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2023年1月17日

「卯年」か? 「ウサギ年」か?

毎日新聞の「毎日ことば」の欄に、"なぜ「ウサギ年」より「卯年」と書いた方がよいのか" という記事がある。これ、ちょっと大切そうでありながら、どうでもよさそうでもあり、おもしろい問題だ。

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そもそもの発端は、毎日新聞校閲センターの以下のような tweet だ。"ウサギは卯年に割り当てられた動物ですが、暦としては「ウサギ年」ではなく「卯年」と呼ぶのが適切でしょう" とある(参照)。

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これに対して国語辞典編者の飯間浩明氏が疑問を呈した(参照)。これは「報道の内規レベルのもの」で、そのまま一般化するのは問題だとの見解である。会話では「うさぎどし」の方が伝わりやすいこともあり、「二者択一という印象を与えることは好ましくないでしょう」としている。

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なるほど、飯間氏の tweet には「うさぎ年」で検索された結果の画像がずらりと並べてある。「論より証拠」というわけだ。

で、冒頭に紹介した毎日新聞の記事は、これに対する回答となっている。要点としては、話し言葉としては「ウサギ年」が一般的だとしても、書き言葉としては「卯年」が望ましいだろうというものだ。

これに関する傍証として、「牛年」「馬年」「虎年」などと表記するのは違和感があり、それぞれ「丑年」「午年」「寅年」が一般的であることを挙げている。十二支は元々が 12種類の動物を意味していたものではなく、それぞれの動物は後から関連付けられたもの(参照)だから、そうなってしまうよね。

毎日新聞はこの点について結構厳密で、次のように書かれている。

毎日新聞の校閲では、「えとのウサギ」とせず「えとにちなんだウサギ」などと直しています。この認識が少しでも広がってほしいと願います。

というわけで今年の場合も、「兎年」ではなく「卯年」がいいだろうというのである。これはもう正論だから、否定の余地はない。

ただその上で、話し言葉としては「ウサギ年」でもいいじゃないかというのも定着した事項なので、今さら否定してもしょうがない。つまり話し言葉まで考えに入れれば、私としては「二者択一」ではなく、ユルく考えてもいいよねと思う。

「ユルユルの慣習」をことさら厳密に論じても疲れてしまうので、この問題はこれでおしまい。

 

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2022年12月30日

「あけおめ」とか「メリクリ」とか

2022年の年賀状で「年賀状じまい」を宣言したので、年末の片付けや掃除でバタバタしてはいるが、大量の葉書印刷の手間からは解放されている。ブログ上では 2023年の年賀状を画像で公開する予定だが、インクジェット・プリンターを延々と稼働させることがなくなって、ちょっとした開放感だ。

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ところで正月に「あけおめ」とか「ことよろ」とか言うのはかなり前から知ってはいたが、クリスマスに「メリクリ」なんて言うことを初めて知った。妻に「それって、だいぶ前からよ」と年寄り扱いされ、調べてみると BoA が 『メリクリ』という歌を歌ったのが、2004年のことだったらしい。

いやはや、そんなこととはちっとも知らなかった。それどころか、バレンタインデーの「ハピバレ」も既にあるらしいし(参照)、誕生日に「おめたん」(参照)なんて言うのまであるという。いやはや、語感なんてどうでもいいみたいで、世の中というのはまったく油断がならない。

「省略コトバ」ということなら、Goo ランキングに "実は「略語」だった意外な言葉ランキング" というページがあり、1位から 9位(9位は 2語)として次の言葉があげられている。括弧内は元の言葉ということのようだ。

  1. ボールペン (ボールポイントペン)
  2. 食パン (主食用パン)
  3. 教科書 (教科用図書)
  4. 経済 (経世済民)
  5. 切手 (切符手形)
  6. 演歌 (演説歌)
  7. レーザー (省略、下を参照)
  8. レーダー (同)
  9. 割り勘 (割前勘定)、軍手(軍用手袋)

演歌」の元の言葉が「演説歌」というのは意外かも知れないが、発祥は自由民権運動時代のプロテスト・ソングだったのだよね。初めは街頭でバイオリンを弾きながら歌っていたようだ。一番それらしいのが、こちらで聞ける。

問題は「レーザー」と「レーダー」で、それぞれ「ライト・アンプリフィケーション・バイ・スティミュレイテッド・エミッション・オブ・ラジエーション」「ラジオ・ディテクション・アンド・レンジング」なんてカタカナで記されているが、これじゃ単に目がチラチラしてしまうだけで意味をなさない。

「レーザー」(laser)は "Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation" で、「レーダー」(radar)は "Radio Detecting and Ranging" と書いてくれる方がずっとわかる。この 2つは、ほかの日本語流「略語」とはちょっと性格が異なるよね。

日常の言葉としては、「入試」(入学試験)、「追試」(追試験)、「卒論」(卒業論文)、「就活」(就職活動)など、学生言葉として当たり前に使われているのが目立つ。この学生と省略コトバは相性がいいのかもしれない。

さらに近年のヒット(?)は「パワハラ」(パワー・ハラスメント)と「セクハラ」(セクシャル・ハラスメント)だろう。あんまり愉快な言葉じゃないけど。

ところで私の個人的なお気に入りは、演劇用語の「ブタカン」だ。これは豚肉関連の "BUTA-KAN" じゃなく、「舞台監督」の略なので

Yoroshiku4

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2022年12月24日

Silly Walks(バカ歩き)の真っ当な効用

TECHNO EDGE の "モンティ・パイソン「バカ歩き」に心肺機能を高める健康効果、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルが掲載" という記事に嬉しくなってしまった。元記事は、"Quantifying the benefits of inefficient walking: Monty Python inspired laboratory based experimental study"。

ただ、モンティ・パイソンと言っても、最近の人たちはよく知らないかもしれない。70年代のカウンター・カルチャーを謳歌した我々世代には、妙な意味での「アイドル的存在」なのだが(参照)。

上の動画は "Ministry of Silly Walks"(バカ歩き省)というタイトルで、Silly Walks が世に注目されるきっかけとなった輝かしいスケッチである。真似してみれば確かに結構疲れるので、心肺機能は高められるのだろう。ただ、目的は決してそこにあるわけじゃないのだが。

ちなみに元記事はまじめな医学系メディアなので、"inefficient walking" (非効率な歩き方)なんてカタい言い方をしているが、要するに "silly walks"(バカ歩き)のことである。なるほど、あれって非効率と言えばかなり非効率だよね。

この歩き方はその非効率さのために、5分間で「ランニングやスイミングを 8分ほど続けて行ったのと同じぐらい激しい運動に相当する負荷がかかる」ことが確認されたという。つまり走ったり泳いだりするよりしんどいってことで、ダイエットや健康増進に効果が期待されるというのも道理である。

ただ念のため重ねて言うが、この歩き方はダイエットや健康増進を目的としているわけでは決してない。何しろ「バカ歩き」というほどなので、目的なんてことは意識しない方がいいのだろう。

この記事にしても、"どうしても試したい場合は、ウォーキングで人目のない路地に差し掛かったときなどに、軽く試してみるのが良いかもしれません" と、控えめな書き方をしている。あまり堂々とやったら、「あいつもついにイッてしまったか」なんて思われちゃうからね。

こんなことならフツーに走ったり泳いだりする方がずっとマシのようにも思われるが、注目すべきは、この記事の次のような結論だろう。

バカ歩きをした被験者はみんなが笑顔になったと報告しました。仲間どうしで互いのバカ歩きを、笑いあうことができれば、心理的な健康にも良さそうです。

なるほどなるほど。おまじめな医学系メディアとはいえ、さすがに英国だけのことはある。「笑い」こそが真っ当かつ最大の効用なのだろう。

というわけで、Merry Christmas!

 

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2022年12月20日

近頃のネット・スラングがちょっと難解すぎて・・・

Togetter にムラキさんという方の書き込みで、「今北産業」というのがある(参照)。チャットにそう書き込もうとしたが、古(イニシエ)のオタクしかわからなそうなので、「3行程度で状況を教えてもらえませんか」と書き直したのだそうだ。

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申し訳ないことにこれ、さっぱりわからなかったので調べてみると、こういう意味なのだそうだ(参照)。

「今スレッドに来た(今北)ばかりなのでスレの流れを教えてほしい。でも長いのイヤだから 3行(産業)で説明して」という言葉を略した言葉です。

なるほどね。先月の 23日は "「おまいう」という言葉を初めて知った" (「おまいう」は「お前が言うな」の省略形らしい)という記事を書いているが、近頃のネットスラングの世界はかなりの奥行きになってしまっているようなのだね。

ちなみに、下の方の小夜さんという方のコメントの「笑うときに大草原不可避とつけるともっといいですよ」というのはさらにわからず、調べると、こんなことのようなのだ。

「大いに笑ってしまう」「爆笑せざるを得ない」といった意味で用いられるインターネットスラング。「笑い」の意味で用いられる「w」が「草」と呼ばれるようになり、笑いの程度の大きさを「草原」「大草原」と表現されるようになり、「これで笑わない奴はいない」という意味で「草不可避」と表現されるようになり、総合して「こんなん誰でも大爆笑してしまうわ」という意味で「大草原不可避」という語にまとまっている。

いやはや、こんなの、さっぱりわからんわ。

ただ、「日本のネットスラング一覧。カキコ、キボンヌ、wktkはもう死語?」というページで紹介されてるスラングは、今わかったばかりの「今北産業」を含めて大抵わかったので、まんざら捨てたものでもないかもしれない。

それにしても、言葉というのは変化するものだなあ。

 

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2022年12月18日

「予測」という言葉の誤用について、再び

下の画像は、2015年 9月 7日(つまり 7年以上前)に書いた "「予測」という言葉の誤用" という記事の冒頭である。こんな過去記事を今さらながら持ち出したのは、最近とみに「予測」「予想」という言葉の誤用が気になってしょうがないからだ。

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先日、Softbank からよくわからない通知葉書が来た。記された問い合わせ先の番号に電話をしても「ただ今、回線が混み合っています」というお約束の自動音声が繰り返されるばかりである。

それで外出のついでにちょっとショップに寄ってみたところ、契約時点にあった 3G 回線が来年夏に消滅するのでどうのこうのという、どうでもいい話だった。さらに私は最近 Softbank から格安のキャリアに乗り換えたばかりなので、無意味さがますます目立つ。

この時に対応してくれたのは若い女性スタッフだったが、私が「こんな無意味な通知が来たのは、〇△〇△・・・ だったからかもしれないね」と、私のケースの特殊事情に絡めて言ったところ、彼女は「私もそう予測します」と答えた。これが私の言語感覚をムッとさせたってわけだ。

つい、「それって『予測』じゃなくて『推測」だよね」と言うと、彼女は「あっ、すみません」と反応したが、実際にはあまりよくわかっていない風情だったので、それ以上の追求をする気にはなれなかった。

言うまでもなく「予測」というのは「予め推測すること」で、つまり「事の成り行き結果前もっておしはかること」(参照)という意味だから、私が急に持ち込んだ疑問の答えを「予測」するなんてあり得ない。さらに言えば、答えがほとんど出てしまってから「予測」なんかされてもしょうがない。

今回の問題がもし頻発事項で、原因が明らかなのだとしたら、それならそれで「予測」なんて言わずに「よくあるケースなんですよね」とか言えばいい。というわけで、こうしたケースで「予測」という言葉を使うのは明らかに誤用で、違和感そのものである。

最近は「推測」というべきケースで「予測」とか「予想」とか言う誤用が目立ち、かなりイライラしているのだが、「予測 予想 言葉 誤用」というキーワードでググってみても上述の私のページが見つかるだけで、ほかにはほとんど見当たらない。この誤用を気にしている人はかなり少ないみたいなのである。

これには驚いてしまってしつこく検索したところ、ようやく下のコメントが見つかった。(画像クリックで、リンク先が表示される)

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これは 2014年(つまり私の前回の記事の 1年前)の ”Twitter で「軽率に」の使い方が変化している? ニュアンスの解釈で議論に” という「はてなニュース」へのコメントとして Ashikus さんという方が書かれたものだ。念のため、以下にテキスト化しておく。

「予想」という言葉を単に「推測」の意味で使っている例なんかはネット普及前からよく見ます。「この時彼が何を思ったかは予想できない」みたいな。探せばこの手の誤用は結構見つかるでしょう。

「軽率に」の使い方が多少変化していても、ある程度までは許せる気がするが、「予想」や「予測」は「あらかじめ」(前もって)という意味の「予」という漢字がある以上、「この時彼が何を思ったかは予想できない」なんていうのはどこまで行っても完全に誤用としか言いようがない。

こうした誤用はもっと問題にされていいと思うのだが、多くの人たちにはあまり気にならないのかなあ?

 

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2022年12月15日

「手話」を巡る冒険

今日の TBS ラジオ「荻上チキ・セッション」の特集は、"基礎から学ぶ手話〜「ろうあ者」「手話コミュニケーション」について言語発達と手話研究が専門の研究者と共に考える" というものだった。「専門の研究者」というのは、松岡和美さんという慶応大学経済学部の教授の方である。

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これは Radiko タイムフリーで、こちら をクリックすれば 1週間以内なら聞くことができる。この特集が始まるのは、番組開始から 1時間 6分あたりのところからだが、多くの人たちには初耳だろうと思われる興味深い話が聞けるので、かなりオススメだ。

私が初めて知ったのは、一口に「日本語の手話」と言っても、「日本手話」と「日本語対応手話」というのがあるということだ。「日本手話」というのは、ろうあ者の方々がネイティブな形で身に付けたもので、普通の日本語とは語順が違うなど、かなり文法的な違いがある。

さらに、手の動きだけでなく表情や頭の動きなど、総合的なビジュアル表現となるので、時には「声」で順々に表現するしかない音声言語よりも効率的に大量の情報を伝えることができるらしい。

一方「日本語対応手話」というのは、音で話された日本語を同時通訳的に手話にするもので、ネイティブな「日本手話」とは語順も違ってしまうし、伝えきれない要素がかなり取り残されるので、途中から聞こえなくなった人にはわかっても、生まれつき聞こえない人には理解しにくいという。

そんなわけで、「東日本大震災」の時や、オリンピックの選手宣誓の時に「日本語対応手話」で翻訳されたものは、なかなか伝わりにくかったようだ。手話に通訳するのは「よかれ」と思ってやるわけだが、それが両者にとって「もやもや」の元になってしまうこともあるというのである。

私はこの放送を聞いて、いっぺんに世界が広がったような気がした。これまで身に付けた「音声言語」を元にした言葉以外にも、かなり大きな広がりのある別の「言語世界」があるというのは、かなりの驚きである。

それから番組開始早々に松岡さんが触れていたことだが、生まれたばかりの赤ちゃんは、どの言語の音もきちんと聞き分けられることが証明されているらしい。米国で生まれた英語の家庭の赤ちゃんでも、ヒンディー語独特の音がちゃんと聞き分けられるというのだ。

ところが、その能力が成長につれて失われ、だんだん聞き分けられなくなる。生まれた時にはたくさんの能力をもっているが、だんだんと「要るもの」だけ残るようになってしまうというのだ。

日本人は英語の "L" と "R" の音が区別できず同じ「ラリルレロ」になってしまうというのも、これに当てはまるのだろう。私は中学校時代にかなり英語を聞き込んで違いを身に付けたのだが、これって「新規獲得能力」じゃなく、生まれつき持っていた能力を取り戻しただけということのようなのである。

いやはや、赤ん坊は馬鹿にしたもんじゃない。文字通り「無限の可能性」を持っているのだから、それを大人の浅知恵で潰しちゃいけないってことだ。

 

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2022年12月10日

「牛角」という言葉を深掘りしてみる

時々通る道筋に「牛角」という店があるが、肉を食わない私には全然縁がなく、牛の何を食わせる店なのかすら知らなかった。「ステーキ屋」とか「すき焼き屋」とかじゃなく「焼き肉屋」なんだ(参照)と知ったのは、つい最近のことである。

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10年近く前に「ソースで天ぷらを食う人たちは、鉄板系コナモンも好き」という記事で、私の生まれた山形県は「お好み焼き不毛の地」と言われると書いた。飲食店に入って、「自分で焼いて食う」という文化がないのである。

そして山形県の中でも私の生まれた庄内は、さらに「焼き肉屋不毛の地」でもある。同じ山形県でも内陸に行けば「米沢牛」などがあるので、焼き肉店は少なくないようだが、庄内人はお好み焼き同様、「自分で焼いて食う」ことに馴染めないのだ。最近は少しは変わりつつあるかもしれないが。

おっと、今日はそんなことを論じるつもりじゃなかった。何を書きたかったのかというと、「牛角」と書いて本来は「ごかく」と読むという話である。

最近では「互角」と書いて「ごかく」と読ませる方が主流となっているが、この言葉の語源は「牛角」であるらしい。ウェブ上の「語源由来辞典」の記事には、次のようにある(参照)。

互角は、牛の角に由来する言葉である。
牛の左右の角は長短・大小の差がないことから、二つのものが同等であることを「牛角」と言うようになった。
『平家物語』や『太平記』では「牛角」の表記が見られる。
のちに「互い」の意味から、室町時代以降「互角」と表記されるようになった。

ただ、この記事には残念ながら「牛角」の読みが「ごかく」だったという明確な文言が見当たらないので、念のため、こちら も参照してご確認いただきたい。というわけなので、手持ちの ATOK で「ごかく」と入力しても「互角/五角/五画」の 3語しか候補に挙がらないのが甚だ残念である。

さらに言えば、最近は「互格」という標記もあるようだ。広辞苑無料検索に出ている(参照)。「同格」という言葉があるのだから、自然な変化だろう。しっかりしてくれよ、ATOK。

一方、焼き肉屋の方の「牛角」(こちらは当然「ぎゅうかく」と読むのだろうね)は 1996年 1月、世田谷区の三軒茶屋に『焼き肉市場 七輪』という店名で創業し、翌年に今の店名に変わったらしい。その由来は、Wikipedia に次のようにある(参照)。

(開店の)当時はあまり客が来なかったが、会計の際に300円の割り引きの代わりに店へのクレームを言ってもらい、そのクレームを改善していったところ、繁盛店となった。店名も、牛の角をアンテナに見立てて「お客様のニーズをすばやくキャッチする」という発想から1997年10月、店名を『炭火焼肉酒家 牛角』に変更した。

へえ、あのロゴマークって、アンテナの象徴でもあるようなのだ(参照)。そんなようなイメージはあまり感じられないけどね。

ちなみに、創業当初の名前「七輪」は、当然「しちりん」なんだろうが、下手すると「ななわ」なんて読まれてたかもしれない。そう思って冗談のつもりでググったところ、「七輪」で「ななわ」と読ませる店が山ほど見つかって驚いた(参照)。

実際の話、1980年代以後の生まれだと、「七輪」なんてものは見たことも聞いたこともない人が多くて、ごく自然に「ななわ」なのかも知れないね。

 

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2022年11月23日

「おまいう」という言葉を初めて知った

女性自身の 11月22日付記事【萩生田政調会長「信頼回復に全力を」 岸田首相へのアドバイスが ”おまいう” と物議】という記事で、「おまいう」という言葉を初めて知った。「お前が言うな」の省略形だとはすぐにわかったが、近頃は実にいろいろな省略形があるものである。萩生田

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岸田政権では 1ヶ月足らずのうちに 3人の閣僚が辞任していて、「辞任ドミノ」なんて言われている。(下の役職名は、辞任前のもの)

  • 10月 24日: 山際大志郎 経済再生担当大臣 議員 (旧統一教会との関係が次々と明らかになったため)
  • 11月 11日: 葉梨康弘 法務大臣  (「法務大臣は死刑のはんこを押す地味な役職」という発言)
  • 11月 20日: 寺田稔 総務大臣 (不適切な政治資金収支報告書の提出)

こうした中で萩生田政調会長は、視察先の横浜でこんなことを言ったという。

「3人が辞任をするということが続いたわけですから、国民の皆さんの信頼を回復するためにもですね、岸田内閣としてはお約束の一つ一つをしっかり結果を出して、そして信頼回復に全力を挙げるべきだと思います」

ところがこの萩生田さんという人は、安倍元首相暗殺事件で俄然注目を浴びている統一教会との関連で、ニュースに名前が登場した回数が抜きん出ている。ラジオ・ニュースを聞いていても、「はぎゅうだ」という名前があんまりよくない話の中でよく出てくるので、耳についちゃったほどだ。

中でも 8月に生稲晃子議員を連れて八王子市内の統一教会関連施設を訪ね、支援を要請していたというのは、かなり大きな話題になった。おニャン子クラブの元メンバーが国会議員になっていて、「生稲」は「なまいね」じゃなく「いくいな」と読むなんてことを、私はこの時に初めて知ったほどだ。

というわけで「おまいう」ムードが俄然盛り上がったというのは、無理もない話だよね。やれやれ。

 

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2022年11月16日

「姉と弟」まとめると、兄弟? きょうだい? 姉弟?

毎日新聞のサイトの「毎日ことば」というのは、日本語の表記をどうするかという問題を突き詰めていて、なかなかおもしろいコーナーである。ちなみに 11月 14日のテーマは「親が同じの年長女子と年少男子、まとめると・・・」というものだった。

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ずいぶんややこしい言い方だが、要するに「姉と弟」のことをまとめて表記すると、「兄弟」か「きょうだいか」「姉弟」か? というものだ。これって、結構ややこしい問題である。

現代の日本語としては、性別に関わらず、つまり「兄と弟」だろうが「兄と妹」だろうが「姉と弟」だろうが「兄弟」と表記して「きょうだい」と読むことに問題ないのだそうだ。さらに、次のように書かれている。

毎日新聞用語集では「姉弟」「兄妹」「姉妹」と書いて「きょうだい」と読ませることも認めているため(「姉妹」は「しまい」と読む人が圧倒的でしょうが)、実態に合わせて使い分けることも可能です。

私だったら「姉と弟」の場合だったら「姉弟」と表記して「してい」と読ませたいところだが、それで「きょうだい」と読むことにも全然問題ないのだそうだ。しかし次のようにも書かれている。

しかし「姉弟」を「きょうだい」と読む人はどれぐらいいるのでしょう。「してい」と読む人、そもそも読み方を気にしない人もいるのでは。

ふぅむ、なるほどね。文字で書かれた「姉弟」を、単に文字として受け取って具体的な読み方なんて気にせずにスルーしてしまう人って、案外多いのだろう。そして新聞だったらそれで済んでしまうが、放送となると逆に「きょうだい」と言って文字の方をスルーしてしまうことも可能だ。

ただ、最近は放送されたものを文字情報としてネット上にアップしておくというのも普通になっているので、そんな場合はどうしたらいいのか? ああ、日本語って、時々ものすごく面倒くさいことがある。

 

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2022年10月27日

"Free market" と "flea market"

JAPAAAN のインデックスに "フリーマーケットのフリーは「自由」にあらず。日本や諸外国のそれぞれの起源をたどる" というのがあるのを見つけ、「何言ってんだ? "Free market" は『自由市場』じゃん!  もしかして、中国の回し者?」なんて思ったが、ページを表示した途端に疑問が解けた。

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表示してある写真が、どう見ても「蚤の市」なので、すぐに「そうか、"flea market" のことね」と納得。日本語の表記では "L" と ”R” が区別できないので、こんなようなトンチンカンがよく生じる。

本当に "light" と "right" をきちんと区別して発音できる日本人は案外珍しい。さらに "reality"(現実)とか "umbrella"(傘)なんてことになったらグチャグチャだ。

私は小学校 6年生の時の新潟地震でもらった救援物資に、どういうわけか英会話ソノシートなんてものが入っていて、ネイティブの発音をひたすら感覚的に真似していたために、 "L" と ”R” の発音の区別は自然にできてしまった。それに関しては、3年近く前に書いている(参照)。

そして生涯でただ一つだけ通った学習塾(英語教室)の上野先生がみっちりと叩き込んでくれた(参照)ので、さらにしっかり身についている。ありがたいことで、いくら感謝しても足りないぐらいだが、せっかく同じ英語教室に通っても 8割以上の生徒はカタカナ発音だった。

というのは、彼らが英語を覚えるのにカタカナ頼りだったせいだと思う。せっかくあの英語教室に通ったのに、カタカナで発音を覚えては意味がない。

何しろあの頃は、「ビートルズの歌をビートルズのように歌いたい」という一心だったので、とにかく「ちゃんと英語に聞こえる発音」を身に付けたかった。ビートルズをカタカナで歌ったのでは台無しで、まさに英語にカタカナは天敵だ。

ちなみに私が若かった頃、多分 1970年代半ば頃までは「フリマ」なんて言葉は存在しなくて、フツーに「蚤の市」と言われていた。モロに "flea Market" の直訳が、ちょっとした異国情緒を伴って市民権を得ていたのである。

そしてその後にカタカナの「フリーマーケット」という言い方が、ちゃんとした検証なしに受け入れられてしまったという印象がある。その過程で、「誰でも自由に出品できる市場(いちば)」という誤解が生じたんだろう。

ちなみに「"Flea market" は『自由な市場』じゃない」というのは、インターネット上で昔から時々思い出したように取り上げられるネタで、そういえば私も 18年も前に「フランス語訛り」というタイトルの記事の中で触れている。

この記事の中で、私はフランス人が "H" の音を発音できずに、"history" を「イストリ」と言ったり「日本語」を「におんご」なんて言ったりするのが気になると書いているが、実を言うとフランス語の "r" の発音は、ちょっと官能的で好きなんだよね。

そんなわけで、Sylvie Vartan (シルヴィー・ヴァルタン)のファーストネームの "l" と苗字の "r" は、ちゃんとフランス語風に区別して発音できる。フランス語は 1〜4 までしか数えられないのに、「3」(troi)はちゃんと舌の先の方じゃなく奥の方を使ってフランス語風に発音できるのだから妙な話である。

結論。とにかく、外国語はカタカナで覚えちゃいけない。

 

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