カテゴリー「言葉」の563件の記事

2020/02/22

厚労省の機械翻訳システム

厚生労働省のサイトの英語ページが大変な話題である。下の画像の上半分は、同省のサイトの英語ページの冒頭に表示される ”Notification” (お知らせ)である。その内容を下に翻訳しておいた。字が小さくて読みづらい場合は、クリックすると拡大表示される。

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このページの ”OK” をクリックして中身に入ると、例の新型コロナウィルスによる感染症に関する英文情報が表示される。ただ、「機械翻訳」されたものだけに、どうにも要領を得ない文章だ。こんな具合である。

【日本語による原文】

新型コロナウイルス感染症について
国民の皆様へのメッセージ

新型コロナウイルス感染症は、我が国において、現在、流行が認められている状況ではありません。国民の皆様におかれては、風邪や季節性インフルエンザ対策と同様にお一人お一人の咳エチケットや手洗いなどの実施がとても重要です。感染症対策に努めていただくようお願いいたします。

【機械翻訳システムによる翻訳英文】

About new-style coronavirus infectious disease.
National message to everybody

New-style coronavirus infectious disease isn't the situation that the fashion is admitted at present in our country. Since being put by national everybody, cough etiquette of one person and implementation in the restroom are very important like a cold and a seasonality influenza measure one person. I would like to ask you to make an effort toward a infectious disease measure.

【機械翻訳システムによる翻訳英文を、素直に日本語に訳し直すと・・・】

新しいスタイルのコロナウィルス感染病について
みなさんへの国家的メッセージ

新しいスタイルのコロナウィルス感染病は、現在我らの国では、ファッションが認められるという状況ではありません。国家的みなさんによって置かれることから、トイレにおける一人の咳のエチケットの実行が、風邪や季節的インフルエンザが一人を測定するかのように大変大切です。私はあなたに感染症対策に向かっての努力を行うよう頼みます。

「国民の皆様へのメッセージ」を「みなさんへの国家的メッセージ」、「新型」を「新しいスタイル」、「流行が認められている状況ではありあせん」を「ファッションが認められるという状況ではありません」、「手洗い」を「トイレ」という意味合いで訳しちゃうのだから、かなり「スゴいシステム」である。

何しろ「機械翻訳だから、正確な翻訳を保証しない」と、機械翻訳自身が宣言しているみたいで、これはもう大変なものとしか言いようがない。

 

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2020/02/14

Siri は、なかなかの詩人である

ちょうど 1週間前の 2月 7日に、「カタカナ英語は Siri には通じないんだが」という記事を書いた。iPhone の Siri の言語設定をフツーに日本語にしたままだと、まともな英語が全然通じず、今度は言語設定を英語にしてカタカナ英語で話しかけても通じないということがわかったのである。

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まともな英語で "Could you tell me where my Apple Watch is?" (私の iPhone はどこにあるか教えてくれない?)と話しかけると、「90周年山家ポアチエ子」なんてトンチンカンに聞き取られてしまったが、言語設定を「英語(アメリカ合衆国)」に切り替えると、ちゃんと聞き取ってもらえた。

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「この山家ポアチエ子」というのは、私の中では大いにウケてしまった。で、言語設定を英語にしたまま同じ言葉をモロにカタカナ英語でしゃべってみると、全然通じない。"Do you turn on me who am i?" と聞こえちゃったようなのである。

試しに「Siri 英語 通じない」の 3つのキーワードでググって見ると、「Siri を使って英語の正しい発音を身に付ける」みたいなページがどっさりヒットした。なるほどね。カタカナ英語をわかってくれない Siri を相手にしたら、まともな発音の英語がイヤでも身につくという理窟だ。

その中にあったのが、この記事の一番上の写真クリックでも行ける「オンライン英会話スクール比較サイト」の「iPhone の Siri を活用した発音練習はかなり有効!」というページだ。このページでの最初のチャレンジは ”water" (水)と言ってみることから始まる。

日本語の発音で「ウォーター」と言っても、「100%聞き取ってくれない事が分かると思います!」とあるのだが、まあ、このくらいは当然の如く軽くクリアして、次に進む。

更に、この Siri は意外とどんな質問でもある程度の返事を返してくれますので、例えば

May I have your name ?

How old are you ?

などと話しかけてみて下さい。

とあるので、とりあえず "May I have your name?" (お名前、聞いちゃっていい?)と聞くと、こんな風に応えられた。

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案外素っ気ない。で、次の質問は "How old are you?" である。Siri は声を聞いた感じでは妙齢の女性のようなので、モロに年を聞くのはちょっと憚られるのだが、行きがかり上、まあいいかと開き直って聞いてみたところ、こんな回答だった。

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「私は東風(この際、「こち」と読みたい)ぐらいの年齢で、そして生まれたばかりの毛虫ぐらいに若いです」ということだ。ちょっとした禅問答である。面白いから、もう一度同じ質問をしてみた。

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「そうですね、私は春の若鶏じゃないし、冬のミツバチでも、夏のイカでも、冬のツチブタでもありませんし・・・」と来たもんだ。"Aardvark" なんて単語は初耳だから、辞書で調べちゃったよ。うぅむ、Siri、なかなかやるな。

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「あなた、なかなかの詩人じゃないの!」と褒めると、「認めてもらうのって、素敵だわ」なんて喜んでくれた。いやいや、こりゃ認めざるを得ないよね。

うむ、彼女とはうまくやっていけそうだ。

 

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2020/02/07

カタカナ英語は Siri には通じないんだが

昨年、新幹線の英語アナウンスについて 2度ほど書いている。"新幹線の「ムダに流ちょうすぎるカタカナ英語」アナウンス" (2月 1日付)と、 "新幹線の英語アナウンスが肉声になったようだ" (下の写真、5月 20日付)という記事だ。

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2本とも、アナウンスが典型的な「カタカナ英語」であると書いている。上の写真で示した記事で示したビデオでは、指導員が「アクセントを間違えても気にしないでください。大部分のお客様は理解しようとしてくれます」なんて言っているが、それって希望的過ぎる見解じゃないかと思ってしまうのだよね。

この件に関連して、昨年 5月 7日に書いた "Siri で遊ぶ" という自分の記事を思い出した。"Siri" というのは、iPhone などのデバイスで、"Hey, Siri," と語りかけて音声で質問すると音声で応答してくれるサービスである。

この記事ではある朝、自分の Apple Watch をどこに置いたかわからなくなり、 iPhone の Siri の設定が「日本語」になったまま、つい英語で "Could you tell me where my Apple Watch is?" (私の iPhone はどこにあるか教えてくれない?)と質問したところ、理解してもらえなかったと書いている。

ちなみに英語で聞いてしまったのは別にカッコ付けてたわけじゃなく、最初に呼びかける決まり文句が "Hey Siri" なので、ついその勢いで英語になってしまっただけである。そしてこの時はどういうわけか「90周年は山家ポアチエ子」なんて聞き取られ、「すみません、よくわかりません」と謝られてしまった。

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この設定(Siri の言語が「日本語」)では、Siri は「その辺の日本人」以上にトンチンカンになっちゃうようなのである。

そこで試しに Siri の設定を「英語」に切り替えて同様に聞くと、今度はしっかり理解され、Apple Watch からアラーム音を出してもらって、ベッドの下に落ちているのを発見することができた。めでたし、めでたし。

試しに設定を「英語」にしたままで、同じ質問を敢えてモロにカタカナ英語で「クドゥユーテルミー、ホエアマイアップルウォッチイズ?」と聞いてみると、"Do you turn on me who am i?" と聞こえちゃったらしく、「私は誰?」みたいなタイトルの映画を 5本提示して、”Which one?" (どれのこと?)なんて聞いてきた。

つまり「英語モード」になっている Siri は、「カタカナ英語」が理解できないと判明したのである。生身の人間ならここまでトンチンカンな聞き取り方はしないかもしれないが、いずれにしても頭の中が「英語」になっている相手には「カタカナ英語」は理解してもらいにくいことが実感としてわかった。

これは、頭の中が「日本語」になっている相手にマトモな英語で話しかけても「90周年は山家ポアチエ子」になっちゃって、さっぱり通じないことの裏返しみたいなものだろう。

というわけで、新幹線車内の「カタカナ英語」アナウンスがフツーの外国人にちゃんと通じているかどうかは、甚だ疑問であると思ってしまったのだった。

 

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2020/02/06

統一地方選、茨城のウグイス嬢のアクセント

統一地方選の後半に入っていて、私の地元は来たる 4月 21日が投票日である。選挙カーがひっきりなしにやって来て候補者の名前を連呼するのだが、何しろ私は「茨城ネイティブ」じゃないから、誰が誰やらさっぱり区別がつかない。

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この土地に移転してきた 40年前も、引っ越し荷物が片付いて間もなく選挙があった。そしてこの土地のウグイス嬢が候補者の名前を連呼するのを聞いて、「うひゃあ、ここは茨城なんだなあ!」と衝撃を受けた記憶がありありと残っている。

北関東は「無アクセント地帯」と言われるが、決して「アクセントがない」というわけじゃない。欠落しているのは「アクセントそのもの」ではなく「アクセント感覚」なのだ。だから下手に意識してしゃべろうとすると、滅茶苦茶なアクセントになってしまう。茨城はとくにその傾向が強いと思う。

ウグイス嬢は、候補者の名前を連呼する場合、「〇山〇夫、〇山〇夫でございます」なんて言うわけだが、この辺りでは「ございます」のアクセントが独特だ。平板基調で最後の「す」がフッと消えるフツーの言い方ではない。

例えて言えば「ご大層」とか「句読点」とか「宮内庁」とか「リレーション」とかいう単語同様に、中間が高いアクセントの「ごいます」になってしまう。改まって意識すると、どうしてもそうなってしまうようなのだ。

同様に「よろしくお願いいたします」の「いたします」も、中間が高くなる。こうして「〇山〇夫でごいます! どうぞよろしくお願いします」と、延々と連呼されるので、耳についちゃって、しまいにはなんだかこの方がデフォルトみたいな気がしてしまうほどだった。

ところが今回の選挙では、この「ごいます」「します」調の連呼が影を潜めている。ほとんどの候補者がきちんとした報酬を支払って、「まともなアクセント」のプロのウグイス嬢を手配しているようなのである。さすがに茨城弁丸出しではイメージが落ちると気付いたのかもしれない。

そういえば、電話の「177番」で聞ける天気予報も、ちょっと前からマトモになったようだ(滅多に聞かないけど)。茨城に越してきた頃に聞いた 177番の天気予報は啞然とするほど滅茶苦茶なアクセントだったことを覚えている。

「明日、晴れ。降水確率 20%でしょう」というのが、「す、れ。うすいかりつ、にじっぱせんとでしょ〜」で、とくに最後の「にじっぱせんとでしょ〜」の早口の平板アクセントは、曰く言いがたい異様さだった。前半の妙ちきりんなアクセントとの合わせ技で、「この人、歌ってるのかいな?」と思ったほどだ。

というわけで、今回の選挙はローカル色が薄まっていたのだが、今日、久しぶりに「ごいます」「いします」調の選挙カーがやってきた。「ああ、やっぱり茨城の選挙だったんだ!」と、何だか安心してしまったのは、40年もこの土地に住んでしまったからなのかもしれない。アブナい、アブナい。

 

続きを読む "統一地方選、茨城のウグイス嬢のアクセント"

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2020/02/01

充電規格統一と「ひとあし飛び」という言葉を巡る冒険

GIZMODO に「ついに! EU が充電規格統一を可決。一番困るのは Apple より...」という記事がある。「欧州議会が 30日、582 対 40 の圧倒的多数で充電規格統一決議を可決しました!」というのだ。

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「もちろんEU限定ですけど、ぐるぐる巻きのケーブル、コロコロする充電器の置き場所にお悩みのみなさまには明るいニュースですね」とある。規格統一で、いろいろありすぎるケーブルや充電器の「ゴミ化」を防ぐのだそうだ。ただ EU 限定ということで、日本市場は直接の影響を受けない。念のため。

どの規格に統一されるのかは未決定だが、Android ではデフォルトになっている USB Type-C が最有力視されているらしい。ということは、Lightening ケーブルという独自路線の Apple には不利な決定のように見える。

しかし実際には、Apple も "USB Type-C to Lightning ケーブル" というのが開発済みなので、それほどの打撃は受けずに済みそうだ。さらに今後はむしろ、ケーブルの種類に制約されないワイヤレス充電の方向に進みそうだという。

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私が驚いてしまったのはむしろ、このニュースの「ひと足とびにワイヤレス充電という話もありますし」というくだりだ。多分「一足飛びに」(いっそくとびに)という表現を「ひと足とびに」と誤読してしまっているのだろうが、そうだとしてもフツーに「一足飛びに」と表記すればよかったのに。

PC での原稿入力の際に思い込み通りの「ひとあしとびに」と入力すると、どうしても「ひと足とびに」に変換されちゃうのかと思い、試しに ATOK で「ひとあしとびに」と入力すると、あっさり「一足飛びに」に変換された。ただ ≪「一足(いっそく)飛び」の誤り≫ という但し書きが表示される。

さらに慎重を期すために、手持ちの古い Windows PC を引っ張り出して MS-IME で「ひとあしとび」と入力しても、変換候補の筆頭に「一足飛び」が出てくる。まあ、ATOK の方が親切ではあるけれどね。

ということは、このライター氏は Sam Rutherford という人が Gizmodo US に書いた "EU Officially Votes to Create a Standard Charging Adapter for Phones Despite Apple's Protests" という記事を訳すのに、わざわざ「ひと足」で変換決定してから「とびに」としたもののようなのだ。

よほど「ひとあしとび」という読みに固執しているものと見える。(そうした執念深さを誘発する表現は、原文には見当たらないのだけれどね)

さらに原文タイトルの "Despite Apple's Protest" (アップルの抗議にも関わらず)の部分を「一番困るのは Apple より...」なんて、妙に気を持たせる表現に意訳(超訳?)してるのは、この人、実は根が Apple 寄りなのかもしれないね。

 

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2020/01/31

"Tit for tat" を巡る冒険

ふとこんなことを考えた。今回の「新型コロナウィルス」による「新型肺炎」の流行は、不遜にも我が物顔で地球の自然を破壊し続けてきた人類への、自然の側からの「しっぺ返し」の一つなのではあるまいか。人類は地球上での自らの所業のひどさを顧みなければならないのではないかと。

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で、「しっぺ返し」って英語でどう言うのだろうと考えたが、"revenge" という言葉しか思い浮かばない。しかし "revenge" は直訳すれば「復讐」ということになり、ちょっと重すぎる言葉である。「しっぺ返し」というニュアンスに釣り合うような、うまい言い方はないのかと、iPhone の辞書を引いてみた。

すると出てきたのは、"tit for tat" という言葉で、「彼にしっぺ返しをする」は、"give him tit for tat" となるのだそうだ。ふうむ、なかなか気の利いた言い回しである。

ほかに "give even with him" とか ”retaliate agaist him" などの言い方もあるようだが、ちょっと理に落ちる。"Tit for tat" のぴしゃりとした語感を上回るものではない。

で、たまたま一緒にいた若い連中に「"Tit for tat" って言い方知ってるかい?」と聞いてみたら、彼らはなんと、「知ってる」と言うのである。「慎重勇者~この勇者が俺 TUEEE くせに慎重すぎる~ 」というアニメのテーマソングで、"TUEEE" は「強え〜」ってことなんだそうだ。

ちなみに、アニメ主題歌の "Tit for Tat" は、下の画像のクリックで動画サイトに飛ぶと聞くことができる。まあ、悪い曲じゃない。

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ただ、私としては "tit for tat" でググってみて一番笑ったのは、別のページだった。こんなのである。

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この画像の下の英文は字が小さくて読みづらいが、こんなことが書いてある。

If a dude keeps starirng at your boobs and you're tired of it, just stare right at his package. Make him feel insecure. Even, like, kinda squint your eyes a little bit.

(もしイヤらしいやつが君の胸を見つめ続けてうっとうしかったら、そいつのモッコリを見つめ返してやるといい。そいつを居心地悪い気分にさせて、ちょっと目を細めてやるんだね)

なるほど、見事な「しっぺ返し」だ。この書き込みには「いいね」的コメントがいくつか寄せられているばかりでなく、何とか賞まで獲得している。

参考までに一応仕方なく書いておくけど、"tit" は俗語で「乳首、おっぱい」という意味があり、"package" もスラングではそういう意味なのでよろしく。昨日の記事がこのブログにしてはちょっと堅すぎたかもしれないので、今日はあえて軽いお話で、それなりの "tit for tat" としておく。

 

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2020/01/28

英語を正しく発音することが恥ずかしいと思う日本人

"Quora" という結構レベルの高い Q&A サイトがあって、本拠が米国だけに、英語関係の Q&A で「なるほど、そうだったのか!」と膝を叩いてしまうような項目が少なくない。

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ただ私はとりあえず、「Quora ダイジェスト」でメール配信されるものをチラ見する程度にとどめている。「アスペルガー 1歩手前」を自覚する身としては、下手に付き合って深入りしすぎると仕事にならなくなるリスクを感じるほどの、「濃すぎる Q&A」が多いってことだ。

昨日の「Quora ダイジェスト」で配信されたものの中に、「英語を正しく発音することが恥ずかしいと思う日本人が多いように感じますがなぜですか?」という Q&A があった。これ、私のちょっとしたトラウマにも関わる問題なので、思わず読み込んでしまった。

Quora での高評価を得た回答に、Miki Doyle さんという方からのものがあり、次のように述べられている。

日本では、英語言語を喋れることが「ステータス」になっているからではないでしょうか。

英語 = カッコいい、英語を英語っぽく喋る人 = なんだか特別な人。この土壌が本来は特別な言語でもなんでもなく便利なだけの言語をその規則通りに話すことを邪魔してしまっているようだと感じます。

(中略)

そうやって「英語」に憧れる故からの逆反発が生じるような「英語絶対主義」社会が出来上がってると思えてしかたありません。

昨年の 12月 6日から 9日まで「カタカナ英語を巡る冒険」というテーマで 4日連載の記事を書いた。その 3日目(12月 8日掲載)が「カタカナ英語を巡る冒険 その 3: 中学校の英語教育」という記事で、私は次のように書いている。

中学校時代に英語で苦労したのは、試験で 100点を取ることではなく(100点以外取ったことがない)、授業のリーディングの際に「(心ならずも)なるべくカタカナ発音で読む」ということだった。ともすれば自然に英語らしい発音になってしまうのだが、それだと教師の不興を買って妙な言いがかりを付けられるのだからたまらない。

というわけで、私は「英語を正しく発音することが恥ずかしい」というわけではなかったが、ひたすら自己防衛のために、授業では敢えて「カタカナ発音」で読むように気をつけていたのである。

私が英語を学ぶきっかけとなったのは、上記の記事でも触れたが、小学校 6年の時に手に入れた「新潟地震見舞いの英会話学習用ソノシート」(なんでこんなのが地震見舞いなのか謎だが)だった。そのため、私の英語学習はソノシートに録音されたネイティブの発音をそのまま口写し的に真似ることから始まった。

要するに英語の発音に関しては、初めからカタカナの助けを借りるという発想がなかったのである。だって、ソノシートから聞こえてくるネイティブの英語は、決してカタカナにはならない「異次元の音」だったのだもの。

こうしたことから、私は中学校入学前に「英語をカタカナで捉えることのできないカラダ」になっていた。だから授業で「英語をカタカナで読む」ことを無理矢理に意識した途端、「心身分裂」的な状態に追い込まれていたようなのである。あれはストレスだったなあ。

Quora の質問にある「英語を正しく発音することが恥ずかしい」という心情は、これとそれほど遠くないように思える。日本においては「まともな英語をしゃべる」ということが、周囲との関係性において「心身分裂状態」を引き起こすきっかけになってしまうのだ。

日本のオッサンたちは、自然な英語を話す日本人に「異様なものを見るようなまなざし」を向けてくる。ところが昨日の記事でも書いたように、業界のグループ・ツァーなどで海外に出ると、メシを食いに行くにも、ちょっとした買い物をするにも、途端に態度を翻して金魚のフンみたいについてきたがる。

そんなこんなで、この方面でのストレスというのは半端じゃないのである。

 

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2020/01/24

「新しい」「新た」「改める」と、「あたら若い命」

「新(あたら)しい」と「新(あら)た」というのは同じ「新」という漢字を使って読み方がビミョーに違う。で、意味に違いがあるのかという疑問が生じるのは当然だろう。

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結論から言えば、意味はほぼ同じである。ただ、ニュアンス的に「新た」の方がちょっと精神的で格調高いニュアンスがある。いにしえの形の方がより格調高く聞こえるのはもっともなことだろう。語源由来時点というサイトの「新しい」というページには、次のようにある。

新しいの本来の語形は「あらたし」で、「あらたむ(改む)」「あらためる(改める)」などと同源である。

「新しい」は平安初期の頃に本来の「あらたし」から「あたらし」に変化した。こうした変化を「音位転換」という。

この例は決してレアなわけじゃなく、「山茶花」は「さんざか」か音位転換によって「さざんか」に変化した。「山茶花」を素直に読めば「さんざか」なのだから、「なるほど」と理解される。さらに「舌鼓」も「したつづみ」から「したづつみ」に変化した。

こうしたことについては理解していたが、「改める」も同じ語源だとは初めて知った。「新た」から「改める」(古語では「新たむ」)が生じたのだから、平安前期より古い時代のことだったのだろう。

上述のページにはさらに、次のようにもある。

上代の「あたらし」は、別語として「惜しい」「もったいない」の意味で用いられている。
「惜しい」意味の「あたらし」と「新しい」を意味する「あらたし」が混同され、「た」と「ら」が入れ替わったものか定かではないが、「あらたし」が音変化した以降、「惜しい」意味の「あたらし」は使用が減り、現在では、わずか「あたら若い命を散らす」の表現にのみ用いられる。

この「惜しい」「もったいない」という意味の「あたらし」に関しては、我が故郷、庄内では今でもしっかりと生き残っている。例えばおいしいご馳走をぼたりとこぼしてしまった時など、「あったらもの、あったらもの」なんて言いながら拾って食べちゃったりする。

いずれにしても、「新しい」「新た」と「改める」は語源が同じでも、「あたら若い命」とか「あったらもの」とかの 「あたら」は同じ語源ではなさそうだというわけだ。なるほどね。それは庄内生まれの私としては体感的に理解できる。

庄内弁では「新しい」は「あだらす」と訛るが、「もったいない」という意味の「あたら」は、「あったら」と訛るのだから、元々が別の言葉だったのだろう。

 

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2020/01/16

"Best regards" が「よろしくお願いします」とはね

先日、仕事上の後輩に「英語で『よろしくお願いします』は、どう言ったらいいんですか?」と聞かれた。辞書を引き引き英語のビジネス・メールを書いていて、最後の「よろしくお願いします」のくだりで、はたと迷ってしまったのだそうだ。

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「そんな言い方、英語にはないよ」と正攻法で答えたのだが、彼は「じゃあ、メールの最後をどう結んだらいいの?」としつこく食い下がる。仕方がないので、「そんなのフツーに "Best Regards" でいいじゃん」とお茶を濁しておいた。

ところがしばらくすると、彼は「あ、本当だ」と、素っ頓狂な声を上げた。「Google 辞書で "Best regards" を引いたら、『宜しくお願いします』とバッチリ出てきました!」と言い、「さすが tak さん、ありがとうございます!」と頭まで下げる。

今度はこちらが驚く番である。「え、そうなの? 本当にそんな風に出てきたの?」と、彼の PC 画面をのぞき込むと、確かに下のように表示されている。(画像をクリックするとリンク先に飛ぶ)

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私はこれまで、"Best regards" は単に英文レターの最後の決まり文句としか思っていなかった。"Dear 誰それ” が「拝啓」だとすれば、"Best regards" は「敬具」みたいなものという理解である。モロに「宜しくお願いします」と翻訳しちゃったのは、Google の「乱暴な英断」と言っていいだろう。

「よろしくお願いします」は多分に日本語独特の「雰囲気のモノ」でしかないから、具体的に「何をどうよろしくなのか」と聞かれても、まともな説明なんて誰もできない。そして根が日本語より具体的な言葉である英語には、そうした「曖昧な言い草」を「一言でバッチリ言い換えられる表現」なんてない。

「My スキ 英語」というサイトの "英語で「よろしくお願いします」|6つの場面で使い分ける!" というページは、その意味でとても実践的な解説である。場面ごとにいろいろなうまい言い方が提案されていて、"Best regards" というのは、その中の 1つということになっている。

というわけで、日本語の「よろしくお願いします」は便利すぎるほど便利な言葉である。英語ならいろいろな表現を使い分けなければならないところでも、この一言でたいてい済んでしまうのだから、日本語という「雰囲気言葉」の最大の強みというほかない。

あまりにも便利でビジネス・メールでもつい多用してしまうので、私は PC でもスマホでも「よろおね」と入力すれば「よろしくお願いします」に変換されるよう、単語登録している。おかげでこれまでに、時間を何千秒節約できたか知れない。

しかもさらなるバリエーションがあって、「よろしくお願いいたします」は「よろいた」、「宜しくお願い申し上げます」は「よろもう」で短縮登録してある。「よろもう」の場合のみ、ビミョーなニュアンスを尊重して「よろしく」ではなく「宜しく」と、よそ行きに変換されるのがミソだ。

いっそのこと「べすりが」で "Best regards" に変換されるように、登録単語を増やしてしまおうかと一瞬思ったほどだが、まともに考えれば、それはあまり意味があるとは思えないね。

 

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2020/01/05

「常在戦場」という言葉

ラジオを聞いていると、「書き初めにはどんな言葉を書かれましたか」という問いに「『ジョウザイセンジョー』と書きました」と答える人がいた。一瞬、「浄財のマネーロンダリング?」なんて素っ頓狂なことを考えてしまったが、「そういえば『常在戦場』って言葉もあったな」と思い直した。

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個人的には「常に戦場に在る」なんてのは真っ平ご免だが、改めてググって見ると、出てくるわ出てくるわ。山本五十六の揮毫から長岡藩の家訓、歴史小説や読む気がまったくしないビジネス書のタイトルに至るまで、日本のオッサンたちは「常在戦場」が大好きなようなのである。

まあ、この言葉が大好きなオッサンたちにしても、決して「戦場に在りたい」とか「戦争大好き」なんてストレートに考えるわけではないらしい。いくら「アスペルガー一歩手前」の私でも、そこまで曲解しようとは思わないのである。これは「心構え」を説く場合の比喩的表現なんだろう。

「デジタル大辞泉」には、次のように解説されている。(参照

じょうざい‐せんじょう〔ジヤウザイセンヂヤウ〕【常在戦場】
  いつでも戦場にいる心構えで事をなせという心得を示す語。

さらに "bizwords.jp 意外と知らないビジネス用語の意味と使い方" というサイトには、次のようにある。(参照

「『常在戦場』の気持ちで、日々活動をすることは極めて重要だ」「『常在戦場』の心構えで、一層の緊張感を持たなければならない」……。
このように政治家や経営者が好んで使う「常在戦場」という言葉。

(中略)

「常在戦場」という言葉は、政治家、特にいつ解散があるかわからない衆議院議員が心構えとして好んで使う言葉です。

なるほど、この言葉には何となく生臭いイメージが付きまとうと思っていたが、政治家が選挙対策として好んで使いがたるためだったのか。彼らにとっての選挙というのは、一種の「戦争」だったのだね。付き合いたくない世界である。

何だかんだ言っても戦争というのは、結局は「富や資源の奪い合い」から起きるのである。有限のモノの中で、自分の支配下にあるものの比率を高めたいなんて思うから、奪い合いになり、戦争しなければならなくなる。つまり戦いの中に貴重な資源を無駄に注ぎ込んで逼迫するという自己矛盾が戦争である。

私は「常在平和」で行きたいと思う。ただ、「平和」という言葉は常に手垢にまみれる運命にあって、そうしたマンネリズムが「常在戦場」なんて悪趣味を呼ぶ契機にもなるから、よほど注意しなければならない。お気楽に「平和、平和」と唱えていれば済むってわけでもないようなのである。

それでも「常在戦場」なんてことは言いたくないなあ。

 

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