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2026年7月に作成された投稿

2026年7月31日

「かまける」という言葉の、もう一つの意味

かまける」という言葉がある。Weblio 辞書によれば、何とまあ漢字では「感ける」なんて書くといい、「あることに気を取られて、他のことをなおざりにする」という意味で、「遊びにかまけて勉強がおろそかになる」などと用いられる。あるいは「心を引かれる、感心する、共感する」という意味もある。

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ところが庄内弁の「かまける」はかなり違った意味となり、その変形で「かまけす」という言葉まである。漢字で表記すれば「かま返る/かま返す」で、発音はその訛りなのだろう。

遊佐町野沢村辺りの方言」(遊佐町は、酒田市の隣町)というページには、「かまけす(家や会社を潰す)」「かまけした(家や会社を潰した)」とある。「かまける」は「かまけす」の自動詞的な形だから「会社や家が潰れる」という意味。つまり小原庄助さんみたいに「身上潰す」ということだ。

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(ちなみに、「かまけした」の下は気にしないこと)

一昔前は怠けていたりすると、「そんだごどばりすてっど、かまけてしまうもんだぞ!」(そんなことばかりしていると、身上潰してしまうもんだぞ!)と怒られたりしたものだ。さらに「放蕩息子」のことを「かまけし野郎」なんて言ったりもしたなあ。

これ、語源的には「世事に気を取られたせいで仕事がおろそかになり、その結果、身上潰す」というようなまどろっこしいことではない。もっと単刀直入に、「メシを炊く『釜』がひっくり返って、ご飯が食えなくなる」ということなのだろう。

ちなみに「釜/メタファー」というキーワードでググると、「AI による概要」として次のように表示される。

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「同じ釜のメシを食う」なんて言い方もあるし、「釜」というのは案外ヘビーな言葉なのだとわかる。いずれにしても「かまける = 釜がひっくり返る」って、ヤバいメタファーなのだね。

 

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2026年7月30日

熊本の地震から 2日目、関東での意外なほどの無関心

熊本の地震から 2日目となり、昨日の昼頃までの間に熊本周辺の知り合いたちとの連絡が取れて無事が確認された。熊本の北部では。電気も水道も確保されているようだ。

実を言うと私は、関東の多くの人がこの地震のニュースに無関心であることに驚いてしまっている。人と会っても、私の方から「熊本、心配ですね」などと言い出さない限りはこの話題の出ることがなく、イオンモールの衝撃的な爆発事故についても、ほとんど「知ってるという程度」でしかない。

そういえば一昨年の「能登半島地震」の時も、いくら正月早々とはいえ、関東ではあまり話題にならなかった。1月 1日の地震をきっかけに、このブログでは 一週間足らずの間に 3回も関連記事を書いているのだが(参照 1参照 2参照 3)、リアルで会う人たちは誰もこの話題に触れなかった。

15年前の東日本大震災の時には、関東も思いっきり揺れたので印象が強く、他人事とはなっていない。しかし距離的に離れてしまうと、どうしても関心が薄れてしまうようなのだ。能登半島ですら「かなり遠い印象」だったのだから、九州熊本となると「地の果て」みたいに思われているのかもしれない。

考えてみれば、私が今回の地震でかなりショック受けているのは、この 1年の間に 3度も熊本を訪れているからかもしれない(参照 1参照 2参照 3)。さらに 4年前の 2022年 1月にも行っているし(参照)。

それ以前にも何度か熊本は訪問しているのだが、ずっと空路を利用しており、九州新幹線に乗り継いでの陸路利用に切り替えたのは 4年前からだ。よく調べてみると、空路で行っても所要時間はほとんど 1時間ちょっとしか短縮されないので、だったら陸路の方が気楽とわかったのである。

陸路で行くようになってから実感しているのは、熊本の地までの移動がとてもリアルに感じられることだ。空路だと羽田を飛び立って熊本空港に降りるまでの間がほとんど「中抜き」の印象になってしまうので、旅を楽しむなら陸路の方がずっといい。

そんなわけで、1年に 3度も行ったということと、陸路での実感の相乗効果で、最近の私は熊本をとても身近に感じてしまっているのだと気付いたのである。

それだけに大きな余震はこないでもらいたいし、復興が早く進むことも念願している。

 

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2026年7月29日

英語の教科書、”This is a pen.” の教訓

大地震のあった熊本の知り合いたちとは、今朝 8時の時点でまだ連絡が取れていない。かなり混乱状態にあるようだ。イオンモール熊本の爆発事故被害者の救助も終わっていないようで心配だが、とりあえず、本来なら昨日掲載予定だった記事を。

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X(Twitter)で岩田健太郎さんという方の、某国の荷物検査でペンケースの中まで吟味され、これは何だと問われて "This is a pen." を初使用されたという tweet(参照)を読み、思わず声を出して笑った。ところが 3秒後にちょっとした違和感が生じて、「うむむ?」と唸ってしまったのである。

この違和感の正体に咄嗟には気付かず、tweet についたコメントをちらりと見ると、上の方で あおこ♪ さんという方が「この場面だと It is a pen. なんだわ」と書いておられる(参照)。ここでようやく気付き、「そうそう、そうだよねぇ〜」と、納得したのだった。我ながらちょっと遅すぎるけど。

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実際の現場では、「これは何だ」という日本語ではなく、おそらく英語で "What's this?" ってな感じで聞かれたのだろう。だとしたら当然ながら、反射的に "It's a pen." と答えるはずだ。"This is a pen." とは決して口に出ない。出るはずがない。

というわけで、「これって多分、実話じゃなくてネタなんだろうね」と思ってしまった次第である。一見なかなかよくできたネタではあるけどね。

ちなみに私の中学 1年生の時の英語の教科書("New Prince Readers" だった)に出てきた最初のセンテンスは、"This is a dish." で、皿の挿絵までついていたと記憶している。さらに(洒落じゃないよ)"What is this? / It is a dish." と続き、疑問文とその回答まで一緒に覚えさせられたのだった。

というわけで、冒頭の税関の場面で "What's this?" と聞かれたら、どうしたって  "It's a pen." だよね。こればかりは体に染み付いちゃってる。

 

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2026年7月28日

熊本でまたしても大地震

午後 4時半頃に熊本で地震との一報があり、ラジオを聞き続けると最大震度 7 の大地震だという(下の画像は、TBS テレビによる第一報)。熊本は 10年前にも同じく震度 7の大地震が複数回あったのだから大変だ。260728c

それに何しろ熊本は先月 18日から 3日間、仕事で行ったばかりだから驚きも大きい。知り合いも少なくないので心配しているのだが、下手に電話などをしてもつながりにくいだろうし、だでさえ混み合っている回線の負担がさらに増してしまうことになるから、今のところは遠慮している。

10年前の大地震の時、私自身はどうしていたんだろうと気になり、最初の地震の起きた 2016年 4月 14日付の自分のブログにアクセスしてみると、「熊本の地震に驚いた」というタイトルで書かれている。京都での仕事のために宿泊した滋賀県大津市のホテルで書いたもので、比較的短いテキストだ。

ところがこの時は、2日後にさらに大きな地震が発生したため、4月 16日付で「熊本の地震に驚いた(その 2)」としてより長い記事を書いている。この中ではやがて確実に来るであろう南海トラフ大地震にも触れているのだが、今のところはまだ発生しておらず、代わりに熊本でまた起きてしまったわけだ。

近頃、大地震が増えているような気がしていて、ここ 4〜5年は最大震度 6強以上だけでも、3度も起きている。2022年 3月 16日の「福島県沖地震」(震度 6強/参照)、2024年 1月 1日の「能登半島地震」(震度 7/参照)、昨年 12月 8日の「青森県東方沖地震」(震度 6強/参照)だ。

上述の 3回の大地震では、その度に関連記事を書いている(それぞれの「参照」先でリンク)ので、「本当に地震が多いなあ」と実感してしまっているのだ。2022年には、11月 9日に直下型の「茨城県南部地震」(最大震度 5強/参照)なんていうのまで発生しているので、まったく他人事じゃない。

今回の熊本の地震ではまたすぐに大きな地震が起きたとしても、被害が最小限にくい止められるように祈る。

【同日 21:20 追記】

この地震後にイオンモール熊本で爆発事故が起き、何人かの従業員と連絡の取れない状態になっているらしい(参照)。心配な状況だ。

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2026年7月27日

「コーヒー・ブルース」と、砂糖とミルク

NHK ラジオの「ふんわり」という番組で、六角精児さんがパーソナリティを務めた先週木曜日に京都の話題になり、その流れで今は亡き高田渡の歌う「コーヒーブルース」が流れた。あの、「三条へ行かなくっちゃ/三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へね」という歌い出しの曲である。

1970年頃から歌われているこの歌に出てくる京都、三条境町の「イノダ」というコーヒー屋は、元々知る人ぞ知る名店だったのだが、この歌以後は全国区で有名になった。京都はそもそも学生の街だから粋なコーヒー屋が多いが、イノダは今に至るまである種の別格的雰囲気がある。

で、コーヒー好きな私としても、大学時代に京都を訪ねたときに一度だけこの店でコーヒーを飲んだ。多分 1971年のことだと思うから、半世紀以上前の話である。京都には何十回も行ったが、この店にはそれから一度も足を運んでいない。

というのは、このイノダって店は出されるコーヒーに始めから砂糖とミルクが入っているのだよね。サイトには「こだわり その1」として、「創業当時よりコーヒーにはミルク、砂糖を入れてお出ししているのはイノダコーヒならでは」とある(参照)。

高田渡としては、この「こだわり」が気に入ったのだろうが、残念ながら私は砂糖の入ったコーヒーが苦手なのだ。いつもはブラックで飲んでいて、ミルクはたまに入れることもあるが、砂糖は決して入れない。そんなわけで、イノダは学生時代の「一度きり」で卒業させてもらったというわけだ。

今では仕事するデスクの右脇に東芝のコーヒーメーカー(参照)を置いて、1日 3〜4杯のブラックコーヒーを飲んでいる。スタバでも、さらに最近のお気に入りの「OB」という店でももちろん、砂糖は入れない(参照)。

で、今、その OB で、大きなカップのコーヒーを飲みながらこのブログを書いているところである。

高田渡は「俺の好きなコーヒーを少しばかり」と歌っているが、私は「少しばかり」じゃなく、たっぷり飲みたいのだよね。

 

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2026年7月26日

早いもので、またしても誕生日

早いもので、またしても誕生日が巡ってきた。これで 74歳である。あと 1年経ったら、また同じように「早いもので」と書くことになるんだろうね。

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ところで昨夜、Threads で上のような書き込みを発見してしまった(参照)。申請書類か何かの「生年月日」の項に「1.昭和、2..平成、3.令和」の順で選択肢が並んでいるのを見て、「子どもの頃でいうと明治の人間なんだな私」と感じられたようなのである。

白状すれば、私も同じようなことを感じてしまうことがある。子どもの頃、こうした書類には「明治、大正、昭和」の順で選択肢が並んでいて、明治生まれと言えば結構な年寄りのイメージだったから、今の小学校 1〜2年生の子どもから見たら、私の年齢は「じいさん」ということになってしまう。

まあ来年は 75歳で、しっかり「後期高齢者」になるんだからいいけどね。ただ、私の両親も昭和(一ケタ)生まれだし、3人の娘も昭和生まれである。家族の「三世代が全員昭和生まれ」というのだから、昭和って時代はメチャクチャ長くて、到底一括りにはできない。

世の中には「後期高齢者」という言い方が気に入らないと言ってゴネている人も少なくないが、私の父は 80歳過ぎてからは「俺は『末期高齢者』だから、気楽なものだ」と達観していた参照)。その子である私としても、そんなようなところがある。

ちなみに昭和元年生まれだと、今年の誕生日で 100歳である。さらに大正生まれの人だってまだ結構生き延びているだろうから、上の写真のような書類を見たら「自分の生年月日が書き込めない!」なんて言って怒り出すかもしれない。

そんな場合は年寄りらしく淡々と、自分で「0.大正」と書き足せばいいだろう。今どきの高齢者たるもの、かなり融通無碍なやり方を通して行けちゃうからね。

 

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2026年7月25日

つくばも暑いが、東海は 5日連続「酷暑日」だそうで

毎日のように朝から「暑い、暑い」と言っている。つくば周辺は暑くても最高気温が 35〜36℃ で済んでいるが、東海は連日 40℃ 越えを記録しており、ウェザーニュースは "「酷暑日」ついに史上初の 5日連続 今日は 6地点で 40℃以上に" と伝えている。

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昔は「40℃ 越え」なんて 1年に 1度あるかないかぐらいのものだったが、今は 5日連続で出現する時代なのだね。ちなみに私の生まれた山形県酒田市でも半世紀近く前の 1978年 8月 3日に 40.1℃ を記録しているのだが、これは台風にともなうフェーン現象によるものだった。

当時 26歳だった私はこの日、まったく別の世界にいた。実は南アルプスの 3,000メートル近い稜線で、台風をやり過ごすために停滞していてたのである。2004年 7月 21日付の "猛暑と「知らぬが仏」" という記事中で次のように回想したのは、奇しくもそれから 26年後というわけだ。。

グラスファイバー・フレームが強風でギュンギュンしなるテントの中で、ラジオのニュースが「山形県酒田市で、40.1度を記録」というのを聞いて、おったまげたのを覚えている。

これを書いたのは 22年前で、思えば長く生きてきたことになるが、生きている間に 40℃ 越えの「酷暑日」が当たり前に 5日も続くことになるなんて、夢にも思っていなかった。名古屋近辺には知り合いも多いから甚だ申し訳ない言い方だが、正直なところ東海地方に生まれなくてよかったなんて思っている。

ちなみに「酷暑日」という言葉は今年になって公募で決められたもので、これに関しては 2月 28日の「最高気温 40℃ 以上の日を何と呼ぶか?」という記事で触れている。個人的には「超猛暑日」を推していたのだが、結果的に採用されたのは「酷暑日」だったわけだ。

ただこうまで暑いと、この言葉も既に手垢が付きかけている気さえしてしまう。私としてはどうせすぐに手垢が付くのだから、敢えて当たり障りのない名称がいいと思ったのだが、こんなに早くそうなるとはね。

ググってみると案の定、東洋経済オンラインが【「乱用しすぎ」の声も…40℃ 超えの新名称《酷暑日》に抱く "白々しさ" の正体 「警戒心薄れる」以外の思わぬリスクも】なんて記事を載せている。

まあ、気持ちはわかるけど、言い出すタイミングが早すぎるような気もするなあ。ただでさえ、連日の暑さにうんざりしてるんだから。

いや、このうんざりしてる時期だからこそ、敢えて狙ったのかな?

 

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2026年7月24日

「ミドミドミソソ・・・」のメロディを巡る冒険

ずっと「あのピアノで簡単に弾ける曲、なんて題名なんだろう?」というのが心に引っかかっていたのだが、昨日、試しに「ミドミドミソソ」をキーワードにしてググってみたところ、「こいぬのマーチ」というページがズラリと表示され、あっと言うまに解決した。下の YouTube 動画はその中の一つ。

こんなのがキーワードになるんだから、便利な世の中になったものだ。クリックして再生すれば、誰でも知っている「あの曲」とわかってもらえるだろう。その上、なんとまあ歌詞までついているのだね(参照)。

ただ、昔は「こいぬのマーチ」なんて言ってなかった気がするし、さらに歌詞なんて聞いたこともないと思い、「こいぬのマーチ 歌詞 いつから」のキーワードでググってみると、"AI による概要" として次のように表示された。

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1970年以降に歌詞が付いたといえば、私はとっくに童謡を歌う年じゃなくなっていたから、知らなかったのも道理である。

ちなみに「こいぬのマーチ」でググると、多くのページでは「作曲者不詳」と表示される。しかし実は "ピアノ初級曲「子犬のマーチ」(ビー・マーチ、みつばちマーチ)の作曲者はアメリカの養蜂家" というページにあるように、C. C. Miller(1831~1920)という人の作曲のようなのだ。

これは決してガセネタというわけじゃなく、米国版の Wikipedia で検索すると、"C. C. Miller" というページに、"The Bee March" の楽譜まで掲載されている。日本ではハ長調で演奏されることが多いが、原曲は G major(ト長調)なのだね。

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(クリックでオリジナル画面に飛んで拡大表示される)

というわけで、元々のタイトルは "The Bee March" (ミツバチのマーチ)なのだね。長年の疑問があっさり解決したうえに、作曲者まで判明したのだった。道理で「こいぬのマーチ」なんて言われても全然しっくりこなかったわけだ。

それにしても「ミツバチ」(bee)を「こいぬ」(puppy)に変えてしまうなんて、いくら作曲者の死後 50年以上経っていたからとはいえ、ずいぶんテキトーかつ乱暴な話だよなあ。ミラーさんはあの世でびっくりしてるだろう。

 

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2026年7月23日

世の中、本当にいろいろなことがある

X(Twitter)に、のんてんぼさんという方の「へぇ〜!」と半ば感動してしまいそうな tweet がある。消防から「ご主人が交通事故に遭われました」という電話があったのだが、この方のご主人は 3週間前に交通事故で鎖骨を骨折したばかりなので、この電話は「詐偽だ」と直感されたというのだ(参照)。

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うっかりすると「えっ、また !?」なんて、パニックになってしまうところだが、すぐに「詐偽だ」と疑ったというのだから、なかなかちゃんとした方である。ただ、この方の素晴らしいところは、さらに「しかし万一ということもある」とまで考えた点だろう。

この tweet にはまだ先があり、次のように続く。

彼に電話をかけてみた。
救急隊の人が出て、某病院に向かっているという。

「某病院に行ったら、病院のATMに誘導されるパターンだな?」
半信半疑で病院に行った。はたして、彼(夫)は肋骨を4本骨折して寝かされていた。

ひと月の間に二度も交通事故に遭ったのだった。
まさか二度あることは三度ある、なんてことはないだろう。
やれやれ。

ちゃんと病院に行って、本当によかった。「万が一」なんてことまで考えずに放置していたら、後で夫婦の危機になってしまうところだったろう。世の中、本当にいろいろなことがあるものだが、三度目がないように祈らせていただく。

ちなみにこの方の「のんてんぼ」というハンドルネームだが、「呑気」と「あわてんぼ」という両極端な性向の合成語なんだろうか。今回の対応は呑気でもあわてんぼでもなくて、本当によかった。

それにしても暑い。天気予報によれば明日は 5〜7℃ 下がるが、それでいわゆる「平年並み」の気温なのだという。フツーはそんなに下がったら「サムサノ ナツハ オロオロオアルキ」ってなことになってしまうよね。

 

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2026年7月22日

「痛いの痛いの飛んで行け〜」という魔法の呪文

ITMedia NEWS に、ちょっとおもしろい記事を見つけてしまった。【痛いの痛いの、なぜ "飛んでいく"? 「さすると痛みが引く」仕組み、九州大が解明】というものである。

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今は昔の話になってしまうが、我が家も 3人の娘を育てたので、彼女らの子どもの頃は数え切れないほど何度も「痛いの痛いの飛んで行け〜」という魔法の呪文のお世話になった。転んだりぶつかったりして「痛いよ〜」と大泣きしていても、この呪文を唱えると不思議なほどピタリと泣き止むのである。

この記事によれば、皮膚には様々な感覚神経が張り巡らされており、その中に「触られたことを伝える触覚神経」と「痛みを伝える痛覚神経」があるという。皮膚で生じた痛みの信号は、痛覚神経を通って脊髄に入り、さらに脳へ届いて初めて痛いと感じられるのだ。

そして最新の研究の結果わかったことは、皮膚に触れると「Npy2r-Cre神経 」という触覚神経が反応し、脊髄で痛みの信号にブレーキがかかって脳へ伝わりにくくなるというのである。記事は次のように言う。

この結果は、これまで謎とされてきた痛みを抑える触覚神経が特定され、痛いところをさすると痛みが和らぐという身近な現象の仕組みの一端が明らかになったことを意味する。

しかし、これだけでは「痛いの痛いの飛んで行け〜」という魔法の呪文の効果の説明になっていない。3人の子どもを育てた親の実感としては、単に撫でるだけでは不十分なのだ。あくまでも、撫でることと呪文を唱えることの「相乗効果」によって、ピタリと泣き止むのである。

それだけに、この記事も次のように結ばれている。

一方で、触れられることによる痛みの抑制には、痛みから注意がそれることや安心感が得られることも関わるとされており、今後はそうしたメカニズムの解明も目指すとしている。

今後はとくに、心理面でのメカニズムの解明を加えての研究の深化に期待したいところだ。

 

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2026年7月21日

大人より +7℃ も暑く感じる「こども気温」

HUFFPOST 日本版の昨日付を読んで、「180cm 近い身長でよかったよ」と心からホッとしてしまった。何かと言えば、"子どもの身長での気温は大人の +7度⇨サーモグラフィーでも真っ赤に…酷暑日は 50日以上にも?熱中症予防で「子ども用日傘」にも注目" という記事である。

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サントリービバレッジ&フードによる実験では、170cm の大人と 120cm の子どもでは、感じる暑さに 7℃ もの違いが生じるのだそうで、次のように解説されている。

サーモグラフィーによる表面温度計測では、大人は首から腰のあたりまで青~黄色のグラデーションで、下半身から赤く表示されるのに対し、子どもの高さでは首から下はすべて赤く表示されていることが分かる。

つまり、大人の胸の高さでは 31℃ でも、子どもの胸の高さでは 38℃ の猛暑になる。図を見るだけで息苦しくなってしまう。大人にとっての「猛暑日」(35℃ 以上)が子どもにとっては「酷暑日」(40℃ 以上)になってしまい、それが年間 50日以上にも達するというのだ。

こうしたことが知られたため、"サントリービバレッジ&フードは、子ども特有の暑熱環境を「こども気温」と呼び、熱中症対策を呼びかける活動を3年以上にわたり続けている" というのである。私も及ばずながらこうしてブログに書いて、周知に協力したいというわけだ。

私は子どもの頃、東北の片田舎、庄内で育ったし、当時は真夏でも酒田市の最高気温が 30℃ 以上になることなんて滅多になかった。だから小学校時代の夏休みは屋外でガンガン遊びまくっていたわけだが、今の子供たちは本当に気の毒なことである。

そんなわけで、炎天下の街で遊びに夢中になってる子どもがいたら、ちょっと声をかけてやろうと思った次第である。「ちょっと日陰に入って、水飲みな」とかね。

子どもには「水飲みな」の一言って、結構効果的だ。

 

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2026年7月20日

皇室典範改正に関しての「国民の理解」とは?

朝日新聞が昨日付で "改正皇室典範「国民の理解得られぬ」60% 内閣支持率53%に下落" と報じているが、見出しの「国民の理解得られぬ」という言い回しはかなりビミョーだ。これって、回答者の多くは「理解できない」(つまり「わけわからん」)という意味で答えてしまってるんじゃないかとさえ思う。

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記事の文章は、次のようなものだ。

皇族数の確保に向けた改正皇室典範が成立したことを受け、この法改正が国民の理解を得られていると思うか聞いた。「得られている」は 24%で、「得られていない」の 60%が上回った。

「理解を得る」というのは、「正しい日本語」的には「説明することによって同意や承認を引き出す」という意味である。端的に言えば「賛成してもらう」に近い。

しかし今回の法案成立に関しては、前提としての「説明」が十分に為されたとは言い難い。世論調査の「理解を得られていない」という回答には、「そもそも内容がまともに伝わっていないので、よくわからん」というニュアンスが多分に込められているような気がするのである。

とにもかくにも、憲法で「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と位置付けられている天皇を輩出する皇室のあり方について、こんなにも拙速に決めてしまわなければならない理由が、私にはまったく理解できない。

具体論に言及すれば、例えば天皇の地位に就くことができるのは「男系男子」に限られると事実上制限していることが、「国民の理解を得られている」とは到底思われないのである。これって、「両性の平等」を定める憲法に違反しているではないか。

こんなことでは、「皇室典範は憲法違反」として訴訟を起こすことだって十分に可能だ。ただ実際にそうなったら、かなり厄介だろうなあ。右の方の人たちも大人しくしてないだろうし。

 

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2026年7月19日

梅雨も明けていないのに、この暑さは何だ

暑い! ムチャクチャ暑い! 午前中(多分 10時半過ぎだったと思う)にクルマでスーパーに買い物に行ったのだが、駐車場でドアを開けると息が詰まるほどの暑さで頭がクラクラした。梅雨明けという情報はないのに、この暑さは一体何なんだ。

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ウエザーニュースを見ると、トップニュースに「西日本や北陸、関東で猛暑日 連休最終日の明日はさらに暑い」という見出しが踊っている。添えられた画像は気温 35℃ 以上を示す「真っ赤」が一杯で、次のようにあるじゃないか。

昨日よりも日差しが増えた関東も暑くなり、東京都練馬区の最高気温は 35.0℃と猛暑日を記録。東京都心は昨日に比べて 3℃近く高い 34.0℃です。

最高気温が 35℃以上の猛暑日になった地点は 100地点に達しました。

いやはや、暑いわけだ。さらにサブ見出しには「明日は海に入りたいような暑さ」とある。いくら「海の日」でも、そんなにまでならなくていい。

ところが週間予報を見ると、連休明けの関東は曇り空が続き、気温は 30℃ 前後と落ち着いてしまう(参照)。ただ湿度が高いだろうから、かなり蒸し暑くなってしまうだろう。思いやられる。

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クリックすると別画面で拡大表示

この夏の関東の天気は、わけがわからない。梅雨はいつ明けるんだろう。

【7月 20日 追記】

本日、関東甲信、東海地方の梅雨明けが発表された。この暑さではいくらなんでも、そろそろ宣言しないと辻褄が合わなくなりそうだったからね。

 

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2026年7月18日

高田馬場から早稻田まで歩いていた頃

東洋経済オンラインの "「昔は駅がなかった」「高田馬場から10分かかる」のにずっとラーメン激戦区…早稲田生と共に育った「西早稲田」の特異な歴史" という記事を読んで、学生時代が懐かしくなってしまった。ただ半世紀も前のことと気付いて、愕然としてしまったのだが。

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早稻田大学の最寄り駅は、地下鉄東西線の「早稻田駅」だが、私は当時、西武新宿線や中央線沿いに住んでいたので、山手線の高田馬場を利用することが多かった。そして地下鉄には乗らず、そのまま大学キャンパスまで 10分ちょっと歩いて往復していたものである。

今回紹介した記事ではこれを「馬場歩き」と称するというのだが、私の時代にはそんな言葉はなかったなあ。そして今はこの道が「ラーメン激戦区」になっているという。

早稻田通りは、昔は定食屋やいわゆる「町中華」が多かった。町中華の代表は「昇龍軒 」という店で、麻婆豆腐定食が絶品だった。調べてみると今は残念ながら閉店しているが、その味は「かわうち」という店に受け継がれているという(参照)。頑張ってもらいたい。

さらに忘れてはいけないのが、「喫茶店文化」だ。この通りにはオモムキのある喫茶店がいくつかあり、中でも私がいつも通っていたのは「戸塚苑」という店だ。店内はとても落ち着いた雰囲気のいわゆる「文人趣味」で、コーヒーもおいしかった。そして品のいいママがいたのだよね。

私が「戸塚苑はいい!」と言い続けたせいかクラスメイト 2人がこの店のママの大ファンになってしまい、ついにはバイトを始めてしまったほどである。ただ私自身は「戸塚苑ではあくまでも『客』でありたい」と言い続けて、バイトはしなかった。

ググってみると、「早稲田古本村ブログ」の「早稻田で読む・早稲田で飲む 第一回 君知るや戸塚苑 南陀楼綾繁」という記事が見つかった。ここに描写されているのは、私の通っていた頃より 17〜8年後ぐらいのことのようで、さらに閉店後の「第25回 変わっていく早稲田」には次のように書かれている。

〈戸塚苑〉の建物に新しくできたのは、ラーメン屋。しかも、いちばんキライなタイプの、いまどき流行りの「気合入ってます! スープも麺もこだわります! 作務衣着てます・バンダナ巻いてます!」系の店だ。どんな店にしようとオーナーの勝手だが、通りから店内を覗いて、なんだか〈戸塚苑〉の想い出を汚されたような気分になった。

いやはや、私としてもこれを読んで戸塚苑の想い出が汚された気がしてしまったよ。いずれにしても、今は「ラーメンの時代」になってしまったのだね。

ちなみにこのラーメン屋は、冒頭で紹介した記事中では触れられていない(地図から推定)ので、辛うじて安心した。

 

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2026年7月17日

中国人観光客は減ったが、「観光集中」は緩和されず

一昨日から今日までの 3日間、仕事で奈良に滞在したが、さすがに外国人観光客が多い。さらに先ほど帰路の途中で新幹線に乗り換えた京都駅となると、半分以上が大きな荷物をゴロゴロ転がして行く外国人という感じで、乗り込んだ新幹線も外国人だらけである。

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ところで、IT Media ビジネスというサイトに【「中国人観光客が原因」は誤解だった? 京都を苦しめる "観光集中" の正体】という記事がある。コロナ前まではネット界隈で「中国人観光客のマナーの悪さ」を責め立てる論調が目立っていたのだが、どうやらそれはお門違いだったのではないかという話だ。

中国人観光客だけは団体客を中心に、確かに目に見えて減っている。ところが外国人観光客の数自体はそれほど減っておらず、むしろ円安効果で増え続けている感もあるもあるのだ。

そう言われてみれば、私も昨年 11月 16日に「中国の日本への渡航自粛呼びかけ、私なんか歓迎だが」という記事で。「日本の観光地や新幹線車内、ホテルなどで、中国人観光客が減って静かになってくれるならかなりありがたい」と書いている。これって、勇み足だったのか?

しかし私としては、まんざらお門違いというわけでもなかったと思っている。というのは、そのおかげで中国人団体客の「傍若無人の大声会話」が確実に減っていると実感しているからだ。今、東京行きの「のぞみ」に乗っているが、うるさい中国語は聞こえない。

私が「中国人観光客増加」で迷惑に思っていた要素の半分以上は、あの「賑やかすぎる会話」だから、それが減ったことだけでもかなりありがたい。言い換えれば、「大声会話」さえ控えてくれれば、中国人観光客が増えても構わないと思っているぐらいなのだ。

ただ正直言って、外国人観光客の総体としてはこれ以上増えないでもらいたいと思う。とにかく都内や京都などのホテル料金がやたら高くなっているし、主要駅の通路も混雑し過ぎと感じているからだ。

もう少しだけでいいから、日本円が強くなってくれればいいと思う。そうすれば外国人観光客が自然に減り、日本人が自分の国の中を旅行しやすくなるはずだ。とにかくもう一度、落ち着いた京都の街を歩きたいものではないか。

というわけなのだが、実は今乗っている新幹線のぞみの 2列前に座っている一家の大阪弁会話がやたら賑やかすぎる。こういうのって、バブル期の日本人が欧米で(今の日本における中国人のように)敬遠されていた大きな理由の一つなのだが、まだこうして残っていたのだね。

「やれやれ」と溜息をついている。難儀なこっちゃ。

 

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2026年7月16日

クマ被害を防ぐための放任果樹対策という話

Think and GrowRicci というサイトに「クマ被害を防ぐ管理と対策ガイド。"匂い" や放任果樹に要注意!」というページがある。クマは嗅覚が非常に鋭いため、木の枝に実ったまま放置された果実や廃棄農作物、生ごみなどの "誘引物" の匂いによって、人里に引き寄せられることが少なくないというのである。

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これ、山里に入ると既にかなり問題とされている。老人の一人暮らしや、既に空き屋になっている家が少なくないので、庭や畑の柿の木などに、実がなりっぱなしということが多いのである。

私の住んでいる茨城県では少なくとも北部の福島県境付近以外ではクマは確認されていないので問題はないが、クマの棲んでいる地域では、クマが一度これを喰ってしまうと味をしめてしまう。そして何度も出没するようになるというのである。

このため、管理できなくなった柿の木などは切り倒してしまうように要請の出ている地域も少なくない。当然のことだろう。

日本の少子高齢化は地方に行くほど目立つので、これがクマの人里への出没とも関連しているというのだ。総合的な対策の求められるところである。

ちなみに私が今訪れている奈良県でも、南部の吉野地方でクマの出没が問題になっているらしい。

 

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2026年7月15日

奈良公園の鹿と、山下清のエピソード

出張で奈良に向かっており。せっかくだから奈良公園の鹿にも会って、鹿せんべいを食べさせたいと思っている。私はどういうわけか、昔からあの鹿たちが大好きで、鹿の方でもそれを知ってか、下の写真(今年 5月に撮ったもの)のように懐いてきたりする。

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夕べ、旅支度をしながら妻に「また奈良の鹿に会えるのが楽しみ」と言うと、「あなたって本当に鹿が好きね。山下清みたい」と言う。どういうことかと聞くと、「だいぶ前に富士真奈美がラジオに出て、山下清も鹿が大好きだったって言ってたの」という話になった。

「へぇ、そりゃ嬉しい話だね」と言うと、「でも山下清は鹿が好きすぎて、背中に乗ろうとしちゃったらしいから、真似しちゃダメよ」なんて言い出す。いやはや、自分の夫はそこまでやりかねない男だとでも思ってるんだろうか。

で、本当にそんなことがあったのかとググってみたところ、「週刊女性 PRIME」2021年 5月 12日付の "昭和の有名画家・山下清の秘話「目を盗んで鹿に乗って……」" という記事が見つかった。富士真奈美自身の語った貴重なエピソードとして、こんなふうな話になっている。

山下さんとは 2年間、いろいろな場所にロケでご一緒した。時には、山下さんと自衛隊を訪問して、一緒に戦車に乗ったり。奈良に行ったときは、マネージャーである弟さんが、「鹿に乗っちゃいけないよ」と注意したにもかかわらず、目を盗んで鹿に乗って、転倒したり。

というわけで、まさに本当の話だったのだね。ラジオに出たときには、ストレートに「鹿の背から落っこちちゃった」と言ってたらしい。

これを知ってマジで鹿にまたがってみたくなってしまったが、私は体重が 75kg 以上ある。ここはやっぱり鹿に気の毒だから諦めるしかなさそうだ。

【同日 18:25 追記】

本日、めでたく奈良公園に行って、鹿たちに会ってきた。そして鹿せんべいをやろうとしたらドッと大群に取り囲まれて、あっという間に平らげられてしまった。

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というわけで、今日の鹿たちはお辞儀(参照)もへったくれもなかったなあ。いやはや。

 

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2026年7月14日

「心太」という名前の子がいるということだが・・・

Vatanabeus さんという方が "知人のお子さんに「心太」と書いて「ここた」という男の子がいる。まだ世間一般における心太の読み方をご両親に伝えていない" と tweet している(参照)。富士とまと@なろう系小説家・漫画原作さんという方の「土竜」に関する tweet への関連だ。

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話の順序として、まず「土竜(もぐら)」から。これだけでも十分に意表を突いているが、さらに「地竜」と書いて「みみず」なんだという。そのうえコメントでは、「海星 = ひとで」、「海月 = くらげ」なんてレアな書き方まで出てくる。

「クラゲ」は「水母」と書く方がまだ知られているが、それでも「はて?」と思ってしまう。オモムキはあるが、時として「凝り過ぎ感」の方が勝ってしまう。

昔々のもの好きたちがほとんど洒落みたいに使い始めたのが広まってしまい、思いのほかというまでに後世まで残ってしまったんだろう。ある意味、「危険な遊び」だったのかもしれない。

そして「心太」だが、私は今を去ること 17年以上も前に "「心太」を巡る冒険" という記事を書いている。

「心太」の読み方は、世の中では「ところてん」ということになっており、それしかないと思われがちだが、実は「こころぶと」という言葉の方が古くからあるらしい、そんなわけで次のように書いたのだった。

和名抄以前のいにしえ(つまり、平安中期以前)から、ところてんの原料であるテングサを「こころぶと」と称し、「こころぶと = テングサ」を原料として作った食べ物をも「こころぶと」と称するのである。

ちなみに「ところてん」だけでなく「寒天」とか「赤てん」なんて食べ物もあるから、「てん」というのはこうした練り物の総称なのかも知れない。私の生まれた庄内では、ところてんのことを単に「てん」と言っていたし。

もしかしたら、「こころぶと」という海藻で作った「てん」を「こころぶとてん」と言っていたのが、ちょっと縮んだ上にビミョーに発音変化して「ところてん」になったのかもしれない。さらに「てん」を作る海藻だから「テングサ」となったということも考えられる。 

ところで、人名として「心太」と書いて「ここた」となると、ちょっと舌噛んじゃいそうだなあ。「しんた」ならまだ言いやすいが。

そう言えば子どもの頃、近所に「公子」(だったかなあ?)みたいに書いて「こうこ」と読む名前の女の子がいて、周囲に「ここたん」と呼ばれていた。確かに「ここたん」なら「ここた」より言いやすい。音韻というのはかなりビミョーなところがある。

 

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2026年7月13日

急遽、白いポロシャツを買ってこよう

炎天下を歩くと暑くてたまらない季節になったが、ウェザーニュースのサイトに「たった 5分で表面温度 20℃以上の差!? 夏の炎天下で熱をもちにくい服の色 熱中症対策」という記事がある。着る服の色によって、表面温度に大変な違いが生じるというのだ。

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目に見える色というのは、太陽光のどの波長の光線を多く反射するかによって決まる。植物の葉が緑に見えるのは、緑の光に対応した波長帯の放射エネルギーが多く反射されるからというのは、今どきは子どもでも知っている科学的知見である。

ちなみにこの記事では、「白い物体の表面ではほとんどすべての光に対応した波長帯が反射され、黒い物体では波長帯の多くが吸収されてしまいます」と説明されている。

実際に記事に登場する写真を見ても、黒や紺の服は多くの熱を吸収することがわかる。たった 5分で表面温度に 20℃ 以上の差が出るというのは、ちょっとしたことだ。

というわけで、暑い夏は白っぽい服を着ればよく、寒い冬は逆に黒っぽい服を着ればいいということになる。多くの人が経験則で知っている話だが、こうして改めて指摘されると、単なる「気のせい」ではないと確認できる。

ところが私の場合、自分のワードローブを見ると黒系が圧倒的に多い。夏用の半袖ポロシャツでも黒と濃紺ばかりである。

実は明後日の水曜日から奈良に出張する。奈良は梅雨も明けていることだし、さぞかし暑いだろう。今回の記事は読まなければ大して気にしないで済むのだろうが、幸か不幸か読んでしまったために、そんなところを黒いポロシャツで歩くのはかなりヤバいんじゃないかという気がしてきてしまった。

こうなったら、明日はさっそくユニクロに行って白いポロシャツを買ってこよう。命あっての物種である。

【7月 14日 追記】

本日しっかりと、真っ白なポロシャツを買ってきた。ユニコロで 2,990円の品物が 1,980円に値引きされていたので、ハッピーである。

それにしても、暑い! 明日の奈良はどんなに暑いだろう。

 

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2026年7月12日

「非通知設定」での受信を巡る冒険

近頃、スマホに「非通知設定」という受信がよくある。あまり頻繁なので試しにググってみたところ「非通知設定とは? 電話をかける方法やかかってくる理由、対処法などを紹介」というページが検索された。

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このページによれば、非通知設定はというのは「電話をする相手に自分の電話番号を知らせずに発信する方法のこと」とある。私の iPhone は「非通知設定」での受信があるとこんな表示になる。

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しかし私は発信者が不明な場合は着信音が鳴らない設定にしてあるので、大抵の場合は気付かないうちに自然に切れてしまう。後で「着信履歴」を見て、「ありゃ、変なのがかかって来てたんだなあ」と確認されるだけなのだが、最近これがやたら増えているのだ。

上述のページによれば、非通知設定で発信するのは次のような場合だという。

  • プライバシー保護のため
  • 営業・勧誘のため
  • いたずら電話で番号を知られたくないため
  • 犯罪行為の可能性

最初の「プライバシー保護のため」というのは、「個人情報の流出を避けたい」ということのようだが、そもそも知り合い同士の場合にはそんな配慮は要らないのだから、少なくとも「アヤシい奴からの電話」に違いない。残りの 3つは「アヤシい」以上で、モロに「ヤバい電話」である。

というわけで「非通知設定」でかかってくる電話なんて、おしなべて出ない方がいい。上述のサイトには「事前に非通知設定を着信拒否する設定にしておく」ための方法が示されているから、さっそく設定してしまおう。

 

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2026年7月11日

「気動車急行」どころか「気動車特急」だってあった

一昨日に続いてまたしても鉄道ネタ。しかし今日のネタは昔の話になってしまう。東洋経済の【国鉄「気動車急行」ローカル線を盛り上げた "花形" の記憶 今では考えられない複雑なルートの長距離列車も】という南正時さんの記事に、懐かしさがこみ上げてしまったよ。

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「気動車」というのは文字通り「電車」じゃない。上の写真を見るとレールの上に電線がなく、そこを走る列車にも電気を得るためのパンダグラフがないことに気付くだろう。要するに「ディーゼル燃料」(軽油)で走る列車なのだ。

「国鉄」と言った時代には今はなき「急行列車」が多く走っていて、その多くが「電車」ではなく「気動車」だったのである。私たちはフツー「ディーゼル急行」と称していたのだが。

さらにそれどころじゃなく、「ディゼーゼル特急」だって存在していた。私の故郷、庄内から東京に出るには、「特急いなほ」に乗っていたのだが、これ、私がワセダに入った 1971年当時はディーゼル・エンジンで走っていたのである。何しろあの頃、羽越線は電化されていなかったのだ。

そんなわけで、当時の庄内には「電車」という言葉はなかった。おしなべて「汽車」と言っていたものである。都会で生まれた人の多くは、かなりの年齢でも「汽車」という言葉を使ったことなんてないだろう。(「夜汽車」とかは別として)

「特急いなほ」は当時、始発が秋田で、羽越線を南下して新潟県の長岡で上越線に移り、そのまま上野まで行っていた。朝のうちに家を出て酒田駅で午前 10時前のいなほに乗り、狭い座席で延々と我慢していると夕方頃に上野に着くのである。

当時、上越線は電化されていたが「いなほ」はその恩恵にはあずからず、上野までずっとディーゼルエンジンで走り続けていた。羽越線が電化されたのは翌年の 1972年で、おかげで酒田〜上野間は 6時間ぐらいに短縮された。

しかし貧乏学生だった私は帰郷するのにいつも夜行急行の「鳥海」ってやつを使っていて、自由席はいつも一杯だったので、所要時間の 9時間、ずっと木の板で張られた床に座り込んで寝ていたものだ。あの頃って、まだ「戦後」という雰囲気がモロに残っていたのだね。

今の「特急いなほ」は新潟止まりで、そこで上越新幹線の「とき」に乗り換えて東京に向かう。所要時間は 4時間 10分ほどに短縮されたわけだが、昔の 6時間に比べて画期的なまでに速くなったという気はしない。新幹線に乗り換えてまで実現された時間短縮としては、少し物足りないじゃないか。

ちなみに、私が今住んでいるつくばの地は、常磐線の取手駅から「常総線」というローカルな私鉄が出ていて、なんとこれが電化されていないため、のどかにもディーゼル・エンジンでゴロゴロ走っている。私ってば、どこまで行っても田舎に縁があるのだね。

 

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2026年7月10日

加熱式たばこの規制強化が見送られたそうだ

FNN プライムオンラインによれば、厚生労働省が加熱式たばこの規制強化を見送る方針なのだそうだ(参照)。「へぇ」ってなもんである。そればかりでなくバーやスナックなどでは、自治体に届けを出せばこれまで通りフツーのタバコも店内で吸えるらしい(参照)。

この問題では(あるいは、この問題に限らず)政府やお役所って、世界の潮流に反してるよね。ああいうところって、よほどタバコの止められないオッサンが多いのだろうか。

ただ、はっきり言ってしまえば、今回の規制強化見送りは個人的にはほとんど影響がない。というのは、私の周囲には喫煙者なんてほとんどいないからだ。

まったくいないというわけではないが、私の交際範囲は「嫌煙ムード」が満ち満ちているから、「私、少しは吸います」みたいな喫煙者も堂々と吸おうという気にはなれないようなのである。

実は私、タバコの問題にはかなりウトいので、「加熱式たばこ」と「電子たばこ」の区別がついていなかった。今回のニュースを読んで調べてみて、初めて違いがわかったほどである。

そして「そう言われてみれば、加熱式たばこってかなり臭いよね」と思い当たった。

かなり前のことだが、目の前で加熱式たばことやらを吸い始めた知り合い(男)がいて、そのきつい臭いに驚いた憶えがある。そのため彼は周囲から総スカンとなり、「離れたところで吸って!」と追い出されてしまったのだった。

というわけで、このくらいの強い嫌煙ムードを漂わせておくことはとても重要だと思うのである。なにしろ政府やお役所はちっとも頼りにならないからね。

【同日 追記】

そういえば私がバーやスナックなどにとんとご無沙汰なのは、タバコの煙と臭いの漂うところに足を踏み入れたくないからなんだと気付いた。

ちなみに「電子タバコ」については、実際に吸ってる人を見たことがないので、臭いのかどうか知らない。

 

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2026年7月 9日

”JAPAN RAIL PASS” なんて切符、初めて知った

Togetter の書き込みで、”JAPAN RAIL PASS” なんて切符があると初めて知った。JR 全線が 2週間 8万円で乗り放題というもので、「これなら、あちこちの出張を 2週間のスケジュールにギュッと詰め込んだらかなりのお得じゃん!」と思ったが、どうやら外国人専用で日本人には売らないらしい(参照)。

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価格は有効期間が 7日間、14日間、21日間でそれぞれ 5万円、8万円、10万円(グリーン車用は、もうちょっと高い)となっており(参照)、上の写真の落とし物は 7月 6日から 19日までの 14日有効で、値段が 8万円というわけだ。この値段なら、結構余裕をもってあちこち行けるだろう。

ただ、この切符では新幹線指定席にも乗車できるが、東海道、山陽新幹線の「のぞみ」と「みずほ」に乗るには追加の切符が必要というのが面倒くさい。東京〜京都・新大阪 間の乗車の場合、追加料金は 4,960円(参照)だから、往復したらほぼ 1万円上乗せになってしまう。

さらに東京から博多まで行くとすると、新大阪〜博多 間の 4,960円がさらに追加となり、往復で 2万円近い上乗せとなる。これだとよく考えれば、東京から大阪と博多まで行くのに購入したらとくにお得ってわけじゃない。

北海道から九州まで、あちこち行きまくって楽しむならいいが、せいぜい 3か所ぐらいに滞在してのんびり過ごすということだと、割高になってしまうケースも多いだろう。

山手線なんかに乗り降りする度に切符を買わずに済むというのがメリットと言えば言えそうだが。それなら SUICA でもイケる。そしてせっかくこの切符を買っても、こんな感じで落として紛失してしまったらエラいことで、リスクもある。

というわけで、ちょっとビミョーかつ大雑把な切符と言えそうだ。

 

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2026年7月 8日

そりゃ「美しい妹」なんて言わんわな、フツー

インドを訪問中の高市総理にインドのモディ首相が「美しい妹」と言ったとか言わなかったとかの問題は、結局のところ通訳の誤訳の産物とわかったと報じられている(参照)。そりゃ「美しい妹」なんて、言わんわな、フツー。

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ところでこの「誤訳」については「同時通訳のミス」と報じらており、上述のテレ朝ニュースもこんなようになっている。

これについて木原長官は、モディ首相は実際には「閣下、私の妹である高市総理」と呼び掛けていたと説明し、高市総理の発言は日本政府が契約した同時通訳が「美しい妹」と訳したことを受けたものだと明らかにしました。

官邸幹部はヒンディー語から英語、さらに日本語へと二段階で訳したことがミスの原因ではないかとの見方を示しています。

私は当初、モディ首相はインドの知識階級のほとんどがそうであるように、英語で話したものとばかり思っていたのだが、どうやらそうではなかったようなのだ。彼は英語が十分に堪能なのだが、公式な場面ではヒンディ語で話す人であるらしい。

というわけで、この二人の会談はモディ首相がヒンディ語で話し、高市総理が日本語で話すという形で行われたので、その間の通訳はヒンディ語〜英語〜日本語という二段階を経ていたことになる。結構鬱陶しい会談だったわけだ。

ちなみに二段階の通訳を「同時」に行うなんてちょっとした離れ業で、少なくとも「時間差通訳」ってことになると思うがなあ。まあいずれにしても、高市氏が英語をフツーに理解できていれば、誤解は防ぐことができただろう。

モディ首相が「私の妹」という意味のヒンディー語で呼びかけたのは会談の冒頭のことらしい。英語に訳された時点で "my sister"(私の妹)となるから、初っぱなでこれがちゃんと聞こえてさえいれば、"beautiful sister"(美しい妹)なんて言ってないと理解できたはずだ。

しかし残念ながら、彼女は自身のプロフィールに、松下政経塾を出た後に「米国連邦議会 Congressional Fellow(金融・ビジネス)」を体験したと書いている(参照)割には、英語がお下手なのだね。それは先日のトランプとの会談の様子を見てもバレバレだ。

というわけで、彼女はこんな単純な言葉の誤訳をモロに信じて内心舞い上がってしまったようなのである。

ただそうだったとしても、終わった後の会見の席にまでそれを持ち出して「先ほど、私のことを『美しい妹』と呼んで下さいました」なんて言うのは、ちょっと無邪気すぎるよね。こういうのって、フツーは謹むと思うがなあ。

もしかしてちょっとしたサービスのつもりで「多少盛った訳」をしたのかもしれない通訳としても、これには少なからずアセったことだろう。

 

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2026年7月 7日

私としたことが、「夏風邪」なんてひいていたようだ

今月早々の福島出張はハードスケジュールだった上に、途中で大雨だったこともあり(参照)、かなり疲れてしまったような気がしていた。普段より睡眠をたっぷり取って回復に努めたのだが、これってどうやら単なる疲労ではなく、私としたことが「夏風邪」なんてひいていたようなのである。

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昨日の夕刻にググってみると、「世田谷内科・糖尿病総合クリニック」という長い名前の病院のサイトに「夏風邪とは? 普通の風邪と違う? その症状や原因、治し方について解説」というページがあり、冬の風邪との違いが次のように説明されている。

いちばん分かりやすい違いは、夏風邪は鼻水よりも、のどの痛みや消化器症状が前面に出るという点です。冬の風邪が "鼻からくる" イメージなのに対し、夏風邪は "のどと胃腸にくる" と捉えると整理しやすいでしょう。

さらにこれに続き、「全身の倦怠感、食欲不振」なんて記述もある。

うぅむ、私の場合も喉のいがらっぽい状態が続いて、時々咳が止まらなくなり、胃が重苦しくて食欲がなかった。それに何と言っても「ぐったり感」が続いていたのである。

というわけで、ほとんど治りかけてから「どうやら夏風邪だったらしい」とわかっても遅いと言えば完全に遅いのだが、なにしろ病気には興味がないので、私の場合は大抵こんなもんである。昨年 9月の入院騒ぎの時にしても、前日まで完全にのほほんとしていたからね(参照)。

お陰様で今日になってかなり楽になり、もう心配はないと思うので、今後ともなにぶんよろしく。

ところで今日のテーマとはあまり関係のない話だが、このクリニックのページに登場してる女医さん、美人過ぎる気がしてしまうなあ。多分モデルさんなんだろうけど、もし本物だったらオッサンの患者でドエラく繁盛してしまいそうだ。(ところでこの場合、「繁盛」という言葉でいいんだろうか?)

 

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2026年7月 6日

「廿」 や「卅」の読めない人がフツーに出てきてる

Threads で makiko.k_bmemo さんという方が「分かる人がいたら教えてー!」と助けを求めておいでだ(参照)。Google AI の Gemini には、「昭和卅五年」が「昭和 5年」としか読めなかったようなのである。

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うぅむ、時代もついにここまで来たかと思ってしまったよ。私の世代の人間なら、ごくフツーに「昭和 35年」と読めるのだが、こうした分野では AI って頼りにならないのだね。

「廿」 や「卅」という表記に関しては、昔、手書きの書類が当たり前だった時代に、「二十」「三十」という表記だと容易に「五十」みたいに書き換えられる可能性があるので、こんなような書き方をしたのだと教えられた。元原稿がデジタルで残る今では、あまり必要のないことなのかもしれない。

ただ、私がそれより気になったのは、その左側の草書体文字だ(拡大表示は こちら)。「〇本山」の一番上の文字には手こずる人が多いだろう。これ、種明かしをすれば「総」いう文字で、続けて「総本山」と読む。

そしてその下はさらに厄介だ。下手すると「お忍院」(もっと下手すると「お魚院」)なんて読みたくなるかもしれないが、そんな名の総本山はどこにもない(多分)。これは「知恩院」という文字(キッパリ!)で、浄土宗の総本山である。

さらにその隣の「傳戒師」という言葉は初めて目にしたのだが、「浄土宗大辞典」というサイトの説明によれば、「授戒作法の儀式を司る師」なんだそうだ(参照)。申し訳ないけど、これ以上はよくわからない。

ちなみに「昭和五年」だと西暦 1930年で 95年前だから、紙の色だってもっと古びてしまうだろう。そして昭和元年生まれは、今年 100歳になる。いやはや、「昭和」ってもう「歴史」なんだなあ。

【念のため 追記】

「卅」は「州」じゃないからね。言ってしまえば「十」が 3つ並んでるカタチ。

 

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2026年7月 5日

どうしようもない社員を辞めさせる手?

X(Twitter)で、もふもふライオンさんという方の tweet が話題になっている。「新卒採用のセミナーに参加して、人事担当者や経営者と腹終わった話をする機会があったんだけど・・・」という書き出しで始まるものだ(参照)。

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この tweet は次のように続き、もふもふライオンさん自身が「血の気が引いた」とおっしゃっているのも無理もない。

新卒の給与を急激に上げて、既存の社員の給与より高給にすると、プライドだけが肥大化した既存の社員が率先して辞めていく。 仕事しないくせに、なかなか退職してくれないどうしようもない社員に辞めてもらうには良い手だと思う。

まさにひどい話で、tweet に「日経電子版」の "新卒の方が高給なら「転職検討」7割超 初任給上げ相次ぎ、逆転懸念" という記事が合わせて紹介されているのは、とても気が利いている。

案の定、この tweet にはまっとうなコメントがかなり付いていて、いくつか挙げると次のようなものだ。

そんなことしたら
仕事できて引く手あまたの人が辞めて
仕事しないのにやめない(行くとこない)社員だけ残るよね

めっちゃ残念なことに仕事ができる人が辞めるだけでそいつらは残る。
それを言った人はたぶん、仕事ができない側の人だ

ただ、次のようなコメントもある。

優秀な人は昇給してるから新卒より給料が高い
無能は昇給しないから新卒より給料が低い、なので無能だけがやめる
いいシステムかもしれない。もちろん優秀な人に新卒より高い給与を与えていると言う前提があるけど

もちろん「前提」のもとに語られている話なので、この tweet に出てきた企業が該当するかどうかはわからない。

いずれにしてもデフレが長く続いてきて世の中が急にインフレ傾向に振れているので、こうした話はまったくナンセンスと言い切るわけにもいかない。程度の差こそあれ、既存の優秀な社員と新人の給与の差がそれほどなくなるというのは、案外困った現象として問題になるだろう。

本当に優秀な社員をきちんと優遇していれば避けられることなのだが、日本の企業ってまだ「下手な横並び」的考えが根強く残っているのがいけないんだろうね。

 

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2026年7月 4日

日本の歌におけるクロスジェンダー・パフォーマンス

ちょっと古いが、朝日新聞の 2023年 3月 15日付に "女性アイドルはなぜ「僕」と歌う? 日本語が生む「ジェンダー交差」" という記事がある。有料記事だが、冒頭部分を読んで女性アイドルの歌は一人称が「僕」になる場合が多いと確認すればそれで OK だ。

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これに関連する話を、私は 17年半程前の「五木ひろし版 「テネシーワルツ」 のチョンボ」「テネシーワルツの CGP」という記事で 2日連続して逆の視点から論じている。

洋楽では、歌い手のジェンダーによって歌詞を変える("he" を "she" に置き換えたりする)。これはごく当然のことなのだが、五木ひろしは非常識にも、『テネシーワルツ』を女の立場(クロスジェンダー・パフォーマンス= CGP)で歌っているのだ(詳しくは、上述のリンク先を参照)。

これは何も明確に意図してのことじゃなく、おそらく英語歌詞の意味と国際的な歌の常識を理解しないまま江利チエミのバージョンで歌ったため、図らずも「女歌」になってしまったものと推測される。まったくもう、艶歌じゃあるまいしね。

一方、日本の歌、とくに艶歌やムード歌謡などでは男が女の立場で歌うという CGP が多く、カラオケなんかでも妙に切々と情感込めて歌う男がいたりする。私は LGBT にはまったく偏見がないのだが、これだけはかなり苦手で、「勘弁してくれ」と思ってしまうのだよね。

艶歌だけじゃなくニュー・ミュージックと言われる分野でも、この「苦手意識」は変わらない。私が『神田川』なんて歌が嫌いのは、やっぱりこのせいなのだよ。妙に甘ったるい声で「🎵 あなたはもう、忘れたかしら〜」なんてやられると、もうゾッとしてしまうのである。

ここで冒頭に触れた朝日新聞の記事に戻るのだが、近頃の女性アイドルの歌は「僕」という一人称で歌われる場合が多い。そしてこれが興味深いところなのだが、艶歌や『神田川』などの CGP とは、雰囲気がかなり異なるのである。

艶歌の CGP はやたらジメッとしてしまうのだが、女性アイドルが「僕」で歌うと、カラッとした感じになる。そう言えば、大昔のことだが水前寺清子の「いっぽんどっこの歌」というのも、「俺」という一人称でずいぶんカラッとしたパフォーマンスだった。

こうして見ると、日本の歌の世界では「男」と「女」のイメージというのがかなりステロタイプ化されていて、CGP になるとそれがさらに際立つというのがわかる。ちなみにこの件については、3年ちょっと前の 【”LGBT” と「クロス・ジェンダー・パフォーマンス」の差】 という記事もよろしく。

ただ同じことなら、私としてはカラッとした女性アイドルの CGP の方が、別に好きいうわけじゃないにしてもまだ抵抗がない。ジメッとした艶歌の「女歌」はどうもね。さらに言えば、それを『テネシーワルツ』でまでやらないでもらいたいものなのだよ。

 

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2026年7月 3日

音楽準備室って、音楽教師の「別荘」みたいなものだから

先月 19日の東京北区の小学校での火事、火元は音楽室の隣の準備室と伝えられていたが、音楽教師が私物の洗濯物を乾かしていたのが原因とわかったという。初めから「音楽準備室って、音楽教師が好き放題に使ってることが多いからなあ」とは思っていたが、やっぱりこんなことだったわけだね。

最近は生徒数が減っているから、学校の音楽教師も 1人だけという場合が多いのだろう。とすれば、この小学校の音楽準備室は、問題の音楽教師の専用ルーム(あるいは、無料の別荘?)みたいなものだったんじゃあるまいか。他の教師が入ってくることなんてこともほとんどないだろうし。

というわけでこのニュースが流れてからというもの、日本中の学校で少なからぬ音楽教師が、「やば! もう準備室は好きなように使えない」と思ったに違いない。こっそり私物を運び出す教師もいたんじゃなかろうか。

それにしても家庭科室の洗濯機で私服を洗濯し、運び込んだ私物の電気ストーブを使って乾燥していたというのは、いくらなんでも「やり過ぎ」なんじゃなかろうか。この学校は建て替えになるというから、ここまでの「公私混同」の代償はかなり高くつくことになるんだろう。

 

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2026年7月 2日

昨日の福島、「レベル 3 の大雨警報」だったようだ

大忙しの福島への出張からようやく帰ってきた。昨日の記事の「追記」に書いたように、ホテルに入ってしばらくしたら地震があったのだが(参照)、移動の途中で遭遇した大雨は、それどころじゃないほどヒドかった。今日になって確認したところ、「レベル 3 の大雨警報」だったらしい(参照)。

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ただ郡山市に出されたこの大雨警報の発令時刻は昨日の 18:52 ということになっていて、私が高速道路の常磐道で郡山付近を走っていたのは 18:15 頃から約 30分間ぐらいのことだ。だからこの警報は、私が通り過ぎた後に発令されということになる。

というわけで私の実体験とは多少の時間差があるものの、とにかく実際の話としてもの凄い大雨だった。「こりゃ、本当にヤバいかも・・・」なんて思うほどの大雨に遭遇したのは、70年以上生きてきて初めてである。

フロントガラスに打ち付ける雨の跳ね返りも手伝って、視界がほとんど効かない。「前が見えないほどの大雨」という例え話はなく、日が暮れていたわけでもないのに、「実際に前も横もほとんど見えない」という状態だったのである。

高速道路上ということで、歩行者も対向車もいるはずがないからと覚悟を決め、僅かに見える前のクルマの赤いテールランプを頼りにソロソロと走り続けることはできたが、スピードは 40km/h 以下だった。とにかくコワくて、それ以上は出せない。一般道だったら停車してしまう方がいいだろう。

しばらく走ってひどい雨雲から外れ、「フツーの大雨」に変わった時にはホッとした。大雨警報はそれから後になって出されたのだから、郡山周辺ではあれからまだ降り続けていたのだろう。あるいは、警報と実際とは多少ズレてしまいがちなのだろうか。

そして改めてニュースを見ると、今日の早朝にはそれを上回る大雨があったようだ。「【レベル 4 大雨危険警報】滋賀県・草津市に発表 04:36時点」とあるじゃないか。「レベル 3」であれだけひどかったのだから、「レベル 4」なんて想像を絶してしまう。

というわけで、きょうもずっと雨の中を走り続け、つくば近辺に戻るとようやく止んだ。ただ、仕事の要所要所ではちゃんと止んでいたのだから、我ながら晴れ男の効き目はスゴい。

【7月 31日 追記】

こんな大雨、「70年以上生きてきて初めて」なんて書いてしまったが、よく考えてみると、前にも一度だけあった。こういうの「雨柱」というらしい(参照)。とにかく、恐ろしかった。

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2026年7月 1日

福島県浜通りの放射線量は、まだまだ高いところがある

今日は早朝に家を出てクルマを飛ばし、仕事で福島の浜通りから中通りまであちこち廻って、夜の 8時過ぎにようやくいわき市のホテルにチェックインした。私も 70歳をとうに過ぎた身だから、さすがに疲れてしまったよ。

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というわけで、今日は前々から気になっていた福島県内の看板を紹介させていただく。それは上の写真のようなもので、とくに浜通りの国道 6号線を走り、双葉郡を通り過ぎるあたりの何カ所かで見られる。今日はたまたま間近で信号停止したので、写真に撮ることができた。

「この先 帰還困難区域につき 通行制限中です」と書かれ、下には「原子力災害地対策本部 双葉町」とある。もちろん、2011年 3月 11日に発生した東日本大震災で起きた原発事故によるものだ。あれから 15年以上経った今でも、住民が帰ることのできない地域が残されているようなのだ。

私は福島県内にも友人が少なくないが、原発事故関連では表立って公表されていない情報がかなりあるようだと言われている。これ、行政が隠しているというより、敢えて深く調査したがらないというのが近いようなのである。

なまじきちんと調査してしまうと、その結果を公表しなければならない。しかし敢えてグズグズして調査しなければ、公表しなくて済む。それでも住民の私的な測定機器(少なからぬ福島県民は、これをもっている)を使って放射線量を量ると、かなり高めの数値を示す場合が多いのだそうだ。

聞いたところでは、神社などの鎮守の森の大木がアブナいらしく、とくに杉の木は高い数値を示すので近付きたくないという。さらに言えば、軒先の排水管の水が落ちてくるポイントにある石も結構高いらしい。行政はそんなところまではなかなか調査してくれないというのだ。

というわけで、原発事故の傷跡はまだまだ消えていない。私は少なくとも地震国日本では、原発を行うべきではないと思っている。

【同日 21:13 追記】

こんな記事を書いたとたんに、東北地方に地震があった(参照)。いやはや、本当に地震はコワいよ(参照)。

【同日 21:24 追記】

地震、何度か続いてきており、ちょっと不気味。

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