「ちょす/ちょさない」という方言に一歩踏み込む
田村淳一さんという方が、岩手県遠野市の小学校にあった貼り紙の写真付きで「ちょさない」という言葉が理解できない旨を tweet されたところ、東北・北海道方面から続々とコメントが付き、さながら地域限定のお祭り的様相を呈している(参照)。
コメントの多くは「ちょす = 触る」「ちょさない = 触らない」であると指摘するものだ。これ、東北と北海道、そして新潟県の北部に至るまで広く使われる方言のようで、私の生まれた山形県庄内地方でもごくフツーに使われる。
多くのコメントの中に、津軽のルッタンさんという方の作成された「ちょすなマップ」という労作を紹介するものがあり、これを見ると「ちょすな」(「ちょす」の否定命令形、念のため)という言葉は、北海道から東北・新潟までの広がりを見せているのがわかる。私がこれまで考えていたよりずっと広い。
この地図では宮城・山形・新潟北部の南に「ちょすなの関」というラインが引かれており、それを境に「ちょす/ちょすな」という言葉は使われないようだ。なかなか興味深い話である。
ちなみに私の生まれた山形県庄内地方では、「ちょす」の否定形は「ちょさね」である。「ちょさない」なんてお上品な言い方は決してしない。「ちょさないでください」は「ちょさねでくっちゃ」だ。
さらに少なくとも庄内では、「ちょす」という言葉の実際の使用場面での意味やニュアンスは、「触る」というより「いじる」(あるいは「いじくり回す」)に近い。よって「ちょす」は、「触る」という言葉以上の、ある種の「意図」を感じさせる行為といえる。これは案外重要なポイントで、注目していい。
例えば年寄りは「パソコンちょさいっが?」なんて聞くが、これは「パソコンいじれるか?(操作できるか?)」という意味になる。年寄りの多くはパソコンに触ることぐらいはできても操作はできないので、返事は「ちょさんね」(いじれない)になる。
つまり冒頭の写真に関しては「ちょさないでください」だから、暖房設備のコントローラーらしきものに、単純に「触るだけ」なら見過ごしてもらえても、ボタンを押したりして「操作すること」は許されない。
最後に「ちょす」の語源だが、「てよす」(手寄す = たぐり寄せる)「てわす」という古語が変化したのではないかと言われている。調べてみると Yahoo 知恵袋で、「てわすらい(てわずらい?)」という言葉についての質問に、福島県出身者から次のような回答がある(参照)。
栃木弁で「てわすら」というのは「手で何かをいじくり回す様を言う」とあるのが興味深く(参照)、福島弁では「手わすら」が「手すさび」という意味だという(参照)。まさに「ちょす」に近く、どう見ても先に述べたように、単純に「触る」の方言とは言い難い。
というわけで、「手寄す」から「 ちょす」に変化したと考えるのはとても自然だし、さらに栃木県や福島県ではロケーション的に、「手寄す → てわす → てわする → (名詞化して)てわすら」という変化系が生じて残ったんじゃあるまいかと考えられる。
ただ残念ながら、同じ北関東でも茨城県では「てわすら」という言葉を聞いたことがない。これまで聞くチャンスがなかっただけかもしれないが。
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