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2026年5月16日

静かな京都は、私が生きてるうちに戻ってくるかなあ

奈良での仕事を無事に終え、京都で新幹線に乗って帰宅の途中である。京都で小一時間の余裕ができたので、ちょっと改札の外に出てみたのだが、ものすごい混雑で本当にイヤになってしまった。ただ、東本願寺だけは空いていたのがせめてもの救いである。

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昨年 10月 4日付で「京都の地を踏むのは、当面我慢していよう」という記事を書いた。とにかく大きな荷物をゴロゴロ転がす外国人観光客が多すぎて、まともに歩くこともできないのだから、行くのを我慢するしかないというわけだ。

ところが昨年末頃から高市発言のせいで中国人観光客が激減したため、少しは混雑が緩和されて、ホテル代も多少下がったと報じられた。それで 12月 14日付で「京都のホテル、この宿泊料なら泊まれるじゃないか」と、少し希望的なことも書いたのだった。

しかし、今日立ち寄ってみてわかった。中国人が減っても、他の国からの観光客が全然減っていないので、やっぱり混雑に変わりはない。ちょっとお茶でも飲んで休もうと思っても、どこのコーヒーショップもレジ前が長蛇の列だ。

「こりゃたまらん!」というわけで、東本願寺に直行したわけである。寺の門を一歩くぐると、外の大混雑が嘘のような静けさだ。本堂内は暑い日も射さないので、涼しく阿弥陀如来と対面させていただいた。

もとよりそれほど時間の余裕があったわけでもないので、30分ほど本堂内で座らせてもらい、そのまま京都駅にとって返して、予約していた新幹線に飛び乗ったわけである。

というわけで、京都をブラつくのはまだまだしばらく我慢していなければならないようなのだ。私が生きている間に、のんびりした京都は帰ってくるかなあ。

 

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