カテゴリー「グルメ・クッキング」の149件の記事

2021年5月 6日

「天ぷらにソース」の謎が、また少しほどけた

もう 8年以上も前になるが「ソースで天ぷらを食う文化」という記事を書いた。岡山に出張した際に天ぷらをソースで食わされ、西日本ではそれがごくフツーと知って、かなり驚いてしまったという話だ。

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天ぷらにかけるのが醤油かソースかというのは、フォッサマグナを境にして、東日本と西日本にかなりきれいに分けられるようなのである。そしてその 2日後に、「ソースで天ぷらを食う人たちは、鉄板系コナモンも好き」なんていう関連記事まで書いている。

で、この件に関してはほぼそれっきりになっていたのだが、今日、さらに新しいことを知った。ラジオでたまたま、「西日本の人たちは天ぷらにソースをかけるので、やっぱりウスターソースでないとね」という話を聞いたのである。

この話の続きはこんなことだった。東日本の人たちはソースはとんかつやフライにしかかけないので、「中濃ソース」のほぼ一択だが、西日本ではさらりとした「ウスターソース」がメインで、お好み焼きなどには「特濃ソース」という使い分けをしているというのである。

そんなことは、この歳になって初めて知った。要するに「ソースで天ぷら」と一括りに言ってしまっても、そのソースそのものが、東日本と西日本では違うのだ。

西日本で「ソース」といえば、粘度が低いウスターソースなので違和感がないわけなのだね。東日本の人間は「天ぷらにソース」と聞くと、どうしてもどろっとした中濃ソースを思い浮かべるので、「うっ!」となってしまうわけだが。

ちなみに我が家は市販のソースを全然使わないので、中濃もウスターもないが、そういえば庄内の実家ではカツやフライなどには「とんかつソース」というのを使い、それ以外はすべて醤油を使っていた。しかもその醤油は、関東の「濃口醤油」よりやや色の薄い「薄口醤油」だったような気がする。

そういえば大学に入って上京した時、東京の醤油の色の濃さに驚いた覚えがある。さらにうどんの汁にも「うわぁ、真っ黒に近いじゃん!」とたじろいだものだ。私の田舎は江戸時代から西回り航路の終着港だったので、かなり上方文化が入っており、東北とはいえどっぷりと東日本的ではなかったのだ。

さらに明らかになったのはソースのブランドで言うと、上の図のように東日本では「ブルドック」(英文表記は "Bulldog" だが、カタカナでは「ブルドック」)が圧倒的だが、西日本では「オタフク」というのが有力ということだ。

このオタフクというのは広島のメーカーで、ウスターソースに強いらしい。さらに広島だけに、お好み焼き用の「お好みソース」というのまである。

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ちなみに「ブルドック」と「オタフク」の二大ブランドの他には、「カゴメ」もケチャップだけでなく奮闘しているし、そのほかにも地域的には限られるが、「イカリ」「コーミ」「オリバー」などがあるという。思いのほかに多様性のある市場のようなのだ。

 

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2021年5月 1日

牛肉レシピを載せない料理サイト

先月、生まれて初めて飛騨の国への旅に行った際の記事で、私は「開いているのは飛騨牛を食わせる店と高山ラーメン(飛騨ラーメン?)の店ばかり。肉を食わない私はどちらにも用がない」と書いている(参照)。本当に飛騨や佐賀など、牛肉が売り物の土地に行くと食うモノに苦労してしまうのだ。

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というわけで今回は、HUFFPOST の "牛肉レシピの掲載を停止「世界最悪の気候犯罪者の1人に出番を与えない」 アメリカの人気料理サイト" という記事に注目してしまった。これはもう、本当に「潔い」ことである。

このレシピサイトは "epicurious" という。ちなみに "epicurian" (快楽主義)という英語があるので、形容詞として「快楽主義の」という意味なのかと思ったら、私の手持ちの ウィズダム英和辞書にはこの項目がなかった。どうやら造語みたいなのだが、意味は誰でもすぐにわかるよね。

で、「快楽主義」と言うのだから牛肉もりもり食べ放題志向なのかいうと、そうじゃない。このサイトの宣言は次のようなものだという。

牛や、牛を食べる人々に対する“復讐”のようなものだと思う人もいるかもしれませんが、私たちはハンバーガーが嫌いだから、この決定をしたわけではありません(嫌いじゃありません!)

私たちの決定は、サステナビリティ(持続可能性)に関するものであり、世界で最悪の気候犯罪者の 1人に出番を与えないということです。これは、反牛肉ではなく、むしろ親地球だと考えています

世界の温室効果ガス排出量の約 15%は、家畜(および家畜の飼育に関係するもの)から発生しており、そのうち約 65%は、牛(牛乳も含む)から排出されているという。とすれば、epicurous のこの方針こそ、まさに「真の快楽主義」と言えるかもしれない。

私はこのサイトの "Left Beef Behind" ’(牛肉を置き去りにした)という方針を心から支持したい。

 

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2021年4月11日

野菜を食べるカレー camp

出張で博多に来ている。本州から出るのは、昨年 3月の北海道出張以来、1年以上ぶりだ。

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博多は大好きな街なのだが、ただ一つ不満があった。それは、「食」に関する話である。豚骨スープベースが多い博多ラーメンの店が多いので、肉を食わない私にとっては食うものがかなり限られるのだ(参照)。

そもそも大阪からこっちは肉料理の店が多くて閉口してしまうのである。それに西日本は私の好きなそばを食わしてくれる店が少ないし、博多のうどんはこしがないのが特色なので、まずいというわけじゃないが、好みからはちょっとはずれる。日が暮れてから食うメシを探すのが大変なのだ。

ところが、偶然にいい店を見つけた。野菜カレーの専門店 "camp" という店である。とにかく肉を使わないカレーの店なのだ。駅ビル KITTE の地下にある。今日食べたのは、「1日分の野菜のカレー」(だったかな?)というもので、とにかくもう、野菜がたっぷり入っていておいしい。

この店、私は博多に来て初めて知った。今日はいい発見をしたのでネットで検索してみたところ、新橋、代々木、渋谷にもあるようだ(参照)が、残念ながら地元のつくば周辺では見つからなかった。

今朝は早起きして出てきて疲れたので、このくらいで失礼。

 

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2021年3月27日

コンテナの手配がつかず、コーヒー豆不足という悪夢

Gigazine のニュースによると、世界規模でコーヒー豆が不足しているのだそうだ(参照)。3月 14日の記事で書いたように、自宅では豆から挽いて淹れて飲むほどのコーヒー好きの私にとっては、ちょっと気になるニュースである。210327

なにしろ Bloomberg の元記事のタイトルが "The World is Facing a Coffee Deficit in Supply Chain 'Nighitmare'" (世界はサプライ・チェーンの「悪夢」でコーヒー不足に直面している)というのだから、半端じゃない。夢ならどうか、醒めてもらいたいものだ。

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この供給不足は決して生産量の減少によるものではない。それどころか、ブラジルの 2020年~21年度のコーヒー豆生産量は過去最高になる見通しで、昨年 6月にはコーヒー豆の国際価格下落が報じられたほどだ。じゃあ、何がいけないのかというと、ご多分に漏れずコロナ禍のせいである。

コロナ禍の拡大によって作業員やドライバーが不足し、世界中の港で陸揚げされたコンテナに手が付けられずに放置されたままになっているというのである。つまりコンテナが不足しているので、コーヒー豆の輸送が思うに任せないというのだ。

フード・マイレッジを気にするエコ派の私としては、食べ物はなるべく地産地消を心がけている。それで輸入に頼るほかないバナナだのグレープフルーツだのは近頃まったく口にしていないのだが、心苦しいことにコーヒーだけは止められない。それで例外的にお目こぼしをしてもらっているわけだ。

ところが状況は厳しい。ブラジルの 2021年~22年は悪天候の影響で一転して減少傾向にあるため、世界的にコーヒー不足が起きるだろうとの予測がある。ところがその一方で、空コンテナの到着を待つ豆の在庫が大量にあるというのだから、しっちゃかめっちゃかだ。

いずれにしても、私のささやかな楽しみのコーヒーは、そのうち豆が値上がりしてしまいそうな様子なのである。もしかしたら 1日 4杯を 3杯に減らすなんてこともあり得るかもしれない。やれやれ。

 

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2021年3月 4日

「チン」した餅は、喉に詰まりやすい気がするんだが

弥生 3月にもなってから正月三が日の話をするという寝ぼけ具合で恐縮だが、毎年、三が日には老人が餅をのどに詰まらせて死亡するというニュースが多い。今年も東京都内で高齢者 14人が病院に搬送され、このうち 3人が死亡したと伝えられている(参照)。

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毎年「高齢者は、若い頃みたいに餅をワシワシ食っちゃいけないよね」なんて他人事(注)のように妻と話していたが、ふと「ありゃ、俺たちだってもう立派な『高齢者』じゃん!」と、決して他人事じゃなくなっていることに気付いた。そう言えば確かに近頃、餅をワシワシ食うのが少々しんどくなってきた。

ただ、負け惜しみを言うようだが、このしんどさは年のせいばかりじゃないと思う。というのは、電子レンジでチンした餅を食うのはしんどいが、オーブンで焼いた餅は平気で食えるのだ。

正月前に買った餅は全部食い終わるのにいつも 2月の終わりか 3月初めまでかかり、その餅を焼くのは大抵私の役割である。そして最近は妻が「水を少しだけ入れた器に餅を入れてチンすると、おいしくできる(参照)って聞いたわよ」というので、疑うことなくそれに従っていた。

このやり方だと、確かに手軽だ。多くのウェブページでも、電子レンジだと短時間で手軽に「つきたてのお餅のようにもっちもち」になると紹介されている。ただ分量によっては、「もっちもち」というより「ねっとり」になってしまうことがあり、秒数の設定がなかなかビミョーだ。

「ねっとり」になってしまっても餅は餅だから、そんなものだと思って食えばおいしく食えるのだが、ただ一つだけ問題がある。それは粘度が高過ぎて、口の奥、食道の入り口あたりにネバり付いてしまい、かなり飲み込みにくくなるということだ。

そう言えば、「つきたての餅」というのはかなり「ねっとり」していて、両端をつまんで引っ張るとちぎれないほどビローンと延びる。その意味では、「もっちもち」と言うと聞こえがいいが、それは「ねっとり」の別の言い方に過ぎないんじゃないかという気までしてくる。

つまり電子レンジでチンした餅というのは「つきたてのもっちもち=ねっとり」に近くなって、少々飲み込みにくい気がするのだよね。汁物と一緒でないと、目を白黒させてしまうことが時々あったりする。

何しろ私は、以前このブログにも書いたように早食い(参照)なもので、「こりゃ、下手すると『うっ!』なんてうめいて、白目剥いて救急車呼んでもらうことになりかねないな」と、マジに恐れていた。同じ死ぬのでも窒息死はさぞかし苦しかろうから、できることなら別の死に方をしたいものだ。

そんなある日、その日に限ってたまたまオーブンで餅を焼いてみた。するとやや時間はかかるものの、薄っすらと焦げ目のついた香ばしいまでの焼き上がりになり、粘りも適度なので何の問題もなく食えるではないか。「これでこそ『餅』ってもんだよね!」と、今さらながら感動してしまったね。

餅はチンすると、手軽に一見おいしそうな「もっちもち=ねっとり」状態になる。それは確かなことだ。しかし私としては、とくに高齢者には「餅をチンして食う」のはオススメしない。餅はやっぱり直火で「焼く」に限る。何しろ香ばしいし、喉に詰まるリスクも減るからね。

とはいえ直火で焼いた餅でも、やっぱり若い頃のような「ワシワシ食い」はしないようにしている。電子レンジのない昔から、餅で死ぬ者は後を絶たないわけだし。

【注】

「他人事」の読みは「たにんごと」ではなく「ひとごと」でお願いしたいので、そのあたり...

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2021年2月10日

フランスでヴィーガン・レストランが初ミシュラン

NewSpere の「ヴィーガンが地球を救う?」(2月 1日付)という記事を、一昨日に ”「ヴィーガンが地球を救う」と、言い切ってよさそうだ” というタイトルで紹介したが、NewSphere はその日のうちに「ヴィーガンレストランがフランスで初ミシュラン、その意味とは」" という新しい記事を載せていた。

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NewSpere は近頃ヴィーガンづいてる。そのレストランとは、「フランス南西部ボルドー近郊の小さな街アレスにある ONA」という店だそうだ。へえ、パリじゃないのだね。

私は元よりミシュランに載るような高級レストランなんて興味がないのだが、ヴィーガン・レストランとなると話はちょっと別で、「へぇ、やったじゃん!」と拍手を送りたくなった。パリの街は好きじゃないので、フランスの田舎町にあるというのも気に入ったし。

ONA という店名の由来は、"Origine Non Animale” で、英語だと "Non-Animal Origin"、「動物起源ではない」という意味だそうだ。ひねりも何もなく、「まんまじゃん!」というネーミングだが、それだけにヴィーガニズムへの思いが強いのかもしれない。

ちなみにフランスでのヴィーガニズムや動物生存権の運動は最近ちょっとした抵抗にあって、案外低水準で推移しているらしい。依然として「旨い肉を食わせてこそナンボ」という意識が主流のようなのだ。

そんな中だけに、ミシュランガイドの国際責任者、グウェンダル・ポウレネック(Gwendal Poullenec)氏のコメントが次のように紹介されている(記事の翻訳がちょっと悪文だけど)。

「一般的に、シンプルなヴィーガニズムと美食体験が連想されることは少ない。今回のミシュラン星獲得は、プラントベースの料理を探求することに消極的なシェフを解放するかもしれない」と語った。

この記事の元記事、ニューヨーク・タイムズの "Vegan Restaurant Gets Michelin Star in France, a First" に飛んでみると、冒頭にシェフ、MS. Claire Vallée の写真もあるし、なかなか充実した情報だ。

そもそも NewSphere の記事からだとリンクが生意気にも ONA のフランス語版に飛んでしまうので、私には魔法の呪文でしかなかったが、ニューヨーク・タイムズからのリンクでは、英語版ページが表示されるのでほっとしたよ。なかなかハイブロウな内容で、例えば次のような記述がある。

Pythagoras said: “The Earth gives abundant riches and peaceful food. It offers us meals that are not stained with blood or murder.”

ピタゴラスは言った: 大地は豊富な富と平和な食物を与えてくれる。我々に血と殺戮で汚されない食事を提供してくれるのだ。

「なぬ、ピタゴラスがそんなこと言ったのか?」と驚いたが、調べてみると彼は西欧菜食主義の父と言われているのだね(参照)。おまけにジャン・ジャック・ルソーも菜食志向だったらしい(参照)。いやはや、私としたことがちっとも知らなかった。高校の「倫理社会」の教科書にもそんなの載ってなかったし。

わざわざフランスまで行って実際に ONA の料理を食べてみる機会は、個人的には多分これからもないだろうが、ONA の挑戦は西洋料理の保守的な肉偏重意識に風穴を開ける契機になるかもしれないと期待する。

例えば私が出張先で夕飯を食おうとしても、レストランは肉系のメニューばかりで私にとって選択肢の少ないのが現状だ。しかしヴィーガン料理を提供してくれる店がミシュランの星を獲得したとなれば、私のような者の選択の幅が少しだけ広がるきっかけぐらいにはなるかもしれない。

いずれにしても時間はかかるだろうけど。

 

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2021年2月 8日

「ヴィーガンが地球を救う」と、言い切ってよさそうだ

NewSphere に「ヴィーガンが地球を救う?」というタイトルの記事がある。読み進んでみるとタイトルの最後の「?」は要らないほどのもので、「ヴィーガンが地球を救う」と言い切ってよさそうな内容なのだ。

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ヴィーガンとは言うまでもなく、一切の動物性食品を食べない人たちのことである。私は肉は絶っているが、魚介類は食べるし、卵と乳製品もほんのたまに付き合ったりするので、分類上はペスカテリアンということになっている。

ただ、ここまで来ると卵と乳製品は既にあまり食べる気がしなくなって実際にはほとんど口にしていないし、魚介類を止めるのもそんなに高いハードルとも思えない。ということは私もそのうちヴィーガンになっていたりするかもしれない。

環境保全の観点で言うと、動物性食品のほとんど(「イナゴの佃煮」とかを別として)はかなりの環境負荷があり、記事には「家畜産業は人間が消費するカロリーの18%しか作り出さないが、それらは全農地の83%を使用している」「米国で育てられた穀物の 70%は家畜に与えられている」とある。

つまり、人間は家畜を育てるためにかなり多くの穀物飼料を与えているということだ。言い方を変えれば、飢餓に苦しむ人が少なからず存在する世界で、豊かな国では人が食えるものを家畜に食わせ、その家畜を屠殺して人が食っているということである。

こうした情報を得てしまうと、飢餓の増大と CO2 増加による環境悪化が懸念されるこの地球上で肉をワシワシ食うことには「罪の意識」を感じざるを得ない。これが私が肉を絶った最大の理由である。

一昨年の 5月に書いた「長生きしたくて肉食を避けてるわけじゃないので」という記事では、こうした情報に関する誤解、曲解についても触れているので、参照されたい。さらに同じ年の 9月に書いた「私が肉食を止めた理由を代弁してくれる動画を見つけた」という記事も自薦しておく。

というわけで、「ヴィーガンが地球を救う」と言い切ることに大きな間違いはないと思うのである。肉食を絶つこととエコロジー志向というのは、心のベクトルが共通しているようなのだ。「食に関してはヴィーガンだけど、他の部分では平気で CO2 排出しまくり」という人を私は知らないし。

NewSphere の記事の最後には次のように書かれている。

完全にヴィーガンになることは難しくても、「フレキシタリアン」(ヴィーガンやベジタリアンのように菜食主義ではないが、意識的に肉の消費を減らす生活)をするだけでも環境に与える影響は減らすことができる。(中略)これからは、当たり前にチキンに手を伸ばすのではなく、少し考えてから食材やメニューを選んだりしてみるのもよいかもしれない。

私もそのようにオススメしておく。

 

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2021年2月 5日

肉の入ってないラーメンを食べさせてくれる店

実は私はラーメンが大好きで、前は週イチ以上の頻度で食べていたのだが、最近は年に数回しか食べていない。それは3年以上前に肉食を止めたからだ。フツーのラーメンはチャーシューが付きものなので、「ヴィーガン・ラーメン」を提供してくれる店以外では食べられないのである。

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JR の東京駅、上野駅にある「T's たんたん」(本店は自由が丘らしい)ではスープにも肉や骨を使っていないピュアなヴィーガン・ラーメンを提供してくれるので、出張帰りなどには立ち寄って食べることにしている。そうでもしないと、「ラーメンの禁断症状」が出そうなのでね。

ちなみにここのラーメンは本当においしいので、肉食を絶っているわけではない人にもオススメしておきたい。

「肉の入ってないラーメンを食べられる店がもっとあればいいのに」とは、いつも思っていた。そしてふと思いついてググってみたところ、Vegewel というサイトに「【保存版】全部野菜だけど美味しい! ヘルシーなビーガンラーメン 33選【東京・横浜・千葉】」というページを見つけたのである。

このページを見ると「あるところにはあるものだ」と思うが、残念なことに私がよく行くエリアでは上述の「T's たんたん」ぐらいのものだ。世の中、なかなか思い通りにはならない。

ページの冒頭に紹介されている「濃い口醤油のビーガンらあめん」(1,000円税込)」というのは、「九州じゃんがら」というチェーン店で食えるらしい。秋葉原にもあるというので、ちょっとそそられた。

ところがよく読むと、この店は本来はとんこつラーメンで人気というので、ちょっとした危惧を感じてしまう。約 2年半前に「博多の繁華街に漂う生臭さの正体」という記事で書いているように、とんこつ臭というのは肉を絶った者には案外気になってしまうのだ。

Veggie house(ベジハウス)の「担々麺」(ランチ700円税込、ディナー900円税込)というのは、見たところなかなかそそられるが、店舗が錦糸町というのがネックだ。錦糸町にはここ 30年ぐらい用がないし、わざわざ行くにしても、結構手間だなあ。

そうそう、今回紹介したページは「東京、横浜、千葉」しかカバーしていないので触れられていないが、つくば市に「麺屋 KENJU」という店もあるんだった。たまには行ってみよう。

 

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2021年1月28日

「赤から鍋」に関する記憶の糸をたぐったら

JR 常磐線取手駅近くの道端に「名古屋名物 赤から」というでっかい看板が立てられている。クルマで通りかかる度に、「はて、これって一体なんだっけ?」と気にかかっていた。

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いつもそれっきりになっていたのだが、先日、この店の前で渋滞にせき止められ、看板を写真に撮ることができた。スマホの写真というのは、急いでいる時のメモ代わりになってありがたい。

そして家で写真を整理しながら、「そう言えばこれって、前に書いたことがあったかも」なんて気がして、自分のブログ内を検索したところ、ほぼ 3年半前の記事が見つかった。「某焼き肉店の残念な張り紙」という記事である。

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「パート」の「ー」が横書き表示のまま縦書きに貼り付けてあるし、その右下の「ト」というのは、「アルバイ」の 4文字が剥がれてしまった結果だろう。いやはや、確かに「残念そのもの」の風情である。

当時は場末の焼き肉屋といった佇まいで、今回紹介した大きな看板もなかったような気がするし、名古屋を本拠とする有力チェーンの店とは到底思われなかった。しかし最近はかなり改善されてそれなりに繁盛しているようで、よかったね。

赤から鍋に関しては、「赤味噌にトウガラシをブレンドして作られたスープに、肉などの具材を煮込んで食べる鍋」とわかった。名古屋めしのことなので、当然そうなるだろう。ついでに「セセリ」が鶏の首肉であることも思い出した。

ただいずれにしても、私は最近肉を絶っているので、お呼びじゃないようだ。

結局のところ名古屋に行ったら、「きしめん」を食っていさえすればいいようなのである。3月に飛騨に行ったら(参照 1参照 2)途中で寄り道して、本場のきしめん食いたいなあ。

 

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2020年12月16日

「島とうがらし」(コーレーグース)の注意点

最近、沖縄の大城海産物加工所の製造する「島とうがらし」(コーレーグース)を愛用している。ラベルの「名称」という欄に「泡盛漬けとうがらし」とあるように、沖縄特産の「島とうがらし」というものを沖縄の酒、泡盛に漬けたものだ。これをほんの少し垂らすだけで、何でもチョー辛口になる。

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辛いもの好きの私にとって、京都の「舞妓はんひぃ〜ひぃ〜」と沖縄の「コーレーグース」は必需品である。この 2つの香辛料については、今年 10月 18日付で書いているので、ご覧いただきたい。そしてとくに「コーレーグース」は、過去ログを検索してみると 10年以上前から愛用している(参照)。

このコーレーグースでありがたいのは、どんどん使って瓶の中の量が少なくなってしまったら、泡盛を注ぎ足せばいいということだ。中の実がふやけて色が薄くなってしまう頃まで、結構長く使える。注ぎ足すのは焼酎でもいいとは書いてあるが、ここはやっぱり泡盛でなきゃね。

ところがこの点で、気をつけなければならないことがある。それは、どんどん泡盛を注ぎ足して使っているうちに瓶の中の島とうがらしの辛み成分が薄くなってしまうことだ。

買ったばかりの時にはほんの少し垂らすだけで十分に辛くなるのだが、何度も泡盛を注ぎ足したものだと、かなりジョバジョバかけないと、満足するほどの辛みにならない。私はチョー辛口好みだから、へたすると瓶の半分近くの量をかけてしまうこともある。

そうなると何しろ瓶の中の液体はアルコール度数 25度の泡盛だから、少々お酒を飲んだのと同じことになる。夕食なら OK だが、これから仕事という朝にこれをやってしまうと「ありゃ? ちょっといい気分かも・・・」みたいなことになってしまうのだ。

当然ながら、クルマを運転する前には御法度だ。

というわけで買ったばかりのコーレーグースならほんの少量で済むから OK だが、何度も泡盛を注ぎ足してしまったものは、夕食専用にする方が無難だ。朝と昼は、「舞妓はんひぃ〜ひぃ〜」の出番である。

これが泡盛を注ぎ足しながら「コーレーグース」を使う際の注意点で、よくよく気をつけなければならない。

 

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