カテゴリー「経済・政治・国際」の684件の記事

2021年8月 1日

オリンピックと、自民党的「老害」の本質

共同通信が昨日付で ”選手の活躍「政権に力」 五輪開催で自民河村氏" というニュースを伝えているが、当初は見出しの意味がわからなかった。そして記事本文を読んでやっと理解できたのは、自民党の「老害」が極まっているということに他ならない。

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この見出しは「オリンピックの日本選手は自民党政権の宣伝部隊」と言ってるようにさえ見え、記事本文もまさに以下の 2点に要約される。

  • 自民党の河村建夫元官房長官は 31日、東京五輪で日本代表選手が活躍すれば、秋までにある次期衆院選に向けて政権与党に追い風となるとの認識を示した。

  • コロナ禍の中でのオリンピック開催に対する批判もあるとの指摘に、「五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる」とも語った。

これをもっと直接的な表現に翻訳すれば、「日本選手が活躍すれば国民の政権への不満はきれいに解消され、秋の衆院選で自民党に有利」で、「オリンピックは国民の不満を遮るスクリーン」ということになる。炎上ものの言い草だ。

ここまで勝手なものの見方ができて、それをいけしゃあしゃあとマスコミに語れるというのは、もはや「老害」以外の何ものでもない。

森喜朗(84歳)が今回の騒ぎでほんの少しだけおとなしくなったと思ったら、今度はこの人がいろんなことを言い出した。年は順番にとっていくので、老害発揮も順番に担当することになる。

彼は山口 3区で、林芳正との間で党の公認争いになるのが必至とみられていて、馬鹿馬鹿しいほど生臭い様相を呈している(参照)。この人ももう 78歳にもなるのだから、そろそろ縁側で猫でも撫でていればいいのに、そんな様子はまったくない。

それは「(総理と同格の)桐花大綬章を受けるために、最後に衆議院議長をやって辞めたい」(参照)ということのようで、前々から周囲に吹聴もしているらしいのである。今さら後には引けないのだろう。

一方、菅首相は 73歳と、上述の 2人に比べればまだ若いが、老害振りはひけをとらない。AERA では "菅首相会見が NHK 中継されると「支持率下がる」官邸で嘆きの声" と伝えられている。以下、官邸関係者の語ったコメントだ。

NHK は生中継で会見を流していますが、相当程度、支持率低下に貢献していると思います(笑)。首相のボキャ貧はもとより、政治家としての発信力が決定的に欠如しています。プレゼンのトレーニングをした方がよいレベルです。

菅首相と言えば、その素顔に迫る映画『パンケーキを毒味する』というのが話題だ。この人、その筋ではパンケーキが好物と伝えられ、昨年秋には「パンケーキ記者懇談会」なんてものを開いている。

この映画の企画に関わった元官僚、古賀茂明氏の語ったことをまとめた、 ”古賀茂明氏、菅義偉首相について「本当にしゃべらない。本心を見せない」” という日刊スポーツの記事を見つけた。ちょっとおもしろいので、オススメしておく。

要するに菅首相という人、実は「発信力が不足している」というよりむしろ、「発信しない」という手法を自ら積極的に選択してきたと見る方が正確のようなのだ。つまり「自らは決して発信しないかわりに、時々ぶちキレて見せる」というスタイルを武器として、ここまでのし上がってきたわけだね。

これって、自民党的、もっと言えばヤクザ的な「老害」を形成する本質と密接に関連すると思う。

ただ、そもそものことを言えば、こんなスタイルの人が首相なんてやっちゃいけないよね。あまりにも長い間避け続けて来たために習い性となって、ついに「発信」ってどういうものかすら、理解できなくなっているわけだから。

 

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2021年7月30日

「謝らない謝罪」それは「遠回りな開き直り」

Newsweek 日本版の ”「謝らない謝罪」が日本で蔓延している” という記事に共感した。「その言葉への違和感」として望月優大氏の書いたものである。

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多くの読者は、見出しを見ただけで何のことだかすぐにわかるだろう。そう、例の「誤解を生じさせてしまったことについてはお詫びする」とか、「誤解を与えたのであれば申し訳ない」とかいう(かなり都合良すぎる)決まり文句のお話だ。

世間はとくに最近、この類いの妙なアポロジーに溢れていて、私もかなり気になっていたところである。記事によれば、英語には "non-apology" ("non-apology apology" とも)という言葉があり、オックスフォード大学が運営する辞書サイト "LEXICO" では、次のように説明されている(参照)。

謝罪の形式を取りながら、問題行為や混乱発生に関する責任を認めることや悔悟の念の表明にはなっていない声明(tak-shonai 訳)

つまり、形だけは謝罪のように見えても、言外に「俺、別に悪くないもんね」と語っている詭弁的なコメントを指す。

そのココロは、「そんなつもりはなかったのに、お前らが面倒なことをゴチャゴチャ言いやがるんで、鬱陶しいから一応形だけは謝っといたるわ」ということだ。これ、要するに「遠回りな開き直り」である。

森喜朗が 2月に東京五輪・パラリンピック大会会長を辞任した際の以下のような「〜けれども」「〜だが」の連続する戯言(参照)は、ただでさえみっともない non-apoiogy の中でも最低の部類と言っておく。

まあこれは解釈の仕方だと思うんですけれども、そういうとまた悪口を書かれますけれども、私は当時そういうものを言ったわけじゃないんだが、多少意図的な報道があったんだろうと思いますけれども。まあ女性蔑視だと、そう言われまして。

菅首相も昨年末の多人数での会食についてツッコまれ「国民の誤解を招くという意味では、真摯に反省している」なんて言っている(参照)。しかしコトは「誤解」の余地なんてない「単純事実」なのだから「詭弁」というにもお粗末すぎで、実際はちっとも反省にも謝罪にもなっていない。

この他にも「そういう意味で言ったわけじゃないんですが・・・」とか「差別的意図はなかったんですが・・・」とか言うのは、こうしたコメントの枕詞のようなものだが、ちょっと心理学を囓った者なら、「そういう意味だったんだよ!」「本音がポロリと出たんだよ!」とツッコミたくなるに違いない。

フロイト心理学が広く認知されている米国では、ちょっとした言い間違いやトチりに深層心理内の本音がひょっこり顔を出すということは、知識層の常識みたいになっている。だから「そんなつもりじゃなかった」という言い訳で切り抜けるのは、米国ではもはや困難だ。

つまり彼らの問題発言は、「誤解を生じた」なんてことではなく「本音が図星でバレた」ということに他ならない。形だけの謝罪で済まされることではなく、本気で詫びて反省しなければならないところなのだ。

それができずに「些細な問題」で済ませている限り、彼らの本音はいつまでも醜悪なまま残るし、以後は巧妙にとぼけようとするだけに、ますます始末に負えない。

 

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2021年7月 2日

何かと気がかりな中国の動向 2

昨日の記事の続きである。中国共産党は今日、創立 100周年の記念式典を開いて、主席の習近平が、「台湾統一は歴史的任務」とか「(米国などの)説教は受け付けない」とかの演説をしたらしい(参照)。まあ、「言いたい放題」である。

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習近平の演説の映像を見ると、我が国の首相なんかよりずっと存在感があって、躍進中の大企業の社長と低迷する中小企業の係長ぐらいの差がある。今の中国の勢いと、日本の低迷を象徴的に表しているというか、こればかりはもう、素直に認めざるを得ないよね。

ただ、中国の覇権主義がこのまま順調に拡大発展するのかといえば、それは疑問だと思っている。中国共産党のこれまでの歩みをみても、毛沢東の文革路線の反動のように鄧小平の開放路線に移り、さらにその反動で習近平のゴリゴリ路線になっている。次の時代にそのまた反動が顕在化しない保証はどこにもない。

中国は少なくとも都会においては、経済発展の恩恵に浴する国民が増えているようだ。ただ、経済的に豊かになれば次は「自由」を求めるというのが人間の自然な欲望である。国外に旅行して既に諸外国の自由な雰囲気を味わってしまった層は、今後も諾々と強硬路線に従うとは思われない。

習近平の本日の演説にある「偉そうな説教は受け付けない」というのは、そうした「影響力」に脅威を感じていることの裏返しである。西側が常に一定の圧力をかけ続けることが必要であることは言うまでもないが、内部からの「多様性の展開」こそが、中国の今後の変化を決定づけるだろう。

ということは、決して「説教」なんか垂れる必要もなく、「自由な人間として魅力を感じる文化」を発信し続けていくことが重要だと思うのだよね。私は「文化は結局のところ政治に勝つ」と信じているから、楽観的すぎると思われるかもしれないが、こう主張する他ないのである。

 

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2021年7月 1日

何かと気がかりな中国の動向 1

NewSphire に「一党独裁の繁栄はこのまま続くのか? 中国共産党100周年」という記事がある。私も先月 26日付の "コロナ・ワクチンと、中国の「妙に覇権的な振る舞い」" という記事で「近頃、中国という国は何かと問題だよね」と書いており、本当に気にかかるところである。

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私は日本海側の貿易港がある山形県酒田市で生まれて育ったので、高校生の頃までは街中でロシア人とすれ違うことがよくあった。ロシア人が街の商店街で買い物をする姿もよくみかけていた。今は中国人の方が多くなっているだろうし、東京の街中でも中国人の姿は珍しくない。

さらに昔はよく香港に出張していたので、香港の人たちが中国に対して感じている脅威を、ほんの少しではあるが共有していたようなところもある。そんなわけで、中国の動向は気になってしまうのだ。

NewSphire の記事は中華人民共和国の歴史を、次のような 3段階でまとめている。

  1. 毛沢東の時代(建国初期〜文化大革命)

    ほとんどの中国人が共産党の支配を熱烈に歓迎していたが、マルクス主義や毛沢東主義を理解している人はほとんどおらず、支持されたのは平和と復興への約束だった。

    偉大な指導者だったはずの毛沢東は、朝鮮戦争、大躍進政策、文化大革命で多くの国民の命と経済を犠牲にした。

  2. 鄧小平の時代(開放路線)

    文革で失脚していた鄧小平が 1978年に復活し、改革開放路線に舵を切った結果、経済は大きく成長し、党の人気も一時的に回復したが、インフレと汚職を招き、中国人は西側の政治的価値観を知ることになった。

  3. 習近平の時代(党内保守派による独裁体制の強化)

    1989年の天安門事件以来、党内の保守派の力が強まり独裁指導体制が再強化された。

    以後、力強い経済成長と同時にイデオロギーが緩みかけていたところに登場した習近平が、党の特権や権力を大幅に強化しつつも、中国を経済大国へと導いた。

というわけで、米シンクタンクの大西洋評議会のフレデリック・ケンプ CEO は、CNBCへの寄稿記事で中国が「歴史上最も成功した権威主義国家になった」としていると紹介されている。「最も成功した権威主義国家」というのは、言い得て妙である。

問題は、中国がこのまま「権威主義的国家」の様相を強め、私が先月 26日の記事で触れた「妙に覇権的な振る舞い」を強めていくのかどうかである。このまま強めていくようだと、周辺の我々の危惧はどんどん強まらざるを得ない。

以下、長くなるので、続きは明日に。

 

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2021年6月23日

東京オリンピックにはもう、匙を投げた

先月に "東京オリンピック開催、「どうぞご勝手に」" (3日付)と、"改めて「東京オリンピックは他人事」と確認しておく" (4日付)という記事を書いたが、まさにその通りの展開になってしまっている。ここに至っては、もはや「匙を投げた」と言わせてもらう。

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NewSphere の「東京オリンピック絶対開催の理由、海外メディアが指摘」という記事によれば、開催中止にできない理由のほとんどは経済的なものであるらしい。やはり最終的にはゼニカネの問題に行き着くのだ。地獄の沙汰も金次第である。

一時言われていた「IOC への違約金」というのは、どうやら払わなくてもいいみたいだが、「野村総研の試算では、完全中止となれば 1兆 8000億円、GDPの0.33%に相当する経済効果が失われる」と伝えられる。さらに、次のようなこともある。

さらに 68社の日本のスポンサー企業は既に莫大な金額の払い込みをしているので、中止になれば世界の保険会社は 20億~30億ドル(約 2200億~3300億円)の損失を被るという。政府としては、そうした渦中に飛び込みたくないのだろう。

米国の NBC ユニバーサルはネットワークやストリーミングで過去最高の利益を期待していて、後には引けない状態だという。マスコミとしては中止キャンペーンなんか、できるわけがなかったのだ。

さらに無観客での実施となると、既に販売済みのチケットの払い戻しという「悪夢」につながるので、考えたくないらしい。観客を入れた結果、それ以上の悪夢になる可能性もあるわけだが、「安全安心」という根拠のない寝言を繰り返してさえいれば、そこから逃れられると思っているようなのだ。

結局のところ、「誰も責任者がいないように見えるのが東京五輪」(作家、ロバート・ホワイティング氏)というのが、最も「言えてる」指摘だと思う。国も都も、明確な「責任者」ってわけじゃないから、「とにかくやって、その上でどうなっても、その時はその時」ということなのだろう。

というわけで、私としては既に「どうぞご勝手に」とか「他人事」とか言っているので、なるべく騒ぎには関わらないで淡々と暮らしていこうと思っている。不幸中の(甚だ勝手な)幸いというか、私も妻も五輪直前にワクチンは 2回接種済みになる予定でもあるし。

【追記】

もしかして最近の人は「匙を投げる」という言い方に馴染みがないかもしれないので、一応「コトバンク」にリンクを張っておく。

 

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2021年6月18日

菅首相との「立ち話」なんて、元々が期待し過ぎ

朝日新聞が「文氏周辺、日本批判噴出 会談不発で五輪訪日も難航か」と伝えている。韓国大統領の側近や政権幹部から「対話を拒否した」との批判が噴き出しているのだそうだ。

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記事は以下のように伝えている。

菅氏と文氏は今回の G7 で初めて対面したが、首脳会議やバーベキューの会場で短時間のあいさつに終わった。韓国外交当局者は韓国メディアに対し、「立ち話が予定されていたが、日本側が急にキャンセルした」と説明した。日本側は、韓国側の言い分が事実に反するとし、会談が実現しなかったのは「スケジュールの都合」としている。

要するに韓国側としては菅首相との「立ち話」に期待していたようなのだが、まともに考えたら「そりゃ、無理だ!」と言うほかない。国会答弁や記者会見で、原稿があってさえまともに読めなくて寝言みたいな繰り返ししかできない(参照)人が、「立ち話」で外交的な話なんかできるわけないじゃないか。

そんなことさせたら、社交辞令に終始したつもりが、後になって解釈問題で「菅首相はこのように繰り返し約束した」「いや、そんな憶えはないんだけど・・・」みたいに話がややこしくなるのが目に見えている。それを見越して、日本側が避けたのだとしか思われない。

韓国側は「菅首相が対話を拒否した」と受け取っているようだが、日本側のココロとしては「拒否」というより「ムリです」ってことだ。あの人に限って、外国であちこちから声がかかって時間の空きが取れなかったなんて考えられないから、「スケジュールの都合」というのは下手な言い訳に過ぎないだろう。

というわけで、第三国で菅首相と「内容的に意味のある立ち話」をしようなんてことは、韓国側としては元々期待し過ぎだったというほかない。菅首相のキャラと言語能力に関する調査が、全然足りていなかったということだ。

ちなみに、文氏がオリンピックで来日しなくても、一向に構わないのでそのあたり

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2021年6月 8日

菅首相、やっぱり日本語が読めないのだね

週刊現代が「菅総理の “迷走” 答弁…『書いてあることも読めない』、官邸スタッフは愚痴とため息」という記事を伝えている。この人の「言葉感覚のなさ」についてはこのブログでも何度も書いているが、やっぱり官邸スタッフもほとほと手を焼くほどなのだね。

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今年の春以降、菅首相のどうしようもない答弁や式辞などに関して直接的に書いたのは、次の 3本。3月 12日の記事では「東日本大震災 10周年式典」での式辞で、単に原稿を読むだけのことがまともにできなかったことに呆れている。「書いてあることも読めない」のは事実が証明しているわけだ。

菅首相の「言葉感覚」のなさに驚く (2021.3.12)
菅首相の「言葉感覚」のなさに、改めて驚く (2021.3.18)
日本の政治が期待できない象徴的答弁 (2021.5.14)

週刊現代の記事は、「官邸関係者」の次のような「嘆き」で始まる。

「国会では前日までに野党から質問内容が伝えられるので、官邸のスタッフがそれを総理に説明し、『御意向』を汲んで答弁書を作ります。でも、その答弁書がまともに読まれた例がないんです」

国会答弁の「内幕」がこんなようなこととは誰でも想像がついているが、関係者がこんなにあからさまに語ることは珍しい。それほどまでに、菅首相の「読み能力」がヒドいということだ。さらに、こんなことまで暴露されている。

「いくら答弁を練っても読むのは最初の一部だけで、きちんと読んでくれない。『老眼で読めないのか』と思い、気を使って字を大きくしたり、読みやすいよう縦書きを横書きにしたりして工夫したのですが、すべて無駄でした」

あまりの「読み」の下手さ加減(というか、「読めなさ加減」)に、もはや自分自身でも嫌気がさして、原稿を最後まで読み続ける気力が保てなくなるのだとしか思われない。一体どこの国の話かと思ってしまうが、紛れもなく自分の住むこの国の話である。

5月 8日の記事では、彼の『政治家の覚悟』という著書について紹介した(参照)。この本には「官僚を動かせ」という副題が付いており、私は「そのココロは『官僚に頼れ』ということなのだろう」と書いたのだが、もはやその「官僚に頼る能力」すら失せているようなのだ。

人間、能力以上の地位に就いてしまうと、ろくなことがない。この人の場合、首相にさえならなかったら「日本語が読めない」なんてことまでバレずに済んだのにね。

【同日 追記】

日本語が読めない人が首相になってしまうのは、「云々」を「でんでん」なんて読んでしまう前首相時代から完全に「日本の常識」になってしまったのかもしれない。日本の政治家のレベルって、この程度のものなのだね。まともな人材が、ますます政治の世界に向かわなくなってしまう。

 

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2021年5月27日

安けりゃいいってもんじゃない

「現代ビジネス」が "米国「ユニクロボイコット」が示唆する、日本企業のヤバすぎる現実" というニュースを伝えている。中国生産に関する「フェアトレード問題」がクローズアップされているのだ。

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今回の問題は、米国ロサンゼルス港の税関がユニクロの男性用コットン・シャツの輸入を差し止めたということである。差し止めの理由は、この製品が中国・新疆ウイグル自治区の「新疆生産建設兵団(XPCC)」によって製造された疑いが払しょくされていないということだ。

新疆ウイグル自治区では、ウイグル族など少数民族を強制労働させているケースが多く、中でも悪名の高い「新疆生産建設兵団(XPCC)」は明確に米国の禁輸措置の対象となっている。

1997年には、ナイキ製品の世界的な不買運動が起きている。生産を委託していたインドネシア、ベトナムの工場の労働環境が劣悪で、極端な低賃金や児童労働の問題が報告されたためだ。

ユニクロを展開するファーストリテイリングは中国生産を主力としているため、フェアトレードに関してはかなり対応の進んだ企業とみられている。それでも今回のような問題が発生するのだから、そもそも中国とその周辺諸国での生産というのはリスクが大きいとみなければならない。

極端な低価格というのは、劣悪な労働環境によって成立している可能性がある。「安けりゃいい」ってもんじゃないと意識すべきだろう。

ただ私としては、こうした製品を単純にボイコットするだけでは、現地の人たちの仕事を奪うことにつながるのではないかという疑問を抱いてしまう。劣悪な労働環境とはいえ、その仕事さえなくなったら食うにも困ってしまう人がいるかもしれない。

本当に悩ましいところである。これを解決するには、現地の労働環境向上につながるコスト保証と監視が必要だ。ということは、我々消費者がある程度の価格上昇は認なければならない。結局のところ、やはり「安けりゃいいってもんじゃない」ということに尽きる。

 

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2021年5月22日

北朝鮮と日本の中学・高校の共通点

日本の中学校や高校では、服装や髪型などに関するどうでもいい規定がやたら多い。軍服のコピーとしか思われない「学生服」やら「セーラー服」の押しつけは言うに及ばず、裾の長さやら靴下の色やらなんやら、昔から息が詰まりそうだったし、今でもあまり変わらないらしい。

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「そうした決まりも教育上必要だ」などという向きもあるが、その感覚は北朝鮮の独裁体制と共通するもの気付いた方がいいんじゃなかろうか。私は今年 2月 27日の ”「異分子を認めない」という体制” という記事で、次のように書いている。

私が中学生の頃には生活指導の教師が全校生徒を集めた朝礼で、「なぜ長髪を禁止するかと言えば、クラスに長髪の生徒(どうやら私のことらしい)がいると、教育が成り立たないからだ!」と言い放った。

私はその場で「その程度のことで成り立たなくなるようなチャチな教育なら、してもらわなくて結構!」と反論したが、それに対してはついにノーコメントだった。

Gigazine が  "北朝鮮がスキニージーンズを禁止、「退廃的なライフスタイル」が政権崩壊につながるとの恐れから" と伝えている(スキニージーンズって、ストレッチ素材のぴったりしたジーンズのことね。念のため)。この記事の元ネタは次の 3つ。それぞれの見出しや写真を比べてみるとおもしろい。

聯合ニュース N.K. paper warns against inflow of capitalistic culture into country (北朝鮮の新聞が国内への資本主義的文化の流入に警告)

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この 3本の中では一番真面目でシリアス。写真も「北では広場に並んでこんな感じのことさせられる」と言わんばかりの異様な光景のショット(私なんか、高校野球の甲子園スタンドを思い出しちゃう)で、肝心のスキニージーンズの写真なんて 1枚もない。

Daily Mirror: Kim Jong-un bans skinny jeans over fears 'decadent' fashion could topple regime(金正恩が「デカダン」ファッションは体制をぐらつかせるかもしれないとの恐れからから、スキニージーンズを禁止)

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英国の日刊紙はきちんとした見出しと写真と思いきや、さすがにタブロイド紙だけあって、下の方にこんなサービス・ショットもある。

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GQ: Kim Jong-un Doesn’t Like Skinny Jeans(金正恩はスキニージーンズが嫌い)

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ファッション誌の GQ ともなると、かなりシニカルだ。

"Global pariah and C-tier fashion influencer Kim Jong-un is setting trends again,"  (世界的な鼻つまみ者で C-ティア・ファッション・リーダーの金正恩が、またしてもトレンドを作ろうとしている)なんて書いている。文中からリンクされる「革ジャン」に関する別記事も、当時妙に注目されてたし。

ちなみに、C-tier(C-ティア)って、調べてみたところ、ネット・ゲームの世界で S-tier、A-tier、B-tier の下の最低ランクのリーグを指すらしい(参照)。金正恩は、ジョージ・ブッシュ、プーチンらとともにファッション界の最低リーグを形成しているようなのだ。

ほかにも、スーパーなどの売り場にあるパンや生麺の袋の口を、金属入りのプラスチック・ストリングを巻き付けて締める これ ↓ のことも C-tier と言うらしい(発音は 「タイヤー」。クリックで拡大すると、「ああ、あれね」と一目でわかる)。

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画一大量生産的に首根っこをグリグリ締め付けるという点では、むしろこっちの方が言えてたりして。

で、日本の中学・高校も、こと服装規定に関する C-tier 的発想では北朝鮮に劣らないと認識した次第である。服装で厳しく締め付けないと、資本主義による退廃的でデカダンな風潮のために、生徒の管理体制が揺るがされてしまうと思っているようなのだ。

人間というのはどうでもいいところで締め付けられると、そこからいかに少しだけはみ出すかというところに自己の存在意義を感じて心血を注ぎたがり、かえって「退廃的でデカダン」になる。馬鹿馬鹿しいがそういうもので、結局のところまともな知的活動が阻害されてしまうわけだ。

私の中高生時代は別にことさらな長髪ってわけでもなく、単なる無精のために髪の毛が長くなっていただけなので、ズボンの裾をどうこうするようなこだわり方もせずに、「別にいいじゃん」で済ませていられたのは幸いである。髪の毛って、とくに心血注がなくても伸びるからね。

 

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2021年5月20日

日本の政治の世界はダメダメだが

NewsShere が "日本から 29社「世界で最も革新的な企業100社」 10社は10年連続" と伝えている。100社のうちの 29社だから、ほぼ 3割。トップは米国の 42社で、日米合計で 71社と、全世界の 7割を占めるという。残りはその他のアジア諸国と西欧諸国が約 15%ずつだ。

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100社選出の指標は、①特許取得件数 ②特許によるインパクトの大きさ ③成功率 ④グローバル性 - という 4点。まあ、企業の総合的な実力はこれだけで評価されるものではないから、あくまで「革新性」という視点からの結果ということだ。とはいえ、結構「立派なもの」ではある。

個人的には、日本の産業界全般がしっかりと「革新性」に富んでいるとは決して思わない。しかしそれなりに努力している企業が少なくないので、業種によっては最先端でいられるわけで、日本経済が一時ほどの勢いはないとしてもなんとか持ちこたえている所以だろう。

5月 8日に「この国の政治家と官僚のレベル」という記事で、「政治家のレベルの低いのは元からだが、今となっては官僚の世界にも優秀な人材が入ってこないみたいなのである」「まともな青少年なら官僚なんかになって一時代か二時代前みたいな世界に埋没したいとは思わないだろうよ」と書いた。

その 6日後の 5月 14日には、菅首相の五輪開催に関する答弁について「日本の政治が期待できない象徴的答弁」という記事にした。これ、「批判記事」というより「勝手にやってくれ、もう見放しちゃってるから」というトーンで書いている。

日本の政治はこれほどまでにダメダメでも、経済の力で何とか国を支えていると言ってもいいのかもしれない。現代日本では、優秀な人材は政治の世界には見向きもせず、革新性のある企業に入ってしまうようなのだ。

とにかく政治の世界はうんざりするような老害がはびこっていて、優秀な若い人材を積極的に迎え入れる雰囲気がない。これが最大の問題だ。

一方、企業の世界で若い連中が活躍できるというのは、「定年」というものがあるおかげじゃなかろうか。この制度のおかげで、ジイさん連中がいつまでもデカい面で居座るという構造からは、曲がりなりにも抜け出していられる。(まあ、老害だらけの業界も残ってはいるが)

政治の世界に目を向けると、今の首相とか安倍とか二階とか森とか、あの老害世代がいなくなって(もっとはっきり言えば「あの世に召されて」)きれいに整理されるまでは、どうしようもないんじゃないかと思ってしまうのだよね。

 

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