カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の1000件の記事

2020/01/20

JR 東日本「ジパング倶楽部」のジェンダー差別

今日、神奈川県の横須賀に出張して、久しぶりで新幹線以外の電車に 2時間以上も乗ったので、駅中の広告で JR 東日本には「ジパング倶楽部」というサービスがあることを初めて知った。

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そのとき気になったのが、「男性 満 65歳以上、女性 満 60歳以上なら どなたでもご入会でき、ワンランク上のサービスを受けることができます」という謳い文句だった。へぇ、今どき資格年齢の点で男女に差を付けてるんだ。

男の方が長生きしてその差が相殺されるとでもいうなら話は別だが、男性 81.09歳、女性 87.26歳という平均年齢(2017年のデータ)を考慮すれば、男性においては合計して平均 11年分以上もの相対的不利益が生じてしまう制度ということができる。これって、どうして問題にされないのだ?

ちなみに「ワンランク上のサービス」って何だ? と調べてみると、目玉は「全国の JR線のきっぷが年間 20回まで最大 30%割引」、「JR ホテル・グループの宿泊料金割引」などらしい。要するに実態は「ワンランク上(付加価値)」じゃなく、同じランクでのディスカウントじゃないか。

これを知るまでは、どうせ「グリーン券が安くなる」とか「高級ホテルでの宿泊優待」とかなんだろうと想像していたが、そんなんじゃないのだね。最初のイメージからはかなりの落差があって、「おやおや・・・」である。

ちなみに私なんか既に 65歳を過ぎているから、会員資格は十分である。ただ、しょっちゅう日本中を飛び歩いてはいるものの、圧倒的に出張が多く、旅費や宿泊費はすべて発注先に請求しちゃう。ということは、自分の懐具合にはメリットがなく、個人会費の 3,840円が持ち出しになるだけだ。

なぁんだ、「これでは考慮の価値なし、おしまい。チャンチャン!」 である。てなわけで、やっぱり「これって、ジェンダー差別じゃないの?」という疑問ばかり残ってしまうのだよね。

 

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2020/01/17

久しぶりでクルマのオイル交換をした

昨日、本当に本当に久しぶりでクルマのオイル交換をした。何ヶ月ぶりだか、何年ぶりだかも覚えがないほどの、正真正銘の「久しぶり」である。

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昔はセルフのスタンドなんてなかったので、係員に「オイル交換、大丈夫ですか?」とよく聞かれ、大体頃合いというところで「じゃあ、お願い」なんて言っていたものだ。しかし最近はセルフで給油しちゃうので、オイル交換なんてすっかり忘れてしまう。

ところがこんなにオイル交換を忘れていると、さすがに「近頃、なんとなくクルマが重いな」という気がしてくる。加速するときなんか思いっきりアクセル踏まないとスピードに乗らなかったりして、エンジン音がやたらと大きくなる。

というわけで昨日、いつものセルフ・スタンドで給油した後に、奥のオフィスみたいなところに行って「オイル交換してもらえますか?」と聞いてみた。するとカウンターにいた無愛想なオッちゃんが「ああ、ちょっと待って」と言ってさらに奥のドアの向こうに声をかけると、若いお兄ちゃんが出てきた。

「オイル交換、承知しました。前に交換したのは大体いつ頃ですか?」
「そんなの、覚えてないほど、ずっと前なんだよね」
「わかりました。それでは、待合室でしばらくお待ちください」

というわけで、作業が始まった。待合室のソファに腰を下ろし、スマホでメールのチェックなんかしていると、なんだかやたらにヤニ臭い。

「むむ、ここは禁煙じゃないのかな」と思って辺りを見渡すが、灰皿らしきものは見当たらない。どうやら最近になって禁煙にして灰皿などを撤去したらしく、辺り一面にこびりついたヤニ臭さは消えていないもののようなのだ。今は、あのお兄ちゃんが出てきたドアの向こうが喫煙室になってるんだろう。

というわけで、20分ぐらい外の空気を吸ってブラブラしているうちにオイル交換作業が終わった。

「だいぶ久しぶりみたいで、オイル、かなり汚れてましたけど、これで大丈夫ですから」と言う。

「ありがとう」の次に「オタクのオフィスの中の空気も交換した方がいいかも」と言いたいのをぐっと堪えつつ、3,800円なにがしの代金を支払って帰ってきた。軽自動車だとこのくらいの金額で済むのだね。

帰り道は心なしか、エンジンの回転がスムーズになったような気がする。急な登り坂でもアクセルをそれほど踏まなくて済むようなのもありがたい。確かにオイルがだいぶ汚れて、パフォーマンスが落ちていたののだろう。

これからはクルマを長持ちさせるためにも、きちんとマメにオイル交換するよう心がけよう。ただ、いくらそう思ったとしても半年も経てば忘れちゃうのだが。

 

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2020/01/15

板橋区高松の地 Revisited

本日、次女の引っ越しを手伝った。ほとんどの荷物は引っ越し専門業者のトラックで運んでもらったのだが、最近は灯油ストーブやペットのメダカの水槽などは規定によって運べないので、自前で運ぶように言われたというのである。世知辛い世の中になったものだ。

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彼女はまだ独り身で、このほど JR 東日本の中央線沿線の杉並区内でアパートを移転したのである。その辺りは私が学生時代に暮らしていた街とそう遠くないところで、何となく懐かしい気分になった。

ただ懐かしい気分になったと言っても、町名や駅名に馴染みがあるというだけのことで、今の景色には 40数年前に暮らしていた頃の面影はほとんどない。半世紀近く経って様変わりしている。

引っ越しが終わり、クルマで早稻田通りを東に辿って山手通りに入り、そのまま少々北上、板橋区の高松インターから首都高に乗って帰ってきた。高松インターは、上の地図の左上に赤い丸印で示しておいた。

そして、この高松インターのある辺りこそ、私が 18歳で上京して初めて独り暮らしを始めた街であると思い出したのである。住んでいたボロアパートはまさに山手通りからほんの 20m ほど北西に入った路地で、上の地図の赤丸で囲まれた三角地帯みたいなところにあった。(地図はクリックで拡大表示される)

最寄り駅は山手線の池袋駅で、真ん中辺りの緑の丸で囲んだ「トキワ通り」という路地を抜けて行き来していた。この路地には豆腐屋や八百屋などの個人商店が並んでいて、自炊には困らなかった。

このボロアパートには 2年近く住み、その後に西武新宿線下井草駅近くの、これまたボロなアパートに引っ越した。以後、板橋区の高松の地は、2〜3度通りかかったことがあるが、ここ20〜30年はとんとご無沙汰だったのである。

そして今日の午後、本当に久しぶりでクルマで通りかかったわけだが、この辺りの景色の変わり様は、中央線沿線どころではない。なにしろ通りの両側の建物の高さが、大体 3倍ぐらいになっているのである。ほぼ半世紀経って、「別の国」になってしまった感がある。

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ボブ・ディランの曲に "Highway 61 Revisited"(61号線再訪)というのがあるが、今日、板橋区高松の地をクルマで通り過ぎる私の脳内ではこの曲がギンギン鳴っていた。私が初めて東京暮らしを始めた 1971年の、6年も前に発表された曲だが、妙にあの頃の雰囲気にふさわしい。

 

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2020/01/10

「鼻出しマスク」の世界は思いのほか深いようなのだ

大阪から帰ったばかりである。今日の昼前、新大阪駅に向かう途中の駅の階段で、3〜4人のマスクをした若い連中と続けてすれ違ったのだが、全員マスクで鼻を覆っていない。「大阪って、こういうの流行ってるのかなあ」なんて思ってしまったのだった。

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ところがこれで意識してしまったせいか、東京駅で下車してからも鼻を出したマスク姿がやたら目に付くのである。「ありゃ、これは大阪だけの流行りじゃなかったのだね」と初めて認識してしまったので、電車に乗ってから「鼻出しマスク」でググってみた。

するとまあ、出てくるわ出てくるわ!「鼻出しマスク」に疑問を呈するもの(参照)、「無意味です!」と断じて「正しいマスクのつけ方」を教授する医師(参照)、「鼻出しマスク」の心理分析(参照)などなど、533万件もヒットしてしまったのである。今頃初めて気付いた私は、感度鈍すぎだったわけだ。

ヒットしたページの中で私が最も惹かれてしまったのは、「スケベでエロい Mask Girl」というサイトである。このサイト、なんと 2016年 9月に始まったらしく、管理人は「マスク依存症」を自認する香織さんという女性。上の写真の上段やや左と 2段目の左 2枚がご当人(なのかもしれない)。

このサイトの 2016年 10月 11日付で、「なんでマスクしてるのに鼻だしてるの?」という記事がある。これがなかなか説得力のある文章なのだよ。一読をお勧めする。

香織さんはこの記事の冒頭で "そもそも「鼻を出してマスクしてようが鼻を隠していようが、こっちの勝手でしょ?」って言いたくなる" とおっしゃっている。これは確かに正論だ。それに彼女は「マスクをすることの本来の意味」もきちんと理解しているようなので、文句の付けようがない。

彼女によると「鼻出しマスク」の理由の第一は、「暑いからです(>_<;)」ということらしい。夏にマスクをして鼻まで覆ってしまったら、暑くてたまらないというのだ。以下、少し引用する。

「じゃあ、マスクしなきゃいいじゃん!」

ってなるんですが、そうはいかないんです。

いつも言っていますが、私は『マスク依存症』です。

心の安心感やコンプレックスを解消するためにマスクの着用が必要なマスク女子です。

うぅむ、これはかなり深い。マスクをすることで「心の安心感」が得られるというなら、他に迷惑を及ぼすわけでもあるまいし、それについて傍からつべこべ言われる筋合いのものじゃない。もう少しだけ引用しよう。

マスクを必要としない普通の人にとっては、本来の効果を成さない鼻だしマスクに疑心暗鬼や懸念の意見が出まくりですが、なんらかの理由でマスクを必要とするマスク依存症や伊達マスク使用者の人達にとっては大切なアイテムなんです。

ちなみに私自身は風邪を引いてもマスクなんかしないタイプだけど、なるほど、これは理解した。しましたとも! 人は誰でもいろいろなモノを抱えて生きているのである。それについて、野暮なことは言いっこなしだ。

「鼻出しマスク」の世界は、思いのほか深いようなのである。

 

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2020/01/09

私の晴れ男伝説がさらに確固たるものに

昨日は昼過ぎから 4月頃の気温になるという予報だったが、ついぞそんなに暖かくはならず、寒いままだった。そして今朝になってもそのままの寒さが続いていた。

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今日はその寒さの中を出発して大阪に出張して来ているのだが、何と、すっかり暖かくなっているのである。ユニクロのヒートテック下着の上にコーデュロイのシャツを着て出てきてしまったので、汗ばんでしまうほどになって驚いてしまっている。

天気図を見ると、今日の 15時の時点で定期発は東海上に去ってしまっている。昨日から今朝まで関東に冷気をもたらした寒冷前線もそのまま平行移動してしまった。予報の段階では、この前線がもっと北に位置するはずだったらしいが、実際には関東より南までしか上がらず、寒いままだったらしい。

今日訪問した仕事先では、「さすがに晴れ男、冬らしからぬいい陽気になっちゃったね」という話になり、私の晴れ男伝説がさらに確固たるものになってしまった。本当に私が出張すると、天気がよくなるのである。

明日はつくばの里に帰るが、いい天気は持続するようで、ありがたい限りである。

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2020/01/07

67歳の「高齢者」と、「正真正銘の年寄り」の差異

毎日新聞の "交通事故死者、3年連続最少更新3215人 過半数が高齢者 千葉が愛知抜きワースト" という記事 のタイトル、「過半数が高齢者」という文言を見ても、「自分も高齢者」とはピンとこなかった。こと交通問題に関しては「高齢者って 70歳以上でしょ」なんて気がしていたのである。

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だって、あの高齢者マーク(通称「もみじマーク」)だって、70歳以上のドライバーがつけるように推奨されているしね。ところが「念のため」に記事本文にあたってみると、次のようにある。

65歳以上の高齢者の死者数も4年連続減少して前年比184人減の1782人だったが、全体の過半数を占めており、高齢者の対策が課題となっている。

私は今、67歳である。てことは、世間では既に立派な「高齢者」として扱われる年齢だったのだ。そういえば、2年前に「俺も、高齢者に入るんだった!」と確認していた(参照)のに、こういうことは(年のせいか)すぐに忘れる。

上に掲載した「交通事故死者数(年齢階層別)」というグラフを見ると、なるほど、「60〜64歳」と「65〜69歳」との間には明らかなギャップがあって、大きな「区切り」とするのも自然のように思われる。「数字が雄弁に語っている」のだ。

しかし私は往生際がとことん悪い。「74歳以下はまだマシで、本当にヤバいのは 75歳から上じゃないか!」と気付いたのである。75歳以上の絶対人口は減っているはずなのに、交通事故死者数はひときわの増加を見せているのだ。

てことは、本当にヤバいのは 75歳以上の年寄りである。確かに田舎道でクルマを運転していると、このくらいの年(に見える)のじいさん、ばあさんが本当に危なっかしい。彼らと通り過ぎる時には何が起きるかわからないから、クルマでもママチャリぐらいのスピードに落としている。

昨日も岐阜県飛騨市で、自転車を押しながら歩いて道路を横断していた 84歳の女性がワゴン車にはねられて死亡するという事故があった。また、石川県で横断歩道のない道路を横断中にはねられて死亡したのも高齢女性である。クルマを運転する側が「ママチャリぐらいのスピード」に落とさないと、こんなことになる。

こうしたニュースを聞くと自分の年のことなんか忘れてしまって、周囲の「正真正銘の年寄り」の息の根を止めないように、本当に注意して運転しようと思う。何しろつくばの里は他の地方都市と同様、「正真正銘の年寄り」がやたら多いのだ。

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2020/01/06

年賀状のジェネレーション・ギャップというものから考える

リアルな葉書ベースの年賀状というものは、いくら何でも曲がり角に差しかかって久しいと認識している。個人的には年賀状を毎年作るというのはある種の自己表現として楽しみでもある(こんな感じ)のだが、それをいちいち葉書に印刷して投函するというのは、かなり負担と感じるようになった。

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今年受け取った年賀状の中にも、「そろそろ〇〇歳にもなったので、年賀状は今年をもって最後にしたい」と、いわゆる「年賀状仕舞い」を宣言するものがチラホラ増えている。大体 80歳を超えた人に多いようだ。

「ああ、私も早く 80歳過ぎたい!」なんて思ったのだが、昨年 12月 24日の記事で「今 67歳だから、あと 10年で 77歳。それだけ生きれば、もう十分というものだろう」なんて書いてしまったから、80歳にこだわることもない。自己表現の楽しみとしての年賀状は、ブログや SNS に掲載してしまえばいい。

とはいいながら、私より若い世代向けにはそれで十分だと思っているが、70歳以上の連中はインターネットなんてものにとんと縁のないのが多いから、それで済ませるというのもやりにくい。彼らは「団塊の世代」と言って、日本で一番人口の多い年代だし、平均寿命も延びてきていることもあって、なかなか厄介だ。

地元のいろいろな会合でも、運営者側が「今後は合理化のために、連絡や書類送付はメールという形に統一したい」と提案しても、「自分はインターネットなんてやらないから、従来通り紙ベースで送ってもらいたい」なんてゴネるのは、大抵 70歳以上の年寄りである。それで連絡手段がダブル・スタンダードになってしまう。

今どき、連絡書類をいちいち人数分紙にコピーして折りたたみ、封筒に入れて切手を貼り、投函するなんて作業を事務担当者に強いるのは、理不尽というものである。それに気付かず、相変わらず「インターネットは特殊技能」なんて思っているのは、「そろそろ隠居した方がいい」ということなのだが。

東洋経済に ”「年賀状やめた人」 ほど世間体が気になっている” という記事がある。これを読むと、「インターネットができないからそろそろ隠居」とならないのは、「インターネットができなくても、世間の有力メンバーであり続けたい」と願うのと共通の根っこをもっているとわかる。

個人的には「メールや SNS をやりたくなかったら、そうした者同士で『隠居サークル』的な共同体を作って、それなりに楽しくやればいいい」なんて思ってしまう。そうした上で、葉書ベースの「リアル年賀状」の届く枚数が極端に減ったとしても、気を悪くしないでもらいたいのである。

そうなったとしても、「現役世代」と「隠居サークル」の橋渡しをするサービスというのは必ず出現して必要な機能を果たしてくれることになるから、「姥捨て山(爺捨て山?)」を待望するってわけじゃない。そのあたりはきちんと理解していただきたいのである。

 

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2020/01/01

衝突の末に融合あるを祈り

明けましておめでとうございます。恒例により、新年の年賀状画像をお届けします。今年もよろしくお願いいたします。(下の画像はクリックすると新規ウィンドウで拡大表示されます)

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(以下、いつもの調子で)

子年ということで、「ネズミ」の名の付いた星座はないものかと探したところ、星座ではなく「マウス銀河」というのが見つかった。Wikipedia には次のようにある。

マウス銀河(Mice Galaxies)は、かみのけ座の方角にある2つの渦巻銀河である。地球から約2億9000万光年離れており、現在、衝突と融合の過程にある。その名前は、銀河潮汐力によって形成された長い尾に由来する。かみのけ座銀河団に属し、将来的には融合すると考えられている。

長い尻尾のような光の尾を引いた 2つの渦巻銀河が衝突の過程にあり、将来的にはそれを経て融合するというのである。なかなかいい話ではないか。衝突は融合の第一歩のようなのだ。

地球上のすべての衝突も、融合の第一歩となればいいのだが。

 

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2019/12/30

年賀状がやっと印刷できた

あっという間に押し詰まってしまって、もう 30日になってしまった。今年の 12月は本当にスケジュールが立て込んで、25日になってまで富山に 1泊 2日の出張が入ってしまい、年賀状を作る時間もなかった。

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今日になってようやく年賀状の原稿ができて、印刷も完結した。あとはそれぞれに手書きの一言を添えれば完成である。明日の午前中の投函では、元旦の配達には間に合わないかもしれないが、まあ何とか、1月 2日には届くだろう。

その昔は、年賀状というのは新年を迎えてからおもむろに書き始めるものだったというから、これで十分だろう。

本日は年賀状作りで疲れてしまったので、これにて失礼。

 

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2019/12/28

IR 推進法と、「昭和かよ!」と言いたくなるワイロ事件

私は 1度だけラスベガスというところに行ったことがある。しかしそれは 15年も前に、米国で開かれた SCM 関連展示会の視察ツアーの一環で、ラスベガスに立ち寄ったというだけで、当時勤務していた業界団体の出張という形で行ったので、自分のカネで行ったわけではない。

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業界関係の展示会視察ツアーというのは、大抵最後に「お楽しみオプション」みたいなスケジュールが付いていて、最後の「お楽しみ」だけ張り切る参加者が結構多い。こういうのは会社の金で海外旅行して遊んで帰るだけである。

ちなみに最後だけ張り切る参加者というのは、主目的である業界視察レポートなんて大抵誰かに書いてもらって提出している。15年前のツアーでも、私はオンワードという会社の K という男のレポートを代筆してやった。

ラスベガス訪問に関して私は 2004年 5月 21日付の記事で、次のように書いている。(当ブログが自分のサイトからココログに移転したのは同年 7月 8日だが、後追いで少しずつ記事をココログに移植しつつある)

シカゴを発ってラスベガスに来ている。好んで来たわけではない。今回の視察ツアーのスケジュールの一環である。

別に高潔ぶっているわけではないが、この街の雰囲気は、私には合わない。自分でスケジュールを立てたら、絶対に来ることのないはずの街である。

というわけで私はカジノには一歩も足を踏み入れず、ひたすらラスベガスの街の商業施設を視察していた。ただ、ラスベガスの街はやはりおもしろくもなんともなかった。

その間、例のオンワードの K はホテルのカジノにあったスロットマシンに釘付けになっていた。ポーカーやルーレットなどの「オシャレな」ギャンブルに近寄れなかったのは、英語ができなかったからである。要するに日本でパチンコするのとそれほど変わらない。

一方、我が日本では「IR 推進法」というのが成立して、カジノを含む「統合型レジャー施設(Integrated Resort)」なんてものを作るなんてことになった。しかし実際には何も具体化されていないので、話は面倒くさいままである。

内閣府の前副大臣で IR 担当だった秋元司衆議院議員は、IR への参入を目指していた中国企業「500ドットコム」から、現金300万円などの賄賂を受け取った疑いで逮捕された。この現金は和菓子「きんつば」の箱に入れられて贈られたというので、つい「昭和かよ!」と言いたくなってしまったよ。

IR 構想そのものに関しては、2016年 12月 7日付の "カジノ合法化には反対しないが、「IR 法案」には反対" と、"「カジノ法案」 が衆院通過したらしいが"  という記事で私のスタンスを表明しているので改めて繰り返すことはしない。今はこの狭い日本にカジノ施設まで詰め込まれるというので、かなりうんざりしている。

 

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