「受験文学」なんてカテゴリーができたらイヤだなあ
毎日新聞が一昨日(12日)付で「高校国語、再び小説重視 AI時代に感性を 次期要領で文科省案」という記事を報じている。私は半世紀以上前に高校を出ちゃってるので、記事を読んでもあまりピンと来ないのだが、要するに国語教育で「感性を磨く」と言いたいようなのだ。
こうした変更っていつからなのかと記事をよく読んでみると、最終行に「高校の新たな指導要領は 32年度以降実施される」とある。「32年度以降」って、「令和 32年度以降」だとすると 24年も先になるから、6年先の「2032年度以降」ってことなんだろうね(多分)。
見出しでは「再び小説重視」とされているのだが、「再び」というからには過去にも小説が重視されていた時代があるってことなのだろう。ただ、私の頃はどうだったかと思い出そうとしても、何しろあまり真面目に授業に出ていなかったからよく覚えていない。
ただ国語の教科書なんかに小説が取り上げられなくても、自分で勝手にいくらでも読んでいた。そもそも小説なんて、授業で読むもんじゃないだろう。実際問題として、よほどの掌編小説でなければ教科書にはほんの「さわり」ぐらいしか載せられないだろうから、本当の良さなんて伝わらないだろうし。
あるいは高校の授業で小説に触れることで、多少は感性が磨かれるきっかけになるなんて期待しているのかも知れないが、それもちょっと「おめでた過ぎる」気がしてしまう。いわゆる「文学好き」って、小学校時代から小説読みまくるからね。
私としては、「受験文学」なんてカテゴリーが形成されたらイヤだなあと思ってしまうよ。


















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