カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の100件の記事

2022年8月11日

イッセイ・ミヤケ の死去と、「媚びないファッション」

iPhone Mania のサイトで、ファッション・デザイナーの三宅一生の死が報じられている(参照)。なんでまた iPhone のサイトでこのニュースが取り上げられているのかと言えば、スティーブ・ジョブズが生前いつも着用していた黒のタートルネック・セーターが、イッセイのデザインによるものだったからだ。

220811

ファッションなんかとは縁遠い存在と思われがちな私だが、ところがどっこい、その昔にはファッション・ライターをしていた時期があって、主に海外向けに英語で東京コレクションを紹介していたのだよ。だから、自分の身なりにはほとんど構わないが、ファッションに関しては少しは語れたりするのだ。

何しろ東京コレクションが一番輝いていた 1980年代に、イッセイ・ミヤケやコム・デ・ギャルソン、ヨージ・ヤマモトなどのシーズン毎のコレクションを、最前列のプレス席で取材していたのである。そっち方面の好きな人からは、死ぬほど羨ましがられてもいいぐらいだろう。

当時、欧米から日本に東京コレクションの取材に来るファッション関係者の案内もよくしていた。彼女たちにとってのイッセイ・ミヤケは、ほとんど神格化されたみたいな存在で、彼の話題になると目をトロンとさせながら、”Oh, Issey Miyake!" とため息交じりに呟いていたものである。

それまでのファッションというのは、欧米、とくにパリ発の情報をいかにこなすかというのが重要だった。それだけに、ファッション・デザインというのは基本的にボディラインを美しく表現するものというのが「常識」だったのである。

ところがイッセイは、素材(布地)そのものの持ち味を前面に出し、見ようによってはプリミティブと言えるまでのアバンギャルドなコンセプトを強調した。私はそれを密かに「媚びないファッション」と呼んでいたが、これは実は、ココ・シャネル以来の「媚びない」系譜の発展形だったと思っている。

最近もっぱら愛用しているユニクロの服も、私の中では「媚びない」という点で共通しているのだよね。シャネルやイッセイと比べたらずっと安上がりだけど。

 

| | コメント (4)

2022年6月16日

福岡パルコの「攻めのジョーク」と「坊っちゃん団子」

朝日新聞の「性風俗店の無料案内所模した案内展示に苦情、急きょ撤去 福岡パルコ」という記事に笑ってしまったのは、この記事に添えられた写真の「まんま」みたいなケバい光景を、四国の松山市内で見かけていたからである。

220616

日の暮れかかった頃に道後温泉の辺りを散歩したのだが、例の改築中で 1階しか開いていなかった「道後温泉本館」(参照)の裏の通りが、まさにこんな感じの看板で溢れていた。それで、漱石の『坊ちゃん』を思い出したのだった。

『坊ちゃん』には、「おれのはいった団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみた」というくだりがある。そのせいで坊ちゃんは翌日、学校の教室で「団子二皿七銭」とか「遊廓の団子旨い旨い」とかいう、生徒たちの落書き攻勢に遭ってしまう。

私が 11年前に松山を訪れた時(参照)は、道後温泉本館の 2階で団子を食ったような気がするのだが、明治の昔の団子は、近くの色町の入り口で食うものだったのだね。ただ、明治時代にはいくら何でもこんな感じのケバい案内所はなかっただろうけど。

ちなみにこの記事には、朝日新聞・今井邦彦記者の「3年前に大阪から福岡に来て驚いたのが、風俗の無料案内所の多さです。大阪にもありましたが、福岡の中洲ではバス通りに面した場所にもいくつもあって、最初は戸惑いました」というコメントが付いている。

私が道後温泉の一画で見たような派手な看板、博多ではそこらじゅうにあるみたいで、ある意味「博多名物」と言ってもいいほどなのだろう。ちなみに東日本はどうなのかとググってみたところ、こちら をみる限りでは、西日本ほどには濃くないみたいである。

というわけで、福岡パルコとしてはこの「ケバい博多名物」を果敢に取り込んだ店内プロモーションで話題作りを目論んだのだろう。しかし今どきのファッション・アイテムを買いに来た若い層には、こうした「攻めのジョーク」が通じなかったというわけだ。

お気の毒に。

 

| | コメント (2)

2021年12月 5日

「毛皮はカッコ悪い」と、ELLE も気付いたようで・・・

HUFFPOST が 12月 3日付で "ELLE が脱毛皮宣言「もはや時代遅れ」 ファッション誌もファーフリーへ」というニュースを伝えている。個人的には「今頃になってようやくそれを言い出すなんて、それこそ『時代遅れ』もいいとこ」なんて思ってしまうが、まあ、悪いことじゃないから一応歓迎しておこう。

211205

私は 16年以上も前に、毛皮の議論にレザー製品のことまで含めて、こんなことを書いている。

毛皮とレザーと人間の業(2005年 3月27日付)

欧米でも毛皮に反対する人はかなり多く、一時は、高級毛皮にスプレーでペンキを吹き付けるのが流行ったことがある。(中略)

一方、レザーに関しては、毛皮ほどの反対運動は起きていない。レザー製品で有名なスペインの業界団体首脳に聞いたところ、「毛皮はわざわざ野生動物を殺すのでよくないかもしれないが、レザーは食肉用に飼育された動物のものなので、動物虐待というわけではない」と釈明していた。

(中略)

このあたりは、どう屁理屈をこねたところで、他の生物の命を奪うということに変わりはない。人間の業である。

というわけで私としては、肉を食いながら「動物の権利」云々を言うのは、どこか傲慢な態度だと思っている。上の記事を書いた頃の私は肉食を極力減らしてはいたが、まだ完全に止めていたわけではなかったので、こうした感覚は自らの身にピリピリと刺さった。

ところが肉食をほぼ絶ってしまった今は、ことさら「動物の権利」なんてもっともらしい議論を持ち出すまでもなく、「毛皮なんて、カッコ悪いにもほどがある」と当たり前に思える。それどころか、革製のベルトや靴を身に付けることさえ、ちょっと複雑な気分になってしまっているほどだ。

Bob Dylan は 1966年、”Leopard-skin Pill-box Hat” という歌で、豹毛皮の縁なし帽をかぶる女性をずいぶん皮肉っぽく描写している。(当然ながら、「動物の権利」なんてこととはまったく別の話として)

私としては今後、毛皮ばかりでなく皮革製品も「カッコ悪い」と思われる世の中になると思っている。とりあえずは、レザー・コートやレザー・ジャケットなんて忌み嫌われていいし、レザー・バッグや革ベルト、革靴も、おいおい廃れていくべきだ。

何しろ肉を食わないライフスタイルが個人的にはすっかり定着してしまったので、レザー製品に関する「免罪符」みたいな論理も、効力を失って久しいのである。

というわけで、最近は革ベルトや革靴を購入していない。布製やフェイク・レザーで十分だ。

 

| | コメント (4)

2021年9月16日

葬式の場でネクタイのディンプルは NG だって?

Togetter で "エリートも知らない大人のマナー 「葬儀に出る際のネクタイのディンプルは NG」はホント?" というのが話題になっている。しゃく|笏本達宏さんという ネクタイ作りのプロが、「葬儀や謝罪の時にディンプルは NG です」と tweet したのが発端らしい。

210916

この tweet、全文はこんなようなものだったようだ。

実は、エリートと呼ばれる人の中にもこれを知らない人が多いのですが、ネクタイは「ディンプル」という「くぼみ」をつくって結べばオシャレさが増します。でも葬儀や謝罪の時にディンプルは NG です。なぜならその場に必要なのはオシャレさではないからです。学校では教えてくれない、大人のマナーです。

ところがこれに対する反応として、Brarin/ぶらりん という人が挙げた tweet には、次のようにある。

ほんと?と思って調べてみたけど、
・ 昭和天皇の大喪儀や30年式年祭での現在の上皇陛下
・ ダイアナ姫葬儀でのチャールズ皇太子
・ ブッシュ元大統領の国葬でのトランプ、オバマ、クリントン
それぞれディンプルを気にしている様子はない。

確かに、上述のページに掲げられた写真を見る限り、現在の上皇陛下も、チャールズ皇太子も、トランプ、オバマ、クリントンも、葬儀参列の際にすべてネクタイにディンプルを作っておられる。「葬儀や謝罪の時にディンプルは NG」なんていう「大人のマナー」は、誰も気にしている様子がない。

そもそも しゃく|笏本達宏 氏の主張する「ディンプルは NG」ということの根拠は、端的に言えば次のような三段論法だ。

  1. ネクタイは「ディンプル」をつくって結べばオシャレさが増す。
  2. 葬儀や謝罪の時にディンプルは NG。
  3. その場に必要なのはオシャレさではないから。

これをそのまま受け取ってしまえば、「葬儀や謝罪の場ではオシャレしちゃいけない。ダサダサの礼服などを着て参列すべし」ってなことになってしまうだろう。これはもう「なんだかなあ」と言いたくなってしまうよね。

あるいはちょっと深読みして、「礼服自体はしっかりオシャレしてもいい。ネクタイにディンプルさえ作らなければ、そのエクスキューズになるから」ってことなのかもしれない。それにしてもやっぱり、「なんだかなあ」感は薄まらない。ディンプルが言い訳のタネだなんてね。

この記事にはいろいろな反応が寄せられているが、ネガティブなものが多数派だ。早く言ってしまえば tweet した本人も冒頭で言っている「エリートと呼ばれる人の中にもこれを知らない人が多いのですが・・・」というのがキモだろう。

多くの人が知らないままで何のこともなく済んでいる類のことは、決して「マナー」なんかじゃないよね。むしろ、ことさら声高に主張すること自体が馬鹿馬鹿しいというほどのことだ。

私の場合は、ネクタイなんてよほどフォーマルな場でもなければ締めることがないし、ディンプルなんてその時々でできちゃったりできなかったりする。そもそも 4年半前の記事で書いているように「プレーン・ノット」しかできないし(参照)、個人的にはどうでもいいことなんだよね。

以上、おしまい。

 

| | コメント (2)

2021年6月 7日

Gパン? ジーンズ?

Quora に ”友人がアメリカ人の家で「Can I borrow your G-pants?」と聞いたら「What the hell are you saying?」と言われたようです。なぜだか理由はわかりますか?” という質問がある。

210607

"Can I borrow your G-pants?" (G-パンツ借りれるかな?)には、日本人の私でさえ「G-pants って何のこっちゃ?」となってしまった。まさに ”What the hell are you saying?” (まったくもう、何を言いたいわけ?)なんて言いたくなる場面である。

寄せられた回答を見て、初めて「そうか、”Gパン” のことを言いたかったのか」とわかった。申し訳ないが、この質問って、ちょっとできの悪いネタかジョークなんじゃあるかいかと思ってしまったよ。

そもそもジーンズを日常的にはいて、アメリカ人の家で英語を話せて、その上でジーンズのことを "G-pants" なんて言っちゃう人、今どきいるのかなあ? 最近の若い人たちは、フツーに「ジーンズ」と言って、「Gパン」なんて言うのはかなり年配の人たちなんじゃあるまいか。

さらに言ってしまえば、ジーンズというアイテムは基本的に他人同士で貸し借りするようなものじゃない。サイズが合わなければどうしようもないしね。どうしても作り話の「ネタ」なんじゃないかなあと思ってしまう。(実話だったらごめんなさい)

私は昔、繊維・アパレル業界に関係していたが、この業界では年寄りでも当たり前のように「ジーンズ」と言っていた。メーカーが「ジーンズ・メーカー」、ジーンズ専門店が「ジーンズ・ショップ」(「Gパンメーカー」とか「Gパン屋」じゃない)となるのはもう、一般的にも「お約束」の範疇だろう。

もっとも英語だと「ジーンズ・ショップ」は "jean shop" (靴屋が "shoe shop" なのと同じ)。つい "jeans shop" と言いたくなるところでちょっとブレーキを効かせるので、「今は、外国人とジーンズの話をしてるんだな」と実感してしまうところだ。

ちなみに Quora には「G と pants ・・・ g-string の pants のことか? と思った可能性があります」という回答もある。いわゆる「紐パン」(セクシーな下着)のことで、それなら ”What the hell ・・・” と過剰反応されるのも当然だが、現実的には「紐パン貸して」なんて会話、ないよね。

そんなこともあってか、Quora のこの項目には「ハードオフ」という名前の店に関するリンクが表示されている。PC 部品など、中古ハードウェアを安い価格で売るのでこの名前なのだろうが、英語として使う場合は最大限の注意が必要だ。(結局のところ、いくら注意しても足りないのだが ー 参照

 

| | コメント (4)

2021年5月26日

パジャマ以上おしゃれ着未満だと?

今朝ラジオを聞いていたら、「コロナ禍ならではのヒット商品」というタイトルで「パジャマスーツ」というのが紹介されていた。「パジャマ以上おしゃれ着未満」というのが謳い文句なのだそうだ。

2105261

テレワークで家にいながらにして仕事ができる上に、ちょっと外出できる程度の「きちんと感」があるというのがメリットなのだそうだ。ラジオでは、ネットワーク会議をする際にもスーツほどフォーマルではないが、カジュアルすぎない姿として画面に登場できると絶賛していた。

ただ、いつも「言葉」を重視したい私としては、「パジャマ以上」という言い方にしっかりと引っかかってしまった。話を聞き始めた当初は「それを着たまま寝て、そのまま起きて仕事もできる」、つまり「パジャマと仕事着の兼用が可能な服」(寝ても起きても着ていられる服)のことかと思った。

「そんなの、ありか?」「ランニングシャツ(wife beater)とサルマタじゃあるまいし!」である。

しかし「パジャマ以上」と言うからには、そう受け取るしかないではないか。例えば「3以上 10未満」と言ったら、「3」は含まれる。ということは、「パジャマ以上」と言ったら、「パジャマ」は含まれることになり、それを着たまま寝られる服でなければならない。

ところがネットで検索してみると上の写真のように、ソフォアで寝転がる分には問題なさそうだが、そのままベッドに入って寝るのはいくらなんでも憚られる。つまり「パジャマ以上」と言いながら「パジャマは含まれない」ということのようなのである。

というわけで、私としてはがっかりしてしまった。念のため断っておくが、「着て寝られない」ということにではなく、「以上」という言葉の意味をないがしろにして、単に雰囲気だけで訴求してしまうプロモーションの「言葉センス」の欠如にがっかりしたのある。

さらにそもそものことを言えば、「パジャマスーツ」というネーミングを聞けば、パジャマとしての用途の方がメインと思うのが自然というものではないか。パジャマとして使えそうにないものにこのネームングというのは、いかがなものかと思わざるを得ない。何と登録商標のようでもあるし。

ふと思い立って「以上/含まれる」というキーワードで検索してみたところ、「以上、以下、未満の使い分け」「含まれるか、含まれないか」を説明するページがくさるほどヒットした(参照)。ということは、曖昧なまま使っている人がずいぶん多いのかなあ。それもまた驚きである。

ちなみに私はこの季節、家で仕事するときは Tシャツにショートパンツである。そんなわけで、こんなのはちっとも買う気がしないので、そのあたり

Yoroshiku4

| | コメント (10)

2021年5月22日

北朝鮮と日本の中学・高校の共通点

日本の中学校や高校では、服装や髪型などに関するどうでもいい規定がやたら多い。軍服のコピーとしか思われない「学生服」やら「セーラー服」の押しつけは言うに及ばず、裾の長さやら靴下の色やらなんやら、昔から息が詰まりそうだったし、今でもあまり変わらないらしい。

210522

「そうした決まりも教育上必要だ」などという向きもあるが、その感覚は北朝鮮の独裁体制と共通するものと気付いた方がいいんじゃなかろうか。私は今年 2月 27日の ”「異分子を認めない」という体制” という記事で、次のように書いている。

私が中学生の頃には生活指導の教師が全校生徒を集めた朝礼で、「なぜ長髪を禁止するかと言えば、クラスに長髪の生徒(どうやら私のことらしい)がいると、教育が成り立たないからだ!」と言い放った。

私はその場で「その程度のことで成り立たなくなるようなチャチな教育なら、してもらわなくて結構!」と反論したが、それに対してはついにノーコメントだった。

Gigazine が  "北朝鮮がスキニージーンズを禁止、「退廃的なライフスタイル」が政権崩壊につながるとの恐れから" と伝えている(スキニージーンズって、ストレッチ素材のぴったりしたジーンズのことね。念のため)。この記事の元ネタは次の 3つ。それぞれの見出しや写真を比べてみるとおもしろい。

聯合ニュース N.K. paper warns against inflow of capitalistic culture into country (北朝鮮の新聞が国内への資本主義的文化の流入に警告)

2105222

この 3本の中では一番真面目でシリアス。写真も「北では広場に並んでこんな感じのことさせられる」と言わんばかりの異様な光景のショット(私なんか、高校野球の甲子園スタンドを思い出しちゃう)で、肝心のスキニージーンズの写真なんて 1枚もない。

Daily Mirror: Kim Jong-un bans skinny jeans over fears 'decadent' fashion could topple regime(金正恩が「デカダン」ファッションは体制をぐらつかせるかもしれないとの恐れからから、スキニージーンズを禁止)

2105223

英国の日刊紙はきちんとした見出しと写真と思いきや、さすがにタブロイド紙だけあって、下の方にこんなサービス・ショットもある。

21052232

GQ: Kim Jong-un Doesn’t Like Skinny Jeans(金正恩はスキニージーンズが嫌い)

2105224

ファッション誌の GQ ともなると、かなりシニカルだ。

"Global pariah and C-tier fashion influencer Kim Jong-un is setting trends again,"  (世界的な鼻つまみ者で C-ティア・ファッション・リーダーの金正恩が、またしてもトレンドを作ろうとしている)なんて書いている。文中からリンクされる「革ジャン」に関する別記事も、当時妙に注目されてたし。

ちなみに、C-tier(C-ティア)って、調べてみたところ、ネット・ゲームの世界で S-tier、A-tier、B-tier の下の最低ランクのリーグを指すらしい(参照)。金正恩は、ジョージ・ブッシュ、プーチンらとともにファッション界の最低リーグを形成しているようなのだ。

ほかにも、スーパーなどの売り場にあるパンや生麺の袋の口を、金属入りのプラスチック・ストリングを巻き付けて締める これ ↓ のことも C-tier と言うらしい(発音は 「タイヤー」。クリックで拡大すると、「ああ、あれね」と一目でわかる)。

21052242

画一大量生産的に首根っこをグリグリ締め付けるという点では、むしろこっちの方が言えてたりして。

で、日本の中学・高校も、こと服装規定に関する C-tier 的発想では北朝鮮に劣らないと認識した次第である。服装で厳しく締め付けないと、資本主義による退廃的でデカダンな風潮のために、生徒の管理体制が揺るがされてしまうと思っているようなのだ。

人間というのはどうでもいいところで締め付けられると、そこからいかに少しだけはみ出すかというところに自己の存在意義を感じて心血を注ぎたがり、かえって「退廃的でデカダン」になる。馬鹿馬鹿しいがそういうもので、結局のところまともな知的活動が阻害されてしまうわけだ。

私の中高生時代は別にことさらな長髪ってわけでもなく、単なる無精のために髪の毛が長くなっていただけなので、ズボンの裾をどうこうするようなこだわり方もせずに、「別にいいじゃん」で済ませていられたのは幸いである。髪の毛って、とくに心血注がなくても伸びるからね。

 

| | コメント (2)

2021年5月12日

資生堂の「ドルガバ撤退」のニュースで思ったこと

昨年秋頃のことだったと思うが、ラジオで「君の『どーるちぇあぁんどがばぁなぁ』のその香水のせいだよ〜」(リンク先ビデオの 1分 11秒あたりから)という妙な歌を聞いて、一瞬「何それ?」と思い、その数秒後に「ああ、 "Dolce & Gabbana" も、もう終わりだな」と直感した。

210512

で、そのほぼ半年後に東洋経済 ONLINE に ”資生堂、「ドルガバ終了」から始まる欧米撤退戦” という記事が出るに至って、「ほほう、俺のアンテナも、まんざら錆び付いてないじゃん」と思った次第である。もう、ブランドでビッグビジネスをする時代じゃないのだ。

今はガタガタになってしまったアパレル・メーカーの オンワード が 1989年に "Dolce & Gabbana" と契約(参照)した時の記者会見には、実は私も参加していた。当のドルチェとガッバーナのご両人も来日して参加していたが、はっきり言って 2人とも「もっさりしすぎ」という印象だった。

こちらが啞然としてしまうほど、意味のあること(自らのファッション哲学とか、デザイン・テーマとか)は何も語ることができず、気の利いたジョークすらも言えなかった。要するにこの 2人、自分たちに深い考えなんてなく、周囲の「悪いオジサンたち」に動かされてるのが見え見えだったのだよ。

そんなことだから最近ではプロモーション面で余計な問題まで起こし(参照 1参照 2)、さらに本業は洋服のデザインなのに、実際は小物やコスメ、香水関連でメシを食ってる印象があって、要するに「もう終わってる」ってことなんだろう。実質以上のビッグネームに仕立て上げられた悲劇である。

そういえば、昨日の "「ロイヤリティ」と「ロイヤルティ」の使い分けって・・・" という記事で、次のようなことを書いている。

私は昔、繊維・アパレル業界で仕事をしていたから、「ブランドのライセンサーに支払う『ロイヤリティ』が馬鹿にならないんだよね」とかいう言い方をよく耳にしていた。

当時は、「そんなに『ロイヤリティ』とやらの支払いが負担なら、欧米のブランドなんかに頼らずに、自前のちゃんとしたブランドを開発すればいいじゃん」と思っていたものである。で、改めて「最近の代表的なライセンス・ブランドって何かな?」と考えたが、急には思い浮かばなかった。

あの頃のアパレル業界大手といえば、オンワードの他には「アーノルド・パーマー」なんてゴルファーの名前でポロシャツや靴下を売るという妙なビジネスをしていた レナウン とか、「バーバリー」のライセンスによるコートに頼りきりだった三陽商会 とかだった。今はどちらもガタガタだが。

その他にも、誰も知らない(プロの私でさえ知らない)ような海外のどうでもいいブランドに「ロイヤリティ」を払って展開しているメーカーも、どことは言わないが少なからずあった。私は「それって、全然意味ないよね!」と思っていたよ。

一方、この頃は山口県のローカル企業に過ぎなかった「ユニクロ」は、どこにも「ロイヤリティ」なんて支払わずに、自前のブランドでここまで成長した。

余計な「ロイヤリティ」とやらを払いながら、他人のネームバリューによりかかる仕組みのライセンス・ビジネスは、地道に自前の財産を構築する本道のビジネスに負けるのである。「ロイヤリティ」とやらの収入に頼るビジネスも同様だ。

 

| | コメント (0)

2021年3月21日

「アクティブスーツ」という商品にみる業界の都合

東洋経済 ONLINE に「流行りのアクティブスーツがダサい人の超盲点」という記事がある。「ビジネスマンのためのスタイリスト」という肩書の森井良行という人が書いたもののようだ。

210321

私も昔はファッション・アパレル関連のジャーナリストをしていた時期があるのだが、「アクティブスーツ」というカテゴリーのスーツがあるというのは初めて知った。

何しろ「スーツ」というものは年に 2〜3度の冠婚葬祭関連でしか着なくなったし、最近はコロナ禍で冠婚葬祭という機会すらなくなっている。ここ 1年以上スーツと称される服に袖を通したことがないので、スーツ嫌いにとってはありがたいぐらいのものだ。

今日の記事を書くにあたって、「アクティブスーツ」というものについて少しはきちんとした情報を得ておこうと、いろいろググってみたのだが、まるで要領を得ない。青山オンラインストアのサイトで見る限りは、伸縮性や撥水効果を強調しているだけで、要するにフツーのスーツである(参照)。

かと思うと、アクティブ・スポーツウェアの視点からすると、楽天市場の紹介するデサントの商品みたいに、いわゆる「トレーニングウェア」みたいなものになってしまう(参照)。フツーはこっちのカテゴリーを指す言葉だろうね。

もっともらしいことを言ってはいるが、確立したカテゴリーではないみたいなのだ。ということは、ファッションという分野の常で、そのうちうやむやになって別の商品や言い方に取って代わられる可能性が大なので、あまり真に受ける必要もなさそうだ。

実際の着用場面では、銀行やお役所など、相変わらずスーツ着用が求められる仕事ではこれまで通りのスーツを着ていればいいし、そうでない分野ではテキトーにスーツ以外の軽装に移行していけばいいというだけの話である。堅苦しいスーツが着たくないなら、着なくて済む仕事をすればいいというだけだ

私が勤め人をしていた 20年前でも、ノーネクタイでライトウェイトなジャケットを着ていれば、とくに文句を言われることもなかった。今のビジネス・シーンなら、もっと軽快な着こなしが可能だろう。

森井氏の記事では、アクティブスーツに合わせる靴だのベルトの幅だのがもっともらしく語られているが、そうしたことで細かいことを言うのは、どうしても「スーツ」とその関連商品を売りたい業界の都合でしかない。フツーはテキトーにジャケットとスラックスを合わせれていれば OK である。

アクティブスーツというのは元々がカジュアル志向のスーツなんだろうから、深く考える方がダサいってことだ。ただ、カジュアルな服装をするとなると、とたんに何を着ればいいかわからなくなるという人もまだ少しは残っているようなので、森井氏の記事みたいなものの需要があるのだろう。

 

| | コメント (0)

2021年2月28日

「バーニーズ」流ファッション・ビジネスの衰退

東洋経済 ONLINE が "バーニーズ「日本1号店」撤退が示す深刻課題" という記事を伝えている。「バーニーズ」と言っても今や知らない人が多いと思うが、メンズ比率の高いハイ・ファッションの大型店で、元々はマンハッタン 17st. の "Barneys New York" のライセンスでスタートしていた。

2102282

この Barneys New York は、今は懐かし黒ずくめジャパン・ファッションが世界で注目された 1980年代に、いち早く COMME des GARÇONS や Yohji Yamamoto などの東京のデザイナー・ブランドをニューヨークに紹介し、販売していた

この頃、当時の社長の Gene Pressman (創業者の Barney Pressman の孫)が来日した際の記者会見に、私も(若き記者として)出席したのを覚えている。で、印象と言えば「このジーン・プレスマンって、キザで嫌なやっちゃなぁ」というものでしかなかった。

この時の質疑応答で、私の質問(日本での会見なので当然日本語)を通訳が妙に勝手な解釈で伝えようとしたので、「いや、聞きたいのはそういうことじゃなくて・・・」と直接英語で聞き直したのだが、彼は結局、自分の言いたいことをペラペラまくしたてるだけだった。要するに台本があったのだろう。

この記者会見の約半年後に実際にニューヨークに出張し、Barneys New York の本店も訪れた。品揃えは悪くないが、底の浅さは社長の第一印象と変わらない。で、その印象に違わず 1996年に最初の倒産。その後大手アパレルに身売りして復活したが、一昨年に再び行き詰まっている。

初代が苦労して創業したビジネスを二代目が発展させ、三代目が食い潰すというパターンの典型である。

この倒産の 7年前、1989年にライセンス・ビジネスとして「バーニーズ・ジャパン」を始めたのが伊勢丹だったが、スカ引いちゃったよね。その後、本家本元がガタガタになったので資本関係も何もなく、名前だけ生き長らえながらセブン&アイの子会社として営業を続けていたわけだ。

というわけで、頼るべきは 30年前に一時的に輝いていた頃のイメージしかないみたいなもので、こうした感じのファッション・ビジネスって「前世紀の遺物」になってしまうほかないよね。

【追記】

ちなみに、米国版の Wikipedia には、Barneys New York 創業者の Barney Pressman、二代目の Fred Pressman のページならあるが、三代目の Gene Pressman のページは見当たらない。目立つのはセレブだった頃のちょっと浮ついた写真ばかりだ。

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧