カテゴリー「旅行・地域」の270件の記事

2020年11月 7日

ああ、3泊 4日ぐらいの出張に出たい

富山への 1泊 2日の出張から戻ってきた。今週前半ぐらいまでは、6日の富山は晴れのち雨という予報になっていたが、晴れ男の常として晴れのち曇りで済んだ。写真は富山の大通りの奥に見える立山連峰(北アルプスの北端)の姿。昨日付の和歌ログでは、もっとグッとくる山の景色が見られる。

201107

やはり雪を戴く山の眺めはいい。私は高校 3年まで山形県の庄内平野で鳥海山の勇姿を見ながら育ったから、青い山と白い雪の取り合わせには、心の奥底でひれ伏してしまうところがある。

ところで今年に入ってから 3月まではかなりあちこちに出張していて、振り返ってみるとこんな感じだった。

1月  9〜12日  大阪 (参照 1参照 2

2月 13〜14日   赤穂(参照
      18〜19日   大阪(参照

3月 11〜12日   鈴鹿 (参照
  29〜30日   網走 (参照 1参照 2

なんとまあ、コンスタントに 月に 1〜2回の 1泊出張が入っていたのである。

ちなみに上記の網走出張関連でリンクされる 3月 30日の記事は「日本中ガラガラ」というタイトルで、観光地でもCOVID-19 の影響が色濃かったと伝えている。そしてそれ以後は、下記に至るまで、3ヶ月半にわたって出張が途絶えたのだった。

7月 15〜16日  山梨、浜松(参照
  20〜21日  加古川 (参照

さらに言えば 7月 15〜16日はクルマで出かけたのだが、帰りの東名高速が事故で通行止めになり、どえらい遠回りを強いられるというおまけ付きだった(参照)。そして 21日にちょっと寄り道した京都は、暑くて暑くてまともに動く気にもなれなかった(参照)。どちらも気分的にはあまりよくなかったわけだ。

その後の 8〜10月の 3ヶ月間も、関東圏内のチマチマっとした日帰り出張ばかりで、欲求不満は募るばかり。そしてようやく今回の富山出張にこぎ着けたわけだ。

ところが富山というのは、我が家を出発して上野から北陸新幹線を利用すれば 4時間半の旅程。ビミョーに中途半端なのである。もっと遠ければ 2泊 3日の計画にするが、そこまで遠くはない。かと言って、翌日の夜に帰宅するには道草を食う余裕があるわけでもない。

つまり「行って仕事をして、あとはまっすぐ帰ってくるだけ」ということにならざるを得ず、なまじ遠くに出かけているだけに、かえってフラストレーションを感じてしまう。人生、何事も中途半端はよくないのだ。

というわけで富山から帰ってからは、「ああ、2か所まとめて、2泊 3日の旅がしたい」とか、「四国か九州に 3泊 4日ぐらいで行きたい」とか、ブツブツ呟き続けている。この願いが叶うのは、いつ頃になるだろう。

 

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2020年10月22日

茨城県のイメージが最下位を脱出したらしい

ちょっと旧聞気味で恐縮だが「都道府県魅力度ランキング」という調査で、私の住む茨城県が 8年ぶりに最下位を脱出したらしい。ビリから 2番目になったのかと思ったが、実は岐阜県と並んでビリから 5番目だった。下に福井、佐賀、徳島、そして最下位の栃木の 4県がある。

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こりゃもう、「へえ!」ってなもんだ。8年も最下位をキープしていたのだから、茨城県民には妙な誇りみたいなものまであって、Livedoor News では "「万年最下位に意味がある」「自虐できなくなった」など戸惑いも広がっている" (参照)なんて伝えられている。

実は今日、ちょっとした用があって通称 "TX" の「つくばエクスプレス」沿線、つくばみらい駅というところまで行って驚いた。なんとまあ、そこはちょっと前の東京郊外とか横浜郊外の街作りみたいな様相に変化していたのである。ちょっと前までは畑か山林だったのに、こんな感じだ。

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TX 沿線はもはや茨城県ではなく、バブルの頃の金曜夜 ⒏時台のテレビ・ドラマに登場した「小洒落た住宅街」みたいな感じに変貌してしまっていたのである。いやはや、こりゃもう、茨城県の光景じゃないね。

私の住む住宅地は、約 40年前に引っ越して来た頃は周り中が働き盛りのサラリーマンだったが、いまや年寄りばかりの街に変わってしまっている。道理で道路のクルマの流れがめちゃくちゃトロくなっているわけだ(参照)。

ところが TX 沿線だけは都心方面から流入してきた若夫婦が多く、子どもも増加しているんだそうだ。そんなこんなで、茨城県のイメージも少しずつ変わってきているのかもしれない。

とはいえ私自身も「自虐のネタがなくなった」と、ちょっと淋しい気がしているクチである。

 

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2020年9月 4日

栃木の難読地名

今日は栃木県に出張。本当に久しぶりで国道 294号から国道 4号に入って、宇都宮まで行った。

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昔(我が家の子供たちが小さかった頃だから、30年以上前)は、夏や冬に山形県庄内と妻の郷里である仙台に里帰りするのに、この道をよく通っていた。我が家を夜の 7時過ぎに出発すると、仙台に着くのは真夜中過ぎになってしまうから、かなりの体力勝負だった。

つくばの地から素直に常磐道に乗ってしまうと、当時の終点だったいわき中央インターで降りざるを得ず、そこから東北道の郡山インターまで、国道 49号線という田舎道を延々と西に辿る。この行程は真っ暗な夜道になってしまうだけに、かなりのストレスだった。

しばらくして、国道 294号線で宇都宮の先まで行き、矢板インターから東北道に乗る方がストレスがないとわかったので、常磐道が仙台に延長されるまでは、ずっとこの道を辿っていたのである。それ以来だから、本当に久しぶりだ。

ところで、国道 294号線を辿って栃木方面に向かうと、難読地名が結構ある。上の写真は赤信号で停まった際に撮ったのだが、「益子」は「益子焼」で有名で、「鹿沼」はほとんど問題なく読めるとしても、「上三川」と「真岡」をまともに読める人は少ないだろう。

種明かしをすれば、「上三川」は「かみのかわ」、「真岡」は「もうか」と読む。「もうか」の方は「まおか」の音便だからまだいいが、「上三川」は「はあ?」となる。「かみみかわ」というならならまだわかるが、「かみのかわ」では、どうして「上 - 三川」という表記になるのかさっぱり納得できない。

「今日は一般道を通って宇都宮まで行くんだよ」と言うと、妻が即座に「ああ、あの『もうか』とか『かみのかわ』とか、難しい地名の連続する辺りを越えて行くのね」と応じた。彼女としても、これらの難読地名はよほど印象的で、今でも覚えているもののようだ。

 

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2020年7月30日

「支庁」というものは、北海道に限らない

北海道には「支庁」というのがあるのだが、私はこれについてよく理解していなかった。企業などでは支庁とリンクして「〇〇株式会社網走事務所」とか「空知支局」とか「留萌出張所」とかいうのがあり、よそ者にはなかなかピンとこない。

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ところが北海道の人たちにとってはとてもお馴染みであるらしい。「道北、道央、道東、道南」という 大分類と 14支庁の分類というのは、生活の中でかなり定着しているようだ。

あちこちのサイトで「2009年以後に 14支庁が 9支庁に再編されることが決定された」とあるが、それは廃止の対象となった檜山、日高、留萌、根室の各支庁の反対により実現していないらしい。つまりそれほどまでに、北海道の人たちにとっては生活に密着したものであるらしいのだ。

さらに Wikipedia で調べてみると、意外なことまでわかった。支庁というのは、「都道府県知事の権限に属する事務を分掌させるため、必要な地に条例により設けられる都道府県の総合出先機関を言う(地方自治法155条)」とされているのである(参照)。

「都道府県の総合出先機関」というのだから、支庁があるのは北海道に限らない。日本のあちこちに「支庁」というのが存在しているのだ。

我が故郷の山形県にも「村山総合支庁、最上総合支庁、置賜総合支庁、庄内総合支庁」という 4つの支庁があるじゃないか。そういえば山形県というのは、昔からこの 4つの地域がしっかりと独自性をもっていて、これを無視しては語れないほどなのだ。

それどころか、東京都にも「大島支庁、三宅支庁、八丈支庁、小笠原支庁」というのがある。さらに、「支庁」ではなく「〇〇地域振興局」とか「〇〇県民センター」なんていう名称になっている府県もあり、まったく一筋縄ではいかない。

よく調べてみると、その地域の歴史的な歩みがうかがわれ、なかなかおもしろいものであるようなのだ。

 

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2020年7月21日

京都は思い通りにならない街

加古川の帰路、少し時間に余裕があったので、京都に途中下車した。JR 加古川駅から京都まで行く「新快速」(JR 東日本でいう「特別快速」に相当するかな?)というのがあったので、それに乗ってみたのだ。

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ほぼ 1時間半かけて 9時前に京都に着くと、私の晴れ男ぶりが強すぎたのか青空が広がって気温がぐんぐん上がり、律儀にマスクなんかしていたら暑くて死にそうになる。そんなわけで、街を歩くときはマスクを外す。

思えば、京都の街には何度来たか知れない。初めて来たのは高校 3年だった 17歳の夏で(もう、半世紀以上経ったのか!)、それからほぼ毎年のように来ている。1年に複数回ということも多いから、多分 100回近く来ているだろう。上の写真は来る度に参拝する東本願寺だ。

京都の次に度々訪れた街は、名古屋である。一時ウール関連の仕事をしていた時に、ほぼ隔月で名古屋で開かれる会議に参加していた。名古屋から岐阜にかけては日本のウールの中心地だが、総合的な見所としては、そりゃ、京都には太刀打ちできない。

初めて京都を訪問した 17歳の夏のことは、5年前に「新幹線特集の番組を見て思ったこと」という記事でちらっと触れたが、ドヤ街に泊まり、チリとドイツから来たというおねえちゃん 2人と意気投合して、あちこち一緒に廻ったのだった。山形県のど田舎の高校生にしてはちょっと得がたい経験である。

外国人と 2日間にわたってべったり付き合ったなんて生まれて初めてのことで、あんなに英語でしゃべりまくったのも初めてだった。「俺の英語って、ちゃんと使い物になるじゃん!」と自信を持ったのはこの時である。ちなみに相手が 1人だったら、そのままどうなっていたかわからないよね。

それにしても京都は暑い。来る度に「もう、夏の京都なんて来るものか!」と呟きながら帰路につくが、どういうわけか今でも、夏に訪れることが圧倒的に多い。夏の次は底冷えのする冬が多くて、「季節のいい春か秋にゆっくり 2〜3日滞在してみたい」と毎回思っても、それはなかなか叶わない。

京都は平安の昔から、人の思い通りにならない街である。

 

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2020年7月20日

加古川という街は美人が多い

ほぼ 4ヶ月ぶりの出張で、今夜は兵庫県加古川駅近くのホテルで一泊する。加古川の地は、昨日までは昼頃は晴れても夕方前から雨になるとの予報だったが、どうやら降らずに済みそうだ。明日に寄り道する予定の京都も、夕方過ぎまで降らずに済むとの予報に変わっている。我ながら、晴れ男ぶりがありがたい。

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加古川という地名を聞くと、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』の登場人物、加古川本蔵を思い出す。松の廊下で塩冶判官(モデルは浅野内匠頭)が高師直(モデルは吉良上野介)に斬りかかるのを、「殿中でござる」と羽交い締めにして止めた人物だ。

この行為が、周囲から「武士の情けを知らぬ」と難じられたが、討ち入りの前に高師直邸の絵図面を差し出して計画を助け、絶命する。「余計なことをしたが、最後にはしっかり本心を伝えて果てる」という、歌舞伎で言うところの「モドリ」という役柄の典型だ。

まあ、実際に来てみれば、加古川の街並みには忠臣蔵の気配なんてまったくなくて、ごく普通の地方都市だ。ただ、行き交う女性にやたら美人が多い。なかなかの街である。

【7月 21日 追記】

今日は本日付にも書いたように、京都にちょっと寄り道して帰ってきたのだが、そこでも行き交う人に美人が多いような印象を受けてしまった。

よくよく観察してみると、道行く人のほとんど全員がマスクを着用しているので、妙齢のご婦人が目の周りをバチッと化粧をしていさえすれば、大概美人に見えてしまうのだった。最近はあまり徒歩で街中を歩く機会がなかったので、この新しい状況にこちらの目が慣れていなかったようなのである。

というわけで、ぶち壊しみたいな付け足しで大変恐縮だが、加古川のご婦人はとくに美しく見えたということで、よろしく。

 

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2020年7月16日

強行軍の旅から帰った

山梨県と静岡県へのクルマでの出張から帰ってきた。帰りは東名高速の御殿場・大井松田間の事故による通行止め(参照)で、所要時間の目算が大幅に狂い、運転席に座りっぱなしのせいで腰が痛くなってしまったよ。

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東名高速で事故があり通行止めになっているというのは、朝のニュースで知っていた。だが、その事故処理は昼過ぎ頃には終わるだろうと軽く考えていたため、何のことなく浜松から東名高速に乗ったのだが、その時点でまだ通行止めという表示が続いていたのである。

浜松から御殿場までは 1時間半ぐらいかかるから、いくら何でもそれまでには正常化するだろうと期待しながら運転していた。しかし実際には、御殿場インターから先の通行止めは続いているではないか。ようやく高速から降りてもノロノロ運転で、こちらとしてもじれてしまった。

それで敢えて経路を変え、昨日の旅先だった山梨県に北上し、中央高速に入って帰ってきたというわけである。帰路は 4時間ぐらいと想定していたのだが、この通行止めのせいで 6時間かかってしまった。でもまあ、中央高速から圏央道経由で、都心の渋滞は避けられたと思うのでよしとしておこう。

それにしても、この 2日間はあれだけ豪雨の続いた梅雨の中休みで、少しも降られなかった。まことにもって自分の晴れ男ぶりがありがたい。来週草々、今度は兵庫県に行くのだが、この調子で晴れてもらいたい。そして新幹線がちゃんと動いてくれることも期待しておこう。

 

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2020年7月15日

3ヶ月半ぶりの旅に出ている

3ヶ月半ぶりの旅に出ている。先月 2日には「旅に出ないとカラダがもたない」なんていう記事を書いて、「旅に出たい症候群」に悶々としていたのだが、ようやく今日、クルマで山梨県に出張し、そのまま南下して静岡県に入った。今日は浜松のホテルに泊まっている。

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上の写真は浜松インター近くのホテルの窓から見た夜景。こんな写真はさっぱり特徴がなくてどこの風景だかわからないが、個人的には「やっと旅の空の下で眠れる」と、欲求不満解消の心地がしているところだ。

山梨県の本日の天気は、予報では午後から小雨が続くことになっていたのだが、見事に雨にはならなかった。明日の浜松は、朝から夕方までは晴れマークが付いていて、晴れ男の面目躍如だ。本当に私の出張先は、99%以上の確率で降らないのである。

今日は早朝につくばの地を発ってずっと運転し続け、強行軍の仕事だったのでさすがに疲れた。明日もまた強行軍が続くので、今夜は早めに寝ることにする。

おやすみなさい。

 

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2020年7月14日

お盆の帰省は控える方がいいかも

FNN プライムオンラインに "「絶対に帰るな」帰省を相談した父の返答が話題…岩手県担当者語る “感染者ゼロ” ゆえのプレッシャー" という記事がある。Corvid-19 感染者ゼロの(7月 14日現在)岩手県らしい話だ。

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岩手県に限らず、首都圏や京阪神以外の在住者は、帰省客がどっと増えるお盆を恐れているだろう。当ブログでも 一昨日の ”「Go To トラベル事業」というもの” の記事に柘榴さんが、「正直なところ、期間中は関東を封鎖してもらいたいくらい」とコメントしてくれているほどだ。

私自身、一昨日の記事にはキャンペーンの補助金に関して「お盆の里帰りでみみっちく申請するという手があるし」なんて書いているが、里帰りされる側にしてみれば「帰ってこなくていい」というのが本音かもしれない。よくよく考えれば、キャンペーンの無意味さがますますわかってくる。

Corvid-19 の感染者が多いのは圧倒的に東京都を中心とした首都圏だから、そこからの帰省旅行が増えれば、ウイルスを地方に大々的に拡散させる動きとなってしまう。とくに地方は高齢者が多いから、不安は大きいだろう。

個人的な話としては、私の両親は既に他界してしまっているから、田舎に帰ってもしょうがない。仕事で出張する以外は、つくばの地に留まっていようと思う。

 

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2020年4月23日

「遠くに行きたいシンドローム」が・・・

東京都は明後日から「ステイホーム週間」なんだそうだ(参照)。「週間」なんていうから 1週間の話かと思ったら、大型連休が終わるまでの 12日間だという。なんだ、2週間近いじゃないか。

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昨日も書いたことだが、私は「引きこもり」のノウハウに関してはかなり欠けているようで、既にちょっと自分自身を持て余し気味だ。このまま連休明けまで「ステイホーム」し続けたら、かなりのストレスだろう。

朝方チラッとテレビの報道番組を見ていたら、パチンコ店の営業自粛が求められていない和歌山県まで、わざわざ大阪府からやってくるパチンコ好きがいるようなのである。マイクを向けられて、「パチンコしないではいられない体になってしもぅとる」とコメントしていた。不憫なことである。

そこへ行くと私なんかも、「旅しないではいられない体」になってしまってるんじゃないかと思う。先月までは、月に 2〜3回の出張が当たり前の暮らしで、既に日本全国 47都道府県にそれぞれ複数回旅しているから、いわば「旅のプロ」だ。

それが先月末の網走への旅(参照 1参照 2)を最後に、あとは一番遠くに出かけたのが、足立区北千住というのだから、まったくドメスティックな生活になっている。考えてみればこんなのは、ここ 40年来初めての経験だ。

そんなわけで、決してホリエモンみたいな(参照)駄々をこねるわけじゃないが、「遠くに行きたいシンドローム」みたいなものが沸々とこみ上げつつあるのを感じている。「旅に出たいよう!」と叫びたい心境だ。

最後の旅が北海道で、例えば名古屋辺りみたいな近場でなかったのが、せめてもの幸いだ。コロナ騒ぎが落ち着いたら、九州の果てとか沖縄とかまで行きたいものである。

 

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