カテゴリー「経済・政治・国際」の674件の記事

2021年5月14日

日本の政治が期待できない象徴的答弁

5月 8日に「この国の政治家と官僚のレベル」という記事で、「政治家のレベルの低いのは元からだが、今となっては官僚の世界にも優秀な人材が入ってこないみたいなのである」と書いたが、その 2日後の国会でのやり取りでそれがしっかりと立証されてしまった。

オリンピック開催に関する菅首相の答弁は日本中を呆れさせたが、その答弁の原稿を書いたのは官僚である。まともなレベルにない文書を、まともな日本語を使えない首相が、眠そうな顔をして何度も繰り返し訥々と棒読みするだけなのだから、まともな国会になるはずがない。

こうした現状を眺めているのだから、この国の若い世代が政治に期待できるわけがない。8日の記事にはこんなふうに書いている。

こんなことでは、まともな青少年なら官僚なんかになって一時代か二時代前みたいな世界に埋没したいとは思わないだろうよ。

というわけで、日本の政治のレベルは今後ますます落ちて行ってしまうのだろう。10日の菅答弁は、日本の政治が期待できないことがいやでもはっきりわかる象徴的なものとなった。

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2021年5月 8日

この国の政治家と官僚のレベル

菅義偉氏が内閣総理大臣に就任する直前だった昨年 9月 10日の BuzFeed News の記事に、"消えた「政治家の覚悟」 菅官房長官の自著が大人気、図書館からもなくなる" というのがある。覚えている人もいるかもしれない。あの「官僚を動かせ」という副題のヤツだ。

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この本は 2012年(自民党が野党だった時代)に文藝春秋社から出されたものだが当然あっという間に絶版になっていたから、メルカリでは 2万円とか 6万円とかの時ならぬ高額転売が相次いでいたようなのだ。(今朝になって調べたら下の画像のように 1,800円だった。この世は諸行無常である)

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どうしてこんな話を今さら持ち出したのかというと、当ブログの 5月 3日付 ”東京オリンピック開催、「どうぞご勝手に」” という記事のコメント欄で、山辺響さんとこんなやり取りがあり、それでふと、この本のことを思い出してしまったのである。

【山辺】「結局はこのまま開催するのだろうな」と思うようになりました。理由は、「この段階で中止に持ち込むにはそれなりに有能な政治家が必要」だからです。

それなりに有能な政治家、いませんよね。

【tak】昔は、「日本は政治家がダメだけど、官僚に優秀なのがいるから、なんとかもってる」と思っていましたが、最近は官僚もダメですね ^^;)

この国の優秀な人材は、政治とか官僚とかを目指さなくなってしまったということのようで・・・

【山辺】確か、東京大学の文科系学部卒業予定者の就職先人気ランキングの上位は、最近ではコンサルティング企業だったような。それもどうなの、と思いますけど。

というわけで、政治家のレベルの低いのは元からだが、今となっては官僚の世界にも優秀な人材が入ってこないみたいなのである。

ちなみに上述の本が世に出て、その副題を知った時、私としてはそのココロは「官僚に頼れ」ということなのだろうと思っていた。それをもっともらしく言うと「官僚を動かせ」になる。しかし官僚の身になれば、この程度のレベルのオッサンに動かされる(頼られる)のはうんざりだろう。

何しろせっかく作文してあげた日本語の原稿をまともに読めない(参照 1参照 2)のだから、張り合いがない。私もその昔、仕事上で業界のエラい人のスピーチを作文してあげる立場にいたことがあるから、その気持ちはよくわかる。

昨年 11月 3日の記事で書いているのだが、官僚と政治家との文書のやり取りは、今どき 8割以上が FAX なのだそうだ。なにしろ政治家がまともに PC を使えないのだからしょうがない(参照 1参照 2)。さらに官僚は月に 100時間の残業はザラで、300時間の残業(1日 10時間以上!)まであるという。

その上、例の「赤木ファイル問題」で明らかになったように、自らの良心に反して公文書改ざんまでさせられる。私は 2018年 3月 18日付 ”公文書改ざん問題を、「まともじゃない視点」で考える” という記事で書いたように、この手の改ざんは実際には少なくないのだろうと踏んでいる。

こんなことでは、まともな青少年なら官僚なんかになって一時代か二時代前みたいな世界に埋没したいとは思わないだろうよ。コンサルティング企業を目指すというのも無理からぬところだ。

というわけで、そのうち政治家や官僚が密かにコンサルタントに頼るなんて世の中になりかねない。そうなると今度は、コンサルの世界にも優秀な人材が来なくなるという堂々巡りの悪循環に陥るだろう。(一応断っておくが、これは冗談ということであってもらいたい)

いずれにしても、できる限り政治に頼らずに生きていきたいと思うばかりである。

 

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2021年4月15日

オリンピック開催を巡る二階幹事長の雰囲気発言

自民党の二階幹事長が東京オリンピックに関して「これ以上無理だということだったら、すぱっとやめないといけない」と言明したというニュース(参照)を知り、「おお、このおっさんと初めて意見が一致した!」と思ったのだが、どういうわけか、その日のうちに発言がコロリと変わってしまったようだ。

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「すぱっとやめないといけない」と言った舌の根も乾かないうちに、「何が何でも開催するのかと問われれば、それは違うという意味で発言した」と、無理矢理気味に釈明する文書を発表した(参照)のだそうだ。何だか知らないが、ちょっと「ヤバい!」と思ったのだろう。

ところがその同じ釈明文書に、「自民党として安全、安心な大会の開催に向け、しっかり支えていくことに変わりはない」とも明記してあるという。「何が何でも開催するというわけではない」のだが、「開催に向け、しっかり支えていく」というのだから、何を言いたいのかさっぱりわからない。

そもそもこの人、今年 1月には「開催しないという考えが(あるなら)聞いてみたい」と、注釈付きでないとわからない言い方もしていたらしい。この人、昔から雰囲気だけでものを言うところがあって、その真意が何なのかは自分でもわかっていないんじゃないかという気がしてしまうのである。

いずれにしても、ここに来て「オリンピック開催は、無理なんじゃないの?」という雰囲気が、与党内にも漂い始めているんじゃあるまいか。この「雰囲気」が「明確な意見」になる前に、二階さんみたいなオッサンがいろいろ言ったり引っ込めたりして周囲の反応を探るということが多い。

いわゆる「観測気球を上げる」ってやつで、自民党が昔から取ってきたスタイルだ。ただ、そんなような手垢の付いたスタイルでやっていこうとしても、オリンピックに限ってはもはや時間がなさ過ぎるので、しょうがないから結局「開催強行」で押し切るほかさそうといった事情も読み取れる。

こっちはもう、知ったことじゃないが。

【4月 17日 追記】

AERA の "二階幹事長「五輪中止」発言 霞が関、永田町で皮肉にも賛同が広がる 「やっちゃった」(二階派幹部)" という記事が笑える。

 

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2021年4月 7日

テレワークが定着しない日本の「飲み会メンタリティ」

緊急事態宣言が解除されてから、朝夕の電車や道路の混雑が元に戻ってしまったように感じているのは、私だけではないと思う。テレワークというシステムをきちんと定着させていれば、こんなことにはならなかっただろうに。

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東洋経済 ONLINE の ”ドイツと日本「テレワーク格差」が拡大したワケ” という記事によれば、最近までは日本と同様「テレワーク小国」だったドイツが、コロナ禍をきっかけに「テレワーク大国」へ進化を遂げたという。"日本人は「出社したがり病」に見えている" というサブタイトルが衝撃的だ。

記事によれば、日本におけるテレワークの実施率は「会社の規模」によって差が生じている。小規模な企業ほど  IT インフラへの投資が難しいためか、テレワークの実施率が目に見えて低い。

しかし IT インフラの未整備という以上に大きな理由は、小規模な企業ほど「仕事は会社の大部屋で、みんなでするもの」という考えから離れられないことだと思う。不思議なことに多くの日本人は、同僚との雑談といった「お付き合い要素」も含めないと、「仕事」をしたような気がしないようなのだ。

こうした思い込みは、仕事が終われば一緒に酒を酌み交わさなければ気が済まないというメンタリティに通じる。厚労省の役人がコロナ禍の中で深夜まで送別会という名の宴会をしていた(参照)というのも、同じ根っこだ。多くの日本人は同じ根っこをもちながら、健気に(?)我慢しているわけなのだが。

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上の写真からリンクされる記事は生々しいまでに具体的な目撃証言といった風情で、まさに「あぜん」としてしまう。ここまで来ると日本でテレワークが定着しない最大の理由は、「飲み会ができなくなるから」ということなのかもしれない。

ちなみに私がドイツのフランクフルトに定期的に出張していた 1977〜83年頃は、ドイツのおっさん連中も飲み会が大好きという印象だった。ビアガーデンで大きな声で(さすがドイツだけに、フツーにハモって)歌いながらビールをがぶ飲みしていたものだが、最近は変わったのかもしれない。

それなら日本人も変われるかというと、団塊の世代ジュニア以上のおっさんたちには難しかったりして。

 

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2021年4月 1日

北朝鮮の食糧事情における「パレートの法則」

世の中には「パレートの法則」というものがある。イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見した冪乗則で、「経済においては全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部が生み出している」という理論だ。

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これは「働きアリの法則」とも言われる。アリの群れでは全体の 20%が 80%の食料を運んでおり、もしこの 20%が間引かれると、残りのうちの 20%が 80%を運ぶようになる。つまりアリの 80%は常にのんびりしているが、頑張っていた 20%がいなると、残りのうちの 20%が目覚めてくれる。

こんな具合で、「パレートの法則」というのは本来は「生産」に関する法則なのだが、俗世間では他の分野についても同じように言われることも多い。つまり「全体の 20%が 80%の富を独占している」とか、「20%が 80%を消費している」とかいうのも、かなり真実味を帯びてしまっているわけだ。

世界食糧計画(WFP)はこのほど、「北朝鮮におけるパレートの法則」という推定結果を発表した。他の国ではあまりみられないことだが、「北朝鮮では上層部 20%が食料の 80%(数量ベース)を消費している」という。政府や軍部の要職につくと食うに困らないが、下層部では食うや食わずの状態なのだ。

食料分配がおそろしく極端な形になっていて、その極端さは上位 20%の中でも例外ではない。役人や軍人の間でも、下っ端は「飢えずに済む」程度だが、出世すればするほど贅沢なものをたらふく食えるようになる。

そして究極的には、金正恩が北朝鮮の食料全体の 80%(いくらなんでも、これは金額ベースだが)を 1人で食っている計算になるというのである。道理でどんな写真や映像を見ても、彼 1人だけがでっぷり太ってるものね。

北朝鮮の総書記は、消化器官が丈夫でないと務まらないもののようだ。とくに最近は「恋人」であるドナルド・トランプ(参照)の影が薄くなってしまったので、欲求不満解消のためにますます食いまくっているという噂である。

【4月 2日 未明 追記】

えぇと、毎年恒例のナニでありました。

本文中の「金正恩が北朝鮮の食料全体の 80%(いくらなんでも、これは金額ベースだが)を 1人で食っている」というのは、荒唐無稽過ぎという気はしましたが、「まあ、エイプリル・フールならいいか!」ということで、書いちゃいました。

ということで、また来年も

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2021年3月30日

ワープロソフトを統一しても、根本的問題は消えない

FNN プライムオンラインが "法案ミスで「一太郎」禁止令? 農水省「ワード原則化」通知" と伝えている。同一組織内でワープロソフトが統一されることには合理性があるが、相次ぐ法案ミスの原因をソフトの互換性の問題としているのは、「ちょっと違うんじゃないの?」と思ってしまうがなあ。

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個人的な感覚としては、多くの組織がワープロソフトを ”Word" に統一してくれるとありがたいと思っている。6年前に ”(Mac に限らず)一太郎ファイルを読み込む苦労“ という記事を書いているように、一太郎で書かれた文書を送りつけられると、それを読み込むだけで苦労してしまうのだ。

それだけに農水省がワープロソフトを事実上 Word に統一したというのは、「そうすることで、確実に面倒が減る」と思ってしまう。ただ、その統一化の理由が「法案の条文ミスを防ぐため」みたいに言っているのは、自分たちの不注意を反省せずに原因をソフトに押しつけているとしか思われない。

ちょっと考えてみればわかる。法案の条文ミスというのは、互換性の不備によって生じているわけではない。一太郎文書を Word に変換した際に、文書形式が乱れて調整に手間取ることはあっても、テキストがあらぬ内容に変わってしまうなんてことはあり得ないのだ。

ワープロソフトを統一したところで、法案を書く役人の資質が向上しない限りは、法案の条文ミスは消えない。こんなことでは「気の毒なのはジャストシステム」ということになってしまう。

 

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2021年3月27日

コンテナの手配がつかず、コーヒー豆不足という悪夢

Gigazine のニュースによると、世界規模でコーヒー豆が不足しているのだそうだ(参照)。3月 14日の記事で書いたように、自宅では豆から挽いて淹れて飲むほどのコーヒー好きの私にとっては、ちょっと気になるニュースである。210327

なにしろ Bloomberg の元記事のタイトルが "The World is Facing a Coffee Deficit in Supply Chain 'Nighitmare'" (世界はサプライ・チェーンの「悪夢」でコーヒー不足に直面している)というのだから、半端じゃない。夢ならどうか、醒めてもらいたいものだ。

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この供給不足は決して生産量の減少によるものではない。それどころか、ブラジルの 2020年~21年度のコーヒー豆生産量は過去最高になる見通しで、昨年 6月にはコーヒー豆の国際価格下落が報じられたほどだ。じゃあ、何がいけないのかというと、ご多分に漏れずコロナ禍のせいである。

コロナ禍の拡大によって作業員やドライバーが不足し、世界中の港で陸揚げされたコンテナに手が付けられずに放置されたままになっているというのである。つまりコンテナが不足しているので、コーヒー豆の輸送が思うに任せないというのだ。

フード・マイレッジを気にするエコ派の私としては、食べ物はなるべく地産地消を心がけている。それで輸入に頼るほかないバナナだのグレープフルーツだのは近頃まったく口にしていないのだが、心苦しいことにコーヒーだけは止められない。それで例外的にお目こぼしをしてもらっているわけだ。

ところが状況は厳しい。ブラジルの 2021年~22年は悪天候の影響で一転して減少傾向にあるため、世界的にコーヒー不足が起きるだろうとの予測がある。ところがその一方で、空コンテナの到着を待つ豆の在庫が大量にあるというのだから、しっちゃかめっちゃかだ。

いずれにしても、私のささやかな楽しみのコーヒーは、そのうち豆が値上がりしてしまいそうな様子なのである。もしかしたら 1日 4杯を 3杯に減らすなんてこともあり得るかもしれない。やれやれ。

 

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2021年3月24日

「小林秀雄/国民の智慧」と「麻生太郎/政治家の劣化」

東洋経済 ONLINE に、評論家の中野剛志氏による "コロナ禍で自主的にマスクを着けた国民の智慧 新しい事態の難しさに「黙って処した」小林秀雄" という記事がある。"この新型コロナウイルスがはらむ最大の問題は、ウイルスが、文字通り「新型」であることにある" という指摘が示唆に富んでいる。

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当ブログは 3月 19日に「自民党諸氏のマスクに関する勘違い」という記事を書いた。麻生太郎副総理が報道陣に「マスクはいつまでやることになってるの?」と逆質問したという件について触れたものである。

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一応、19日の記事の冒頭を引用しておく。

麻生太郎氏が報道陣に逆質問 「マスクはいつまでやることになってるの?」" という記事に驚いてしまった。「真面目に聞いてるんだよ、俺が。あんたら新聞記者だから、それくらい知ってんだろ」と言ったのだそうである。こんなことをマジに聞くとは、よほど頭が悪いとしか思われない。

この日は飛騨路の旅から戻ったばかりで仕事がたまっていたため、あまり突っ込むことができず、「そのうち、じっくり書かなきゃいけないだろう」と思っていた。しかしここまで来たら、小林秀雄まで持ち出してしっかりと考察してくれた中野氏の記事を紹介する方がいいようだ。

中野氏の指摘のポイントはまず、今回のコロナ禍の最大の問題が、その新しさから来る「不確実性」にあるということだ。この不確実性故に「従来の思想が通用しない」という点は、1937年の日中戦争勃発に端を発した太平洋戦争時代の状況と共通していると彼は言う。

小林秀雄は終戦にあたり、国民の発揮した「智慧」に関して「思想家は一人も未だこの智慧について正確には語つてゐない。(中略)この事変に日本国民は黙つて処したのである。これが今度の事変の最大特徴だ」(「満州の印象」) と書いたという。

世の中には、あるいは「日本には」と言うことも可能なのかもしれないが、「黙って処す」という「智慧」があるようなのだ。これを「智慧」と表現していいのかどうか、諸説あるだろうというほど、まことにもって「不思議な智慧」というほかないが。

今回のコロナ禍において、国民が自主的にマスクを着けていることに関しても、中野氏は同様に「国民の智慧」だと指摘する。お上の強制的な命令に従っているわけではなく、ことさらに明文化された規定があるわけでもないのに、「黙って処す」という「不思議な智慧」が発揮されているわけだ。

報道陣に馬鹿な質問をする麻生氏(一応、総理大臣経験者)はこのあたりを、あたかも「誰かが決めるべきこと」のように錯覚し、それならば期限だって定められるべきだと、小学生でもしないような了見違いをしている。もう一度繰り返すが、「よほど頭が悪いとしか思われない」のである。

最近つくづく思うのだが、この国では「本当に優秀な人材」というのは、もはや「政治家になろう」なんて思わなくなったんじゃなかろうか。世の中をまともに認識できない頭の悪い連中が、議員になりたがって選挙に立候補し、みっともないほどの選挙運動を展開して、そのなれの果てが総理大臣だ。

最近、菅首相の「言葉感覚」のなさに驚く (3月 12日付)、菅首相の「言葉感覚」のなさに、改めて驚く(3月 12日付)と、2度にわたって首相の能力に大きな疑問を呈したが、要するにそういうことなのだろう。前の総理大臣も「云々」を「でんでん」なんて読んで大恥かいてたし(参照)。

要するに彼らは、政治家という職業の「カッコ悪さ」に、まだ気付けないという「頭の悪い人たち」なのだろうと思えば、いろいろなことが妙に納得される。国会にはその「目を覆うような代表的存在」がしっかりと存在し、あまつさえ大臣にまでなっているのだから、まったくもって恐ろしい(参照 1参照 2)。

本日の記事の "「小林秀雄/国民の智慧」と「麻生太郎/政治家の劣化」" という身も蓋もないタイトルは、こんなところから発してしまったわけだ。

 

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2021年3月19日

自民党諸氏のマスクに関する勘違い

"麻生太郎氏が報道陣に逆質問 「マスクはいつまでやることになってるの?」" という記事に驚いてしまった。「真面目に聞いてるんだよ、俺が。あんたら新聞記者だから、それくらい知ってんだろ」と言ったのだそうである。こんなことをマジに聞くとは、よほど頭が悪いとしか思われない。

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副総理がこんな小学生みたいなことを口走る一方で、二階俊博幹事長は自民党のマーク入りのマスクをして登場しているという。この人がこんなマスクをすると、頬に刺青しているみたいに見えてしまうのがすごい。

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麻生副総理は聞く相手を間違えたみたいで、記者より幹事長に聞くべきだった。どんな答えが出てくるか、考えるだけでおもしろい。

それにしても自民党のお偉方、マスクに関してはいろいろ勘違いされているようだ。今日はいろいろ飛び回って疲れてしまったので、こんなところで失礼。

 

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2021年3月18日

菅首相の「言葉感覚」のなさに、改めて驚く

飛騨への旅から帰ってきた。夕飯を食って風呂に入り、一息ついたところである。クルマで移動中は山の中が多かったせいでカーラジオを満足に聴けなかったので、とりあえずニュースを聞こうとテレビを点けると、緊急事態宣言解除が 21日から解除されるという話でもちきりである。

「政府対策本部での菅首相発言」というのがまんま流されているが、相変わらず何を言っているのかわからないところがある。1週間前に ”菅首相の「言葉感覚」のなさに驚く” という記事を書いたばかりだが、改めてさらに驚いてしまった。

まず、上に埋め込んだ動画の冒頭の発言、「1月の緊急事態宣言のハイシュツ以降・・・」というのだが、「なんでここで『排出』が出てくるんだ?」と驚く。よく考えれば「発出(参照)」と言いたかったんだろうと気付くものの、この人、ちょっと小難しい言葉だとかなりの頻度で舌がもつれるようだ。

さらに完全に驚いてしまったのは、最後の結びの言葉である。動画では 1分 32秒あたりからの部分だが、以下、文字に起こしておく。

これまで 1年間対策に取り組んできた経験も生かし、国民の命と暮らしを守るため、本日の決定に基づき、政府一体となって、全力で取り組んでいただくようお願いをいたします。

これには正真正銘ポカンとしてしまったよ。いつものように「曖昧な言い方」には違いないのだが、それにしてもひどすぎる。以下、(一応可能な)2通りの解釈を示す。これ以外の解釈は、少なくとも私にはできない。

  1. 政府のトップである首相自身が「全力で取り組んでいただくよう」政府にお願いしている。

    (私は最初、このように言っているとしか解釈できず、思わず「お前が政府だろうがよ!」と、テレビに向かって呟いてしまったよ)

  2. 政府が一体となって、国民にお願いしている。

いずれにしても、まともな文脈ではない。この人、こんな素っ頓狂な言い回しをしても、マジで気持ち悪くなってしまったりしないようなのである。

この人のこうしたわけのわからないスピーチは大抵、私の 3月 10日の 記事で触れた "「自分」と「相手」との区別がつかない" という思考傾向によるものである。1週間前の記事で指摘した「(震災の教訓を)風化されてはなりません」も同様のパターンだ。

この記事で私は ”「自と他」「主体と客体」をきちんと区別するというのは、論理思考の基本のキホンだから、これがわからないと一步も先に進めない” と書いているのだが、それにしても菅首相、政治家として本当に本当に大丈夫なんだろうか?

 

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