日本における「ピースサイン」の零落
NHK News web に ”写真を撮るとき「ピースサイン」するの、なんでなん?” という記事がある。同じ疑問は私も感じているのだが、この記事の疑問の出発点とはちょっと違うようなのだ。
記事には「街の人たちに声をかけて、写真を撮らせて頂くと…声をかけた 59人のうち、47人がピースサインをしました。実に8割です」とあり、これには私も単純に「へえ!」と驚く。ただ、ピースサインしてる当人たちは、その意味を知らないみたいなのだ。
「なんでピースしたんですか?」と聞くと、「え~!パッと思いつくのがピース」、「王道」、「定番」、「写真と言えば、ピースかな」などと、頼りない返事しかない。8割がやっちゃうのにその意味を知らないというのだから、スゴさの次元が別になってしまう。
そこで NHK 大阪のスタッフは、ピースサインの元々の意味を必死になって調べ始めた。大阪市立中央図書館に行って、「写真年鑑」や「自治体の写真史」など、写真がたくさん掲載されている本を片っ端から見てもわからなかったらしい。
と、ここまで読んで、私としては「おいおい、NHK スタッフまでピースサインの意味を知らなかったのかよ!」と、「ビックリの質」がさらに低次元になってしまっったよ。
手をこまねいた彼らが司書の方に聞いたところ、もともとは第二次世界大戦中にナチスドイツへの勝利を表す「Vサイン」としてヨーロッパで広がったということがわかったという。この写真は、当時の英国首相だったウィンストン・チャーチルだね。
それが 1960年代後半から、ベトナム戦争に対する反戦運動の中で「ピースサイン」として使われるようになった。このあたりからはモロに私の出番で、「そういう話なら、俺に聞いてくれ!」ってなてなことになる。
1969年に開かれたロック・フェスティバル「ウッドストック」で、ジミ・ヘンドリックスの掲げたピースサインは、まさに「鳥肌もの」だった。下の動画の 12分 28秒あたりから、今も語り継がれる "Stars and Stripes Forever"(米国国歌)の演奏になる。
これ、米国で黒人差別が明確に残っていた時代のパフォーマンスとして、今思い出してもゾクゾクする。この時に彼の掲げたピースサインは、この演奏と不可分の意味をもち、JIMI HENDRIX AT WOODSTOCK というページには、次のようにある。
Furthermore, Hendrix holding up the peace sign to the crowd is both an emotional and powerful signal.
(さらに、ヘンドリックスが群衆に向かってピース・サインを掲げているのは、エモーショナルかつパワフルなシグナルなのだ)
そして最大のハイライトは、スライ・アンド・ファミリーストーンの ”I Wanna Take You Higher" (お前をもっとハイにしてやりたい)で、これはもう、筆舌に尽くしがたい。下の動画の 5分 15秒あたりからが、涙ちょちょ切れものだ。
ウッドストックに集まった 40万人の観衆が、スライ・ストーンのビートに乗りまくった ”I Wanna Take You Higher!" に、一斉にピースサインで ”Higher!” と応える。これが延々と続く。
ピースサインって、実はかなりヘビーなものだったのである。それが日本特有の現象として、いつの間にか写真を撮られるときのチャラチャラしたポーズに零落してしまっていたのだね。
これって 1972年頃から井上順が TVCM で流行らせたことに始まり、今に続いているということのようだ。要するに、ポーズは広まったけれどそのスピリットは元の意味をとどめないほどに薄められてしまったわけだ。「平和ボケ」という言葉はあるが、これは「ピースボケ」と言っていいかもしれない。
ちなみに映画「ウッドストック」に関しては 2004年 9月 21日付でも書いている(参照)ので、そちらもヨロシク。
【3月 23日 追記】
この記事に関連して、23日付で ”「ピースサイン」と「ウッドストック」の共通構造” という記事を書いたので、合わせてお読みいただければ幸いだ。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 諸橋近代美術館 開館 25周年記念コレクション(2024.10.22)
- 『火垂るの墓』は二重の意味で「B面ヒット」(2024.09.20)
- 米国の「日本ブーム」を音楽視点から見ると(2024.09.15)
- ダリって、かなりしっくりきてしまったよ(2024.06.04)
- 『猫じゃ猫じゃ』を巡る冒険(2024.05.16)
コメント
映画は少し遅れて 当時神戸三宮にあった名画座で見ました。 このときのジミヘンは衝撃的でしたねぇ。
ピースマークとか ニコちゃんマークとかもこの時代でしたっけ。 (恥ずかしながら ピースマークが N.D. の手旗信号なのは知りませんでした。 鳩の足跡かと、、)
フラワーチルドレンとか シャロンテート事件とか、ちょっと脱線して「サインはV」のTV放映も1969年だったようです。
時代は変わって 昨今はライダー同士の挨拶も ピースサインとは言わずに ヤエーと呼ぶのだそうで。
投稿: Sam.Y | 2024年3月21日 16:20
Sam.Y さん:
>ピースマークが N.D. の手旗信号なのは知りませんでした
何のことかと調べてみて、私も今初めて知りました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ピースマーク
最近たまに見かける ”Yaeh! ” というステッカーの意味も、今初めて知りました。あれって「ヤエー」と読むんですか。やれやれ ^^;)
https://www.jmpsa.or.jp/bikegekkan/newsrelease/e11434.html
投稿: tak | 2024年3月21日 21:39