私は決して「高市嫌い」ってわけじゃないんだけど・・・
最近、高市総理関連で一連の批判的記事を書いたところ、「tak-shonai は高市嫌い」という印象をもたれてしまったようだ。政府内部でもいきなり「大っ嫌い」発言が出てきたりしている(参照)みたいだが、私は決して「高市嫌い」ってわけじゃないので、その辺のところを書いておきたい。
昨年 10月 24日付の ”「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」って、何だろう?" への basara 10 さんの「TAKさんは高市さんが嫌いなようですが・・・」というコメントに、私は「嫌い云々というより、『性に合わない』んですよね。あんまり『好き嫌い』では判断しないようにしてますんで」とレスしている。
私は「好き嫌い」というのは「感情的な問題」だと思っていて、「性に合わない」というのは「感覚的問題」と位置付けている。どちらも同じようなものじゃないかと言われそうだが、私としてはそこは分けて考えており、感情的な「好き嫌い」で物事を考えることは極力避けている。
私が決してモロに高市嫌いってわけじゃないのは、彼女が自民党総裁になる前に書いた " "両側から自民党的イヤらしさの漂う「高市潰し」劇" (23年 3月 20日付)という記事からも察してもらえると思う。私は彼女を「支持していない」のは確かだが、別に感情的に嫌っているわけでもないのだ。
それどころか、彼女が首相の座に着いた直後の昨年 10月 25日には、マスコミがこぞって「短命説」や「短命を望む記事」を垂れ流していた中で、「高市政権、案外長続きしちゃったりして」という記事まで書いている。そして現実に、長続きしそうじゃないか。それで OK だと思っている。
私は彼女の右派的志向とは一致しないと常々公言しているが、4月 4日の記事でも書いたように、彼女の首相になってからの「右派的言辞」というのは、驚くほど少なくなっている。「この人、本当に右派なの?」と言いたくなるほどで、こうなると対立的構図がぼやけてしまうほどだ。
ただ、彼女は案外不用意なもの言いをするところがあり、昨年秋の「台湾有事発言」は、私なんか逆に歓迎しちゃったりしている(参照)が、世間的には「失言」と捉えられている。この他にも「失言気味」発言が少なくないのは「高市 失言」でググってみればすぐにわかり、やはりちょっと危なっかしい。
とまあそんなこんなを含めつつ、私はいわゆる「高市嫌い」ってわけではなく、「彼女の行き方とは違う」ってことなので、その辺りよろしく。
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