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2024年3月に作成された投稿

2024年3月31日

ジイさんはガラケーだが、バアさんは LINE ユーザー

ちょっと前までは、世の中の年配女性は IT 音痴の代表格と思われていたのだが、最近はかなり様変わりしている。バアさん同士のお楽しみ会やら何やらの連絡を、盛んに LINE で取り合っているようなのだ。

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一方、ジイさんには今でもガラケー・ユーザーが多く、インターネットの世の中ですっかり取り残されている。どうやら新聞とガラケーさえあれば十分と思っているようで、ショート・メッセージ(SMS)の扱いさえ覚束ない。

ちなみに最近はどこのオフィスを訪問してもすべてのデスクに PC が設置され、ほぼ完全に「1人 1台体制」となっている。つまり、デスクワークは PC でインターネットにつながりながらするものというのが常識になっているのだ。

日本の産業界がこうした状況になったのは、西暦 2000年前後からだと記憶している。それ以前、とくに ”Windows 95” が普及し始める 1995年までは、今となっては信じられないほどだが、紙に鉛筆で書いたものをコピーすればオフィシャル文書作成完了という時代だったのである。

そして現在 78〜80歳ぐらいとなっているジイさんたちの多くは、手書き文字を FAX でやり取りしていた段階で「世の中、便利になったものだ」と十分に満足し、PC なんかには指を触れたこともない人たちなのである。彼らは「パソコンなんか押しつけられる前に停年になって助かった」なんて思っている。

さらに下手に管理職なんかにまで出世したジイさんたちの多くは、現在 74〜75歳ぐらい(てことは「団塊の世代」)でも PC に触ったことがない。そうした仕事は部下に任せっぱなしだったのだ。霞ヶ関の官公庁なんかでエラソーな顔してたジイさんにしても、決して例外じゃない。

彼らは退職してからも IT 関連はできるだけ避けて通ろうとする傾向がある。現役時代に触らずに済んだのだから、退職してから触れるなんてとんでもないことと思っているので、当然「スマホ」なんてのも遠ざけておきたいわけだ。

だから彼らがサークルなどの役員になると、連絡を取り合うだけでも結構な「お荷物」になってしまう。私も 4月から居住地の自治会関連役員を 1年間勤めることになっているのだが、10人の役員のうち 75歳以上のジイさん 3〜4人はガラケー・ユーザーで、SMS も思うにまかせない。

そのため連絡はまるで大昔のように「紙の回覧板」を回すことになり、スマホを使うのが当然の若手(と言ってもほとんど 60歳以上なのだが)は、まるでタイムマシンで昔に戻ったような気がしている。

一方でバアさん連中は、ガラケーで音声通話しかできない夫を尻目にお茶やお花のサークルに所属し、LINE で話に花を咲かせている。サークルに入っていなくても、可愛い孫とのコミュニケーションに LINE は必須だから、ジイさんはここでも蚊帳の外だ。

彼女たちはスマホの初期設定みたいな面倒な作業は息子や娘にやってもらい、あとはルンルンでコミュニケーションを楽しんでいる。妙に小難しく考えて手を触れようとさえしないジイさんたちとはエラい違いだ。

というわけで今の世の中の最も決定的なデジタル・デバイドは、75歳以上のジイさんたちとそれ以外の層との間にあるとみてほぼ間違いない。

【4月 15日 追記】

4月 15日付で「バアさんがルンルンで LINE を楽しむ舞台裏」という記事をアップしたので、合わせてどうぞ。

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2024年3月30日

「花より団子」という勘違いの、60年後の名誉挽回

昨日、クルマを運転して帰宅の途中、カーラジオで東京で桜が開花したとのニュースを聞いた。靖国神社の標本木が開花したのだそうで、平年より 5日、昨年より 15日も遅い開花だそうだ(参照)。

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このニュースを聞いた時はちょうど取手市内の桜並木を通過中だったのだが、こちらの方はさすがに全然咲いていない。この写真の辺りは満開時には桜のトンネルとなり、下を潜り抜ける時は贅沢な気分になるので、今年の開花が楽しみだ。

ところで先日、ラジオ番組で「今思い出すと恥ずかしくなる思い出」みたいなエピソードを聴取者から募って紹介していた。そして昨日、この道を通ったことで、急に自分自身の恥ずかしい記憶がよみがえってしまった。

それは小学校 1年生ぐらいの時、「いろはがるた」の「花より団子」というのを知ったのがきっかけだった。幼い私は絵札のおいしそうな団子を見て、「花より団子」というのはその団子の名前なのだと思い込んでしまったのである。「花にちなんだ団子」ぐらいの意味というわけだ。

そして「『はなよりだんご』ってだんご、食いたい! どこで売ってる?」と盛んに口走り、周囲には「はあ?」なんて思われていたようなのである。それがとんだ間違いとわかったのは小学校 3年生ぐらいになってからで、穴があったら入りたいほど恥ずかしい気がしたのを覚えている。

今日になって「もしかしたら同じ勘違いをしていた人は、ほかにもいるんじゃないか」と思いググってみたところ、さすがにそんなアホな話は見つからなかったが、それを遙かに上回る収穫があった。そのものズバリ、「花より団子」という商品名の団子を発見したのである。

三重県桑名市にある柿安本店/口福堂という店の季節限定商品だ(参照)。

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おかげで、「おお、あの時の思い込みはまんざら勘違いってわけでもなかったじゃないか!」と、60年以上経ってから名誉挽回したような気分になっている。口福堂さん、ありがとう!

 

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2024年3月29日

茨城県のクルマの流れが、めっきりおとなしくなった

40年ほど前に茨城県に引っ越してきた当時、周辺道路でのクルマの運転の荒っぽいのに驚いた。「茨城県では制限速度の 2倍までは出していいんだ」なんて、とんでもないことが言われていた時代である。

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ところが最近では、この辺りの交通事情もめっきりおとなしいものに変わってきている。速度制限が 60km/h の一般道を 50km/h 台で走っているクルマがかなり多いほどだ。

これって、茨城県民の高年齢化に伴った変化なのだと思われる(参照)。とにかくすれ違うクルマの運転席を見ると年寄りがやたら多く、ジイさんバアさんばっかりといった印象なのだ。「この人たちも、40年前はさんざん荒っぽい運転してたんだろうなあ」と思うと、なんだか感無量である。

一方、私はといえば 1年半前にクルマに高齢者マークを貼った(参照)のだが、貼る前と後で運転が変わったかと言えば、実はちっとも変わっていない。

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私の運転が変わらないのに周囲が変わってしまった(要するにノロくなった)ので、ふと気付くと、いつも車列の最後尾を走っているのに気付く。自分なりの最適スピードで走っていると、いつの間にか後ろのクルマを置いてけぼりにして、前の車列に追いついてしまうためだ。

ひとかたまりの車列の先頭をノロノロ走るのは、大抵の場合ジイさんである。後に続くクルマはあまりのノロさにイライラしているのだが、先頭のジイさんは自分が壮大なパレードを率いて走っているなんてことにはまったく無頓着だ。

私は案外バックミラーやサイドミラーを気にするタイプで、後ろから迫ってくるクルマがあったらすぐに左に寄って道を譲る。私に迫ってくるようなのは極端なスピード違反がほとんどなので、そんなのに後ろから煽られるよりは、さっさと抜かせてしまう方がストレスがない。

ところが大抵の場合、私を抜いたクルマにはすぐに追いついてしまう。そいつはどこかのジイさんのノロノロ運転に行く手をはばまれ、必死に煽っているのだ。ところが前を行くジイさんはバックミラーなんて見ないから、自分が煽られていることにまったく気付かず、平気でのどかに運転し続ける。

というわけで、茨城の道路光景は「乱暴運転」から「ノロノロ運転」にすっかり様変わりしてしまったのである。

そこで一曲。Bob Dylan の『時代は変わる』

 

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2024年3月28日

20歳未満の飲酒禁止って、なんだか違和感だなあ

一昨日、「関大アメフト部が一時練習停止 20歳未満の飲酒と喫煙で」というニュースが報じられていた。大学によれば「1月末に 2年生部員が有志の集会を行った際に 20歳未満の部員 3人が飲酒し、そのうち 2人が喫煙した」ということらしい、

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これに関しては、成人年齢が 18歳に引き下げられたことで飲酒も 18歳で解禁と勘違いされがちとの指摘が多い。それを受けたのかどうか、国税庁も今さらのように「20歳未満の者がお酒を飲んではいけない 5つの理由」のパンフレットの末尾でこんなように書いている。

2022年から民法の成人年齢は 18歳に引き下げられましたが、お酒に関する年齢制限については 20歳のまま維持されています。

しかし実際には、成人年齢引き下げによる誤解なんてあまり関係ないんじゃなかろうか。というのは、昔から高校を卒業したらみんな平気で酒を飲んでいたからである。

遙か昔、1971年に私が大学に入ったばかりの「クラスコンパ」でも、公然とビールで乾杯してたしね。新入生ってことは二浪でやっと 20歳のはずだが、私も含めて半数以上は現役だったように記憶している。

そんなわけで大学の運動部などでも、当たり前のように酒を飲んでいたのだろう。冒頭の画像右側のニュース・タイトルは、ここ 1年以内の運動部の主な飲酒事件で、一番上は冒頭で触れたが、以下はこんな具合である。

関西大アメフト部の 19歳部員、2年生の同期会で飲酒・喫煙…先月 21日から 15日間活動停止 (2024/3/21)
東海大 硬式野球部 上級生が新 1年生に飲酒強要と暴行(同 3/5)
日大アメフト部で 20歳未満の部員が飲酒…違法薬物事件での保護者会当日に(2023/9/23)
【アメフト】慶大が活動停止に 未成年部員が飲酒 早慶戦は4年連続中止(同/4/23)

ここに出てきたのは不運にもバレちゃった例で、実際にはこの何百倍(あるいは何千倍?)もあると思う。表沙汰になった中でアメフト部が多いのは、例の日大アメフト部のマリファナ接種事件の影響で風当たりが強かったからだろう。あれって、まったくもって迷惑な事件だったわけだ。

ところで、上で紹介した国税庁のパンフレットには、20歳未満の者の飲酒が禁止されている理由として、次の 5項目が挙げられ、それぞれもっともらしい説明が加えられている。

  • 脳機能を低下させる
  • 肝臓をはじめとする臓器に障害を起こしやすくなる
  • 性ホルモンの分泌に異常がおきるおそれがある
  • アルコール依存症になりやすくなる
  • 20歳未満の者を守るために飲酒を禁ずる法律がある

しかしよく読んでみれば、初めの 4項目は 20歳を過ぎさえすればその問題が一挙になくなるというようものじゃない。基本的に一生続くリスクなのだから、ここまで言うならいっそ、国民全員の飲酒を禁止しなければならない道理となってしまう。

さらに諸外国では 18歳で飲酒解禁される国がほとんど(米国だけはなぜか 21歳らしいが)なのに、日本では 20歳にならなければダメというのも、成人年齢との整合性も含めて説得力に欠ける。

現状を鑑みれば、高校を卒業したらみんなフツーに飲んでるんだから 18歳で解禁してもいいんじゃないかなあ。今のままでは、無駄に法令違反を増やしているだけだ。

告白してしまうと私なんか、高校時代(ということは 16歳頃から)から焼き鳥屋や同級生との飲み会などで酒を飲んでいた。それでも脳機能が低下することもなくちゃんとワセダに現役合格したし、修士号も獲得したし、内臓機能にも問題なく健康そのものである。

「アルコール依存症になりやすくなる」なんてこともなく、早く飲み始めた分、早いうちに飲み飽きてしまって、今やほとんど飲まなくなっている。今年になってからは 1滴も飲んでないが、まったく不満はないし飲みたいとさえ思わない。(小声で)「20歳前から飲んでるけど、文句あるか」ってなもんだ。

ただ決して「禁酒」してるというわけじゃないので、気のあった仲間同士で楽しく飲む機会に恵まれれば、喜んで付き合う気は満々だ。

 

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2024年3月27日

眠れない時に目を閉じて横になることを巡る冒険

その昔、「眠れない時は目をつむって静かに横になっているだけで体が休まり、睡眠と同程度の効果がある」なんてことを教わった覚えがある。高校の教師が受験シーズンの睡眠不足を心配して言っていたことのような気がする。

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ところが HUFFPOST の 3月 22日付「眠れない時は目をつむって横になるだけでもいいって本当?」という記事には、それとは反対のことが書いてあるじゃないか。

睡眠研究の世界的権威という、筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史さんという方によれば、「ベッドで横になって安静にすることで、体は休まるかもしれませんが、眠ったことにはなりません」ということになるようなのだ。「体を休めること」と「眠ること」は別物ってわけだ。

ただ面倒なことに、インターネットの世界を検索してみると、昔の高校教師の言っていたようなことも依然として幅をきかせている。代表的なものだけを挙げてもこんな具合で、とくに 2番目は精神科医の岡田尊司さんの著書を紹介しており、かなりもっともらしい。

眠れない!不眠!?と焦らなくても大丈夫。目をつぶって休んでいるだけで体の疲れは取れる
眠れないときは眠らなくてOK! 目を閉じるだけで脳は休息状態に

「どっちが本当なんだ?」と言いたくなってしまうが、柳沢さんの「眠くもないのにずっとベッドに入ったまま悶々としているのが一番よくない」という指摘は、感覚的にもしっくりくる。

ベッドで悶々としていると「パブロフの犬」の場合のように、「ベッドは眠れない場所だと条件付けされてしまう」というのである。ベッドを見るだけで条件反射的に眠れなくなったりしたら、そりゃ確かに大問題だ。

ベッドに入っても眠れない時は、一度ベッドから出る必要があると、柳沢さんは強調する。ストレスを忘れてリラックスできるようなことをして、本当に眠くなってからベッドに入ればいいのだそうだ。なるほどね。

ここで自分の場合を振り返ってみると、「ベッドが眠れない場所」として条件付けされてしまうなんて心配はまったく無用のようだ。私の場合はいつの頃からか、「ベッドは倒れ込むように寝てしまう場所」と条件付けられてしまっているようなのである。

というわけで、個人的にはどっちが本当でも全然構わない。眠れない人が実際に試してみて、自分に合う方を選択すればいいだろう。

ちなみに眠りに関して私が自信を持ってオススメするページは、私のもつ「知の関節技」というウェブサイトにある「なぜ、日本人は羊を数えても眠れない? 比較文化学的考察 」というページだ。

最近でこそ「羊を数えるのは日本人には逆効果」とするウェブページがどっさり存在するが、それを 24年も前に日本で初めて論理的に指摘したのは、ほかならぬ私のこの記事なのである。これはしっかりと強調しておきたい。

さらにこの記事中には、「日本人ならこれを数えればほぼ確実に眠くなる」という「あるもの」が紹介されていいる。知りたい方は上記をクリックして読んでいただきたい。

 

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2024年3月26日

今日は「カチューシャの唄の日」なんだそうだ

突然だが、本日 3月 26日は「カチューシャの唄の日」ということになってるんだそうだ(参照)。1914年(大正3年)のこの日が劇団「芸術座」によるトルストイ『復活』上演の初演日で、劇中で松井須磨子が歌った『カチューシャの唄』が空前の大ヒットとなったことによる。

松井須磨子のオリジナル版『カチューシャの唄』については、6年とちょっと前の 2018年 2月 14日付「松井須磨子の歌、下手っ!」という記事で、上の動画とともに紹介している。この日の記事で既に聴いておられる方は、今ここで改めて再生する必要はない。耳が腐ってしまうかもしれないから。

ただ、この歌は空前の大ヒットとなったため「日本初の流行歌」と位置付けられ、松井須磨子は日本の「歌う女優第一号」と語り継がれるまでになった。「日本初」とか「第一号」という称号は強いもので、演劇史の中で重要なポイントとなっている。何度も言うが、下手だけどね。

それだけに「カチューシャの唄の日記念祭」というのまであり、島村抱月との縁でわが母校の演劇博物館も後援している。本日ではなく今月 30日の公演となっているのは、客入りの点で土曜日の方がいいということなんだろうね。

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その賜物なのか、公演チケットは早々と売り切れてキャンセル待ちになっている(参照)。結構な人気のようなのだ。

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このイベントにフィーチャーされている宝塚女優の朱紫令真というのは「あかしれいま」と読むらしい。すごいなあ。こうしてみると宝塚というのは、フィギュアスケート界なんて遙かに凌駕するほどの「キラキラネーム」の殿堂なのだね(参照)。

 

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2024年3月25日

食洗機は使わない方がずっと楽だ

Rocket News 24 というサイトに「10年使った食洗機を捨てたら洗い物がラクになった。別れて本当に良かった、でも……」という記事がある。岡田ゆかたん さんというライターの記事だ。

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岡田さんは 10年使った食洗機を捨てて手洗いに戻したら楽になったと書かれているが、その感覚、よくわかる。実は我が家もかなり前のことになるが、食洗機を手放して本当にすっきりしたからだ。何しろ娘からのプレゼントも合わせて、2台使った上での感想だから、信じてもらっていい(参照)。

紹介した記事では触れられていないが、食洗機のストレスの最大の要素は、食器を食洗機の中にきちんとセットすることだ。自動で洗うために手動できちんと並べ、洗って乾燥させるのに時間をかけ、ようやく終わってから手動で取り出してそれを棚にきちんとしまう、

これって、馬鹿馬鹿しい気がするほどのストレスである。食洗機って「自動」と「時間短縮」を謳い文句にしながら、実は手動の作業が結構多いのだよね。その「手動の作業」部分をいっそ手洗いに置き換えれば、その方がずっと楽になるし時間も短縮される。

私がここまで具体的に書けるというのは、私自身がかなり「家事する夫」だからなのだよ。とくに最近は、食器洗いはほとんど私の役割なので、食事が終わったらすぐに手洗いして水分を拭き取り、棚に戻して清々するのがごくフツーのことになっている。

ネットで「食洗機 必要 不必要」というキーワードで検索して見つかる記事のほとんどは、「メリットとデメリットがあるが、総合すれば食洗機を使う方が便利」という結論になっている。これは当然の話で、こうした記事は食洗機の販促に役立てたい意図から生まれることが多いからだ。

しかし「実感」としてみれば、とくに家族が少ない場合(我が家が子どもが全員独立したから、夫婦二人暮らし)などは食洗機への投資は意味がないと思う。ない方がずっと気が楽だ。

冒頭で取り上げた記事は、タイトルに「別れて本当に良かった、でも……」とあり、最後の「でも......」が気がかりだった、実際に読んでみると、時々食洗機を使いたくなることもあるという。

しかし結局は「でも、週イチ訪れる食洗機衝動を解消するより、週七で光が差し込むすっきりしたキッチンを維持するほうが、今の私には幸せだ」と結ばれているのだった。めでたし、めでたし。

 

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2024年3月24日

花粉症には、毎日ゴボウ 1本食えばいいというので

PRESIDENT Online に ”理論的には 6時間で花粉症を 100%撃退できる…東大名誉教授が断言「ツラすぎる花粉症に効く最強の食材」” という記事があるので、この季節、鼻水、くしゃみ、目の縁の痒みの三拍子に悩む身としては、何はともあれ読んでみた。

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記事の冒頭には ”小柳津広志『東大の微生物博士が教える 花粉症は1日で治る!』(自由国民社)の一部を再編集したものです” とある。そんな本が出ていたとはちっとも知らなかったが、調べてみると、Amazon に「ベストセラー 1位」と表示されてあった(参照)。花粉症に悩む人って多いのだね。

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この記事の前半は「花粉症は I型アレルギー(即時型アレルギー)による炎症反応に過ぎない」もので、「大腸で酪酸菌が増えていると、I型アレルギーをほぼ抑える」ことができるということを丁寧に説明してある。

途中を大幅にすっ飛ばして結論を言えば、酪酸菌を増やすには Tレグ細胞というものが重要で、それを増やすにはフラクトオリゴ糖というものを摂取するのがもっとも効果的なのだそうだ。そして、その目安は「毎日、ゴボウ1本」というのである。

もちろん、フラクトオリゴ糖を含む食品はほかにもいろいろあるが、最も豊富に含み、しかも日常的に入手しやすいのがゴボウということのようなのである。

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「ゴボウ 1本かぁ・・・」と私はうなってしまった。ゴボウは嫌いではなくしょっちゅう食べているが、量にしたらほんの少しである。1本食うというのは決してできないことじゃないが、それを毎日続けるとなると話は別だ。ゴボウが主食みたいなことになってしまい、あまりそそられる話じゃない。

しかし、記事中にあるこの言葉を読んでしまったら、試してみないわけにはいかない。

ゴボウを食べることで、腸内細菌の働きを改善=「腸活」(大腸の働きを活発にすること)し、花粉症によって起こる炎症を抑えることによって、花粉症はほぼ100%治ってしまうのです。

とりあえず、ゴボウ 1本食ってみることにしよう。ただし、3食に分けて。

今日の昼から始めたら明日の夜には効果が出るかもしれないので、改めて報告するつもりである。

 

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2024年3月23日

「ピースサイン」と「ウッドストック」の共通構造

一昨日は「ピースサイン」の話から、伝説のロック・フェス「ウッドストック」の話になったが、今日はそのこぼれ話である。というのは、「ピースサイン」と「ウッドストック」の日米の差には驚くほど共通した構造があるのだ。

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一昨日の記事を書くとき、たまたま「ウッドストック」のキーワードで Google の画像検索をかけたところ、表示されたのはズラリと、PEANUTS の漫画にスヌーピーの親友として出てくる、あの奇妙な鳥だったのである(参照)。あの鳥、名前が「ウッドストック」なのだね。

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これには驚いてしまい、気を取り直して英語の ”Woodstock" で検索し直したところ、無事に伝説のロック・フェスの画像が見事に表示され(参照)、ここに至って、ようやく安心できたのだった。

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それにしても、カタカナの「ウッドストック」とアルファベットの ”Woodsrtock” との落差というのはものすごいものである。鳥の方の「ウッドストック」だって、発祥の地はアメリカのはずなのに、英語の画像検索では延々とスクロールして、ずっと下の方にようやくチラリと登場する程度なのだ。

この日米の落差は、当ブログで話の発端となった「ピースサイン」と同様に大きい。米国では「反戦のサイン」だったものが、日本ではその意味がほとんど忘れ去られて、単なる「写真を撮られる時のポーズ」でしかなくなっている(参照)のだから、比較文化論の対象にしていいぐらいのものだ。

ただ、日本の「ピースサイン」が米国のそれから来ているように、スヌーピーに出てくる「ウッドストック」も、ロックフェスの ”Woodstock" と深い関係があるようなのだ。これは見逃すことができない。

この鳥に「ウッドストック」という名前の付いたのは ”スヌーピーの小さな親友「ウッドストック」をテーマにした新企画展がスタート 今年の夏は『スヌーピーミュージアム』に行こう!” というページによれば、1970年である。下の画像は、ここで紹介されている「名付けの瞬間」だ。

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スヌーピーのセリフは以下の通り。

2コマ目: I FINALLY FOUND OUT WHAT THAT STUPID BURD'S NAME IS... (やっとあのマヌケ鳥の名前がわかったよ)
3コマ目: YOU'LL NEVER BELIEVE IT...  (信じられないだろうけど)
4コマ目: WOODSTOCK!  (ウッドストックっていうのさ!)

それまで名前のなかった鳥に「ウッドストック」という名前の付いたのが、伝説のロック・フェス ”Woodstock” の翌年というのは、かなり感慨深い。両者に関係のないはずがないじゃないか。

EDOM TIMES というサイトの昨年 11月 13日付に「スヌーピーの親友・ウッドストックの名前の由来って?スヌーピーとウッドストックの仲良しフィギュアにもご注目!」という記事があり、そこには次のように語られている。

当時、ウッドストックの名前を模索していたシュルツ氏。彼の目に留まったのが、1969年に開催されたアメリカの音楽史に残るコンサート「Woodstock Music and Art Festival 」でした。

(中略)

原作者であるシュルツ氏はこの音楽祭にちなんで名付けたことは認めていますが、はっきりと理由については語っていません。
しかし、コミック内でスヌーピーがウッドストックの事を「鳥ヒッピー」と呼んでいるところを見ると、ウッドストックと音楽祭には共通点があるようにも思えます。

というわけで、「ピースサイン」と ”Woodstock” は、日本の若者文化に奇妙なまでの影響を残しているのだね。

 

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2024年3月22日

「窓側が上座」だなんて、やっぱりガセネタだった

ファイナンシャルワールドというサイトの 3月 18日付に ”新幹線で「窓側指定席」を予約したのに、「通路側」の人が「真ん中」の肘掛けを使っていました。この場合、「指定席代」を一部でも請求できるでしょうか…?” という記事がある。新幹線の「真ん中の肘掛け」は窓際席のものと言わんばかりだ。

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そもそもこの記事のタイトルになっている質問自体が非常識でゴーマン過ぎると感じるのは、私だけじゃないだろう。新幹線に限らず、座席の間にある肘掛けは座席の区切りであり、どちらかの席の専有物というわけじゃないはずだ。

ところがこの記事には、こんな記述がある。

新幹線の座席における、肘掛けを使用するルールとしては、基本的に窓側の人が使えると決められています。その理由は、新幹線の座席では窓側の席が「上座」とされているからです。

これには驚いた。そんなルールがあるとは、この歳になるまで聞いたことがなかったからである。この記事にはさらに、こんな記述まである。

3人席の場合も一番窓側の席が上座となり、通路側の席になるにつれて下座となります。右手に窓がある座席の場合は、上座の人が左側にある肘掛けを使い、左手に窓がある座席の場合は、窓際の人が右側にある肘掛けを使うことが可能です。

それで「上座である窓側の指定席を予約すれば、左右両方の肘掛けを使えます」ということになり、「通路側の人が真ん中の肘掛けを使っている場合は、肘掛けの使用ルールに反していると見なせるでしょう」なんてことなんだそうだ。

「おいおい、そりゃないだろう!」と言いたくもなるではないか。同じ座席指定料金を払っているのに、裏でこっそり「上座」とか「下座」とかのランク付けをされてるのではたまらない。

そう思っていたところ、3日後の 21日付で弁護士ドットコムニュースというサイトに ”新幹線の「真ん中肘掛け」は「上座の窓側が使える」ルールは本当か 紹介したネット記事に批判集まる” という記事が載った。

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この記事には、「JR東海は弁護士ドットコムニュースの取材に、そのようなルールも事実もないと否定した」と明確に書かれている。ほうら、やっぱりね。「窓側が上座」だなんてガセネタだったじゃないか。

ただ、このガセネタを真に受けた人が、実際に新幹線の中で「肘掛けを使えるのは窓側に座っている俺だけだ!」なんてムチャクチャなことを言い始めて余計なトラブルになる可能性がある。その意味で、こんな無責任な記事を書いた記者の罪は重い。

ファイナンシャルワールドなんてサイトは、ほとんど気にしたこともなかったのだが、今後は「要注意サイト」として意識しておくことにしよう。

弁護士ドットコムニュースでは「R東日本にも問い合わせており、回答があれば追記する」としているが、22日午前 8時 30分の時点ではまだ追記はない。ただ、おそらく「窓側が上座」だなんて回答はないだろう。

そんなルールがあったら、「通路側座席の指定料金を安くしろ!」という訴訟がもちあがり、大変なことになる。

 

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2024年3月21日

日本における「ピースサイン」の零落

NHK News web に ”写真を撮るとき「ピースサイン」するの、なんでなん?” という記事がある。同じ疑問は私も感じているのだが、この記事の疑問の出発点とはちょっと違うようなのだ。

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記事には「街の人たちに声をかけて、写真を撮らせて頂くと…声をかけた 59人のうち、47人がピースサインをしました。実に8割です」とあり、これには私も単純に「へえ!」と驚く。ただ、ピースサインしてる当人たちは、その意味を知らないみたいなのだ。

「なんでピースしたんですか?」と聞くと、「え~!パッと思いつくのがピース」、「王道」、「定番」、「写真と言えば、ピースかな」などと、頼りない返事しかない。8割がやっちゃうのにその意味を知らないというのだから、スゴさの次元が別になってしまう。

そこで NHK 大阪のスタッフは、ピースサインの元々の意味を必死になって調べ始めた。大阪市立中央図書館に行って、「写真年鑑」や「自治体の写真史」など、写真がたくさん掲載されている本を片っ端から見てもわからなかったらしい。

と、ここまで読んで、私としては「おいおい、NHK スタッフまでピースサインの意味を知らなかったのかよ!」と、「ビックリの質」がさらに低次元になってしまっったよ。

手をこまねいた彼らが司書の方に聞いたところ、もともとは第二次世界大戦中にナチスドイツへの勝利を表す「Vサイン」としてヨーロッパで広がったということがわかったという。この写真は、当時の英国首相だったウィンストン・チャーチルだね。

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それが 1960年代後半から、ベトナム戦争に対する反戦運動の中で「ピースサイン」として使われるようになった。このあたりからはモロに私の出番で、「そういう話なら、俺に聞いてくれ!」ってなてなことになる。

1969年に開かれたロック・フェスティバル「ウッドストック」で、ジミ・ヘンドリックスの掲げたピースサインは、まさに「鳥肌もの」だった。下の動画の 12分 28秒あたりから、今も語り継がれる "Stars and Stripes Forever"(米国国歌)の演奏になる。


これ、米国で黒人差別が明確に残っていた時代のパフォーマンスとして、今思い出してもゾクゾクする。この時に彼の掲げたピースサインは、この演奏と不可分の意味をもち、JIMI HENDRIX AT WOODSTOCK というページには、次のようにある。

Furthermore, Hendrix holding up the peace sign to the crowd is both an emotional and powerful signal.
(さらに、ヘンドリックスが群衆に向かってピース・サインを掲げているのは、エモーショナルかつパワフルなシグナルなのだ)

そして最大のハイライトは、スライ・アンド・ファミリーストーンの ”I Wanna Take You Higher" (お前をもっとハイにしてやりたい)で、これはもう、筆舌に尽くしがたい。下の動画の 5分 15秒あたりからが、涙ちょちょ切れものだ。

ウッドストックに集まった 40万人の観衆が、スライ・ストーンのビートに乗りまくった  ”I Wanna Take You Higher!" に、一斉にピースサインで ”Higher!” と応える。これが延々と続く。


ピースサインって、実はかなりヘビーなものだったのである。それが日本特有の現象として、いつの間にか写真を撮られるときのチャラチャラしたポーズに零落してしまっていたのだね。

これって 1972年頃から井上順が TVCM で流行らせたことに始まり、今に続いているということのようだ。要するに、ポーズは広まったけれどそのスピリットは元の意味をとどめないほどに薄められてしまったわけだ。「平和ボケ」という言葉はあるが、これは「ピースボケ」と言っていいかもしれない。

ちなみに映画「ウッドストック」に関しては 2004年 9月 21日付でも書いている(参照)ので、そちらもヨロシク。

【3月 23日 追記】

この記事に関連して、23日付で ”「ピースサイン」と「ウッドストック」の共通構造” という記事を書いたので、合わせてお読みいただければ幸いだ。

 

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2024年3月20日

最近の変な英語看板は「自動翻訳」の産物なのかも

この国では全然珍しくも何ともない「変な英語看板」だが、最近は「自動翻訳」に頼りすぎた結果なんじゃないかと思われるものが増えているように思う。何しろ機械的過ぎるほどの「トンデモ直訳」が目立つのである。

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典型的なのは、「トイレは駐車場です」を "The toilet is a parking lot." としちゃってる例だ。名古屋城正門前のトイレは、クルマを突っ込まれてしまいそうだ。

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日本語的には「トイレは駐車場です」でも何とかわかってもらえるだろうが、自動翻訳はバカ正直に「トイレ=駐車場」と受け取っちゃいがちだ。実際に試してみたところ、Google 翻訳では "The toilet is in the parking lot." とまともだった(参照)が、weblio ではまんまの訳が表示された。

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本来は元の日本語を「トイレは駐車場内にあります」とすべきだったのだが、それでも weblio でやってみると、まともな翻訳のほかに第二候補として、”In the restroom, a parking lot is inner”(トイレ内では駐車場が奥にあります ???)なんてぶっ飛んだ訳が示された。

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さらに「本日は終了しました」が "Today is over." になってしまったのも、単純直訳の産物だ。終了したのは決して「本日」ではなく、「本日の営業」なのだが、直訳のせいで「今日が終わった」になってしまっている。

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「本日は閉店しました」ということなら、フツーは "Closed for today." といった決まり文句があるんだけどね。

次の写真は多分ホテル客室内の冷蔵庫に関する表示のようだ。「使用不可/不能使用」が "I cannotuse it" という翻訳になってしまったのは、自動翻訳がちょっと気を利かせたつもりで「私は」という主語を補ったからだろうが、そのせいでますますおかしくなってしまった。

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しかもそれを書き写す際に "cannot" と "use" をつなげちゃったものだから、摩訶不思議なまでの不調法になっている。

この水は飲めません」という日本語も、自動翻訳にかける場合は理窟が通るように「この水は飲用ではありません」と言い換えれば、ごくフツーに "Not for Drinking" とはならないまでも、なんとかなっただろう。

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この場合も「私は」という主語が補われた結果、"I cannot drink this water." (私はこの水、飲めません)なんてことになってしまった。せめて主語を "You" にしてくれたら、何とか理解してもらえるだろうが。

一方で、補う主語を "you" にしたのはいいのだが、補い過ぎてヤバいことになった例もある。

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あぶないから、はいってはいけません」が "Because you are dangerous, you must not enter." では、「あなたはアブナい人だから進入お断り」になってしまう。余計なことを考えずに、ごく素直に "Off limit" にしとけばよかったのに。

というわけで、自動翻訳にかけてトンデモな英語にされてしまうのは、元々の日本語からしておかしい、といって語弊があるなら、翻訳にかけるには不親切過ぎる表現の場合が多いのだと気付いた。要するに日本語の段階で不自由なのだから、自動翻訳なんかにかけたら不自由以下の英語にしかならない。

こうした看板を作っちゃう人って母国語が不自由なほどだから、翻訳結果の外国語が不自由以下のできでも、ためらうことなくそのまま看板にして平気なのだね。フツーの英語のお約束的言い回しを知っていれば、まどろっこしくて余計な翻訳なんてせずに済むのに。

教訓その 1: 自動翻訳(とくに和文英訳)の結果をそのまま信じてはいけない。

教訓その 2: どうしても自動翻訳を使いたい場合は、元の日本語を村上春樹調(下の「注」参照)に書き換えてからにすべし。ただ、それができるくらいなら自動翻訳なんていらないか。

【注】

村上春樹調」の英訳は weblio では "Haruki Murakami-like" と表示されるが、どうもこなれが悪いので、"Haruki Murakami style" と言いたいところだなあ。

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2024年3月19日

「今川焼き」の呼称の、アナーキーなまでのバラエティ

しんやさん という方の「俺の名前を言ってみろ」という画像付きの tweet に驚くほどのバラエティ溢れるコメントが付いている。おやき、今川焼き、回転焼き ・・・ その他いろいろ。十分にフォークロアのテーマになってしまいそうだ。

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私の生まれた山形県庄内では「おやき」が主流だったが、大学入学で上京していろいろなバリエーションに接し、「おやき」はむしろマイナーっぽいと知った。今後どの名称を使用すべきかちょっと悩んだ結果、とりあえず「今川焼き」でいくことに決めた覚えがある。

このスレッドが立って 10時間後ぐらいに、長澤大生さんという方のヘビーなコメントが登場した。22種類もの(24個あるが「きんつば」が 3回出てくるので)名称を一人で挙げている(参照)。それにしてもよくご存知で、ずいぶんあちこちに転校、転勤しまくったんじゃなかろうか。

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ところが実態はこんなものでは済まないらしい。関西方面では「御座候」というのがかなりメジャーなのだそうで、日本全国を旅しまくって全都道府県での一泊以上滞在の経験を誇る私も、そんなの初めて知った。まさに「蛇の道は蛇」(言うまでもないが「じゃのみちはへび」と読んでね)である。

ちなみに大阪ガスのサイトに「御座候?大判焼? 地域で違う「回転焼」の呼び名のナゾ」というページがあるのを発見した。大阪のガス屋さんというのはなかなかやるもので、冒頭に次のような解説がある。

回転焼は、どうやら江戸時代に江戸の今川橋付近にあった店が売り出した「今川焼」というお菓子がルーツなんだそう。その後、全国各地にこのお菓子が広まっていった際にたくさんの呼び名が生まれていったようです。

なんと、今川焼きの発祥は江戸時代なのだね。もうちょっと新しめのものなのかと思っていたので、認識を新たにした。さらに名称の傾向を示した下のような地図まで掲載されている。

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これ、岸江信介・奈良大学教授の調査資料をもとに作成されたというから、決してテキトーなものじゃないはずだが、我が山形県は全国で唯一の「あじまん」主流圏ということになっている。庄内でメジャーな「おやき」が無視されてしまってるのはかなり残念だ。

実際、「あじまん」なんて言い方はこの歳になるまで知らなかったよ。同じ県内での呼称を知らなかったんだから、大阪での「御座候」を知らなかったのは無理もない。

この記事によれば、「御座候」の元祖は兵庫県姫路市にある「株式会社御座候」なのだそうで、昭和 25年にそれまでの回転焼きからの差別化を意図して名乗ったものだという。戦後の混乱期から高度成長期を経て、関西で広まったのだと思われる。

こうしてみると、今川焼きのさまざまな呼称は各地域の店が独自のネーミングをすることでバリエーションが限りなく拡大したとみればいいようだ。ぶっちゃけ、「言ったもん勝ち」である。

インターネット上の一部では「ベイクドモチョモチョ」との呼称に統一しようなんていう冗談まで出ているらしいが、ここまで来てしまったらこのアナーキーなまでのバラエティこそが「固有の財産」と考えるのが妥当だろう。こうしたケースでは混沌は混沌のまま放っておくのが一番だ。

 

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2024年3月18日

Wifi が落ちちゃうことは確かに時々あるんだが・・・

えのげ というサイトに ”「なんて強引な…」古いルータを安定動作させる中華ケーブルの仕組みが話題にwww” という記事があるのでなんのことかと思ったら、doumae さんという方の tweet を取り上げているのだった(参照)。

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Aliexpress という中国系の通販サイトに、Wi-Fi ルータと AC アダプタの間に挟む汎用の自動再起動装置というのが大量に出品されていたというのである。24時間ごとに OFF/ON を自動的にやってくれるものが数百円で売られているらしい。

ちなみに tweet から直リンクしたら、価格 115円というのが表示された(参照)。大丈夫なのかと心配になるほどの値段じゃないか。

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何のためにそんなものを使うのかと言えば、24時間ごとに ルーターを自動で再起動して、Wifi が突然死んでしまわないようにするものであるらしい。なるほど。

確かに、Wifi が突然つながらなくなってしまうということはよくあるのだが、ルーターの再起動で回復するということについては、20年以上前の「インターネット接続がおかしい 」という記事でも触れている。この時点ではルーターとの接続は無線ではなく有線だったのだが、確かによく効いた。

しかしインターネットがつながらなくなる度にルーターの再起動を手作業で行うというのは、案外面倒だ。その意味で、寝てる間に自動で再起動してくれるというのはありがたいかもしれない。

ただよく考えてみれば、インターネット接続の不具合はルーターの再起動で解決するものばかりではない。光回線そのもののトラフィックが急増して、パンクしてしまうというトラブルも案外多いように思う。

こんな場合は機器ではなく回線そのもののトラブルだから、ONU とルーターの両方の再起動を何度繰り返しても直らず、一晩越して朝になれば自然に復旧しているということがほとんどだ。そんな場合はどうしようもないから、スマホの回線を使ってインターネットに入ることになる(参照)。

さらに、ONU 自体がダメになったんじゃないかと思われることもあった。一昨年の秋は異常なほど接続障害が頻発して ONU の交換をしてもらった。その結果かなり改善したが、不具合が皆無になったわけではないので、完全に ONU だけのせいにしてよかったのかどうかは今もわからない(参照)。

というわけで自動再起動装置だけですべて解決するとも思われないので、今のところは購入を控え、不具合が生じる度に手動で再起動するというこれまでのやり方を続けようと思う。自動とは言え頻繁に再起動を繰り返したら、そのせいでルーターの寿命が縮まないとも限らない気がするし。

 

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2024年3月17日

”FYI" って何の略か、恥ずかしながら初めて知った

HUFFPOST の 3月 15日付に ”「FYI」って何の略か知ってる?” という記事がある。"メッセージやメールでたまに見かける「FYI」という文字。なんとな〜く分かっているつもりでいるけど、何の略語で、どういう意味か知っているだろうか?" というリード付きだ。

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70歳を過ぎてしまうと、仕事をするにしても組むのは 20〜30年来の仲間というのがほとんどになってしまい、ビジネス・メールといってもお堅い形でやり取りなんてほとんどなくなってしまう。そんなわけで "FYI" なんていう新しめの略語みたいなものにはあまり縁がなくなっていた。

たまにこの文字を見かけたとしても、恥ずかしながら「この先に詳しいことが書いてあるからね」という意味のシルシぐらいにしか意識していなかったのである。何たるテキトーさかと、我ながらお恥ずかしい。

で、改めて HUFFPOST の記事を読むと次のようにある。

FYI は、For Your Information の略語で、「ご参考までに」「情報までに」という意味。

なんだ、簡単な話じゃないか。これでこの略語をを見た時に、最後の文字がアルファベットの ”I" なのか数字の ”1” なのかなんてことで悩まずに済むというものだ。

ついでに、HUFFPOST には関連記事として、次のようなものがある。

トイレを示す「WC」って何の略か知ってる?
「P.S.」って何の略か知ってる?
「OK」って何の略か知ってる?
「VIP」って何の略か知ってる?
「LOL」って何の略か知ってる?

”WC”, ”P.S.”, ”OK”, ”VIP”といった伝統的(?)な略語に関しては当然のこととして前々から知っていたが、”LOL” が "Laugh out loud"、" Laughing out loud" の略語で「大笑い」のことだとは、今回初めて知った。日本的な表現だと「 \(^0^)/」なのだろうね。

いやはや、この世界は次々に新語や新しい表現方法が現れてくるから本当に油断がならない。今回は ”FYI” と ”LOL”、しっかり覚えたぞ。

 

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2024年3月16日

「ち〇こ」って言いたい年頃の男の子

たて子さんという方の tweet (参照)に笑わせていただいた。ご本人としては決して笑い事ではないのだろうが。

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小学校 2年生の息子さんが毎日「ち〇こ、ち〇こ」と騒いで、注意しても直そうとしないし下のお子さんまで真似する。そこでたて子さんとしては本当にやめて欲しいと思い、「ち〇こ」という度にお小遣い 10円減らすと宣言したのだそうだ。

ところがそれからもうっかりレベルで 20回は口走ったので「200円減ったよ」と言うと、息子さん「ち〇こって言いたい」と泣き出したという。うんうん、その気持ちわかるなあ。

なかなかいい子である。「ち〇こ」って言いたい気持ちがお小遣いより大切だってことを泣いてまで訴えるほど素直で正直な子は、なかなかいるもんじゃない。

いきなり小難しい話に飛ぶが、フロイトの幼児性欲理論によれば、子どもの性的発達には口唇期、肛門期、男根期(エディプス期)、潜伏期、性器期という5つの成長段階があり、フツーは自然に経過しつつ大人になっていく。「ち〇こ」にこだわって泣いちゃった子は、男根期にさしかかってるわけだね。

というわけで、子どもの「ち〇こ」連呼は成長とともに自然に収まっていくから、気にせずに放っておけばいい。せっかく素直に表現・発散されてるんだから、それを下手に抑圧するとエディプス・コンプレックスが強まりかねない。知らんけど。

そんな意味で、この tweet につけられた次の 2つのコメントはヒットだと思う。

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杏酒 酒と旅とふらふらと さん、ハンドルネームもいいし、男の子の育て方をよくわかっていらっしゃる。こうしたことは笑って受け流すのが一番なのだ。実際、泣かせてしまうまでの抑圧というのはよくない。

その意味で、Arthur さんの提案は愛に溢れてるとさえ言える。

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実際には 1000回言わないうちに飽きてしまうだろうから、1万円は要らないと思うけどね。

 

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2024年3月15日

福建省の人たちって「人肉」の干物を食うのか !?

【戦慄】中国でとんでもない肉が売ってたwwwwwww」という書き込みがあるので、どんなのかと行ってみたら、人海RenHai さんという方の「姉さん、事件です」という画像入り tweet が紹介されているのだった。

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この食品のラベルにある「福建人肉干」という表記に驚き、元の Twitter に行ってみても、確かにこの tweet は存在する(参照)ので、どうみてもガセネタじゃなさそうだ。それで「福建人肉干」のキーワードでググってみると、139万件という驚くほどのページがヒットしてしまった(参照)。

しかもテキストだけじゃない。こんな風な、「福建人肉干」を使った晩餐までさらりと画像入りで紹介してあるじゃないか(参照)。信じられないことに、ずいぶんポピュラーな食材として認識されているようなのだ。

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ただ、この記事のタイトル「晚饭报复社会」というのを Google 翻訳にかけると「夕食時に社会に対する復讐をする」となってしまう(参照)。仇敵を殺してその肉を食ってしまうとでも言うのだろうか? 謎が謎を呼ぶばかりだ。

とにかくこの件に関しては、中国語のページばかりなのでほとんどわからない。漢字で書かれてるんだから意味ぐらいは取れるだろうと思うのは、幻想でしかないと痛感した。

仕方がないからテキトーに「网易首页」というニュースサイトらしきところで取り上げている「广东人在超市买到 “福建人肉干”」というページに行ってみると、なんと、たまたま今回の tweet で話題になっているトピックを取り上げたものだった。使われている写真からしても、そうとしか思われない。

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このニュースの最初のセンテンスを Google 翻訳にかけてみたところ、こんなような日本語に訳された。

最近、広東省出身のリーさんは衝撃的な秘密を発見しました。スーパーに行ったとき、彼女は突然、美しく包装されたジャーキーのパッケージが棚に並んでいるのを目にしました。そこには「福建ジャーキー」とはっきりと書かれていました。

Google としても AI なりに気を使ったのか、「福建人肉干」の部分は「福建ジャーキー」とボカした訳になっている。そしてリーさんはそれを買って家で食べたというのだが、さすが「四つ足なら机と椅子以外何でも食べる」と言われる中国人だけのことはある。(いや、人間は 2本足か)

少し躊躇しつつも、美味しい食べ物の誘惑には勝てなかった。(中略)とても美味しかったが、福建省人肉の味かどうかは分からなかった。(中略)一口食べると、口の中は香りと無限の後味で満たされました。

「人肉って、そんなにおいしいのか ⁉」と思ってしまいそうだが、長くなりすぎてもナンだからこのあたりで結論をバラそう。これ、決して「人肉」なんかじゃなく「豚肉」なんだそうだ。なんでこんな表記になったのかは、記事の末尾で次のように説明してある。

リーさんが出会った福建ジャーキーの正しい区分けは「福建、ジャーキー」、つまり福建省の人々が作ったジャーキーを意味します。なぜこの言葉が誤解を招くかというと、商人の語学力が低すぎて表現が不明確だからです。

元の漢字に沿って具体的に言えば、「福建人肉干」は「福建の/人肉の/干物」じゃなく、「福建の/人々が作った/肉の干物」ということのようなのである。要するに区切り方の問題なのだが、いやはや、それにしても人騒がせな表記だよね。

 

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2024年3月14日

「ホワイトデー」と郵便局の、かなりアヤシい関係

今日は「ホワイトデー」で、何でもバレンタインデーでもらったプレゼントのお返しをする日なんだそうだ。とにかくよくわからないので、試しにちょっとググってみたところ「ホワイトデーのお返しの意味を解説! マシュマロやクッキーのお返しの意味とは?」というページが見つかった。

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これ、「郵便局のネットショップ」というサイトにあり、最下段の「サイト運営会社について」をクリックすると、日本郵便株式会社の運営とあるから、確かに他ならぬあの郵便局のページに違いない。2007年に「日本郵政公社」から民営化されて以来、郵便局もずいぶんクダけた存在になったものだ。

で、問題は郵便局のこのページで解説されている「ホワイトデーのお返しの意味」なのだが、よくわからないけどアヤシくもおもしろいのである。それぞれの品物の意味は、かいつまんでまとめればこんなようなことになるという。

マシュマロ 「あなたのことが嫌いです」「その気持ちはお断りします」
キャンディー 「あなたのことが好きです」
チョコレート 「あなたと同じ気持ちです」「これまでと同じ関係を保ちましょう」
クッキー 「友達でいましょう」
キャラメル 「安心する存在」「あなたと一緒にいると安心します」
マカロン 「あなたは特別な人」
マドレーヌ 「あなたと仲よくなりたい」
カップケーキ 「あなたは特別な人」
グミ 「あなたのことが嫌いです」
バームクーヘン 「この幸せが長く続きますように」
ハンカチ 「これまで続いてきた関係を終わりにする」
香水 「あなたと親密な関係になりたい」

注目すべきは「マシュマロ」に「あなたのことが嫌いです」「その気持ちはお断りします」なんていう意味があると、ことさらトップで紹介されている点だ。この「マシュマロ」の項目では妙にご丁寧なことに、ホワイトデーの誕生についてまで次のように語られている。

ホワイトデー誕生には諸説ありますが、マシュマロがホワイトデーの定番のお菓子となった歴史は、老舗の和菓子・洋菓子店である石村萬盛堂がきっかけといわれています。

郵便局が自ら「マシュマロがホワイトデーの定番のお菓子」と認めて、石村萬盛堂自身も ”ホワイトデーの起源は、昭和 52年に石村萬盛堂の考えついた「マシュマロデー」より由来しております” と自社サイトで訴求している(参照)。

それだけに郵便局の「マシュマロには『あなたのことが嫌いです』という意味がある」という決めつけには、かなりの違和感が残ってしまう。もしかしたら、郵便局はマシュマロか石村萬盛堂に恨みでもあるのかしらん。

男性側からマシュマロのお返しをされた女性がこの郵便局のページを読んだせいで関係が気まずくなったとしたら、郵便局は責任を取ってくれるのだろうか? まあ、そんなのどうでもいいけど。

ちなみに Wikipedia によれば中国では「ホワイトデー」を「白色情人節」というらしい(参照)が、いくら日本の「ホワイトデー」という名称からきたとはいえ、日本的感覚からするとちょっとスゴいなあ。下手すると白人のお妾さんをもつ日なんて誤解されそうだが、これもまたどうでもいいや。

 

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2024年3月13日

日本初の「修学旅行=長途遠足」を巡る冒険

Yusuke Suzuki さんという方の ”「日本初の修学旅行到達の碑」というのがあった” という tweet を見つけた。この石碑、銚子駅前にあるという。

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石碑に書かれた文章は以下の通り。

明治19年、東京師範学校の生徒 99名による長途遠足が、日本最初の修学旅行であり到達の地が銚子であると、公益財団法人全国修学旅行協会編纂の「修学旅行の変遷と意義」に記されている。長途遠足の趣旨は、兵式操練の演習のほか、実地に就いて学術を研究する事を目的としている。同年 2月15日、徒歩にて東京を出発、習志野、佐倉、成田、佐原(これより船行)を経て、20日午前 8時、銚子唐子村に到着した。21日には海浜に出て、ドレッグ・トロールの使用法、海藻乾燥法の実修をした。帰路は八日市場、東金、千葉を経て 25日帰京 11日間の行程を終了した。

この碑にはスタート地点に関して「徒歩にて東京を出発」としか書かれていないが、当時の師範学校は文京区湯島聖堂の地にあったらしい(参照)ので、往路はそこを出発して佐原まで歩き、その先は船で銚子まで、多分夜通しで利根川を下ったもののようだ。

湯島聖堂から佐原にある観光船乗り場(水の里佐原)までの道のりを調べると、当時の道はよくわからないが、2月 15日に出発し、習志野、佐倉、成田を経由すると約 100km ぐらいになる(参照)。19日の早いうちに佐原に着いたとすると、丸 4日とちょっとで往路 100kmを歩いたのだろう。

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かなり大雑把に見れば 1日当たり約 25km ほど歩いたわけだが、これは箱根駅伝で言えば丸の内から鶴見中継所のちょっと先ぐらいまでにほぼ相当する。

一見ゆったりしたペースのように見えるが、目的が「兵式操練の演習のほか、実地に就いて学術を研究する」ということにあったのだから、途中でいろいろな演習や見学をし、さらにせっかくだからと成田不動尊へのお参りなどもしたかもしれない。そう考えれば、結構な健脚ペースである。

さらに復路は銚子から 約 130km を 4日間ずっと徒歩だったわけだから、1日当たり 30km 以上歩いたことになる。往復合計約 230km を丸 9日間で歩いたわけだが、当時は東海道五十三次を徒歩で旅していた江戸時代からそれほど経っていないだけに、日本人はこのくらいフツーに歩けたのだろう。

翻ってごくフツーの現代人がいきなり 230km 以上(箱根駅伝の往復よりまだ長い)の距離を歩き通そうなんて言ったら結構な無茶になるから、時代の隔たりを感じてしまう。昔と比べると、日本人の歩く力はかなり落ちているようだ。

この tweet を見た時は、「そうか、『遠足』の語源はここにあったのか!」なんて思ったが、実は語源はもっと古いようだ。Wikipedia に ”「遠足」の語は、遠方に行く・足を延ばすの意味で江戸末期には用いられていた” とあり(参照)、明治 19年に至って学校行事の名称に適用されたのだろう。

なお、手持ちの三省堂『携帯新漢和中辞典』で調べても「遠足」というのは出てこないから、おそらく漢語ではなく日本で作られた熟語なのだろう。

ちなみに今の世の中でクルマを使ったら、11日かければ本州の全都府県を経由して一周できるだろう。ただこの歳でそれをやろうとしたら、結構キツいかもしれないなあ。そもそも 11日間というまとまったスケジュールを取るのもほぼ不可能だろうし。

 

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2024年3月12日

名古屋人があまり「きしめん」を勧めたがらないのは

一昨日に続いて名古屋ネタである。2023年 5月 16日付「名古屋では、新幹線ホームのきしめんがサイコー!」で、名古屋人は味噌煮込みうどん、土手煮、ひつまぶしなど、いろいろな「名古屋めし」を食わせたがるのに、なぜか「きしめん」だけは積極的に勧めてこないというようなことを書いた。

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こちらが率直に「味噌煮込みうどんなんかより、きしめんが食べたいんです」と所望しても、彼らは「まあ、あれも名古屋の食い物ではあるんですけどね・・・」みたいな、何だか奥歯に物の挟まったような言い方をするばかりなのである。これは私にとって「名古屋の七不思議」の筆頭格だった。

ところが最近、PRESIDENT Online の 2023年 2月 18日付 ”名古屋人が家で食べるのは「うどん」だった・・・深刻な「きしめん離れ」が進んでいる本当の理由” という記事のおかげでこの長い間の謎が解けてしまったのである。要するに、名古屋人自身がきしめん離れしているようなのだ。

記事によれば、きしめんは手間がかかる割に儲けが少ないので、名古屋の飲食店は完全にうどんにシフトしてしまっているというのである。そのためほとんどの飲食店はきしめんをメニューから外すか、残しても手抜きみたいなものしかできなくなってしまった。

それにともなって名古屋人自身も飲食店ではもちろん、自宅においてさえもきしめんから遠離ってしまったため、よそからの訪問者に勧めるほどのモチベーションが薄れてしまったようなのだ。なるほど、「奥歯にもののはさまったような言い方」しかできないのも道理である。

それにしてもきしめんの地元できしめんが廃れつつあるというのは、考えるだにもったいないと言うほかない。そうした中で新幹線ホームの立ち食いきしめん屋「住よし」は、今の世で貴重なまでの「きしめんの牙城」として燦然と輝いている。

願わくは住よしさんには末永く健闘してしていただきたい。そうでないと、名古屋に行った際の「最後の楽しみ」(あるいは「唯一の楽しみ」と言ってもいい)がなくなってしまう。

 

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2024年3月11日

スマホの画面保護フィルム、もういらない?

GIZMODO の 3月 8日付に「スマホの画面保護フィルム、実はもういらない説」という記事がある。「ここ 5年でスクリーンの強度は飛躍的にアップ」しているので、専門家の間では「もう画面保護フィルムはいらない」という意見が出ているというのだ。

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実は私は iPhone を落っことして画面にひびが入り、どうしようもなくなって機種交換したことが過去に 2度ある。その時のことはこのブログでもこんな具合に触れている。

iPhone の画面にひびが入ってしまったが(2017年 5月 22日付)
2014年に入手した iPhone を堅い床に落下させて画面の右上に蜘蛛の巣状のひびが入ってしまい、そのひびが 4日かかって全面に広がり使い物にならなくなったため、本体交換。

図らずも iPhone 12 に機種変更した (2021年 4月 3日付)
2019年に入手した iPhone XR を硬い道路に落下させ、一瞬にして画面中にひびが入って操作をまったく受け付けなくなったため、iPhone 12(現在の手持ち機種)に機種交換。

5年の間に 2度もやらかしてしまっているのだから、我ながら粗忽なことである。それだけに、今手持ちの iPhone 12 には念のために結構高めの値段の保護フィルムを貼ってあるのだが、なんと、それが無駄だというのか?

この記事にはフィルムを使うことのデメリットとして、「フィルムによって画面の反射が大きくなり、結果、フィルム不使用時よりも画面を明るくすることになります。すると、当然バッテリーもちが悪くなります」とある。だったら、フィルムなんて剥がしてしまう方がよさそうに思えてしまう。

いやいや、ここは慎重にニュースをよく読んでみよう。「ここ 5年でスクリーンの強度は飛躍的にアップ」とあるが、前回ひびだらけにしてしまった iPhone XR の展開開始は 2018年で、6年前のことである。スクリーン強度が飛躍的にアップする前の機種だったわけだ。

そして現在手持ちの iPhone 12 が発売されたのは 2020年 10月で、展開開始以来 3年半経っている。「3年半」と「5年」という 2つの数字を照らし合わせると、iPhone 12 の画面強度をすっかり信じていいのかどうか、かなりビミョーなところだ。判断に迷ってしまう。

ここで視点を変えると、私はこれまで平均すると 3年ごとに機種交換してきていることになる。とすると、手持ちの iPhone 12 から新機種に交換するのは、今年の 4月 3日以後ということになるではないか。それほど遠いことじゃない。

だったら、夏前頃に機種交換するまではこのまま保護フィルムを貼り続けて、新機種にしてからはフィルムなしということにしてもよさそうだ。

うむ、とりあえずそれでいくことにしよう。

 

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2024年3月10日

「名古屋に観光地はない」と言いたくなるのはもっともだ

名古屋に観光地はありません」という tweet が話題になっている。坊主さんという方の「名古屋の人が内心思ってること選手権お願いします」という tweet に shiki さんが応えたものだが、私のような板東の果てに住む者としても、そう言いたくなるのはもっともなことだと思ってしまったよ。

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私はこれまで何度も(おそらく 40回以上)名古屋に行ったことがあるが、いわゆる「観光目的」で行ったことは一度もなく、すべて仕事上の出張である。

ただ出張とはいえ、他の土地なら「せっかく来たんだから、ついでに見物して帰ろうか」なんて思わせるような観光スポットがいくつかあるものだが、名古屋に限ってはそれがなかなか思いつかない。それは私の印象だけでなく、当の名古屋の人も内心ではそう思っているのだね。

ちなみに当ブログで名古屋について触れた記事としては、こんなようなものがある。

渋谷のハチ公と、名古屋のナナちゃん人形(2010年 2月 11日)
代表的な「待ち合わせ場所」として渋谷の「ハチ公」と名古屋駅前の「ナナちゃん人形」に触れている。高さ 6メートルという巨大なマネキンで季節によって着替えるようなのだが、股の下にはいっちゃったりすることもあるので「パンツ穿いてるんでしょうね」なんて言われたりする。

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名古屋はおもしろい街である(2016年 6月 19日)
「おもしろい街」なんていうタイトルだが、そのココロは「変な街」という意味合いが強い。とくに名古屋女性のファッションがケバいことと、街や駅の案内表示が下の写真みたいにチョー・テキトーであることを強調している。

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名古屋では、新幹線ホームのきしめんがサイコー!(2023年 5月 16日)
名古屋に行くと地元の人たちにいろいろな「名古屋めし」を食うように勧められるが、「旨い!」と言いたくなるようなものに巡り会ったことは一度もない。結局のところは帰りがけに新幹線ホームの立ち食い「きしめん」で口直しをすることになる。

これら 3本は、タイトルだけを見れば名古屋を持ち上げているように見えて、実際にはおちょくってしまっている。ただ 2012年 12月 18日付の「今年は伊勢神宮、出雲大社、熱田神宮にお参りできた」という記事だけは、熱田神宮の宝物殿が「なかなか素晴らしかった」と一言だけ素直に褒めている。

しかし熱田神宮参拝と同じ日に「ついでだから」と訪れてみたはずの名古屋城に関しては、まったく触れていない。今思い出そうとしてもほとんど印象がよみがえらないので、よっぽどつまらなかったもののようだ。

というわけで、名古屋で訪れて損のないところは「熱田神宮」ぐらいのものだが、それにしたって「観光」というより「宝物殿」の博物館見学的な意義の方がずっと大きいということだ。

以上、愛想なしでゴメン。

 

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2024年3月 9日

みかんの食い過ぎは良くないらしい

私はみかんが大好きで、冬の間 1日に 4〜5個は軽く食う。おかげで風邪も引かずに元気なのだと思ってきたが、最近ある人に「みかんの食べ過ぎは体に良くないらしいよ」と言われ、「そんなバカな!」と思いつつググったところ、”「みかん」の食べ過ぎに黄色信号..._!?” というページが見つかってしまった。

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杏林大学医学部附属病院外科医の竹内弘久さんというお医者さん(参照)が監修されているというのだから、まんざら出鱈目というわけじゃないのだろう。「胃腸が弱く下痢を起こしやすい方や血糖値が高い方は、みかんの摂取に注意が必要です」というので、正直驚いてしまった。

とにかくみかんを食べ過ぎると、「カロリー過多で太る」「腹痛や下痢を引き起こす」「柑皮症になる」というおそれがあるのだそうだ。

カロリー過多という問題に関しては、次のように指摘されている。

みかん 100gあたりのカロリーは 49kcal、糖質は 11.0gです。Mサイズ(可食部 75g)なら 7個で白ごはん 1杯と同等のカロリー・糖質を摂ることになります。

そう言われてみれば、果物は案外カロリーがあるとは言われているが、みかんを 4〜5個食ったら、ごはんを茶碗に半分以上食べているのと同じことになるじゃないか。

それから、みかんに多く含まれるビタミン C は摂り過ぎると下痢を引き起こすことがあるのだそうだ。幸いにもこれまでみかんのせいで下痢になったことなんて一度もないが、今後はカロリーの問題との合わせ技で少しは注意しなければ。

3つめの注意点の「柑皮症」というのは、指先が黄色くなることらしいのだが、放っとけば元に戻るという。そんなのは大した問題じゃないし、気にするだけ面倒だから忘れてしまおう。

この記事ではみかんは「一日 3個まで」が適量とされている。というわけで、いくら好きでも今後は一日 2個までに抑えることにしようと思った次第である。とにかく冬の間はほとんど毎日食っているのだから、カロリーだけでも注意しよう。

 

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2024年3月 8日

高校での居合道指導で真剣を使ったって?

奈良県生駒市の県立高校で、剣道部の顧問が日本刀(真剣)を使った指導を行って生徒の太股を刺してしまっていたというニュースには、かなり驚いてしまった。初心者の体に刀が届いてしまうような間合いでは、常識以前の問題として真剣を使うことなんてないはずなんだがなあ。

この事件では、学校に真剣を持ち込むことを禁止するという規定のなかったというのが問題になっているようなのだが、そんなことまでいちいち想定していたら、「禁止項目」だけで分厚い百科事典みたいな書類になってしまうだろう。だからこそ「常識以前の問題」としてしっかり認識しておく必要がある。

私が以前にやっていた合気道(実はこれでも黒帯なのだよ)では、杖術と剣術の稽古もする。もちろん道場内で真剣を使うことはほとんどなく、もっぱら木刀での型稽古だった。ちなみに木刀の素振りは今も時々してる。

合気道での剣術の稽古は居合道にかなり近いものだったので、「剣道」のような実践形式での打ち合いはしない。稀に向かい合ったとしても、それは「間合い」の感覚をつかむためなので、かなり慎重に行う。

今回の事故で、指導した教師は「当たるとは思っていなかった」と言っているというが、慎重さに欠けていたと言うほかない。熟練者同士だったら当たらなくても、初心者は時として常識にない動きをするから、当たるはずのない剣の当たってしまうことだってあるのだ。

今回の指導は剣道部と空手部の部員を対象にしていたというのだが、もしかして剣の間合いをわかっていない空手部員が、常識にない間合いにまで近付いてしまったのかもしれない。「間合いを制する者は剣を制す」というぐらいだから、逆に言えば間合いを間違えたら自分が死んでしまいかねないのだ。

こんな場合、ものすごく公平(悪公平?)に見れば両者が悪いということになりそうだが、これは部活というケースなのだから、指導者の配慮が足りなかったとするのは当然の結論だ。

こんなこともあるのだから、高段者による指導とはいえ、学校の部活に真剣を持ち込むのは避けるべきだったと言うほかない。とにかく実感として、木刀での型稽古でさえつい熱が入り過ぎると結構コワいことがあるのは確かなのだから。

【同日 (念のため)追記】

冒頭で紹介した ANN のニュース動画、8秒目あたりからの居合道実技の場面だが、刀を振り下ろすと小気味よいほどの「ヒュッ!」という音がする。あまりにも見事な音なので、後から付け足した効果音じゃないかと疑う人がいそうな気までしてしまった。

しかしこれって効果音なんかじゃなく、熟達者が真剣を使ってやると本当にこうした風切音がするものなので、そのあたりよろしく。木刀だとここまで見事な音は出ないので、つい憧れてしまうよ。

 

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2024年3月 7日

高級腕時計を借りてまで身に付けたいか

"腕時計シェア「トケマッチ」元代表に逮捕状 ドバイ逃亡か 横領容疑” というニュースで、「腕時計シェア」なんていう商売のあることを初めて知った。世の中、私の感覚ではほとほと理解に苦しむことってあるものだ。

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何がわからないといって、オメガだのロレックスだのというご大層な腕時計を持ちたがる気持ちがわからないし、そんなのを所有するほど経済的余裕のある御仁がそれを他人に貸し出してシェア料をもらいたがるというみみっちい心情もわからない。

あるいは、悪いパパにプレゼントしてもらった時計を貸し出すオネエチャンが多いのかもしれない。その手のオネエチャンというのは、複数のパパに同じバッグをおねだりし、一つだけ残してあとは質に入てもバレないようにしてるというほどだから、腕時計をレンタルに出すのも厭わないのだろう。

そして借り賃を払ってまでそんなものを身に付けたがるというのは、さらにわからない。なにしろ私の個人的価値観としては、高級腕時計というのは「悪趣味」の代名詞みたいなものだから。(あくまでも「個人的価値観」なので、ブランド時計の好きな人、ゴメンね)

私は 7年半近く前の 2017年 11月以来 Apple Watch を購入しており、その時の事情はこの月の 2日付「Apple Watch を買ってしまった」という記事で懺悔してある。それまで愛用していた安物の腕時計を紛失してしまったので、出張前に急遽誂えたのだ。

それまで使っていた安物の腕時計に関しては、なくしてしまうほぼ 10ヶ月前の「高級腕時計をもつ意味」という記事に写真入りで紹介してある。このタイトルの記事に安物の腕時計を登場させているのは、「ブランド物をもつ意味がわからない」ということを綴るためだった。

この安物腕時計にはまったく不満がなかったから、こんなことでもなかったらずっと使い続けていただろうと思う。ただ Apple Watch の便利さに馴染んでしまった今ではもはや逆戻りはできないが、それでもやたら高い高級腕時計とは比べものにならないほどリーズナブルなものだ。

ちなみに web で「高級腕時計 なぜ高い」というキーワードで検索してみたところ、カリトケマガジンというサイトの「ブランド腕時計はなぜ高いのか」という記事がヒットした。「カリトケ」というぐらいだからまさに腕時計シェア屋さんのページのようで、次のようにある。

高級腕時計が高価である理由には、時計そのものの素材やムーブメント、そして消費者側が判断するブランド力やトレンドといった複数の要因があるのです。高級腕時計は確かに価格が高いのですが、それゆえに資産価値があり、長く使用することができるというメリットもあります。

ふぅむ、世の中には腕時計ごときに資産価値なんかを求める人が少なくないのだね。ただ、借りちゃうというのは資産価値に関係ないから、要するに「単なる見栄」としか思われない。

それにしてもこの業界の社名って「トケマッチ」とか「カリトケ」とか、あんまり上品じゃないネーミングが多いようだ。ほかにも「ウォッチレント」とか「レントケ」とか、直截的過ぎて笑っちゃうような名前が検索された。

これだけあるってことは、借りてまで高級腕時計を身に付けたい需要って少なくないのだね。私なんかそんな面倒で鬱陶しいものは、たとえくれると言われても御免蒙りたいと思ってしまうほどなのだが。

 

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2024年3月 6日

遠き幻の芸能、「散楽」を巡る冒険

ATOK で「さんがく」と入力して変換しても「山岳」だの「産学」だの「産額」だの「算学」だのとしか変換されないのでかなりムカついてしまい、「散楽」をしっかり単語登録した。「数学」ならぬ「算学」なんて言葉の方がずっとマイナーだと思うけどなあ。

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JAPAAAN のサイトに "雑技団?演舞?大河『光る君へ』で頻繁に登場する「散楽(さんがく)」いったい何なのか知っていますか?" という記事がある。へえ、今どきは大河ドラマに「散楽」が登場するのだね。たださすがに NHK だけあって、散楽師が上半身裸で登場するわけにはいかないようだ。

ちょっとググってみたところ、芸能考証担当の友吉鶴心氏による解説コラムが見つかった(参照)。この解説記事、かなりわかりやすいのでオススメしておく。

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ちなみに「散楽」は高校の日本史の教科書に載っていたように思って検索してみたところ、最近は音楽の教科書の方に移っているらしい。教育芸術社の「平成29年度 高等学校用教科書 音楽」の P76 に「伝統音楽の流れ」として「散楽」という言葉が登場している。

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(クリックすると、別画面で拡大表示される)

この図は全体的な流れを表すものとしては、「浄瑠璃」とか「長唄」の系譜が無視されている点を除けばかなりよくできているが、「散楽」そのものに関しては言葉がちょこっと登場するだけだから、授業を受ける生徒たちはチンプンカンプンだろう。

私は「演劇学」なんていう変わった学問を専攻して「文学修士」なんて役にも立たない学位を得ているので、「散楽」というのは言葉だけは馴染んでいる。「言葉だけ」というのは、「実際の散楽」なんて見たこともないからだ。つまり、今となっては幻の芸能なのである。

内容的には物真似、軽業、曲芸、奇術、幻術、人形まわし、踊りなど、広範囲の芸を含んでいて、それらの総称として「散楽」と言われていたもののようだ。それだけにそれぞれの芸が特化発展した結果として、総称としての「散楽」というのは消滅したと考えていいのだろう。

ちなみに「散楽」から続く「猿楽」というのは「能楽」に発展する元になった芸能で、この「猿楽」の時代に観阿弥・世阿弥という天才が出現して、今の「能・狂言」のうちの「能楽」につながった。今の能では宙返りみたいな軽業的要素はすっかりなくなっているが、どのあたりで消えてしまったんだろう。

ただ、世の中というのはなかなか大したものである。「散楽」という芸能を現代風に復活させている人たちがいるというのだからおもしろい。ずいぶんスマートな感覚になってはいるが、「散楽」の精神はしっかりと受け継いでいるように思われて、なかなか素敵じゃないか。

 

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2024年3月 5日

香港は、わざわざ訪れるところじゃなくなった

香港政府観光局が ”HELLO Hong Kong” なる観光キャンペーンをしているらしい(参照)。「初めて訪れても何度訪れても、香港はあたらしい」なんていうキャッチフレーズだが、今となっては「う〜む、白々しい」と思うばかりだ。

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これについて Jizi_t さんが、「精神的に物理的に苦しみ抱えた日々を送る人の多い場所で寛ぎ楽しむってのはちょっと無理」と tweet しておられる(参照)。私は ”香港は「とっとと逃げ出さなければならないところ」で、「わざわざ訪れるところ」じゃなくなりましたね” とコメントさせていただいた。

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香港が中国の一部になってからというもの、遠く離れた日本から見ていさえ心が痛むばかりである。1997年の返還に先立ち、中国は「一国二制度」を香港にも適用して 50年間は自由を守るとしていたのだが、実際には 30年も経たないうちに香港の自由はめちゃめちゃじゃないか(参照)。

私は香港には 1980年代、90年代に何度も行っている。すべてビジネスでの出張で呑気な観光なんかじゃないから、現地の人たちともかなり濃厚に触れ合ってきた。そんなわけで、私は香港にエールを送る記事を何度か書いている。

香港の自由を守る運動に心の底から共感 (2014年 11月 25日)
死ぬなよ、香港!(2019年 11月 24日)
死に体を乗り越えろ、香港!(2020年 7月3日)

このあたりまでは、ある程度の期待をもってエールを送る記事になっていると言えるのだが、その後ははっきり言ってあきらめてしまった。「香港人、逃げろ!」というトーンに変わってしまっているのである。

香港人、逃げろ!(2021年 8月 15日)
再び、「香港人、逃げろ!」 (2023年 12月 8日)

そんなわけで、香港は「とっとと逃げ出さなければならないところ」で、「わざわざ訪れるところ」じゃなくなったとモロに思っているわけなのだ。誰が中国当局の口車に乗って金を落としになんか行くものか。

 

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2024年3月 4日

「マルハラ問題」ってどういうことなのかが見えた

もう 70歳を過ぎてしまったから、「マルハラ」なんて言葉を知ったのはごく最近のことだ。近頃の若者は語尾に句点(マル、つまり「。」のことね)を使われると、相手が怒ってるんじゃないかと思ったり、冷淡さや威圧感を感じたりすることがあるというのである。

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そんなことを言われても「なんじゃ、そりゃ?」ってなもので、ほとんど実感が湧かなかった。私とて若い連中と交流がないわけじゃなく、メールのやり取りだってしょっちゅうしているが、句読点が省かれたメールなんてもらったことがない。

じじいの私に気を使って、特別に句読点を付けてくれているというわけでは決してないようで、彼らの Facebook や Twitter などの書き込みを見ても、フツーに句読点が付いている。「マルハラ」なんて言ってるのはどんな連中なんだろうと、ずっと不思議に思っていたのである。

この疑問は、朝日新聞 DIGITAL の昨日付「LINEのマルハラ、漫画が影響? 句読点研究の調査と異質な出版社」という記事を読んで、かなり氷解した気がする。要するにマルハラって、「ほとんど LINE 限定」の話のようなのだね。

冒頭に示した画像にある、部下と上司の LINE 上でのやり取りの例をちょっと拡大してみよう。

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部下のコメントの末尾に「マル」が全然ないのは、記事によると LINE の画面構成が漫画で言うところの「吹き出し」をベースにしてることによるらしい。次のようにある。

漫画では、吹き出しでの囲みが文章の区切りを意味するため、吹き出し内の文字には句読点を使わないのが一般的だ。文末には「!」「!?」や「…」を多用し、長文の時は改行を入れたり吹き出しを複数に分けたりする。これは若者の LINE 文章と共通する点が多い。

なるほど。LINE のコメントは漫画感覚なのだ。フツーのメールなら「明日の会議の資料を出しましたが、これで問題ないでしょうか?」と一繋がりになるようなテキストが、LINE だと意識的にか無意識的にか 2つの吹き出しに分けられる。「すみません、数字直しました」というのも同様だ。

こんな感じで並んでしまうと、上司のしっかりと句読点が入った吹き出しはいかにも満を持したようなご大層なものに見えてしまう。それを読む部下としては堅苦しさが先に立って、無言の圧力みたいなものを勝手に感じてしまうようなのである。

ちなみにここに示された「ありがとう。数字の部分が少しずれているから、会議までに直しておいて。」という上司の最初のコメントがもし LINE 的な添削を受けたら、こんなように短い 3つのコメントに分割されるだろう。

「サンクス!」
「数字の部分が少しズレてるね・・・」
「会議までに直しといてくれる?」

そして部下の報告を受けての最後のコメントは「了解 😀」で締める。これなら部下はかなりリラックスするかもしれない。もっとも上司としてはそんな芸当、ちょっと無理だろうが。

要するにこの問題の根源は、LINE 上ではコメントがすべてマンガチックな「吹き出し」で表示されるってことなんだろう。そんなわけで他愛もないやり取り以外には向かないのだ。私が前々から「はっきり言って、LINE は嫌いだ」(2017年 6月 20日付)と公言しているのは、このためでもある。

ここで話は急に変わるが、朝日のこの記事の見出しの後半部分「句読点研究の調査と異質な出版社」の「異質な出版社」という言い回しがかなり唐突で、まさに「異質」だ。

記事中に同じ漫画雑誌でも「少年サンデー」(小学館)だけは吹き出し中の句読点使用が多かったとあるので、そのことを指しているのかもしれないが、だからといって見出しでいきなり「異質な出版社」なんて言われたら、それこそ「冷淡さや威圧感」みたいなものを感じてしまうよね。

 

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2024年3月 3日

本来の桃の節句(旧暦)は、来月 11日なのだよね

今日は 3月 3日で世間では「桃の節句」ということになっており、ひな祭りが行われる。しかし私の生まれた山形県の庄内の ひな祭りは「月遅れ」の 4月 3日ということになっている。下の写真は 17年前の 3月末に帰郷した際、近所の蕎麦屋に飾ってあった庄内の雛人形を詠んだ『和歌ログ』のものだ(参照)。

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ちなみに日本の多くの地方では、三人官女の真ん中が座り、両端が立っているというパターンが多いが、庄内では真ん中が立っている場合が多い。「月遅れの三人官女真中には立ち雛のゐて懐かしきなり」という歌になっているのは、そうした文化的背景がある。

ところで庄内ではひな祭りをどうして月遅れで祝うのかというと、もちろん雪国で春の来るのが遅いからということもあるが、それはむしろ二次的な理由で、本来的には「桃の節句」自体が旧暦のものだからである。ずっと昔から祝われてきた行事なのだから、当然の話だ。

そもそも「桃の節句」と言っても、3月初めには桃の花なんて咲いていない。桃の開花時期は、3月下旬から 4月上旬と言われているのだから、新暦 3月 3日では早すぎるのだ。

今年の旧暦 弥生 3月 3日は、新暦でいうと 4月 11日にあたる(参照)ので、桃の花の満開の時期である。本来ならこれでちょうどいいのだが、旧暦は計算が面倒なので便宜的に「月遅れ」が慣習になっている。

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桃の節句だけでなく、日本古来の「五節句」というのは新暦ではいくらなんでも早過ぎる。

  • 1月 7日 ・・・ 人日の節句(七草の節句)
  • 3月 3日 ・・・ 上巳の節句(桃の節句)
  • 5月 5日 ・・・ 端午の節句(菖蒲の節句)
  • 7月 7日 ・・・ 七夕の節句(星まつり)
  • 9月 9日 ・・・ 重陽の節句(菊の節句)

考えてもみるがいい。大寒の 10日以上前の真冬に「春の七草」なんて、白々しいにもほどがある。さらに梅雨も明けないうちの新暦の七夕は、織姫と彦星に気の毒すぎるではないか。東北ではかの有名な仙台の七夕祭りにしても月遅れでやるから、かなりしっくりくる。

同様のことは正月でも言えて、私は個人的に、現代の年賀状の挨拶に「新春のお慶びを申し上げます」なんて書くのはいかがなものかと思っている。「大寒」(今年でいえば 1月 20日)より半月以上前なのに「新春」なんて言うのはよく考えれば、いやそれほど考えなくても白々しくも寒々しい。

年賀状に「新春」なんて言葉を使うのは、「旧正月」(旧暦 1月 1日)でやっていた頃の名残りだろう。今年の場合で言えば旧正月は 2月 10日にあたり、これなら立春を過ぎてるから立派に「新春」なのだ。

新暦の 1月 1日に届く現代の年賀の挨拶では「新春」という言葉は避けたいところだ。どうしても「新春のお喜び」と言いたいなら、旧暦の元日に届くように出せばいい。日本以外のアジア圏では正月と言えば旧正月の方が盛んでもあることだし。

というわけで、年賀状はもう仕方がないにしても、五節句は少なくとも月遅れで祝うことにしたいと私は常に思っているのだよね。東北の素朴で趣き深いひな祭りを見たいなら、今日ではなく今月末以後に訪れればいいのである。

 

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2024年3月 2日

フィギュアスケート界のキラキラネーム度がスゴい!

フィギュアスケートの全世界ジュニア選手権というのが台北で開かれているらしく、そこで 15歳の島田麻央選手が 2連覇を達成したというニュースが朝の NHK ラジオニュースで流れた(参照)。素晴らしいことである。

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ただ、ここで書きたいのは彼女の優勝とか日本のフィギュアスケート界の現状とかいう話ではない。私が驚いてしまったのは、そのニュースにゾロゾロと登場した日本選手の名前のスゴさについてである。

島田麻央選手はかの有名な浅田真央さんと同じ名前(字は違うが)ということもあってまだ馴染みがあるが、それに続いてラジオで流れてくる名前がやたらキラキラネームっぽくて、どんな字を書くのか想像すらできないのが多い。

そこでさっそくネットに当たり、日刊スポーツのサイトで「選手名鑑」を調べてみると、こんな感じだった(参照)。

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この年代の少年少女たちって、フィギュアスケート界に限らずこんな感じの名前が多いみたいな気もするし、ここに登場したのは決して極端な「キラキラ」というわけではないのかもしれない。ただそれにしても、フィギュアの世界の「キラキラ度」の高さは特筆すべきなんじゃなかろうか。

もしかしたら、生まれた子にキラキラネームを付けたがる親って、子どもにフィギュアスケートをさせたがる志向が強いのかもしれないなんて想像までしてしまった。スポーツとしてのキラキラ度が抜群に高い世界だし、あり得ないことじゃないという気がする。

この中にあると男子の「島田高志郎」なんて、スケート協会の会長さんなんじゃなかろうかと錯覚しそうである。顔写真をみればそんな錯覚は吹っ飛ぶが。

最近はキラキラネームが減ってきているらしいが、これをきっかけに妙に復活しちゃったりしたら、その子たち、将来浮いてしまうんじゃあるまいかと妙な心配までしちゃったよ。

【同日追記】

フィギュアスケート界のキラキラネーム度の高さについては、私だけが驚いているわけではなく、かなり前から言われているのだとわかった。ちょっとググってみたところ、こんなような記事まである。フィギュアスケートだけでなく、冬季オリンピックの種目ではキラキラネームがかなり多いらしい。

平昌五輪、キラキラネーム多すぎ…「哉中」「純礼」はなんて読む?

哉中」はフィギュアスケートの村元哉中選手で「かな」と読むらしく、「純礼」はショートトラックの菊池純礼選手で「すみれ」ちゃんなんだそうだ。ついでにアイスホッケーの床秦留可選手は「とこ はるか」と読むという。ここまで来ると万葉仮名じみてさえいて、キラキラ界のウルトラC だね。

さらにあの羽生結弦選手も、キラキラと捉えられているらしい(参照)。まあ、ここらあたりはギリギリの境界線という気もするが。

【3月 3日 追記】

来年施行される改正戸籍法に基づき、全国民が振り仮名の届け出を求められるんだそうだ(参照)。届けがなければ自治体が職権で戸籍に振り仮名を記すことになるのだという。これ、キラキラネーム対策だというのだが、かなり乱暴な運用になりそうで困ったものだ。

 

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2024年3月 1日

英語表示って、単なる「意味ありげな模様」なのかも

一昨日の記事で「世の中には文字を見たらつい読んでしまうという私みたいな人間も少なくない」と書いた。しかしもしかしたら少なからぬ人たちにとって、英語というのは「文字」じゃなくて単なる「意味ありげな模様」に過ぎないのかも知れないという気がしてきた。

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昨日付の えのげ に「【撃衝】あるドラマの撮影に使われるパトカーのラッピングにとんでもないミスがwww」というのがある。写真を見ると、なるほど、日本の車両によく見られる「進行方向書き」というのが、英語にまで適用されているんだった。

これでは ”POLICE" じゃなく "ECILOP" (エシロップ?)である。そしてこの tweet にはこんなようなコメントが付いている(参照)。

今日の現場、自分は気が付いてましたが、誰も何もツッコミも無いし、制作部もコイツ何様!って態度だったので、まっ!いいかと指摘しませんでした😁
あとで編集の時あれっ?てなるかも

つまり、現場ではこのミスに気付いた人がごく少なかったようなのである。なるほど、ここまで来ると英語表示というのは単なる「意味ありげな模様」でしかないという気もしてくるほどだ。何か横文字で書いてありさえすればいいみたいなのだね。

さらに現場で気付いた人があまりいなかっただけでなく、ネットにわざわざ写真入りで tweet されてるにも関わらず気付く人が少ないみたいで、こんなような見当外れでトンチンカンなコメントが信じられないほどどっさり付いている。

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いやはや、これほど「まともに読まれてない」という証拠を示されてしまうと、英語というのは本当に「文字」じゃなくて「意味ありげな模様」でしかないようだと思うほかない。ちょっとそれっぽい雰囲気が醸し出されさえすれば、それで十分なのだね。

 

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