カテゴリー「心と体」の336件の記事

2020/03/26

喫煙と、新型コロナウィルスの感染リスク

東洋経済 ONLINE が、喫煙者の新型コロナウィルス感染リスクが高いと伝えている(参照)。屋内の喫煙スペースがクラスター発生の原因となる可能性が高く、さらに喫煙者は非喫煙者に比べて重症化の確率が高いという。

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日本の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、「最も感染拡大のリスクを高める環境」として、① 換気の悪い密閉空間、② 人が密集している、③ 近距離での会話や発声が行われる - という 3つの条件を挙げている。この 3条件が同時に満たされると、感染リスクは最高度に高まる。

屋内の喫煙スペースは、まさにこの 3条件を同時に満たしている。さらに煙草を吸うために手を口にもってくるという動作も、感染リスクを高める。このため喫煙者の感染リスクは非喫煙者に比べて非常に高い。

感染リスクが高いばかりでなく、重症化リスクも高い。中国本土の患者 1099人の分析報告によると、非喫煙者の重症率が 14%なのに対して、喫煙経験者は 24%だった。つまり喫煙者は非喫煙者の 1.7倍重症化しやすいということになる。喫煙習慣が肺の機能を低下させるためとみられる。

また喫煙は肺の免疫機能も弱めるとみられている。つまり喫煙習慣はいいことがないというわけだ。

昨日の記事では、飲酒はやはり体によくないということについて書いたが、喫煙も同様によくない。私は図らずも 44年前に煙草を止め、最近は酒の量も極端に減っている。ということは、私の新型コロナウィルス感染リスクは、かなり低いようなのである。

 

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2020/03/25

酒はやっぱり体にはよくないらしい

「知識連鎖」というサイトに「酒は百薬の長は嘘・・・ そもそも由来は国による独占正当化の宣伝文句」という記事がある。酒は元々体にいいものではなく、「百薬の長」というのは中国の前漢の時代に、国が塩、酒、鉄の製造を独占してしまったことの正当化のために言い出したことらしい。

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それが今でも尾を引いていて、「酒は飲み過ぎると毒だが、少量なら体にいい」という話になって、広く信じられている。しかし実際にはそんなことはなく、酒は少量でも体に毒というのが本当らしい。

それに関しては私も一昨年 8月に「やっぱり酒は体によくないらしい」という記事で、「1日に缶ビール 1本分以上のアルコールを摂ると、寿命は縮む傾向がある」とする英国での研究結果を紹介している。

「知識連鎖」でも、酒の適量ということに関する記事はあり、2017年 6月の「量のお酒は健康に良く長生きするは誤解 最適な飲酒量はいくら?」という記事では、「もっとも健康によい『適量の飲酒』は10日ほどで、ビールなら中ビン半分、日本酒なら0.5合程度だそうです」と書かれている。

これは「10日ほどで」ということだから、1日あたりの量に直すと、日本酒だと 9cc という「雀の涙」ほどにしかならない。要するに「酒は飲まない方がいい」ということになるようだ。

私自身は先月 5日の ”「エコ飲みー」って、結局何なんだ?” という記事で、「いつの頃からか、酒なんて飲まなくても全然平気なカラダになってしまった」と書いている。タバコも止めてから 44年になるから、私のライフスタイルはかなり健康的ということになってしまう。

私の父は酒は全然ダメで、その代わり 82歳で死ぬ 1年ぐらい前まで煙草を吸っていた。死因は肺がんだったが、死ぬ直前までピンピンしていたから、煙草さえ吸わなかったらもっと長生きしていただろう。

となると、私はいつ死ねるか知れたものではない。やれやれ。

 

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2020/02/21

既に「プチ・パニック状態」と言っていいかも

世の中、新型コロナウィルスのニュースに塗りつぶされている。と言ってもその中身は、どこそこで新たに何人の感染が判明とか、そんな話ばかりで、「で、結局どうしたらいいの?」というのがさっぱり見えてこない。

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実際のところ、そんなことは専門家にも見えていないらしい。それどころか、この感染増大に歯止めがかかるのはいつ頃なのか、気温と湿度が少し高まれば感染の勢いが弱まると見ていいのか、そうしたことすらも明らかにされていない。

この病気は感染力がかなり強いようで、当初は「患者との濃厚接触」が問題にされていたが、それだけでは済まないようなのだ。ちょっと近くにいたというぐらいでの感染が次々に明らかになっているので、どうすれば感染せずに済むかということも、つまびらかにはわからない。

さらに感染して重症化し、死亡につながることもあれば、感染しても症状が出ていないという例もあるようだ。これでは、どんな覚悟をすればいいのかすら見当がつかない。

要するに「具体的な対処については、何もわかっていない」という状態に近いため、マスコミとしては結局のところ、新たな感染者の数を垂れ流し的に報道するしかないという状態になっている。病気の流行でこんなにも先が見えない状態というのは、近頃ほとんど経験がない。

見通しがさっぱりわからないまま、数字のみがどんどん増えるので、世の中は「プチ・パニック状態」と言っていいかもしれない。「電車内でマスクをしないで咳をしている人がいる」というだけで、非常停止ボタンを押して運行を混乱させた人もいる(参照)というのは、笑い事じゃ済まない。

この関連のニュースにはいい加減疲れてしまって、個人的には新たな見通しが出るまでは、これ以上まともに付き合いたくない。余計なパニックを避けるためには、これが一番いい態度かもしれない。

 

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2020/02/05

「エコ飲みー」って、結局何なんだ?

今日の午後、運転しながら TBS ラジオを聞いていると "Action" という番組で、「えこのみすと」という言葉が登場した。もっともこの場合は、いわゆる経済関係の「エコノミスト」ではなく、「エコ飲みスト」とでも表記すべきものらしい。

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インターネットで検索してみると、完全に定着した意味合いとは言いにくいが、Twitter 界隈では「駄菓子で酒が飲める」というような、「安上がりの酒飲み」といったイメージが主流のようだ。#駄菓子でお酒が飲めちゃうエコ飲みー隊員」というハッシュタグまである。

さらに広義になると、「街にも、環境にも、エコで優しい美味しく楽しい飲み方しませんか?」と呼びかける沖縄県那覇市保健所の「エコ飲み」なんていう教育的(?)なページもある。なかなか一筋縄ではいかない。

この番組の今日のキャスター、DJ 松永 という人はお酒を飲まない人であるらしく、昨年 11月の放送では「ノンアルコール蒸留酒」なるものを紹介している(参照)。ただ、「そもそもノンアルコールだったら、酒じゃないだろう」と言いたくなってしまうのだが。

番組を聴いていると、「酒を飲む量が減った」とか「仕事の後の『飲み会』というのが流行らなくなった」とか「酔っ払うのが嫌い」とか、とにかく「酒を飲むのが楽しみ」という人には信じられないような風潮がどんどん紹介される。確かに最近の世の中は「酒離れ」しているようなのだ。

かく言う私も、このブログを書き始めた今世紀初頭の頃までは「酒を飲みながら更新」なんてことも珍しくなかったが、10年ぐらい前からは滅多に飲まなくなった。ブログにも酒の話題でずいぶん書いていて、ざっと見るだけでもこんな感じである。

伝統的な「会社帰りの飲み会」 の悲劇 (2007/07/13)
「酒離れ」の事情(2008/06/25)
酒は大好きだが、酔うのがいやになったこと  (2014/03/24)
そんなに綺麗なオネーチャンのいる店で酒を飲みたいか  (2018/07/30)
人のグラスに勝手にビールを注ぎ足す「奇習」 (2019/01/07)

いつの頃からか、酒なんて飲まなくても全然平気なカラダになってしまったようなのである。こうなってしまうと、私も筋金入りの「エコ飲みスト」の一人なのかもしれない。ただ、その厳密な意味合いとなると、どういうことなのかさっぱり自信がないのだが。

 

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2019/12/16

「ぶりっ子」するのは生き物の本能なのか?

来年の年賀状のデザインを考えるためのネタを探そうと「ネズミ」でググってみたら、「人間に見られまくった野生のネズミは見た目が大きく変化すると判明」という Gigazine の記事が見つかった。

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チューリッヒ大学の研究チームが「野生のネズミを飼いならした結果、ネズミの見た目が大きく変化したことを発表」したという、昨年 3月の記事だ。こんなおもしろい話に 1年以上経ってから気付いたというのは、我ながら「遅すぎ」である。

元々動物は、「人間によってなつきやすいよう選択的に交配されると見た目が変化していく」ということが知られていた。しかし今回は「選択的な交配を行わずとも見た目が変化していったことが確認された」というのである。イノシシやオオカミを家畜化してブタや犬になったとかいうのとは、ちょっと次元が違うらしい。

イヌの場合は人間になつきやすいよう選択的に交配することで、「耳が垂れる」「牙が小さくなる」など見た目に大きな変化が現れた。このように、飼育される動物に見られる外見の変化を「The Domestication Syndrome」(家畜化症候群)と呼ぶらしい。

ちなみにソ連の遺伝学者であるドミトリ・ベリャーエフ氏は、野生のギンギツネを飼育、観察する過程で、なるべく人間になじみやすいキツネを選択的に交配した。するとこんな現象が認められたという。

「体格が小さくなる」「尾がくるんと巻き上がる」など、数千年かかって進化して得るはずの外見上の変化をわずか数年で得られることを発見したそうです。そして交配開始から9世代後のキツネには垂れ耳とまだら模様が見られるようになり、人間に対して尾を振りながらくんくん鳴いて甘えるという、野生では有り得ないような行動をとるようになったとのこと。

こうした現象を「家畜化症候群」と呼ぶわけだが、チューリッヒ大学の研究では意図的な交配を行わず、定期的に食糧と水を与えながら観察を続けていただけだった。それでも「褐色の毛皮に白い斑点が現れる」「鼻が少し短くなる」という外見上の変化を確認できたというのである。

つまり、人間に見られまくっただけで「可愛らしい見かけ」になってしまったのである。こうした現象を「自己家畜化」と言っているらしい。つまり生き物って、本能的に人におもねてしまうことがあるようなのだ。

「ぶりっ子」というのは、まんざらあざといだけのものじゃないのかもしれない。

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2019/11/20

私の早食いは、昔のまずい給食のせいかも

私は早食いである。それについては昨年 4月 3日にも「ゆっくりメシを食うことができない体なので」という記事で「昔から早飯だったが、還暦を過ぎて 5年以上経った今でも、周りの人よりずっと早く食い終わってしまう」と書いてしまうほどである。

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さらに 2004年 8月 6日の「早飯は美学か」という記事でも、こんな風に書いている。

食事に時間をかけるということが、とてつもなく馬鹿馬鹿しいことのように思われる。戦時中でもあるまいに、「早飯、早糞、早支度」 ということを、美学と感じてしまうのである。

我ながらまったくもって困ったものである。

そして最近、「自分の早食いは、昔のまずい学校給食のせいなのかも知れない」なんてことに思い至った。その昔、小学校の学校給食は「脱脂粉乳」と、テキトーに焼かれたパン、テキトーに作られたおかずというメニューで、たまにはおいしいこともあったが、普段は決して褒められた味じゃなかった。

とくに脱脂粉乳を溶いて作ったミルクは「ララ物資」の名残みたいなもので、「戦後アメリカの善意のシルシ」なんてなことを言われるが、私が小学校に入学したのは 1958年のことで終戦から 13年も経ち、家庭ではごくフツーにちゃんとした牛乳が飲めていた時代だった。

ところが小学校に入って突然、それまで見たことも聞いたこともなかった脱脂粉乳というものが、給食に出てきたのである

この脱脂粉乳というもの、粉ミルクをごくフツーに湯に溶けば、それほどマズいというわけじゃない。ところが給食係のオバサンが仕事を急いてしまい、大鍋の湯に粉をどさっとぶち込むと、溶けきれずに熱々の鍋底に沈んだ粉が焦げ付いてしまい、あのタンパク質の焦げた独特の(はっきり言えば「ウンコ臭い」)臭気を発してしまうのである。

この臭いミルクを、小学校の教師は「飲め!」と強制する。「好き嫌いを言ってはならない」と言うのだ。しかしあの臭さは「好き嫌い」以前のもので、とくに臭気のキツい日のミルクは、感受性豊かな女の子なんて泣きながらでも一口も飲めなかった。

ところが私みたいな食い意地の張った男子は、いくらマズくても食って飲まないと腹が満たされず、夕方前に空腹で堪らなくなる。さらに言えば、給食なんてさっさと食い終わって昼休みの遊びに興じたい。

そこで私は、小学校に入学してすぐに「感覚遮断の術」を身に付けた。給食はとにかく速く食う。ゆっくり食ったりなんかしたらつい味わってしまい、あまりのマズさで「オエッ」となってしまいかねないから、嚙むのもそこそこに一気呵成に飲み込んでしまうのである。飲み込みさえすれば、うまいもまずいもなくなる。

こうして私はとんでもない「早食いの体」になってしまった。あれから半世紀以上経った今でも、とにかくメシは速く食ってしまわないと変な気持ちになってしまうのだから、我ながら情けない。

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2019/11/04

Apple Watch で億劫にならない運動

今年の 5月 19日に「フィジカル・コンシャスになっちゃってる今日この頃」という記事を書いている。Apple Watch の「アクティビティ」という機能を使っているせいで、なんとなく意識的に軽い運動を厭わないようになり、その結果として健康にもいいみたいなのだ。

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上の写真は、今年 10月から 今日 11月 4日までの「アクティビティ」の結果を、iPhone で表示させたものである。3つのリング、外側から「赤: ムーブ = 消費カロリー」、「緑:エクササイズ = 運動した時間」「青: スタンド = 1時間に1回・1分以上立ったり歩いたりした回数」を示している。

私は 1日の目標を「アクティビティ 600cal、ムーブ 30分、スタンド 12時間」と設定しており、この iPhone のデータをみれば、10月 1日以降(実際にはもっと前からなのだが)、ずっと 3つのリングを完成させていることがわかる。つまり、毎日それほど激しい運動を継続しているというわけではないが、軽い運動以上のエクササイズをずっと続けているということだ。

『知識連鎖』というページに「痩せたい!と言うくせにに太ってる人が運動をしない科学的な理由」という記事がある。簡単に言うと、「肥満になると運動をするのが億劫になるということ。それがますます肥満を助長するという負のスパイラルが発生するということ」なのだそうだ。それを解決するには、億劫にならない程度の軽い目標を設定することから始めなければならないらしい。

「今より10分多く運動」よりもさらに低くして、まずは1日1回いつもより多く歩いてみる…で良いんじゃないでしょうか。最初は低いところから初めて、クセをつけていけば良いのです。

なるほど、こうした分析からすると、Apple Watch の「アクティビティ」機能を利用すると、それほど重い運動ではないが、結果が表示されて気持ちよく続けられるという利点がある。ただ、問題はしっかり歩いたり自転車をこいだりすると、脚部に筋肉がついて、筋肉は脂肪より比重が重いから、体重は減らないということだ。

まあ、とっくに還暦を過ぎた身からすれば、数字としての体重は減らないが腹の出っ張りは解消されるから、見た目と実質の両方の効果はあるということだ。

 

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2019/10/15

眠いといったらとにかく眠い

「春眠暁を覚えず」なんていうが、春でもないのに最近やたらと眠い。10年前の 11月には「季節の変わり目は眠い」なんて記事を書いているほどで、今の季節は眠いといったらとにかく眠い。

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一節によると、季節の変わり目は「睡眠の質」が落ちてしまうのだそうだ。夏と秋の境目で季節が行ったり来たりして、タオルケット 1枚で十分なこともあれば、毛布だけでは足りない夜もある。宵の口は暑苦しいほどでも、夜明け前頃は冷え込んだりすることも多い。「質のいい睡眠」を十分に取るのが難しい季節である。

というわけで、夕方ソファに横になって、スマホでメールのチェックなんかしていると、いつの間にか眠りに落ちてしまうこともある。こんなのを私は「気絶の如き眠り」と称している。時々妻に「あなた、また気絶してるわよ!」と起こされて、啞然とすることも珍しくない。

先日、ラジオで恐ろしい話を聞いた。聴取者からの投稿で、夜中に高速道路を運転していて眠くて堪らなくなったのだそうだ。無理せずに仮眠を取ろうと思ううちに、ほどなくパーキングに辿り着いた。左のウィンカーを出して入ってしっかりと駐車し、リクライニングシートを倒すとすぐに眠りに落ちた。

しばらく寝ていると、後ろからけたたましいクラクションが聞こえる。「何だよ、人がせっかく寝ているのに」と思って目を覚ますと、何と、自分のクルマは高速道路上を蛇行運転しているではないか。

左ウィンカーを出してパーキングに入ったというのは、一瞬の間に見た夢で、実はそのまま居眠り運転してしまっていたのだという。なんとも恐ろしい話である。

一炊の夢」というのは人生の栄華のはかなさを喩えた故事だが、飯が炊き上がる前に一生に渡る夢を見たというのだから、夢の中の時間というのは現実と連動しない。よくよく眠くなってしまうと、あっという間に気絶してしまうのだから油断がならない。

「ちょっと眠いな」と思った時点で、無理せず仮眠を取らないと、命を失うことにもなりかねない。一人でひっそりと命を落とすのはいいが、他人に面倒をかけるような死に方は避けたいものだ。

 

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2019/10/05

「長生きする」というストレス

ちょっと古いが、東京新聞の 2012年 9月 2日付「健康寿命と平均寿命(No.418) 人生最後の10年 日常生活に支障も?」というちょっと気にかかるニュースを見つけてしまった。ここには「健康寿命と呼ばれる、自立して健康に生活できる期間は、平均で男性約七十年、女性で約七十四年です(二〇一〇年)」と書かれている。

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私は今 67歳だから、男の平均的健康寿命を全うするまであと 3年しか残されていないらしい。平成 29年の時点での男の平均寿命は 81.09歳というデータがある(参照)ので、「平均的」には、残り 10年以上「不健康」に、下手したら介護してもらいつつ生きなければならないようなのだ。

私の場合は毎日結構な運動量をこなしていて、今日も自転車で 30km 以上走ってピンピンしているので、70歳を越えたとたんに急にヤバいことになるという可能性は低いだろう。それでもさすがに若い頃よりは疲れやすくなっているし、自転車で 25km/h のスピードを維持して延々と走り続けるのもしんどくなってきた。

いつかは死ななければならないのだし、ここまでこんなにも元気でやりたい放題のことをしてきたのだから、はっきりいって未練はない。突然医者に 「あと半年の命です」なんて宣言されたとしても、「ああ、そうですか。どうも」で済みそうだ。

世の中の人の多くは「長生きしたい」と願望しつつ、いろいろな健康法を試したりしているように見受けられるが、私の場合はフツーに健康すぎるほど健康なので、どちらかと言えば「一体いつまで生きたらいいんだろう」と考える方がストレスになる。無理矢理に早死にしたいというわけでもないのだが。

今の仕事は 70歳ぐらいまでは勝手に止めるわけにいかないだろうし、その先もさらに 2〜3年ぐらいは続けることになる可能性の方が高い。ということは、少なくともあと 5年ぐらいは突然死んだり動けなくなったりするわけにいかない。

はっきり言って、あと 5年程度ならまったくお安いご用である。しかしそこから先もなかなか死にそうな気がしないので、「あんまり長生きするのも面倒くさいし」なんて思ってしまうのだ。

このまま元気でピンピンし続けるようだと、一体どうしたらいいのだろう。

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2019/09/20

「全身の皮膚を顔にすれば寒くない」という乱暴な発想

季節が巡って、ようやく秋らしくなってきた。下の画像は気象協会のページにあった昨日の気温を示すもの(クリックで拡大表示される)だが、東日本は概ね最高気温が 28℃ 以下で、最低気温は 20℃ を下回っている。西日本はさすがにまだ最高気温が 30℃ 前後だが、沖縄を除けば熱帯夜にはなっていない。

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台風 17号が南の暖かい空気を引っ張り込んでしまったら、また暑苦しくなるかもしれないと思っていたが、つくば周辺では明日は最高気温が 20℃ で、最低気温は 16℃ と予測されている。こうなると、夜などはちゃんと毛布を掛けないと寒いぐらいだ。

「寒い」という言葉で妙なことを思い出してしまった。私の母が子どもの頃、つまり戦前の話だが、近所に変わったオジさんがいて、夏は上半身裸、冬でもシャツ 1枚で過ごしていたという。そしていつも「全身の皮膚を顔にしよう」とかなんとか書かれた旗を掲げて歩き回っていたのだそうだ。

なるほど、冬になっても顔は外気に触れたままで大丈夫なのだから、もし全身の皮膚を顔にしてしまうことができたら、冬でもシャツ 1枚で十分すぎるほどだろう。もっともその乱暴な発想に積極的に挑戦してみようとは決して思わないが。

というわけで、「どうして顔の皮膚は寒さを感じないのか」ということを調べようと思い、試しにググってみたのだが、これがまた、結構面倒なことになった。

例えば「Yahoo! 知恵袋」で "寒い冬でもなぜ「顔」だけは寒くないのですか?" という質問へのベストアンサーに選ばれたのが、「マスクをすると体感温度が1℃上がるそうです。寒い日にはマスクをしてみて」というものだ。質問とは全然無関係の話である。こんなものがどうして「ベストアンサー」なんだ。

他にも "寒くても顔が寒くないのはなぜですか?" という質問に「感覚と発熱の問題です。水中では、体温の90%が頭部から奪われます。頭部の防寒は効きますよ」なんていうアサッテの方からの「ベストアンサー」もある。質問の趣旨を勘違いしているとしか思われない。

数少ないまともな解答を探しまわった結果、OKWAVE での「布団から肩が出ていると、とても寒く感じてなかなか寝れないのに肩から上(顔)が出ていても寒く感じないのはなぜですか??」という質問への KGS さんの解答が見つかった。要点をまとめるとこんな具合である。

  • 皮膚には外部からの刺激を感じる痛点、圧点、冷点、温点の4つがセンサーがあるが、各センサーの分布が体の部位によって違う。
  • 冷たさを感じる冷点はクラウゼ小体とも言われ、人間の場合、生命に直接影響のある内臓近くに多く分布している。
  • 顔は内臓から遠く、脳は頭がい骨に守られているため、寒さより熱を警戒しているために、冷点が少ない設定になっている。

なるほど。これは論理的に納得できる。

さらに「素朴な疑問集」というサイトの ごまさばさんからの解答が、「なるほど、それもあるかもね」と思わされる。まとめるとこんな感じだ。

  • 顔同様にいつも外気に晒されている「手」は冷たさを感じる。
  • この違いは、顔は手と比べて「血液の量」が違うからではないか。
  • 脳には大量の血液が循環するから、顔の体温が奪われにくいのではないか。

一応の結果としてまともなのは、この KGS さんと ごまさばさんからの 2つの解答しか見つからなかった。というわけで今のところ、この 2つの合わせ技で納得しようと思っている。

なお、ごまさばさんの解答の上に表示されている mars さんの書き込みは、一見もっともらしいが、基本的なところで「実は顔面は後頸・前腕と並び全身の中で最も『冷点』密度が高い部位の一つだといいます」という記述がまったく事実に反するので、無視! (「ヒトの冷感受性の部位差について」という学術論文参照)

インターネットはこれだから、アブナいところがあるというのだ。

あるいは人間の「暑さ/寒さ」という感覚をさらに深く突き詰めると、単純に気温や湿度と皮膚のセンサーとの関連だけでは済まない「複雑系」の領域になってしまうかもしれない。何しろ「全身の皮膚を顔にすれば寒くない」という乱暴な発想もあるくらいだからね。

 

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