カテゴリー「言葉」の581件の記事

2020年11月19日

日本人は普段の行動を言語化していない

Quora という Q&A サイトで「なぜ日本人は英語が下手なのでしょうか?」という質問に、Tominaga Shintaro さんという方がとても納得できる回答を寄せてくれている(参照)。要するに「日本人は普段の行動を言語化していない」からだというのである。

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Tominaga さんが英国、米国に滞在していたとき、車で顧客を訪ねる際に電話で道順を聞くと、相手は見事に詳しい説明をしてくれ、その通りに行けば容易に目的地に到達できた。ところが日本人に「家から職場までどうやって行くか」を日本語で話すように頼んでも、しどろもどろになるという。

つまり日本人は「英語が下手」という以前に、物事を言語で表現することが苦手だというのだ。日本語で表現することすら苦手なのだから、ましてや英語でしゃべってみろと言われても戸惑うのみである。

日本人の多くは道順を言葉で説明するぐらいなら、簡単な道案内図を描いて渡す方が楽と考える。しかし英米人の多くは、そんな面倒なものを描くるより、手っ取り早く口で説明させてくれということになるようなのだ。

Tominaga さんは「日本人は道順を絵画的に捉え、英米人は、それを言語化する文化的な癖がある」と指摘している。なるほど、納得である。

というわけでそもそも日本人は「母国語を使って道順を説明する」ことすら苦痛なのだから、英語を使うのはもっと苦痛ということになる。だから英語が上手になりたいなら、まず日本語が上手にならなければならない。

そのためにはとりあえず、言葉で道案内ができるように訓練するのが効果的だろう。もっと言えば、相手が言葉で説明してくれた内容をその言葉通りに受け取れるように訓練することも必要だと思う。多くの日本人は、言葉をきちんと論理的に受け取ることさえ苦手のようだから。

物事を日本語で筋道立ててで説明できるようになり、相手の言葉をきちんと解釈できるようになれば、後は英語の言い回しに慣れさえすればいい。

 

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2020年10月29日

「わかる」と「学ぶ」、「習う」

知識共有サイトの "Quora" に、【「理解する」という意味の英語 “understand” は、なぜ「下に立つ」というのですか?】という質問が寄せられ、英語講師/言語認知コンサルタントの オールライト ちえみ さんが、目からウロコの落ちるような回答を寄せてくれている(参照)。

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「わかる(分かる)」と ”understand" という言葉の比較から、和洋の発想の違いまで見えてくる名回答だ。下に引用してみよう。

『分かる』とは『分ける』こと:そもそも同化していたヒト/モノ同士を分離する

※『理解する』は理で解くことなので、やはり絡まっていた(同化していたもの)を解くイメージですね。

『understand』:under-間(現代では “下” を指しますが、そもそもは何かと何かの “間” のことを意味していた)+ stand-立つ→そもそも分離していたヒト/モノ同士が接近して立っていること

ーーー

『人』を対象にしてみると。。。

私はあなたのことを分かっている  →  私はあなたと分離している(そもそもはくっついて同化していた)

I understand you.  →  私はあなたに近づいている(そもそも離れていた)

たしかに「わかる(分かる)」の語源は「分ける」であり、語源由来辞典には次のように説明されている(参照)。

わかるは、「わける(分ける)」と同源。
混沌とした物事がきちんと分け離されると、明確になることから。

つまり日本語的発想では、ものごとというのは初めはごちゃごちゃに絡まり合っているものであり、古事記の序文でも、天地の初めはすべてが渾然一体だったが、それがだんだん分かれてきたということになっている。

ところが英語的発想では、全てのものは別個である。聖書の『創世記』でも、初めは闇でしかなかった世界に、神が光を始めとする万物を順々に創造されたとあるから、発祥からして別々だったのだ。

そうした中で、それまでの自分のポジションと対象のポジションの、中間点に移動する ・・・ つまり「対象に近付く」というのが、とりもなおさず ”understand" であるようなのだ。

日本語的文脈では、ものごとを「わかる(理解する)」ためには、対象をきちんとほぐして区別して考える(分析する)、つまり「離れてみる」必要がある。本来は別々であることが前提の対象に敢えて近付こうとする英語的文脈とは、もろに対照的だ。

ところで「学ぶ」という語は「真似る」(まねぶ)と共通の語源をもつとされており、どちらが先かはわかっていない(参照)。さらに「習う」は、「見倣う(みならう)」などの「倣う」と語源が共通していて、「学ぶ」と比較しての違いは「教える人が明確に存在する」ことだという(参照)。

ということは、「学ぶ」と「習う」は、どちらも「『真似る』『倣う』ことを通じて再び一体化しようとするはたらき」と言えるだろう。つまり学んだり習ったりするためには、一度「分かれて」みて、対象を客観化することが前提条件として必要のようなのだ。

ちなみに現代日本の口語で「それって、わかるわぁ!」みたいに言う場合は、「一緒だね!」というようなニュアンスが強く、「分かる」という語源的意味からは離れてしまっているようだ。論理的な理解というより、かなり「感覚的」なものだ。

従って「それって、分かるわぁ!」なんて漢字交じりに表記してしまうと、論理と感覚がケンカして、ちょっとした違和感である。

 

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2020年10月11日

「巨像恐怖症」というもの

昼前の TBS ラジオ『安住紳一郎の日曜天国』を聞いていると、「苦手なこと」というテーマで聴取者からのメッセージを募集しており、その中に「牛久大仏が怖い」というのがあった。

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このメッセージの主は、「大仏が怖いというのは、前世でよほど悪いことをしたに違いない」と長年にわたり思っていたが、よく調べると「巨像恐怖症」とか「巨大物恐怖症」とか呼ばれるもので、前世とは関係ないとわかったという。これでずいぶん安心したというのだから、よかったね。

その原因についてはいろいろな仮説があるが、その一つに「恐竜などの巨大生物から逃れるための防衛本能の名残」という説があるらしい。大仏様も恐竜と一緒にされては気の毒なことである。

ちなみに上の画像からもリンクした「巨像恐怖症」に関する青木エイミーという人の書いた記事に、こんなトンチンカン記述がある(参照)ので驚いた。

巨像恐怖症を英語で言うと「Colossal phobia」となります。例えば、「私は巨像恐怖症なので今日の遺跡見学は参加せず、自由行動にさせてください」というときには、「I am a colossal phobia, so please do not participate in the tour of today’s ruins and let me move freely.」で通じます。自身にその自覚がある場合には、このワードを覚えておくと、海外で心身に悪影響が出た際も安心です。

"Colossal phobia" はフツーは "colossalphobia" という 1ワードの不可算名詞だから、”I am colossalphobia.” が一般的だが、さらに究極的なまでにイッちゃってるのが、それに続く部分だ。

please do not participate in the tour of today’s ruins and let me move freely.

これだと「(あなたは)どうか今日遺跡の旅行には参加しないでください。そして私を自由に移動させてください」という意味になってしまう。(中学生レベルの英語だから、わかるよね)

こんなことになってしまったのは、「今日の遺跡見学は参加せず、自由行動にさせてください」という元々の日本語からして主語が曖昧すぎるからだ。つまりこのケースでは、直訳してしまった自動翻訳(としか思えない)には主たる罪がない。

こんな翻訳をまんまコピペして「〜で通じます」(いや、通じねえよ!)なんてノー天気に言い切るのだから、エイミースゴい! この人、「日本人とカナダ人のハーフ」と紹介されている(参照)が、ハーフにも「英語音痴」っているのだね。

自動翻訳に頼るぐらいなら、いっそ余計なことは書かなきゃいいのに。

というわけで、私は近頃「自動翻訳恐怖症」(automatic-translationphobia)になりかけている。

 

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2020年10月 9日

「キムタク」に至る系譜

毎月、5 と 10 の付く日(いわゆる「ごとうび = 五十日)は銀行と道路が混み合うが、今日はその前日の 9日とはいえ、明日は土曜日で多くの企業がお休みとなるためか、道路がやたら混雑した。

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というわけで、大型トラックのすぐ後ろで渋滞の中をノロノロ走ると、かなりストレスが溜まる。写真は赤信号のだいぶ手前で止まっている時にちゃちゃっと撮影したもの。この時は、信号 2回待ちだった。

トラックの荷台の文字を読むと、"Suzuyo Cargo Net" とある。ということは、「鈴与」のトラックなのだろう。私の若い頃は「鈴与」といったら倉庫会社のイメージが強かったが、今や物流を中心とする一大グループ企業として知られている。

30代の頃、繊維業界の在庫と物流を集中的に取材した際に、「鈴与」という社名が創業者の「初代鈴木與平」にちなんでいると知った。創業は 1801年(寛政 13年)。現在の代表取締役会長は 7代目鈴木與平、社長は 8代目鈴木與平だそうだ(参照)。すごいね。

歴史の古い企業には、このように創業者の名前を縮めて社名としているケースが結構ある。例えば大手商社の伊藤忠の社名の由来は、「1858年、初代伊藤忠兵衛が麻布(あさぬの)の『持下り』行商を開始したこと」(参照)とされている。(注:「持下り」については、最下段参照)

1858年といえば幕末の安政年間のことで、商売の始まりが麻布だけに、今でも大手商社の中では一番繊維関係に強みをもっている。

創業者の名前を縮めて企業名としているのは、この他にもイトマン(初代伊藤萬助)、イトーキ(伊藤喜十郎)、塩野義製薬(塩野義三郎)、ジュンク堂書店(創業者の父親、工藤淳の名字と名前をひっくり返している)などがある。

小規模なローカル企業に目を移すと、さすがに歴史の古い繊維関係の産地に、こうした社名が多い。私の故郷山形県の米沢産地には、安部吉、近賢織物、齋英織物、佐米染色など、いかにも名字と名前を縮めたものと思われる名前の企業が目白押しだ。

私が一時深く関連していた尾州の毛織物業界では、中伝毛織、中善毛織、鈴富毛織、鈴憲毛織、渡六毛織など、この類いの社名のオンパレードである。

そして時代が下っては、映画界で「エノケン(榎本健一)、「阪妻(坂東妻三郎)などが一世を風靡し、現代でもトヨエツ(豊川悦司)、キムタク(木村拓哉)に至るまでその系譜が続いている。この発想、なかなか根強いもののようなのだ。

【同日 追記】

そういえば、「モリリン」という会社もあった。江戸時代の創業時は「森林右衛門商店」だったという。これに関しては 3年前に自分で ”「モリリン株式会社」 という社名のアクセント“ という気味を書いていたんだった。

【「持下り」とは】

近江商人の原点とも言える商法。上方の品を地方に持ち下って販売し、得た利益で行った先の地域の産品を仕入れ、それを販売しながら上方に帰る。往復で商売するので「のこぎり商法」とも言われた。

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2020年9月17日

改めて数えてみると、「マイ造語」ってのが結構ある

18年以上もブログを書き続けていると、私特有の言葉遣いみたいなものができてしまっていたりして、中でも「マイ造語」ってのも結構あることに気付いた。きっかけは 9月 12日付 ”「ぶっちゃけ本音主義」もここまで来たか” という記事だ。

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この「ぶっちゃけ本音主義」というのは、ドナルド・トランプのスタイルをいったもので、初出は 2016年 5月 14日付の "近頃台頭している 「ぶっちゃけ本音主義」" 。これは 4年前の米国大統領選の前に書いた記事である。

この時点では、私は一応ヒラリー・クリントンが勝つと予想しているものの、「トランプが好きな中西部の連中は、たいていヒラリーみたいな女が嫌いだから、どう転ぶか知れたもんじゃない」と書いている。それが本当になって、「ぶっちゃけ本音主義」の強さを目の当たりにしてしまった。

というわけで、この「ぶっちゃけ本音主義」は私の造語の中でも最大ヒットと言っていいかもしれないが、その他にも結構あるので挙げてみよう。

和歌ログ」(初出: 2003年 12月 2日

私のもう一つのブログ「和歌ログ」が始まったのは、もう 17年も前になるわけだ。「マイ造語」の中でも定番化してしまっている。

夜蝉」(初出: 2009年 8月 10日 の和歌ログ)

「和歌ログ」の中で使った言葉だが、「代々木ゼミ」の略称、「代ゼミ」の洒落でもある。改めて 2013年 8月 11日、Today's Crack に "「夜蝉」という言葉を造語して" という記事を書いている。今や ”Weblio" に「季語」として載っている(参照)のだから、大ヒットだろう。

イタセリ」(初出: 2013年 8月 11日

上述の "「夜蝉」 という言葉を造語して" という記事中で、"これは妻との間でしか通用しない。「至れり尽くせり」 の省略形である" と紹介している。

バッファリング・プレイヤー」(初出: 2009年 8月 11日

「夜蝉」を造語した翌日、Today's Crack の「生物多様性ということ」という記事で何気なく使った言葉。「暑くなりすぎる要因を吸収してくれるバッファリング・プレイヤーが、いなくなってしまったのだ」と、さりげなく書いている。

「衝突を防いでくれる上手な調整役」という意味でも使っている。ちなみに「バッファー・プレイヤー」という選挙関連の和製英語もあるらしい。

独立双頭峰」(初出: 2019年 2月 18日

富士山のように、他の山と稜線を連ねずにすっきり聳えているのを「独立峰」というが、私の生まれた庄内平野の北の鳥海山と、今住んでいるところの筑波山は、峰が二つに分かれているので、「独立双頭峰」と名付けた。初出記事に飛ぶと、画像が見られる。

レコーダー・イヤ」(初出: 2020年 9月 14日

私の一番新しい造語。見たものを瞬時に写真に撮ったかのように記憶する「カメラ・アイ」に対して、音を録音したかのように記憶する能力を「レコーダー・イヤ」と呼ぶことにした。私にはこの「レコーダー・イヤ」があるらしい。

さらに個人的にしか通用しない、英語の造語なんてのもある。"tandle" という言葉(初出: 2019年 6月 18日)だ。

10代の頃、アストラッド・ジルベルトの歌う『イパネマの娘(The Girl form Ipanema)』の最初、"Tall and tanned and young and lovely" という部分を  ”Tall and tandle..." と空耳しちゃっていた。(リンク先の YouTube に飛んで聞いていただきたい。本当にそう聞こえるから)

"Tandle" とは「スリムでイケてる」みたいな意味のスラングなのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、調べてみても実はそんな言葉はどこにもなくて、ひょんなことからできてしまった造語というわけだ。

これからもひょいとテキトーに言葉をつくってしまうかもしれない。

【同日 追記】

そうだ忘れてた、「異白」(異様な白さ)というのもあった。初出は 2016年 8月 20日の "「美白」と「異白」"。

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2020年9月15日

PayPal では「クマムシ」を意味する英単語が禁句

「スラド」の 9月 14日付に、「PayPal ではクマムシを示す英単語がブロック対象になっている」という、わけのわからないタイトルのニュースがある。

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米国では最近、"tardigrade"(クマムシ)をモチーフにしたオーナメントに妙な人気があるようで、今回の PayPal の措置がクリスマス商戦などに影響が出るのではないかという懸念にまで発展しているという。

クマムシと言っても大抵は「何それ?」ということになってしまうだろうが、近頃では「どこにでもいる最強の生物」として注目が高まっているらしい。Leave a nest のサイト(参照)から引用してみよう。

ムシと名がつくことから昆虫と誤解されがちですが、昆虫ではなく正確には「緩歩(かんぽ)動物」と呼ばれる生き物です。体長は大きいものでも 1mm 程度しかなく、4対の足でクマのように「緩やかに歩む」ところから、クマムシ、そして緩歩動物と呼ばれるようになりました。

(中略)

その能力から「最強の生物」と呼ばれたりもするくらいです。例えば、クマムシは 150℃ という高温や、‐200℃ という低温につけられても生き延びます。また、ヒトの致死量の 1000倍以上の X線を照射されても、6000気圧もの高圧をかけられても生き延びてしまうのです。

本来は こちら の東大制作の動画で見られるように地味な外観の小さな生物なのだが、米国では上の画像のようにキラキラしたエナメルのオーナメントになって人気が出ているらしい。米国人というのは、時々妙なものを好むよね。

ところが米国の PayPal(決済サイト)では、「クマムシ」を意味する ”tardigrade” という単語がブロック対象になっていて、商品名や商品説明にこの単語の含まれる品物を取引しようとすると、決済が完了できないのだそうだ。

このことは、決済システムの不具合に気付いたシアトルのギフトショップ Archie McPhee が PayPal に問い合わせたことで判明したという。そんなわけで、商品名を "Tardigrade Enamel Pin" から "Water Bear Enamel Pin" に変えたショップもあるというのだから、面倒な話だ。

どうして "tardigrade" という単語がブロック対象になるのかは正式には発表されていないようだ。しかしどうやら、語頭にある "tard" と 語尾の "grade" の組み合わせで "retard" という単語が連想されてしまう可能性について、システムが過剰反応してしまうことによると考えられる。

iPhone にインストールしてある "The Wisdom English Japanese Dictionary" によると、"retard" は、動詞としては「...を遅らせる、後に延ばす、...を妨げる」という意味の一般的な単語だが、名詞としては「(けなして)知惠遅れの人」という意味の差別用語として使われることがある。

というわけで、”Tardigrade” は「グレード(段階)として遅れている」- "retard" という差別的イメージをもたれかねないとして弾かれてしまっているようだ。

米国のシステムというのはこうした「ポリティカル・コレクトネス」に関する要素に、かなり神経質になっているようなのだね(参照)。冒頭の画像に表示されたタイトルでは、"Cuba" という言葉まで禁句のようだし。

 

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2020年9月 2日

「血ぃ見るで!」・・・  一音節名詞のこなし方

本日は、一昨日の "「カガ/チガ」じゃなかった、「蚊/血」に見る二律背反" という記事の、いわば続編のようなものである。「またしても、妙なところにこだわってるな」と苦笑いされるかもしれないが、まあ、ちょっと我慢してお付き合いいただきたい。

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親が「蚊が!」とか「血が!」とか言いがちなので、子どもが「カガ」とか「チガ」とかいうのだと思い込むのは、結構よくあることのようなのだ。それで小学校 6年生の子が「『カガ』に刺されちゃった」と口走ったり、ウチの長女が怪我をして「『チガ』が出ちゃった」とアセったりする。

それで私としても、"げに恐るべきは「一音節の名詞」である" と書いている。

ところが関西弁では、「一音節の名詞」を文字通り短い一音節で発音することは少ないようなのである。母音をちょっと延ばし気味にして、寸詰まりの一音節で終わるのをビミョーに避けている。

というわけで「蚊」とか「血」は、「蚊ぁ」「血ぃ」になったりする。「いわゆる標準語」では「血をみるぞ!」というところが、「血ぃ見るで!」になり、このシステムの方がずっと迫力あるのだ。

そのおかげで、「手を出す」と言うところを「手ぇ出す」と発音して、「を」という助詞の省略を可能にしている。「いわゆる標準語」では助詞を省くと「手出す」になって寸詰まり感が出てしまうが、「手ぇ出す」だとかなり自然だ。やはり関西弁の方が日本語の本家本元と思わざるを得ない。

ちなみに私の故郷の庄内弁でも、「蚊ぁ」「血ぃ」「手ぇ」・・・ になる。「蚊に刺された」は、庄内弁だと「かぁがらかっだ」。わけわからないだろうが、原語的には「蚊から食われた」ってこと。

ついでに説明しておくと、「食う」は「食わない、食います、食う、食うとき、食えば、食え、食おう」の五段活用だが、庄内弁では、「かね、(くいます)、く、くどぎ、けば、け、こ」と、チョー・シンプル。なお、「くいます」なんて言い方は滅多にされず、敢えて丁寧に言うなら、「くなでがんす」かな。

尾籠な例だが、「へぇふる」と言ったら「屁をひる」という意味で、ちょっと高尚になると「木を見て森を見ず」は「木ぃ見で森見ね」だ。関西だと「木ぃ見て森見ぃひん」みたいになるのかな。

自然な日本語では、「てにをは」が結構自然に省かれる。ところが「一音節の名詞」をかっちりと短く発音する際には、ことさらに使う必要が生じてしまうわけだ。ちょっとワンクッション置かないと、どうしても寸詰まりになってしまうのでね。


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2020年8月 9日

“Music Don't Lockdown” を正しい英文に直せ

6日前、NHK の朝の番組「マイあさ」で高山羽根子・作の『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』という小説を知った(参照)が、今朝の「マイあさ」では「MDL “Music Don't Lockdown"」というオンライン・イベントを知った。6日前は大きな共感があったが、悪いけど今朝は違和感だったのだよね。

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番組には発起人の いとうせいこう が出演していて、このイベントについてかなり得意げにアピールしていたのだが、悪いけど私は、いとうせいこう と みうらじゅん の 2人にはあまりいい印象を持っていない。今回も “Music Don't Lockdown” と聞いて、「何じゃ、そりゃ?」と思ってしまった。

この違和感は、イベントの趣旨についてではない。あくまでも、言葉の観点からのものである。まず誰でも気付くのは、「主語が "Music" という「三単現」の名詞なのだから、次は "Don't" じゃなく ”Doesn't" になるよね」ということだ。こんなのは中学英語の「基本の基本」である。

2番目の違和感は、"Lockdown" というのは「厳重監禁」とか「封鎖」といった意味の「名詞」だってことだ。まあ、名詞を動詞として使っちゃう(日本語でも「神ってる」とか)こともあるのだが、この場合は「うーん」となってしまう。

というのは、”lockdown" を動詞として使う用例には、私は未だかつて遭遇したことがないのだ。この名詞は動詞化しにくいんじゃないかと思っている。元々 ”Lock" という動詞からわざわざ派生させた名詞だしね。

”Music Doesn't Lockdown" と修正した上で、「無理矢理に動詞として使ってるんですよ」と言われるかもしれない。これだと「音楽は封鎖しない」って意味になるだろうが、しかし今度は「音楽は何を封鎖しないの?」と聞きたくなってしまうではないか。

「いやいや、"lockdown" は他動詞でなく、自動詞として使ってるんです」ということなのかもしれない。しかしそれだと「音楽は閉じこもらない」との意味になり、「今さら改めて言われるまでもなく、音楽って本来そういうもんでしょ」と言いたくなる。どうしても言葉としての不自然な感覚は残ってしまうのだ。

「いや、こういうご時世だから『音楽よ、閉じこもるな』というメッセージなんでしょ」と弁護する向きもあるかもしれない。しかしそれならそれで、"Music, Don't Lockdown” と、カンマで区切ってもらいたいところだ。あるいは、"Music, Don't Get Lockdown” の方がまだいいかも。

というわけで、「"Music Don't Lockdown" の趣旨を極力親切に汲み取った上で、「正しい英文」に直せ" という試験問題を出したくなってしまった。正解は 1つじゃなく、いろいろな言い方があるだろうね。

ちなみに、NHK 「マイあさ」のサイトには「MDL“ミュージック・ロック・ダウン”」(下線 筆者)と表示されている(参照)。要するに NHK、よくわかってないようなのである。

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2020年7月27日

ポリティカル・コレクトネス(政治的適正)という問題

スラドが 7月 26日付で "VMware がコネクターの「オス/メス」表記を非推奨にするとの報道" という記事を載せている。元記事は The Register の "VMware to stop describing hardware as ‘male’ and ‘female’ in new terminology guide" (7月 23日付)というものだ。(VMware: 参照

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コネクターの(いわゆる)「オス/メス」を英語でも ”male/female" と言い慣わしているとは、この年になって初めて知った。洋の東西を問わず、発想は共通しているようなのである。

そして今後は "plug/jack" (プラグ/ジャック)の表記を推奨するというのだが、「ジャック」が「受け口」の方だったなんてことも、この年になって初めて知った。何しろ 68歳になったばかりだし。

ポリティカル・コレクトネス(政治的適正)に基づいた表現というのは、1980年代に米国で始まったものだが、40年近く経った今でもコネクター関連で ”male/female" なんていう言葉を使っていたとは、かなり意外なことである。妙なところに盲点ってあるものだ。

この記事では、次のような語句の置き換えも推奨されるとしている。

  英語   意味
she/he → they 彼女/彼 → (ちょっと意訳して)人々
kill/abort → stop 殺す/中絶する → 止める
segregate → separate 隔離する → 隔てる
blacklist → denylist ブラックリスト → 否定リスト
black hat → unethical 悪意あるハッカー → 非倫理的

なるほど、性的、身体的、人種的にアブない、あるいはビミョーな表現は避けようということのようだ。ただ、これに関しては次のように触れられていて、さらにビミョーのようなのである。

ソースはThe Registerが目撃した「Offensive Terminology Effort」というVMwareの内部文書とのことで、真偽も確認できない。導入時期や方法については記載がなかったとのことだが、VMwareが数日前に公開したサポートドキュメントの中にも「blacklist/whitelist」が使われているものがあり、VMware内部で話が進んでいる感じでもなさそうだ。

本当だ。リンク先をみると何とまあ、見出しの部分に "whitelist and blacklist" としっかり表記してあるじゃないか。ことほどさように、この問題に関しては、まだまだこれからのようなのだ。それにしても改めてみると、IT 用語って、ヤバい表現が案外多いのだね。

 

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2020年7月17日

漢字の「四」がこうした字になってしまったわけ

Quora という Q&A サイトに、「なぜ漢字の四はこんな形なのですか?」という質問が寄せられており、その回答が「へえ! 知らなかった!!」というレベルだったので、ちょっと感動してしまった。下の図は、その回答に添えられたものである。

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寄せられた回答は、端的に言えば「当て字の方が正式な字になってしまったから」というものだ。つまり「四」という字は、元々は「当て字」だったというのである。

具体的な話はリンク先に飛んでいただければ詳しく書いてあるが、大昔の元々の漢字では、四というのは「二」を縦に 2つ重ねて書いた形、つまり「横棒が 4本」だったという。上の図の右側が、元々の 「一、二、三、四」だったというのだ。

ところが、見た通り「横棒が 4本」では、他の漢数字と続けて書いた時にわかりにくい。そこで、「シ」と読む同音異義の「四」を当て字として用いるようになり、いつの間にかその方が正式になってしまったというのである。

ちなみに「四」というのは、元々は「口の中に歯や舌が見える様子」を表した象形文字で、「息」を意味する漢字だったという。念のため重ねてググってみたが、"漢字の「一」「二」「三」の次がいきなり「四」になるのはなぜなのか?" というページにも同様の説明があるので、一応信じていいだろう。

いやはや、知らんことってあるものである。

こうなると "「五」という字は、「三」に縦の棒 2本を足してできたのか" なんて考えたくなってしまうが、それは「素人の浅ましさ」というもので、実際には下図のような成り立ちらしい(参照)。「五行説」から来ていて、結構深いのだ。

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なるほど。「三」の字に単純に縦棒 2本を加えたら「日」の字になって、「火・水・木・金・土」の五行説からビミョーに離れてしまう。

以上、本日は「漢数字講座」のお粗末。

 

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