「マイジャパン症候群」というのがあると初めて知った
英語を母語としながら日本語で小説を書くグレゴリー・ケズナジャット氏が現代メディアに "日本在住の英語話者コミュニティー独特の症状「マイジャパン症候群」をご存じですか?" という記事を書いている。「日本在住の英語話者コミュニティー独特の症状」というのがおもしろい。
英語圏から日本に渡ってきて、しばらく住み続けている人と英語で話すと、多くの人はたとえば日本語の「コンビニ」を自然に「conbini」と言うのだそうだ。なるほど、オリジナルの "convenience store" が呼び起こす小汚い店とは別物なのだから、そう呼びたくなるのはわかる。
仕事関連の話でも、みんな「buchō」(部長)、「kachō」(課長)、「zangyō」(残業)なんて言い、仕事が終わると「izakaya」(居酒屋)に行って「nama」(なま?)を注文し、「tenshoku」(転職)について話し合うのだそうだ。無理矢理英語に訳したりはしないのだね。もっともな話だ。
こうした日本在住の英語話者特有の事情を物語る言葉として、「My Japan Syndrome」(マイジャパン症候群)というのがあるというのである。ちょっと引用するとこんな感じだ。
日本に来て最初の数年間、「マイジャパン症候群」という言葉をよく耳にした。海外から来た友人たちと、鴨川沿いで集まって飲んでいた時に、その飲み会を欠席した人のことが話題になる。あの人は来ないのか、と誰かが聞く。
「さあ。あいつ、最近マイジャパン症候群になってるからな。僕たちとはもう遊びたくないのかも」
「海外から来て日本に棲み着いている」という独特の存在感を「卒業」し、日本にしっかり馴染んだつもりになると「マイジャパン症候群」ということになるのかもしれない。
一方で米国に長く棲み着いて米国社会に溶け込んではいるものの、日本との繋がりを主要なメシの種にしている日本出身者を「日系人」なんて呼ぶことがあり、それを卒業すると「日系米国人」になったりする。
それに倣えば「マイジャパン症候群」の米国人はさながら「米系人」なのかもしれない。日本国籍を取得しているかいないかという違いはあるが。
要するに「俺はそんじょそこらの米国人とは違うんだよ」という自意識の現れなのかもしれないね。
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