大金払って「不老不死」を求める人がいるのだね
Gigazine の "億万長者に「不死」を売りつけようとする長寿産業が抱えている問題とは?" という記事を読んで、世の中には大金払ってまで「不老不死」を求める人がいると知り、驚いてしまった。私なんか「もう 73歳なのだから、そろそろきれいな死に方を考えなければ」なんて思い始めてるのに。
記事には「アメリカのベンチャーキャピタリストであるブライアン・ジョンソン氏は、『決して死なない』という不可能な目標を掲げて数百万ドル(約数億円)を費やし、絶え間ない医療検査を受けている」とある。スゴいなあ。私なんか先日 13日間入院した(参照)だけで、病院なんてうんざりなのに。
ことさら長生きしたがるような人って、実は病院が好きなんだろうか? そうだとしたらおもしろいパラドックスだ。
この記事はいわゆる「長寿産業」の問題点について解説しており、最大のポイントは「エビデンスよりも利益を優先している」ことだという。そりゃそうだ。長寿産業に大金を費やしたおかげでとんでもないほど長生きした人なんていないんだから、エビデンスなんか発生しようがない。
ところが人間というのは下手に大金を手にしてしまうと、エビデンスなんて無視してしまいたがるのだね。自分が「最初のエビデンス」になろうなんて思うのだろうか。
そもそも記事には「進化の仕組みは『次世代を生み出す能力』に特化したもので、『繁殖と適応を促進する遺伝子』が優先され、『無限の寿命を促進する遺伝子』は進化の影響を受けにくいのです」とある。
「繁殖と適応を促進する遺伝子」が優先されるということは、「種としての進化は世代交代によって実現される」ということだろう。生物というのは、個体として長生きしすぎると新しい環境に適応しにくくなってしまうのだ。
早く言えば、「適当なところで死んでしまわないと、肉体的にも精神的にも苦労が多くなる」ということだろう。というわけで私は不老不死なんて真っ平ご免と思っていて、これは多くの人も同様なんじゃなかろうか。
明治時代の日本人の平均寿命は 40歳ちょぼちょぼだった(参照)ことを思えば、70歳過ぎて元気なだけで十分過ぎるほどのことである。
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コメント
そういえば「健康のためなら死んでもいい」なんて皮肉がありましたね。
もっとも、スティーブ・ジョブズが亡くなられたあたりで本当に死ぬようなものを売りつけている自由診療業界の実態が知られるようになって、いろいろ洒落にならなくなったせいか最近ではあんまり言わなくなった気がしますが。
投稿: 柘榴 | 2025年10月13日 05:01
柘榴 さん:
スティーブ・ジョブズの死に関してはいろいろ言われていますが、私としては彼なりの選択なのだから「それでよかった」のだと思っています。
最も相応しい「死に時」だったんでしょう。
投稿: tak | 2025年10月13日 08:03