信州への出張と、雷電為右衛門に関して
今日は朝 8時に家を出て圏央道、関越道、上信越道を通り、信州長野に出張してきている。上田市のちょっと手前の東御市(「とうみし」と読む)と小諸市で仕事をし、やっと佐久市のホテルに入ったところだ。写真はホテルの部屋から眺めた佐久市の夜景。
昼食は東御市の道の駅「雷電くるみの里」というところで食べた。この道の駅の名称、「くるみの里」というのはしっくりくるものの、「雷電」というのがどんな言われなのかわからなかった。ところが入ってみると「雷電展示館」(入場無料)というのがあるじゃないか。
東御市というのはなんと、江戸時代の天下無双力士、雷電為右衛門の出身地なんだそうだ(参照)。ちっとも知らなかった。
小学校 2年生の頃だったと思うが、学校の図書館にあった雷電の伝記絵本を読んだ覚えがあり、そこには「雷電は強すぎたため、横綱になれず大関止まりだった」というような記述があった。これに関しては、多くの人がごく当たり前みたいに語っている(例えば この記事 とか)。
私としては幼心に、どうして強すぎると横綱になれないのかというのがさっぱりわからなかったが、絵本にはそれに関する説明が全然なかったし、その後に読んだ雷電関連の文章でも同様だった。そのため雷電に関しては、ずっとモヤモヤした感じを抱いていたのである。
そこでせっかく雷電の生誕地を訪れたのも何かの縁だからとネット検索してみたところ、思いがけなくあっさりと Diamond Online の昨年 7月 10日付 "身長 197センチ・体重 169キロの史上最強力士「雷電為右衛門」はなぜ横綱になれなかったのか?" という記事が見つかった。
そこには有力な説として次のように書かれている。
雷電を抱える雲州松平家と、相撲司家を抱える肥後細川家。その対立を考え、自ら横綱を求めなかった。
雷電という人は子どもの頃からきちんと学問を習い、なかなか優秀な人格者だったらしい。それだけに大名同士の対立を避けるため、自ら大関止まりを望んだというのが真相らしいのだ。「強すぎて云々」というのは、やはり俗説だったのだね。なるほど、これで疑問が晴れた。
というわけで、さすがに長時間の運転で疲れたので今日の所はこれにて失礼。
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