やれやれ、箱根は今年も青学だった
今年も正月も元日は「ニューイヤー駅伝」、2日と 3日は「箱根駅伝」の中継に見入ってしまった。まともにテレビを見るなんていうのは年間を通してこの 3日間ぐらいしかなく、要するに私は結構な「駅伝ファン」なのである。
昨日の箱根駅伝往路は 5区の山登りに入って早稻田がトップを走っていた中央をかわし、「おお、往路はもらった!」と思ったところで、いきなり青学に飛び出されてしまった。今年の早稻田はマジで往路優勝を狙えると言われていただけに、これにはちょっと呆然だったなあ。
復路になってからはもうお約束のように青学の独壇場で、結果として往路優勝、復路優勝、総合優勝の三冠を、すべて大会記録というおまけ付きで持って行ってしまった。緑のユニフォームの独走というのは、もう見飽きてしまったよ。
結果として早稻田は駒澤と國學院にも抜かれ、昨年と同じ総合 4位という結果だった。昔は二桁順位が続くなんて時期もあったから、それに比べればまだストレスは少ないが、やはりちょっと物足りない。
ちなみに早稻田は私が入学した 1971年の数年前からはかなり低迷していた。当時の早稻田は学園紛争がとくに激しくて、ロックアウトなんて状態が続いていたせいかもしれない。
そうした状態からやっと抜け出したものの、あの瀬古利彦が在籍していた 1970年代後半にしても、総合成績はそれほどでもなかった。それが再び上位に食い込み始めたのは私が大学院を出た 1980年頃からで、1984年と 85年には、2年連続優勝までしている。黄金時代と言っていいかもしれない。
というわけで、やはりまともに優勝争いを演じてくれるようでないと、テレビ観戦していても甲斐がないというものなのである。しかし何と言っても青学が強過ぎるのが問題だから、来年はハンデとして 5kg ぐらいの荷物を背負って走ってもらいたくなってしまうよね。

















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