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2024年2月 1日

庄内の小学生に庄内弁を教えるという、不思議な時代

庄内でユニークな活動を展開する阿部彩人さんが、"方言どご「おもしぇぐ」学ぼう" (方言を「おもしろく」学ぼう)というこれまたユニークな企画で、小学生に庄内弁を伝授するという興味深い取り組みを行ったという。これには遠く離れたつくばの地から、拍手喝采を送りたい。

ただそれにしても、庄内の小学生に庄内弁を教えるというプロジェクトが成立するとは、不思議な時代になったものである。おらだの頃だば「ひょーじゅん語」おしぇでもらわねばねけんどもの(俺たちの頃だったら「標準語」を教えてもらわなければならなかったけどね)。

上に紹介した YouTube 動画の初めの方で、八幡小学校の生徒が上機嫌ではしゃいでいる場面では、結構きれいな標準語に近い言葉が聞こえる。なにしろ「こんにちは」という挨拶を、ちゃんと「こんにちわ」と発音してるじゃないか。私たちの頃には「こんぬづわ〜」に近い発音だったけどね。

時々帰郷すると、酒田市の街中でも近所の子供たちがとてもきれいな共通語で会話していることに驚く。はっきり言って、私が今住んでいる茨城県(一応「関東」ではある)の連中よりずっときれいである。なにしろ茨城県は、名にし負う「無アクセント地帯」だからね(参照)。

庄内で生まれた人間も高校を卒業すると東京などに出てしまうことが多く、そこで知り合った人と結婚して一緒に Uターンするなんてケースが少なくない。そうなると家庭内の会話が共通語になってしまいがちで、子供たちは庄内で暮らしていても庄内弁を身に付けることができない。

帰郷すると、近所のじいさん、ばあさんに「孫どはなすすても、『おばあちゃん、何言ってるかわかんなーい』でらって言わいんだよの〜」(孫と話しても、『(翻訳不必要)』なんて言われるんだよね〜)なんて嘆かれてしまう。はなはだ気の毒な話である。

幸いなことに我が家では妻も 3人の娘も、庄内弁は自分では話せないながらヒアリングに関しては問題がなく、私の母の生前の濃〜い庄内弁もほぼ理解できていた。私が父親の責務として、家庭内でことあるごとに庄内弁をしゃべってきた甲斐があったというものだ。

ところが今の庄内の子供たちって、庄内弁を学校で学ばなければならないことになってしまったようなのだね。時代は変わるものである。

阿部彩人さんには今後もしっかりと活動を継続していただきたい。美しい庄内弁を後の世に伝えるために。

最後に触れておくが、阿部さんの来ておられるシャツの胸にプリントされた文字には少なからず感動した。これ、例えば「たかし」という人名の「し」の音を庄内弁で発音した場合の表音文字のようである。「し」という時の口の形にして(つまり唇を横に開いて)「す」と言うと、これになる。

240201

これを使って本日の記事のタイトルにある「不思議な時代」を平仮名で書けば、こうなるだろう。

2402012

おお、なかなかいい感じじゃないか。

 

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庄内の話題」カテゴリの記事

コメント

中学の時、校則には「上州弁を校内で話してはいけない」というのがありました。理由を尋ねると「社会に出てから上州弁をしゃべるとみっともないから」とうものでした。
「NHKのアナウンサーを見本とせよ」でした。
方言は醜いものという酷い校則でした。
そのあたり今はどうなんでしょうか。

投稿: ハマッコー | 2024年2月 3日 00:30

ハマッコー さん:

庄内弁ぐらいに「単なる訛り」じゃない方言だと、ヨーロッパ的な感覚からしたら、完全に「外国語」です。スペイン誤とポルトガル語や、ドイツ語とオランダ語の違いより大きいみたいですから。

このくらいに違いが大きいと、一つの「文化」として捉えることが可能で、津軽弁や薩摩弁も同様だと思います。

こうした特徴的な方言を身に付けているということは、「バイリンガル」みたいなもので、思考を多様にするという意味で重要なことと思います。

上州弁ぐらいだと「単なる訛り」ということで、それだけに、庄内弁 ←→ 共通語 みたいにがらりと転換することが難しいかもしれません。そんなわけで、もしかしたら「みっともない」ということにされたのかもしれませんね。

率直なところ、気の毒な話とさえ思えてしまいます。

投稿: tak | 2024年2月 3日 06:59

Takさん
こんにちは。

ふっくと申します。
もう何年も前に一度コメントさせていただきました。
今回久しぶりに訪れました。
やはりTakさんのブログは本当に面白く考えさせられる
ブログですね。

方言のお話、とても共感できます。
小生は鶴岡出身です。
帰省の度に子供達が「標準語」になっていること
に驚きと、悲しさと、時代の移り変わりを長々感じてきました。
これもTVの影響なんでしょうか。
特に若いご夫婦自体がもう標準語になっているため結果的にそうなるんでしょうね。

以前帰省した際、お隣さんの子供に「おめ、どごのこどばはなすてあんだやぁ」
「こっぺだこどば使わねで、鶴岡のこどば話さねばだめだんででねがやぁ」
と言ったことがあります笑
若い夫婦は笑ってましたけどね。

実は小生もtakさん同様、娘が小さい時に家でよく方言で話していました。
家内と夫婦喧嘩をしたときには、庄内弁でまくしたてたり。。。
(これ意外と緩衝材になります!)
そのかいあって、ともに両親とのコミュニケーションは全く
問題がないくらいヒアリングが十分になりました。

昨年でしたでしょうか、娘が友人を自宅に招いた時のこと。
たまたま鶴岡の母から娘に電話がかかってきました。
娘は祖母とのやりとりを友人達に聞こえるようにスピーカー
にし、会話の一部始終を友人達に聞かせていました。
その時の友人達の反応が面白く、電話が終わった後の彼女達の
感想が面白く。。。
「沙織はわかるの?理解できるの?」
「英語の方が理解できるんだけど。。。」と腹を抱えながら
笑っていた事を思い出します。

その時何故か嬉しく、誇らしげに感じた事を思いだします。
方言は正に自身のアイデンティティーなのかもしれませんね。

母国語の方言ですらアイデンティティーと思えるので、
これまでの世界史を振り返ると母国語を取り上げられ、
同化を強いられた人たちはどのような思いだったのだろうかと
ふと思いました。

すみません、長々小生のことばかり話をしてしまいました。

でも今回このブログをアップしていただきありがとうございました。
3月下旬に一人暮らしをしている93歳になる母の元へ、
冬支度を解きに帰省します。
改めて庄内弁を楽しんでこようと思います。


投稿: ふっく | 2024年2月28日 01:59

ふっく さん:

コメントありがとうございます。つろーがしょ(鶴岡衆)からも共感をいただけて、嬉しいです。

こうしてみると、自宅で庄内弁でしゃべるのって案外重要なことですね。子どもたちの世界も広がります。

いきなり庄内弁を聞かされた反応の「英語の方が理解できるんだけど。。。」というのは、まさに実感なのでしょうね。

というのは、私もモロに鹿児島弁の会話を聞かされた時、そんな感じだったからです。

https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2004/07/post_11.html

とはいえ、字にすると何となくわかるというのも不思議ですね。

https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2023/05/post-38933c.html

投稿: tak | 2024年2月28日 15:43

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