カテゴリー「スポーツ」の123件の記事

2022年8月26日

今シーズンのセリーグ順位表に、ちょっとびっくり

私は野球というスポーツにあまり興味がないので、とくに最近はプロ野球中継なんて見も聞きもしないし、それに関するニュースにも興味を払っていない。それで、今シーズンの巨人が 4位に低迷している(8月 24日時点)という事実を、昨日初めて知った。

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「奢れる者は久しからず」というが、8月下旬の時期に 4位という成績で、しかも 5位の広島に 0.5 ゲーム差と迫られているのだからびっくりだ。あの巨人が阪神よりも下位にいるというのだから、これはちょっとしたニュースである。ただ、どちらも勝率 5割に達していないのだが。

ちなみに仕事で大阪方面に行ったりすると、阪神ファンの多いことに驚く。昔よく一緒に組んで仕事をしていた大阪人は、「僕の『トラキチ』は、父の代からのタチの悪い遺伝病ですわ」なんて言っていた。

「関西の風土病かと思ってた」と言うと、「いやいや、4年間東京の大学に通って転地療法になるかと思ったんですが、全然アカンかったから、やっぱり遺伝性疾患でしょう」と、やたら当意即妙の答えが返ってくる。さすが大阪人である。

ところが世の中の巨人ファンというのはそこまで悟りを開いていることが稀で、「巨人が負けた翌日は機嫌が悪い」なんていうゴーマンなタイプも少なくない。この際せっかくだから、阪神ファンが既に到達して久しい高い境地を学んでもらいたいものだ。

そういえばこの関連で、阪神が優勝した 2003年に "今年の阪神の 「かわい気のない強さ」" という記事を書いている。この年は阪神があまりにも勝ちすぎたので、トラキチたちとしてもどうやって酒を飲めばいいかわからなかったようなのだ。

ということは今年は巨人ファンの方が、逆の意味で酒の飲み方に戸惑ってしまっているだろう。まあ、コロナ禍で寄り集まっての飲み会が少なくなっているから、何とかもっているのかもしれない。

関東で阪神ファンの境地にやや近いのは、強いて言えばヤクルト・ファンだが、彼らには妙なねじれや鬱屈がない。今シーズンみたいに強い時には割と素直に、しかも穏やかに喜ぶ傾向があるので始末がいい。

ただ、これとは別にちょっと気持ちの悪いのは、ヤクルトが優勝した時に限って「自分は東京生まれだから、実は元々ヤクルト・ファンなんだ」なんて言い出す「便乗ファン」が登場することである。今年もきっと出てくるだろう。

彼ら、ヤクルトの弱いシーズンには完全に日和ってるくせにね。

【備考】

「日和る」(ヒヨる)は「日和見主義」の動詞形みたいなスラングで、あまりいい意味ではない。1970年代はよく使われたが、今の若い人は馴染みがないかもしれないので、念のため。

 

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2022年3月28日

"Baseball" と「野球」は、別のスポーツ

一昨日の記事で日本の野球用語について「和製英語の宝庫」なんて書いたのをきっかけに、ちょっと試しに「野球 和製英語」というキーワードでググってみたところ、出てくるわ出てくるわ、大変な数のページがヒットした。

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中でも面白かったのは、かの有名なアンちゃんのページ(参照)。タイトルからして「日本の野球は和製英語の宝庫です」と、私と同じ発想なのが嬉しくなってしまった。興味のある方は是非行ってみるといい。

ちなみに野球が日本で広まったのは案外古く、明治の昔に正岡子規が普及に貢献し、「久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも」という短歌まで残している。彼は普及の功績によって野球殿堂入りしているほどだ。

「野球」という名称も子規が訳したと巷間もっともらしく伝えられるが、実際には中馬庚(この人も野球殿堂入りしている)という人の考案である。子規が訳したのなら、上で紹介した短歌は「久方のアメリカ人のはじめにし野球は見れど飽かぬものかも」みたいに、字余りなしのドンピシャ定型になっていただろう。

中馬が「野球」という語を考案したのは、"ball in the field" (あまりプロパーな言い方じゃないよね)という言葉を元にしたとされている。さらに  "shortstop" を「遊撃手」と訳したのも彼であるという。

こうしてみると、中馬という人はずいぶん自由勝手な訳し方をしていて、ベースボール用語が野球用語に変わる時点でかなりテキトーになる発端を作ったような気さえする。

さらに戦時中の「敵性語排除」というチョー特殊事情が加わって無理矢理な訳語が増え、そして戦後にカタカナ用語が解禁になった途端に、それまでの反動みたいに、「ランニングホームラン」みたいなわけのわからない和製英語がどっと作られたんじゃないかと想像する。

というわけで野球というのは 150年も前に日本に伝えられて広く受け入れられ、間に太平洋戦争なんてものまで挟んでいるだけに、ずいぶん特殊なまでにドメスチックな発展の仕方をしてしまったようなのだ。

こう言っちゃナンだが、「野球指導者」といわれるような人にはモロに「日本のオッサン」タイプが多い気がする(新庄  BIGBOSS なんかは別ね)。高校野球の坊主頭や旧日本陸軍的な入場行進(参照 1参照 2)なんかを見ても、「アメリカン・スポーツ」というイメージからはほど遠い。

アンちゃんは紹介した記事の末尾近くで、"面白いですね!「野球」は「ベースボール」ではない、日本人のためにある日本のスポーツです!" と書いている。この点に関しても、「我が意を得たり」だ。

【付記】

「久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも」の「久方の」は、「光」や「天(あま、あめ)」にかかる枕詞だが、この場合は「アメリカ人」の「アメ」にかけられた洒落みたいなもの。子規は米国に関して、仰ぎ見るような素晴らしい国と捉えていたのかもしれない。

 

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2022年3月26日

「コーチャーズボックス」という和製野球用語

もう 5日前(春分の日の 3月 21日)の話になるのだが、クルマを運転しながら聞いていた TBS ラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」という番組で、気になる部分があった。野球用語の「コーチャーズボックス」に関する小笠原亘アナウンサー(月曜パートナー)の説明が無茶苦茶だったことである。

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それは番組内の「相談は踊る」というコーナーに寄せられた、荒木正博(中日ドラゴンズのコーチ)ファンという横浜在住の方からの相談への関連で語られた。

そもそもの相談というのは、三塁コーチを務めていた荒木コーチが今シーズンから一塁コーチに変わるので、間近に見るためには、ホームチームである横浜ファンばかりの一塁側スタンドに行かなければならず、それが居心地悪いのでどうすればいいかという話である。

まあ、この問題についてはそばに置いとくことにして(来週の 28日までなら Radiko でも聞けるので、どうぞ)、野球音痴のジェーン・スーさんがこだわったのは、小笠原亘アナの「荒木コーチが、三塁側のコーチャーズボックスに・・・云々」という説明の件だ。

彼女は「コーチとコーチャーはどう違うの?」と聞いた。相手は TBS で野球の実況もしているぐらいの、いわば「専門職」なので、当然ながら簡単に答えてくれると思ったのだろう。

ところが小笠原アナは「やることは一緒。コーチがコーチャーもやる」なんてアサッテの方を向いたことを言う。スーさんは当然ながら「何言ってんだ? さっぱりわからない」と反応する。

それに対して小笠原アナはさらに、「コーチは攻撃の時はコーチャーになる」とか「コーチスボックスにいる時は、呼び名だけコーチャー」とか、アサッテどころか再来月みたいなことを言い出す。要するに、自分でもよくわかってないみたいなのだね。「専門職」なのに。

基本的なことを言えば、英語の "coach" は、名詞と動詞の両方の働きをし、名詞としては「指導者」、動詞としては「指導する」という意味を持つ。つまり名詞として使用する場合でも、ことさらに「コーチャー」なんて言う必要はない。

「コーチャーズボックス」は、まともな英語では "coach's box" なのだが、多分、カタカナにした時に「コーチスボックス」なんてのが言いにくいので、いつの間にか「コーチャーズボックス」なんて言うようになったんだろうね。

つまり「『コーチャー』はテキトーな和製英語です」と言ってしまえば済む話で、上の写真のリンク先でもそのように説明されている。要するに、単なる「雰囲気のもの」である。

ついでに言えば、日本で使われる野球用語は「雰囲気のもの度」が異常なまでに高い。「ナイター」とか「ランニングホームラン」とか「デッドボール」とか、和製英語の宝庫なので、かなり気をつけなければならない。

【付記】

この番組内でのやりとりは、来週の 27日の午前 10時頃までなら Radiko でも聞けるので、興味を持たれた方は大急ぎでどうぞ。問題の箇所は、番組開始後 1時間 10分ぐらいのところからピンポイントで聞くことができる。

また「デッドボール」に関しては、プロ野球関係者の中でも「デッボール」なんて言うオッサンが少なくない(例えば清原某とか)ので、注意が必要だ。「死球」じゃなく「借金球」(debt ball)になっちゃう。

 

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2021年11月25日

中国に対する IOC の態度は「スポーツ・ウォッシング」

中国の前副首相から性的関係を迫られたと告発した女子プロテニスの彭帥選手に関して、国際オリンピック委員会(IOC)が「元気で安全だった」などと発表して火消しに走っていることを、人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)が批判している。WTA(女子テニス協会)も同様に批判的だ。

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HUFFPOST の記事(参照)を初めとする複数のニュースに沿って彭帥選手の消息に関する経緯を簡潔に整理すると、次のようなことになる。

  • 11月 2日に彭帥選手が、中国の張高麗前副首相から性的関係を迫られたことを SNS で告発(参照)し、その直後から連絡が取れなくなった。

  • 11月 14日、WTAは「彼女の訴えは、完全かつ公平に、透明性をもって、検閲されることなく調査されなければならない」との声明を出した(参照)。

  • 11月 18日、中国国営グローバル放送の CGTN が、彭選手が WTA に宛てて書いたとされる「私は行方不明ではなく、安全で、全てが良い状態だ」というメールを公表。しかし WTA のスティーブ・サイモン CEO は「本人が書いたとは信じられない」と懸念を表明した(参照)。

  • 11月21日、中国共産党機関紙の人民日報系「環球時報」の編集長が、コーチ、友人とともにレストランで食事している彭選手の姿とされる映像を Twitter に投稿(参照)。WTAは、彭選手が危険にさらされていないかどうかの確認は「このビデオだけでは不十分」と述べた(参照

  • 同じ 11月 21日に、IOC がトーマス・バッハ会長らが彭選手とテレビ電話で話したと発表(参照)。バッハ会長は「彭選手は安全で元気に北京の自宅で暮らしていたが、今は自分のプライバシーを尊重してほしいと述べ、友人や家族と過ごすことを希望していた」と説明した。

  • これに関しては「30分間のテレビ電話には、中国オリンピック委員会の幹部も同席した。彭さんはなおも自由に発言できない状況に置かれている可能性もある」と報じられている(参照)。

このように「彭帥選手は無事」とする情報はすべて、伝言、真義が不確かなメールやビデオ、不自由な状況下でのテレビ電話などによるものでしかない。

11月 18日の「CGTN によるメール公開」というニュースに関連し、WTA のスティーブ・サイモン最高経営責任者は同日に出した声明で、「私はさまざまな手段を通じて彼女と連絡を取ろうとしたが、できなかった」と明かし、「彼女の安全について独立した確証が必要だ」と要求した(参照)。

そもそもこれに関しては、どうして彭選手が WTA 宛に書いたメールが CGTN の手に入るのか、メチャクチャな話である。国内でメール検閲が日常的に行われていることを、中国が自らバラしてしまったようなものだ。

さらに 11月 21日の IOC の発表は中国の官製メディアによるアヤシい情報と同レベルというほかないし、何しろあのバッハ会長の言うことだから、ますます信用できない。

この翌日の 22日、HRW のシニア中国研究者の王亚秋氏は、Twitter 上で「IOC は中国政府による行方不明や抑圧、プロパガンダ構造に積極的に加担している」と強く批判した(参照)。

彭帥選手が公開の場に元気な姿を現し、この間の経緯を自分の言葉できちんと説明し、さらに、それによる弾圧が一切ないということが確認されない限り、中国が「ヤバい国」であるというレッテルを剥がすわけにはいかない。

さらに言えば、チベット自治区のウィグル民族弾圧なども即座に止めなければ、中国は「ヤバい国」であり続けることになる。

IOC の態度は、オリンピック・ボイコットの気運が高まることのないように、まさに「スポーツ・ウォッシング」に終始しているだけと見られてもしかたがない。こんな状態での北京オリンピックは「外交的ボイコット」程度じゃ生ぬるい。個人的には「全面的ボイコット」すべきだとさえ思っている。

【2021年 12月 20日 追記】

HUFFPOST に 12月 20日付で「彭帥さん、海外メディア取材に性的暴行を否定。掲載された一問一答の内容は?」という記事が載った。

内容はリンク先を読んでいただければわかるように、彭帥さんが自ら性的暴行を受けたことを否定しているというもの。ただ、彼女の発言は矛盾点が多く、そのままには到底信じられるものではない。かなりの圧力で、暴行否定発言をさせられているとしか思えない。

 

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2021年8月20日

テレビでの差別発言に対する日米の差

HUFFPOST が「大谷翔平選手に差別発言をした解説者が、無期限の出演停止に。バイアストレーニングを受けると発表」と伝えている。デトロイト・タイガース解説者のジャック・モリス氏が大谷翔平選手についてのコメントで、アジア系のアクセントを真似た件での対応だ。

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これ、HUFFPODT US版の記事の翻訳で、元記事の見出しは ”Detroit Tigers Suspend Announcer Jack Morris For Racist On-Air Joke“ というもの。「デトロイト・タイガースが人種差別的な放送上のジョークにより、アナウンサーのジャック・モリスを停職に」と訳せる。

アジア系のアクセントをことさらに真似て "very very careful" (とてもとても気をつけて)と発言したことが問題になったものだ。Twitter で聞くことができる(参照)が、たしかにアジア系の発音と言い方を揶揄しているように聞こえる。

HUFFPOST はこれについて次のように伝えている。

発言はすぐに問題視され、モリス氏は9回に大谷選手に打順が回ってきた際に「もし私の発言が誰かを不快にさせたのであれば、心から謝罪します。特にアジア系コミュニティの皆さんに対し、大谷翔平選手のピッチングや、彼に気をつけたほうがいいと言ったことをお詫びします」と謝意を示した。

これにより、ジャック・モリスは放送途中で降板し、バイアストレーニング(偏見などを修正するためのトレーニング)を受けることになった。

一方、張本勲は 8月 8日の TBS のニュースショーで、女子ボクシングについて「こんな競技が好きな人がいるのか」「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って・・・」などとと発言した。(下の画像をクリックすると、別画面で動画が見られる)

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これに関して彼は自身で直接には謝罪せず、1週間後の番組で担当女子アナに謝らせた上で、「今回は言い方を間違えて、反省してます。以後気をつけます」と言ったのみ(参照)。 これは典型的な non-apology (謝らない謝罪)で、遠回しに「俺は悪くない」と言っているに等しい(参照)。

TBS は本来ならば、彼を全面的に出演停止にし、性差別的な考えを改めるためのバイアストレーニングを課すぐらいの対応を取らなければならないだろう。しかしそんなことには全然なっていないようだ。

差別発言に関する日米の対応の差は、かくまでに大きい。

 

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2020年1月12日

自らの身勝手なラグビー・ファンぶりを反省

昨日迂闊なことに、ラグビーの大学選手権の中継を見るのをすっかり忘れていた。本当に久しぶりに母校が決勝に進出し、しかも往年の宿敵、明治大学を下して優勝しているというのに、私といえばその頃、しんねりむっつり PC に向かって仕事なんてしていたのだ。

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思えば母校が文句なしのラグビー強豪校だった頃、正月の大学選手権決勝の日は、時にはラグビー好きの友人も交えてテレビに向かい、大声援を送っていたのである。それはほぼ毎年の恒例行事で、家族の間でもこの日ばかりは「お父さんの邪魔しちゃダメよ」ということになっていたほどなのだ。

しかし最近のワセダ・ラグビーは、長期の低迷状態にあった。大学選手権決勝に出られないどころか、3回戦ぐらいで敗退することすら珍しくなくなっていたのである。そんなわけで、正月の日曜日、テレビに向かって大声援を送るなんてことから遠ざかっていたのだった。

ところが昨日、なんとまあ、母校は 11年ぶりの優勝を遂げてしまった。そのニュースを夕方に知った私は、どう対応していいかわからなかったのである。あまりにも優勝から遠ざかっていたので、喜び方を忘れてしまっていたことを、Twitter にも上の写真のように率直に書いている。

というわけで、本当に反省している。私は常々、世の巨人ファンという種族について「単に勝馬に乗りたいだけじゃん!」なんて安易な批判をしてきたわけだが、それが我が身に返ってきてしまうじゃないか。

「母校が強い間だけさんざん調子に乗って、低迷するとテレビを見ることすら忘れてるなんて、薄情にもほどがある」と言われても仕方がない。まったく身勝手な話なのである。

というわけで私は反省の意を込めて、「今年の秋以降、きちんと大学ラグビーに注目します」と宣言させていただく。「ワセダが復活した途端に、それを言い出すか」と言われそうで心苦しいが、そこは「ラグビーへの忠義立て」の方を優先しているので、ご理解頂きたい。

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2020年1月 4日

「つくば霞ヶ浦りんりんロード」がナショナルルートに

霞ヶ浦を周回する自転車道「つくば霞ヶ浦りんりんロード」(約 180km)が昨年 11月、国土交通省によって「ナショナルサイクルルート」の第一弾の 1つに選定された(参照)。選ばれたのは 3ルートで、ほかの 2つは 「しまなみ海道サイクリングロード」(広島、愛媛両県、約 70キロ)、「ビワイチ」(滋賀県、約 190キロ)。

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この「りんりんロード」はなにしろ全長が約 180km もあるので、まだコース全部を走りきったことはない。4年前の今日、自転車で土浦駅まで行き、りんりんロードを 30km ほど辿って霞ヶ浦湖岸を走り、そこから裏筑波に行って帰ってきた(参照)。この時は何しろヒルクライムまでしてしまったので、かなり疲れた記憶がある。

季節がよくなったら、裏筑波に行くのはカットして霞ヶ浦湖岸を廻ってみたいと思っている。道は平坦だが 180km もあるので、クルマに自転車を積んで朝早く出発し、暗くなってから帰ってこなければならないだろう。時間的に余裕のある時でないと、全コースを辿るのは大変だ。

さらにしまなみ海道とビワイチも、いつか行ってみたい。70歳を過ぎてからでは辛いだろうから、具体的に考えてみようと思う。

 

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2019年9月28日

「いきいき茨城ゆめ国体」とやらの開会式だったらしい

今朝、水戸方面に用があって常磐高速に乗っかると、いつになく交通量が多い。一体何事かと思ったら、今日が茨城国体の開会式だったのだそうだ。NHK が "令和初の国体 「茨城国体」が開幕" と伝えている。

そういえば「いきいき茨城ゆめ国体」なんて書かれたポスターを見かけたことがあるような気がするが、それが今日からだったとはちっとも知らなかった。それから「このアヤシいヤツ、何者 !?」と思っていた着ぐるみみたいなのが「いばラッキー」という名で、この国体のマスコットキャラクターだったとも、今日初めて知った。

ググって見ると、2年前の正月に上の動画が YouTube に登録されている(右側にいるのが、いばラッキー)。アップしたのは「いきいき茨城ゆめ国体・いきいき茨城ゆめ大会水戸市実行委員会」という組織のようだ。

ところが悲しいことに、この動画は 2年半以上経った今日まで 400回しか試聴されておらず、このダンスが披露された体育館の観客席も淋しい限りの入りである。動画には前年の国体開催県、熊本の「くまモン」も登場するが、「いばラッキー」とではネームバリューに悲しいほどの差がある。

「いばラッキー」は誰がデザインしたのか知らないが、見れば見るほどお世辞にも「できのいいキャラ」とは言えない。申し訳ないが、この国体が終わったらすぐに忘れ去られてしまうだろう。

近年は「国民体育大会」というもののニュースバリューが低下の一途を辿っており、私としては「開催県でしか注目されないんじゃないの?」なんて思っていた。しかしこうした現実を見ると、開催県でも注目されていないのが実情のようだ。

 

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2019年9月21日

ラグビーと音痴の関連について

ラグビーのワールドカップが開幕した。私としては、「ラグビーって見てると興奮しすぎて疲れるから、できれば卒業したい」なんて思っていたのだが、始まってみるとついテレビの前でアツくなってしまった。初戦はロシアに勝って万々歳である。

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写真は前半 11分に松島が決めた日本の最初のトライ。テレビの液晶画面って、写真に撮るとこんな感じになってしまうのだということを初めて知った。

実は私は決してラグビーの「にわかファン」というわけじゃなく、黄金時代のワセダに長く在籍していたから(何しろ大学院まで行っちゃったもので)、時には秩父宮ラグビー場まで行って観戦するほどだった。実況放送でアナウンサーが説明してくれなくても、少なくとも「今、どういう状況なのか」ぐらいは理解できる。

で、今日はワールドカップ関連ではあるが、ラグビーそのものの話じゃない。試合前の「国歌」に関する話題である。昨日は平原綾香が『君が代』独唱を行った。彼女の低音は独特の迫力があって、とくに最初の「きみがー」の部分はゾクゾクするほどだった。NHK で聞き慣れているバージョンの 4度も下に移調して歌っていたからね。

そして次にロシア国歌の番になり、独唱歌手(ごめん、名前わからない)に合わせて選手やロシア人の観客たちも一緒に歌っていたのだが、これがどういうわけか、音痴揃いなのである。とにかくそれぞれが勝手に音程外れまくりでわめいたりつぶやいたりするだけで、悪いけど聞いていて啞然とするほどだった。

そして申し訳ないけど、「やっぱりロシア人って、歌の下手なのが多いんだ」と再認識してしまったのである。

ここで「再認識」と言うには、それなりのわけがある。20代の頃だから 40年も前の話だが、私の田舎でよく「フォーク・コンサート」なんてものがやられていて、私も帰郷の際には出演して歌ったりしていた。そんな時、地元の酒田港に入港していたロシア船の船員たちも聞きに来ることがあった。

とにかく自由なコンサートだったから、出演者も観客も酒瓶抱えてほろ酔い加減で、「飛び入り」も歓迎である。すると観客の中からロシア人が、「俺にも歌わせろ」と飛び入りすることになる。ロシア語はさっぱりわからないが酒のせいもあり、その場の「ノリ」で、「おぉ、どんどんやってくれ!『カチューシャ』聞かせろ!」とばかりに、ギターを貸してステージに上げる。

そしてロシア人はおもむろにロシアの歌(らしい)を始めるのだが、これが呆れるほど下手というか、もっと言えば「音痴」なのである。ギターもただかき鳴らすだけで、まともには弾けていない。ロシア人仲間の歌もひたすらバラバラで、本来どんなメロディの曲なのかすら想像がつかない。

というわけで、私は自然に「フツーのロシア人って、歌がムチャクチャ下手なのに、なぜか音楽は好きみたいだよね。ロシアのクラシック歌手が見事に朗々と歌うのは、あくまでも特殊ケースなんだろうね」と思うようになった。昨夜は図らずもそれを思い出してしまったのである。

昨日のゲームで日本チームがとくに前半、ボールが手に付かなくてノッコン(正式の日本語では「ノックオン」というみたいだが)しまくりだったのは、あの超絶調子っぱずれの歌をすぐ近くで聴かされて体の中の軸がズレてしまったからに違いないと、勝手に思っている。

そう言えば昔、ワセダの試合を見るために秩父宮に行くと、その前の試合の「東大 vs 立教」の後半なんかに居合わせてしまうことがあった。仕方がないから、お付き合いで観戦してしまう。

こう言っちゃなんだが、この 2校のゲームと言うのは、(当時は)互いに意図もなくハイ・パントを上げては落下地点にわーっと群がり、まともに捕れなくて落としまくるわ、あげくはタッチに蹴り出そうとしても届かないわという「目の腐るような試合」だった。お目当てのワセダの試合を前に、「いざ決戦」の士気が萎えてしまうほどだったのを覚えている。

昨日のロシア国歌を聞いた時の感覚は、どこかあの「萎え感」に似ていると思ってしまった。

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2018年9月 8日

私が e スポーツのオリンピック種目化に反対する理由

「e スポーツ」がオリンピック種目として採用されることに関して、賛成・反対の論議が盛んになっている(参照)。昨日だったか一昨日だったか、ちらっと見たテレビ番組でもタレントやスポーツ選手がそれぞれの意見を述べていた。

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驚いたのは、何とかいう元プロ野球選手が「反対」を表明していたことである。彼が反対なのは、「そもそもその言葉、今日初めて知ったし、そんなのスポーツじゃない」からだという。今日初めて知ったことについて、テレビで賛成だの反対だの、よく言えるものだと啞然とした。

こうした、いわば「好きか/嫌いか」だけで物事を判断するタイプというのは、飲み会では楽しいだろうが、議論の場にはいて欲しくない。真摯な態度としては、「知ったばかりのことなので、現時点では賛成か反対かを表明できない」と言うべきだったろう。自分の好き嫌いは、脇に置いといて。

で、私の意見を述べるとすれば、「反対」である。その理由は「e スポーツがオリンピック種目としてふさわしくない」というようなことではなく、オリンピックはこれ以上際限なく種目を増やし続けるべきではないということだ。それには「貴金属の確保」という問題も含まれる。

これ以上「いいわ、いいわ」で種目を増やし続けたら際限がない。幸いなことに e スポーツは、これまでのコンベンショナル・スポーツとは明確に一線が引けるから、オリンピックとは別の次元のものとして、勝手に発展すればいいと思う。自動車レース(F1、ラリーなど)はずっとその路線で独自のステイタスを作り上げているし、e スポーツもその方向性でいけるはずだ。

貴金属の確保という問題に関しては、2020年の東京オリンピックでも、銀の確保の見通しがまだ立っていないと報じられている(参照)。銀は金メダルの地金(金メダルは、銀にメッキしたもの)としても使われるので、桁違いの量が必要になるのだ。この上まだ種目が増え続けたら、資源の確保にも関わる問題になりかねない。

いずれにしても、昨今のオリンピックの過度の商業主義化は、規模の拡大によって必然的にもたらされたものだ。規模をさらに拡大し続け、さらに e スポーツなんかが加わったりしたら、どんなにケバいものになるか想像もつかない。

あるいは、オリンピックがとてつもなく大規模でケバケバしいものになりすぎて、制御不能に陥り、自滅してしまうのを待つという手もあるかもしれないけど、そこに至るまでのプロセスが鬱陶しすぎる。

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