カテゴリー「旅行・地域」の411件の記事

2026年7月11日

「気動車急行」どころか「気動車特急」だってあった

一昨日に続いてまたしても鉄道ネタ。しかし今日のネタは昔の話になってしまう。東洋経済の【国鉄「気動車急行」ローカル線を盛り上げた "花形" の記憶 今では考えられない複雑なルートの長距離列車も】という南正時さんの記事に、懐かしさがこみ上げてしまったよ。

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「気動車」というのは文字通り「電車」じゃない。上の写真を見るとレールの上に電線がなく、そこを走る列車にも電気を得るためのパンダグラフがないことに気付くだろう。要するに「ディーゼル燃料」(軽油)で走る列車なのだ。

「国鉄」と言った時代には今はなき「急行列車」が多く走っていて、その多くが「電車」ではなく「気動車」だったのである。私たちはフツー「ディーゼル急行」と称していたのだが。

さらにそれどころじゃなく、「ディゼーゼル特急」だって存在していた。私の故郷、庄内から東京に出るには、「特急いなほ」に乗っていたのだが、これ、私がワセダに入った 1971年当時はディーゼル・エンジンで走っていたのである。何しろあの頃、羽越線は電化されていなかったのだ。

そんなわけで、当時の庄内には「電車」という言葉はなかった。おしなべて「汽車」と言っていたものである。都会で生まれた人の多くは、かなりの年齢でも「汽車」という言葉を使ったことなんてないだろう。(「夜汽車」とかは別として)

「特急いなほ」は当時、始発が秋田で、羽越線を南下して新潟県の長岡で上越線に移り、そのまま上野まで行っていた。朝のうちに家を出て酒田駅で午前 10時前のいなほに乗り、狭い座席で延々と我慢していると夕方頃に上野に着くのである。

当時、上越線は電化されていたが「いなほ」はその恩恵にはあずからず、上野までずっとディーゼルエンジンで走り続けていた。羽越線が電化されたのは翌年の 1972年で、おかげで酒田〜上野間は 6時間ぐらいに短縮された。

しかし貧乏学生だった私は帰郷するのにいつも夜行急行の「鳥海」ってやつを使っていて、自由席はいつも一杯だったので、所要時間の 9時間、ずっと木の板で張られた床に座り込んで寝ていたものだ。あの頃って、まだ「戦後」という雰囲気がモロに残っていたのだね。

今の「特急いなほ」は新潟止まりで、そこで上越新幹線の「とき」に乗り換えて東京に向かう。所要時間は 4時間 10分ほどに短縮されたわけだが、昔の 6時間に比べて画期的なまでに速くなったという気はしない。新幹線に乗り換えてまで実現された時間短縮としては、少し物足りないじゃないか。

ちなみに、私が今住んでいるつくばの地は、常磐線の取手駅から「常総線」というローカルな私鉄が出ていて、なんとこれが電化されていないため、のどかにもディーゼル・エンジンでゴロゴロ走っている。私ってば、どこまで行っても田舎に縁があるのだね。

 

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2026年7月 9日

”JAPAN RAIL PASS” なんて切符、初めて知った

Togetter の書き込みで、”JAPAN RAIL PASS” なんて切符があると初めて知った。JR 全線が 2週間 8万円で乗り放題というもので、「これなら、あちこちの出張を 2週間のスケジュールにギュッと詰め込んだらかなりのお得じゃん!」と思ったが、どうやら外国人専用で日本人には売らないらしい(参照)。

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価格は有効期間が 7日間、14日間、21日間でそれぞれ 5万円、8万円、10万円(グリーン車用は、もうちょっと高い)となっており(参照)、上の写真の落とし物は 7月 6日から 19日までの 14日有効で、値段が 8万円というわけだ。この値段なら、結構余裕をもってあちこち行けるだろう。

ただ、この切符では新幹線指定席にも乗車できるが、東海道、山陽新幹線の「のぞみ」と「みずほ」に乗るには追加の切符が必要というのが面倒くさい。東京〜京都・新大阪 間の乗車の場合、追加料金は 4,960円(参照)だから、往復したらほぼ 1万円上乗せになってしまう。

さらに東京から博多まで行くとすると、新大阪〜博多 間の 4,960円がさらに追加となり、往復で 2万円近い上乗せとなる。これだとよく考えれば、東京から大阪と博多まで行くのに購入したらとくにお得ってわけじゃない。

北海道から九州まで、あちこち行きまくって楽しむならいいが、せいぜい 3か所ぐらいに滞在してのんびり過ごすということだと、割高になってしまうケースも多いだろう。

山手線なんかに乗り降りする度に切符を買わずに済むというのがメリットと言えば言えそうだが。それなら SUICA でもイケる。そしてせっかくこの切符を買っても、こんな感じで落として紛失してしまったらエラいことで、リスクもある。

というわけで、ちょっとビミョーかつ大雑把な切符と言えそうだ。

 

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2026年6月19日

自分の「しぶとい晴れ男振り」に自分でビックリ

熊本県の山鹿市に昨日の夕刻に着いて、午後 10時過ぎ頃からはずっと雨。昨夜の天気予報では、本日の山鹿市一帯はずっと雨ということだった。実際、夜中から早朝までは土砂降り状態だったのである。

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今日の仕事は屋外での写真撮影も必要だったので、昨日の『和歌ログ』に「それにしても、明日は雨の止み間が欲しいなあ」と書いていた(参照)ほど、心配な空模様だった。正直言って「こりゃ、写真撮影のためだけに出直しなんてあり得るかも」なんてことも思っていたのである。

ところが、今朝の 7時過ぎ頃に雨が上がり、ホテルを出る 9時頃には、上の写真のように路面も乾き始めていた。雲の薄くなったあたりからは、うっすらと青空さえ透けて見えるじゃないか。天気予報もいつの間にか「曇りのち雨」に変わっている。

というわけで、今日は写真撮影を初っぱなから始めた。明るい青空というわけではなかったにしろ、無事に「薄曇り」状態での写真を撮ることができて、「出直し」なんてことにならずに済んだのだった。

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(クリックすると、別画面で拡大表示される)

午後 1時過ぎ頃からはかなりの雨になり、午後 6時頃になると雨雲レーダーによれば、ついさっきまで私がいた熊本県北部は警戒が必要なほどの大雨になっている。これって、言わば「滑り込みセーフ」だったわけである。

「去年も九州で似たようなことがあったかも・・・」という気がして自分のブログを検索してみたところ、時節もちょうど今頃の 6月 15日付で「自分自身の晴れ男振りに、改めて驚く」という記事が見つかった。この時は博多では土砂降りだったのに、私の仕事先の北九州市の一部だけ降らずに済んだのだった。

とにかく私はこれまで 500回以上こうした仕事で出張して、雨で屋外撮影ができなかったのは 1度だけだから、確率で言えば 0.1%台でしかない。我ながら本当に「しぶとい晴れ男振り」で、ありがたいことである。

明日はずっと雨らしいが、朝イチで帰るだけだから OK。新幹線が不通になるほどでさえなければどんなに降っても構わないのでよろしく。

【同日 午後 7時 追記】

本日は急いで仕事をし、昼過ぎに仕上げて早めに帰ることもまったく不可能というわけではなかったが、大事を取って午後 2時過ぎまで時間をかけたので、今夜は熊本市内に宿泊する。

ホテルについてしばらくしたところで、「東海道新幹線 東京ー広島間で運転見合わせ 浜松駅で線路に人が立ち入り 運転再開めど立たず」というニュースが入ってきた。ということは急いで帰っても途中で足止めを食らい、どうしようもなくなっていたわけだ。

敢えて 2泊 3日の予定で来たのは、正解だったよ。

 

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2026年6月14日

往復 1,000km のドライブの旅から戻った

3日前に触れた往復 1,000km のドライブの旅から、さっき戻った。初日は半日で仙台まで行けばいいだけなので楽だったが、二日目は昼過ぎまで仕事をして 1時頃に出発し、4時前に酒田に到着、墓参りだの何だので日が暮れ、3日目は午後から仙台経由でつくばの自宅までと、かなりの強行軍だった。

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上の写真は本日のかなり早い昼メシ、さかた海鮮市場の海鮮丼。昨日は土曜だったこともあってか早々に売り切れご免だったので、今日は午前 10時過ぎに行ったのだが、間が悪いことにその時間帯は店の休憩時間とやらで、テイクアウト(残念ながらお吸い物が付かない)の対応となってしまった。

10分ほど待ってできあがったプラスチック製の丼に入った海鮮丼を受け取り、外のテラスで食ったのだが、何しろ酒田は魚介も米もメッチャ旨い土地柄だから、海鮮丼はその旨さのかたまりみたいなものだ。一口食べて思わず「うっまぁ!」と叫んでしまったよ。まさに天国である。

次は絶対にちゃんとした時簡に行って、お吸い物付きで存分に(正式に?)味わうことにする。楽しみが一つ増えた。

何だかんだのうちに時間が経ってしまい、もう一度仙台に立ち寄り前日の仕事の確認をしてから、常磐道に飛び乗って帰って来た。途中、東北道が車両火災で通行止めになったとやらで、常磐道の方に廻るクルマがあったせいか、いくら日曜の午後とはいえ妙に混雑した気がする。

とはいえ、無事に帰宅できたので「すべてよし(aii right)」ということにしておこう。

明日からはいつもの日常だが、木曜からは熊本への出張となる。面白くもなんともない決まり文句だが、「貧乏暇なし」とはよくぞ言ったものだね。

 

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2026年6月12日

仙台と酒田は、ずっと青空でいけそうだ

出張で仙台に来ている。つくばの地を出発する時は、空は青かったものの黒い雲がどんどん広がりつつあった。そして福島県との県境を越える頃に大粒の雨が降り出したが、宮城県に入っると一転して青空が広がった。ホテルにチェックインした 16時過ぎも上天気。

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昨日までの予報では、仙台は夜に雨が降るとのことだったが、今日の午後になった時点で「晴れ」が続くとの予報に変わった。明日もずっといい天気が続くようで、我ながらちょっとした晴れ男振りだ。

遅くなってからの雨を避けようと早めに家を出たため、降らないとわかってからは、いわき市を過ぎてから高速の常磐道を降りてずっと一般道を通って来た。

道路が空いていたので、かかった時間はそれほど変わらない。上の写真は国道 6号の相馬市辺りの交差点である。横断歩道を誰か 4人歩かせれば、ビートルズの Abbey Road のジャケットみたいになりそうだ。

今日のホテルは高速道路の出口に近いところで、飲食店はラーメン屋、牛丼屋、焼肉屋しか見当たらない。肉を食わない私としては仕方がないから、コンビニ弁当で夕食を済ませた。

夜はホテルの人工温泉大浴場でゆったり暖まって寝るつもり。明日はしっかり仕事をしよう。

 

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2026年6月11日

福島の磐梯から帰ったばかりで、明日から仙台・酒田へ

昨夜、福島の磐梯から帰って来たばかりで、明日は仕事で仙台に立ち、明後日の夕方は私用で生まれ故郷の酒田に行く。もちろん全部自分でクルマを運転する予定だ。

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つくばから仙台まで 310km、仙台から酒田まで 180km、合わせて 490km、往復 960km の旅程を 3日でこなすのだが、私のことだから途中であちこち寄り道し、何だかんだで 1,000km 以上のドライブになってしまうだろう。

若い頃ならどうってことなかったが、何しろ 70歳をとっくに超えた身で、来月の誕生日になったら 74歳である。自分でも信じられないが、あと 1年ちょっとで「後期高齢者」なんて言われる身なのだから、くれぐれも無理せずに行ってこようと自分自身に言い聞かせているところである。

それにしても福島より北に(昨年の今頃に北海道に鉄道で行ったのは別として)クルマで行くのは案外久しぶりで、思い出してみれば父の十三回忌で帰郷した 2023年 10月(参照)以来となる。ということは、故郷に 2年半以上顔を出していないということだ。

先月の同窓会で故郷の絶品地ウィスキーを飲んだばかり(参照)で里心ついていたので、ちょうどいい機会かも知れない。それにしてもあのウィスキー、旨かったなあ。

山形県に入ったらおいしい蕎麦(参照 1参照 2参照 3)を食べて、酒田では新鮮な魚貝を楽しもうと思っている。こう言ってはナンだが仙台というところは取り立ててうまいものがないので、とにかく山形県に入ってからがお楽しみだ。

ちなみに明日 12日の仙台は夜に雨になるという予報だが、この日はホテルに入るだけなのでそれほどの影響なし。そして本番となる 13,14日の 2日間は仙台も酒田もいい天気になるようだ。毎度のことだが、我ながら自分の晴れ男振りがありがたい。

【同日 追記】

上に載せた地図を見ていると、長野なんて案外近いのだなとわかる。やはり東北、とくに日本海側は遠いとしみじみ思ってしまうよね。

 

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2026年6月10日

福島、磐梯の旅から帰った

福島、磐梯の旅から帰った。今回のハイライトは、郡山市立美術家の「北斎・広重大浮世絵展」。行く前の気分としては、「諸橋美術館が休館中なら仕方がない、浮世絵でも見るか。北斎・広重は美術本なんかでずいぶん見ちゃってるけどね」という程度だったが、実際にはかなりの感動モノだった。

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やはり実際の作品は迫力が違う。さらに肉筆作品も展示されていたので、今回は本当に来て見てよかった。

「冨嶽三十六景」や「東海道五拾三次」のシリーズもの、さらに役者絵、芝居絵、怪談物など、あれだけのボリュームをまとめて見ると、この二人の浮世絵師の力量のものすごさがわかる。さらにフランスの印象派画家たちが広重の作品を見て大ショックを受けたというのも、改めて納得できる。

この浮世絵展は 6月 21日までなので、興味のある方は急いで予定を立てるといいだろう。ただし駐車場があっという間に満車になってしまうので、電車とバスがオススメだ。

上の写真は美術館の外観。柳澤孝彦が手がけた建物の外観と庭園の様子である。これを見るだけでも行ってみる価値があるあろう。

 

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2026年6月 9日

福島の磐梯に来ている

突然だが、妻と二人で福島県の磐梯に一泊二日の旅をしている。磐梯は我々夫婦の定番旅先になってしまっていて、年に 2度は来るようになり、最近では昨年 10月にも来ている(参照)。ただ、毎回訪れている諸橋近代美術館(参照)が今回は改修中とやらで、来年春まで長期休館中なのが残念だ。

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上の写真は、磐梯吾妻スカイラインから見える猪苗代方面の景色。天気予報では今日は曇りで明日が晴れとのことだったが、朝に自宅を出るときに小雨が降っていたものの、磐梯に着いてからは雲の合間から日が射すことが多く、裏磐梯ではすっかり雲の上に出てしまって噴煙の上がる山容が綺麗に見られた。

旅先での天気に恵まれるのは、晴れ男の私にとっては毎度のことなのだが、妻は「私の日頃の行いがいいからよ」と主張している。まあ、どちらであっても、天気さえ良ければありがたい。

そんなわけで、今夜は郡山市内のホテルに泊まり、明日は郡山市立美術館で「北斎・広重大浮世絵展」を見てから、布引高原に行き、家に帰る予定である。本日はいろいろ慌ただしいので、これにて失礼。

 

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2026年5月31日

「出身地鑑定 方言チャート」に再挑戦

どういうなりゆきか、「出身地鑑定 方言チャート」というサイトを思い出してしまった。方言に関する質問に答えると出身地を判定してくれるというものなのだが、私は 2015年 9月 30日付で "「出身地鑑定 方言チャート 100」で、新潟県下越出身と判定されてしまった" という記事を書いている。

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この時は、6つの質問に回答しただけで「新潟県下越出身」と判定されてしまったのである。下越は庄内の南隣ではあるが、「近いとは言え、やはりちょっとああ」と思ってしまったのだった。

で、このシステムも 10年以上経って少しは進化したかも知れないと思って再び試してみた結果、「貴方の出身は山形県の庄内エリアですね !?」と判定されたのである。おぉ、ちゃんと進化してるじゃないか。

実際の質問と解答は、次のような道筋だった(各項目の最後、括弧内が私の回答)。

  • 翌日、家に不在の時、「明日、家におらん」と言うことがありますか?(いいえ
  • 冗談を言う時などに、「なんちゃって」という意味で、「じらー」と言うことがありますか? (いいえ
  • 授業で先生にあてられるとき、「先生にかけられる」と言うことがありますか?(はい
  • 宿題を終わらせる」ことを「宿題をおわす」と言うことがありますか?(いいえ
  • 「①、②、(1)(2)」のことを「いちまるにまるいちかっこにかっこ」と言うことがありますか?(はい

(ここで「山形県突入」と表示された。ふむふむ、いい線行ってる)

  • 「明日は晴れか?」のように、「○○か?」と尋ねる時に、「○○なな?」と言うことがありますか?または、地元の人が言っているのを聞いたことがありますか?(いいえ
  • 「かわいそう」のことを「めじょけね」と言うことがありますか?または、地元の人が言っているのを聞いたことがありますか?(はい

(ここで「はい」と解答した瞬間、「あなたの出身は山形県の庄内エリアですね」と表示された。お見事!

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前回は 6問に答えて「新潟県下越出身」と誤判定されてしまったのだが、今回は 7問に答えて正解となったわけである。1問増えたことで、精度が高まったようだ。

前回の誤判定は「終わらせる」を「おわす」というかどうかということがキモだったようだが、今回はその辺りは解決されていたわけだ。この件については、前回の記事の翌日に「南庄内では「終わらせる」を「おわす」というらしい」という記事で論じてある。

で、試しに仙台出身の妻にも挑戦してもらったのだが、途中で嫌になってしまうほど長々と多くの質問をされ(おそらく 20問以上、いや、30問ぐらいかな?)て、ようやく宮城県と判定された。どうやら宮城県の方言はあまり特徴がなくて判定に手間がかかるようなのだね。

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ちなみに、トップページの最上段にある「あなたの方言愛は !?  方言チャート番外編 県人度判定 Ⅱ」というのに挑戦したところ、私の山形県人度は 75%と判定された。「まずまずの山形愛!」だそうだ。

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これは前もって「75%」ぐらいだろうと予想しておいたのが的中したわけである。これが「庄内人度」だったら文句なしで「100%」になるところだったのにね。

 

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2026年5月16日

静かな京都は、私が生きてるうちに戻ってくるかなあ

奈良での仕事を無事に終え、京都で新幹線に乗って帰宅の途中である。京都で小一時間の余裕ができたので、ちょっと改札の外に出てみたのだが、ものすごい混雑で本当にイヤになってしまった。ただ、東本願寺だけは空いていたのがせめてもの救いである。

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昨年 10月 4日付で「京都の地を踏むのは、当面我慢していよう」という記事を書いた。とにかく大きな荷物をゴロゴロ転がす外国人観光客が多すぎて、まともに歩くこともできないのだから、行くのを我慢するしかないというわけだ。

ところが昨年末頃から高市発言のせいで中国人観光客が激減したため、少しは混雑が緩和されて、ホテル代も多少下がったと報じられた。それで 12月 14日付で「京都のホテル、この宿泊料なら泊まれるじゃないか」と、少し希望的なことも書いたのだった。

しかし、今日立ち寄ってみてわかった。中国人が減っても、他の国からの観光客が全然減っていないので、やっぱり混雑に変わりはない。ちょっとお茶でも飲んで休もうと思っても、どこのコーヒーショップもレジ前が長蛇の列だ。

「こりゃたまらん!」というわけで、東本願寺に直行したわけである。寺の門を一歩くぐると、外の大混雑が嘘のような静けさだ。本堂内は暑い日も射さないので、涼しく阿弥陀如来と対面させていただいた。

もとよりそれほど時間の余裕があったわけでもないので、30分ほど本堂内で座らせてもらい、そのまま京都駅にとって返して、予約していた新幹線に飛び乗ったわけである。

というわけで、京都をブラつくのはまだまだしばらく我慢していなければならないようなのだ。私が生きている間に、のんびりした京都は帰ってくるかなあ。

 

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