カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の1000件の記事

2020/07/01

2020年も半年が過ぎ、ようやく「旅」に戻れる

ほぼ 1ヶ月前になる 6月 2日の記事の中で、"4月と 5月の2ヶ月は「ステイホーム」というわけで、どこにも出かけられないうちにあっという間に過ぎ去ってしまった" (参照)と書いたが、さらに 6月もぼんやり状態のうちに過ぎ、もう 7月である。ということは、2020年も半年過ぎてしまったわけだ。

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厳密に言えば閏年の今年でも 2月は 29日なので、7月 1日の今日を過ごして初めて「366日の半分」が過ぎたということになるのだが、とりあえず「半年が過ぎた」と言っても誰にも怒られないだろう。後から思い出してみても、「2020年の前半は、ただひたすらボンヤリ過ごした」ということになると思う。

なにしろミーティングや会議をするにも「オンライン」ばかりである。3月末の網走への出張以来、自宅から出るのは近所のスーパーに買い物に行くぐらいで、「離れた土地の空気を吸う」という機会が極端に減った。

とにかく最初に持ち出した 6月 2日の記事のタイトルが "旅に出ないとカラダがもたない" というほどで、月に 2〜3度はドサ回りの出張をする生活を何十年も続けてきた私のカラダは、既にそういう作りなってしまっている。それでこの 3ヶ月間は、「旅の禁断症状」に悶えていたというわけだ。

最近は口さえ開けば「旅に出たいよ〜」と呟くばかりで、妻もうんざりしながら「はいはい、わかりました。早くどこかに行けるといいわねぇ」なんて言っていた。それが、ようやく「出張解禁」になり、今月の第 3週から旅に出られるようになった。

長距離移動で新幹線などに乗るときなどは、座席指定を取るにも周囲と間隔が空くように気を付けるなど、いろいろ神経を使わなければならないだろう。それでも、ようやく「旅の空」を眺める暮らしに戻れるのは嬉しい。

ありがたい限りである。これで精神衛生が保たれる。

 

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2020/06/28

「あおり運転」という問題について考える

今月 2日に可決した「道路交通法改正案」のうち、「あおり運転」に関するものが今月末から実際の運用に供されるらしい。高速道路上のあおり運転は、最悪の場合「懲役 5年または罰金 100万円以下の罰則」となり、「一発免停」である。(参照

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この問題に関して私は、「あおり運転というのは、加害者が一方的に悪いというより、被害者側にも非がある場合が多いんじゃないか」と、ずっと思ってきた。高速道路の場合ではクルマの専門家も、"追越車線を走り続けるという行為は、「通行帯違反」に当たります" と指摘している(参照)。

追越車線をゆっくり走り続けるのは、俗に「通せんぼ運転」と呼ばれ、後ろから来るクルマはフラストレーションのあまり、ついあおってしまいがちだ。そして「通せんぼ運転」をするようなドライバーは、「自分があおられている」ということにすら気付かないケースも多い。

私は高速道路ではもっぱら一番左側の走行車線を走ることにしている。すると、上の写真のような場合(決して珍しい光景じゃない)でも、右側 2車線の渋滞をあっという間にすり抜けることができる。先頭に出てみると、一番右側の車線を澄まして「通せんぼ」しているのは、たいていジイサンかオバサンだ。

細かいことを言えば、左側から追い越すのも道交法違反には違いないのだが、たとえそれで咎められたとしても「道交法通りに一番左を制限速度で走ってたら、自然に前に出ちゃった」と言えばいいと思っている。それを違反だと言いつのるような警官がいたら、そいつはマトモな人間じゃない。

片側 1車線の一般道の場合、後ろから猛スピードで近付いてくるクルマがあったら、私はさっさと左ウインカーを出して左端に停まり、追い抜かせてやることにしている。そいつが先の方で事故を起こそうが、取り締まりにあって違反キップを切られようが、こちらの知ったことじゃない。

実際には大抵の場合少し走れば、そいつがノロノロ運転のクルマを空しくあおっているのに追いつくことになるのだけどね。つまり一般道ではどんなに急いでみても、あまり違いはないってことだ。

「あおり運転」の被害者の中には、「何キロにもわたってあおられ続けて、生きた心地がしなかった」なんて言う人もいる。しかしそれは私に言わせたら、「だったら、さっさと左に寄って追い越させてやればよかったのに」ということになる。

高速道路の一番左側の車線であっという間に渋滞を抜け出すのと同様、「どうしてそこに気付かないかなあ」と思ってしまうのだよね。

 

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2020/06/26

つくばの地で、夕方になっても気温 30度を越している

今日は所用で茨城県南つくば地域のあちこちにクルマで行き、午後 6時前に帰宅した。外はまだまだ明るい。午前中の空は分厚い雲に覆われていたが、昼過ぎから晴れて気温もかなり上がったようだ。

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エアコンの効いた車内から家に入ると、さすがに妻が家中の窓を開け放していたものの、かなり暑い。机に向かい、PC を作動させると、画面からの放射熱が顔から首にかけて降りかかってくる。

デスクにある多機能クロックを見ると、気温 30.4度、湿度 61%と表示されている。むむ、午後 6時を過ぎて 30度越えとは、道理で暑いわけだ。昨日までが曇りがちで結構涼しく、今日は晴れた上に風も弱いとあっては、この変化は辛い。

新型コロナウィルス騒動で、3ヶ月近くあまり出歩けなかったが、ようやく少しはあちこちに顔を出せるようになってきた。ただ、この 3ヶ月の間の記憶がまともに刻まれていないのである。なんだか春先から急に真夏に飛び込んでしまったような感じだ。

とくに 3月末なんて、コロナ騒動立ち上がりの時期だったが、リスクを背負って北海道の網走に出張し、流氷を眺めて帰ってきたのである(参照 1参照 2)。何だか、冬から一足飛びに夏に移ってしまった気さえしてしまう。今年は時間感覚が異様だ。

このままだと、今年初めまでのようにあちこち出張しまくる生活に戻るには、10月頃まで待たなければならないだろう。となると、盆と彼岸が過ぎる頃までは、まだまだ非日常的な(あるいはあまりにも日常的すぎて違和感ありありの)時間感覚のままで暮らさなければならない。

そして来月の今日、7月 26日は私の誕生日で、68歳になってしまう。祖父がヨイヨイになって死んだ年を自分が迎えるなんて、にわかには信じられないよ。

まったく時間の感覚というのは不可思議そのものである。

 

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2020/06/11

「接触冷感マスク」が届いた

3日前の記事で、Amazon で購入したと書いた「接触冷感マスク」が、昨日届いた。もっと時間がかかると思っていたが、かなり迅速だ。3枚 1組で、1,580円の商品(参照)である。

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さっそく着用してみると、水着素材を使用しているというだけあって、さらりとした感触である。フツーのマスクは着けて数分するだけでムレムレ感が生じるが、これは時間が経ってもそんなことはない。

とはいえいくら「接触冷感」とは言っても、着用感が「そのままでひんやり」というわけではなく、「それほどには蒸れない」という程度の話である。気温の高い状態で着用し続けたら、それなりに暑さを感じてしまう。

しかしよく見ると、「奥の手」が使える構造であることがわかる。二層構造で袋のようになっていて、内側に保冷剤を仕込むことができるのだ。上の写真は内側から見た状態である。

もっとも、冷凍した保冷剤をそのまま忍ばせるのでは、初めのうちはいくらなんでも冷たすぎる。下手すると口の周りがしもやけになりかねないから、ティッシュ・ペーパーでくるんで入れるといい。

そうすることで、保冷剤が表側に透けて見えることも防げるので安心である。試しに日中の暑い最中に冷房を点けずに保冷剤入りで着用し、PC に向かって仕事をしてみたが、常にひんやりした空気を呼吸できるので快適だった。

ただ、保冷剤なのでずっと着用しているうちにどんどん解けて冷たさは薄れる。それでも体温よりは冷たい状態がかなり長く維持されるので、どうしようもないほどムレムレになってしまうわけではない。

ちなみに保冷剤を仕込むというのはフツーのマスクでもできないことはないが、素材がコットンかコットン比率の高い混紡だと、すぐにじっとりと濡れてしまうだろう。ところがこれは水着素材なので乾燥が早く、ドライな状態を維持できるのがいい。

実際の使用にあたっては、出かける直前まで冷凍庫で冷え冷えに凍らせておいた保冷剤を断熱性のあるパックに入れて持ち歩き、会議の直前にマスクにセットすれば、2時間程度ならひんやり感を維持できると思う。少なくとも熱中症の心配はしなくて済みそうだ。

 

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2020/06/09

死ぬより日焼けがコワい女性たち

多くの都道府県で、自転車の傘さし運転は明確に「道交法違反」と規定されている。例えば東京都では自転車の傘さし運転は「5万円以下の罰金」と規定されているだけでなく、「傘を器具で取り付けての運転」さえも同様に「5万円以下の罰金」となっている (参照)。

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我が茨城県でも、自転車の「携帯・ヘッドホン・イヤホン・傘差し」運転は「5万円以下の罰金」である(参照)。ところが見る限りでは、この規定はほとんど守られておらず。歩行者が「傘を差すほどじゃないな」と思うような僅かな雨でも、自転車で傘さし運転をする人がいくらでもいる。

さらに驚くべきことには、雨でもないのに傘さし運転をする女性が多い。とくに最近はママチャリに乗った女性の半分以上が日傘をさしている。上の写真は、我が家の裏の川沿いの土手の道を、日傘を差して自転車で行く女性の後ろ姿である。

ついでに付け加えると、傘さし運転をする女性のほとんどは、なぜか傘を左手に持っている。ということは、何かあって急ブレーキを掛けるときには、右手で自転車の前輪のみにブレーキを効かせることになる。つまり、前につんのめって転倒するリスクがとても高い。

「なんで、雨でもないのに傘さして自転車に乗るんだろう」と言うと、妻は「あの人たちにとっては、怪我するよりも日焼けの方がずっとコワいのよ」と、素っ気なく答えた。さらに言えば、「罰金 5万円」を払うよりも日焼けの方が嫌なのだろう。まあ実際には、そんな罰則さえ知らないのだろうが。

とにかく天気に関わらず傘をさして、交通量の多い道路の右側を自転車でフラフラと走る(つまり「逆走」ね)女性が多いので、彼女らは「怪我をするよりも」どころか「死ぬよりも日焼けの方がコワい」んじゃないかと思ってしまうのである。

【同日 追記】

そういえば、美輪明宏が「自転車に乗ってるオバサンは最強(最凶?)ですからね」と語っていたという記事を、「最強の命知らず」というタイトルで 3年前に書いているのを思い出した。

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2020/06/08

これからの季節、マスク着用は暑い!

あちこちで真夏日になった今日、某所の会議に出席した。この会議の案内には「必ずマスクを着用しておいでください」とあるので素直に従って、会場に入る直前にしっかり着用した。会議は隣の席との間隔が 2m 取ってあって余裕たっぷりではあったが、やはりずっとマスクをしてると暑い!

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「資源節約」とやらで冷房の温度も高めに設定されているため、途中で我慢しきれなくなり、顔とマスクの間に隙間を作ってパホパホしたりしてやっと乗り切った。このままジメジメした梅雨に入り、そして本格的な夏に突入しても「マスク着用必須」の会議が続くとしたら、ほとんど拷問である。

街に出ると多くの人はマスク着用姿で歩いていて、よくまあ暑くないものだと感心してしまう。私には到底無理だ。それでも買い物などで店に入る時などにマスクをしそびれたりすると、ウイルスそのものを見るような視線が突き刺さってくるので、いつでも着用できるようにポケットに常備している。

マスクをし続けることにどれほどの意味があるのかと、"新型コロナ予防【マスク・フェイスシールド・手袋】どう使う?" というページを読んでみた。聖路加病院 QI センター感染管理室マネージャーの坂本史衣さんという方の書かれたものだから、一応信用していいだろう。

それによれば、"マスクを着用する主な目的は、無症状の感染者の口から飛沫が出ないようにする「感染源コントロール」であり、ウイルスを吸い込むことを防ぐ「予防」ではありません" ということである。つまり、目的は「移らない」というより「移さない」ということのようだ。

無症状であっても感染している可能性はあるから、自分の口から飛沫が出ないようにするということならば、やはりマスクは着用する方が他人に余計なストレスを与えないことになる。道を歩くときまで着用する気にはならないが、人の集まる店内や会議室などでは、やはり着用する方がいいだろう。

ただ問題は、先にも触れたようにこれからの季節の「暑さ」である。ちゃんとした事業所や公共施設ほど、冷房温度は低くなりすぎないように設定してあるから、こちらの対策が必要だ。というわけで、「会議出席」のためだけを目的として、Amazon で「接触冷感マスク」というものを注文してみた。

ちなみに、マスクだけではなく「フェイスシールド」というものもあるらしい。こんなのだ。

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まあ、マスクが暑すぎる場合の選択肢ではあるかもしれないが、実際にこんなものを着用していたら、マスクなしでいるよりも変な視線を浴びてしまうだろう。

「接触冷感マスク」に関しては、実際に快適かどうかはわからないので、「お試し」ということで 2枚セットを 1組注文してみたのだが、届くのは今月中旬になるという。実際にトライしたら、ここで着用レポートしてみたい。もしそれほどの効果がなかったら、保冷剤まで買ったりして。

 

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2020/06/06

「アベノマスク」が届いたが

昨日の午後、「アベノマスク」が届いた。それだけの話で、今日の記事はこれでおしまいってことにしてもいいのだが、それでは愛想もへったくれもないので、もうちょこっと書いてみようと思う。

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これ、はっきり言ってしまうが、実際に使おうという気になれない。世の中でもそんな人が多いらしく、「アベノマスクの寄付箱」というのがあちこちに設置されているという話まである。

管官房長官も "アベノマスク、寄付の動きに「自宅で保有を」" なんて呼びかけている。「着用を」じゃなくて「自宅で保有を」と言っているあたりが、「使われない」ことを前提としているようで、笑ってしまう。この記事の写真を見ると、管長官自身のマスクもアベノマスクじゃないしね。

この小さなサイズのガーゼマスク、今どきとしてはかなり特徴的で、一目で「アベノマスク」とわかる。ひょっとしたらヒステリックな言い方に聞こえてしまうかもしれないが、「はばかりながら、こんな『アベ』を想起させる代物を顔面に装着するほど、俺は落ちぶれてないよ」と言いたくなってしまうのだよ。

ちょっとググってみたところ、"アベノマスク緊急アンケート 75.9%が「使わない」の理由" という 4月 15日付の記事が見つかった。先々月といえば、まだまだ市場にマスクが不足していた頃なのに、圧倒的多数が「使わない」というのである。

「使わない理由」を聞かれた人の多くは、「小さすぎる」とか「効果のほどが疑問」などともっともらしい理由を述べている。しかし早く言ってしまえば「そんなので自分の口を覆うなんて、気持ち悪いわ」というビミョーなまでに感覚的な心理に落ち着くんじゃないかと思う。

実際のところ、小さなガーゼのアベノマスクを着用している人を、私は安倍首相以外に見たことがない。

 

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2020/06/02

旅に出ないとカラダがもたない

ふと気がつけばもう 6月で、来週には関東も梅雨入りする可能性が高いと言われている。年を取ると時の経つのが速く感じられるというが、今年ほどそれを実感する年はない。つい先日まで「寒い、寒い」なんて言っていたが、あっという間に Tシャツと半ズボンでないと暑くてたまらない季節になった

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この時間感覚のぶっ飛び加減も、やはり「新型コロナウイルスによる感染症」ってやつのせいである。4月と 5月の2ヶ月は「ステイホーム」というわけで、どこにも出かけられないうちにあっという間に過ぎ去ってしまった。こんなのは過去に経験がない。

ずっと家に籠もって、PC を使ったテレワークとオンライン・ミーティングだけで来たので、頭の中が妙に均一な色合いで塗りつぶされた感じで、あっという間に時間のみが過ぎ去ってしまった。そして気がつけば、フリースと長ズボンから、Tシャツと半ズボンの季節になっているのである。

こうしてみると、3月 28日から 30日までの 3日間、網走に出張していたというのは、本当に僥倖だった(参照 1参照 2)。これがなかったら、今頃は旅の禁断症状でもだえ苦しんでいるところだった。

この時にしても緊急事態宣言発令直前のことで、「北海道は案外コロナが危ない」と周囲が止めるのを、敢えて「大丈夫、大丈夫」と振り切って出かけたのだった。これで感染なんかしていたら目も当てられないところだったが、結果オーライだったのである。ああ、今思えば出かけておいてよかった。

あとは早くコロナが収まって、また日本全国に出かけられる世の中になってもらいたいものである。私は本当に、旅に出ないとカラダがもたないのだよ。

 

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2020/05/31

「新型コロナウイルスによる感染症」という言い方

「新型コロナウイルスによる感染症」ってやつだが、そろそろなんとか別の言い方にしてしまった方がいいんじゃないかと思う。"COVID-19" という国際的呼称が日本ではまったく定着せず、相変わらず長々とした言い方のままなのが気になってしょうがない。

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もっともキーボードで打ち込む分には、最近の日本語入力システムが結構賢く学習するので、実質的な面倒はない。私の最近の入力環境では、「しん」と打ち込むだけですぐに「新型コロナウィルスによる感染症」というのが第一変換候補として表示される。大したものだ。

ただ、口で言うのはやはり面倒で、つい「コロナ」という略称だけで済ませてしまいがちだ。いちいち律儀に「新型コロナウィルスによる感染症」なんて言ってたら、舌を嚙んでしまいそうだよね。

とはいえ、ニュースなどではやっぱり長い言い方をせざるを得ない。そしてさらに問題なのは、今は「新型コロナウイルス」で済んでいるが、この言い方はそのうち絶対に通用しなくなるということだ。

「コロナウイルス」というのはいくつかの風邪のウイルスに端を発し、MERS だの SARS だのが次々に出現して今回に至っているわけだが、おっつけさらに新しいタイプが出現するのは必至だろう。その時は何と言えばいいのだ?

「新々型コロナウィルスによる感染症」なんて言うわけに行かないから、何か別の名称になる。そうすると、今回大問題のウイルスをいつまでも「新型」と言い続けるわけにはいかないじゃないか。

さっさと国際標準名称の ”CORVID-19” にしてしまえばいいのに、「コルヴィッド ナインティーン」なんていうのは日本人の舌に馴染まないようなのである。どうにも厄介な問題だ。

仕方がないから妥協案として「コロナ 19」ぐらいに決めてしまえばいいのに、なかなかそうならない。次の新型が出現するまではいいが、その後は一体どうするんだろう。

ちなみに "CORVID-19" という名称の由来は、"corona virus disease" (コロナウイルス感染症)で、2019年に発見されたからということのようだ。へえ、2020年なのかと思っていたが、発見されたのは昨年だったのだね。

 

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2020/05/12

時には、豊富な選択肢が面倒くささにつながることも

下の写真は、今日某所のコンビニでちょっと使わせてもらったトイレの、ずらりとボタンの並んだパネルである。ちょっと小便をしただけなのに、水を流すのにどのボタンを押せばいいのか、目が点になってしまいそうだった。

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ようやく上の弧を描いた面にある「流す」ボタンを押せばいいと判明したが、その下の 9個並んだボタンは壮観である。上下に「おしり パワフル」「おしり マイルド」「ビデ」というのが配置され、それぞれの段に「強 中 弱」の 3つのボタンがある。

ようやく理解できたのは、おしりの洗浄だけで 6段階の強さが選べるということだ。しかしここで、さらに疑問が生じてしまった。「おしり パワフル」の「弱」と「おしりマイルド」の「強」では、どちらの水の勢いが強いんだろう。

試したわけじゃないが、常識的に考えれば「おしり パワフル」の「弱」の方が強いんだろう。そう思うしかない。しかしこれだけの選択肢の提供に、どれだけの実効的な意味があるとのかわからない。

豊富な選択肢の提供は「いいこと」のように思われるが、実は場合によってはかえって不便になってしまうことがある。要するに「かえって面倒くさい」のだ。

このパネルンの右側を見ると、「洗浄位置」という項目で「前」と「後」の 2つのボタンで無段移動ができるようになっている。だったら水流の強さも、「強」と「弱」の 2つのボタンで無段切り替えしてくれる方がずっとわかりやすいと思うがなあ。

まあ、世の中には「ぱっと見」での「豊富な選択肢」を喜ぶ向きもあるのだろう。よくわからない感覚だが。

 

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