カテゴリー「心と体」の448件の記事

2024年2月27日

雨の翌日は、花粉症の症状が重くなるんだそうだ

下の画像は遊ハちさんという方の 1週間前の tweet だ。「よく想像される花粉症と実際の花粉症」というもので、下に描かれた絵の左の方が「よく想像される」という生やさしいパターンである。

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そして、右側がシリアスな「実際の花粉症」で、拡大するとこんな具合になる。

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まさに鬼気迫る様相で、遊ハちさん、相当重症の花粉アレルギーのようだ。

今年は 2月 11日の記事に書いたように花粉症の症状の現れるのが例年に比べて早かったが、先週は雨の日が多かったこともあり、私の場合は遊ハちさんには申し訳ないほどの軽い症状で済んでいた。特に一昨日は朝から晩まで雨だったので、花粉症を忘れそうなほど楽だったのである。

ところが昨日から完全にぶり返し、しんどい状態になってしまった。ラジオに出ていた気象予報士のおっしゃるには、雨の日の翌日は花粉症の症状が重くなる傾向があるんだそうだ。

どういうことかというと、雨の日はスギ花粉があまり周囲に飛び散らず、雨とともに下に落ちる。ところが翌日に晴れるとそれが乾燥し、風に吹かれて舞い上がるため、二日分の量の花粉が襲いかかってくるというわけだ。

なるほど実感である。昨日は夜明け前に雨が上がってよく晴れた上に風も結構強かったから、朝にゴミ集積所まで可燃ゴミを持って行こうとして外に出た途端、目の縁が痒くなって鼻水が流れそうになった。さらにそれだけでなく、帰ってからクシャミが止まらなくなった。

今週はティッシュペーパーの消費が激しそうだから、次の可燃ゴミ収集日が恐ろしい。

 

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2024年2月20日

厚労省「飲酒ガイドライン」におけるジェンダー観

厚生労働省が酒に含まれるアルコールの量によって健康へのリスクが高まることを示した「飲酒ガイドライン」を初めて作成したと各メディアが伝えており、ネット上では「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン(案)」というのが見つかる。下の動画は、昨日の ANN ニュースだ。

この「飲酒ガイドライン」において、生活習慣病のリスクを高める飲酒量は「一日あたりの純アルコール摂取量が男性 40グラム以上、女性 20グラム以上」とされている。この数字自体は目新しいものではなく、2013年発表の「健康日本21(第二次)」の中にも見えるから、10年以上も言ってるわけだ。

私は今月 12日の飲酒に関する記事で「1週間に 14単位以上のアルコールを摂取する人のほとんどは脂肪肝」という海外情報を紹介している。「1単位」はアルコール量 20グラムのことだから、「1週間に 14単位」は 280グラムで「1日当たり 40グラム」と一致する。

要するにガイドラインで示されたアルコール量は、海外情報に基づいた数字のようなのである。ただ、日本人は体質的に酒に弱い傾向がある(参照)というよく知られた点については、ここでは意識的にか無意識的にか無視されていて、欧米人の基準そのままの適用だ。

これと対照的に、厚労省はアルコール摂取量の男女差(上述の「男性 40グラム、女性 20グラム」という数字)という点についてはことさら熱心という印象なのである。女性の摂取量目安が男性の場合の半分とする公式文書は、私がざっと探してみたところでは、少なくとも英語圏では見当たらないのだが。

冒頭で紹介した「ガイドライン(案)」では、この男女の大きな差の根拠を示すために「参考文献」として海外論文を 9つも示しているが、一見する限り 2:1 という数字の十分な理由になるようには思われない。ちなみに他分野の参考文献は、「高齢者」7、「若者」4、「体質」4、「その他」5 である。

このガイドライン作成の関係者は、男性は欧米人並みに飲んでも OK としながら、女性のアルコール摂取量をことさら低く抑えるために、他分野に比して明らかに多くの海外論文を援用しているとわかる。なにしろ「若者」「体質」に関する文献の 2倍以上だから、読むのも大変だったろうに。

その意味で今回のガイドラインの基本は、「男性は欧米人並みにビール 2本飲んでもいいけど、女性は 1本までに抑えてね」というトーンなわけだ。これって因習的な男女観に妙に日本的な配慮をした結果なのかもしれないなんて思うのは、穿ち過ぎだろうか。

それから ANN ニュースにある「行動面のリスクとして暴力行為を起こしたり金銭や機密書類、USBメモリを紛失したりする危険もあるなどの例が挙げられた」という妙に具体的な文言には、ちょっと笑ってしまった。厚労省のお役人の中にも、泥酔して USB メモリなくしちゃったのがいるに違いない。

最後に念のため付け加えておくが、私は「女性ももっと酒を飲め」と言ってるわけでは決してないので、そのあたりなにぶんよろしく。

 

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2024年2月13日

過度の飲酒習慣は「幻想」によってもたらされる

昨日は「酒って、カラダとアタマの両方を変えてしまうのだね」なんて思わせぶりなタイトルの記事を書いたが、それは本日付と合わせて 1セットにしようと考えていたからである。参照したのは昨日同様 Gigazine の、「なぜアルコールのない人生はつまらないと感じるのか?」という記事だ。

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この記事は冒頭からして飲酒にかなり批判的だ。こんな感じである。

以前は「適度な飲酒は健康にいい」といわれることがありましたが、その後の研究により飲酒は適量であっても脳を萎縮させ、心臓の健康を害することなどが明らかになっており、アルコール製品にがんに関する警告表示を義務づけるべきとの声も上がっています。

Gigazine ではこの他にも、飲酒に批判的な記事が目立つ。これは Gigazine の方針が「反アルコール」だからというわけじゃなく、このサイトのほとんどが欧米のニュースを翻訳紹介したものだからだろう。要するに昨今の欧米のトレンド自体が「反アルコール」なのだ。

今回の記事の元記事は Psychology Today の "Why Life Can Seem Joyless Without Alcohol" で、サンフランシスコのセラピスト、ジャネット・フー(Jeanette Hu AMFT)氏の寄稿によるものだ。彼女自身も以前はアルコールが手放せない生活を送っていたというだけに説得力がある。

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日本語版のタイトルはまんま翻訳だが、元記事には”An illusion created by habit, desire, and narrowed attention.”(習慣、欲望、狭められた関心によって形成される幻想)というサブタイトルが付いていて、これが全てを物語っていると言っていいだろう。

彼女によれば、飲酒は習慣化しやすく、それは「きっかけ」から入って「ルーチン」(決まり切った日課)となり、そして「報酬」という道筋を辿る。飲酒の場合の「報酬」とは、酔った時の「陶酔感」だろう。

この道筋によるループを繰り返すうちに「習慣」がもっと酒を飲みたいという「欲望」に繋がり、さらには「狭められた関心」に至る。それは飲酒のほかに喜びが見いだせないという状態だ。

フー氏は、こうしたことは「脳によって作られた幻想」に過ぎないとし、次のように語る。

喜びのある人生には、お酒に酔って騒ぐことよりもはるかに多くの価値があります。アルコールだけが価値あるものだという脳の主張にだまされてはいけません。強烈な欲求があったとしても、時間がたつにつれて渇望は弱まり、最終的に収まります。

これって過度の飲酒習慣の克服に限らず、人生のいろいろな問題においてもかなり示唆的な話だろうね。

 

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2024年2月12日

酒って、カラダとアタマの両方を変えてしまうのだね

Gigazine に「断酒するとわずか 2~3週間で肝臓の健康状態が改善してがんや脳卒中のリスクも減る」という記事がある。酒の好きな人にとっての「2〜3週間」というのは決して「わずか」じゃないと思ってしまうが、それはそれとして、健康状態の改善に 1ヶ月とかからないというのは悪くない情報だ。

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元記事は英国プリマス大学の肝臓専門医、アシュウィン・ダンダ(Ashwin Dhanda)氏が THE CONVERSATION に寄稿した ”What happens to your liver when you quit alcohol” (アルコールを断つと肝臓で何が起きるか)というもの。画像的には元記事の方が直接的に訴えてくるよね。

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ちなみに私自身は決して「断酒」しているというわけではないのだが、普段は全然飲まず、何かの付き合いで年に 5〜6回飲むぐらいのものだ。20年ぐらい前までは毎日飲んでいたのに、今年は正月のお屠蘇さえ飲み忘れていたことに今頃気付いて、自分で驚いてしまっている。

Gigazine の記事にはアルコールの「単位」(unit of alcohol)」というのが出てくる。アルコールの「1単位」(1 unit)は純アルコール換算で 20g(アルコール度数 5%のビール 500ml、アルコール度数 14%のワイン 180ml)というから、日本酒でいえばほぼ 1合と思えばいいだろう。

ダンダ氏は、1週間に 14単位以上のアルコールを摂取する人のほとんどは脂肪肝だと指摘している。ということは他ならぬ私も、日本酒換算で 2合ほどを飲み続けていた頃は脂肪肝だったかもしれない。

それでも肝臓は酒を断てば 2〜3週間でまともになるというのだから、ほぼ 20年にわたり、年間 10単位ほどしか飲んでいない私の肝臓は、今ではかなり健康な状態になっていると思う。そんなことは普段まったく意識していないが、こうしたことに関しては意識せずに済んでいるというのが一番だ。

ただ、酒が好きでしょっちゅう飲んでいる人としてみれば「そんなこと言っても、酒のない人生なんてつまらな過ぎる」と言いたくなるだろう。私も毎日飲んでいる頃はそう思っていた。

ところが飲まなくなってみれば、酒なんて別になくても済むのである。これって面白いことで、酒というのは飲み続けている人には「手放せない楽しみ」だが、飲まない人にしてみれば「楽しみは他にいくらでもある」ということになる。

酒というのは、どうやらカラダだけじゃなくアタマの中身まで変えてしまうようなのだ。

【2月 13日 追記】

この記事は 2本立ての前半で、翌 2月 13日付 "過度の飲酒習慣は「幻想」によってもたらされる" が後半となるので、合わせてお読みいただければ幸いである。

 

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2024年2月11日

スギ花粉の飛散、今年はメチャクチャ早いのだが・・・

JIJI.COM が ”花粉症、例年より早く 暖冬影響、連休明け注意―専門医「マスク着用を」” と伝えている。「特に 10~12日の 3連休明けは気温が急上昇して飛散量が増える恐れ」というのだが、既に先月から難儀している(参照)私なんか、明後日以後はどうなってしまうのだろう。

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最近はティッシュペーパーの消費が激しくて、屑籠もすぐに一杯になってしまいゴミ処理も大変だ。週に 2度の可燃ゴミ収集日も、最近は出されるゴミの量が増えて袋が山積みになっているほどで、近所でも花粉アレルギーがかなり多いことを窺わせる。

肝心のスギ花粉飛散量に関しては、JIJI.COM の記事では「昨年より少ないが、平年並みか平年を上回る地域が多いとみられる」とある。決して少なくはないが、昨年ほどじゃないということだろう。

じゃあ昨年はどんな感じだったのかと、自分のブログを遡ってみると、こんな具合になっている。

この春の花粉飛散量は、ハンパじゃない!(3月 3日)

先月末までは「言われてたほど大したことないじゃん」と感じていた。ところが月が変わって 3月になってからというもの、メチャクチャしんどくなっている。

花粉飛散量の増加と「免疫系の蘇り」(3月 6日)

ここ 2〜3年、若い頃に比べると花粉症の症状が軽くなっていた〜(中略)〜今年は飛び交う花粉の量には勝つことができず、とんでもない悲惨な状態になっている。

年を取ると免疫系が花粉の進化に付いていけなくなるため、症状は逆に軽くなる傾向があることが知られている。ところが昨年は、70歳を過ぎても圧倒的な花粉の量には負けてしまったようなのだ。逆に言えば「自分の免疫系はまだ若い」ってことなのかも知れないが。

ちなみに今年のスギ花粉飛散量は、ウェザーニュースによれば下の画像(上が昨年比で、下が平年比:クリックで拡大表示される)のようなことになっている(参照)。

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ここ茨城県は、平年よりは 2割以上多いものの、昨年比では 50〜80% で済むということだ。今年は暖冬のせいで症状の現れるのが早かったが、昨年ほど悲惨なことにはならずに済むと考えていいようだ。

この情報はある意味で「救い」である。三連休明けはある程度覚悟して迎えなければならないようだが。

 

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2024年1月27日

コーヒーショップなどで大声で話す客は困りもの

妻をクルマで某所に送って彼女の用件が済むまでの 1時間余り、一仕事しようと近くのコーヒーショップに入った。いつもはとても静かで落ちついた雰囲気の店である。ところが今日は奥の席がやたらうるさい。

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見ればオッサン同士の 3人連れで 1人が不動産屋、残りの 2人は客であるらしい。そして不動産屋のオッサンは、話に上っているのがいかに優良物件であるのかを妙に威張ったような大声で力説しまくっている。2人を相手にしているだけなのに、まるで大観衆相手の演説だ。

その演説を聞かされている 2人は小声で「はあ、そうですか・・・」みたいな反応しかできない。このオッサンがあまりにもうるさいのでそのテーブルの近くはガラガラで、他の客はみんなできるだけ離れた席に固まってしまっている。

ちなみに私が不動産屋の客の立場だったら、こんなオッサンの口利きでは絶対に取引しない。後できっと面倒なことになるに決まってる。そう思っていると、客のうちの 1人が「よくわかりました。検討させてもらいます。返事は後日・・・」と切り出した。

それはギリギリのタイミングを見計らい、やっとの思いで口に出すことのできた言葉のようで、それを機に 3人は会計を済まして出て行き、店内にはようやく平穏な空気が復活したのだった。

コーヒーショップ内で大声で話しに興じる客というのは実は案外多く、静かに落ちついて語り合ったり仕事をこなしたりしたい客には大変な迷惑である。そしてそうした「大声客」には「オッサンタイプ」と「オバサンタイプ」の 2種類あると私は認識している。

「オッサンタイプ」というのは、まさに今日の不動産屋に代表されるような、「一人で延々と演説しまくる」というケースだ。先日遭遇したのは、夫婦で喫茶店に来て新聞を広げながら一つ一つの見出しを大声で読み上げ、そのニュース解説を延々と続けるジイサンである。

いや、あれはニュース解説というより「イチャモン」という方がいいだろう。そのイチャモンを妻であるバアサンは静かに拝聴し、時々「ハイハイ、そうですね」と相づちを打つ。あのジイサン、典型的な「演説しまくり」タイプである。

ただ、うるさい男性客というのは女性に比べればまだ少数だ。多いのは「相互盛り上がりタイプ」のオバサンたちである。グループでやって来てはどうでもいい話で「そうよね、そうよね!」と盛り上がり、そのハイテンションが 1時間以上も延々と続く。近くでこれをやられると本当に疲れる。

そういえば、2年半ほど前に「3分間黙ってたら死んでしまうバアサンたち」という記事を書いているのを思い出した。登場するのは手に負えないほどの「相互盛り上がりタイプ」のバアサングループである。

ちなみに、上の写真にあるようなビアホールみたいな場所での若い連中の盛り上がりというのは、元々賑やかな場所柄ということもあってそれほどには迷惑に感じない。困るのは、本来落ちついた静かな場所であるコーヒーショップなどでの傍若無人な大声である。

そうした場所でつい大声になってしまう人というのは、自分が周囲に鬱陶しがられ、迷惑がられているということをまったく意識していないようなのである。これは本当に感受性の欠陥というほかない。

自分の姿を客観的に見つめるということを知らないんだろうね。

 

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2024年1月11日

スギ花粉がもう飛んでるらしい

Weather News に「千葉市でスギ花粉の飛散を確認  関東は既に 4割の人に症状」という記事があるのに気付き、「おいおい、もうかよ!」と言いたくなってしまった。いくらなんでも、まだ年が明けたばかりじゃないか。

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確かに今週初めまで 1月早々にしては妙に暖かい日が続いて、クシャミと鼻水が多いみたいな気がしていた。とはいえ、まさか既にあの(本当に「あの」と付けたくなってしまう)「スギ花粉アレルギー」が始まっているのだとは夢にも思っていなかったよ。

Weather News によれば 1月 8日時点で、関東や東海で約 4割の人に花粉症の症状が現れているというのである(参照)。そういえば、昨日出張で福島県にいた時は、とくに気にならなかった。さすがに東北ではまだスギ花粉の飛散がそれほどでもないようなのだ。

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とはいえ、上のグラフを見れば東北でも 17%の人が既に花粉を感じているというじゃないか。私よりもっと敏感なアレルギーの人がいるのだね、気の毒に。こういうことは鈍感な方がずっといい。

ちなみに今日は、各地でこの冬一番のの冷え込みになったらしい。おかげでクシャミも鼻水もそれほどではない。寒さで震える方を取るかクシャミと鼻水に悩まされる方を取るかという、あまりありがたくないトレードオフになってしまっている。

この分だと、来月になればかなり暖かい日が続くようになるのだろう。花粉症対策をしっかりとっておかなければ。

 

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2023年12月16日

「上手に楽に老いる」ことを願ってるので

現代ビジネスのサイトに 2ヶ月近く前に掲載された ”「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い” という記事が、アクセスランキングの欄で目にとまった。私も来年は 6回目の年男で 72歳になってしまうので、「こりゃ、他人事じゃない!」と、真剣に読んでしまったよ。

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この記事は医師で作家の久坂部羊さんの『人はどう老いるのか』という著書(講談社現代新書)から抜粋、編集したもののようだ。実際に多くの高齢者と触れ合う現場からの貴重な提言である。

久坂部氏によれば老人には 2種類あるという。「腰が痛い、膝が痛い、さっさと歩けない、細かい字が読めない書けない、もの忘れが激しい」などとひたすら嘆き続けるタイプと、「年を取ったらこんなもんですわ」と、さまざまな老化による不具合を素直に受け入れるタイプだそうだ。

ある男性は腰痛のせいでほとんど歩けないのに、治療なんて求めていないという。「この腰痛は年のせいやから、どうしようもおまへんな。これが治せたら、先生はよっぽどの名医ですわ」と、軽い気持ちで達観しているらしい。

一方で、脳梗塞で左半身不随になった 82歳の女性はリハビリの効果で状況が改善したので、「だいぶ速く歩けるようになりましたね」と声をかけると、険しい顔でにらみつけ、「もっとさっさと歩けるようになりたいんです」と応えたという。ここで筆者は次のように続ける。

彼女は右半身が自由で言語障害もなく、頭もしっかりしていたので、残っている機能を使えばいくらでも楽しむことができるのに、生来、まじめで努力家の彼女は、麻痺した左半身を回復させることで頭がいっぱいのようでした。

なるほど、「上手に楽に老いる」というのは、とりあえず自分の状態をそのまま何てことなく受け入れることが基本のようなのである。たとえ体はしんどくても、気の持ちようで「楽に老いる」ことは可能ってわけだ。それができないと「下手に苦しく老いる」ということになってしまう。

ちなみに、かなりしょっちゅう「70歳過ぎには見えませんね」と言われる私はその「お世辞度」をはかるため、先日試しに某所で「65歳です」とサバを読んでみた。するともろマジで「お若いですねぇ! とてもそんな歳には見えませんよ」なんて言われてしまい、かなり気を良くしている。

とはいえ、さすがに 70歳を過ぎると体力は年々少しずつ低下する。こればかりはいかんともしがたい。

年が明けたら自転車で何度目かの筑波山ヒルクライム(標高差 500m)に挑戦しようと思っているのだが、途中で足をつかずに登り切れるかどうか、ビミョーに自信がなくなりつつある。このヒルクライムを含め、トータル 140km の初乗りなんてした(参照)7年前は、ムチャクチャ元気だったなあ。

私は今のところ、お陰様で体が不自由なんてことはまったくない。まあ、よほどのアクシデントでもない限り、少なくともあと数年(下手すると 10数年以上?)は苦もなく暮らせるだろう。

ただ、問題はその後である。今がなまじ元気すぎるほどなので、老化で体が効かなくなってしまったらそれを気に病んでしまいかねないところだった。その意味で、今のうちに久坂部氏の提言に触れることができたのは幸運なことである。

これで将来、体が多少しんどくなっても「歳だもの、こんなもんだろう」と、あっけらかんと受け入れる心の準備ができたわけだ。元々「まじめで努力家」ってわけじゃないので、そう難しいことじゃないと思う。

ただ贅沢を言わせてもらえば、そうなる前に「突然死」か何かで呆気なくこの世におさらばできれば、モロに楽なんだがなあ。

 

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2023年12月14日

女性の歩き方に関する「でんでん太鼓理論」再び

私の「ひらめいた」はアテにならないですよ さんという長いユーザーネームの方(以下、「ひらめいたさん」と省略表示させていただく)が Twitter で、女性が歩く時の腕のふり方についてかなり上手なイラスト入りで説明している(参照)。

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ひらめいたさんの言うには、「女性がスムーズに手を前後に振るには腰を左右に揺らしつつ、腕をやや弧状に振るしかない。腰に当たらないように」ということである。これはなかなか説得力のある説だ

この件では、当ブログでも大昔(17年近く前だから、大昔と言っていいよね)に同じような現象について触れたことがある。”歩行における「でんでん太鼓理論」” (2006年 12月 25日付)という記事だ。

これはそのほぼ 1ヶ月前の「大手を振って歩く女たちへ」という記事に付けられたコメントに基づくもので、こういう話である。

男は体の重心を前へ前へと直線的に移動させて歩くタイプが多いので、腕の振りも自然に前後に平行になるが、女の場合は、骨盤を左右に回転させて駆動力を得るタイプが多い。

俗な言い方をすると、お尻をぷりぷり動かして歩く人が多いということだ。そのため腰の回転に伴い、腕もその反動で回転する。これが「でんでん太鼓」のような動きになるというのである。

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ひらめいたさんは「腰に当たらないように」というポイントを最初に出しておられるが、「でんでん太鼓理論」では「腰を回転させて駆動力を得る」というのが先に来る。「卵が先か鶏が先か」みたいな話になるが、まあ「女性は腕をまっすぐ前後に振らない」という結論は同じだ。

そもそものことを言えば、この話は人混みの中でも「大手を振って」歩く女性が多いので、ちょっとした不都合が生じるというのを発端としている。それとなく聞いてみると、同じような不都合を体験をしたことのある男性は決して少なくない。

どんな不都合かというと、人混みでこちらがたまたま女性の斜め後ろを歩いていると、その女性の手が斜め下からこちらの股間にコツンと当たり、「ウッ!」となってしまうことがあるということだ。男の感覚では「まさか」と思う斜め後ろまで、女性は後ろ手を大きく振るのである。

ところが当の女性は「フツーに腕を振ってるだけ」という意識なので、自分の手がこちらの股間を直撃したなんて夢にも思っていないようなのだ。そのためこちらが「ウッ!」となっても、「何よ、この人」みたいな、不審者を見るような目つきで振り返るだけで謝りもしない。

これは 2009年 7月の ”「謝るツボ」と「パーソナルエリア」” とか、2013年 9月の ”日本の人混みが苦手”という記事で触れた問題とも関連するのだが、とにかく日本の女性は人混みでも大手を振って歩く人が少なくないのだよね。

まあ、多くの女性が一番上に示したイラストのように優雅に手を振ってくれればまだマシなのだろうが、実際にはちょっとお尻の大きめの人なんかが、後ろ手をかなり外側に向けて振ってしまいがちなのである。これ、前屈み気味の姿勢の悪さも手伝ってのことなのかもしれない。

こういうの、自分で意識してフォームを矯正してくれると、こちらとしては本当にありがたいんだがなあ。

 

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2023年11月14日

あくびの定義を変えるか? イルカのあくび

朝日新聞のサイトに ”イルカさん眠たいの? 野生でも水中「あくび」 三重大チームが発見” という記事がある。水族館のイルカが水中であくびをするのを発見した三重大学の研究チームが、さらに野生のイルカも同様にあくびをすると確認したというのである。

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この研究は、「あくびの定義」を変えることにつながるかもしれないというほど重要なものであるらしい。これまであくびというのは、「呼吸で酸素を脳に取り込み、眠気を覚ます」ためのものと考えられてきたのだが、水中のあくびは呼吸を伴わないのだから、別の意味を想定するほかない。

あくびの特徴というのは、「口をゆっくり大きく開ける」「最大まで開く」「素早く閉じる」という一連の動作なのだという。そんなのはこれまでまともに意識したことがなかったが、改めて自分であくびして確認してみると、確かに「口をゆっくり大きく開け」て、「素早く閉じ」ている。

試しにゆっくり閉じてみようと試みたが、その分あくびそのものが長引くだけで、その後にゆっくり閉じるのはなかなか難しい。人間の体というのは不思議なものである。いや、あくびはサルや鳥、カエルなどでも確認されているというから、人間の体だけに限らないだろう。急にカエルに親近感が湧いてきた。

どうやらあくびの効果というのは「酸素を取り込む」ことよりも「口を大きく開ける」ことの方に意味がありそうだ。何しろ、顎関節のすぐ近くには脳があるから、何らかの刺激を受けるのだろう。

記事には「ハンドウイルカはあくび後に行動が活発になる個体があり、ジュゴンは眠気のあるタイミングであくびをしていた」とある。いずれにしても、あくびは眠気覚ましに確実な効果があるようなのだ。

そういえば高校時代に、「授業中にあくびをすると怒る人もいるが、私は怒らない。あくびは脳を活性化するから、私の授業ではしたくなったらどんどんしていい」と言い放つ変わった教師がいた。どうやらあくびの効能をわかってたみたいなのだね。

願わくは、眠くなんてなりようのない授業をしてもらいたかったが。

 

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