カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の93件の記事

2021年5月12日

資生堂の「ドルガバ撤退」のニュースで思ったこと

昨年秋頃のことだったと思うが、ラジオで「君の『どーるちぇあぁんどがばぁなぁ』のその香水のせいだよ〜」(リンク先ビデオの 1分 11秒あたりから)という妙な歌を聞いて、一瞬「何それ?」と思い、その数秒後に「ああ、 "Dolce & Gabbana" も、もう終わりだな」と直感した。

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で、そのほぼ半年後に東洋経済 ONLINE に ”資生堂、「ドルガバ終了」から始まる欧米撤退戦” という記事が出るに至って、「ほほう、俺のアンテナも、まんざら錆び付いてないじゃん」と思った次第である。もう、ブランドでビッグビジネスをする時代じゃないのだ。

今はガタガタになってしまったアパレル・メーカーの オンワード が 1989年に "Dolce & Gabbana" と契約(参照)した時の記者会見には、実は私も参加していた。当のドルチェとガッバーナのご両人も来日して参加していたが、はっきり言って 2人とも「もっさりしすぎ」という印象だった。

こちらが啞然としてしまうほど、意味のあること(自らのファッション哲学とか、デザイン・テーマとか)は何も語ることができず、気の利いたジョークすらも言えなかった。要するにこの 2人、自分たちに深い考えなんてなく、周囲の「悪いオジサンたち」に動かされてるのが見え見えだったのだよ。

そんなことだから最近ではプロモーション面で余計な問題まで起こし(参照 1参照 2)、さらに本業は洋服のデザインなのに、実際は小物やコスメ、香水関連でメシを食ってる印象があって、要するに「もう終わってる」ってことなんだろう。実質以上のビッグネームに仕立て上げられた悲劇である。

そういえば、昨日の "「ロイヤリティ」と「ロイヤルティ」の使い分けって・・・" という記事で、次のようなことを書いている。

私は昔、繊維・アパレル業界で仕事をしていたから、「ブランドのライセンサーに支払う『ロイヤリティ』が馬鹿にならないんだよね」とかいう言い方をよく耳にしていた。

当時は、「そんなに『ロイヤリティ』とやらの支払いが負担なら、欧米のブランドなんかに頼らずに、自前のちゃんとしたブランドを開発すればいいじゃん」と思っていたものである。で、改めて「最近の代表的なライセンス・ブランドって何かな?」と考えたが、急には思い浮かばなかった。

あの頃のアパレル業界大手といえば、オンワードの他には「アーノルド・パーマー」なんてゴルファーの名前でポロシャツや靴下を売るという妙なビジネスをしていた レナウン とか、「バーバリー」のライセンスによるコートに頼りきりだった三陽商会 とかだった。今はどちらもガタガタだが。

その他にも、誰も知らない(プロの私でさえ知らない)ような海外のどうでもいいブランドに「ロイヤリティ」を払って展開しているメーカーも、どことは言わないが少なからずあった。私は「それって、全然意味ないよね!」と思っていたよ。

一方、この頃は山口県のローカル企業に過ぎなかった「ユニクロ」は、どこにも「ロイヤリティ」なんて支払わずに、自前のブランドでここまで成長した。

余計な「ロイヤリティ」とやらを払いながら、他人のネームバリューによりかかる仕組みのライセンス・ビジネスは、地道に自前の財産を構築する本道のビジネスに負けるのである。「ロイヤリティ」とやらの収入に頼るビジネスも同様だ。

 

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2021年3月21日

「アクティブスーツ」という商品にみる業界の都合

東洋経済 ONLINE に「流行りのアクティブスーツがダサい人の超盲点」という記事がある。「ビジネスマンのためのスタイリスト」という肩書の森井良行という人が書いたもののようだ。

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私も昔はファッション・アパレル関連のジャーナリストをしていた時期があるのだが、「アクティブスーツ」というカテゴリーのスーツがあるというのは初めて知った。

何しろ「スーツ」というものは年に 2〜3度の冠婚葬祭関連でしか着なくなったし、最近はコロナ禍で冠婚葬祭という機会すらなくなっている。ここ 1年以上スーツと称される服に袖を通したことがないので、スーツ嫌いにとってはありがたいぐらいのものだ。

今日の記事を書くにあたって、「アクティブスーツ」というものについて少しはきちんとした情報を得ておこうと、いろいろググってみたのだが、まるで要領を得ない。青山オンラインストアのサイトで見る限りは、伸縮性や撥水効果を強調しているだけで、要するにフツーのスーツである(参照)。

かと思うと、アクティブ・スポーツウェアの視点からすると、楽天市場の紹介するデサントの商品みたいに、いわゆる「トレーニングウェア」みたいなものになってしまう(参照)。フツーはこっちのカテゴリーを指す言葉だろうね。

もっともらしいことを言ってはいるが、確立したカテゴリーではないみたいなのだ。ということは、ファッションという分野の常で、そのうちうやむやになって別の商品や言い方に取って代わられる可能性が大なので、あまり真に受ける必要もなさそうだ。

実際の着用場面では、銀行やお役所など、相変わらずスーツ着用が求められる仕事ではこれまで通りのスーツを着ていればいいし、そうでない分野ではテキトーにスーツ以外の軽装に移行していけばいいというだけの話である。堅苦しいスーツが着たくないなら、着なくて済む仕事をすればいいというだけだ

私が勤め人をしていた 20年前でも、ノーネクタイでライトウェイトなジャケットを着ていれば、とくに文句を言われることもなかった。今のビジネス・シーンなら、もっと軽快な着こなしが可能だろう。

森井氏の記事では、アクティブスーツに合わせる靴だのベルトの幅だのがもっともらしく語られているが、そうしたことで細かいことを言うのは、どうしても「スーツ」とその関連商品を売りたい業界の都合でしかない。フツーはテキトーにジャケットとスラックスを合わせれていれば OK である。

アクティブスーツというのは元々がカジュアル志向のスーツなんだろうから、深く考える方がダサいってことだ。ただ、カジュアルな服装をするとなると、とたんに何を着ればいいかわからなくなるという人もまだ少しは残っているようなので、森井氏の記事みたいなものの需要があるのだろう。

 

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2021年2月28日

「バーニーズ」流ファッション・ビジネスの衰退

東洋経済 ONLINE が "バーニーズ「日本1号店」撤退が示す深刻課題" という記事を伝えている。「バーニーズ」と言っても今や知らない人が多いと思うが、メンズ比率の高いハイ・ファッションの大型店で、元々はマンハッタン 17st. の "Barneys New York" のライセンスでスタートしていた。

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この Barneys New York は、今は懐かし黒ずくめジャパン・ファッションが世界で注目された 1980年代に、いち早く COMME des GARÇONS や Yohji Yamamoto などの東京のデザイナー・ブランドをニューヨークに紹介し、販売していた

この頃、当時の社長の Gene Pressman (創業者の Barney Pressman の孫)が来日した際の記者会見に、私も(若き記者として)出席したのを覚えている。で、印象と言えば「このジーン・プレスマンって、キザで嫌なやっちゃなぁ」というものでしかなかった。

この時の質疑応答で、私の質問(日本での会見なので当然日本語)を通訳が妙に勝手な解釈で伝えようとしたので、「いや、聞きたいのはそういうことじゃなくて・・・」と直接英語で聞き直したのだが、彼は結局、自分の言いたいことをペラペラまくしたてるだけだった。要するに台本があったのだろう。

この記者会見の約半年後に実際にニューヨークに出張し、 Barneys New York の本店も訪れた。品揃えは悪くないが、底の浅さは社長の第一印象と変わらない。で、その印象に違わず 1996年に最初の倒産。その後大手アパレルに身売りして復活したが、一昨年に再び行き詰まっている。

初代が苦労して創業したビジネスを二代目が発展させ、三代目が食い潰すというパターンの典型である。

この倒産の 7年前、1989年にライセンス・ビジネスとして「バーニーズ・ジャパン」を始めたのが伊勢丹だったが、スカ引いちゃったよね。その後、本家本元がガタガタになったので資本関係も何もなく、名前だけ生き長らえながらセブン&アイの子会社として営業を続けていたわけだ。

というわけで、頼るべきは 30年前に一時的に輝いていた頃のイメージしかないみたいなもので、こうした感じのファッション・ビジネスって「前世紀の遺物」になってしまうほかないよね。

【追記】

ちなみに、米国版の Wikipedia には、Barneys New York 創業者の Barney Pressman、二代目の Fred Pressman のページならあるが、三代目の Gene Pressman のページは見当たらない。目立つのはセレブだった頃のちょっと浮ついた写真ばかりだ。

 

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2020年10月19日

ニューヨーカーのマスクコレクションがおもしろい

NewSphere に「マスクにもファッション  ニューヨーカーのマスクコレクション」という記事がある。

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冒頭には「ニューヨーカーもウイルス拡大防止のためマスク着用を受け入れるようになった」とある。「要請」とか「決まり事」とかいうのではなく、「受け入れるようになった」というのが、ちょっといいよね。もっとも、トランプは受け入れてないみたいだが。

せっかく受け入れたのだから、いっそ「表現」にまで高めようというのが、さすがニューヨーカーである。

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新学期で登校し始めた子供たちも、「ハートや本、スイカ、音符など思い思いのデザインのマスク」を付けているという。「みんなお揃い」が大好きな日本の学校だったら、「マスクは白無地が原則。派手な柄のマスクは禁止」なんて言われそうだ。

「マディソンアベニューでは、デザイナーマスクとスカーフをコーディネートさせた女性が高級アパレル店の前を颯爽と通り過ぎ」なんていう件もある。スカーフとのコーディネート企画なんて、結構お値段が張るだろう。ニューヨーク的「成金趣味」である。

さらに「逆張り」というか、日本ではスタンダードな白のマスクでも、ニューヨークだと目立ってしまうようなのが、またおもしろい。2つめの写真の下中央なんか、妙にカッコいいではないか。その上の白マスクは、縁部分のバーバリー柄みたいなのが「ちょっとしたこだわり」なのかもしれない。

1枚目の写真の右上、"VOTE!" (投票しろ!)というのも、またいい。トランプはマスクが嫌いみたいだから、これだけでも言外に「バイデン支持」をアピールしていることになりそうだ。

 

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2020年10月15日

まともにものを考える人間は、百貨店で服なんて買わない

週刊東洋経済 Plus に「アパレル生存競争 追い込まれる名門」というシリーズ企画があり、その 10月12日付は「オンワードと三陽商会は大量閉店 終わりを迎えた百貨店との蜜月」という記事だ。

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アパレル業界には「百貨店アパレル」というカテゴリーがある。その代表格はレナウン、オンワード、三陽商会、ダーバンなどだったが、レナウンは今年 5月に民事再生法を適用し、ダーバン(元々はレナウン系列)は身売りした。オンワード、三陽商会も赤字基調が続く。

「百貨店アパレル」というのは日本独特の業態で、百貨店の店頭在庫はアパレル側が持ち、店頭で商品が売れた時点で百貨店側の売り上げとして計上されるという仕組みだ。百貨店は仕入れリスクを持たない代わりに、アパレル側に売り場を提供するというもので、これを業界では「消化仕入れ」という。

こんな妙な仕組みが日本の高度成長期以来、延々と維持されているわけなのだが、もはやまともには機能していない。

上に掲げたグラフからも窺われるように、全国百貨店の衣料品売り上げは 2003年には 3兆円を越えていたが、昨年は半減して 1兆 6,000億円を切っている。さらに言えば、バブル絶頂期の 1991年には 6兆円に迫る勢いだったのだから、その当時と比べたら ほぼ 4分の 1 の売り上げでしかない。

高度成長期からバブル期にかけて完成された「消化仕入れ」というシステムでは、アパレル側としては百貨店売り場の見栄えをよくするために豊富な品揃えをしなければならないから、売れる見込みのない在庫も持たざるを得ない。そして残った商品は大幅値下げのバーゲンにかけてもまだ売れ残る。

オンワード、三陽商会、ダーバンなどの主力商品は、スーツやコートなどのいわゆる「重衣料」である。バブル絶頂期は、ごくフツーのメンズ・スーツ 1着が 6〜7万円以上した。カジュアルウェアでも、レナウンのポロャツなんて 1枚が 6千円ぐらいで、今のユニクロの商品の 3倍の値段だった。

当時、米国の衣料品小売市場をしっかり調べていた私は「こんなバブルはそのうち弾ける」と確信していて、事実その通りになった。そしてバブルが弾けて 20年も経った今でも、百貨店に並んでいる衣料品はやっぱり高い。だからまともにものを考える人間は、百貨店で服なんて買わないのである。

そして今や、ユニクロの天下だ。

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2020年10月 1日

コロナ禍の導く「ランウェイの終焉」?

今は昔の物語、私は 1980年代には繊維業界のジャーナリストとして、ファッション関連の記事を盛んに書いていた。今となっては誰も信じないだろうが、東京コレクションでも毎シーズン、最前列のプレス席に陣取っていたのだよ。

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というわけで、NewSphere の「ランウェイの終焉? ポストコロナ時代を見据えるファッション業界」という記事には、妙に反応してしまった。ちなみに念のため触れておくが、この場合の「ランウェイ」(runway)とは、逃げ出す(run away)んじゃなく、ショーで真ん中に突き出た花道みたいなヤツだ。

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こんなようなもので(参照)、「キャットウォーク」(catwalk)とも言う。ちなみにこの写真のキャプション、「滑走路のファッションショーで女性モデル」は機械的直訳にもほどがある。まあ、確かに英和辞書では "runway" の語義として「滑走路」が最初に出てくることが多いけどね。

さらに面倒くさいことには、2016年に「滑走路をランウェイに!  フィンエアーとヘルシンキ空港が共同でファッションショーを開催」(動画はこちら)なんてイベントもあったようだ。ただ、「滑走路をランウェイに」という日本語タイトルでは、せっかくの洒落が理に落ちてしまってるよね。

のっけからかなり横道にそれてしまったが、最初に触れた「ランウェイの終焉?」という記事の内容は、コロナ禍で実際に人を集めてのファッションショーが困難になったので、仮想空間を使うことになるだろうというものだ。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)といった技術の使い道が、また増える。

例えば AR を使うと、モデルが自宅のリビングを歩いているように見え、そこに登場した商品を予約注文できてしまったりするらしい。実現したら画期的なことになる。

ただ、日本のファッション業界というのは嫌になるほどアナログなところで、こんなようなシステムが抵抗なく取り入れられるとは、私には到底思えない。何しろ、手書きの紙のデザイン画から出発する世界だからね。

それに日本のファッションショーでは、「ショー用の作品」と「実際に売る商品」というのが一致していないことがままあって、ショーを見て直接発注なんてできなかったりする。なかなかシステム化しにくい業界なのだ。

 

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2020年8月12日

電車隣席の「昭和的半袖シャツ」袖口ツンツン問題

13年も前に書いた「オジサンの半袖シャツ、袖口が広すぎ 」という記事が、今になってもかなりのアクセスを集めている(とくに夏)。電車で隣に座ったオジサンの半袖シャツの広過ぎる袖口の角がこちらの二の腕をやたらツンツンくすぐって、迷惑でしょうがないという話だ。

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上の写真を見ればわかるが、オジサンの半袖シャツは、袖口が外側に不必要に突き出すという昭和的なシルエットになっていることが多い。その上、妙にアイロンが効いていたりするため、こちらも半袖で隣に座っていると、剥き出しの二の腕を不愉快に突いたりくすぐったりされて、迷惑千万なのだ。

この記事には同感を表明するコメントが結構ついていて、「今、電車の中でその状態」という気の毒なものも 3件ある。つい一昨日のコメントは、「今まさにその痒い状態で、自分が着ていた半袖カーディガンを脱いで、当たるほうの腕に全部かかるように肩がけして防いでいます」という涙ぐましいものだった。

「俺もおっさんだが、隣のおっさんの袖が気になるおっさんである」というのは、今年 6月のコメントである。1本のブログ記事に 13年近くにもわたってコンスタントにコメントが付くというのは、実際にかなりの広がりをもつ大問題なのだということを如実に示している。

「昭和的半袖シャツ」の袖口が不自然に外側に突きだしているのは、製造過程のパターン(型紙)の問題で、単純な円筒形に近い袖を身頃に平面的に縫い付けているからこんなことになる。ちゃんとした立体的パターンにすれば、下の画像のようにすっきりと収まりが付く。

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一目見れば、身頃への縫い付け部分と袖口が直角に近い角度になっていることに気付かれるだろう。「昭和的半袖シャツ」の場合はこの角度が決定的に足りない。さらに腕を降ろした時に窮屈にならないよう、やたらと袖口を広くするので、ますますツンツン問題が大きくなる。

というわけで、そろそろ「昭和的半袖シャツ撲滅」の声を上げて、袖口のツンツン問題をこの世からなくしてしまわなければならない。ただ、これをシャツ・メーカーに要望しても、安物シャツの場合は相変わらずの作り方しかしないのであまり効果は期待できない。

そこで消費者の方が「昭和的半袖シャツ」は電車で隣に大迷惑ということを知って、買わないようにするのが一番だ。あるいは「ダサくてカッコ悪い」とか「オッサンぽい」とかいう評価を定着させて、売れなくなるようにするのも一つの手だ。

まともなパターンの半袖シャツが高くて買えないなら、伸縮性のあるニット地のポロシャツに鞍替えしてもらいたい。これならユニクロで 3,000円以下で買える。ポロシャツで通勤するのに抵抗があるというなら、一年中長袖で通して、夏は腕まくりしていろというほかない。

 

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2020年4月30日

メンズ・ブランド「ダーバン」が 50周年なんだそうだ

ふと気付いたら、メンズ・ブランド「ダーバン」が今年 50周年を迎えて、昨年から新たなプロモーションを開始しているんだそうだ(参照)。ちっとも気付いていなかった。

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50年前といえば 1970年で、当時私は若干 17歳、高校 3年生だった。日本最大のアパレル・メーカーだったレナウンは、新ブランド「ダーバン」に大スター、アラン・ドロンを起用して華々しい CM 戦略をスタートさせていた。下の画像クリックで、当時のプロモーション動画が見られる。

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当時は 70年安保闘争、カウンター・カルチャーが盛り上がりを見せていた時代でもあったので、レナウンのイメージ戦略は「ちょっと違うな」という感じがあった。何となく「外れ気味の滑稽さ」すら感じさせていた。

アラン・ドロンが苦み走って呟く "D'URBAN c'est L'elegance de L'homme Moderne" ってキャッチフレーズも、我々は「ダーバン、セガレでやんす。どれどれ」なんてパロっていたのを思い出す。やっぱり「ちょっと時代じゃない」モノを感じていたのだね。

レナウンの年商は、私が繊維業界で仕事をしていた 1980年代の 2,000億円超を最高として以後は急落を続け、昨年は 500億円台にまで墜ちて、最終赤字 67億円を計上している。まさに「奢れる者は久しからず」である。

で、50周年記念ということで、改めてプロモーションを強化しているんだろうが、何だかあまり期待できないよね。

 

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2020年4月 9日

「コロナウイルスバスターズ」という Tシャツ

昨日の "「コロナファイター」に批判集中というんだが" という記事の続編のようなものである。実はたまたま、T-SHIRTS TRINITY というサイトで「コロナウイルスバスターズ」という企画の Tシャツが販売されているのを見つけた。(下の画像クリックで、販売ページに飛ぶ)

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モノは上の写真のような感じで、1着 2,480円で販売している。デザインは取り立ててチャーミングというわけでもないのだが、少なくともアイデア的には悪くないと思った。

ただ惜しむらくは、こんなにいいアイデアを単なる「物品販売」に終始させてしまっていることだ。私だったらこれをムーブメント化して、2,480円の売り上げの半額、1,240円をコロナウイルス感染症拡大防止のための活動(ワクチン開発など)に寄付できるようなドネーション・システムを構築するのに。

さらに Tシャツだけでなく、文具や日用品、さらにステッカーなどに至るまで商品範囲を広げて、その商品を購入することでコロナウイルス対策に貢献できるようなものにすればいいと思うのである。

ちなみに、ここで紹介したのはそんな公共的な企画ではないようなので、私としては全然買う気になれない。こうなったら電通でも博報堂でもどこでもいいから、こういうのやってくれないかなあ。(アイデア料なんか求めないから)

 

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2020年3月 7日

別の美学(alternative sense of esthetics)

例の新型コロナウィルスの影響で、どこもかしこも人出が少ない。先日、用があって有楽町に行って来た妻の話によると、都心もガランとしていて、いつもとは全然様相が違っていたらしい。

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「有楽町の駅前ビルの前に靴磨きのおじさんたちがいて、いつもは行列ができてるのに、今日はたった 1人だけが磨いてもらっていて、残りのおじさんたちは手持ち無沙汰にしてたのよ」と言う。

「へえ、いつもは靴磨きで行列ができてるの?」
「とくにお昼休みの時間帯なんて、結構並んで順番待ちよ」
「靴ぐらい、自分で磨きゃいいのに」
「やっぱり、プロにやってもらうと違うのよ」

という会話があって、私はこの年になって自分の知らない世界がフツーにあることを知ったのである。列に並んで金を払ってまで靴をピカピカにしてもらいたい人がいるとは、実感的にはほとんど理解できない。

私としては自分の靴をまともに磨くなんて、半年に一度あるかないかだろう。磨くにしてもなんだかこっぱずかしいから、敢えてことさらピカピカにはしない。上の写真は仕事に出かけるにも履いている靴だが、見るからに「ドタ靴」で、つま先なんて色が剥げ落ちてるしあちこちに小さなシミがある。

思うにピカピカの革靴が似合うのは、りゅうとしたスーツにネクタイを締めて、髪はきっちりとドライヤーでセットされた、どっかの IT 企業の社長みたいな人である。スーツとネクタイが嫌いで、ヘアスタイルなんて朝起きた時からの成り行き任せという私のような男には、絶対に似合わない。

というわけで私としては、靴磨きのおじさんの前に座るなんて、なんとなくコワいというか気が引けるのである。多分死ぬまでドタ靴で過ごすことになるだろう。これはむしろ、靴に関する「別の美学」(alternative sense of esthetics)なんだろうと思う。

 

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