カテゴリー「音楽」の109件の記事

2026年3月31日

”Streets of Minneapolis” という歌を聴いてほしい

Billboard が "Bruce Springsteen Performs ‘Streets of Minneapolis’ at No Kings Rally" (ブルース・スプリングスティーンが ノー・キングス・ラリーで 'Streets of Minneapolis’ を歌う)と報じている(日本語版は こちら)。

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'Streets of Minneapolis’ (ミネアポリスのストリート)は、今年 1月 7日と 24日に、ミネアポリスの街頭で国家への抗議デモをしていた米国市民のうち 2人が、国家組織 ICE と DHS (下の【注】参照)要員の銃撃で死亡した事件を取り上げた歌だ。最新のホットな(熱々の)プロテスト・ソングである。

既に全世界 19ヶ国の iTunes チャートで 1位を獲得しており、重要な意味をもつ歌だけに公式の対訳付き歌詞ページも公開されている。の画像クリックで曲が再生されるので、とにかく対訳を読みながら聴いていただきたい。

この曲を聴いて私は、「アメリカはまだ終わっていない」と確信することができたのだった。そしてこれが今回の "NO KINGS" ラリーのスタートとなるセントポール(ミネソタ州)でも歌われたというのは、象徴的なパフォーマンスである。

【注】 ICE は 米国の連邦移民取締局(Immigration and Customs Enforcement)で、DHS は国土安全保障省(Department of Homeland Security)

 

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2026年3月12日

フェンダーのストラトキャスターってギターの話題

フェンダー、Stratocaster ボディデザインの著作権保護でドイツ裁判所から重要判決を獲得」というニュースに、ちょっと驚いてしまった。楽器に詳しくない人には何のことやらわからないだろうが、フェンダーという米国の楽器メーカーが展開するエレクトリック・ギターのデザインの話である。

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フェンダー社の訴えを受けたドイツの裁判所の判決により、今後はヨーロッパ市場で他社がフェンダーのストラトキャスターのデザインを模したギター、つまりコピーモデルを販売することができなくなったというのである。

ストラトキャスターというのはとても人気のあるモデルで、日本の音楽雑誌でも特集別冊が出たりしている。下の画像はヤングギター誌のストラトキャスター特集の表紙で、奏者はエリック・クラプトン。

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個人的には黒いシャツと水色のストラトキャスターのカラー・コーディネートが「ちょっとね」という気もするが、この人、写真や動画で見る限りでもいろいろな色のストラトキャスターを弾いてる(ブラウニーホワイトブラック)。この水色も含めて最低でも 4台(実際はおそらく 10台以上)持ってるよね。

で、これだけ人気のモデルだけに市場にはコピーものがどっさり出回っており、日本でもいくつかのメーカーが「ストラトキャスター・モデル」とか称して堂々と展開している。下の画像はグレコが展開する「ストラトキャスタータイプ」ってやつ(参照)で、品質は決して悪くない。

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右から 3番目の水色のモデルなんて、上の写真でクラプトンが使っている本物と見分けが付かない。それが 99,000円で買えるってわけだが、他のメーカーのコピーものだと、もっと安く買えると思う。

ストラトキャスターばかりでなく、他の人気モデルのコピーもどっさり、しかも堂々と展開されている。有名なところでは同じくフェンダーのテレキャスター、ギブソンのレスポールSG なんて、楽器屋に行けばいくらでもコピーものが安く買える。

かくいう私も、大昔の貧乏学生時代に買ったのはグレコの SG コピーモデルで、今でも押し入れの奥に眠ってる。ギブソンさん、ごめんなさい。

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今回の判決はヨーロッパ市場が対象になっているが、今後は日本でも徐々にこうした展開をしにくい雰囲気になるかもしれない。かといって、国内メーカーが今さらオリジナル・モデルを出しても「ダサい」と思われがちで、難しいんだよね。

本来ならコピーモデルを出す方がダサいはずなんだが、それがなかなか通じない。どうしても、有名ギタリストが使ってるのと同じモデルが「カッコいい」ということになってしまう世界なのである。

で、クラプトンとていろいろなギターを弾いているのだが、圧倒的にストラトキャスターを使うことが多い印象で、そんなこんなで巷でもやっぱりこれが一番人気なのだよね。ハードロックとかヘヴィメタだと、ギブソンのレスポールが多かったりするのだが。

 

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2026年1月18日

TBS の「ソニック・ブランディング」ってやつをイジる

私は家でもクルマを運転している時でもラジオをよく聞くのだが、8割方は TBS ラジオである。そしてこの TBS ラジオを聞いていると割と頻繁に流されるのが、下の動画で聞くことのできる、たった 4秒の短いメロディだ。

こういうの、昔は「サウンド・ロゴ」なんて言っていたものだが、最近は「ソニック・ブランディング」なんて洒落た言い方をするのだね。こちら のページを覗いてみると、これに関する興味深い四方山話を読むことができる。

まあ、いろいろあるわけだが、私としてはだいぶ前から、この TBS の「ソニック・ブランディング」ってやつを頭の中で自分なりに「完成」させてしまっているのである。オリジナルの TBS 版は途中で終わっちゃってる感があるものでね。

で、このほどせっかくだから、その「完成版」をデジタルで再生できるようにしてしまった。こんな感じである。「完成版」だけにちょっと長くなって、10秒ちょっとある。

「完成版」 下の ▷ をクリックすると聴ける。

ただ、私はこの TBS の「ソニック・ブランディング」ってやつを聞くと、どうしても「ドレミの歌」の最初の部分を思い浮かべてしまうのだよね。「ド は ドーナツの ド」ってやつだ。盗作では決してないが、ちょっと似ていると思うのは私だけではないだろう。

そんなわけで「せっかくついで」に「ドレミの歌」の流れで歌詞まで付けてしまっている。こんな感じで、ナンセンスではあるが太字部分は実際の音階と一致する。

んなの
ファイトの
は青い

というわけで、今日は完全に「ドー

でもいい話」なのであった。以上。

 

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2025年2月15日

ビヨンセの「最優秀カントリー・アルバム賞」受賞

今さらのようだが、今月初めのビヨンセのグラミー賞受賞のことについて触れる。第67回グラミー賞において、彼女の "COWBOY CARTER" に「年間最優秀アルバム賞」が授与された。ただ注目したいのは、このアルバムが「最優秀カントリー・アルバム賞」も同時受賞していることである(参照)。

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カントリー・ミュージックと言えば「白人の音楽」というイメージが強いが、よく調べるとブラック・ミュージックの影響もないではないし、黒人のカントリー・ミュージシャンだっている。

ところがこれまで、グラミー賞の「最優秀カントリー・アルバム賞」は、白人以外に与えられたことがなく、今回のビヨンセが黒人初の受賞となる。それだけに、かなり画期的なことと言える。

さらに言えば、これって米国の音楽界のトランプに対する反発と見ることもできる。トランプが聞きそうなカントリー・ミュージックと言ったら、モーガン・ウォーレンみたいな、日本で言えば「ド艶歌」みたいなものになってしまいそうだが、ビヨンセのはかなりソウルフルだし。

今回受賞したアルバムに収録されたヒット曲、" TEXAS HOLD 'EM" を聞くだけでそれは如実にわかる。こんな感じだ。

それに何より、ビヨンセは今回の米国大統領選で民主党のハリス支持を明確に打ち出していたしね。

トランプはムチャクチャな政策を矢継ぎ早に打ち出しているが、米国民の中にビヨンセの歌を楽しむ流れがあれば、4年後はきっと大丈夫と信じることにしよう。

 

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2025年1月 4日

耳にこびりついた曲、「イヤーワーム」を消し去る音楽

特定の音楽が脳内で勝手に繰り返し流れて止まらなくなる現象を英語で「イヤーワーム(earworm)」というのだそうだ。「耳の虫」とは、なるほど実感である。そしてこの「イヤーワーム」を 40秒で消し去る「イヤーワーム・イリーサー」というのが開発されたというからおもしろい(参照)。

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「イリーサー(eraser)」という英単語は、フツーは「消しゴム」や「黒板ふき」を意味する。いつまでも耳に残ってイライラするメロディをあたかも「消しゴム」のように消し去ってくれるから、この名が付いたのだろう。

開発に関わった英国ダラム大学の音楽心理学准教授ケリー・ヤクボウスキー氏(Kelly Jakubowski)によれば、「耳から離れない曲」というのは「ダンスに適したテンポの曲 」と「全体的なメロディーの形が予測できる曲」 なのだそうだ。なるほどわかる。

複雑で覚えにくい曲というのは、耳に付いてしまったりしない。いい感じで自然な曲調だからこそいつまでも耳の奥に残ってしまうのだろう。ただ、いくら「いい感じ」でもあまりしつこいとやっぱりイライラしてしまうというわけだ。

だったらそれへのカウンター・アタックとして、複雑で覚えにくい曲を浴びせかければいいということになる。条件としては、キャッチーなメロディではなく、テンポも一定じゃない曲というのがいい。

というわけで、拍子やメロディ、さらに音楽スタイルもエレクトロニカからクラシックまで変化する不可思議な曲が仕上がったのだという。こんな曲である。

なるほど、メロディがちっとも印象的じゃなく、テンポもコロコロ変わり、曲調も一定しない。こんな覚えにくい曲、耳につきようがないし、はっきり言って「不愉快」というほどのレベルだ。それまでこびりついていた曲も影が薄くなるだろう。

ただ、この曲も万能というわけではなく、「効果がなかった」というコメントもあるらしい。とはいえ多くの人にはとても効果的らしいので、頭の中で常に同じ曲が繰り返されてうんざりしている人は、試してみるといい。

 

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2024年12月21日

「ホ—ボーズ・コンサート」というのが開かれる

今月 16日の "高級ブランドの「ホーボーバッグ」を巡る冒険" という記事で思いっきり「ホーボー」を論じたばかりだが、明後日 24日から 30日まで、池袋の「シアターグリーン」で「ホ—ボーズ・コンサート」というのが開かれるんだそうだ。

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この情報、ちっとも知らなかったなあ。もっと早く知っていれば、この期間中に予定なんか入れなかったのに。何しろフツーの会社員と違って、この時期ってちょっと変わった仕事の入ることがあるのだ。

とくに行きたいのは 12月 27日の林亭と中川五郎、シバくんの出る回なのだが、この日は生憎外せない用が入ってしまってる。ほかの日もポツポツ予定があって無理なのだよ。

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ああ、本当に本当にもっと早く知りたかった。16日にあれだけの「ホーボー讃歌」ともいうべき記事を書いてしまった身としては、同じ書くならこのコンサートと関連付けて書きたいところだった。

それにしても 80年代の馬鹿馬鹿しい「バブル期」を境に忘れ去られていたホーボー・シンパシーが、50年振りに今の世の中で復活しつつあるような気がする。こうした動きが継続されたら、日本の音楽界にも一本の芯が通るというものだ。踊ってる場合じゃないよ。

この情報の詳しい話は、現代ビジネスの 12月 20日付 "「1974年の池袋」で開催されていた伝説のフォークコンサートがついに復活…50年ぶりに「込めた思い」" という記事をどうぞ。(私もこの記事で初めて知ったのだよね)

 

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2024年12月16日

高級ブランドの「ホーボーバッグ」を巡る冒険

「ホーボー」という言葉を御存知だろうか。今世紀初頭の米国の大不況時代、身一つで方々を渡り歩いた浮浪者である(参照)。かのボブ・ディランの崇めるウディ・ガスリーもその一人だった。ということは、ボブ・ディランを崇める私にとっても、ホーボーは思い入れの強い存在である。

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1970年代を貧乏学生として過ごした私は、夏になればホーボー気取りでバッグ一つ担いで日本中を旅していた。まともな宿泊施設には泊まらず、夜になればドヤか駅の構内でゴロ寝の旅だったので、ある時期から終電以後に駅のシャッターが閉じられて入れなくなったのは、かなりダメージだったなあ。

で、先日「ホーボー」について何か書こうとしていい画像はないかとググってみたところ、出てくるのは何だか知らないがブランド品のバッグばかり(参照)で驚いてしまった。ああいうの「ホーボーバッグ」というと知って、さらにひっくり返るほど驚いた。

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なるほど、今の時代の「ホーボーバッグ」というのは、上の写真のホーボーが棒っきれにかけて担いでいるバッグと形状的には似ていなくもない。しかしだからといって、妙に着飾った女性が腕にぶら下げるバッグを「ホーボーバッグ」と称するのは、大変な違和感である。不愉快と言ってもいい。

ご覧のように、クロエには 49万円以上もするものがある。こんなものを買って「どう、私のホーボーバッグ?」なんて言うのは、私の感覚からすると「恥知らず」というものである。

調べてみると、Vogue は 2019年 7月に "Why We Need To Rethink The Term Hobo Bag" (どうしてホーボーバッグという言葉を考え直さなければならないのか)という記事を発表している。(Vogue Japan の翻訳版は "ホーボーバッグ」は差別用語? 問われるファッションの倫理観" )

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この記事は「ファッション・グッズに『ホーボー』という差別的な言葉を使うこと」に関して問題提起している。ただ記事中では実際のホームレス俳優のコメントも紹介してそのアイデンティティを尊重しているようにも見えるものの、基本的には「ホーボーは蔑称」という「上から目線」が見え隠れする。

しかし私の発想はそれとは逆だ。ホーボーにシンパシーのない連中が軽々しくその名を使うのは、むしろ「ホーボーに対して失礼」と感じるのである。要するに「クロエのバッグなんて買う連中に、ホーボーの美学がわかってたまるか!」ってことだ。私は昔からアンチ・エスタブリッシュメントなものでね。

というわけで、締めくくりの口直しとしてウディの息子、アーロ・ガスリーの "Hobo's Lullaby(ホーボーの子守歌)" をどうぞ。

とりあえず 1番の歌詞だけ訳しておくのでよろしく。

お眠り 疲れ果てたホーボー
街々がゆっくりと行き過ぎるにまかせて
線路のハミングが聞こえるだろう
それがホ—ボーズ・ララバイさ

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【同日 追記】

「ホーボー」と言ったら、やはりボブ・ディランの "Only A Hobo" を取り上げないわけに行かないと気付いた。高石友也とロッド・スチュワートのカバーも添えておく。

道端で一人のホーボーが倒れて死んでいたのを見て、"Only a hobo, but one more is gone" (たかが一人のホーボーだが、さらにもうひとつ失われた)と歌ったのは、さすがボブ・ディラン。それを「労務者とは云え」と訳したのも名訳だ。

【12月 21日 追記】

ことのついでに、本日付の "「ホ—ボーズ・コンサート」というのが開かれる" という記事もご覧いただければ幸いだ。

 

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2024年9月15日

米国の「日本ブーム」を音楽視点から見ると

長い間「米国の音楽市場では英語の歌以外は受け入れられない」と言われていた。遙か昔、Billboard 誌で週間 1位を獲得した "SUKIYAKI(上を向いて歩こう)" なんて、数少ない例外の一つである。

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しかしそうした「鎖国状態」は、ここに来て崩れ始めているようだ。NHK が「気付いたら日本ブームがすごいことになっていた」というニュースを伝えている。

米国でSHOGUN 将軍」がエミー賞の14部門で受賞し、ラジオでは日本人が日本語で歌うポッポスが流れることも増えてきたという。 ちょっと前までは韓国の "K-POP" がかなりフィーチャーされていたようだが、ついに日本の曲も注目され初めているというのである。

日本のユニット「新しい学校のリーダーズ」は、今年 4月にカリフォルニアで開かれた野外フェス「コーチェラ」に参加して以来、結構な話題になっているらしい。これはわかる。かなりよくわかる。

私も「新しい学校のリーダーズ」にはちょっと注目していたからね。どちらかと言えば、日本よりも米国で受けそうな気配を漂わせている。

私は個人的には日本のポップスよりも、ブルースとカントリー・ミュージックをベースとしたアメリカン・ロック・ミュージックの方が好きなのだが、最近はどうやらこのアメリカン・ロックがちょっと停滞してしまっている気がする。これって明らかなことじゃあるまいか。

何でなのかと言えば、米国の音楽がブルースとカントリーに縛られ過ぎているためなのだろう。日本の歌謡曲がどれを聞いても同じに聞こえてしまうのと似たような現象が、今のアメリカン・ロックの世界で起きているのだ。

そこへ行くと、韓国や日本のポップスは自由である。「ブルースがないじゃないか」と言ってしまえばそれまでで、確かに軽薄なイメージではあるのだが、その代わりメロディ・ラインがどうにでもなる。定型的なアメリカン・ロックに浸りすぎた米国人には、かなり新鮮に聞こえるだろう。

逆に言えば、日本の最近の曲はメロディが自由すぎて、私の同年代の連中は「平成以後の歌は覚えられないよ〜!」なんて悲鳴を上げている。同窓会の二次会のカラオケなんかは昭和の歌ばかりになってしまい、平成以後の歌を歌いたがる私なんか完全に浮いてしまう。

これだけの音楽大国にいるんだから、ちょっともったいないよね。

 

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2024年8月19日

高石ともやさん、ありがとう

今朝、はてなブックマークをチェックしていたら、"【速報】高石ともやさん死去、82歳 フォーク歌手「受験生ブルース」" という記事が見つかり、本当に驚いてしまった。亡くなったのは 17日午後 3時半だそうだ。

私は中学 1年のの頃からギターの弾き語りを始めていたのだが、本格的にやり始めたのは高校 1年で高石ともやさんの歌を知ってからだった。 

最初に触れたのは、深夜放送でヒットしていた『受験生ブルース』。夜更けになると山形県庄内の地でも辛うじて電波を拾える深夜放送で、雑音混じりの歌を必死になって聴いていた。あの頃は「アングラ・フォーク」なんて言われていて、私がずっとアンダーグラウンド志向となった出発点である。

その後、高校 2年の時だったと記憶するが、労音主催のコンサートで、高石ともや、岡林信康五つの赤い風船のジョイント・コンサートを聞き、すっかりフォークソングというものに入れあげるようになった。一時は私もシンガーとして、ライブハウスなどで歌っていたほどである(参照)。

高石ともやさんはその後ナターシャ・セブンを結成して、カントリー・アンド・ウェスタン的なテイストを強調するようになった。私はブルースを追っていたので「ちょっと違ってきちゃったかな?」という気もしていたが、聞いてみればさすがにスゴい。

ナターシャ・セブンのメンバーの圧倒的演奏テクニックと、ともやさんのスゴい歌唱力の合わせ技で、「こりゃ、かなわんわ!」と思わせるほどだった。とにかく、ともやさん、歌がうまい。うますぎる!

とにかく、私の人生、とくにモノの考え方に大きな影響を与えてくれた人だった。心から冥福を祈る。ありがとう!

 

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2024年6月12日

『ドレミの歌』の「シ」と "tea" の謎が解けた

実は長い間の疑問があった。それはほぼ 60年にわたって抱き続けてきた疑問なのだが、『ドレミの歌』のオリジナル版(英語版)の歌詞についてである。

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『ドレミの歌』の出だし、「ドはドーナツのド」はペギー葉山の訳詞によるもので、オリジナル版では "Doe, a deer, female deer" (ドゥは鹿よ、牝の鹿)と歌われる。「鹿」は英語で "deer" だが、「牝鹿」は "doe" になるのだ。以下、こんな具合である。

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一見して気付くように、日本語版では「は幸せよ」と歌われる部分が、英語のオリジナル版では「ティはジャム付きパンに付いてる飲み物よ」である。

英語では「」が「ティ」のようで、実際にそう歌われてるんだからそう信じるしかない。ただ、どうしてそうなるのかまで納得したわけではなく、ずっと心の底に引っかかっていた。

"Do, Re, Mi..." は、実はイタリア語である。英語ではフツーは音階を "C, D, E..." で表す(ドイツ語もほぼ同様だが、「注記」を参照のこと)のだが、米国人でも "Do, Re, Mi..." にはある程度馴染みがあり、『ドレミの歌』はちょっとオシャレにイタリア式なのだが、なぜか「」が「ティ」なのだ。

ずっと不思議でしょうがなかったのだが、このまま死ぬまで不思議がっていてもしょうがないと思い立ち、おもむろにインターネットで調べたところ、長年の謎があっという間に解けてしまったのである。Yahoo 知恵袋にある nan**** さんの解答が分かりやすいので以下に引用させていただく。

音感を鍛えるのには、メロディーを「ドレミ・・・」で歌うのが有効ですが、♭や ♯ のあるメロディーは困ります。

英語圏では、♯ は母音を i、♭ は母音を e に変えて発音するようにして、メロディーを音階で歌えるように工夫したそうです。ド♯ は di レ♯ は ri という要領です。

そうすると ソ♯ が si になってしまうので、英語圏では シ を ti に変えました。

なるほど、「シ」をまんま "Si" と言ってしまうと、"ソ♯" と同じ発音になって区別がつかないので、敢えて "ti" にしてしまったというわけか。積年の疑問の解け方が呆気なさ過ぎて不満なほどだ。

とはいえ、昔はこんなに容易には調べがつかなかった。インターネットのある世の中って本当にありがたい。

【注記】

英語では「シ」の音は "B" だが、ドイツ語だと "H"(ハー)で、♭ が付いた場合に限り "B"(べー)になる。つまりドイツ語式で「べー」と言ったら、それはとりもなおさず英語式での "B♭" (ビー・フラット)のこと。詳しくは こちら を参照。

 

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