カテゴリー「グルメ・クッキング」の154件の記事

2021年7月17日

アイスコーヒーは、今や外国でも飲まれてるらしい

2日続けてのコーヒー・ネタで恐縮だが、私はつい最近まで「アイスコーヒーなんて飲むのは日本人だけで、外国にはそんなものない」と思い込んでいた。ところが実はこれ、情報としては既に化石同様になっているようで、今の世の中、頭の中身のの更新を怠っていると、とんだ恥をかくことになる。

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私は 2004年にシカゴに行って以来、外国には行っていない。その代わり、この間に日本国内は全都道府県制覇したが、いずれにしても 17年間ドメスティックな人である。そして 2004年頃までは、欧米のコーヒーショップではアイスコーヒーなんて、少なくとも一般的じゃなかった。

というわけで、私は「アイスコーヒーは、日本独特の飲み物」と思い込んでいたのだが、こちらのページ によれば、海外でも西暦 2000年頃からアイスコーヒーが出現し始め、今ではごくフツーに飲まれているようなのである。ということは、2004年なら、よく探せばあったのかもしれない。

ただ、私が頻繁に欧米と香港あたりに出張していた前世紀(つまり 20世紀)までは、日本以外ではアイスコーヒーなんて見当たらなかった。これは自信を持って言い切らせてもらう。

海外出張で一人ではメシも食えないようなオッサンの食事に、浮世の義理で付き合ってあげて、「飲み物は何にします?」と聞き、「アイスコーヒー」なんて言われたら、「ここは日本じゃないのでアイスコーヒーはありませんから、別のものにしてください」なんてフツーに言っていたものだ。

ああ、こんなこと言ってると、自分が「前世紀の遺物」みたいな気がしてきた。世の中の移り変わりは本当に激しい。

アイスコーヒーの発祥については「日本発」という説(参照)が主流だが、「北アフリカ発」という説(参照)もあって、このあたりはよく確認できない。ただ、「アイスコーヒー」と言ってフツーにイメージできるような形のものは、日本発というのが妥当だと思う。

私は個人的には「コーヒーはホット」という主義で、アイスコーヒーは飲む気がしない。デスクに置いたコーヒーカップの中身が、仕事に没頭しているうちに冷めて生ぬるくなってしまうことはよくあるのだが、生ぬるくてもアイスコーヒーよりはずっといい。

ちなみに、欧米でもフランスではアイスコーヒーはあまり好まれないらしい。私はフランス人とは気の合った例しがほとんどないのだが、この点に関してだけは共鳴し合えそうだ。

 

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2021年7月 7日

「枝豆」は確かに「大豆」ではあるのだが

枝豆のおいしい季節になりつつある。ビールのつまみに枝豆なんか出されると、私は最近めっきり酒量が減ったので、枝豆ばかりパクパク食べて、あっという間に食べきってしまう。

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ちなみに、私が「枝豆は大豆である」と知ったのは、20代後半のことだった。これはフツーに知らない人が多く、tenki.jp のサイトにも "「枝豆」が成長すると何になる? 答えは「大豆」です" (2020/06/30 付)というウンチク・ページがあるほどだ。

13年前の記事にもちらっと書いているが、インド人を含む数人の友人とビールを飲んでいた時のことである。このインド人、つまみに出された枝豆が大変に気に入ってしまったようで、こんなような会話になった(元は英語だが、日本語に翻訳しておく)。

「このおいしい豆は、一体何だ?」
「エダマメ」
「いや、僕が聞きたいのは、英語で何て言うかってことなんだ」
「そんなの知らないよ。寿司が “スシ“ で、すき焼きが "スキヤーキ" なんだから、エダマメも "エッダマーミィ” でいいじゃん」

ところが、彼はそれでは納得しない。「英語でもちゃんとした言葉があるはずだ」と言い張るので、私は仕方なくバッグからコンパクトな豆本タイプの「英和/和英辞書」を取り出した。当時は英語を多用する仕事をしていたので、この辞書は必携品だったのである。今ならスマホで十分足りるが。

で、その辞書で "edamame" を引いてみたところ、ごく素っ気なく ”immatured soy beans" とあるではないか。これには思わず「はぁ !?」と叫ぶほど驚いてしまった。

「どうだ? 英語で何というか、わかったか?」
「英語で何というか以上のことを初めて知って、びっくりしてるところだよ。これって『未熟な大豆』なんだってさ!」

これはその場にいた友人全員も初めて知ったらしく、その話で大いに盛り上がってしまった。「大豆はすべて未熟なうちに食いたい」なんて言い出すやつまでいたほどである。

「すべて未熟なうちに食う」というのはさすがに暴論で、それじゃ味噌、醤油が世の中から消えてしまう。後日よく調べると、そこはそれ、枝豆は枝豆専用の品種改良がなされているようなのだ。上述の tenki.jp のページにも次のようにある。

近年は、大豆として収穫しない枝豆専用の品種で栽培するのがメジャーです。枝豆専用の品種は実に 400種類以上。収穫適期が短いので他府県に出回ることが少ないため、多くの地方品種があるようです。

なるほど、私の田舎でしか食えない「だだちゃ豆」(私は「日本一おいしい枝豆」と思っている)も、その一つだったのか。あそこまでいったら、さすがに「未熟な大豆」なんかでは済ませられないよね。

ああ、久しぶりで里帰りしてみたい。だだちゃ豆を食うためだけでいいから。

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2021年5月31日

頑張れ、きしめん!

東洋経済が "名古屋「きしめん」が絶滅の危機に瀕しているワケ" という記事を紹介している。きしめん好きで味噌煮込みうどんにはちっとも感動しない者としては、「味噌煮込みうどんにご当地料理の座を奪われた」というサブタイトルまで気になってしまう。

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昔、ウールや毛織物関連の仕事をしていた頃は、ほとんど毎月のように名古屋に出張していたから、きしめんはよく食べていた。名古屋地元の連中に「それより味噌煮込みうどんを食べてみろ」としきりに勧められ、一度だけ夕食に試してみたがまったくピンと来なかったので、結局きしめんに戻っていた。

「なごやめし」をプロモーションしている方面の方々には申し訳ないが、私としては「名古屋ではきしめん以外に食うものがない」とまで思っている。まあ、何にでも鶏肉が入ってしまうということもあるが、これは肉食を止めるずっと前から思っていたことだ。

それだけに、今回の記事は気になった。「味噌煮込みうどんにご当地料理の座を奪われた」というのは、「そんなの、もってのほか!」とまで思ってしまう。この間の事情を、記事に登場する「市内の麺類食堂店主」は次のように語る。

「きしめんと味噌煮込みうどんを出したときのお客さんのリアクションが違うんです。きしめんは反応が薄いのですが、味噌煮込みうどんのグツツという音とビジュアルに盛り上がるんですよね」

うぅむ、確かに味噌煮込みうどんは目の前に出された時のインパクトが大きい。しかし、はっきり言ってそれだけのことだ。個人的な印象だが、実際に食ってみると「何これ? 決してまずくて食えないってわけじゃないけど、リピートはあり得んわ!」となる。値段だってきしめんより高いし。

インパクトだけのものより、奥の深いものの方がいい。息長く愛することのできるのは、圧倒的にきしめんだ。それだけに、「絶滅の危機に瀕している」というのは聞き捨てならない。

「きしめんは駅ホームの立ち食いが一番おいしい」なんて言われていて、名古屋駅構内のきしめん専門店で食うよりも新幹線ホームの立ち食い店がおいしかったというのは、3年前の 3月に書いた(参照)。ただ、「本当に本当に旨いきしめん」というのはまだ食べていないような気がする。

今はコロナ騒ぎでなかなか旅に出られないが、またあちこちに出張できるようになったら、名古屋では是非この記事で紹介されている "麺類専門店「星が丘製麺所」" まで足を伸ばし、「本当に本当においしい、本物のきしめん」を食べてみたい。

頑張れ、きしめん!

 

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2021年5月25日

「スパゲティ・カルボナーラ」を突破口に

一昨日の「ティッシュペーパーのブランドとメーカー」という記事で、自分のスマホのブランドをしっかりと認識しているが、ティッシュペーパーのブランドを知らない人もいれば、その逆のケースもあるというようなことについて触れた。

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ことほど左様に、人は自分の興味のある分野では細かいことまで知識があるが、興味がない分野ではすっかり無頓着になってしまうものである。私の場合で言えば、カタカナ名前の食べ物がとんとわからない。

「カタカナ名前の食べ物は、ラーメンとカレーしかわからないんでしょ」なんて言われることがある。「とんでもない、パンとスパゲティだってわかるよ」と反論してみても、それ以上のことは本当によくわからないのだから、我ながら呆れる。

いや、実を言えば「カタカナ名前の食べ物」でも、英語由来のものなら大抵はわかる。オニオン・スープとか、ポテト・パイとかアイスクリームとかならしっかりわかるのだが、食い物の名前というのはやたらとイタリア語やフランス語が多いので厄介なのだ。

先日、妻とサイゼリヤで食事をしたが、メニューを開いてもカタカナだとさっぱりわからない。肉を食わない私としては、「野菜スパゲティ」というのを選べばいいので話は簡単だが、そうでなかったら途方に暮れてしまうだろう。

「この『カルボナーラ』ってのは、炭水化物ばかりのスパゲティなのかと思ったら、写真を見ると肉も載っかってるんだね」と言うと、妻は「それは炭焼き職人が山の中で自分で料理して食べたものだから、そういう名前になったという説があるのよ」と説明する。西洋の食い物の話になると、妻はやたら詳しい。

「へえ、炭焼き職人風だから、炭素の『カーボン』なんだね」
「そういう説があるみたい。でもそうやって何でもかんでも英語に翻訳して『カーボン』なんて言っちゃうと、趣きがなくなっちゃうけどね」

というわけで、妻としては興ざめしてしまったのかもしれないが、私としてはこうして「言葉と文化」に関連付けられると俄然興味が湧き、この日を限りに「スパゲティ・カルボナーラ」という料理の名前はしっかりと覚えた。これを突破口に、少しは料理の名前もわかるようになれるかもしれない。

とはいえ、肉が入っているみたいなので、「カルボナーラ」を自分で食べることはないのだが。

ちなみに、後日 Wikipedia で調べてみて、「カルボナーラ」の由来は「炭焼き職人風」以外にも諸説あると知った。中には「単にコショウの色から連想されたという説もある」というのもあって、「だったら、白コショウを使えば『スパゲティ・ライム』(石灰風)かよ!」なんて思ってしまったよ。

いや、イタリア語だと 「スパゲティ・カルチェ」か。

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2021年5月19日

私は「無精なコーヒー好き」

ちょっと前に、ラジオ番組の「リスナーからのお便り」で聞いたのだか、Twitter か何かで読んだのか忘れてしまったが、コーヒーに関するおもしろい話に笑ってしまった。

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コーヒー好きの息子が自分のコーヒーを淹れる時に必ず「お母さんも飲む?」と聞いてくれるので、「ウチの子はなんて優しいんだろう」と思っていたのだが、ある時その息子が「1杯分だけだと、どうもおいしく淹れられないんだよな」と呟くのを聞き、「優しい息子」は、思い過ごしと知ったのだという。

「お母さんも飲む?」と聞いてくれるのは、とりもなおさず自分自身がおいしく飲むためだったわけで、確かにコーヒーはある程度の量を一度に作る方がおいしいような気はする。私の気のせいかと思っていたのだが、それほどのコーヒー好きも言うのだから確かなのだろう。

私もコーヒーはいつも自分で豆から挽いて淹れるが、ここに登場した「優しい息子」ほどに凝りまくっているわけじゃない。いつも安物のドリップマシンで 3〜4杯分を一度に淹れて、半日ほどで飲んでいる。これ、飲む度にいちいち淹れるのが面倒だからというだけの話だ。

このやり方だと最初の 1杯目は確かにおいしくて、ちゃんと豆から挽いて淹れただけの甲斐はある。しかし 2杯目以降は香りも飛んでしまい、単なるフツーのコーヒーに落ちてしまうので、PC に向かって仕事しながら惰性でお替わりしてるだけと言っていい。

ただ惰性とはいえ他の飲み物よりは断然コーヒーを飲みたいのだから、一応「コーヒー好き」ではある。ただ、「無精な」(「無難」ではない)という形容詞付きで語る方がいいと自覚する程度には、「身の程」というものを承知している。本物の筋金入りコーヒー好きから見たら言語道断だろう。

ただ、香りが飛んでしまうというのは部屋にいつもコーヒーの香りが漂っているということでもあるので、幸せな気分で仕事ができるのだよね。

 

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2021年5月 6日

「天ぷらにソース」の謎が、また少しほどけた

もう 8年以上も前になるが「ソースで天ぷらを食う文化」という記事を書いた。岡山に出張した際に天ぷらをソースで食わされ、西日本ではそれがごくフツーと知って、かなり驚いてしまったという話だ。

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天ぷらにかけるのが醤油かソースかというのは、フォッサマグナを境にして、東日本と西日本にかなりきれいに分けられるようなのである。そしてその 2日後に、「ソースで天ぷらを食う人たちは、鉄板系コナモンも好き」なんていう関連記事まで書いている。

で、この件に関してはほぼそれっきりになっていたのだが、今日、さらに新しいことを知った。ラジオでたまたま、「西日本の人たちは天ぷらにソースをかけるので、やっぱりウスターソースでないとね」という話を聞いたのである。

この話の続きはこんなことだった。東日本の人たちはソースはとんかつやフライにしかかけないので、「中濃ソース」のほぼ一択だが、西日本ではさらりとした「ウスターソース」がメインで、お好み焼きなどには「特濃ソース」という使い分けをしているというのである。

そんなことは、この歳になって初めて知った。要するに「ソースで天ぷら」と一括りに言ってしまっても、そのソースそのものが、東日本と西日本では違うのだ。

西日本で「ソース」といえば、粘度が低いウスターソースなので違和感がないわけなのだね。東日本の人間は「天ぷらにソース」と聞くと、どうしてもどろっとした中濃ソースを思い浮かべるので、「うっ!」となってしまうわけだが。

ちなみに我が家は市販のソースを全然使わないので、中濃もウスターもないが、そういえば庄内の実家ではカツやフライなどには「とんかつソース」というのを使い、それ以外はすべて醤油を使っていた。しかもその醤油は、関東の「濃口醤油」よりやや色の薄い「薄口醤油」だったような気がする。

そういえば大学に入って上京した時、東京の醤油の色の濃さに驚いた覚えがある。さらにうどんの汁にも「うわぁ、真っ黒に近いじゃん!」とたじろいだものだ。私の田舎は江戸時代から西回り航路の終着港だったので、かなり上方文化が入っており、東北とはいえどっぷりと東日本的ではなかったのだ。

さらに明らかになったのはソースのブランドで言うと、上の図のように東日本では「ブルドック」(英文表記は "Bulldog" だが、カタカナでは「ブルドック」)が圧倒的だが、西日本では「オタフク」というのが有力ということだ。

このオタフクというのは広島のメーカーで、ウスターソースに強いらしい。さらに広島だけに、お好み焼き用の「お好みソース」というのまである。

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ちなみに「ブルドック」と「オタフク」の二大ブランドの他には、「カゴメ」もケチャップだけでなく奮闘しているし、そのほかにも地域的には限られるが、「イカリ」「コーミ」「オリバー」などがあるという。思いのほかに多様性のある市場のようなのだ。

 

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2021年5月 1日

牛肉レシピを載せない料理サイト

先月、生まれて初めて飛騨の国への旅に行った際の記事で、私は「開いているのは飛騨牛を食わせる店と高山ラーメン(飛騨ラーメン?)の店ばかり。肉を食わない私はどちらにも用がない」と書いている(参照)。本当に飛騨や佐賀など、牛肉が売り物の土地に行くと食うモノに苦労してしまうのだ。

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というわけで今回は、HUFFPOST の "牛肉レシピの掲載を停止「世界最悪の気候犯罪者の1人に出番を与えない」 アメリカの人気料理サイト" という記事に注目してしまった。これはもう、本当に「潔い」ことである。

このレシピサイトは "epicurious" という。ちなみに "epicurian" (快楽主義)という英語があるので、形容詞として「快楽主義の」という意味なのかと思ったら、私の手持ちの ウィズダム英和辞書にはこの項目がなかった。どうやら造語みたいなのだが、意味は誰でもすぐにわかるよね。

で、「快楽主義」と言うのだから牛肉もりもり食べ放題志向なのかいうと、そうじゃない。このサイトの宣言は次のようなものだという。

牛や、牛を食べる人々に対する“復讐”のようなものだと思う人もいるかもしれませんが、私たちはハンバーガーが嫌いだから、この決定をしたわけではありません(嫌いじゃありません!)

私たちの決定は、サステナビリティ(持続可能性)に関するものであり、世界で最悪の気候犯罪者の 1人に出番を与えないということです。これは、反牛肉ではなく、むしろ親地球だと考えています

世界の温室効果ガス排出量の約 15%は、家畜(および家畜の飼育に関係するもの)から発生しており、そのうち約 65%は、牛(牛乳も含む)から排出されているという。とすれば、epicurous のこの方針こそ、まさに「真の快楽主義」と言えるかもしれない。

私はこのサイトの "Left Beef Behind" ’(牛肉を置き去りにした)という方針を心から支持したい。

 

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2021年4月11日

野菜を食べるカレー camp

出張で博多に来ている。本州から出るのは、昨年 3月の北海道出張以来、1年以上ぶりだ。

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博多は大好きな街なのだが、ただ一つ不満があった。それは、「食」に関する話である。豚骨スープベースが多い博多ラーメンの店が多いので、肉を食わない私にとっては食うものがかなり限られるのだ(参照)。

そもそも大阪からこっちは肉料理の店が多くて閉口してしまうのである。それに西日本は私の好きなそばを食わしてくれる店が少ないし、博多のうどんはこしがないのが特色なので、まずいというわけじゃないが、好みからはちょっとはずれる。日が暮れてから食うメシを探すのが大変なのだ。

ところが、偶然にいい店を見つけた。野菜カレーの専門店 "camp" という店である。とにかく肉を使わないカレーの店なのだ。駅ビル KITTE の地下にある。今日食べたのは、「1日分の野菜のカレー」(だったかな?)というもので、とにかくもう、野菜がたっぷり入っていておいしい。

この店、私は博多に来て初めて知った。今日はいい発見をしたのでネットで検索してみたところ、新橋、代々木、渋谷にもあるようだ(参照)が、残念ながら地元のつくば周辺では見つからなかった。

今朝は早起きして出てきて疲れたので、このくらいで失礼。

 

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2021年3月27日

コンテナの手配がつかず、コーヒー豆不足という悪夢

Gigazine のニュースによると、世界規模でコーヒー豆が不足しているのだそうだ(参照)。3月 14日の記事で書いたように、自宅では豆から挽いて淹れて飲むほどのコーヒー好きの私にとっては、ちょっと気になるニュースである。210327

なにしろ Bloomberg の元記事のタイトルが "The World is Facing a Coffee Deficit in Supply Chain 'Nighitmare'" (世界はサプライ・チェーンの「悪夢」でコーヒー不足に直面している)というのだから、半端じゃない。夢ならどうか、醒めてもらいたいものだ。

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この供給不足は決して生産量の減少によるものではない。それどころか、ブラジルの 2020年~21年度のコーヒー豆生産量は過去最高になる見通しで、昨年 6月にはコーヒー豆の国際価格下落が報じられたほどだ。じゃあ、何がいけないのかというと、ご多分に漏れずコロナ禍のせいである。

コロナ禍の拡大によって作業員やドライバーが不足し、世界中の港で陸揚げされたコンテナに手が付けられずに放置されたままになっているというのである。つまりコンテナが不足しているので、コーヒー豆の輸送が思うに任せないというのだ。

フード・マイレッジを気にするエコ派の私としては、食べ物はなるべく地産地消を心がけている。それで輸入に頼るほかないバナナだのグレープフルーツだのは近頃まったく口にしていないのだが、心苦しいことにコーヒーだけは止められない。それで例外的にお目こぼしをしてもらっているわけだ。

ところが状況は厳しい。ブラジルの 2021年~22年は悪天候の影響で一転して減少傾向にあるため、世界的にコーヒー不足が起きるだろうとの予測がある。ところがその一方で、空コンテナの到着を待つ豆の在庫が大量にあるというのだから、しっちゃかめっちゃかだ。

いずれにしても、私のささやかな楽しみのコーヒーは、そのうち豆が値上がりしてしまいそうな様子なのである。もしかしたら 1日 4杯を 3杯に減らすなんてこともあり得るかもしれない。やれやれ。

 

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2021年3月 4日

「チン」した餅は、喉に詰まりやすい気がするんだが

弥生 3月にもなってから正月三が日の話をするという寝ぼけ具合で恐縮だが、毎年、三が日には老人が餅をのどに詰まらせて死亡するというニュースが多い。今年も東京都内で高齢者 14人が病院に搬送され、このうち 3人が死亡したと伝えられている(参照)。

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毎年「高齢者は、若い頃みたいに餅をワシワシ食っちゃいけないよね」なんて他人事(注)のように妻と話していたが、ふと「ありゃ、俺たちだってもう立派な『高齢者』じゃん!」と、決して他人事じゃなくなっていることに気付いた。そう言えば確かに近頃、餅をワシワシ食うのが少々しんどくなってきた。

ただ、負け惜しみを言うようだが、このしんどさは年のせいばかりじゃないと思う。というのは、電子レンジでチンした餅を食うのはしんどいが、オーブンで焼いた餅は平気で食えるのだ。

正月前に買った餅は全部食い終わるのにいつも 2月の終わりか 3月初めまでかかり、その餅を焼くのは大抵私の役割である。そして最近は妻が「水を少しだけ入れた器に餅を入れてチンすると、おいしくできる(参照)って聞いたわよ」というので、疑うことなくそれに従っていた。

このやり方だと、確かに手軽だ。多くのウェブページでも、電子レンジだと短時間で手軽に「つきたてのお餅のようにもっちもち」になると紹介されている。ただ分量によっては、「もっちもち」というより「ねっとり」になってしまうことがあり、秒数の設定がなかなかビミョーだ。

「ねっとり」になってしまっても餅は餅だから、そんなものだと思って食えばおいしく食えるのだが、ただ一つだけ問題がある。それは粘度が高過ぎて、口の奥、食道の入り口あたりにネバり付いてしまい、かなり飲み込みにくくなるということだ。

そう言えば、「つきたての餅」というのはかなり「ねっとり」していて、両端をつまんで引っ張るとちぎれないほどビローンと延びる。その意味では、「もっちもち」と言うと聞こえがいいが、それは「ねっとり」の別の言い方に過ぎないんじゃないかという気までしてくる。

つまり電子レンジでチンした餅というのは「つきたてのもっちもち=ねっとり」に近くなって、少々飲み込みにくい気がするのだよね。汁物と一緒でないと、目を白黒させてしまうことが時々あったりする。

何しろ私は、以前このブログにも書いたように早食い(参照)なもので、「こりゃ、下手すると『うっ!』なんてうめいて、白目剥いて救急車呼んでもらうことになりかねないな」と、マジに恐れていた。同じ死ぬのでも窒息死はさぞかし苦しかろうから、できることなら別の死に方をしたいものだ。

そんなある日、その日に限ってたまたまオーブンで餅を焼いてみた。するとやや時間はかかるものの、薄っすらと焦げ目のついた香ばしいまでの焼き上がりになり、粘りも適度なので何の問題もなく食えるではないか。「これでこそ『餅』ってもんだよね!」と、今さらながら感動してしまったね。

餅はチンすると、手軽に一見おいしそうな「もっちもち=ねっとり」状態になる。それは確かなことだ。しかし私としては、とくに高齢者には「餅をチンして食う」のはオススメしない。餅はやっぱり直火で「焼く」に限る。何しろ香ばしいし、喉に詰まるリスクも減るからね。

とはいえ直火で焼いた餅でも、やっぱり若い頃のような「ワシワシ食い」はしないようにしている。電子レンジのない昔から、餅で死ぬ者は後を絶たないわけだし。

【注】

「他人事」の読みは「たにんごと」ではなく「ひとごと」でお願いしたいので、そのあたり...

Yoroshiku4

 

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