「米不足/米余り」にみられる「渋滞学」
福井テレビチャンネルが "「高市総理には愛想尽かした」コメ余りに農家が悲鳴 売値は生産原価の半分以下に…肥料代や燃料代は高騰「今年でやめる」農家も" というニュースを伝えている。昨年は「米不足」と言われたが、今年は一転して「米余り」なんだそうだ。
私は「米不足」という話は信じないことにしている。思えば東日本大震災のあった 2011年もこれで大問題になったが、私はこの年の 8月 16日に "「米不足」の風評に踊らされると、高い買い物をすることになる" という記事で、次のように書いている。
平成 5年(1993年)の米騒動を忘れないようにしよう。あの時だって「記録的な冷夏による米不足」ということで、店頭から米が消え、タイ米の輸入までしたはずだが、翌年の春(つまり、次の収穫のずっと前)には店頭にフツーに米が並んでいた。
要するに米そのものは潤沢にあったのだが、流通段階での「米隠し」によって「米不足」が演出されていただけなのだ。こうした幻想は米に限らず、オイルショック時の灯油やトイレットペーパーも似たようなものだった。
平成以後だけを見ても今回の「米不足(米隠し)」は 3度目だが、その裏側の構造はほとんど同じである。「米不足」が少しでも言われ始めると、流通の各段階で業者は競って「米隠し」に走り、隠しきれなくなるとどっと放出する。これって、流通業者の「悲しき性(さが)」としか言いようがない。
昨日の "「渋滞学」で、いろいろな分野を考察できる" という記事で、"「米不足 → 米余り」という現象についても、これで考察できる部分があると思う" と書いたが、確かに道路の渋滞と似ている。
道路では、狭い車間距離で 1台のクルマがブレーキをかけ、ブレーキランプが点灯すると、その後ろのクルマもブレーキをかける。そして連鎖反応的にその後ろも、さらにそのまた後ろも・・・ と続く。こうして流れは急に遅くなり、渋滞が発生する。
米の流通でも、少しでも「不作」と言われ出すと、まず農家に仕入れ業者が殺到して仕入れ競争をする。これが「米渋滞」の始まりだ。
米を仕入れた業者は、今度は一転して「米隠し」をする。バックヤードにどっさり隠しながら、「十分に販路に出す量がありません」などと言いつのるのだ。こうして「米渋滞」は悪化する。さらにそこから先の各段階で連鎖反応的に同様の「米隠し/売り惜しみ」が続き、「米渋滞」はどんどんひどくなる。
要するに「具体的な渋滞要因 = 米不足」なんてものはなくても、最初の段階で米が隠されるだけで、たちまち渋滞が始まるのである。そしてマスコミが「米不足で、店頭の米売り場は空っぽ」などとセンセーショナルに報道するものだから、消費者段階まで渋滞が及ぶ。
昨年から今年にかけて「米不足」が喧伝された時、少なからぬ消費者がそれに踊らされ、よりによって一番高値のタイミングで米の「買い溜め」をしてしまった。そして今、せっかく供給が安定して少しは価格が下がったというのに、まだ米びつが一杯なのである。渋滞は最後尾でまだ解消されていない。
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 東武鉄道の今回の事故対応に驚いてしまった。(2026.08.21)
- 世界は「水破産」に直面しているんだそうだ(2026.08.17)
- 靖国神社での「異様な参拝光景」に驚いた(2026.08.10)
- 「米不足/米余り」にみられる「渋滞学」(2026.08.08)
- 熊本の地震から 2日目、関東での意外なほどの無関心(2026.07.30)







コメント
ご無沙汰をいたしております。
2020年頃の、いわゆる「コロナ禍」でも同様の現象がありました。
店頭からトイレットロールやアルコールスプレー、簡易マスクが消えて、入荷があったや否や買占め同然に持っていかれる。
年老いた義理の父の買い物に付き合った際も、本当にトイレットロールが欲しいのに買えない。
どの店舗を巡っても在庫がない。
このときは当家の持分からお渡ししたので問題なかったのですが、ホントいっときの「買っとかなくちゃ!」衝動は、日本人の癖であるのかもしれません。
「うばい合えば足らぬ。わけ合えばあまる。」
よく言うたもんですねぇ。
(世相世相…)
投稿: 乙痴庵 | 2026年8月17日 23:31
乙痴庵 さん:
>「うばい合えば足らぬ。わけ合えばあまる。」
>よく言うたもんですねぇ。
「わけ合えばあまる」というのが、スゴいところですね。
投稿: tak | 2026年8月18日 11:17