「正義の人」は、「美しく澄んだ目」ではいられない
king-buiscuit さんという方が「戦争中、小学校に代用教員がいて、ときどき抜身の日本刀をひっさげて歩くのを得意にしていた」と tweet しておいでだ(参照)。この代用教員は、「天皇陛下」という言葉を口にするとき、気をつけするのが一瞬でも遅れると頬を殴ったというのである。
「ところがその目は大変美しく澄んでいたものである」という。そして戦後になって見かけたときには「赤旗を押し立てたトラックの上で、大音響をはりあげて共産党の選挙演説をやっていた」とあり(参照)、「その時も、やはり彼らの眼は美しく澄んでいた」というのだから、なかなかのものである。
king-buiscuit さんは、「『正義派』たちはいつも『美しい』眼を輝かせて叫ぶ」と書かれている。「すごいなあ」と思う。人というのはそんなにもたやすく「正義派」になれてしまうのだ。しかも「美しい」眼を輝かせながら。
しかし私としては、「正義」というのはもっとずっと難しいものだと思うのである。というのは、ある人にとっての「正義」は、別の人にとって「邪悪」ということもよくあることで、普遍的な「正義」などというものは存在しないのではないかという気さえするのだ。
多数派にとっての「正義」というのはあり得るだろうが、それでも普遍的な「正義」とはなり得ない。正義を求めるのはなかなか難しいことで、その過程でどうしてもいろいろな矛盾に直面しなければならない。そうなると、美しい眼を輝かせてなんかいられない。
king-buiscuit さんの言われる「正義派」というのは、実は「常に『正義』らしいものを振りかざす人」、あるいは「いつも振りかざしやすい『正義』の側に付く人」ということなのだろう。そうすることで人は、余計なことを考えずに済む。
余計なことを考えないでいさえすれば、「美しい眼」を輝かせて生きることもできそうだ。ただ、それってかなりアブないことなのだと思うほかない。
| 固定リンク
「哲学・精神世界」カテゴリの記事
- 「図に乗る」というのも、突き詰めるのは難しい(2024.12.01)
- 義父の葬儀が終わった(2024.07.30)
- 「正義の人」は、「美しく澄んだ目」ではいられない(2024.06.15)
- 地獄の沙汰で 煩う前に 戒名さえも 金次第(2024.02.24)
- 「メンヘラ」って、ちょっと気になったのだが・・・(2024.01.06)
コメント
兵隊さんの写真ちょっと気持ちが悪いですね。なにかのドラマか 映画のシーンあたりから引っ張って来たものでしょうか。赤旗のほうは彩色した写真と思われますが、フリー素材を探せばこういうのって見つかるものなんでしょうかねぇ。(自分で彩色?)
終戦から79年ですから 終戦時10歳だったとすると御年89歳。Xを使っていて こういう素材を探し出せるなんて「爺さんはガラケー」とは程遠いひとなんでしょうね。(そういえば こんなポストもされていますね。 https://x.com/kingbiscuitSIU/status/1744344373469601975 )
まぁ king-buiscuitさんのおっしゃる「正義の人」も ぼちぼちご存命ではなくなる頃かと思いますので もう気にすることも不要ではないかなんて思います。
投稿: Sam.Y | 2024年6月28日 21:43
Sam.Y さん:
兵隊さんの写真は、『戦場のメリークリスマス』からかなと思ってたんですが、記憶違いかも知れません。いずれにしても見覚えはあるような気がしてます。
まあ、世の中には「いろいろな正義」がありますから、まだまだ「いろいろな正義の人」が出てきますよ。
都知事選に立候補している人たちの中にもいろいろな「正義の人」がいますから。
投稿: tak | 2024年6月29日 05:11
「正義が本当に正しいとは限らない」
今どき、とにかく拳を振り上げたい族の台頭で、SNSも日常も、息苦しくて仕方ありません。
批判と批評、批判と指摘、浅くでも深くでも「ご本人の考察」が伴ったご意見であれば、参考にするなりなんなり。
投稿: 乙痴庵 | 2024年6月29日 06:10
乙痴庵 さん:
>今どき、とにかく拳を振り上げたい族の台頭で、SNSも日常も、息苦しくて仕方ありません。
まったくです ^^;)
投稿: tak | 2024年6月29日 06:38