カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の90件の記事

2020年10月19日

ニューヨーカーのマスクコレクションがおもしろい

NewSphere に「マスクにもファッション  ニューヨーカーのマスクコレクション」という記事がある。

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冒頭には「ニューヨーカーもウイルス拡大防止のためマスク着用を受け入れるようになった」とある。「要請」とか「決まり事」とかいうのではなく、「受け入れるようになった」というのが、ちょっといいよね。もっとも、トランプは受け入れてないみたいだが。

せっかく受け入れたのだから、いっそ「表現」にまで高めようというのが、さすがニューヨーカーである。

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新学期で登校し始めた子供たちも、「ハートや本、スイカ、音符など思い思いのデザインのマスク」を付けているという。「みんなお揃い」が大好きな日本の学校だったら、「マスクは白無地が原則。派手な柄のマスクは禁止」なんて言われそうだ。

「マディソンアベニューでは、デザイナーマスクとスカーフをコーディネートさせた女性が高級アパレル店の前を颯爽と通り過ぎ」なんていう件もある。スカーフとのコーディネート企画なんて、結構お値段が張るだろう。ニューヨーク的「成金趣味」である。

さらに「逆張り」というか、日本ではスタンダードな白のマスクでも、ニューヨークだと目立ってしまうようなのが、またおもしろい。2つめの写真の下中央なんか、妙にカッコいいではないか。その上の白マスクは、縁部分のバーバリー柄みたいなのが「ちょっとしたこだわり」なのかもしれない。

1枚目の写真の右上、"VOTE!" (投票しろ!)というのも、またいい。トランプはマスクが嫌いみたいだから、これだけでも言外に「バイデン支持」をアピールしていることになりそうだ。

 

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2020年10月15日

まともにものを考える人間は、百貨店で服なんて買わない

週刊東洋経済 Plus に「アパレル生存競争 追い込まれる名門」というシリーズ企画があり、その 10月12日付は「オンワードと三陽商会は大量閉店 終わりを迎えた百貨店との蜜月」という記事だ。

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アパレル業界には「百貨店アパレル」というカテゴリーがある。その代表格はレナウン、オンワード、三陽商会、ダーバンなどだったが、レナウンは今年 5月に民事再生法を適用し、ダーバン(元々はレナウン系列)は身売りした。オンワード、三陽商会も赤字基調が続く。

「百貨店アパレル」というのは日本独特の業態で、百貨店の店頭在庫はアパレル側が持ち、店頭で商品が売れた時点で百貨店側の売り上げとして計上されるという仕組みだ。百貨店は仕入れリスクを持たない代わりに、アパレル側に売り場を提供するというもので、これを業界では「消化仕入れ」という。

こんな妙な仕組みが日本の高度成長期以来、延々と維持されているわけなのだが、もはやまともには機能していない。

上に掲げたグラフからも窺われるように、全国百貨店の衣料品売り上げは 2003年には 3兆円を越えていたが、昨年は半減して 1兆 6,000億円を切っている。さらに言えば、バブル絶頂期の 1991年には 6兆円に迫る勢いだったのだから、その当時と比べたら ほぼ 4分の 1 の売り上げでしかない。

高度成長期からバブル期にかけて完成された「消化仕入れ」というシステムでは、アパレル側としては百貨店売り場の見栄えをよくするために豊富な品揃えをしなければならないから、売れる見込みのない在庫も持たざるを得ない。そして残った商品は大幅値下げのバーゲンにかけてもまだ売れ残る。

オンワード、三陽商会、ダーバンなどの主力商品は、スーツやコートなどのいわゆる「重衣料」である。バブル絶頂期は、ごくフツーのメンズ・スーツ 1着が 6〜7万円以上した。カジュアルウェアでも、レナウンのポロャツなんて 1枚が 6千円ぐらいで、今のユニクロの商品の 3倍の値段だった。

当時、米国の衣料品小売市場をしっかり調べていた私は「こんなバブルはそのうち弾ける」と確信していて、事実その通りになった。そしてバブルが弾けて 20年も経った今でも、百貨店に並んでいる衣料品はやっぱり高い。だからまともにものを考える人間は、百貨店で服なんて買わないのである。

そして今や、ユニクロの天下だ。

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2020年10月 1日

コロナ禍の導く「ランウェイの終焉」?

今は昔の物語、私は 1980年代には繊維業界のジャーナリストとして、ファッション関連の記事を盛んに書いていた。今となっては誰も信じないだろうが、東京コレクションでも毎シーズン、最前列のプレス席に陣取っていたのだよ。

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というわけで、NewSphere の「ランウェイの終焉? ポストコロナ時代を見据えるファッション業界」という記事には、妙に反応してしまった。ちなみに念のため触れておくが、この場合の「ランウェイ」(runway)とは、逃げ出す(run away)んじゃなく、ショーで真ん中に突き出た花道みたいなヤツだ。

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こんなようなもので(参照)、「キャットウォーク」(catwalk)とも言う。ちなみにこの写真のキャプション、「滑走路のファッションショーで女性モデル」は機械的直訳にもほどがある。まあ、確かに英和辞書では "runway" の語義として「滑走路」が最初に出てくることが多いけどね。

さらに面倒くさいことには、2016年に「滑走路をランウェイに!  フィンエアーとヘルシンキ空港が共同でファッションショーを開催」(動画はこちら)なんてイベントもあったようだ。ただ、「滑走路をランウェイに」という日本語タイトルでは、せっかくの洒落が理に落ちてしまってるよね。

のっけからかなり横道にそれてしまったが、最初に触れた「ランウェイの終焉?」という記事の内容は、コロナ禍で実際に人を集めてのファッションショーが困難になったので、仮想空間を使うことになるだろうというものだ。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)といった技術の使い道が、また増える。

例えば AR を使うと、モデルが自宅のリビングを歩いているように見え、そこに登場した商品を予約注文できてしまったりするらしい。実現したら画期的なことになる。

ただ、日本のファッション業界というのは嫌になるほどアナログなところで、こんなようなシステムが抵抗なく取り入れられるとは、私には到底思えない。何しろ、手書きの紙のデザイン画から出発する世界だからね。

それに日本のファッションショーでは、「ショー用の作品」と「実際に売る商品」というのが一致していないことがままあって、ショーを見て直接発注なんてできなかったりする。なかなかシステム化しにくい業界なのだ。

 

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2020年8月12日

電車隣席の「昭和的半袖シャツ」袖口ツンツン問題

13年も前に書いた「オジサンの半袖シャツ、袖口が広すぎ 」という記事が、今になってもかなりのアクセスを集めている(とくに夏)。電車で隣に座ったオジサンの半袖シャツの広過ぎる袖口の角がこちらの二の腕をやたらツンツンくすぐって、迷惑でしょうがないという話だ。

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上の写真を見ればわかるが、オジサンの半袖シャツは、袖口が外側に不必要に突き出すという昭和的なシルエットになっていることが多い。その上、妙にアイロンが効いていたりするため、こちらも半袖で隣に座っていると、剥き出しの二の腕を不愉快に突いたりくすぐったりされて、迷惑千万なのだ。

この記事には同感を表明するコメントが結構ついていて、「今、電車の中でその状態」という気の毒なものも 3件ある。つい一昨日のコメントは、「今まさにその痒い状態で、自分が着ていた半袖カーディガンを脱いで、当たるほうの腕に全部かかるように肩がけして防いでいます」という涙ぐましいものだった。

「俺もおっさんだが、隣のおっさんの袖が気になるおっさんである」というのは、今年 6月のコメントである。1本のブログ記事に 13年近くにもわたってコンスタントにコメントが付くというのは、実際にかなりの広がりをもつ大問題なのだということを如実に示している。

「昭和的半袖シャツ」の袖口が不自然に外側に突きだしているのは、製造過程のパターン(型紙)の問題で、単純な円筒形に近い袖を身頃に平面的に縫い付けているからこんなことになる。ちゃんとした立体的パターンにすれば、下の画像のようにすっきりと収まりが付く。

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一目見れば、身頃への縫い付け部分と袖口が直角に近い角度になっていることに気付かれるだろう。「昭和的半袖シャツ」の場合はこの角度が決定的に足りない。さらに腕を降ろした時に窮屈にならないよう、やたらと袖口を広くするので、ますますツンツン問題が大きくなる。

というわけで、そろそろ「昭和的半袖シャツ撲滅」の声を上げて、袖口のツンツン問題をこの世からなくしてしまわなければならない。ただ、これをシャツ・メーカーに要望しても、安物シャツの場合は相変わらずの作り方しかしないのであまり効果は期待できない。

そこで消費者の方が「昭和的半袖シャツ」は電車で隣に大迷惑ということを知って、買わないようにするのが一番だ。あるいは「ダサくてカッコ悪い」とか「オッサンぽい」とかいう評価を定着させて、売れなくなるようにするのも一つの手だ。

まともなパターンの半袖シャツが高くて買えないなら、伸縮性のあるニット地のポロシャツに鞍替えしてもらいたい。これならユニクロで 3,000円以下で買える。ポロシャツで通勤するのに抵抗があるというなら、一年中長袖で通して、夏は腕まくりしていろというほかない。

 

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2020年4月30日

メンズ・ブランド「ダーバン」が 50周年なんだそうだ

ふと気付いたら、メンズ・ブランド「ダーバン」が今年 50周年を迎えて、昨年から新たなプロモーションを開始しているんだそうだ(参照)。ちっとも気付いていなかった。

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50年前といえば 1970年で、当時私は若干 17歳、高校 3年生だった。日本最大のアパレル・メーカーだったレナウンは、新ブランド「ダーバン」に大スター、アラン・ドロンを起用して華々しい CM 戦略をスタートさせていた。下の画像クリックで、当時のプロモーション動画が見られる。

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当時は 70年安保闘争、カウンター・カルチャーが盛り上がりを見せていた時代でもあったので、レナウンのイメージ戦略は「ちょっと違うな」という感じがあった。何となく「外れ気味の滑稽さ」すら感じさせていた。

アラン・ドロンが苦み走って呟く "D'URBAN c'est L'elegance de L'homme Moderne" ってキャッチフレーズも、我々は「ダーバン、セガレでやんす。どれどれ」なんてパロっていたのを思い出す。やっぱり「ちょっと時代じゃない」モノを感じていたのだね。

レナウンの年商は、私が繊維業界で仕事をしていた 1980年代の 2,000億円超を最高として以後は急落を続け、昨年は 500億円台にまで墜ちて、最終赤字 67億円を計上している。まさに「奢れる者は久しからず」である。

で、50周年記念ということで、改めてプロモーションを強化しているんだろうが、何だかあまり期待できないよね。

 

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2020年4月 9日

「コロナウイルスバスターズ」という Tシャツ

昨日の "「コロナファイター」に批判集中というんだが" という記事の続編のようなものである。実はたまたま、T-SHIRTS TRINITY というサイトで「コロナウイルスバスターズ」という企画の Tシャツが販売されているのを見つけた。(下の画像クリックで、販売ページに飛ぶ)

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モノは上の写真のような感じで、1着 2,480円で販売している。デザインは取り立ててチャーミングというわけでもないのだが、少なくともアイデア的には悪くないと思った。

ただ惜しむらくは、こんなにいいアイデアを単なる「物品販売」に終始させてしまっていることだ。私だったらこれをムーブメント化して、2,480円の売り上げの半額、1,240円をコロナウイルス感染症拡大防止のための活動(ワクチン開発など)に寄付できるようなドネーション・システムを構築するのに。

さらに Tシャツだけでなく、文具や日用品、さらにステッカーなどに至るまで商品範囲を広げて、その商品を購入することでコロナウイルス対策に貢献できるようなものにすればいいと思うのである。

ちなみに、ここで紹介したのはそんな公共的な企画ではないようなので、私としては全然買う気になれない。こうなったら電通でも博報堂でもどこでもいいから、こういうのやってくれないかなあ。(アイデア料なんか求めないから)

 

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2020年3月 7日

別の美学(alternative sense of esthetics)

例の新型コロナウィルスの影響で、どこもかしこも人出が少ない。先日、用があって有楽町に行って来た妻の話によると、都心もガランとしていて、いつもとは全然様相が違っていたらしい。

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「有楽町の駅前ビルの前に靴磨きのおじさんたちがいて、いつもは行列ができてるのに、今日はたった 1人だけが磨いてもらっていて、残りのおじさんたちは手持ち無沙汰にしてたのよ」と言う。

「へえ、いつもは靴磨きで行列ができてるの?」
「とくにお昼休みの時間帯なんて、結構並んで順番待ちよ」
「靴ぐらい、自分で磨きゃいいのに」
「やっぱり、プロにやってもらうと違うのよ」

という会話があって、私はこの年になって自分の知らない世界がフツーにあることを知ったのである。列に並んで金を払ってまで靴をピカピカにしてもらいたい人がいるとは、実感的にはほとんど理解できない。

私としては自分の靴をまともに磨くなんて、半年に一度あるかないかだろう。磨くにしてもなんだかこっぱずかしいから、敢えてことさらピカピカにはしない。上の写真は仕事に出かけるにも履いている靴だが、見るからに「ドタ靴」で、つま先なんて色が剥げ落ちてるしあちこちに小さなシミがある。

思うにピカピカの革靴が似合うのは、りゅうとしたスーツにネクタイを締めて、髪はきっちりとドライヤーでセットされた、どっかの IT 企業の社長みたいな人である。スーツとネクタイが嫌いで、ヘアスタイルなんて朝起きた時からの成り行き任せという私のような男には、絶対に似合わない。

というわけで私としては、靴磨きのおじさんの前に座るなんて、なんとなくコワいというか気が引けるのである。多分死ぬまでドタ靴で過ごすことになるだろう。これはむしろ、靴に関する「別の美学」(alternative sense of esthetics)なんだろうと思う。

 

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2019年8月23日

「ビジネスマン」なんかじゃないんだから

日経ビジネス電子版で、"「結局、ワイシャツの下は何を着ればいいのか」の舞台裏" という記事が送られてきた。これは「あの企画の舞台裏」というシリーズで、過去に話題になった記事について執筆者本人にその舞台裏を聞くというもらしい。

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で、今回の記事は 2013年に話題となった「結局、ワイシャツの下は何を着ればいいのか」という記事を執筆した鈴木信行副編集長に聞いてまとめたものであるらしい。2013年といえば 6年も前の記事だが、そういえば当時、「ワイシャツの下には何も着ないのが本当」としてちょっと話題になっていたような記憶がある。

この記事に登場するのが松屋紳士服バイヤーの宮崎俊一という人で、その世界では「カリスマ・バイヤー」として名を馳せる人物だ。『成功する男のファッションの秘訣』(講談社の実用BOOK))という本の中で、「9割の人が間違ったスーツを着ている」と主張している。

彼は「スーツはジャストフィットのものを選べ」(そうすると日本人の目には小さすぎるように見えてしまうが)とか「Tシャツは 40才以上の男の着るものではない」とか「欧州のビジネスシーンでは、半袖ワイシャツはあり得ない」とか、いろいろなことを主張している。さすが「カリスマ・バイヤー」だけに、これがもっともらしく聞こえてしまうのだ。

この 2013年の企画で彼は 「ワイシャツの下には何も着ないのが正解」と言っている。ワイシャツ自体が下着なのだから、その下にシャツを着ては「下着の重ね着」になってしまうというのだ。暑いときは上着を脱いでワイシャツの袖をロールアップして(まくって)過ごすのが正解なのだそうだ。

ちなみに、暑いときには「ワイシャツという下着」だけになってもいいということの根拠は、何も示されない。こだわるところには徹底的にこだわっても、それ以外の部分はテキトーでいいというのが、ファッションという世界である。

私自身のことについて言えば、一応「まともな勤め人」をしていた頃、ワイシャツの下には夏場は下着を着けなかった。だって、そんなことをしたら暑すぎるから。そして半袖ワイシャツというものも 1着ももたなかった。この点については、宮崎バイヤーの主張と図らずも一致する。

ただ、30才を過ぎる頃から「営業職でもないのに、スーツなんか着てられるか!」とばかり、夏場はポロシャツ 1枚になり、冬場はウールのジャケットで過ごすようになった。そんなわけで、今ではスーツと称するアイテムは春夏用と秋冬用 1着ずつに、冠婚葬祭用の 1着、合わせて 3着しか持っていない。

そしてこの 3着も滅多に着ることがないから、当然ながらワイシャツというものもほとんど着ない。だから「ワイシャツの下は何を着ればいいか」という疑問すら存在しない。基本的に、暑かったら下着なんて着ないし、寒かったらユニクロの「ヒートテック」を着るというだけだ。

もっと言ってしまえば、秋冬用スーツというのも邪魔くさいから、寒い季節はヒートテック下着に春夏用スーツでもいいとすら思っている。つまり、冠婚葬祭用(これは前から春夏用のみだし)と合わせて 2着で乗り切れるってわけだ。

「結局のところ」という話で言えば、「ビジネスマン」なんかやってないんだから、テキトーにカジュアルな格好をしていればいいというだけのことである。ヨーロッパ流のドレスコードなんてものに忠実に生きていたら、日本の夏場は乗り切れない。

 

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2019年8月15日

香港の自由を守る運動と、ベルサーチの Tシャツ

8月 12日付の FNN PRIME に "Tシャツの「香港」が... ベルサーチ謝罪 アンバサダー女優も批判" という記事がある。

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どういうことかというと、ベルサーチの Tシャツの背中に世界の大都市と国名を記したプリントがあり、その中で "Hong Kong - HONG KONG" "Macau - MACAO" (「香港 - 香港」「マカオ - マカオ」)と記されていたというのである。なるほど、写真を拡大して見ると明らかだ。

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このため、香港とマカオの領有権を主張する中国では批判が相次いでおり、ベルサーチの「アンバサダー」(海外セールス・プロモーションのキャラクター?)を務める中国女優まで「中国の主権と領土保全を侵害した疑いがあり、非常に憤りを感じる」と、契約を解除する声明を出すまでになっているという。

この記事を読んで私は思わず、「その Tシャツ、欲しい!」と画像入りで tweet しちゃったよ(参照)。できればこれを来て街を歩き、香港の自由を守る運動を展開している香港人(私の知り合いも参加しているはずだ)を及ばずながら応援する姿勢を示したい気持からである。

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ところがその真意が伝わらなかったようで、この tweet には「いいね」が 1個も付かなかった。こうした話はくどくど書いたら粋じゃないと思ったのだが、どうやらいくら何でも説明不足だったようだね。というわけで、今さらのようにこうして野暮な記事を書いている。

実際にはベルサーチの Tシャツなんてやたら高いし、ベルサーチも大市場の中国を失うことを恐れて市場から回収しているだろうから、もう入手できないと思う。こうなったら誰かコピーを作って安く売ってくれないかなあ。"Versace" の文字さえ入れなかったらデザイン侵害じゃないと言い張れるだろうし。

香港の民主化運動については、4年近く前にも「香港の自由を守る運動に心の底から共感」というタイトルで書いている。その時から、というか 30年以上前から私の気持ちは変わらない。

というわけで、この記事のことは Twitter に載せるので、賛同する方は思いっきり「いいね」を付けたりリツィートしたりして広めていただきたいものである。

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2019年7月19日

手ぬぐいの楽しさ

ちょっと前まではバンダナ派だったが、最近はもっぱら手ぬぐいを愛用している。バンダナは大体 50cm ぐらいの正方形が多いが、手ぬぐいは 34〜35cm × 90cm が標準。

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見た目的には手ぬぐいの方が長方形でずいぶん大きく感じてしまうが、拡げた時の面積は計算上、バンダナとそれほど大きな差はない。ポケットに入れた感覚も、それほどかさばるものではなく、いい感じで携帯できる。

バンダナも手ぬぐいも、サイズが普通のハンカチよりずっと大きいので、単なる手拭き以上の使い道があることがメリットだ。日射しの強いときのキャップ代わりに頭をすっぽりと覆うことができるし、はちまきにもなる。タオル代わりにも使えるが、生地が薄いのですぐに乾くのがありがたい。

バンダナとの違いはサイズ以上に柄の違いが大きい。バンダナはペイズリーが基調の柄が多いが、手ぬぐいの柄はめちゃくちゃ多様である。私は基本的に小柄が好みだが、大きめの水玉や唐草模様、さらには浮世絵などをプリントしたものまであってなかなか楽しい。

手ぬぐいはまた単なる実用品ではなく、落語や歌舞伎などで重要な小道具として使われたりする。これでいろいろな意味づけができたりもするので、デザインが多様なのも当然だ。もっと使われていいアイテムだと思っている。

 

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