20日未明の大地震が、平将門の祟りという話
当ブログでも触れた 20日未明の大地震は平将門の祟りなんじゃないかと、ネット界隈が盛り上がっているという。産経新聞まで "将門塚によじ登り動画配信、男性が謝罪 不敬避けてきた場所… 国税庁 HP も「たたりの噂」" と報じているほどだから、「荒唐無稽」と切って捨てるのも畏れ多い。
こういう話は私の得意分野なので、ちょっと触れさせていただく。何しろ平将門は、この令和の世に至るまで「日本三大怨霊」の一人(ほかの 2人は、菅原道真、崇徳院 )と伝えられる存在なのだ。
このうち菅原道真は今ではすっかり「学問の神様」として定着しているが、太宰府で不幸な死を遂げてからしばらくは怨霊として怖れられていた。そして崇徳院というお方も、大政奉還の際には、明治天皇の即位の前に必死の鎮魂が試みられたというほどである。
そして平将門に関しては、私の住む茨城県は「将門煎餅」という堅い堅い煎餅があり、まさにその本拠だったのである。そんなわけで、つくばを震源とする先日の大地震にしっかりと結びつけられたわけだ。
将門は天慶 2年(西暦 940年)に「将門の乱」を起こして「平新皇」を自称したが、藤原秀郷(俵藤太)の朝廷軍に敗れた。その首は平安京で晒し首となったが、何ヶ月も腐ることなく目をかっと見開いたままだったと伝えられる。そしてある日、その首は空高く舞い上がり、関東まで飛んできて落ちた。
その落ちたところが今の東京千代田区、「首塚」とも呼ばれる「将門塚」のある地点で、それに近い神田明神も将門の霊を祀る神社となっている。この塚にまつわる「祟り」というのは近代になってからも終わることなく続いており、Wikipedia の「将門塚」というページで詳しく知ることができる。
そして今、首塚によじ登るなんてことをした馬鹿者のために、まさに茨城県南部を震源とする「未明の大地震」が、「祟りの 1ページ」として加わってしまったというわけだ。こうした話は、1000年以上経っても廃れないのである。
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コメント
な゛ー!
そんな(?)事があったんですね。
当たり前ですが、oldメディアでは放送されてませんが。
takさんのお話をお聞きすると…まぁ納得というか、ある意味腑に落ちないでもないですね。
将門様(あえて様)関連は色々ありますし…
私の地元の関門海峡も、源平合戦で色々ありましたので、山口県側、北九州市側、双方で大切にお祀りされてます。
何しろ関門海峡で採られるカニに、平家蟹って命名されてますしね。
私は、呪いとか、祟とか、あんまり信じてはいませんが(でも神様はいるとは思ってます)、日本人として過去の偉人だけでなく、その他諸々の人々(名前も上がらない士農工商時代の平民や、エタヒミン(何故か漢字変換出来ないのがムカつきます。何でだ?陰謀?)と呼ばれた方々)の事は敬わないといけないなと思ってます。
また、人によって意見は違うと思いますが、先の大戦で正義とか悪とか別にして、その時は戦うしかなく、その結果亡くなった方々が祀られてる靖国神社(先日takさんも触れてましたが)を面白おかしくsnsとかの再生数の為にあつかってると、今回以上の災厄が訪れ兼ねないなと思いました。
あ、決して大日本帝国が行った事を正しいとは思ってませんからね。
今、私は【地球】がおかしいと思ってます。この数年日本各地で災厄が起こってますよね。そんな時こそ自分勝手な甘えですが、過去の方々、先祖の方々に「助けて!」って救いを求めたいなぁと言うか救ってくれ!と思わずには得られません。
長文、申し訳ございません。
投稿: Senna | 2026年8月25日 21:52
Senna さん:
平将門関連は、いわゆる源平合戦のだいぶ前のことですが、まあ、この頃から「武士の台頭」が始まったんでしょうね。
それからの「気分」といったものが、先の大戦まで続いていたのでしょうし、今でも「体育会系」に残っているような気がします。。
いろいろな見方はあるにせよ、「靖国」に祀られている御霊の多くは、当時声高に叫ばれていた「正義」とは別の次元の意識をもっていたものと想像します。
投稿: tak | 2026年8月25日 23:38