カテゴリー「パソコン・インターネット」の629件の記事

2021年5月 9日

我が家は既に FAX がないので、よろしく

先日、iPhone の着信音が鳴ったので出てみると、何やら雑音が聞こえるのみだった。一旦通話を切り、折り返し発信してみたが、相手は「通話中」と表示される。そのうちに留守電が記録されたので再生してみたが、何やらプニュプニュいう雑音が聞こえるだけである。

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一体何だろうと思いながら再び発信してみると相手が出て、「そちらに FAX を送ろうとしてるんだけど、どうしても送れないんですよ」と言う。そうか、あの雑音は 数年ぶりで聞いた FAX の発信音だったのか。

「いや、ウチはもう FAX なんて設置してないんですよ」と言うと、「じゃあ、仕方がないから、メールで送ります」と言う。少し待ってみたら、ちゃんとメールが届いた。だったら、始めからそうしてくれればよかったのに。

我が家の馬鹿でかくて場所塞ぎだった A3 サイズ対応 FAX 兼用プリンターを処分した件は 2017年 4月 24日付の記事に書いてあるから、既に 4年以上前である。この記事には「この 2年ぐらい FAX の受発信そのものをしたことがない」と書いていて、いくら何でももう FAX は不要だろうと思ったのだ。

ところがそのほぼ 2年後の一昨年 3月 15日に、知り合いの女性から FAX を送付された。この時は大昔の安物 FAX 兼用電話機を押し入れの奥から引っ張り出してきて、なんとか受信できた(参照)が、これも処分してしまったから、もはや我が家に FAX というものはないのである。

この時の記事には FAX を使わないだけではなく、固定電話もほとんど使わないと、次のように書いている。

我が家の固定電話は FAX 兼用ではない一番安いタイプで、しかも呼び出し音が 1回なるだけで留守電応答に切り替わる設定にしてある。かかってくるのは 99.9%がアヤシい勧誘電話なのだから、これでまったく問題ない。

これでずっと何の不便もなかったのだが、2021年の世の中になってまたしても「FAX を送りたい」なんて言われたので驚いてしまった。そもそも FAX を送りたいくせに「090」で始まるケータイ番号に電話しておいて、「どうしても送れない」もないものだ。

そんなわけで試しに「FAX/不要」という 2語のキーワードでググってみると、Excite ニュースに「会社で FAX がまだ使われていると呆れる声に賛否 日本のファックス固執は異様?」という記事が見つかった。これがまた、私が FAX を処分したほぼ半月前の 2017年 4月 6日付なのだから笑える。

昨日の記事でもちょっと触れたが、官僚と政治家との文書のやり取りは、今どき 8割以上が FAX だというのもスゴい。そう言えば、確かにあの世界(お役所とか、公共団体とか)は、「お申し込みは以下の FAX フォームで」なんてのが多い気もするが。

世の中がまだこんなにも FAX 好きだとすると、PC やスマホで FAX の送受信ができるアプリを入れるのも手かなと思ったが、調べてみるとインストールは無料でも、固定の月額利用料がかかったり、送受信の度に課金されたりするのがほとんどだ。数年に 1度のことのためにそんな投資は馬鹿馬鹿しい。

というわけで、以後 FAX のことはすっぱりと考えないことにしたので、Yoroshiku4

 

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2021年4月27日

スマホでココログの PC 画面を表示させるには

いつの頃からか当ブログ(に限らず、ココログのブログすべて)をスマホで閲覧する場合、いわゆる「モバイル画面」の表示がデフォルトになってしまった。以前は、下の方に「PC 表示に切り替える」みたいなメニューが表示される仕様だったが、それすら消えてしまって久しい。

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上の画像の左は、スマホで当ブログのトップページを表示させたところで、真ん中はその最新記事をタップして表示させたところである。そして右は PC 表示させたもの。

モバイル画面では、せっかくのタイトル・バナー(最上部の画像)もサイドバーも表示されず、貧相な印象になるし、記事に付けられたコメントも妙に下の方の見にくい配置になる。私としては基本的に PC 画面を想定してブログをデザインしているのだから、できれば PC 表示で見ていただきたいものだ。

ところが最近のココログは、PC 表示に切り替えようとしても、どう操作したらいいのかわかりづらい仕様になってしまった。それはもう、「底意地の悪さ」さえ感じるほどである。

そこで本日は、スマホでも PC 版の表示を見るにはどうすればいいか、解説してみたい。

  • iPhone でブラウザに Safari を使用している場合

    アドレスバーの左端 "ぁあ" あるいは "aA" と表示されている部分をタップすると、下のようなメニューが表示される。この中の「デスクトップ用Webサイトを表示」をタップすれば、PC 表示画面が現れる。

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    この手順というのは、直感的操作ではなかなか発見できないから、かなり不親切な仕様だよね。
  • iPhone で Google を使用、あるいは Android スマホの場合

    私は Andoroid スマホを使ったことがないので保証の限りではないが、iPhone の Google の場合は、アドレスバーの右端の、アップロード用上向き矢印をタップする。多分 Android でも同様だと思う。(違ってたらごめん)

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    すると以下のようなメニューが出てくるので、「PC版サイトをリクエスト」をタップする。これで OK。

    20210424-235824珍しく、iPhone の Safari の操作よりも、Android 系 の方が直感的に辿り着きやすい操作になっている。iPhone でも、いつも Google を使っている人ならそれほど戸惑わずにこの操作をしていたかもしれない。

PC 表示だと文字が小さくなって読みづらいという人もいるが、スマホを横にすれば拡大表示されるので、かなり読みやすい。少なくとも貧相なモバイル表示より味わいが出てくる。

いずれにしても、ココログさん、かなり不親切な仕様にしてしまったものである。願わくは、PC 画面をデフォルトにして、何らかのちょっとした操作をすることで「モバイル画面」に切り替えることができるぐらいにしてもらいたいものだ。

 

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2021年4月19日

「ズーム疲れ」という新種のストレスがあるらしい

NATIONAL GEOGRAPHIC の「ビデオ会議は女性の方が疲れやすい、1万人調査」という記事を読んで、世の中には「ズーム疲れ」という新語が生まれていると知った。ZOOM を使った会議では、従来の対面の会議にはないストレスがあり、女性の方がそれを感じやすいというのである。

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この問題の研究チームによれば、「ズーム疲れ」の要因は 4つあるという。次のようなことだ。

  1. 非言語的な手がかりがわかりにくい。(画面では肩から上しか見えないので、ボディ・ランゲージが伝わりにくい)
  2. ビデオ会議中はウェブカメラの枠内に常に収まっていなければならないと感じ、自由に動けないことにストレスを覚える。
  3. 多くのビデオ会議アプリは、初期設定で自分の顔が表示される状態(セルフビュー)になっている。だが、そのまま自分の顔を見続けていると、「鏡不安(mirror anxiety)」に陥ることがある。
  4. 他の人々が自分のことをじっと見つめているのではないかという思いにとらわれてしまう「ハイパーゲイズ」現象がおきる。

なるほど。ただしかし、日本人は西欧人ほどボディ・ランゲージを多用しないので、1番目の問題はあまり大きくないかもしれない。ただ、2番目の「自由に動けない」というのは、確かにストレスだ。メモを取るための俯き姿勢や、ちょっと気分を変えるための「もぞもぞ動き」も、なんとなく憚られてしまう。

「それって、大きいよね!」と言いたくなったのは、ZOOM の自分の顔が常に一番目立つ左上に表示されるという設定だ。これって結構なストレスで、つい「自意識過剰」に追い込まれそうな気がする。私の場合はありがたいことに、「ハイパーゲイズ」ということにはならずに済んでいるが。

3、4番の問題に関しては、確かに女性の方が強くストレスを感じてしまうのだろう。もしかしたら、化粧の具合まで気になってしまうかもしれない。私もつい最近、「しまった、今日の髪の毛、ヒドい寝グセじゃん!」と気付いて、会議中にずっと居心地悪く感じたことがある。

ちなみに私の場合、ZOOM を使うことの不満は、多人数の会議ではなく 1 対 1 の「対話形式」の時に最も強く感じられる。リアルの対面なら相手の周囲の状況なども含めて得られる非言語的情報量が多いが、オンラインだと、ポートレイトのようなフレーム内のことしか伝わってこない。

「こいつ、表面だけ取り繕ってるな」と感じても、なかなかそれ以上ツッコみづらく、膨らみのある会話にもっていくのが難しい。オンラインというのは、不慣れという要素も大きいのかもしれないが、なかなか「ボケ/ツッコミ」の妙が成立しづらいのだ。

というわけで、事務的な「会議」なら ZOOM で十分だが、パーソナリティに至るまでの理解が必要な「対話」となると、ストレスを感じてしまうことが多い。やっぱり「リアル対面」の情報量にはかなわないよね。

 

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2021年3月30日

ワープロソフトを統一しても、根本的問題は消えない

FNN プライムオンラインが "法案ミスで「一太郎」禁止令? 農水省「ワード原則化」通知" と伝えている。同一組織内でワープロソフトが統一されることには合理性があるが、相次ぐ法案ミスの原因をソフトの互換性の問題としているのは、「ちょっと違うんじゃないの?」と思ってしまうがなあ。

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個人的な感覚としては、多くの組織がワープロソフトを ”Word" に統一してくれるとありがたいと思っている。6年前に ”(Mac に限らず)一太郎ファイルを読み込む苦労“ という記事を書いているように、一太郎で書かれた文書を送りつけられると、それを読み込むだけで苦労してしまうのだ。

それだけに農水省がワープロソフトを事実上 Word に統一したというのは、「そうすることで、確実に面倒が減る」と思ってしまう。ただ、その統一化の理由が「法案の条文ミスを防ぐため」みたいに言っているのは、自分たちの不注意を反省せずに原因をソフトに押しつけているとしか思われない。

ちょっと考えてみればわかる。法案の条文ミスというのは、互換性の不備によって生じているわけではない。一太郎文書を Word に変換した際に、文書形式が乱れて調整に手間取ることはあっても、テキストがあらぬ内容に変わってしまうなんてことはあり得ないのだ。

ワープロソフトを統一したところで、法案を書く役人の資質が向上しない限りは、法案の条文ミスは消えない。こんなことでは「気の毒なのはジャストシステム」ということになってしまう。

 

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2021年3月 8日

「情報弱者」と言われる人に共通する勘違い傾向

「情報弱者」と言われる人の中には、IT 関係にはまったく手を触れることもできないという「正真正銘の弱者」もいるが、「まったくできないというわけでもない」という程度のものすごく中途半端な人もいる。そして実際に手のかかるのは、このタイプの人である。

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「ハマるべき穴にはすべてハマる」という人がいる。業務上の月例報告書を 3年前から Word で作り始め、その時の「平成30年3月報告書」というファイルを毎月開いて新しい内容で上書きし、そのままのファイル・ネームでデスクトップに保存してしまうというのは、その典型だ。

彼からは毎月律儀に「平成30年3月報告書」というファイルの添付されたメールが届き、それを受け取った側が毎回、まともなファイルネームに変換して保存する。それで、提出先にはきちんと月齢報告書が保存されるが、作成元の彼の PC には、元の名前のたった 1つのファイルしか存在しない。

それで、他の部署から「昨年 4月の報告書を送ってください」なんて依頼があっても対応できず、提出先に泣き付くことになってしまう。悲しいことに、これは何度教えてもわかったようなわからないようなことで終わり、たまには「新規ファイル」で保存できることもあるが、ほとんどは上書きになる。

最近の傾向では、ZOOM ミーティングに参加するのにまったく要領を得ないという人が困る。このタイプの人は毎回電話でやり方を教えてもらい、15分遅れぐらいでようやくマイクをオンにしたまま入って来て、雑音をまき散らす。

これは上に掲げた「ZOOM ホーム画面」で、招待されたミーティングへの「参加」(右上アイコン)ではなく、「新規ミーティング」(左上アイコン)をクリックし、誰も入ってくれることのない新しいミーティングを自分一人で空しく立ち上げたまま、往生してしまうからだ。

彼としては「新しいミーティングに参加するのだから、当然こっちのアイコンをクリックするのだろう」と思ってしまうようなのだが、完全な思い違いである。同様の勘違いは、Facebook でのライブ動画配信を視聴するときにも起きる。

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「〇時△分から、ライブ動画を配信しますので見ておいてください」というノーティスを送っても、彼はその時間になって開始された動画をクリックするのはなく、ホーム画面の一番上左端の「ライブ動画」をクリックし、誰も見てくれない自分の顔を、空しくネット空間に配信し続けるのである。

こうした勘違いはすべて、「ホストが立ち上げたアクションに自分も参加する」ということが理解できず、自分の方で勝手に「新たなアクションを立ち上げてしまう」というパターンである。そして、自分の立ち上げたアクションが全体とはまったく無関係だということに気付くことすらできない。

「情弱」と言われる人にはこのように、「自分」と「相手」との区別がつかない人が多い。「自と他」「主体と客体」をきちんと区別するというのは、論理思考の基本のキホンだから、これがわからないと一步も先に進めない。

別個の存在の「自と他」の間を情報でいかに効果的に結ぶかというのが重要ポイントなのだが、これがわからないと、全体をぼんやりとした一まとまりのものとしてしか捉えられないのだ。この辺りを説明して納得させるのは、ものすごく手間がかかって疲れる作業になる。

 

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2021年2月25日

Opera からたった 1日で Vivaldi に乗り換えた

昨日 「Mac 用ブラウザーとして Opera はなかなかいい」という記事で、Firefox から Opera に乗り換えたと書いたばかりだというのに、今度はたった 1日で Vivaldi に乗り換えた。当面は Safari と Vivaldi の併用で行こうと思っている。

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上の画像をクリックすると、Vivaldi 社の「私たちの信念とは」というページに飛ぶのだが、これがなかなかいい。「ブラウザとは、仕様にユーザーを合わさせるものではなく、ユーザーに合わせられるものであるべきなのだ」という「信念」がとても気に入った。

Vivaldi を知るきっかけとなったのは、昨日の記事に付けられた 柘榴 さん のコメントだ。次のようにある。

Operaは大手企業に買収されてからどうもあんまりいい噂を聞かないので、個人的にはOperaの作者が新しく作ったVivaldiのほうをおすすめしたいところです。

へえ! と思って調べてみたところ、Opera というブラウザーは元々は Opera Software AS というノルウェーの企業によって開発されたのだが、この会社は 2016年に中国企業のコンソーシアム(奇虎 360 が中心の投資会社)に買収されているとわかった(参照)。

ふぅむ、「奇虎 360」という会社に関しては、悪いけど、個人的にはいいニュースにはあまり登場しないという印象をもっている。ネットでは「中国がブラウザーを通じて日本の情報を盗む可能性がある」なんてことまで言われているようだ。いくら何でもそりゃないだろうけどね。

まあ、私個人に関してはたとえ中国に盗まれたところで問題を起こすような情報なんてないから、どうでもいいようなものだが、そうと知ったからにはやっぱりちょっと気持ち悪いので、早々に 柘榴 さんオススメの Vivaldi をインストールしたというわけだ。

使ってみた印象だが、確かに軽快そのものである。Opera も「速いな」と体感したが、Vivaldi はさらに速い。そして使い勝手も Opera よりしっくりくる。話は別だが、Vivaldi の『四季』は好きだし(とくに「」)。

というわけで、情報を提供してくれた柘榴 さんに感謝しつつ、当分使い続けてみようと思っている次第である。ちなみに Opera はさっさと削除した。

【同日 追記】

なんと、Twitter で @vivaldi_jp さんから、「いいね」がついてしまった。好感度アップしたから、フォローしちゃったよ。

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2021年2月24日

Mac 用ブラウザーとして Opera はなかなかいい

昨年の 1月 8日、「私のブラウザー遍歴」という記事を書いている。2014年に Mac を使い始めた時は Chrome メインで、翌年からは Safari と Chrome の併用に切り替えたが、昨年は Chrome を Firefox に代えたという内容だ。

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そしてつい最近、さらに Firefox を Opera (上図 右上のアイコン)に代えた。

昨年に Chrome を止めたのは、このブラウザーのメモリ消費が大きいため、重く感じられるからである。Firefox は Chorome ほどメモリを使わないので、動きが改善されたように思われた。

ところが Firefox にしても、それほど軽快なブラウザーというわけじゃない。とくに多くのタブを開いて長時間使い続けていると、クラッシュしてしまうこともある。それで「Mac で使えるもっと軽いブラウザーはないか」と探し、Opera に行き当たったわけだ。(なお、Opera は Windows 版もある)

試しにインストールしてみたところ、軽くてなかなかいい。体感速度が Firefox よりずっと速いし、機能的にも過不足がない。というわけで今後は Safari と Opera の 2本立てで行くことにした。

Opera は操作感がちょっと独特で、例えばほかのアプリではツールバーの左端に横並びで表示される 赤黄緑のボタン(「閉じるボタン/しまうボタン/ズームボタン」というらしい)が、左側のサイドバーに縦に表示される。慣れればどうってことはないが、初めはちょっと違和感かもしれない。

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ただ、メニューバーの「表示」から「サイドバーを隠す」を選択すると、下図のようにサイドバーが消え、3つのボタンはタブバーに横に並ぶ。サイドバーに表示されるメニューは使用頻度が高くないので、私としてはこのスタイルで行くことにした。シンプルな方がメモリの負担も軽いだろうし。

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気に入ったのは、右端のタブに「スピードダイヤル」というページが表示されることだ。ここにはお馴染みのウェブページのサムネイルを置くことができて、よく行くページはブックマークするより便利だ。そのため、普段はブックマーク・バーも非表示にして、ますますシンプルにしておける。

Opera はちょっとマイナーなブラウザーで、デスクトップ向けとしての昨年 12月時点でのシェアは世界市場では 2.6%で 5位だが、日本市場では 7位となっている(下図はクリックすると別画面で拡大される。詳しくはこちら)。

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この図を一見しただけで、Chrome が圧倒的なシェアをもっているのがわかる。よくまあ、あんな重いブラウザーを使い続けていられるなあ。

また IE(Internet Explorer)の国内市場シェアが 8.0%で、世界市場の 2.5%の 3倍以上というのがおもしろい。さらに Windows 10 から IE の後継ブラウザとなった Edge も、国内シェアが 14.3%で、世界シェア(7.4%)のほぼ 2倍だ。

日本人の 5人に 1人以上は、Windows PC を購入した時から入っているデフォルト・ブラウザーをそのまま素直に使い続けているわけだ。

日本人は Microsoft のあてがい扶持にあまり抵抗を感じないみたいなのだね。これって、国民性なのかなあ。

【2月 25日 追記】

この記事を書いた翌日にこんなことを書くのはいかがなものかと言われそうだが、柘榴 さんの書いてくれたコメントを信頼して、Vivaldi というブラウザーをインストールし、使い始めた。これ、なかなかいい。Opera より確実に軽快で、しかも使い勝手もしっくりくる。

オススメしておきたい。

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2021年2月12日

「添付ファイルを紙で送ってくれ」というおっさん

最近増えた「ネット会議」というのは参加者が IT 操作に手慣れたビジネス・パーソンだけなら何の問題もない。「家で気軽に会議に参加できるから、かえって楽」というぐらいのものだ。

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しかしたまにフツーのおっさん、おばさんも参加するような広域自治会や「草の根運動」的なものに顔を突っ込まされてしまうと、話は別だ。それでも「非常事態宣言」などで、とくに年配者ほど実際に集まってもらうわけに行かない場合は、ネット会議をするほかない。

初めのうちは「ネット会議は年配の女性にはハードルが高い」なんて思われていたが、実際に付き合ってみると、それも「人による」だけとわかる。80歳近いおばあさんが気軽に Zoom ミーティングに参加する例はいくらでもあるし。

どうにもならないのは、団塊の世代以上の年配男性だ。定年前から仕事で当たり前に IT を使いこなしていた人はいいのだが、会社勤めの現役時代に IT の波から巧妙に身をかわし続けていたおっさんという人種は、今となってはかなりの「お荷物」である。

彼らの時代、IT はある意味「準専門職」みたい思われていた時期あった。その頃は、中間管理職以上が PC のキーボードを自分で叩くなんて、外資系でもなければ希有なことだった。

必要な書類は部下に PC で作成させ、紙にプリントアウトされたものをうやうやしく持ってこさせてこそ、管理職たる威厳と勘違いしていたのである。彼らはずっと「PC は業務書類の清書マシン」ぐらいにしか理解していなかったので、「そんなこと、部下にやらせる」という意識が支配的だった。

そんなおっさん連中のガラケーを今頃になってようやくスマホに代えさせ、LINE アプリをインストールしてあげて、やっとこさっとこ、音声だけでもミーティングに参加させる。ところが彼らはマイクの「オン/オフ」がわからず「ミュート」に無頓着なので、いつも雑音発生源になる。

その上「資料はメールじゃなく、紙に印刷して送ってもらいたい」なんて言い出す。書類は部下がプリントアウトしてもってくるものと思っていた時代の傲慢さが、今も抜けないらしい。

「メールで送られた添付ファイルを指でチョいとつついてみれば、スマホでも自動的に開いて見ることができますよ」と言っても、あまり聞く耳を持っていないようだ。「紙の清書」でなければ受け付けないのである。

というわけで、私は最近になって認識を完全に改めた。森喜朗じゃあるまいし、「女性は IT が苦手」なんて言い草は見当外れもいいところで、差別的でさえある。本当にどうしようもないのは、定年前から長年にわたって IT を敬遠し続けてきたおっさん連中だ。

聞けば彼らのほとんどは、ケータイ・メールすらした経験がないようだ。離れて暮らす子どもや孫とのメールのやり取りみたいな「ちまちましたこと」は「妻の役割」と思っている。道理で女性の方がスマホに親しんでいて、写真の添付なんかも気軽にできることが多い。

それに女性は操作がわからなかったら気軽に質問してくるので、こちらもいろいろ答えてあげられるが、男は聞くのを恥と思っているらしく、沈黙しがちだ。それで会議は早く終わるのかもしれないが、頭の中のアップデートは期待できない。

 

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2021年2月 6日

「震度 0 が およそ 5秒後」に来ると言われてもなあ・・・

私の iPhone には "PREP" (旧名「ゆれくるコール」)というアプリが入っていて、どこかで地震が発生すると、それが自分の現在地に震度いくつで何秒後に伝わってくるかという情報をいち早く知らせてくれる。それで「準備せよ」という意味で "PREP" という名前なのだろう。

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ただ、このアプリで知らされるのは、「震度 0 がおよそ 3秒後」に来るとか「およそ 5秒後」とかいうのがほとんどで、そんなのが 1日に何度もある。数秒の間に 2〜3本の「震度 0」情報がどっと届くことも多く、その度に Apple Watch のバイブレーション機能が作動してブルブルっと震えてくれる。

また「30秒前に西表島付近で最大震度 1の地震が発生」なんていう情報が入っても、やっぱりブルブルっと震えて知らせてくれるのである。その度に西表島の人たちには大変申し訳ないが、「こんなの、いちいち知らせてくれなくていいから・・・」なんて呟いてしまうのだよね。

こんなことならアプリを削除すればいいのだろうが、あの 10年前の東日本大震災と、1964年の新潟地震で結構恐ろしい思いをしているもので、なかなか割り切れない。おっと、それについては昨年末も触れたんだった(参照)。

とくに新潟地震の時に私は小学校 6年生だったのだが、地震発生の時は何かの罰で、一人で廊下に立たされていたのだよ。その時に大きな揺れが来て、おんぼろの木造校舎の天井裏に堆積していた何十年分もの由緒ある(?)ゴミがバサバサと降って来たのだから、かなり非日常的な体験だった。

廊下から教室の机の下に逃げ込み、「思えば短い一生だった」と本気で思ったのを覚えている。そんな思いがあるだけに、大地震なんて数十年に 1度のことかもしれないが、「震度 6強がおよそ 5秒後」とかいう情報だったら、欲しいと思ってしまうのだ。

「たった 5秒で何ができる?」と言われそうだが、何らかの心の準備というか、あるいは「覚悟」というか、そんなことができれば、「精神衛生にはいい」かもしれない。ただ「震度 0 がおよそ 3秒後」なんていう情報によるストレスとの引き換えに過ぎないのかもしれないが。

【追記】

らむね さんのコメントのおかげで、「震度 3 以上」を通知するように設定することができた。らむね さんに感謝である。いやはや、そんな設定条件があるとは、今まで見逃していた。

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2020年12月15日

最近の MacBook のアップル・ロゴが光らないのは

私が最初に買った MacBook Pro はご覧の通り、ディスプレイを開くと背面のアップル・ロゴが光っていた。今月 11日の記事で書いたように、2012年以後のモデルなので、開いた状態でのロゴは逆さまになっていはいない。

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ところが最近使っている MacBook Air は、アップル・ロゴが光らない仕様になっている。ご覧のように鏡面仕上げの金属になっていて、外からの光を反射するだけだ。これだとバッテリーの電力を無駄に消費しないのだろうが、Apple ファンにとってはちょっと物足りないという声も根強い。

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ところで ushigyu.net というブログにおもしろい記事を見つけた。届いたばかりの MacBook Air 13 を開けたところ、「薄いので、裏側のAppleロゴが透けて見えてます」というのである(参照)。こんな具合だ。URL から判断すると 2012年 6月の記事らしい。

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ただ、これだとビミョーすぎるのでもう少し検索してみたところ、「ハヤクユケ」というブログでは、裏から強い光で照らして撮影している。するとこんな具合に、透けがはっきりとわかるではないか(参照)。

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もしかしたら Apple は、この現象をなくすためにアップル・ロゴを光らない仕様にしたのかもしれないなんて、チラリと思ってしまった。しかしそもそもの話として、MacBook の起動とともに画面表示がスタートしてしまったら、背面のロゴが透けるなんてことは全然気にならないじゃないか。

いろいろ考えていたところ、自宅以外の場所で MacBook を広げるにはちょっとした勇気が必要だったことを思い出した。何しろ "スタバで MacBook を広げて仕事する「意識高い系」は見栄の塊か" (今年 1月 14日付 Livedoor News)なんて記事があるほどである。

前世紀末頃までは、コーヒーショップで Windows のラップットップを広げるだけで周囲の視線が気になったものだが、今世紀になっても MacBook に限ってはまだ似たような視線を感じてしまうことがあるのだよね。「自意識過剰」と言われればそれまでだが。

その意味で外で MacBook を開いてもロゴが光らないおかげで目立たずに済むというのは、気休め程度のリラックス効果があるような気がする。

というわけで、アップルロゴが光らないデザインへの変更にバッテリー節電以外の意味があるとしたら、「スタバで仕事しやすくするための配慮」としか考えられない。今日のところは、Apple の重視する「ユーザーフレンドリー」なデザインの一環と無理矢理に解釈しておこう。

 

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