カテゴリー「言葉」の588件の記事

2021年2月 1日

「1時間弱」を「1時間と、ちょっと」と思ってる人

NHK 放送文化研究所というサイトに ”「1時間弱」は、1時間よりも長い? 短い?” というページがあることに驚いた。言うまでもなく正解は「1時間より短い」だが、「1時間と、ちょっと」と勘違いしている人が、とくに若年層には多いらしい(10代で 34%、20代で 25%)。

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フツーに「1時間強/1時間弱」をセットにして覚えれば、それぞれ「1時間余り/1時間足らず」という意味として自然に入ってしまうのだろうが、誤解する人というのはそうじゃないのだろう。多分、頭の中にセットで入ってないのだ。

ただもしかしたら、「1時間強」は「1時間よりずっと長い時間」で「1時間弱」は「1時間よりちょっとだけ長い時間」なんて思い込んでいる可能性もないではない。そんな風に覚えてしまってる人に「1時間強かかる」と言われたら、そのココロは「2時間弱」だろうから、かなりヤバい。

ちなみに「教えて Goo」という Q&A サイトには、こんなような質問がある(参照)。

1時間弱とゆう表現の仕方がよくありますが、その意味は、1時間プラス数分とゆう意味なんですか?
それとも1時間マイナス数分とゆう意味なんですか?

「こおゆう日本語」を読むと、ガクッと脱力してしまうなあ。さらに日テレ 24 というサイトのページには「1日おき」が「隔日」ではなく「毎日」だと思い込んでいる人もいると書かれている(参照)し、ここまで来ると、世の中がはかなく思えてしまうよね。

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2021年1月23日

「雰囲気のもの」を巡る冒険

常連の方は既にお気づきかと思うが、当ブログに頻出する専門用語(?)に「雰囲気のもの」というのがある。昨年 2月 9日にも「当ブログのアクセス・カウンターの(雰囲気のものとしての)数字」という記事を書いている。

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この記事を読んでいただけばわかるように、「雰囲気のもの」という言葉は、「意味のあるような、ないような、わかったような、わからないような」という、まさに「雰囲気」だけでもっているような事項を表すために使わせてもらっている。アクセス・カウンターの数字はその代表例だろう。

最近の記事で言えば、5日前の "人は何かを隠したい時、「ポエマー」になる" という記事にも、あの「マンションポエム」に関連して次のように書いている。

私がよく言う「雰囲気のもの」というスタイルの代表格だ。肝心の対象についてはあっさりスルーして、あまり意味があるとも思われない周辺のみをもったいぶって語る。

ちなみに菅総理なんかは「ポエマー」としてさえ至らなくて、「周辺のみをもったいぶって語る」ことすらできないようだ。昨日の参議院本会議では代表質問への答えがぞんざいすぎて、「雰囲気」も作れないまま大幅に時間を残して散会となった。

試しに「雰囲気のもの」でこのブログ内を検索してみたところ、その結果はこんな具合で約 300件にもなった。この検索結果から「典型的な雰囲気のもの」(上述のアクセス・カウンターを除く)を 5つほど拾ってみると、こんな風なことになる。

アリナミン V の CM は、「雰囲気のもの」でしかないのね
「平成最後の何とか」というもの
"The Guide of Goods for a Cozy Room" というフレーズ
モノの整理は、捨てなきゃ始まらない
「ユビキタス」という言葉

なるほど、いかにも「雰囲気のもの」という感じの内容なのだろうなというのがおわかりと思う。

近頃では「雰囲気のもの」という言葉をあまりにも頻繁に使うので、「ふんも」で単語登録してしまっているほどだ。今後も多用することになると思うので、そのあたり

Yoroshiku4

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2021年1月18日

人は何かを隠したい時、「ポエマー」になる

昨日昼前の TBS ラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に、久しぶりで大山顕さんがゲスト出演していた。大山さんは Wikipedia では「写真家、フリーライター 」と紹介されている(参照)が、多くのラジオ・リスナーの中では「マンションポエムの人」ということになっていると思う。

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大山さんとマンションポエムについては私も 5年近く前の「ポエマーという存在」という記事で少し書いているが、詳しくは Daily Portal Z の「マンションポエム徹底分析!」という大山さん自身の書いた記事を読めばよくわかる。

要するに「洗練の高台に、上質がそびえる」(「プラウドタワー白金台」野村不動産より)といったあの名調子」のことで、他にも「女神は、輝きの頂点に舞い降りる」「世田谷、貴人たちの庭」「代官山のロミオ&ジュリエット」などなど、過剰なまでにポエミーなコピーの数々が紹介されている。

大山さんによればマンションポエムの特徴は、「マンションの広告でありながらマンションそのものについては何一つ言わず、徹底的に『立地』のみを語る」ことだという。例えば「子ども部屋も作れる余裕の 4LDK」みたいな具体的フレーズは、まずあり得ない。

私がよく言う「雰囲気のもの」というスタイルの代表格だ。肝心の対象についてはあっさりスルーして、あまり意味があるとも思われない周辺のみをもったいぶって語る。

ここで番組パーソナリティの安住紳一郎が、「それって政治家の答弁みたいですね」と鋭いコメントを入れる。さすがの視点である。

それに応えて大山さんは、「何かを語りたいのではなく、何かを隠したい時には、大抵『ポエム』になるんです」と言う。これもまた鋭い指摘である。

具体的事実に関する言及を極力避けて、わけのわかったようなわからないような(で、結局わからない)雰囲気だけの話で済ませたい時、人は限りなく「ポエマー」になってしまうようなのである。

もっとも、政治家のほとんどは「ヘボ・ポエマー」だけどね。

【参考】

本日の記事中で用いた「ポエミー」とか「ポエマー」とかいうのは、言うまでもなくテキトーな和製英語なので、その辺りなにぶん

Yoroshiku4

 

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2021年1月12日

気付くようで気付かないちょっとしたミス

サッポロとファミマ共同開発商品 LAGER を LAGAR とするミスで発売中止」というニュースには、申し訳ないが笑わせてもらった。添えられた写真を拡大してみると、なるほど、「開拓使麦酒仕立て」の文字の左下の文字が "LAGAR" になっちゃってる。

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このニュース、配信されたのが 4日前の 8日の夜である。商品の発売開始予定日が本日の 1月 12日だったというのだから、準備万端整って「あとは数日後のスタートを待つばかり」となったギリギリのタイミングでミスに気付いたもののようだ。現場はさぞドタバタだったろう。

商品展開に当たっては会議などで何度も検討を重ね、デザイン案も関係者にしっかりと示されていただろうに、誰も気付かなかったというのだから不思議である。その昔「不思議だが本当だ」というフレーズが流行ったことがあったが、まさにそれを地で行く話だ。

ただ、販売が開始された直後に消費者にミス・スペルを指摘されたみたいなことだったりしたら、売れた商品の缶にプレミアム的な価値が生じただろう。これを「惜しい!」なんて思ってしまうのは、部外者の気楽さからだろうか。どちらにしても、残念な話である。

この種の「気付くようで気付かない」ミスは例を挙げるに事欠かない。このブログの 2018年 4月 5日付の「JR のペットボトルは、ぼってる」という記事で紹介した東京駅新幹線ホームのゴミ箱では、片方がちゃんと "Bottles" なのに、そのすぐとなりが "P.E.T. Bottels" になっちゃってる。

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この気持ち悪さに当事者が気付いていなかったのだから、日本における英語表記というのは単に「お洒落感を出すための雰囲気のモノ」でしかないというのがよくわかる。「雰囲気のモノ」だけに、誰も「言葉」として読まないのだね。

私なんか文字がありさえすればつい読んじゃうから、変な標記になっていたら、どうにも気持ち悪くなって気付いてしまうことが多い。ただ、それも日本語と英語だけで他の言葉はわからないし、フランス語なんて完全に「雰囲気のモノ」になってしまうので、自分ではコワくて使えない。

それを思うと、皆さん、よくまああんなに堂々と「雰囲気のモノ」を使いまくるよね。大した度胸と言うべきか、あるいは怖いもの知らずなのか、よくわからないが。

ちなみに "Lagar" って、他の言語でとんでもない意味になってたりしたら、話のタネとしての気の毒感がさらに増大してしまうと思い、ネットで検索してみたところ、スウェーデン語だと「法律」とか「行動」とか「機構」とかいった意味になるらしい。

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下ネタなんかにならず、このぐらいのお堅い意味で、不幸中の幸いだったね。

【1月 14日 追記】

この商品に関しては「廃棄はもったいない」などの声が寄せられたため、そのまま発売されることになったようだ(参照)。発売開始は 2月 2日からというから、運がよければ話のタネに是非入手したいものだ。

 

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2021年1月 5日

草書体で書かれた古文書というもの

言うまでもないが、本日の記事のタイトルにある「古文書」は「こぶんしょ」ではなく「こもんじょ」と読んでいただきたい。

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上の写真は福井県立図書館のサイトにある「古文書入門講座」で教材に使われているものだが、ほとんどの人はまともには読めないだろう。私も正直言って、「降参〜!」となってしまう箇所が結構ある。(画像をクリックしてリンク先に飛ぶと、現代語のテキストが下に表示される)

知り合いに、亡父が生前書きためていた「自分史」を、遺言に従って自費出版の本にし、親類縁者に配ったという人がいる。ところがこの「自分史」の原稿というのが、巻紙に毛筆でしためた草書体で、かな文字もほとんど変体仮名だったので、解読に一苦労したという。

草書体とか変体仮名とかいうのは、要するに百人一首の絵札にあるようなやつだ。もっとも近頃の活字で表記されたのじゃなく、下のように伝統的なやつね。

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彼は「父の『自分史』はそのまま写真画像にして『平成の古文書』の本として配るという手もあったけど、誰も読めないんじゃしょうがないから、必死に解読して活字にしたよ」と語っていた。これには 1年近くかかったらしいが、ちゃんと解読できただけ、さすが立派なものである。

古文書解読に関しては、私も学生時代に伝統演劇史(主として歌舞伎)なんていう分野を専攻したもので、散々苦労した。何しろ草書体なんて、大学の教養課程まではまともに学んだことがなかったからね。最初に目を白黒させたのは「歌舞伎の双子(かぶきのそうし)」という古文書である。

これは「都の春の花さかり かふきをとりに・・・」というフレーズで始まる。しかし何しろ草書体で書かれた絵巻物みたいなもののコピーを、いきなり読まされるのだから始末に負えない。

初めのうちは「かふきをとりに」を「カ〜フ〜キ〜を〜、取〜り〜に〜」なんて読んでしまって「こりゃ一体何じゃ?」となっていた。正解は「歌舞伎踊りに」なのだが、げに恐ろしきは草書というもので、落語の八っぁん熊さんを決して笑えない。

日本だけではなく欧米でも、若い人はアルファベットの筆記体を読めなくなってきているらしい。ただアルファベットは 26文字しかないが、古文書のかなは 50文字だけじゃなく大変なバリエーションなので、難易度はめちゃくちゃ高い。

例えば、現代のひらがなで「ア」と読むのは「安」という漢字を崩した「あ」の一文字のみだが、古文書ではこのほかにも、「亜」「阿」「悪」「愛」など、いろいろな漢字を崩した「あ」の字がある。それぞれ、こんなようになってしまう。

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これでみんな「ア」と読めというのだから、ひどいものである。とくに「愛」を崩した変体仮名なんて、ほとんど原形をとどめていないよね。

そういえば、そば屋の看板も「楚者(そは)」を崩したつもりなのが多いから、日本中に「そば屋」ならぬ「そむ屋」が溢れることになってしまった。当ブログの 2011年 12月 4日付でも、その一つを紹介してある (参照)。

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上の写真の「は(のつもりの字)」は、完全に「む」の字になっちゃってる。今どきの看板屋さんは、軽い気持ちで「そば屋の看板の『ば』の字は『む』と書けばいいんだよね」と思っちゃってるようなのだ。本来ならば「者」という漢字を崩したもので、決して「む」じゃないんだが(「楽常 Blog」より)。

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ちなみに、現代の「そ」というひらがなは「曽」を、「む」は「武」の字を崩してできたもの。

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今日の記事はまともにテキスト化できないので、やたら画像が多くなってしまった。草書体とか変体仮名とかいうのは、かくまでに面倒くさいものなのである。

落語の『手紙無筆』に出てくる八五郎やご隠居が手紙をまともに読めないのは、マジな話で無理もないのだ。今の世の中に生まれてきて、本当によかったよ。

 

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2020年12月28日

"GARAGE HERO's" という名のラジオ番組

日曜朝の TBS ラジオに「GARAGE HERO's 〜愛車のこだわり〜」という番組がある。9:00 から 9:30 までの 30分番組で、提供は "UP GARAGE" という、関東一円で事業展開する中古車、バイク用品の買取販売専門店だ。

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この番組は TBS のサイトを見ると、次のように紹介されている。

クルマを愛してやまない安東弘樹が、同じくクルマ愛に溢れるゲストを迎え、「ドライブ」だけじゃない「カーライフ」の楽しみ方をお届けする 30分間。「愛車自慢」「車への拘り」「独特のメンテナンス」「DIYでのドレスアップ」など、様々な角度で「カーライフ」の楽しさを発信します。

クルマの運転はしょっちゅうしているものの、「クルマそのもの」へのこだわりをほとんどもたない私としては、この番組、いつも聞くともなしにただ漫然と聞いている。「日曜朝にラジオのスイッチを入れれば聞こえてくるし、30分で終わっちゃうから」という、それだけのことだ。

とはいうものの、聞き始めた頃からずっと妙な違和感が一つだけ拭い去れない。それは "GARAGE HERO's" という番組名である。

これ、文字通りに受け取れば「ガレージ・ヒーロー:車庫の英雄」となる。番組スポンサーである "UP GARAGE" という会社の性格上、そのココロは番組紹介文にもあるように "「ドライブ」だけじゃない「カーライフ」の楽しみ方" ということに大幅に寄っているのだろう。

つまりガレージで自分のクルマをいろいろいじくりまわし、メンテしたりドレスアップしたりするのがこの上なく楽しいって人をメイン・ターゲットにしているようなのだ。これについては、理解できないこともない。

ただ私としては「ガレージ・ヒーロー」と聞くと、語感的にはどうしても "「内弁慶」のクルマ版" みたいな意味に聞こえちゃうんだよね。はなはだ申し訳ないことだけど。

 

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2020年12月22日

皆さん、豊田社長の英語にそんなに興味があるのかなあ?

最近どういうわけか、10年以上も前に書いた「TOYOTA、豊田章男社長の英語」という記事へのアクセスがやたらと多い。下の画像の右下の「人気記事ランキング」というのは、当ブログの右側のサイドバーの下の方に表示されているが、昨日までずっと「1位」にランクされっぱなしだった。

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これが先月あたりからかなり長期間にわたっての現象なので、当人としては頭の中に「?」マークが点きっぱなしになっている。「皆さん、豊田社長の英語にそんなに興味があるのかなあ?」と、不思議に思うばかりだ。

試しに「豊田社長 英語」という 2ワードでググってみると、昨日の 午後 ⒏時現在で、なんと上から 3番目に私の記事が表示されているじゃないか(参照)。これもまたびっくりである。そんなに重要な意味を込めて書いた記事でもないのにね。

2012222この記事は元々、ネット上の知り合いで大学の先輩でもある Alex さんのブログ 「【不眠症カフェ】Insomnia Cafe」の 2010年 2月 25日付「TOYOTA社長の英語」という記事の尻馬に乗るみたいな形で書いたものだ。Alex さん、豊田社長の英語力のレベルの低さに、かなり率直に反応されている。

発端がそんなことなので、私としても決して悪意があったわけじゃないが、以下のような感じで、それなりに率直に反応したわけだ。

豊田社長は高校時代と慶応大学卒業後の 2度に渡る米国留学経験をもち、マサチューセッツ州のバブソン大学で MBA まで取得しているはずなのに、何だかなあという感じである。

ところが、上述の Google 検索結果で上位にランクされている 2つの記事は「なぜトヨタ社長スピーチはアメリカで絶賛されたのか。日本人に足りないものがそこにはあった」とか、「トヨタ社長の英語スピーチから学べることは?あふれるユーモアさの秘密!? 」とか、かなり高評価なのだよね。

というわけでこれもまたまた、びっくりなのである。なんでまたこんなにも評価が分かれたのかを、考えてみなければならなくなってしまったじゃないか。

で、しばらく考えてみた結果なのだが、豊田社長の英語スピーチというのはどうやら、事前によく練ったものだとなかなかの内容のようなのだ。ところが私の上述の記事にあるように、記者会見の質疑応答など、その場での原稿なしのやり取りになってしまうと、ちょっと苦しいみたいなのである。

要するに事前に用意したスピーチのコンテンツ(内容)と、咄嗟に口をついて出る英語そのものでは論じる視点が違うので、その評価も違って当然ということになるようなのだね。

まあ、これはネイティブ・スピーカーならぬ日本人のことなので、しょうがないよねと大目に見てもいいような気はする。記者会見ではかなりアセっちゃったのかもしれないしね。

ところであれから 10年経ったので、この人、今でも社長のままなのかなあと思い、Wikipedia で調べてみたら、なんと正式には「トヨタ自動車株式会社代表取締役執行役員社長兼CEO兼CBO」という面倒くさい肩書きなんだそうだ(参照)。

ちなみに "CBO" というのは "Chief Branding Officer" のことらしい。具体的に何をするのかよくわからないけど。

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2020年11月19日

日本人は普段の行動を言語化していない

Quora という Q&A サイトで「なぜ日本人は英語が下手なのでしょうか?」という質問に、Tominaga Shintaro さんという方がとても納得できる回答を寄せてくれている(参照)。要するに「日本人は普段の行動を言語化していない」からだというのである。

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Tominaga さんが英国、米国に滞在していたとき、車で顧客を訪ねる際に電話で道順を聞くと、相手は見事に詳しい説明をしてくれ、その通りに行けば容易に目的地に到達できた。ところが日本人に「家から職場までどうやって行くか」を日本語で話すように頼んでも、しどろもどろになるという。

つまり日本人は「英語が下手」という以前に、物事を言語で表現することが苦手だというのだ。日本語で表現することすら苦手なのだから、ましてや英語でしゃべってみろと言われても戸惑うのみである。

日本人の多くは道順を言葉で説明するぐらいなら、簡単な道案内図を描いて渡す方が楽と考える。しかし英米人の多くは、そんな面倒なものを描くるより、手っ取り早く口で説明させてくれということになるようなのだ。

Tominaga さんは「日本人は道順を絵画的に捉え、英米人は、それを言語化する文化的な癖がある」と指摘している。なるほど、納得である。

というわけでそもそも日本人は「母国語を使って道順を説明する」ことすら苦痛なのだから、英語を使うのはもっと苦痛ということになる。だから英語が上手になりたいなら、まず日本語が上手にならなければならない。

そのためにはとりあえず、言葉で道案内ができるように訓練するのが効果的だろう。もっと言えば、相手が言葉で説明してくれた内容をその言葉通りに受け取れるように訓練することも必要だと思う。多くの日本人は、言葉をきちんと論理的に受け取ることさえ苦手のようだから。

物事を日本語で筋道立ててで説明できるようになり、相手の言葉をきちんと解釈できるようになれば、後は英語の言い回しに慣れさえすればいい。

 

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2020年10月29日

「わかる」と「学ぶ」、「習う」

知識共有サイトの "Quora" に、【「理解する」という意味の英語 “understand” は、なぜ「下に立つ」というのですか?】という質問が寄せられ、英語講師/言語認知コンサルタントの オールライト ちえみ さんが、目からウロコの落ちるような回答を寄せてくれている(参照)。

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「わかる(分かる)」と ”understand" という言葉の比較から、和洋の発想の違いまで見えてくる名回答だ。下に引用してみよう。

『分かる』とは『分ける』こと:そもそも同化していたヒト/モノ同士を分離する

※『理解する』は理で解くことなので、やはり絡まっていた(同化していたもの)を解くイメージですね。

『understand』:under-間(現代では “下” を指しますが、そもそもは何かと何かの “間” のことを意味していた)+ stand-立つ→そもそも分離していたヒト/モノ同士が接近して立っていること

ーーー

『人』を対象にしてみると。。。

私はあなたのことを分かっている  →  私はあなたと分離している(そもそもはくっついて同化していた)

I understand you.  →  私はあなたに近づいている(そもそも離れていた)

たしかに「わかる(分かる)」の語源は「分ける」であり、語源由来辞典には次のように説明されている(参照)。

わかるは、「わける(分ける)」と同源。
混沌とした物事がきちんと分け離されると、明確になることから。

つまり日本語的発想では、ものごとというのは初めはごちゃごちゃに絡まり合っているものであり、古事記の序文でも、天地の初めはすべてが渾然一体だったが、それがだんだん分かれてきたということになっている。

ところが英語的発想では、全てのものは別個である。聖書の『創世記』でも、初めは闇でしかなかった世界に、神が光を始めとする万物を順々に創造されたとあるから、発祥からして別々だったのだ。

そうした中で、それまでの自分のポジションと対象のポジションの、中間点に移動する ・・・ つまり「対象に近付く」というのが、とりもなおさず ”understand" であるようなのだ。

日本語的文脈では、ものごとを「わかる(理解する)」ためには、対象をきちんとほぐして区別して考える(分析する)、つまり「離れてみる」必要がある。本来は別々であることが前提の対象に敢えて近付こうとする英語的文脈とは、もろに対照的だ。

ところで「学ぶ」という語は「真似る」(まねぶ)と共通の語源をもつとされており、どちらが先かはわかっていない(参照)。さらに「習う」は、「見倣う(みならう)」などの「倣う」と語源が共通していて、「学ぶ」と比較しての違いは「教える人が明確に存在する」ことだという(参照)。

ということは、「学ぶ」と「習う」は、どちらも「『真似る』『倣う』ことを通じて再び一体化しようとするはたらき」と言えるだろう。つまり学んだり習ったりするためには、一度「分かれて」みて、対象を客観化することが前提条件として必要のようなのだ。

ちなみに現代日本の口語で「それって、わかるわぁ!」みたいに言う場合は、「一緒だね!」というようなニュアンスが強く、「分かる」という語源的意味からは離れてしまっているようだ。論理的な理解というより、かなり「感覚的」なものだ。

従って「それって、分かるわぁ!」なんて漢字交じりに表記してしまうと、論理と感覚がケンカして、ちょっとした違和感である。

 

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2020年10月11日

「巨像恐怖症」というもの

昼前の TBS ラジオ『安住紳一郎の日曜天国』を聞いていると、「苦手なこと」というテーマで聴取者からのメッセージを募集しており、その中に「牛久大仏が怖い」というのがあった。

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このメッセージの主は、「大仏が怖いというのは、前世でよほど悪いことをしたに違いない」と長年にわたり思っていたが、よく調べると「巨像恐怖症」とか「巨大物恐怖症」とか呼ばれるもので、前世とは関係ないとわかったという。これでずいぶん安心したというのだから、よかったね。

その原因についてはいろいろな仮説があるが、その一つに「恐竜などの巨大生物から逃れるための防衛本能の名残」という説があるらしい。大仏様も恐竜と一緒にされては気の毒なことである。

ちなみに上の画像からもリンクした「巨像恐怖症」に関する青木エイミーという人の書いた記事に、こんなトンチンカン記述がある(参照)ので驚いた。

巨像恐怖症を英語で言うと「Colossal phobia」となります。例えば、「私は巨像恐怖症なので今日の遺跡見学は参加せず、自由行動にさせてください」というときには、「I am a colossal phobia, so please do not participate in the tour of today’s ruins and let me move freely.」で通じます。自身にその自覚がある場合には、このワードを覚えておくと、海外で心身に悪影響が出た際も安心です。

"Colossal phobia" はフツーは "colossalphobia" という 1ワードの不可算名詞だから、”I am colossalphobia.” が一般的だが、さらに究極的なまでにイッちゃってるのが、それに続く部分だ。

please do not participate in the tour of today’s ruins and let me move freely.

これだと「(あなたは)どうか今日遺跡の旅行には参加しないでください。そして私を自由に移動させてください」という意味になってしまう。(中学生レベルの英語だから、わかるよね)

こんなことになってしまったのは、「今日の遺跡見学は参加せず、自由行動にさせてください」という元々の日本語からして主語が曖昧すぎるからだ。つまりこのケースでは、直訳してしまった自動翻訳(としか思えない)には主たる罪がない。

こんな翻訳をまんまコピペして「〜で通じます」(いや、通じねえよ!)なんてノー天気に言い切るのだから、エイミースゴい! この人、「日本人とカナダ人のハーフ」と紹介されている(参照)が、ハーフにも「英語音痴」っているのだね。

自動翻訳に頼るぐらいなら、いっそ余計なことは書かなきゃいいのに。

というわけで、私は近頃「自動翻訳恐怖症」(automatic-translationphobia)になりかけている。

 

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