カテゴリー「言葉」の600件の記事

2021年5月11日

「ロイヤリティ」と「ロイヤルティ」の使い分けって・・・

昨日の記事で紹介した Gigazine の "iPhone の求心力が過去最高に達する" という記事タイトルで、実は「求心力」という言い回しがちょっと気になっていた。元記事と思われる英文記事を見ると、いずれも ”brand loyalty” という言葉が使われているし (参照 1参照 2参照 3)。

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「ブランド・ロイヤルティ」って、既に外来語としてあるんだから、「求心力」なんてビミョーな言い換えは必要ないんじゃないの? なんて思ったのだが、一方で「そう言い換えないと "brand royalty" と誤解する人も確実にいるから、しょうがないか」と、心ならずも納得していたのである。

改めて言うまでもないが、敢えて確認しておくとすれば、その違いはこういうことだ。

brand loyalty: 「ブランドに対する愛着心・忠誠度」みたいなこと
brand royalty:  商標使用料

ただ多くの日本人は ”L” と ”R” の区別が苦手だから、誤解が生じるのは仕方ないのかもしれない。そう思って念のため、ちょっと「ロイヤルティ/意味」の 2語でググってみたところ、驚いてしまった。

「ピポラボ」というサイトによると、日本には「ロイヤリティ」と「ロイヤルティ」という 2つのカタカナ言葉があり、似てはいるが「意味が全く違う」ので、注意して使い分けなければならないんだとさ(参照)。こんな風に書いてある。

フランチャイズとは、フランチャイズチェーンに加盟した店舗が大本の企業に使用料(ロイヤリティ)を払うというビジネスモデルです。(中略)顧客ロイヤルティは重要なキーワードとなりつつあります。先にも述べたように、これは顧客が企業やブランドの商品やサービスに対して抱く信頼や愛着心のことです。

要するに "royalty" をカタカナにすると「ロイヤリティ」になり、"loyalty" は「ロイヤルティ」ということらしい。ここだけじゃなく、WURK というサイトにも同じようなことが書いてある(参照)。いやはや、びっくりである。

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私は昔、繊維・アパレル業界で仕事をしていたから、「ブランドのライセンサーに支払う『ロイヤリティ』が馬鹿にならないんだよね」とかいう言い方をよく耳にしていた。その頃は、「うぅむ、『ロイヤリティ』じゃなくて『ロイヤルティ』なんだがなあ」と苦々しく思いながら聞いていたものである。

ところが今となっては、こうした意味で使う場合は「ロイヤリティ」と言うってことが、半ば正式に(ここまで来れば「暗黙の了解」以上だよね)認められてしまっているようなのだ。いやはや、そんなの、誰が誰に断って決めたんだよ。

私はいつも「言葉は生き物」なんて言うのだが、まさにそのことを実感してしまった。

「よくある言い間違い」が、よくありすぎるためにいつの間にか公認されて、国語辞典にも載ってしまうということは昔からある。「山茶花」(本来の読みは、漢字の通り「さんさか」)が、いつの間にか「さざんか」になってしまったようなものだ。(参照:音位転換

というわけで、こればかりは文句を言ってもしょうがないのかもしれない。個人的には「苦々しい思い」に変わりはないのだけれど。

ただ、最後に触れておくが、weblio というサイトの 下に示したページ は「苦々しい」では済まされないよね。思わず「おいおい・・・」と言ってしまいたくなる誤りだ。(「ブランドローヤルティ」なんて、初めて聞いたし)

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ちなみに、同じ weblio で "brand loyalty" の方を調べると、今度はこう来た

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基本的なところで、ずいぶんな混乱があるみたいなのである。とりあえず、このサイトは信用できないと結論づけておくことにする。

 

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2021年5月 2日

「シミュレーション/シュミレーション」の「音位転換」

「ことばの疑問」というサイトに "「シミュレーション」が「シュミレーション」と発音されるのはなぜでしょうか" という質問が寄せられており、それに対する回答がとてもおもしろい。

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そこでは「言葉のゆれ」について、次のように紹介されている。

  1. 撥音(「ン」)が長音(「ー」)になる場合。
    類例 : 「店員」→「テーイン」,「原因」→「ゲーイン」など。

  2. 拗音(特に「ュ」)が脱落する場合。
    類例 : 「出張」→「シッチョー」,「手術」→「シジツ」など。

  3. 連続する同じ母音が単音化する場合。
    類例 : 「体育」→「タイク」,「第一」→「ダイチ」

  4. k や s などの子音(無声子音)に挟まれた母音が脱落する場合。
    類例 : 「満足感」→「マンゾッカン」,「大仏さん」→「ダイブッサン」

  5. 前後の音が入れ替わる場合。
    類例 : 「雰囲気」→「フインキ」,「フェミニズム」→「フェニミズム」

「シミュレーション/シュミレーション」は上記の 5番「前後の音が入れ替わる場合」に該当し、「音位転換(metathesis)」と呼ばれるという。また別に存在する「趣味」という言葉に引きずられたということも考えられ、これは「類音牽引」と言われるらしい。つまり「合わせ技」だ。

"Metathesis" の "thesis" というのは学位論文とか、弁証法の 「テーゼ」のことだとばかり思っていたが、この場合は、詩や音楽の「強弱」ということらしい。そしてこのページ冒頭のイラストの、VR グラスをかけた 2人の「君の趣味は何?」「シュミレーションゲームだよ」という会話はイケてるよね。

「シミュレーション/シュミレーション」に関しては前にも書いた覚えがあるので検索してみたところ、「我々の現実は実は全て仮想現実?」という 13年も前の記事が見つかった。

私はそのエントリーで Technobahn というサイトの「我々の現実は実は全て仮想現実、研究者が奇抜な論文発表」という興味深い記事を紹介しているのだが、この中で、「宇宙は多次元の宇宙的時間軸で動いているシュミレーションの産物であると推論」と書かれているので、ちょっとがっかりしたのだった。

科学の世界を紹介しているのだから、ここはちゃんと「シミュレーション」と表記してもらいたかったところである。コメントのやりとりのうちに、元記事はそれほど深い内容じゃないとわかってさらにがっかりしたのだが、このアイデアそのものは、勝手に発展させたらかなりファンタスティックになる。

話が横道にそれかかったが、言葉というのは思わぬ方向に揺れたり変化したりするというのがよくわかる。

ちなみに私自身について言えば、「店員/手術/第一」などは決して「テーイン/シジツ/ダイチ」とはならない。これはきっと、ネイティブな「庄内弁」と物心ついてから修得した共通語の、いわば「バイリンガル」だからと思う。共通語はフォーマルな気がしていて、ことさらしっかり発音してしまうのだ。

ただ、「満足感/大仏さん」などは「マンゾッカン/ダイブッサン」となる。これをしっかり発音しすぎるると、クドい印象になってしまうからね。

ところで「音転現象/音位転換」について私は、2017/12/24 の "「雰囲気 — ふいんき」問題を巡る冒険" という記事でも触れていて、さらに翌年のエイプリルフール・ネタにまでしている(参照)。もっと遡れば、"「なおざり」 と 「おざなり」 言葉は生き物" という 18年も前のページにも出てくるし。

私ってば、「言葉」の問題に関してはずいぶん昔からいろいろこだわってきたものである。

 

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2021年4月29日

「大型連休」という言い方が定番になったようで

例年なら「ゴールデンウィーク」と称される期間が始まったが、ラジオを聞いていると「今日から始まった大型連休」といういう言い方が繰り返されている。

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「今年は『ゴールデンウイーク』という言葉が聞かれないね」と呟くと、妻が「この時節に、そんなノー天気な言い方できないでしょ。ちっともゴールデンじゃないもの」と言う。なるほど、コロナ禍のせいで連休も色褪せてしまったわけだ。

ちなみに「ゴールデンウイーク」という言い方は映画業界の宣伝文句だったので NHK では使われないという、まことしやかな話がある。元々は戦後の混乱が収まりかけて映画が娯楽の王様だった頃に、大映のエラい人の言い始めた造語だというのである(参照)。

ただそれはどうもビミョーな話みたいで、映画業界から出た言葉というのは確かだが、だから使えないというのは決定的な理由ではない。NHK が特定業界の言い出したプロモーショナルな言葉を使えないというなら、「スマートフォン」や「アニメ」だって使えないだろう。

NHK も当初は「ゴールデンウイーク」という言葉を使わないではなかったようだが、1970年代頃から世の中が世知辛くなり、使いにくい言葉になったというのである。NHK 放送文化研究所のページに、次のようにある(参照)。

1970年代の「石油ショック」以降、「のんきに何日も休んではいられないのに、なにがゴールデンウイークだ」といった電話が放送局に何本もかかってくるなど抵抗感を示す人が目立ってきました。また、「外来語・カタカナ語はできるだけ避けたい」「長すぎて表記の際に困る」など、放送の制作現場の声もありました。

世の中には、どうでもよさそうなことで放送局にクレーム電話を入れるたがる人が、少なからずいるからね。さらに、連休が 1週間以上に及ぶことが多くなったので、「ウィーク」という言い方がそぐわなくなったなんていうことも、使わなくなった理由として挙げられている。

大きな問題はスルーして些細なことは妙に気にするという NHK の体質は、こんなところにも現れている。

ちなみに、上の写真で示した下野新聞の記事では、栃木県の矢板市長が「大型連休は市内で!」というプラカードみたいなものを掲げているが、見出しは「GW 外出自粛要請」という表現になっている。「ゴールデン」という表現をビミョーに避けつつ 2文字分節約しているわけだ。

クレーム電話を避けるためだか何だか知らないが、いろいろな手があるものである。

なお、市長の後ろに見えているのが気になったので調べてみると、無限大マークみたいなのが「四方八方絶景三昧 八方ヶ原」というところの観光宣伝ポスターで、マンガみたいなのは「ともなりくん」という矢板市のマスコットキャラクターであるらしい。

矢板市は市内に絶景スポットがあるようで、これなら市外に出なくてもいいよね。

 

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2021年4月28日

「生花」の読みで悩む人が、そんなに多いのかなあ?

ここ数年、私のブログでいつもアクセス上位にランクされるのが、"「生花」と書いて「せいか」と読むか「なまばな」と読むか" という記事だ。ここ 2〜3日はサイドバーに表示される「人気記事ランキング」で 1位の座をずっとキープしている。

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とはいえ書いた当人が言うのもなんだが、「こんな記事、どうしてそんなに頻繁にアクセスされるのかあ?」と、いつも疑問に思ってしまうのである。だってこんなのかなり軽い話で、大した問題じゃないからね。

私としてはこれまで、「生花 なまばな」というキーワードでググって来てくれる人が多いのだと思っていた。「なまばな」という言い方をたまたま聞いた人が、「そりゃ何だ? 食べ物じゃあるまいし! そんな言い方ってフツーにあるのか調べてみるか」なんて思った結果と想像していたのである。

ところがその想像は、どうやら「ハズレ」のようなのだ。というのは、試しに「生花 読み方」という 2つのキーワードでググってみたところ、私の記事は 5番目にランクされているが、「生花 なまばな」というキーワードだと、私の記事はずっと下位になり、辿る気も失せてしまうほどだからである。

ということは、アクセスの多くは ”「生花」という言葉の読み方” そのものを調べてみようとした結果なのだろう。

実際のところ、最近よく使われるのは、芸事の「生け花」が大勢で、稀に葬式の場面で「生花(せいか)」が使われるぐらいのものだと思う。私としては「なまばな」なんていう言い方は、ここ 10年以上聞いたことがない。

もしかしたら最近は、多くの人が「生け花」という言葉に馴染んで、「生花」という言い方に違和感を覚えるのではないかと思い当たった。それでついググってみたくなったというのは、十分に「あり」で、案外これが正解なのかもしれない。

ちなみに「読み方」に関する検索結果で私より上位の記事はいずれも、「どう読むのが正しいか」という視点から入って、結局のところ、いろいろな読み方があるという結論に落ちつかせている。これって、私から見るとちょっと意外な考え方だ。

というのは、私の記事のトーンは「どの読み方もありだけど、時代とともに『せいか』が有力になっちゃったよね」ということだからである。言葉の捉え方では、最初の視点からしていろいろあるようなのだね。

 

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2021年4月21日

「女王」の読み「じょおう/じょうおう」のまとめ

今日の昼過ぎにクルマで移動中、TBS ラジオ「赤江珠緒のたまむすび」という番組で「『女王』の読みは『じょおう』か『じょうおう』か」という話になっているのをチラリと聞いて、「ああ、またウチのページにアクセスが殺到するな」と思った。

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夕方に帰宅してアクセス・ログを調べると案の定、当ブログの 2005年 11月 12日付 "「女王」は「じょおう」か「じょうおう」か" というページに、13:13 から 16:18 の 3時間 5分の間に 260件のアクセスがあって、しかも 13:13 から 13:30 の間は、1分間に 10件以上のアクセスだ。

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まさに 「たまむすび」で「女王の読み」の話が始まってからのアクセス集中である。ラジオの影響力はテレビに比べて低下していると言われているが、この数字をみるとラジオの聴取者数というのはまんざら捨てたもんじゃないとわかる。

私はこの 15年以上前の記事で、「女王」の読みは現代の国語辞典的には「じょおう」が公式だが、「じょうおう」と読む人がかなり多いのは、古語の発音から来ていると思われると書いている。「女王」は古語的には「ぢよわう」なのである。

「わう」の発音が後に 「をう」(「ワ行」なので「うぉう」となる)と音便化し、「女王」の場合にはその発音が先祖返り的によみがえって、「じょうおう」となってしまいやすいというのが、私の推論だ。下の図は私のメインサイト「知のヴァーリトゥード」のページに示したものである。

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ただ、このブログで「女王の読み」問題に触れた記事は、ほかにもう 1本あり、最初の記事のほぼ 1年後、2006年 11月 18日に、"再び、「女王」の読み方" というタイトルで書いている。

そこでは、「女房/女御」とかいう言葉では、「にょうぼう/にょうご」になることとの関連として述べている。実は「女王」という言葉は、古代においては「によわう」の読みの方が一般的だったのだ。

この「女」を「にょう」 と延ばして読みやすい身体性と、「わう」-「をう」-「うぉう」 という音便との「合わせ技」で、「女王」が「じょうおう」と読まれる「根強さ」が発揮されているのかもしれない。

というわけで、今日は「女王の読み方」のまとめである。

 

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2021年4月18日

「たんぽぽ」は「ダンディなライオン」じゃなかった

いきなり 60年以上も前の話で恐縮だが、その昔、私の入った幼稚園というのは年少、年長組ともに 2クラスずつあって、年少が「ぼたん組/ばら組」、年長が「たんぽぽ組/ひまわり組」に分けられていた。そして私は「ぼたん組 → たんぽぽ組」と進んだのである。

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このクラスのネーミングが、当時の私にとっては「小さな不満」の種になっていた。隣は「ばら → ひまわり」と、一貫してかなりぱっとしたイメージなのに、「ぼたん → たんぽぽ」というのは、花の色が似てはいるものの地味すぎじゃないか。とくに「ひまわり - たんぽぽ」の落差は大きい。

そんなわけで、「俺って、この先、大人になってもずっと日の当たらない道を歩くことになるのかもしれない」なんて、子どもらしくもない余計なことを思ったりしていたのである。

ところが、その不満が消えたのが中学生の頃だった。ラジオの深夜放送か何かで、「たんぽぽ」は英語で「ダンディ・ライオン」と言うと聞き、辞書を調べると、確かに "dandelion" とあるではないか。

「おぉ、俺、獅子座の生まれだし、『ダンディなライオン』なら『ひまわり』の "sunflower" に見劣りしないじゃん!」

ストレートに "dandylion" というスペルではないし、あんな小さな花がどうして「ライオン」なのかよくわからないが、それまでの不満はこれであっさり解消した。何て単純な中学生!

ところが長ずるに及び、改めて調べてみると、「たんぽぽ」は決して「ダンディなライオン」という意味じゃないらしいということがわかってきた。大抵は goo 辞書のごとく次のように解説されているのである(参照)。

《古フランス語で、ライオンの歯の意》西洋蒲公英 (たんぽぽ) 。

「なぬ、 『ライオンの歯』だと?『ダンディなライオン』じゃないのか?」というわけでさらに調べると、Top-biz のサイトに次のように解説されている(参照)ような、実際の話がわかってきた。

ダンデライオンという言葉は、英語では「dandelion」と表記しますが、語源となったフランス語では、「dent de lion」と表記します。(中略)

フランス語では「dent」が歯を意味し「de」は「~の」という意味になり、「ライオンの歯」という意味になります。

「なんだ、英語の "dandy" とは無関係なのか!」と、脱力してしまったのである。「デンタル・ライオン」なんて、どっかの国の歯磨きじゃあるまいし。

ただ、脱力しただけで、昔のように単純に「小さな不満」を感じるに至っていないのは、年齢を重ねるにつれて少しは大人になった証なのかもしれない。

 

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2021年4月12日

「ウザいおっさん」になってしまうのが憚られて

ちょっと悩んでしまっている。というのは、関係先の女性スタッフから来たメールに「今後は代替えとして使うことにしましたのでよろしく」なんて表現があったからだ。公式の業務メールだけに、「代替え」という字面にどうしても「うっ!」となってしまったのだよね。

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「この場合は『代替』と表記して、『だいたい』と読んでもらう方が、軽々しくみられずに済みますよ」なんてアドバイスをするのは、それほどの手間じゃない。それにその女性スタッフとは日頃からあまりよそよそしくない程度のお付き合いはさせてもらっているので、その方が親切といえば親切だろう。

ただ、つい最近「東洋経済 ONLINE」で "ウザい「教え魔」が日本人に多すぎる訳" なんていう記事を読んでしまったので、そんなように思われるのもナンだしなあと思ってしまったわけである。この記事の冒頭の写真が上のように、いかにも「ウザいおっさん」そのものということも邪魔をする。

私は 2年ちょっと前の "「慣用読み」という便利すぎる言い訳" なんて記事で「代替」というのは「読み違えベスト 10」の 9位にランクされていると書いている。ちなみにトップは 「乳離れ」(正しくは「ちばなれ」)だそうだ。

この記事の中で私は、Amazon ショッピングの「PC 電源代替えボタン」という商品を紹介している。これ、さすがに「ヤバい」ということになったのか、すぐに「PCケース 電源ボタン リセットボタン 移動可能 ボタン スイッチ」なんていう長ったらしい名称に変更されていた。

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それが現在ではさらに「PCケース用 電源ボタン」になっていて、「PC 電源代替えボタン」よりずっとわかりにくい表現になっているというのも皮肉な話である。いずれにしてもそんなような(半分は個人的な)裏の事情があるので、軽い気持ちでアドバイスするのを躊躇しちゃってるわけだ。

それにしても「代替」が「だいがえ」と読まれがちなことに関しては既に慣れてしまったが、文字として「代替え」なんて書かれることにはまだ抵抗がある。最近は日本語入力システムが妙に気を利かせすぎで、「だいがえ」という入力であっさり「代替え」に変換してしまうのは、問題ありすぎだよね。

というわけで「ウザいおっさん」と思われるのを憚るあまり、勝手に「悩めるおっさん」になってしまっているのである。

 

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2021年4月10日

「PCR 検査」の "PCR" ってどういう意味?

知人が近頃、熱が出て咳が止まらなくなり、こんなご時世でもあるので慌てて PCR 検査を受けたところ、コロナに関しては陰性という結果でほっとしたらしい。電話で声を聞いても当人とわからないほどのかすれようで、気の毒な限りだった。しっかり静養してもらいたい。

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そして電話を切ったところで、いつものように言葉のどうでもいいところに引っかかる悪いクセが出て、「はて、『PCR 検査』の "PCR" って、一体何だ? どういう意味だ?」 というのが気になってしょうがなくなってしまった。

それで 「PCR 検査 英語」というキーワードでググってみたところ、英会話スクール AEON の "「PCR検査」って英語でなんて言う? スクールブログ 姪浜校" というページが検索されたので早速開いて見ると、こんなことになっていた。

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いやはや、これにはコケた。こんなにも思いっきりコケたのは本当に久しぶりというほどにコケた。「QR コード」を調べて「英語では "QR code" です」なんて言われても何の解決にもならないのと同じである。(今さら言うまでもないが、 ”QR” は ”Quick Response“ の略)

気を取り直して、"PCR 何の略" というキーワードでググったところ、福山市医師会のページがヒットして、"Polymeranase Chain Reaction" の略語とめでたく判明した(参照)。日本語で言っても私にはどうせちんぷんかんぷんだが、「ポリメラーゼ連鎖反応」だそうだ。

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そしてその下に長々と続く説明を読んでも、「ふぅん、わかったような、わからないような、まあ、とにかくこの検査で感染症に感染してるかどうか、判明する訳ね」という程度のものだが、とりあえず「英語で "PCR test" です」よりはずっと奥まで踏み込めた気がする。

それにしても世の中の多くの人って、「『PCR 検査』は、英語で "PCR test" です」で、すっきりと納得してしまうのかなあ。何と平和なことだ。

 

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2021年4月 9日

唱歌『かたつむり』の「やりだせ」問題をむしかえす

昨日の "「つのだせ やりだせ あたまだせ」の疑問が解けた" という記事で、文部省唱歌『かたつむり』の「やりだせ」の「やり」は、生物学的には 「恋矢(れんし)」というものとわかったと書いた。これでかなりすっきりした気がしたのだが、もう少しつついたところで、さらにややこしくなってしまった。

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まず発端は、昨日の記事に付けられた乙痴庵さんのコメントへのレスを書く際に、「恋矢」はどうみても日本語オリジナルっぽくはないなと思ったことである。早速 Wikipedia で調べてみると、このようなことだった(参照)。

恋矢(れんし、英語: love dart、別名gypsobelum)は、雌雄同体のカタツムリやナメクジが生殖器の内部で生成する、石灰質またはキチン質の槍状構造物である。

どうやら「恋矢」は、英語の "love dart" (恋のダーツ)からの直訳のようなのだ。道理でお洒落すぎる命名だと思った。

ところがこの時、私の頭の中に「この歌の作詞者には、生物学における "恋矢/love dart" に関する知見があったのだろうか?」という疑問がふと湧いてしまったのである。まったく、細かいことにこだわり出すと話が面倒になる一方で、ろくなことがない。

そこで、池田小百合さんという方の「なっとく童謡・唱歌」という素晴らしい労作サイトのページに当たってみると、文部省唱歌の『かたつむり』は明治 44年 5月 8日発行の『尋常小學唱歌』第一学年用に収められたのが初出のようだ(参照)。明治 44年といえば西暦 1911年だから、110年も前の歌なのである。

そしてこのページには、次のような記述がある。

歌では「触角」を「角」や「槍」に見立てて「♪ 角だせ槍だせ めだま出せ」と歌っています。

つまりここでは「恋矢」は完全にスルーされて、「触角」を「角」や「槍」に見立てたということになっているのだ。この「見立て」というのは、古来から日本文化における重要な要素とされており、決して荒唐無稽な話ではない。

私見ではあるが、当時の日本には「恋矢」という翻訳語が存在しなかっただけでなく、カタツムリが頭の横から槍のような器官を突き出すことがあるということすら、広くは認識されていなかったのではなかろうか。

というのは、それがもし広く認識されていたとしたら、今日「恋矢」と呼ばれる器官には、翻訳語ができる前から伝わる日本古来の呼称があったはずだが、それがない。ということは、昔の日本人は「恋矢」と呼ばれる器官を知らなかったか、少なくとも意識していなかったのだと思うしかない。

念のために細かいことを言えば、仮に明治末期の日本で「恋矢」が「知る人ぞ知る知見」となっていて、作詞者がそれに沿って作詞したのだとしたら、歌詞は「槍だせ」とはならなかっただろう。「矢をだせ」になっていたはずだ。

結局のところ、文部省唱歌『かたつむり』の歌詞に出てくる「やり」というのは、元々は「触覚」を「槍」に見立てたものだったのだろう。どうやらそう考えるのが自然のようだ。

とはいえ令和の世の中に生きる者としては、明治的直感主義の「触覚説」と、現代的合理主義の「恋矢説」の、両論併記とするのもおもしろいと思う。オリジナルの意図にとらわれずに「恋矢」と解釈するのは、なかなか新鮮でいい感じだし。

私は昨日の記事で、西浩孝さんのページについて「強引な決めつけを避け、"一説には『恋矢(れんし)』だと言われています" と控えめな記述にとどめておられる」ことを賞賛したが、彼は私が当初思った以上に、学者としての正しい姿勢を保っておられるのだと、ここに至って再認識した。

改めて賞賛させていただく。何事も軽はずみな決めつけはよくないのだね。

 

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2021年3月31日

わかりやすいメールを書くには

東洋経済 ONLINE が、「デキない人はメール文面に配慮がない 相手にわかりにくい言葉と誤字・脱字はご法度」という動画を YouTube にアップロードしている。相手にイライラ、モヤモヤされないためのメール作成ノウハウという内容だ。

もらったメールを読んで、「こいつ、一体何が言いたいんだよ!」と言いたくなることがある。主語と述語がめちゃくちゃで、何とか意味をくみ取ろうとすると、正反対の内容の 2通りに読めてしまうなんていうメールもそんなに珍しいものではない。

そんな場合は 2通りの解釈を併記して、「あなたの真意は、どちらですか?」なんて確認の返信をしなければならなかったりする。それでもほとんどの場合、相手は自分の文章がどうして 2通りに解釈されてしまうのかが理解できず、「ややこしいことを言ってくるヤツだな」と思うばかりのようだ。

東洋経済の動画によれば、こうした事態を避けるための重要ポイントは 「わかりやすい言葉選び」「文章は必ず推敲する」という、たった 2つである。言ってしまえば簡単な話だが、それをきちんとこなすのは案外むずかしい。

「わかりやすい言葉選び」というのは、「中学校までに習った言葉を使い、中学校までに習った知識があることを前提に」文章を書くことだという。例えば、こんなのは論外だ。

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流行りのカタカナ言葉を思い切りちりばめたメールをもらうことがあるが、こうした文章を書く人というのは大抵、自分の言いたいことを自分でもまともにわかっていないので、テキトーに放っておいても全然構わない。自分の言いたいことを明確に理解していれば、もう少しまともな文章が書けるものだ。

それから「推敲」のポイントとしては、

  1. 誤字(変換ミス)脱字(書き落とした文字)をなくす
  2. 文字(文)を付け加えたり、削ったりして読みやすくする
  3. 情報に間違いがないかを確認する
  4. よりわかりやすい表現に差し替える

という 4点が上げられている。とくに最初の「誤字(変換ミス)」というのは、どんなに慣れても犯しがちなミスだから、よほど気をつけなければならない。

口頭でのやり取りにしか慣れていなくて、文章がまともに書けないという人は案外いるものだが、今どきはメールでのコミュニケーションが不可欠となっているので、少しは「書き言葉」に慣れてもらわなければならない。

ちなみに「推敲」に関しては、どんなに気をつけても気をつけすぎということはない。例えば、この YouTube 動画にしても、話の中身と関係のない「銚子丸がどうのこうの」なんてテロップが出てきたりして、「何じゃ、こりゃ?」と思わせてしまう。

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YouTube のページのコメント欄に「0:04:56頃に内容と関係のないテロップの誤植が入っていました。大変失礼いたしました」と書き込まれている(参照)から、東洋経済としてもこのミスには気付いているようだが、本当に本当に、推敲というのは不可欠な作業であるとわかる。

 

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