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2024年6月20日

「当たり前」と「あたりめ」「当たり鉢」「当たり棒」

突然だが「当たり前」という言葉の語源についてである。広く支持されているのは「当然」という語からの変化という説で、江戸時代に「当然」を「当前」と書く当て字が流行ったことからきているという。

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もう一つの説は、「当然の分け前」から来たというのだが、私は当て字の「当前」説を支持する。実際に古文書には「当前」の表記が散見される。

「前」という字は、草書体だとひょろひょろっとあっという間に書ける(上画像の左側)ので、ややこしい「然」(右側)の代用にしちゃったんだろう。「當然」を「当然」にしちゃったんだから、「当前」にするぐらい何のてらいもない。

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江戸時代に庶民の間で読まれていた人情本や黄表紙みたいなものは上の画像のように変体仮名のオンパレードで、難しいことは言わないのだ。八つぁん熊さんが楽しく読めさえすればいいのである。

「当然」が「当前」という表記になってしまえば、後は「あたりまえ」と読む方が親しみやすいので、それが広まってしまう。そして国語辞典にも載ってしまう当たり前の言葉になってしまった。まさに言葉は生き物である。

次に「あたりめ」である。近頃は裂いた形で売られているものに「あたりめ」と表示されていることが多いので、するめを裂いたものがあたりめだと思っている人も少なくないようだが、結論から言えば「するめ」と「あたりめ」は同じものである。

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「するめ」の「する」の部分は「博打ですってしまう」みたいなことを連想させるので「忌み言葉」的に捉えられ、いっそ縁起のいい「当たり」に置き換えられた。それで「あたりめ」になったというわけだ。

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同様に「すり鉢」を「当たり鉢」と言い換えることもよくある。ただ「すりこぎ」の方は「当たりこぎ」とは言わずに「当たり棒」になってしまう。「当たり木(あたりぎ)」という言葉もあるようだが、あまり聞かない。

さらに最近では「当たり棒」と言えば、アイスキャンディでこれが出ればもう一本もらえるみたいなものになってしまったようだ。

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まさに言葉は生き物というほかないよね。

 

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