カテゴリー「書籍・雑誌」の18件の記事

2021年3月 6日

商品の分類がメチャクチャな書店

もう呆れてしまっているので、しっかりと店名を出してしまうが、茨城県の「イオンタウン守谷」というショッピング・センターの 2階にある "LIBRO" という書店である。この店の雑誌売り場の商品分類がメチャクチャなのだ。

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「パソコン・スマートフォン」という表示の下に、野球、ゴルフなどのスポーツ関係の雑誌が堂々と並び、その隣の「パソコン」という表示の下には、キャンプ、釣り、サイクリングといったアウトドア・スポーツの雑誌が並んでいる。

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さらにその隣の旅行ガイド関連のコーナーでは、「海外ガイドブック」という表示の下に「日本の名城」だの「絶景城めぐり」だの「皇居をあるく」だのがしっかりと並ぶ。そしてこの写真のほかにも、「こりゃ、一体何じゃ?」という表示が数カ所ある。

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実はこのメチャクチャさ加減については、去年の初め(あるいはもっと前だったかな?)頃から気付いていたが、当然「そのうち修正されるだろう」と思っていた。ところが 1年以上にもわたってそのままなのである。よくまあ、これで店員が自分で気持ち悪くならずに済んでいるものだと思ってしまう。

こうした書籍の分類に関しては、多くの書店で「ビミョーなズレ」みたいなことはよく見られるし、私としてもその程度のことでイチャモンをつけようという気にはならない。しかしここまでの素っ頓狂が、1年以上にわたって放置プレイとなると、いくら何でも呆れてしまう。

というわけで、ここまで来ると「善処を求める」なんていうのも馬鹿馬鹿しくなって、「もう、ブログのネタに困ることがあったら晒させてもらうもんね」と、スマホで撮影しておいたのだった。

以上。

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2021年1月22日

「おじいさんの本買います」という広告

Twitter で白江幸司さんという方が「おじいさん予備軍に衝撃が走る広告」として、吉祥寺の古書店のチラシを紹介しておいでだ。「おじいさんの本 買います」というもので、想定されるジャンルがズラリと書き連ねてある。

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なるほど、まさに「おじいさん予備軍」には衝撃のジャンルだ。こんな具合である。

人文書:哲学、現代思想、構造主義、分析哲学、印哲、東洋思想、日本思想、神道、修験道、陰陽道、キリスト教、神秘学、占い、漢方ヒーリング、超心理学、反体制、右翼、左翼、差別、公害、フェミニズム、犯罪、日本史、世界史、地理、民俗、郷土、江戸東京。

科学書:数学、物理、生物、建築、自然科学史、社会学、人類学、認知科学、生と性と死、病と身体、精神医学、カウンセリング、精神分析、ユング。

芸術書:画集、写真集、美術展図録、ファッション、茶道、書道。

サブカルチャー:戦前の児童雑誌、古今東西の絵本、料理や雑貨のムック、古いまんが、60 70年代文化、対抗文化、映画、演劇、音楽、クラシック・落語・朗読などの CD、学術・文芸の文庫、超自然など不思議なもの、映画のパンフレットなどのコレクションアイテム

う〜む、こりゃ身に覚えがありすぎだ。

ふゆひー 9 さんが "ジャンルが羅列されるなかで、目を惹く「ユング」(笑)" とコメントをつけておられる。個人名で挙げられているのは、確かにユング 1人だ。

これには思わず反応してしまい、 "ウチは「ライヒ」まであります" なんてサブコメントしてしまった(参照)。上の画像左側真ん中の 『性と文化の革命』(中尾ハジメ・訳)がそれで、今はさすがに絶版のようだが。

その右上の『構造と力』(浅田彰・著)は哲学書としては異例のベストセラーだから、本棚に眠らせている人が日本中にいる。左下は米国のカウンター・カルチャーを代表するジェリー・ルービンの "Do It!" だが、これはさすがに同世代の人間の本棚でもあまり見受けない。

「そういえば、ジェリー・ルービンって、死んじゃったはずだなあ」と思って改めてググってみると、「1994年、ロサンゼルスにて交通事故のため死去」とある(参照)。

そうそう、このニュースを聞いた時はかなり驚いたんだった。そのくせ、その18年後に、思い出したように こんな記事 を書いた時には、彼の死を忘れていたようなのだが。

いやはや、まことにもってこの世は諸行無常である。

Namu

 

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2020年9月13日

『安倍晋三 沈黙の仮面』を買うのは止めた

下の画像は、Amazon にある『安倍晋三 沈黙の仮面』という本の紹介ページの一部である。「その血脈と生い立ちの秘密」というサブタイトル付きだ。

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この本は著者の野上忠興氏が安倍首相の生い立ちを徹底取材して書き上げたもので、とくに乳母兼教育係を務めた久保ウメさんという女性の証言が特筆とされる。

安倍首相批判を展開している私としては、彼に関してしっかり知るために、一応はこの本を読んでおくべきなのではないかという気がして、先日ちょっと調べてみた。発売元の小学館のサイト(参照)には、この本の内容を紹介したページがあるので、ちょっと引用してみよう。

甘えん坊で頑固、自分の思い通りにならないと癇癪を起こした晋三少年は、ウメを手こずらせた。いたずらなら、まだいい。問題は学校の宿題をやらないことだったという。

「『宿題みんな済んだね?』と聞くと、晋ちゃんは『うん、済んだ』と言う。寝たあとに確かめると、ノートは真っ白。(中略)

私がかわりに左手で書いて、疲れるとママに代わった」(ウメ)

とまあ、こんなような少年だったらしい。宿題なんて私もあまり真面目にはやらなかったが、乳母に代わってやってもらうなんて、かえって不愉快なんじゃないかなあ。まあ、私には乳母なんていなかったけどね。

成蹊大学に進学すると、「アルファロメオで通学し、友人と雀荘に通い詰め、学習院大のアーチェリー部との合コンに青春を燃やした」というのだから、よく言えば「いいご身分」、率直に言わせてもらえば「どら息子」である。

その頃、ワセダに通いつつアルバイト三昧していた私の耳にも、「慶応、成城、成蹊の学生なんてクルマで通学してるやつが多くて、『妖怪・岸信介』の孫なんて、派手な外車でブイブイ言わしてるらしい」なんて噂が届いていたよ。これって、本当だったんだね。

成蹊大学卒業後は南カリフォルニア大学(USC)に留学するが、結果は次のようなものだ。

1年足らずで挫折し、政治学科の単位はゼロ。ホームシックから連日、日本の自宅にコレクトコールをかけ、1か月の電話代が10万円を超えることが続いたため、父・晋太郎氏が「それなら帰国させろ」と激怒したこともあった。

せっかく米国西海岸まで行って、一体何をしてたんだろう? 私が若い頃にカリフォルニアに留学なんてさせてもらったら、やることがありすぎて、自宅に長々とコレクトコールするヒマなんて到底なかったと思うがなあ。

祖父の岸信介に猫かわいがりされ、できすぎの乳母に世話されたために、お世話係か、ツルんでくれる「お友達」が近くにいないと、どうにもならない人間になってしまったんだろう。この紹介文を読んだだけで、これまで思っていた以上に「お粗末なオッサン」との印象が強まる。

成蹊大学時代の教授である加藤節氏が「安倍さんは 65歳という年齢の割には、とてもチャイルディシュ(子どもっぽい)だという印象です」(参照)と語るのもむべなるかなである。

そして私としては、1,540円(中古でも 921円)も払ってこんなに次元の低いオッサンの話を読むのは馬鹿馬鹿しくなってしまった。同じ金を払うなら、もっとまともな話の本を読みたいものではないか。

というわけで、Amazon に『安倍晋三、沈黙の仮面』を注文するのは止めとくことにした。著者の野上忠興さん、ごめんね。以上、おしまい。

 

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2020年8月 3日

"Come Gather 'Round People" (Wherever You Roam...)

昨日の朝の NHK ラジオで「マイあさ」という番組を聞いていると、ゲストに今年度の芥川賞を受賞した高山羽根子さんが登場していた。彼女の受賞作は『首里の馬』だが、昨年に芥川賞候補作となったのは、『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』という作品だという。

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私は恥ずかしながら昨年度の候補作については情報をもっていなかったのだが、『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』と聞けば、それはもう間髪を置かず、自然に "♫ wherever you roam..." と口をついて出てしまう。そう、ボブ・ディランの "The Times They Are A-Changin" (『時代は変わる』)だ。

というわけで、そこから先は完全にオートマティックな反応で、すぐに Amazon のサイトにアクセスして購入してしまった。芥川賞受賞作の『首里の馬』を読む前に、まずはともかく『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』を読まなければ、落とし前がつくまいと思ったのである。

で、今日は朝から所用であちこち出かけ、帰宅は午後 3時過ぎになった。途中、iPhone で Amazon の「注文履歴」を見ると「2020/08/03 に配達しました」と表示されている。最近は便利な世の中になったものだ。帰宅して郵便受けから Amazon の小さな包みを取り出し、早速読み始めた。

1時間足らずで一気に読み終わり、「これは当たりだったな」と思う。最初から最後まで、徹頭徹尾「フツーの現実感」というものがないのに、常にボブ・ディランの『時代は変わる』がバックグラウンドで聞こえるような「既視感」に、濃厚に彩られている。まるで自分の経験したことのように錯覚しそうだ。

これから読む人のために、敢えてこれ以上は書かないことにする。そして私としてはまた、ほぼ自動的に Amazon で『首里の馬』を購入してしまったよ。明日届くはずだ。

【2020年 8月 4日 追記】

ちなみに "Come gather 'round people" というのは、その昔に流行った『受験生ブルース』の出だし「おいで皆さん 聞いとくれ」になる。

 

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2018年7月26日

「LGBT には『生産性』がない」という発言について

例の杉田水脈という議員の LGBT に関する『新潮 45』への寄稿記事の問題だが、批判するからには一応記事をしっかり読んでからと思っていたので、タイミング的にはちょっと乗り遅れてしまったかもしれない。

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杉田議員本人も、「批判するならきちんと記事を読んでからにしろ」みたいなことを言ってるらしいので、「そこまで言うんなら、ちゃんと雑誌買って読んだるわ!」と、今日、あちこち用事で出かけたついでに書店に寄り、買って来たのである。上にその証拠写真を貼っておく。

ちなみに『新潮 45』は「特別定価 900円 本体 833円」と表示してあるが、書店のレジでは 1円未満切り捨てで 899円だったよ。おかげで財布の中でジャラジャラしていた小銭を使い切ることができた。

家に帰って一応ちゃんと読んだのだが、結果としては新潮社を無駄に儲けさせただけだった。要するに「買って読むほどのレベルのものじゃない」ってことだ。これから『新潮 45』を買ってみようかと思っている方は、ほかによっぽど読みたい記事があるのでもなければ、止めといた方がいい。

彼女の寄稿記事に関してまともな批判をするとすれば、既にあちこちでなされている通りのことを繰り返せばいいだけで、改めて私がどうこう言うのも馬鹿馬鹿しい。なので今回は、例によって言葉にこだわって絞り込んだ突っつき方をしてみようと思う。

杉田水脈という人は、件の寄稿記事で "LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼らは子どもを作らない、つまり「生産性」がないのです" と、はっきり書いている。「生産性」と、申し訳程度にカッコ付きにはしてあるが、この単語になんらの注釈も付けることなく使っているのだ。

ここでぶっちゃけた結論を言ってしまえば、杉田議員の寄稿記事は大問題になっているが、LGBT に「生産性がない」というのは彼女独自のロジックではなく、お仲間内の悪趣味な決まり文句を、外部に向かってものすごく安易、かつ直接的に発信してしまっただけにすぎないのである。まあ、悪ノリしやすいタイプなんだろうね。

「生産性」という言葉は、一般的には「労働生産性」を指す言葉として使われることが圧倒的に多い。試しに "Weblio" (大辞林) を引いてみると、次のようにある。(参照

せいさんせい 【生産性】

生産のために投入される労働・資本などの生産要素が生産に貢献する程度。生産量を生産要素の投入量で割った値で表す。

ここでは「子どもを作る能力」なんて意味は無視されている。それだけに「同性愛カップルは『生産性』がない」という言い方には、大抵の日本人は強い違和感を覚えるのである。この言い方だと、子どもだけはやたらと何人も作るが、仕事もせずにぐうたらしてるヤツにさえあるらしい「生産性」というものが、LGBT カップルだと、どんなに有益な仕事をしても「ない」とされてしまうのである。

というわけで、杉田議員は朝日新聞が LGBT を支援することに関して「違和感を覚えざるをえません」と書いているが、LGBT には 「生産性」がないとする決めつけの方が、ずっと大きな違和感を醸し出す。

ここで念のため、「生産性」という言葉の元になったと思われる "productivity" という英語について調べてみよう。例によって Weblio で調べると「生産性、生産力、多産(性)」とある (参照)。やはり「子どもを作る能力」みたいなことは出てこない。強いて言えば 「多産(性)」 の中にそうした意味が含まれるのだろうが、ビミョーである。

もう少し念を入れて、"produce" という動詞を調べると、ようやく 「産する、生ずる、製造する、生産する、作り出す、描く、作る、生む、産む、生じさせる」という意味が表示される(参照)。ただ、英英辞書(CUERVO)を引いてみても、「子どもを産む」という意味は直接的には表示されない(参照)。

つまり「生産性」という言葉は、とても広義に捉えれば、かなり端っこの方に「子どもを作る能力」という意味を確かにもつようだ。それは認めよう。しかし「LGBT カップルは『生産性』がない」と、唐突に言ってしまう姿勢には、とても意図的な「ヘイト・スピーチ」的要素があると言うほかない。

で、さらに問題なのは、杉田議員自身が自民党の先輩議員たちに「間違ったことは言っていない。胸をはってればいい」と声をかけられたと tweet したらしいことである(既に削除されているが)。つまり、このようなヘイト的思想は、自民党保守派の間ではとても「当たり前」のこととなっているようなのだ。

頭の硬い保守派は子どもを産む能力に関して「生産性」という言葉を好んで使いたがる。私自身も彼らの口からこうした言葉が発せられるのを度々聞いていて、その度に不愉快になる。この言い方は、実は保守政治の世界の「ステロタイプで悪趣味な決まり文句」になっているのだ。

フツーに考えれば、彼女の発言は「トンデモ」に違いないのだが、彼女の仲間内は「一体何が間違ってるんだ。当たり前の話じゃないか」と擁護する雰囲気に満ち満ちている。それは間違いない。ということは、いくら批判しても彼女は絶対に反省なんかしないということである。

私としては、彼女だけでなく、彼女の属するサークルをまとめて「馬鹿扱い」するしかないと思っている。

さらにちょっと付け足しだが、保守派だけでなく革新派の中にも、こうした言い方を好んでする連中はいくらでも存在する(参照)。バリバリの日教組の中にさえいる。彼らは「革新派」の仮面を被った「因習派」である。

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2017年1月25日

国民の 61%が 『坊ちゃん』 を読んでいるというのだが

私は 2013年 5月に 「漱石文学って、もっと読まれてもいいと思うのだが」 という記事の中で、「『坊ちゃん』 を読むぐらいは日本人の常識で、少なくとも 3人に 2人は読んでいるものと信じていた」 のだが、高校に入って 「クラスの半分もいないみたい」 と気付いたと書いている。

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ところが、ちょっと古い記事で恐縮だが、昨年 10月の毎日新聞の 「読書世論調査」 という記事の見出しに、『坊ちゃん』 は国民の 61%に読まれているとある。もしそれが本当なら、「少なくとも 3人に 2人は読んでいる」という私の中学校時代の思い込みはほぼ正しかったことになるが、にわかには信じられない数字だ。

毎日新聞の記事をきちんと読んでみてわかったのだが、『坊ちゃん』を読んだことがあるという回答が多かったのは、国語の教科書に載っているからということらしい。記事中から引用しよう。

「読んだことがある」 人の多い作品は、小中学校の教科書で取り上げられてきた。1906年に発表された「坊っちゃん」は小中学生向け国語、「アンネの日記」は 52年に日本語版が刊行され、中学生向けの国語や英語の教材に採用。「坊っちゃん」は現在も中学国語の教科書に載っており、国民的文学といえる。

なんだ、そうだったのか。私の使っていた中学校時代の国語教科書には 『坊ちゃん』 は載っていなかった(『アンネの日記』 は載っていたと思うが)ので、そんなこととは少しも知らなかった。しかし教科書に採用されているのは、『坊ちゃん』のほんの一部だろう。

どの部分が採用されているのかと思い、ググってみると、WKIBOOKS というサイトに 「中学校国語/現代文/坊っちゃん」 というページがあり、それによると、「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」という有名な書き出しから、坊ちゃんが松山に旅立つために汽車に乗ったところまでである。

こんな冒頭の部分だけ教科書で読んで「読んだことがある」なんて言う人は、こう言っちゃナンだが、ちょっと図々しい。『坊ちゃん』が実際におもしろくなるのはここから先のことなのだから、ぜひ最後まで読んでみることをお薦めしたい。

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2013年12月 5日

ビギナー向け最強の野鳥図鑑

一昨年の 11月に「花の図鑑」という記事を書いて、『花の名前の手帖』(ブティック社刊、写真と文: 夏梅睦夫)をおすすめした。春編・夏編・秋冬編の 3分冊で、収められている花の種類が多く、しかも季節別、色別で調べられるので、とても便利である。アマチュア向けとしては、これが最強の図鑑だと私は思っている。

ただ、この 3分冊は既に絶版のようで、かなり大きな書店でも 3冊揃っているところは稀だ。私は春編だけは書店で購入したが、夏編と秋冬編は Amazon で古本を購入した。今となっては、3冊とも Amazon で古本を買うのが一番手っ取り早いと思う。

なんで花の図鑑なんかが必要なのかというと、私がこのブログの他に「和歌ログ」なんていう酔狂な文芸サイトを運営していて、毎日和歌なんてものを詠んでいるからだ。和歌をやろうとすると、花の名前を知らないでは済まないのである。この図鑑のおかげで、花の名前に疎かった私も、今では人並みまではこぎつけることができた。

同様に、鳥の名前も知らないでは済まないのだが、これまでは手頃でしかも調べやすい鳥の図鑑が見つからなかった。しかし、ようやく見つけたのである。『山野の鳥』『水辺の鳥』という姉妹編で、いずれも日本野鳥の会の編集・発行によるものだ。

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しかも、どちらも本体価格 600円という手頃さで、コンパクトな作りなので、どこにでも持って行ける。そして見分け方がとてもわかりやすく解説してある。立ち読みした他のどんな図鑑よりもわかりやすい、かなりありがたいものなのである。ビギナー向けとしては、やはり最強だと思う。

この図鑑を入手して初めてわかったのだが、私は知らず知らずのうちに、野鳥の名前は結構知っている人になっていたようなのである。これはひとえに、30年以上前につくばの地の田園地帯に転居して、ごく自然に鳥たちに接してきたおかげである。

花でも鳥でも、親しむための第一歩はその名前を知ることだと思う。名前を知って、一歩「お近づき」になれる。名前を知ってお近づきになれなければ、歌に詠むこともできない。その意味でも、図鑑は手放せないものになっている。

 

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2013年3月 6日

iBooks 日本版スタートと、Kindle との違い

Apple が日本版 iBookstore の開設を正式に発表した。(参照

2~3日前から「ひっそりとオープン」というニュースが、これまたひっそりと伝えられていて、iBook アプリの "store" ボタンをクリックしてもいつもと変わらないが、次に「ランキング」をクリックすると、日本版電子書籍がずらりと出てきていた。それで「ああ、始まりつつあるんだな」と思ってはいたのである。

そして今日の正式発表以後は、"store" ボタンをクリックしただけで、日本版のストアが表示される。さらに「カテゴリ」ボタンをクリックすると、「ビジネス/マナー」「フィクション/文学」「マンガ」「ミステリー/スリラー」「ライトノベル」の 5カテゴリーが表示される。

ちなみに「ミステリー/スリラー」と「ライトノベル」は文学扱いされていないのが興味深い。確かにこの 2つを「フィクション/文学」の中に入れてしまうと、オーソドックスな文学ファンにとっては探しにくくてうっとうしいだろうから、しかるべしである。ただ Kindle の充実したカテゴリーに比べると、これっぽっちではまだまだ見劣りがする。

とはいえ Kindle の場合は、あくまでも Amazon のサイトの中の「Kindle 本」に行って選んだり購入したりするというシステムで、Kindle アプリは「閲覧」のためと、はっきり切り分けられている。一方 Apple の場合は、PC 版 iTunes からは iBooks に入れるが、iPhone アプリの iTunes からは、今のところ入れない。

この辺りが、Amazon と Apple のコンセプトの基本的な違いのようだ。Amazon の場合は、とにかく Amazon のサイトで買ったものを、Kindle アプリで読む。Apple の場合は、電子ブックを買って読むなら、わざわざ iTunes まで行かなくても iBooks だけでこと足りる。

元々書籍からスタートした Amazon と、音楽からスタートした iTunes の違いなのかもしれない。いずれにしても、Windows 版の iTunes は重いので、iBooks だけで済むのはありがたい。

 

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2012年10月26日

Kindle ストアで、さっそく 2冊購入した

Kindle ストアが日本でもオープンしたので、私もさっそく iPhone アプリの "Kindle" をインストールしてみた。こういうことに関しては、私はちょっとだけ新しもの好きなのだ。「ちょっとだけ」というのは、やってはみるけど、すぐにはまりまくったりはしないということだ。

例えば私は、2007年 12月という、比較的早い時期に Twitter のアカウントを取得しているが、ぼちぼち実効的に始めたのは 2010年 1月からである。この間の約 2年間は、自分がTwiiter のアカウントを取得したことすら忘れていたので、改めて始めようとした時に、「Twitter の中に自分の偽物がいる!」と思ってしまったことを、記事にしている (参照)。

というわけで、私は iPhone と iPad に "Kindle" をインストールしてはみたが、実際に 電子ブックを 10冊も 20冊も(電子ブックの場合、「冊」といっていいのかなあ?)買いまくったかといえば、そんなことはない。なぜかといえば、買いたい本があまりないからである。

現状の日本版 Kindle ストアは、郊外のステーションビルによくある書店みたいなもので、ベストセラーとハウツー本とコミックしか置いてないみたいな印象なのだ。よく言われることだが、本好きという種族は、ベストセラーをあまり買わないのである。だから、ステーションビルの書店では買う本が見つからないと同様、Kindle ストアでも見つからない。

書籍のカテゴリー分けにしても、例えば「人文・思想 - 文化人類学・民俗学」というカテゴリーを覗くと、トップに表示されるのは "あなたの 「ふつう」 はだいじょうぶ? 女のマナー常識 555 (PHP文庫)"、"お墓は、要らない (学研新書) "、"お嬢様ルール入門 正統派マナーから気になるライフスタイルまで (PHP文庫) " というようなことで、ちょっと脱力だ。

もっとも、ステーションビルの書店と違うのは、「0円」という値段の品揃えが結構あって、これは「青空文庫」的なコレクションである。こっちの方がずっとおもしろい。私はさっそく、和辻哲郎の「古寺巡礼」をダウンロードして読み始めた。これが、私の Kindle での最初の購入である。(購入といっても、無料だが)

新・リストラなう日記 たぬきちの首 のたぬきちさんは、「電子書籍で読まれるべきは、紙ではもう手に入らない本なのだ」と喝破しておられて、本日付の記事で、深沢七郎・著『風流夢譚』の Kindle 版が出ることを期待しておられる (参照)。

そして、さすが Amazon である。その日のうちに出ている (参照)。著作権はまだ切れていなくて、315円の値段がついているが、たぬきちさんのおっしゃるように、これが Kindle のベストセラーになったら素敵だろう。

そう思って、私は既に紙媒体の海賊版『風流無譚』を持っている(蛇の道は何とやらである)のだが、ついぽっちりしてダウンロードしてしまった。まあ、315円なら、スタバのコーヒー 1杯分くらいだからいいだろう。これが、私の Kindle での 2冊目の購入となったのである。

 

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2011年11月13日

私の中の漱石シンドローム

夏目漱石の『三四郎』を、久しぶりに青空文庫で読んだ。しかも i文庫HD というアプリを使い、iPad の画面で読んだのである。ありがたいことに、著者が亡くなって 50年以上経ち、著作権フリーになった文献の多くを、青空文庫で無料で読むことができる。

これでは文庫本を買うものなどいなくなるだろうと思ったが、どうやらそうでもないらしい。「ファウスト」編集長の太田克史氏は、日本では既に文庫本という利便性と経済性を兼ね備えた市場があるので、電書書籍市場が拡大しないと言っている (参照)。

うぅん、そうかなあ。私は少なくとも、青空文庫で無料で読むことのできる「スタンダード」に関しては、文庫本の出る幕がなくなりつつあると思う。とはいえ、電子デバイスで本を読むのは、紙の本で読むよりもずっと小難しいノウハウが必要と思いこんでいる層がまだ多いというのも、驚くべき事実だけれど。

『三四郎』を初めて読んだのは、中学 1年の時だったと思う。私の文学開眼は、小学校 5年生の時に読んだ『坊っちゃん』で、以後、漱石の小説は立て続けに読んだ。

当時は今以上に世間知らずだったから、日本人が 100人寄れば 100人とも『坊っちゃん』ぐらい読んでいると思っていた。しかし実際にはそんなことはなく、読んでいる者は 20人もいないだろうと、後々になって薄々勘付いた。

小学校 5年から 6年になる春休み頃に、『吾輩は猫である』を通しで読んだが、これを読んだ者なぞ、大人だけをとってみても、100人に 1人もいないだろうということも、後々になって気付いた。

それを覚るまでは、日本人なら誰にでも「トチメンボー」とか「ダーターファブラ」とかいうジョークが通じると思っていたが、そんなのが通じるのは、せいぜい 500人に 1人ぐらいのものと知った時にはショックだった。漱石は「国民作家」などと言われているが、それが本当なら、日本の往来を歩く者は非国民ばかりである。

まあ、私は年端も行かないうちから漱石なんぞに親しんでしまったおかげで、『草枕』の那美さんとか、『三四郎』の里見美禰子とかみたいなタイプの女性に弱いという深刻な副作用まで起こしてしまったのである。それを克服するまでちょっと時間がかかったのだが、それは、まあいい。

とにかく、今回久しぶりで『三四郎』を読んで、私の中には「漱石シンドローム」みたいなのが確実にあるなと、改めて確認してしまったのである。

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