カテゴリー「経済・政治・国際」の704件の記事

2021年10月20日

私が依然として「Apple 信者」になり切れないのは

BBC ニュースによると、Apple は中国で ”Quran Majeed” というコーラン・アプリを取り下げたのだそうだ(参照)。これ、コーランを多言語(日本語には対応していない)で読んだり聞いたりできるもので、"Essential app for all Muslims"(全てのイスラム教徒必須のアプリ)と紹介されている(参照)。

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Apple は、この措置は中国政府からの要請によるものだとしているが、中国政府は直接にはこれについて声明を発表しておらず、BBC の取材にも答えていないという。ただ、最近の新疆ウィグル自治区のイスラム教徒に対する迫害と人権侵害と無関係とは考えられない。

私はムスリムではないが、こんなニュースを聞くと「中国に生まれなくてよかった」と単純に思う。中国では信教の自由が表向きは保障されているが、各論ではこんなことになる。いろいろな方面で「無茶な各論」が出てくるのだから、このようなブログを書いても迫害されるだろう。

Apple はこの件に関してはうやむやな態度に終始しているという。最高経営責任者の Tim Cook は米国の政治家の偽善的な発言などは厳しく批判するが、中国に関してはかなり生ぬるい。これは、中国がアップルにとって、生産・販売の両面で重要マーケットとなっているからとみられる。

自分自身について言えば、私は iMac、MacBook、iPhone、iPad、Apple Watch を使っている。傍目には典型的な「アップル信者」に見えても仕方がないが、自分でそう言い切ることには、今でも抵抗がある。

6年半前の「アップル信者になり切れない私」という記事で私は、Apple 製品の仕様に完全には馴染みきっていないことを告白している。しかしその 4年半後の追記では、この面についてもかなり馴染んだことを報告し、"「Apple 信者」に近付いてしまった" なんてことを書いた。

ただ、それでも「まだ今イチ、なり切れていない」としているのは、残念なことに、企業姿勢としてこんなことがあるためでもあるのだよね。

 

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2021年10月16日

"Dappi" というツイ垢と、「雰囲気」のトレンド

Twitter に "Dappi" というアカウントがあると知らないわけではなかったが、どうやらうんざりするような tweet しかしていないみたいなので、あまり意識していなかった。ところが最近になって、ずいぶんなニュースになってしまっているじゃないか。世の中、奇々怪々である。

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まあ、かいつまんだところは LITERAX の「ネトウヨ Dappi 運営との取引を報じられた自民党ダミー法人の実名! 岸田首相、甘利幹事長が代表、いまも自民党から年間 4000万円」という記事を読めばわかるので、内容はここでは敢えて触れない。噛み砕いて書くすら不愉快で馬鹿馬鹿しいし。

ちなみに Twitter で Dappi のプロフィル・ページを見ると、「16.7万」ものフォロワーがいるというので驚いた。そして中には、こんなにも見当外れなまでに熱心なのもいる。

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「政治家の発言の生の映像を見たいのです」ってのは、言葉センスのなさに笑ってしまうが、これには、国会の審議中継サイトの URL を記して「10年分見られます。存分にどうぞ」とか「NHKで中継してますけど(笑)」とかいう「正常な人」のレスが付いている。それでも意に介する様子はないのだよね。

思えば私の学生時代(1970年代)の初めの頃は左翼的学生運動の盛んな時期で、とくに日共/民青さえも「欺瞞的」と否定する「全共闘」系がやたら目立っていた。

ワセダの、とくに文学部キャンパスの場合は、いわゆる「全共闘」とは一線を画している(らしい)「革マル」の世界だったが、とにかく大学に通っているだけでやたら議論をふっかけられたりして、否が応でも関わらざるを得ないほどだった。今とは隔世の感がある。

ただ、私は彼らの言うことを目の当たりにして、その「恥ずかしげもなく単純すぎる頭の構造」に呆れるばかりだった。彼らの論理は、自分の領域内だけでは見事なまでに完結しているのだが、初めから他の要素を「ナンセンス」としてシャットアウトしているのだから、それも当然だ。

さらに言えば、全共闘や革マルの下っ端の方は、自分たちが何を言っているのかすら理解していなかった。ひたすら「雰囲気」だけで突っ走っているだけだったと思う。(まさに「雰囲気」ほど強いものはない)

そして月日は巡り、今の「ネトウヨ」も、構図的にはそれと同様だとわかる。右と左が裏返っただけで、「頭の構造の単純さ」及び「下っ端の方のモノのわかってなさ加減」は、ちっとも変わらないという印象なのだ。

要するに、「今の雰囲気」のトレンドが右に向いているというだけのことなのだろうね。やれやれ。

 

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2021年10月 5日

麻生さん、黙って座ってるのがよほどツラかったようだ

"戦後最長の財務相在任「長いに決まっとる」 麻生氏が最後の会見" という毎日新聞の記事に、悪いけど笑わせてもらった。第二次安倍政権発足時から「戦後最長」の 8年 9カ月にわたって財務相を務め、最後の記者会見を行った麻生太郎氏のコメントがなかなかふるっている。

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在任期間が戦後最長というのは単純事実だからまあいいとして、「長いに決まっとる」というのは何を言いたいのか意味不明で、さらに次のように語ったという。

麻生氏は「あんた朝の 9時から 5時までずっと質問もないのに 2カ月間座っている自信があるか? 新聞記者なんかできねえだろう。じーっと質問もないのに 2月、3月、予算委員会に座っている。やってごらん自分で」などと話し、国会出席回数が多く激務だったことをにじませた。

「朝の 9時から 5時までずっと質問もないのに 2カ月間座っている自信があるか?」と聞かれても、「座ってるだけなら、誰でもできる」と言うしかない。なにしろ「質問もないのに」と自分で言ってるのだから。

ただ、新聞記者は大臣ほどヒマじゃないから、ずっと座っているわけにはいかない。それに麻生さんは結構いらちみたいだから、ただじっと座っているのはよほどツラかったんだろうね。ほんのたまに質問があったとしても、出来合いの答弁原稿を読めばいいだけで、おもしろくもなんともないし。

ただ、世の中にはせっかく官僚に作ってもらった日本語の原稿をまともに読めない(参照)首相もいるのだから、上には上が(下には下?)があるわけだが。

というわけで、この記者会見のコメントは、「ただじっと座ってるのは退屈でたまらなかった。なんなら、お前らやってみろ! 死ぬほど長く感じるから」と言いたかっただけなのかもしれないね。

はいはい、よっぽどツラかったんでしょう。ご苦労様でした。

 

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2021年10月 1日

「論功行賞」って、年末の流行語大賞までもつか?

岸田新総裁が決まって、毎日新聞は "「自民党新人事 「論功行賞」の色濃く 高市氏と河野氏明暗分ける" と伝えている。今回のキーワードは「論功行賞」で決まりのようだが、年末の流行語大賞までもつかどうか、ビミョーなところだ。そもそも、おもしろくも何ともない話なので。

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幹事長に就任するのは甘利明氏だそうだが、これ、全然新鮮味を感じさせないどころか、旧来の自民党体質を引きずるための人事としか思われないよね。で、案の定、さっそくこの人の 5年前の金銭授受問題が蒸し返されている(参照)。

さらに政調会長に高市早苗氏、総務会長に福田達夫氏が起用されるらしい。高市氏に関しては、「決選投票で互いに協力する『1・3位連合』を形成して岸田氏当選に貢献」なんて書かれていて、まさに笑ってしまうほど露骨だ。

ただし、彼女の「論功行賞」の中身については、昨日の記事で書いたように「はぁ?」と言いたくなる要素も多い。この「1・3位連合」って案外ユルかったというか、急作りのデタラメな要素が多かったに違いない。

彼女が少しでも恥を知るなら、「私が得た議員票の 114票から、決選投票では少なくないほどの造反が出ちゃって、お恥ずかしい」と頭を下げてもいいぐらいのものだと言っておく。これ、指摘する人が少ないけど、「勝てば官軍」で細かい話はどうでもよくなるのかなあ。

それからもう一つ「はぁ?」と言いたくなるのが、「新内閣発足後」という但し書き付きだが「麻生氏が副総裁に就任」という話だ。本当にもう、いい加減にしてくれんかなあ。

というわけで、新鮮味を打ち出すことより内輪の論功行賞を優先させた自民党が、次の総選挙で大幅に票を減らすことを期待したい。ただ、これまでの菅首相より「岸田首相の方がずっとマシ」なんて受け取られて、票が減らなかったりしたらイヤだなあ。比較対象がひどすぎると、判断がおかしくなってしまう。

率直に言えば、岸田内閣が年末の流行語大賞までもたずに、「論功行賞」という言葉もろとも消え去ってしまうぐらいがちょうどいいとまで思うのだが、そりゃちょっとせかしすぎか。まあ、来年の夏ぐらいでもいい。

【10月 2日 追記】

私の「高市早苗嫌い」は、このブログを読んでくれている方々には既に薄々どころかはっきりと知られていると思うのだが、一応「本当に嫌ってるんだからね」と念を押すために、昨日の記事のらむねさんのコメントへのレスを以下に再録させていただくことにする。

それにしても高市さんは、ジジイどもに取り入るのが上手なんでしょうね。私は個人的には、昨日の記事のコメントにも書いたように、気持ち悪く感じてしまうんですが。

もし目の前に現れたら、席を外しちゃいたくなりますね ^^;)

というぐらいのもので、彼女の右翼的政治姿勢とともに、原子力政策に関してもイラついている。それに関しては、2013年 6月 20日付 "政治家の 「失言」 という宿業" という記事を参照いただきたい。

 

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2021年9月30日

自民党総裁選における「数字のマジック」

私ははっきり言って数字に弱い。10年前に "「数字数式認識障害」とでも言いたくなるほど、数字に弱いのだよ" という記事でも書いているように、「数字や数式が出てくると、頭の中がパニくってしまう」のである。

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で、そうした私の頭がすっかりパニクってしまったのが、今回の自民党総裁選の結果だ。上の画像の上半分の表は昨日の記事にも掲げたものだが、とにかく昨日の時点でも頭の中で「?」のマークが 10個ぐらい点滅しまくっていた。

事前の情報では、高市氏が議員票と党員算定票の合計で 2位以内に入る可能性は低いので、岸田氏と河野氏の決選投票にもつれ込むだろうということだった。これは妥当な見方で、事実その通りになった。

そしてこれも事前情報だが、決選投票では高市氏を支持した議員はまるっと岸田氏に投票し、「河野総裁誕生」を阻止するという手はずになっていたはずなのである。そりゃそうだ。1回目で最右派の高市氏を支持しておきながら、決選投票でリベラルの河野氏に入れるなんてのは、無節操にもほどがある。

ところが、この「無節操にもほどがある」というべき議員が、少なくとも 11人はいたことになる。だって、最初の投票で高市氏が獲得した 114票がそのまま岸田氏に積み増しされたら、単純計算では彼の獲得議員票は 260票になるはずだからね。

ところが結果的には、決選投票での岸田氏の得票数は、それより 11票少ない 249票にしかならなかった。これが「数字のマジック」でなければ、何といったらいいのだろう。

最初の投票ではよくわからない理由(多分「浮世の義理」とか「派閥の親分の締め付け」とか言った話)で、心ならずも高市氏に投票した議員がいて、その中の「少なくとも 11人」は、決選投票で正気に戻ってか、河野氏に投票した(つまり「最右派」から「真ん中付近」へ大移動した)ということになる。

フツーなら「はあ???」となるが、あくまでも数字的にはそう読み取らざるを得ない。

ここで「少なくとも」という但し書き付きで言っているのは、野田氏の得票数の行方が分析不能だからである。最初の投票で野田氏に票を入れた議員は 34人だが、仮にその全員が決選投票で岸田氏に投票したのだとしたら、「大移動」した議員は 11人どころではなく、計算上では 45人ということになる。

つまり客観的な言い方をすれば、総裁選で高市氏に投票した 114人のうちの「最小で 11人、最大で 45人」(約 1割から 4割の間だが、現実的には 2割ぐらいの 22〜23人前後といったところか?)という数の議員は、「あんた、一体何を考えてるの?」といったレベルなのだということだ。

国会議員と言えば雰囲気的には立派に聞こえるが、中にはこんなような人 だっているし、中身の質に関してはわけがわからない。

彼女の獲得した 114票って、一見「スゴいな」と思わせるが、実は安倍方面からの締め付けの産物で、中身は案外アヤシいのだと、思い切って言わせていただく。周辺ではこんなようなお笑い的状況もあったしね。

それにしても、政治の世界は魑魅魍魎というか、本当にわけがわからない。

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2021年9月29日

自民党総裁選が終わって

先ほど自民党総裁選の決選投票が終わり、岸田氏が新総裁に選出された(参照)。私は昨日付の記事でも書いているように、今回の 4人の中では野田氏が一番と思っているのだが、政治の世界というのはグチャグチャの行きがかりがあって、すったもんだの結果でしか動かない。

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総裁選挙の得票は、次のようなものだった。

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一目見ただけで、第一回目の投票では岸田氏は党員算定票では河野氏に及ばなかったが、国会議員票を多く集め、河野氏は対照的に国会議員票を集められなかったことがわかる。さらに決選投票では国会議員票で岸田氏が 103票上積みしたが、河野氏は 45票しか伸ばせなかった。

つまり、自民党内で広く支持されたのは河野氏だったが、国会議員(つまり、党上層部)に限っては圧倒的に岸田氏に票が集まったということである。そして決選投票の票数は、党内のお偉方の意向がより強く働いた結果というわけだ。自民党って、内部が結構はっきりと分断されているのだね。

昨日の記事の言い方をすれば、岸田氏は「とても有効な下駄を履かされた」と言えるだろう。河野氏がいくら地方で票を集めても、下駄の歯は大した高さにならなかった。

ということで、次の国会では「岸田首相」が誕生するわけだが、行きがかりとして、下駄を履かせてくれた党の古株の連中の意向を無視するわけにいかないということになり、何だかんだ言っても古い体質はしっかりと残る。

やれやれである。

 

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2021年9月28日

歯のすり減った下駄に固執する男たち

一昨日付の "総裁選 4候補の「昆虫食」に関する姿勢" というちょっと変わったタイトルの記事で、私は今回の自民党総裁選の 4候補の中で、野田聖子氏について「ちゃんとした見識があると思っている」と書いた。要するに、他ははっきり言って「ちょっとね・・・」ということである。

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というわけで、昨日付 HUFFPOST の "「下駄を脱がされると男性が怯えている」 野田聖子氏は、なぜ『閣僚半分を女性に』と宣言したのか【自民総裁選】" という記事には、「よくぞ言ってくれました」と拍手したいほどの気持ちになった。

「性別ではなく実力で選ぶべきだ」という声に対して彼女は、「それは男の人たちがおびえているのよ。履いた『下駄』を脱がされるんじゃないかって」と、一刀両断だ。確かにこの国の男は「下駄」を履かされている。そうでなかったら、日本語原稿をまともに読めない人(参照)が首相になれるはずがない。

ちなみに男にどうやって下駄を履かせるのかということについては、第29代航空幕僚長の田母神俊雄氏が端的に次のように tweet している(参照)。

私は古い人間だから、亭主が帰宅したならば女房は玄関に三つ指ついて出迎えるのが日本の女性のあるべき姿だと思っている。

こんな風に、日常生活からして男を持ち上げてもらうのが「古い人間」としての男の常識であるようなのだ。ただ田母神氏はこの tweet に続いて「誰かうちのカミさんを指導してくれる人はいませんか」とも言っているので、どうやら最近の下駄は歯がすり減って低くなってはいるみたいなのだが。

どうせすり減った下駄なのだから、男は思いきって脱ぎ捨てなければならないと思うのだがね。

 

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2021年9月26日

総裁選 4候補の「昆虫食」に関する姿勢

日刊スポーツのサイトに ”男児「虫を食べなければいけないんですか」総裁選4候補者に質問” という記事がある。学校で SDGs について学んだという 小学校 1年生の男児が「僕たちが大人になったら、本当に虫を食べなければいけないんですか」と、オンラインで質問したのだそうだ。

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この質問に対する 4候補の回答は、次のようなものだったらしい。

河野氏「そうならないように努力をしています。お肉すきかな。大豆からお肉が食べられるように、実験進めています」

岸田氏「皆で努力すれば虫を食べなくて済む。水や自然を守っていかなければなりません」

高市氏「今でも伝統的に虫が好きな方がいます。栄養もありますよ。工場の中で野菜や果物が育てる仕組み進めています」

野田氏「おばちゃんは昔から虫を食べています。しょうゆと砂糖で煮るとおいしいです。肉や野菜を作る人が増えるよう願っています」

大別して、男性 2候補は昆虫食に否定的だ。河野氏の「そうならないように努力をしています」なんて、昆虫食という文化が忌まわしいことででもあるかのような言い草で、「差別的言辞」として問題視してもいいぐらいのものだ。この人、私が 2018年 12月 12日の記事で書いているように、「ヘボ役者」である。

岸田氏の回答の「皆で努力すれば虫を食べなくて済む」と「水や自然を守っていかなければなりません」というのは、文脈の整合性という見地からすると、全然論理的につながらない。この問題をさっぱり理解していないことが見え見えで、自分で何を言っているかわかっていないようだ。

というわけで、この回答をみただけで、私は「今回の自民党総裁選、男性候補は 2人ともダメだな」と言いたくなってしまう。視野が狭くて、エコの視点が今後の世界の最重要課題となることや、多様な価値観ということを、ちっともわかっていない。

それに対して女性候補は昆虫食に肯定的なだけ、言外に「できれば避けたいよね」というニュアンスが感じられるとはいえ、多様性という視点から言えばずっとマシだ。ただ、高市氏の言う「工場で育てられた野菜や果物」なんてものはあまり食べたいとは思わないので、野田氏の言い方が一番マトモだと思う。

野田氏の場合は、4人の中で唯一森友問題に関する再調査が必要と明言している(参照)だけ、ちゃんとした見識があると思っている。ただ、マスコミ報道では彼女が「泡沫扱い」されているのが、実に気に食わないところである。

世の中ってなかなか理窟通りには行かないものだが、中でも政治というのはとくに、妙な行きがかり優先で動いていくものらしい。本当に付き合いきれない世界である。

ちなみに私個人は、2018年 2月 7日付で「昆虫食、ドンと来い!」という記事を書いているように、虫を食うことに関してはかなり積極的な肯定派である。肉食を止めて久しいので、今となっては牛や豚を食う方がずっと気持ち悪く感じてしまうのだよね。

虫を食うのがイヤなくせにシュリンプを喜んで食うというのも、よくわからない。

 

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2021年9月22日

みずほ銀行のメンタリティ

みずほ銀行の相次ぐシステム障害が問題になっていて、金融庁が業務改善命令を出したと伝えられている(参照)。これ、かなり前から問題になっていたのだが、まだ改善されていないのだね。

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私は今住んでいる家を購入する際に、不動産業者にローン返済のための口座開設を当時の第一勧業銀行にするように指定され、以来ずっとメイン口座(というほどのものじゃないが)を、第一勧銀〜みずほ銀行に置いている。

ところが 20年前の 2002年の春に口座からの自動振替ができなくなってしまい、やたらごちゃごちゃしたことがあった。解決したのがこの年の 4月で、この時のことを当ブログにも次のように書いている(参照)。

みずほ銀行の振替業務がやっと正常になりかけている。
今回の混乱は、三銀行が皆、トグロの巻いた自社システムにこだわって、マトモなシステム統合をせず、システムの寄せ集めで済ませてしまったことが原因だ。
それで、却って多くを失った。

「三銀行」とは、統合以前の第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行のことである。つまり、みずほ銀行はこの問題の根本解決をしないまま、20年以上もグズグズしてきたというわけなのだね。困ったモノだ。

私としてはそもそも、メイン口座をみずほにしているのは他に選択肢がなかっただけのことで、別に思い入れがあったわけじゃない。そんなわけで、私はこの銀行にそこはかとない反感みたいなものを抱いてさえいる。

2007年 8月 31日の記事で、私はこの銀行の日本語が全然マモトじゃなかったと指摘している(参照)。 ATM の設置してある壁に下手くそな手書き文字で「明細票はご持参ください」なんていう貼り紙がしてあったのだ。

この時の記事ではそばにいた案内係のオジサンに、ちょっと意地悪だったかもしれないが、「どの窓口に持参すればいいんですか?」なんて聞いてみたと書いている。その返事はこんな具合だった。

「明細票を屑篭にお捨てになりますと、拾われて犯罪に使われたりすることがございますので、ご持参くださいということなんです」

「だから、どの窓口に持参したらいいのか聞いてるんです」

「はぁ? ですから、ただご持参くださいと…」

「だから、どの窓口に?」

「いえ、ご自宅とか会社まで、ご持参いただきたいんです」

(以下略)

だったら、「ご持参ください」(「持って参れ」、つまり「持って来い」ということ)じゃなく、「お持ち帰りください」がまともな日本語だろうね。日本の銀行の中で一番エラソーなツラをしているくせに、行員がフツーの日本語もできないということに、この時の私はかなり呆れてしまったのだった。

何しろ「ゴミ箱に捨てずに、持って参れ!」だからね。潜在意識の中に、よっぽどエラソーな要素がトグロを巻いてるんだろう。

で、今回問題になっているシステム障害も、こんなふうな「ちょっと変なメンタリティ」が根底にあってのことだと思ってしまうのだよね。

 

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2021年9月21日

株価に関しては、ほとんど興味がない

お恥ずかしいことに、経済、とくに株の話にとんと疎い。今日も仕事先からクルマを運転して帰る途中、ラジオのニュースで「日経平均株価が値下がり」とか「世界同時株安」とか、いろいろなことが言われていたが、まるでピンと来ない。自分とどんな関わりがあるのかも、ほとんどわからない。

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帰宅してからネットで検索して NHK テレビのニュース(参照)を見たが、文字通りの言葉をそのまま文字通りにしか理解できず、それ以上の深読みはまったくできない。「ほほう、そうですか、はいはい」と言うしかないので、「俺って、バカかも・・・」と思えるほどだ。

先週までは平均株価が 31年ぶりに 3万円を超えたとやらでウハウハ言っていたのだから、何がどうなっているのかさっぱりわからない。ニュースでは中国の恒大集団とやらの経営悪化が株価全面安の要因と言われるが、自分にはほとんど縁のない企業だから個人的には「知ったことじゃない」というだけの話だ。

思えば 1980年代後半から 91年までの「バブル景気」とやらで世の中がすっかり浮かれていた頃(もう 30年以上前になるのか)も、個人的にはひたすら居心地の悪い思いしかしていなかった。何しろ私は昔から次のような具合で、景気のいい話には縁のない男なのである。

  1. 1970年代の高度成長期には学生の身で、どんどん上がる生活費にひいひい言いながらバイトに明け暮れていた。
  2. 卒業するときには「オイルショック」で大変だった。
  3. やっとまともに就職できたのが、プラザ合意による「円高」の影響をもろに受ける繊維業界だった。
  4. 1980年代後半から 91年までの「バブル」の頃はウール関係の外資系団体にいて、給料の基本がオーストラリア・ドル建てだったので、円にしたとたんにバブルの逆作用で目減りする一方だった。要するにこの頃は何もいい目を見ていない。

91年 3月になっていきなり「バブル崩壊」と言われた時も、「ああ、これでやっとまともな世の中になる」と、むしろほっとしたのを覚えているほどだ。

というわけで、今回のニュースにしても「関係ないね」と言うばかりである。興味のないことには関わらない方がいい。

 

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