カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の1000件の記事

2020/04/01

私の生まれた日のブログ記事

私が生まれたのは 1952年 7月 26日。ふと思い立って、この日付をキーワードとしてググってみたところ、私が生まれてすぐに書いたらしいブログ記事が見つかった(参照)。

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いつの間にこんなブログ記事を書いたものかまったく記憶にないが、とりあえず私は生まれついてついてのブロガー(born blogger)のようで、この日はこんなような生意気なことを書いている。

ところが母はお産の真っ最中だというのに、ヘルシンキ・オリンピックの水泳 1500メートル自由形(橋爪四郎選手が銀メダルを獲得)のラジオ放送に夢中で、心ここにあらず。産婆さんに「生まれましたよ〜」と声を掛けられて初めて、「え、もう?」なんて驚いていた。

要するにチョー安産だったわけだが、自分の母親が後の世に「天然ボケ」と称される類いの愛すべきキャラであることを、私は生まれてすぐに悟った。

東北地方は 1週間前ぐらいに梅雨が明けたらしく、産道を必死に潜ってきた私は汗だくで、産湯に浸かって初めて人間らしい心地がした。うん、この世で生きてみるのも、まんざら悪くなさそうだ。

この日の写真として使われているのは、米国の映画雑誌 "Screen Stories" の 1952年 7月号の表紙。ドリス・デイとロナルド・レーガン主演の ”The Winning Team” という作品の特集だ。

父も母も洋画ファンだったので、グリーンハウスという知る人ぞ知る映画館に 2人でしょっちゅう通っていたようだ。それだけでなく、わざわざこんな映画雑誌を米国から取り寄せてもいたようなのである。

67年 9ヶ月後に振り返ってこんな記事を書くようになるとは、この時は知るよしもなかった。ロナルド・レーガンがアメリカ大統領になることは、ちゃんと予言しているのに。

ちなみに私の生まれたのは日曜日だったのだね。道理で我ながらお気楽なわけだ。

 

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2020/03/31

日本中ガラガラ

下の写真は、昨日まで行っていた北海道網走からのオホーツク海の眺めである。水平線がやや白く見えるのは、離岸して遠ざかった流氷だ。空は爽快なまでに晴れているが、どこか淋しい景色である。なにしろ、人がいないのだ。

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とにかく、コロナ騒ぎで日本中ガラガラだ。28日に発って北海道に向かい、2泊 3日して帰ってきたのだが、本当に空いていた。「楽天トラベル」で網走のホテルを予約した今月初め頃はどこも混んでいて、私の泊まったホテルも「最後の 1室」ということだった。週末にかかっていたから当然だろう。

ところが実際にホテルに着いてみると、「キャンセルが相次いだ」そうで客がいない。「大浴場」もほとんど貸し切り状態だった。往復の飛行機もガラガラ状態で、座席は 3割も埋まっていない。羽田空港も女満別空港も、搭乗手続きがあっさり済んでしまう。

関西方面に出張してきた知り合いに聞くと、京都も奈良もガラガラだったそうだ。「おかげで、静かな京都を楽しめましたよ」なんて言っていた。

来月末からの連休にしても多分こんな具合だろうし、夏を過ぎても続くだろう。世の中はこれまでとちょっと違ってしまっているんだと覚悟しなければならない。

 

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2020/03/24

マスク不足とトイレットペーパー不足の考察

新型コロナ騒ぎで、マスクだのトイレットペーパーだのが品薄になっている。どちらも一時は店頭から完全に姿を消していたが、トイレットペーパーはようやく出回り始めている。

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今でも入手しにくいのはマスクの方だ。仕事関係の会議の通知メールには、「必ずマスク着用、昼食、飲み物持参のこと」なんて但し書きが付けられているが、マスク入手はなかなか大変だ。最近は知り合いの洋裁の得意なオバサンが手作りのマスクを作ってくれたりする。

私は特定商品の「品薄」ということに関しては昔からかなり「眉唾」で眺める習性がついている。というのは大昔も大昔、1973年のオイルショック時に灯油配達のアルバイトをしていて、まさに業界の裏事情を身を以て知る経験をしているからだ。

それに関しては 2003年の「米不足」が騒がれた時期に、経験談として書かせてもらっている。 ”米不足の裏側” という記事だ。

1973年(大学 3年の頃)頃、燃料店でアルバイトをしていた私は、店主の指示で灯油隠しに加担させられていた。顧客には「仕入れが不足して・・・」なんて言いながら、実際には裏の倉庫に山と積んで隠していたのである。あれはイヤな仕事だったなあ。

流通のほとんど全ての段階でシーズン前半に「出し惜しみ」をし、裏にたっぷり隠していたのだから、最終消費者の段階までに十分に届くはずもなく、「深刻な灯油不足」なんて言われていたのである。しかしその出し惜しみも、シーズン後半までには続かなかった。

年が明けて 1月下旬頃になると「隠し在庫」がどっと出てきて、「幻の灯油不足」は一挙に解決したのだった。その数年後の「第 2次オイルショック」でも 2003年の米不足でも、事情は大体似たようなものだった。流通の各段階でチマチマ隠すからいけないのである。

今回の場合、トイレットペーパーに限っては、私は何も心配しなかった。あせった消費者が一時的に買いまくったせいで店頭在庫は出払っていたが、時が経てば回復すると見ていて、確かにその通りになった。逆に過剰反応の反動が出て、しばらくは需要が落ちるかもしれない。

ところが、マスクだけはちょっと問題だ。最近のマスクは 8割以上が中国からの輸入に頼っているらしく、今回の事情で確かに品薄には違いないようなのである。しかしそれもおっつけ解消するというから、あまりあせらない方がいい。「作れば必ず売れる」のだから、供給は確実に増える。

会議に出席するために早朝からマスクを買いに並ぶなんて消耗なことは、来月になればしなくて済むようになるだろう。

 

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2020/03/23

オリンピックの夢から、さっさと醒めよう

JOC 理事でソウルオリンピック女子柔道銅メダリストの山口香さんが東京オリンピックについて、「アスリートが十分に練習できていない状況での開催は、アスリートファーストではない。延期すべき」と発言したと伝えられている(参照)。私なんか、当然のお話だと思ってしまう。

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それに対して山下泰裕 JOC 会長は「JOC の中の人がそういう発言をするのは極めて残念」と述べたという(参照)。はっきり言って、何が残念なんだかさっぱりわからない。

山下さん、昭和天皇ご存命中に園遊会で「骨が折れますか?」と訊ねられ、「はい、2年前に骨折したんですけど・・・」なんて珍回答をしたほどで、かなり「天然なんとか」が入っている。余計なことは言わずにニコニコしていればいい役どころの人なんだろう。

予定通りのオリンピック開催では山口理事のおっしゃるように、選手のコンディション調整がメチャクチャになる。そんな中で無理をしたら余計な怪我の発生だって増えるだろうし、それどころか各国から選手がまともに派遣されない可能性だって高い。

さらに言えば、世界中で国境封鎖なんて言い出している現在から半年も経たないうちでは、外国からの観客だって来ないだろう。というか、むしろ来てもらわない方がいい。

私なんか、個人的には東京オリンピックにはほとんど無関心で、「中止」でもいいとさえ思っているのだが、さすがにそれはないだろう。しかし「延期」は当然の選択肢で、予定通りに開催するという方がよほど無茶な話だというのは、ごく普通に考えるだけでわかる。

まあ、それを率直に言い出すと、バックヤードでは放映権やらなんやらのからみで、生臭い話になるのだろうが、もう頬被りしている段階ではない。ニコニコしているのが仕事の人はずっとニコニコしながら、成り行きに従ってくれればいい。

そんなこんなで、自分のブログを「東京オリンピック」というワードで検索してみると、"2020年は「壮大な終わり」の確認の年になりそうだ" なんていう暗示的なタイトルの記事が見つかった。

とはいえすべて終わり尽くさないように、前もって多くを諦める必要がある。オリンピックの夢からは醒めた方がいい。

 

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2020/03/19

「春眠暁を覚えず」という人類意識

このブログでは右サイドバーのだいぶ下の方に「人気記事ランキング」という項目を置いている。で、今日ふと気付いたら、その 1位がほぼ 10年前に書いた "「春眠暁を覚えず」の意味合い" という記事になっていた。

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調べてみると、この記事は今月に入って 400アクセス近くを集めており、とくにここ 2日間のアクセスがメチャクチャ多い。そういえば昨日あたりから急に暖かくなり、今日は関東でも春一番が吹き荒れたので、ようやく春に身が入ってきたという実感がある。

その気持ちよさについ寝坊してしまいがちだ。これはもう、「人類意識」というレベルにまで達している実感がある。そしてその元である「春眠暁を覚えず」という言葉でググって、私のページにくる人が増えているのかもしれない。

そう思って、試しに Google に行って「春眠暁を覚えず」のキーワードで検索してみたところ、なんと悲しいことに私の記事はベスト 50にも入っていない。「春眠暁を覚えず/意味合い」の 2語でググっても同様だ。ということは、このルートで私の記事に来てくれる人なんて滅多にいないのだろう。

じゃあ、一体なんでまたこんな 10年前の記事にアクセスが増えてるんだ? もしかしたら結構強力なリンク元があるのかもしれないと、ブログ付属のアクセス解析にあたってみても、この程度のおもちゃみたいな機能では全然つかみきれない。世の中にはわからない現象というものがあるものだ。

ともあれ、この記事は「春になると日の出が早くなるので、同じ時刻に起きても夜明けはとっくに過ぎている」という意味合いだという理系視点を批判したものである。それは考証学の視点からも明らかだ。

というのは、昔は太陽の位置を基準に時を知っていたので、「同じ時刻」で夜明け前だったり夜明け後だったりするということはなかったのである。ただ単に、「春はぐっすり眠れてしまうので、つい寝過ごしてしまうよね」という感覚だったのだろう。

ちなみに、春になると寝坊しがちというだけではなく、日中でもついうとうとしてしまうことがある。睡魔というのは油断がならない。

ちなみに、この記事で批判させていただいた「ズブズブに理系でいこう!」というブログはなかなか面白かったのだが、今は消えてしまっているようだ。淋しいことである。

 

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2020/03/09

ATOK まで「新型コロナウィルスによる感染症」をしっかり学んでしまった

まったくもう、例のウイルス騒ぎで、私の仕事にも影響が出始めている。予定されていたイベントや会合がどんどん中止になっているのだ。これに伴ってメールなどでも「新型コロナウィルスによる感染症拡大で・・・云々」という文言を書く必要性が出てきて、面倒でしょうがない。

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先週頃までは「こんな言葉を頻繁に使うなんてご免だね」と思っていたのだが、そうも言っていられなくなった。関係先とイベント中止やスケジュール変更などの情報をやり取りするのに、どうしても使わざるを得なくなってしまっているのだ。おぉ、やだやだ。

で、当初は単語登録するのも気分的にイヤな感じなので、わざわざ「新型コロナウィルスによる感染症拡大の影響で・・・」なんていちいちタイプしていた。しかしこれは面倒で指がもつれそうなので、「仕方がない、諦めて単語登録しちゃおうか」なんて、ようやく思い始めたのである。

単語登録にあたって、一応どんな「読み」(短縮形)にしようかと考え、国際的には "COVID-19" という呼称になったという(参照)ので、日本語入力モードとしては「cおv」という短縮形にしてしまおうと決めた。これならほかの言葉とも紛らわしくないから、いいかもしれない。

何よりまず、3ストロークで済むから、「しんころ」なんていう読み(8ストローク必要)で登録するよりずっと楽だ。うん、これで行こう!

そして実際の登録作業にあたり、まず元の言葉である「新型コロナウィルスによる感染症」という言葉を入力・確定しようとした。すると、何と、私の日本語入力システムの ATOK は、「しん」と入力しただけであっという間に「新型コロナウィルスによる感染症」という変換候補を表示してくれるではないか。

あまり頻繁にこの言葉を入力したので、ATOK がしっかり学習してしまったようなのだ。というわけで、当面は「しん」という入力だけで済ませることにし、単語登録は見送ることにした。便利と言えば便利だが、コトがコトだけになんだか複雑な気分である。

ちなみに日本語の世界では、"COVID-19" という呼称はまったく根付かないようなのだね。主要マスコミはどこでも使っていない。日本語の文脈では「コゥヴィド・ナインティーン」なんてムチャクチャ言いにくいし、下手するとわけがわからなくなるから、これはまあ、しょうがないか。

願わくは、「しん」と入力しただけであっという間に「新型コロナウィルスによる感染症」が表示されずに済む状況に、早くなってもらいたいものである。

 

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2020/03/08

裏の川の中州のプラスチックごみ

階段の踊り場の窓から、我が家の裏手を流れる川が見える。そしてその中州に、今月初め頃からスーパーかコンビニのレジ袋のようなものがあるのが、気になって仕方がない。

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上の写真の真ん中よりやや下にある白いのがそうだ。この袋のあるのは川の真ん中の中州になっているところで、本格的な春になって雨が増えるまで水には浸からない。その束の間に、わずかに緑の草が生えたりもする。

そんなところに白いレジ袋が転がっているのだから、そりゃ気になってしまう。初めのうちは風が吹いたら飛んでいってしまうと思っていたのだが、昨日まで 3日間続いた強風でも飛ばされずに残っているのだから、こりゃもう、空き袋じゃなくて、何かゴミを詰め込んで川に捨てたヤツがいるとしか思われない。

これが中州じゃなく単なる川原だったら、雨が降って水量が増える前に降りて行き、袋を拾って始末してしまいたいところだが、いかんせん、そこに行くには長靴でも水没してしまうほどの流れを横切らなければならない。それで仕方なく、1週間ほど踊り場から眺めるばかりなのである。

しばらく放置されたゴミ入りレジ袋は、春になって降水量が増えると下流に流され、やがては海に入るだろう。その頃には袋もあちこちにこすられて穴が開き、中のゴミは水質汚染の元になる。そして分解されずに残るプラスチックは、やがてクジラや深海魚、海鳥などの胃の中に入る。

それを思うと心が痛むのである。このところちょっと小雨が続いて水量が増えてしまっているが、晴れが続いて流れが浅くなったら、降りていって回収してしまおうと思っている。

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2020/03/06

梅の花と人の命

我が家の庭の梅が、満開一歩手前だ。昨日と一昨日が結構な強風だったので、満開前に散ってしまうのではないかと心配したが、梅でも桜でも、満開の盛りが過ぎるまでというのは結構しぶとい。そんなに簡単には散らないもののようなのである。

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その代わり、我が家ほどの遅咲きではない隣家の庭の梅は、さすがに強風に耐えきれず、かなり散り始めている。ただ全面的に散ったわけでもなく、遅く咲いた花は必死に枝にしがみついている。使命を果たすまでは散ってなるものかという根性を感じさせる。

我が家の梅が余裕で散らずに済んでいるのは、「遅咲きの強み」だろう。世の中、何が幸いするかわからない。いずれにしても「盛りを過ぎる前の生命」というのは、本当に強いものだと思う。

ところで、周囲の同年代(昭和 27年生まれ)の友人たちの多くは、いつの間にか白髪頭を通り過ぎてしまいつつある。「ウチはお父さんがいるから、初日の出を拝みに行かなくて済むね」なんて言われたというのまでいるほどだ。

それと比べると私は白髪が 1本もないし、ビミョーに薄くなりつつあるとはいえ、まだまだ額の生え際もしっかりしている。初対面の人に「お若いですねえ、50代かと思ってました」なんて言われ、どうせ社交辞令だろうとばかり思っていたが、まんざらそうでもないらしいと、最近になって気付いた。

頭の薄くなった同年代の友人たちと並んだ写真を見ると、実際に私だけが妙に若く見えてしまう。申し訳ないが、こればかりは仕方がない。ただ、体力ばかりは見かけ通りにはいかず、最近は 1km 走るのに 5分もかかってしまうなんて現実に直面して、愕然としている。

「ああ、若い頃に戻りたい」なんて思うこともあるが、こうしたプロセスを辿るのが生命というものだろう。体力が落ちた代わりに、人生のいろいろな面で「コク」みたいなものが出てくるのだから、それはそれでなかなかいいものだ。そのうち、おいしい梅干しみたいなものができたらいい。

まあ、よほどのことがない限り、少なくともあと 10年は生きるだろうから、このブログの連続更新もしっかり続けていこうと、今さらながら思っている。

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2020/02/28

「バカヤロー!」発言と、絶妙な言い訳

今朝の NHK ラジオ 『すっぴん 8時台』の「おたよりコーナー」のテーマは、「バカヤロー」だった。吉田茂がかの有名な「バカヤロー解散」のきっかけとなる発言をしたのが、1953年の今日、2月 28日だったことにちなんだらしい。

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番組では「バカヤロー」に関する聴取者の「おたより」を募っていたのだが、最初に紹介されたのは「今、一番『バカヤロー』と言いたいのは、新型コロナウイルスに対してです」という、いかにもありがちなものだった。時節ネタとはいえ、はっきり言っておもしろくも何ともないよね。

ウイルスに向かって「バカヤロー」なんて言ってもしょうがない。ウイルスはウイルスでただ自然に存在しているだけなのに、それを人間が無理矢理自分の社会に引っ張り込み、大騒ぎしているにすぎない。

言わば人間の「業」があぶり出されているようなものだから、そこから何かの教訓を得る方がいい。ウイルスを一方的に口汚く罵るのでは、人間の品性の方が落っこちてしまう。ウイルスだって「バカヤロー」なんて言われたらムッときて、言ったヤツに取り付いてしまうだろう。(そりゃないか)

それよりずっと面白かったのが、中学校の陸上部時代の思い出を語ったものだった。ざっとこんな内容である。

陸上部の顧問は何かというとすぐに「バカヤロー!」と言って怒る先生で、皆に恐れられていた。ある日、大会出場のため早朝に学校集合。遅刻の許されない場面だったが、後輩の S君がなかなか現れない。出発が迫って誰もがイライラし始めた頃、ようやく彼が走ってくるのが見えた。

息を切らせて到着した S君は、開口一番、

「済みません! 金縛りにあって起きられませんでした!!」

これにはさしもの顧問も怒るに怒れず、「阿呆!」と一言呟いただけだった。

絶妙な言い訳だよね。しっかり使える。

 

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2020/02/26

眠くてたまらない!

近頃、いろいろと仕事が立て込んで夜中過ぎまで PC に向かうことが多かったせいか、やたらと眠い。とにかく眠い。日中から眠いので、何かの会議に出席していても、目を開けてなんかいられない。

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こんなに眠いのは年のせいかと思っていたが、試しに「眠い」のキーワードで自分のブログ内を検索したら、31本もの記事がヒットした。眠いのは年に関わりなく昔からのようなのである。中でもとくに眠そうなのを選りすぐると、こんな具合になる。

春はとにかく眠い (2006/03/16)

季節の変わり目は眠い (2009/11/09)

とにかく眠いのだ (2010/06/17)

春はとにかく眠い Part Ⅱ (2017/04/17)

眠いといったらとにかく眠い (2019/10/15)

ここに挙げた 5本のうち 4本に「とにかく」という言葉があるように、「とにかく」と「眠い」という 2語はワンセットである。「眠気」はとにかく我慢できないのだ。

上の写真にもした「春はとにかく眠い Part Ⅱ 」という記事では、「電車で座席に座ってしまうと、覚醒は 5分と続かない」なんて書いている。写真に使っているのは前にウチで飼っていた猫の写真だが、「猫」の語源は「寝子」というほどのもので、一日中寝ていられるのがつくづく羨ましい。

眠くてたまらないという記事は、春と秋に多い。しかし 「とにかく眠いのだ 」なんていうのは 6月の記事である。この時は仕事がやたらと立て込んでいたようで、要するに眠くなる条件さえ整えば 1年中眠いのだね。

仕事仲間でも、同じぐらいの年の連中は同じように眠たがっている。大抵は停年過ぎなのだが、フリーランス的に請け負っている仕事の年度替わりや納期のせいで、この季節は妙に忙しいのだ。顔を合わせると「睡眠不足と花粉症の合わせ技で、目がショボショボ」なんて話になる。

「たまには 8時間ぐらい、ぐっすり眠ってみたい」なんて言うと、みんな本当に心の底から共感してくれるが、実際には 8時間なんて眠れないだろう。4〜5時間寝て夜が明けきってしまったら、きっと目が覚めて寝ていられなくなる。そのくせして、昼間に眠くてたまらなくなるのだから因果なことだ。

いずれにしても、この「眠気のピーク」の季節を乗り切って、気持ちのいい初夏を迎えたいものだ。

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