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2023年6月20日

「悲劇のヒーロー」という日本語の使い勝手

文春オンラインの【「自分は“悲劇のヒロイン”だと思っていましたよ」撮影中に女性の肛門を破壊…AV業界史上最悪の“バッキー事件”を犯した男性が明かした、周囲に対する“本音”】という記事に「はあ?」と思ってしまった。いや、女性の肛門云々ではなく、男性が自分を “悲劇のヒロイン” なんて言ってる点である。

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この記事に登場した人、どうも言葉センスに難があるみたいで、記事中におかしな言い方はまだある。「何を言ったところで誰にも聞いてもらえない」というのがそれだ。これは中見出しの文言で、記事中では「ただ何を言ったところで、こういう立場になってしまうと誰にも聞いてもらえない」となっている。

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「何を言ったところで」という言い回しは、まともな日本語にない。フツーは「何を言っても・・・」か、「言い訳を言ったところで・・・」になるだろう。

「悲劇のヒロイン」はぶっ飛び過ぎてるから敢えてそのまま残したのだろうが(あるいはそれにも気付かなかったのかもしれないが)、こっちの方はライターの方でさりげなく修正してあげるべきだったよね。中見出しにまで使ってしまうなんて、文春さんともあろうものが恥ずかしい。

ここで「悲劇のヒロイン」に戻る。「ヒロイン」というのは女性名詞なんだから、男が言うなら単純に考えれば「ヒーロー」になって当然だ。

ただ、そう言ってしまうとニュアンスの点でちょっとひっかかりが出るみたいなのだ。「Meaning-Book 意味解説の読み物」というサイトで「悲劇のヒーロー」に当たると、次のようなことになる(参照)。

「悲劇のヒーロー」というのは正義感が強く、「自分はこんなに頑張っているのになぜ報われないんだろう」「努力をしている自分を認めてほしい」と考えている人、という意味になります。

つまり「悲劇のヒーロー」というのは、下手すると「裏返しのカッコよさ」を意味してしまうのである。そこで、ほろ苦い感覚を強調したくて「悲劇のヒロイン」なんて言ってしまったのだろうが、それはそれで、より基本的なところで「そりゃ、おかしいだろ!」とのツッコミを受けて当然だ。

というわけで、日本語の文脈の中で自分のことを「悲劇のヒーロー」と言いたくなったとしても、何か別の言い回しをする方が無難だろう。この言葉、日本語としての使い勝手が悪すぎるのだ。だからと言って、男が「悲劇のヒロイン」なんてカマトトぶったら、お笑いになってしまうから、気を付けようね。

ここでちょっと視点を変えてみると、「悲劇のヒーロー/悲劇のヒロイン」というのは、ある意味で、言葉の世界でのジェンダー差別っぽいところがあるよね。

 

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コメント

まあ、90年代から2000年代にかけて「男のヒロイン」という表現が流行してた時期はありました。
ゲーム『ガンパレード・マーチ』とか、アニメ『大正野球娘。』とか。
欧米でも、女性主人公をヒロインと呼ばず「ウィメンズヒーロー」と呼ぼう、みたいな運動があったと聞きます。まったく流行らなかったみたいですけれど。

投稿: 柘榴 | 2023年6月23日 03:42

柘榴 さん:

ほほう、その辺りのことはまったく知りませんでした。

興味深いご指摘、ありがとうございます。ただ、定着しそうにはないですね (^o^)

投稿: tak | 2023年6月23日 11:25

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