「かまける」という言葉の、もう一つの意味
「かまける」という言葉がある。Weblio 辞書によれば、何とまあ漢字では「感ける」なんて書くといい、「あることに気を取られて、他のことをなおざりにする」という意味で、「遊びにかまけて勉強がおろそかになる」などと用いられる。あるいは「心を引かれる、感心する、共感する」という意味もある。
ところが庄内弁の「かまける」はかなり違った意味となり、その変形で「かまけす」という言葉まである。漢字で表記すれば「かま返る/かま返す」で、発音はその訛りなのだろう。
「遊佐町野沢村辺りの方言」(遊佐町は、酒田市の隣町)というページには、「かまけす(家や会社を潰す)」「かまけした(家や会社を潰した)」とある。「かまける」は「かまけす」の自動詞的な形だから「会社や家が潰れる」という意味。つまり小原庄助さんみたいに「身上潰す」ということだ。
一昔前は怠けていたりすると、「そんだごどばりすてっど、かまけてしまうもんだぞ!」(そんなことばかりしていると、身上潰してしまうもんだぞ!)と怒られたりしたものだ。さらに「放蕩息子」のことを「かまけし野郎」なんて言ったりもしたなあ。
これ、語源的には「世事に気を取られたせいで仕事がおろそかになり、その結果、身上潰す」というようなまどろっこしいことではない。もっと単刀直入に、「メシを炊く『釜』がひっくり返って、ご飯が食えなくなる」ということなのだろう。
ちなみに「釜/メタファー」というキーワードでググると、「AI による概要」として次のように表示される。
「同じ釜のメシを食う」なんて言い方もあるし、「釜」というのは案外ヘビーな言葉なのだとわかる。いずれにしても「かまける = 釜がひっくり返る」って、ヤバいメタファーなのだね。











































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