電車や飛行機で泣き叫ぶ赤ん坊
列車や飛行機で旅をすると、むずかって泣き叫ぶ赤ん坊に遭遇することがある。周囲の乗客の頭が痛くなるほどの猛烈な鳴き声だ。
親がいくらあやしても泣きやまない。それどころか、赤ん坊はますます無茶苦茶な大声を出して泣き叫ぶ。親はおろおろするばかりで、どうしようもなくなる。
自慢じゃないが、我が家は 3人の娘を育てて、一度もそんなことはなかった。そりゃ、赤ん坊のことだから、多少ぐずることはあっても、抱いてあやしてやればすぐに安心して泣きやんだものである。
赤ん坊が泣きわめいてしょうがなくなるというケースをながめていると、そこにはある傾向があるような気がする。といっても、誤解されると困るので初めから断っておくが、全てがそうだというわけではない。「傾向がある」というだけのことだ。ただ、その「傾向」は、かなり強いものだと思っている。
その傾向というのは、親と赤ん坊の心のつながりが希薄そうにみえることだ。親は赤ん坊を連れて乗り物に乗るにあたって、不安を抱いている。「ウチの子は癇が強いから、泣きわめいて周囲に迷惑をかけるのではないか」と、初めからおっかなびっくりだ。
そんなだから、赤ん坊の方でも親を信頼していない。親は基本的に周囲に気兼ねするばかりで、自分のことはある意味、お荷物と思っている。赤ん坊はそれを敏感に感じ取っている。
別の言い方をすると、親は「泣かれたら困る」と、はなはだ自分本位の都合を考えるばかりで、自分の赤ん坊が泣かなくても済むような安心感を与えていない。極端に言えば、赤ん坊のせいで心ならずも周囲に迷惑をかけてしまい、自分はその板挟みに合うという一種の被害者意識にも似たような気持ちになっている。
つまり、親がまともに赤ん坊と向き合って強い絆を作るという作業を怠っているから、赤ん坊は不安で泣くのである。親は泣きわめく赤ん坊をあやしているように見えても、心は赤ん坊にしっかりと向き合っておらず、ただ困り果てておろおろしているばかりである。
おろおろするからいけないのだ。親がおろおろするから、赤ん坊はますます不安になって泣き叫ぶ。そこは毅然として、「自分はお前の絶対的な味方であり、何があっても守ってあげるのだから、絶対大丈夫」と、無条件の愛情オーラを発しまくれば、赤ん坊は安心してすやすやと眠るのである。
ただ、車内で大人しく眠ってばかりいる赤ん坊というのも、一方でちょっと可愛そうである。そういう赤ん坊は、「おとなしくていい子」のように見えるが、実は親を信頼していなくて、不安を紛らすために眠りの中に逃避しているだけということがあるように思われる。目覚めていると不安でたまらないから、眠ってしまうのだ。
つまり、赤ん坊は不安だと泣くか、泣くのは疲れるから嫌だと思えば、眠りに逃げるのである。
だから赤ん坊は、適当に起きて機嫌良くバブバブ、キャハキャハ言ってくれているのが一番安心だ。車内でそのようにして過ごしている赤ん坊をみると、私は親と赤ん坊の心の絆の強さを感じて、暖かい気持ちになる。だからバブバブ、キャハキャハ程度のことなら、周囲の乗客もあまりうるさがらずに、暖かく見守ってあげてもらいたい。
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