育か。警察官が法廷で証言、県警は否定 群馬" というのがある。「県警は否定」とあるが、それは「表向き」の声明に過ぎない印象だ。

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同じ HUFFPOST の今年 7月の記事に "「外見のみを根拠にせず」警察庁、差別的な職務質問めぐり全国に通知" というのがあるので、群馬県警としても「建て前」的にはそんな教育をしているとは言えないのだろう。しかし「本音」的には、「大麻とラテン系」はある程度の共通認識になっているようだ。

まあ、公式な「教育」とまではいかなくても、日常的な会話レベルではそんなようなことを話していたのだろうね。

ちなみに、私が冒頭で "「表向き」の声明" と言ったのは、一昨日の記事で書いたのと同じような意味合いだ。

幸福実現党という政党は、自らの公式サイトにある「LGBT の安易な権利拡大に抑止を」という項目の中で、「LGBT はそれを隠して生きろ」とまでは主張していないが、同党所属の市議会議員が議会での公式発言として、それを堂々と言っちゃった。

たまたま相次いで生じた幸福実現党と群馬県警の 2つの問題は、こうした「本音と建て前」の観点からは同じ構造をもっている。組織としての「建て前」と、そこに属する個人の受け取り方には、往々にして差が生じてしまうのだ。

「差別」という問題が絡むと、話はかくの如くややこしくなる。

それにしても「大麻使用者はラテン系の服装を好む」というのは、かなり漠然としたコンセプトで、Twitter などでは、具体的にはどんな服装のことを言うのかというのが話題になっているようだ(参照)。

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上の写真のようなものなんじゃないかとまで言われているが、さすがにそれはないよね。正直言って私の中ではイメージが浮かばないが、「ラテン系」当事者と県警の内部では、ちゃんとした共通イメージがあるようなのだ。それって、ちょっとスゴいよね。「通じ合っちゃってる」ってことだから。

最後に細かいところを突っつかせていただくが、記事のこの部分の「そのような教養は行っていない」というのは、どういう意味なんだろう?

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これ、「強要」の誤変換か、「教育」の誤りかのどちらかなんだろうなあ。記事中にも次のようにあるので、きちんと校正してもらいたいところだった。

県警はハフポスト日本版の取材に、「そのような教養は、群馬県警(地域部)機動警ら隊では行なっていません。過去においても同趣旨の教養を機動警ら隊で実施したとの確認はできません」と否定した。

ただ、こうして 2度繰り返して使われているところを見ると、あるいは警察内部の専門用語としてそんなのがあるんだろうか? ああ、いろいろな意味でややこしい記事である。

【追記】

Sam.Y さんと らむね さんの付けてくださったコメントにより、「教養」というのは「警察言葉」のような言い方として「あり」とわかった。上の者が下の者を経験則的に指導する際に、「教養」を行うと言うらしい。ちっとも知らなかった。御両名に感謝。

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2022年9月 5日

「メンソレータム」と「メンターム」と「メンタム」

我が家はつくばの自然豊かなところにあるので、ちょっと庭に出て雑草を取ったりするだけで、腕だの脚だのがしっかりと蚊に刺されてしまう。それで「ムヒ」や「ウナコーワ」などの世話になるのだが、私が高校時代まで庄内の地で暮らしていた頃は、この分野では「メンソレータム」が圧倒的主力だった。

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「リトル・ナース」の絵も懐かしい「メンソレータム」という塗り薬、最近は見かけることが少なくなったので、もう市場から消えたのかと思っていたが、今日、ふと気になってググってみたら、ちゃんと健在じゃないか。しかも油断のならないことに、いつの間にか容器のフタがネジ式に進化している。

ただし公式サイトの表示を見ても、「効能・効果」には「ひび、あかぎれ、しもやけ、かゆみ」とあるのみで、「虫さされ」の文字はない。しっかりと「虫さされ」に効くと謳ってある「ムヒ」や「ウナコーワ」の路線ではなく、こちらは「穏やかな皮膚のお薬」としての道を歩んでいるようだ。

メンソレータムの歴史はなかなかおもしろい(参照)。この薬は米国のメンソレータム・カンパニーがライセンサーで、日本では近江セールズ株式会社(のちの株式会社近江兄弟社)が販売していた。

ところが近江兄弟社は 1974年に経営破綻のためライセンスを返上し、代わって 1975年からライセンシーとなったロート製薬が、1988年に本家のメンソレータム・カンパニーを買収。それで現在は「リトル・ナース」マークの「メンソレータム」が、ロート製薬のスキンケア製品全体のブランドとなっているという。

なるほど、そういえば確かにリップクリームでは「メンソレータム」ブランドのものがあるね(参照)。

一方の近江兄弟社はやがて経営破綻から立ち直り、現在はライセンシー時代に培った技術を背景に、「時代を超えて愛され続ける生活常備薬」としての「メンターム」というのを販売している。価格的には「メンソレータム」よりややお徳用の設定で、見つかりさえすればこっちを選びたい。

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そういえば昔は、「メンソレータム」の類似商品というのがくさるほどあった(北多摩薬剤師会の画像コレクションは一見の価値あり)。実家でも「メンタム」とか「メンスター」なんてのを使った記憶があるが、効果は本家と似たようなものだったと思う。

というわけで「メンタム」が「あり」だったんだから、「メンターム」も十分「あり」なんだろう。

ちなみに私の田舎ではほとんどの人が「メンソレータム」と言わずに(あるいは、言えずに)、音位転換を起こして「メンソレターム」(「ター」にアクセント)と言ってたなあ。私もつい、そう言いそうになるほどで、懐かしき昭和の記憶である。

【9月 6日 追記】

「メンソレターム」という音位転換はウチの田舎に限らず、かなり普遍的なものであるらしい。Twitter に「#メンソレターム」という項目があるほどで、なかなかおもしろい。

とくに、次の 2つの tweet はかなり心に迫る。

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北杜夫は、父で山形県出身の歌人である斎藤茂吉が「メンソレターム」というのを聞いて育ったのだろうね。

 

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2022年9月 4日

そう思うのは自由だが、政治家なら隠して生きてね

昨日に続いての地方政治ネタ。栃木県下野市の石川信夫市議(幸福実現党)が今年 6月、LGBTQの人たちに関し、「できたら静かに隠して生きていただきたい。その方が美しい」なんてことを、どういうつもりなのか市議会の一般質問で発言していたんだそうだ(参照)。

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この石川市議という人に対しては、「あなたがそう思うのは自由だけど、政治家なら、その思いを静かに隠して生きる方が美しいからね」と言うほかないだろう。ただ、写真を見る限りでは、到底静かに生きてくれそうにない面構えだが。

このニュースに添えられた YouTube ビデオを見ると、ビデオ開始早々にその問題発言がある。さらに旧約聖書の「ソドムとゴモラ」を持ち出してのお説教になった 3分 51秒あたりで、議長から「これは一般質問だから・・・」みたいな注意を受けるのだが、彼はそれを強引に振り切って続けている。

この人の所属する幸福実現党というのは、あの「幸福の科学」の大川隆法を総裁とする政党で、この人が「人権の上に神権っていうのがある、神様の権利があるんだっていうことを忘れちゃいけません」というのはそこから来ているのだろう。幸福の科学というのはそういう教えらしい。

私としては、「神」というのは「権利」なんて俗っぽいコンセプトを遙かに超越した存在だと思うんだがなあ。まあ、ここでは深くは突っ込まないが。

ちなみに幸福実現党の公式サイトを見ると、「2つの理念と 7つの柱」というのに「LGBT の安易な権利拡大に抑止を」という項目があり、次のように謳われている。

個性や多様性は尊重されるべきですが、同性婚の法制化や、肉体的には男性でも女子トイレを使う権利などを無制限に認めれば、社会は混乱します。男女の違いは厳然としてあるもので、性差を失わせる風潮にはブレーキをかけるべきです。

「LGBT の安易な権利拡大」とは妙な言いがかりで、まともに言うなら「LGBT の権利保障」をすべきなのだろう。「男女の違いは厳然としてあるもの」という言い方にも議論の余地があり、実際にはそれほど「厳然」としたものでもないようなのだ(参考までに)。

ただ幸福実現党のサイトには、「LGBT は静かに隠して生きるのが望ましい」とまでは書かれていない。さすがに政党の公式サイトだけあって、そのあたりの本音は「静かに隠して」表現されているようで、石川市議の発言は、熱心さのあまりの勇み足だったのだろうね。

 

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2022年9月 3日

所沢市長、決して悪い人じゃないんだろうが

東京新聞 8月 30日付に ”所沢市長、旧統一教会系と知りつつイベント出席 「反省はそんなにしていません」「もう行かないとは言えない」” という記事があるのを見て、子供じみた言い草に思わず笑ってしまった。決して悪い人じゃないんだろうが、こんなのがウチの市長じゃなくてよかったとも思ったよ。

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記事は次のように始まる。

埼玉県所沢市の藤本正人市長(60)は30日、昨年8月に開かれた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体のイベントに出席し、あいさつをしたと明らかにした。「旧統一教会系の団体と知っていた」といい、自身の選挙での応援は「一切ない」とした。市の定例会見で質問に答えた。

ほとんどの政治家がこうした問題に関して「統一教会系との認識がなかった」なんてトボけているのに比べれば、藤本市長のコメントは非常に正直である。これに関しては妙な意味ではあるが、評価できる。

ただ、「イベントには信者の知人から誘われ、その後、招待された」というのだから、自身の選挙での応援が「一切ない」というのは、かなり疑問だ。「正式に応援を依頼したことはない」というだけのことで、実質的には多かれ少なかれ応援はあったとみるのが自然だろう。

それから、統一教会に関して「昔は問題があったが、その後は(霊感商法などの)情報が出なくなったので改善していると思っていた」というのは、政治家として認識が足りなすぎる。そんなことだから、「反省はそんなにしていません」なんて、お笑い草発言になってしまうのだろう。

今後の関わりについての、「私の性格上、もう行かないとは言えない」というコメントも困りものだ。こうした類いの問題を自分の「性格」に帰してしまう政治家は決してこの人だけではないが、まったく言語道断である。

政治家に「性格」でこんな発言をされては、有権者はたまったものではない。

 

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2022年9月 2日

三浦瑠麗氏の「合理的思考」とやらの中身に驚く

「デイリー」に "三浦瑠麗氏 統一教会への反発に使用される「反日」に警告「影響は今後尾を引くことに」" というニュースがあり、これを読んでも三浦氏が何を言いたいのかさっぱりわからないので、Twitter の彼女のスレッド に飛んで見た。発端は下のような tweet だったらしい。

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これ、素直に読めば、リベラル派が統一教会批判をするに際し、反日」という言葉を多用しているのは、おかしいんじゃないかという指摘に読み取れる。この一連の tweet で、彼女はさらに次のようにまで言っている(参照 なお、引用部分の太字は tak-shonai による)。

相手を批判したいがばかりに『反日』という言葉を使ってしまった影響は今後尾を引くことになるでしょう。

この言葉がさまざまなところへバックファイヤーすることを予想できない人びとの存在は、わたしの合理的思考の範囲を超えています

こうした発言は、彼女の単純な思い込みによるんじゃなかろうか。というのは「統一教会の反日性」に関しては、実際にはむしろ、「本来『反日的』である統一教会に対し、それとは相容れないはずの日本の保守勢力がほとんど無警戒だったこと」への疑問を示す論調の方が目立つからだ。

吉崎エイジーニョ氏(彼がいわゆる「リベラル派」であるかどうかは確認がとれていないが)の "統一教会問題まだある論点 教団の「反日思想」" などがその好例だ。

リベラル派の多くは、決して「統一教会は『反日』だからけしからん」と批判しているわけではなく、むしろ「選挙に勝つために、実は反日である統一教会の手を借りてきた自民党のお粗末な『ご都合主義』」を批判しているのである。こんな単純なことが、どうしてわからんかなあ。

自民党は統一教会の「反日性」には意識的にか無意識的にか明らかに目をつむり、ひたすらその「反共体質」(そのくせ、北朝鮮とは親密)に乗っかって優遇してきた。つまり、この問題におけるリベラル派による批判の対象は「統一教会の反日性」ではなく、「自民党の矛盾」なのである。

そしてその矛盾の結果が、今日の混乱した状況だ。「バックファイアー」ということで言えば、既に今、しまくっているわけである。

彼女の tweet に関してはこれ以上書いてもおもしろくもなんともないし、馬鹿馬鹿しい。というわけで、もうこれでおしまい。

 

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2022年9月 1日

「くまモン」の存在感は、圧倒的にスゴい!

どうやら "「くまモンを見たら終了」というシバりの熊本旅行" というのが一部で注目されているらしく、実際に挑戦する人がいるらしい。しかし熊本には何度も行ったことのある私からすれば、そんなシバりをかけたら「熊本の空港や駅から足を踏み出すことすらできない」というのが実感だ。

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それどころか、ふゆーき さんという方の tweet には「くまモンを見たら終了する熊本旅行、羽田で終わったらしい」というのがある。このケースでは何と、羽田空港で飛行機に乗り込もうとしたら、そこでくまモンに出迎えられてしまったらしいのだ。くまモンの存在感というのは、かくまでスゴい。

試しに「ご当地キャラ ランキング」というキーワードで検索したところ、"「ゆるキャラグランプリ」歴代王者のキャラ人気ランキングTOP10! 第1位は「くまモン」!【2022年最新投票結果】" というページが見つかった。

これによると、ベスト 3 は、1位 くまモン(1108票)、2位 さのまる (799票)、3位 いまばり バリィさん(647票)なんだそうだ(4位以下は、上記のリンク先参照)。しかし私は申し訳ないけど、 2位の さのまる、3位の いまばり バリィさん なんて全然知らない。

くまモンの威力はかくまで圧倒的で、熊本県にも多大な貢献をしているらしい。初期のマーケティング段階で、よほどきちんと力を入れた結果なのだろう。

それに比べ、私が現在住んでいる茨城県と故郷の山形県となると、全然ぱっとしない。何しろ茨城県は「都道府県魅力度ランキング」というものの最下位常連県(参照)で、2020年度に 45位に上がったが、昨年はまた定位置の最下位に戻っている。

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山形県も、東北 6県の中では最低だ(参照)。

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ちなみに、山形県観光促進ゆるキャラ「きてけろ君」というのは、地図で見ると山形県が人の横顔の形をしていることにちなんでいるのだが、こちら でも書いたように、ぽか〜んと口を開けたように見える実際の形が反映されていないのが、私としては痛恨の思いである。

茨城の「ねば〜る君」と同様、ゆるキャラグランプリで上位に食い込めないのもしょうがない。くまモンの爪の垢を煎じて飲ませても、今さら遅いだろうなあ。

最後に余談だが、前に熊本県に出張した時、地元の人に「熊本県に限らず、九州って、ツキノワグマは絶滅してるんだよね」と言って、「そ、それは言わない約束で・・・」とアセらせてしまったことがある。ところが近年に至っても目撃情報が絶えないというのは、これもまた、くまモンの功績なのかもしれない。

【付記】

記事中の さのまる と いまばり バリィさん というのは、こんなもののようだ。悪いけど、今日になって初めて見た。由来などは、次のリンク先を参照のこと。(さのまるバリィさん

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