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2026年7月18日

高田馬場から早稻田まで歩いていた頃

東洋経済オンラインの "「昔は駅がなかった」「高田馬場から10分かかる」のにずっとラーメン激戦区…早稲田生と共に育った「西早稲田」の特異な歴史" という記事を読んで、学生時代が懐かしくなってしまった。ただ半世紀も前のことと気付いて、愕然としてしまったのだが。

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早稻田大学の最寄り駅は、地下鉄東西線の「早稻田駅」だが、私は当時、西武新宿線や中央線沿いに住んでいたので、山手線の高田馬場を利用することが多かった。そして地下鉄には乗らず、そのまま大学キャンパスまで 10分ちょっと歩いて往復していたものである。

今回紹介した記事ではこれを「馬場歩き」と称するというのだが、私の時代にはそんな言葉はなかったなあ。そして今はこの道が「ラーメン激戦区」になっているという。

早稻田通りは、昔は定食屋やいわゆる「町中華」が多かった。町中華の代表は「昇龍軒 」という店で、麻婆豆腐定食が絶品だった。調べてみると今は残念ながら閉店しているが、その味は「かわうち」という店に受け継がれているという(参照)。頑張ってもらいたい。

さらに忘れてはいけないのが、「喫茶店文化」だ。この通りにはオモムキのある喫茶店がいくつかあり、中でも私がいつも通っていたのは「戸塚苑」という店だ。店内はとても落ち着いた雰囲気のいわゆる「文人趣味」で、コーヒーもおいしかった。そして品のいいママがいたのだよね。

私が「戸塚苑はいい!」と言い続けたせいかクラスメイト 2人がこの店のママの大ファンになってしまい、ついにはバイトを始めてしまったほどである。ただ私自身は「戸塚苑ではあくまでも『客』でありたい」と言い続けて、バイトはしなかった。

ググってみると、「早稲田古本村ブログ」の「早稻田で読む・早稲田で飲む 第一回 君知るや戸塚苑 南陀楼綾繁」という記事が見つかった。ここに描写されているのは、私の通っていた頃より 17〜8年後ぐらいのことのようで、さらに閉店後の「第25回 変わっていく早稲田」には次のように書かれている。

〈戸塚苑〉の建物に新しくできたのは、ラーメン屋。しかも、いちばんキライなタイプの、いまどき流行りの「気合入ってます! スープも麺もこだわります! 作務衣着てます・バンダナ巻いてます!」系の店だ。どんな店にしようとオーナーの勝手だが、通りから店内を覗いて、なんだか〈戸塚苑〉の想い出を汚されたような気分になった。

いやはや、私としてもこれを読んで戸塚苑の想い出が汚された気がしてしまったよ。いずれにしても、今は「ラーメンの時代」になってしまったのだね。

ちなみにこのラーメン屋は、冒頭で紹介した記事中では触れられていない(地図から推定)ので、辛うじて安心した。

 

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コメント

今年度から、なんやかんやあって、母校の大学で働いてるのですが、いやはや大学周りや、大学内の変わりようにビックリしてます。
まぁ、卒業してから30年弱経ってますし、仕方ないことなのでしょうが、ちょっと寂しさを感じえませんね。

あ、あの店が…みたいな?

でも変わらず残っていたパン屋さんがあって、ほっとしたことを思い出しました。「そうかな」ってパン屋さんで、息子娘さんの「そう君」「かなちゃん」由来のパン屋さんなんですけどね。
二人とも30歳超えてるよなぁと思ったら、時間の移り変わりは速いもんだなぁと…しみじみ感じながら仕事してます。

投稿: Senna | 2026年7月18日 21:40

Senna さん:

30年経って大きく変わっているのですから、さらに 20年プラスすれば大変なことですよね。

本当に驚きです。

先日、国分寺を通った時には、昔住んでいた辺りの道がなくなってましたから。

投稿: tak | 2026年7月19日 06:27

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