カテゴリー「哲学・精神世界」の161件の記事

2019/11/24

パパ・フランチェスコのメッセージ

ローマ教皇が「長崎爆心地から核兵器廃絶のメッセージを発信」というニュースに、私は素直に感銘を受けた。彼は 2014年3月に「環境破壊は『モダンな罪』」と指摘し、さらに 2015年 6月にも「環境問題での回心」を呼びかけていて、「新しい時代の教皇」という印象なのだ。

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余談だが、マスコミは最近、「ローマ法王」ではなく「ローマ教皇」として報道することが増えたようだ。今回の来日においても、3日ぐらい前までは NHK のニュースでも 「ローマ法王」としていたが、急に「ローマ教皇」と呼ぶように転換しているようである。ちなみに「教皇」は英語で "The Pope" だが、その語源はギリシア語の ”Papa” で、つまり「お父様」ということのようなのだね。

ただ、「ローマ教皇フランシスコ」と表記されることが多いようなのだが、私は彼が教皇になられた 2013年以来「フランチェスコ 1世」と書いている(参照)ので、今回もそのまま「フランチェスコ」で通す。

とにもかくにもパパ・フランチェスコは「環境問題での回心」といい、今回の核兵器廃絶の呼びかけといい、私が歓迎したくなるメッセージを発信し続けておられ、ありがたいことだ。今後も世界中でこうした呼びかけをしてもらいたい。

彼は自らの名前の由来となる「アッシジのフランチェスコ」の作と伝えられる(本当はそうじゃないともいわれるが)「平和を求める祈り」でメッセージを締めくくり、「この祈りが私たち全員の祈りとなることを確信しています」と呼びかけた。

「平和を求める祈り」の全文を以下に記す。

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。
憎しみのある所に、愛を置かせてください。
侮辱のある所に、許しを置かせてください。
分裂のある所に、和合を置かせてください。
誤りのある所に、真実を置かせてください。
疑いのある所に、信頼を置かせてください。
絶望のある所に、希望を置かせてください。
闇のある所に、あなたの光を置かせてください。
悲しみのある所に、喜びを置かせてください。
主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。
なぜならば、与えることで人は受け取り、忘れられることで人は見出し、許すことで人は許され、死ぬことで人は永遠の命に復活するからです。

美しい祈りである。

 

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2019/03/02

「我あり」 は 「我思う」 故か、「我考える」 故か

毎日新聞の 「昨今 ことば事情」 という連載に 近藤勝重氏が 「考える読書」 という一文を寄せ、この中で 「デカルトの 『我思う、故に我あり』 は 『我考える、故に我あり』 ではないのか、と疑問を抱いてきた」 としている。

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まあ、いずれにしてもこれはデカルトがフランス語で書いた 『方法序説』 の中の "Je pense, donc je suis." (ラテン語訳では "Cogito ergo sum") という文の日本語訳であり、1904年 (明治 37年) の桑木厳翼の翻訳からずっと 「我思ふ、故に我あり」 で親しまれているようだ。

私は大学で第二外国語としてフランス語をちょこっと学んだはずなのだが、実際には全然疎いので、英語でどう言うかを調べると "I think, therefore I am." ということになっている。これなら直訳的には 「思う」 でも全然問題ない。

デカルトの文脈としては、哲学者として全てのことを疑うという 「方法的懐疑」 のあげくに、世界の全てが虚偽であったとしても、そのように疑っている自分自身の存在だけは疑いようがないとして、「我あり」 と結論づけたというのが、教科書的な解釈となっている。

とすれば、「思う」 と訳すか 「考える」 と訳すかは、結局 「趣味の問題」 と言っていいような気がするのだよね。要するに何らかの 「意識作用」 があって、その 「意識作用」 を自覚的に展開している 「我」 の存在だけは肯定せざるを得ないということなのだろうから。

ニュアンスということで言えば、「思う」 はかなり古典的、「考える」 は近代的な論理を思わせる。近藤勝重氏は近代的論理のニュアンスにこだわっているわけだね。ポスト・モダンなんてどうでもいいのかもしれない。

ちなみに夏目漱石は 『吾輩は猫である』 の中で次のように述べている。

デカルトは 「余は思考す、故に余は存在す」 という三つ子にでも分るやうな真理を考へ出すのに十何年か懸つたさうだ。すべて考へ出す時には骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費やしたつて車夫の智慧には出来過ぎると云はねばなるまい。

「思う」 と 「考える」 をひっくるめて、「思考す」 と訳しているのは、漱石の面目躍如という気がする。「漱石は日本で最も速い時代に現れた近代人なのだなあ」 と思うほかない。

それにしても 「三つ子にでも分るやうな真理」 には恐れ入ってしまう。近代西欧文化と漢学と戯作にマルチに通じなければ、こんなふうには達観できないよね。

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2018/12/16

正統派よりもイケちゃってるアウトサイダー

久しぶりで 『無門関』 ネタ。今日は第三十二則の 「外道問佛」 という公案である。「外道がお釈迦様に、仏について質問した」 という話だ。

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お釈迦様が座禅しているところに、外道 (仏弟子以外の者) がやってきて、「有言 (うごん) を問はず、無言を問はず」 という、摩訶不思議な質問をした。これ、「仏」 つまり 「覚者 (悟りを得た者)」 とは何か? と問うたのだが、「言葉による説明なんて聞きたくないし、言葉以外のごまかしも受け付けないからね」 と、かなり生意気に出たのである。

こんな風な聞き方をされたら、生半可のことでは答えようがない。しかしそこはさすがにお釈迦様である。ただ慈悲深く座っておられた。すると質問した外道は 「世尊大慈大悲、我が迷雲を開いて我をして得入せしむ」 (お釈迦様の大きな慈悲のおかげで、私の迷いの雲が晴れ、悟りを得ることができました) と、感謝して去ったというのである。

例によってわかったようなわからないような話だが、そこはそれ、禅の公案だから理窟じゃなくインスピレーションで受け取るしかない。つまり、お釈迦様のただ座っておられる姿は、一見すると単なる 「無言」 のようにしか見えないが、実は 「有言無言」 を超えた次元の悟りを現していたので、質問した外道はそれを受け取ることができたというわけなのである。

そこへやってきた仏弟子の阿難は、「あいつ、何でまたあんなに感動して行ってしまったんでしょうかね」 なんて、ちょっと低次元の質問をした。するとお釈迦様は 「良馬は鞭の影を見ただけで走り出すものだよ」 と答えたという。

阿難というのは、お釈迦様の説法をすべて記憶して 「多聞第一」 と言われたほどの優秀な弟子だったが、いかんせん、言葉によらない教えまではピンと来ない男だった。つまり理窟は理解できても、悲しいことにインスピレーションに欠けていたのだね。

そんなわけで、無門和尚は 「阿難すなわち仏弟子、あたかも外道の見解に如かず」 (阿難は仏弟子なのに、外道の理解に及ばない) と解説している。正統派よりもアウトサイダーの方がイケちゃってることがあるってわけだ。

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2018/11/05

木の中に森を見るということ

このブログでは 「フラクタル」 ということについてかなり頻繁に取り上げてきたつもりだったのだが、いざこの言葉で検索してみると 2つの記事しかヒットしないという意外なことに気付いた。

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ヒットしたのは、次の 2つの記事である。

「へえ、この程度しか書いてなかったんだ!」 というのが、正直な思いである。こうしてみると、「フラクタル」 という言葉をきちんと前面に出して書いたのは、この 2本しかなかったということのようだ。

とはいえ、フラクタルのコンセプトをベースにして書いた記事はもっとたくさんあるはずである。その中の一つに "「かれ」 と見える 「われ」 " というのがあって、これは 「私ではない何者か」 が書かせてくれた記事と言うほかない。

「木を見て森を見ず」 という警句があり、これは部分を見るだけで全体を理解しようとしない傾向を批判的に言うものとして知られているが、実は現代の複雑系の理論に沿えば、「木を見れば森が見える」 のである。全体の中に部分があり、部分の中に全体がある構造をフラクタルという。下の図は "Sierpinski zoom" という、よく知られたフラクタル図形である。(Wikipedia より拝借

File:Sierpinski zoom.gif

「木を見れば森が見える」 というテーゼで思い出したのが、昨今の 「インタープリテーション」 (「通訳」 という狭い意味ではなく、"nature interpretation" とも呼ばれている) というプログラムだ。これは一言では説明しにくいので、こちら のページに飛んでいただければ、その一端がおぼろげに見えてくると思う。

かなり前に、このインタープリテーションの初歩の実修に参加したことがある。最初のプログラムは、自然豊かな郊外に出て、「しばらくこの近辺を歩き回って、自然の声を聞き、何を感じたか発表してください」 ということだった、

私は結構楽しみながら森の奥まで踏み込んで、写真を撮ったり和歌を作ったりしたのだが、参加者の 1人 (年配のオッサンだった) は何を思ったか、近くにあった古い神社の看板に書かれた故事来歴をメモしてきて、「この地域の古い歴史を知って感動しました」 なんて言っていた。

この人、よくよくインスピレーションの欠如した人である。周囲の自然の背後にある言葉を聞こうとするのではなく、たまたま手近に見つけた看板に書かれたテキストを、そのままテキストとしてメモしてくるという安易なことしかできないのでは、インタープリテーションになっていない。ちなみに、オッサンの中にはこのタイプがかなり多い。

対象の中に 「未だテキストになっていない何ものか」 を感じて、自分の感性でテキスト、あるいはその他のスタイルとして表現できるのでなければ、当然ながらフラクタルの醍醐味は理解できず、さらには人生の機微もわからないだろうね。

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2018/10/25

「利休七則」 というもの

茨城県の常総市というところにある 「いおり庵」 という和菓子屋の煎餅と最中が、地元ではやや注目されているようで、最近立て続けに頂き物として舞い込んでくる。これがなかなかおいしい。

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有り体に言ってしまえば、和菓子のおいしさなんていうのは大抵決まり切っていて、きちんと作れば大体みんな同じような味になるもののようだ。ただ、その 「きちんと」 というのが問題で、いい加減に作るとそれなりのものにしかならない。

で、このいおり庵という店のお菓子は、なるほど 「きちんと」 作ってあるものという気がする。最中の甘さにしつこさがなく、煎餅もぱりぱりとあっさりかじれる。この 「頃合い」 というのが大切だ。

「頃合い」 の見極めというのは、実はなかなか哲学的なものである。この店の包装紙はシンプルな真っ白な紙に、次のような文句が印刷してある。

茶は服のよきように点し
炭は湯の沸くように置き
花は野にあるように
夏は涼しく冬は暖かに
刻限は早めに
降らぬとも傘の用意
相客に真心を

うぅむ、このシンプルさがいいではないか。これは 「利休七則」 というもので、千利休が残した茶道のおもてなしにおける心得の究極であるらしい。

ちょっと浅薄なことを言うが、私は有名な晴れ男のくせに、出かける時は折り畳み傘をいつも用意しているので、この 「降らぬとも傘の用意」 というのは、ちょっと泣ける。あとは、自分のためだけでなく人のためにもさりげなく傘の用意ができるようになれば OK なのだろうが、これって案外難しいのだよね。

幸せになるための哲学とは、ほんのちょっとしたことなのだが、これがなかなか難しい。ただ、難しいと思っているうちは単なる凡人で、これをさりげなくできるようになってしまうと、人生の達人ということになる。

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2018/10/24

「ハピネスの総量は一定」 という幻想

私の 10月 19日付の記事 "「夫婦別姓」 は、保守派にもメリットがあるだろうに" に、山辺響さんが注目すべきコメントをつけてくれた。「どうもゼロサムゲーム的な発想というか、『誰かが今よりも幸せになることは自分がそれだけ不幸になることだ』 と思ってしまう人がけっこういるんじゃないかと思います」 というのである。

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これ、鋭い指摘だと思う。仮に明日から夫婦別姓が可能な制度になったとしても、伝統的保守派に具体的な損害が及ぶわけではない。せいぜい慣れるまで違和感がつきまとうというだけの話だ。こんなことで 「精神的苦痛への慰謝料」 なんて請求する訴訟を起こしたとしても、到底勝ち目なんかない。

ところがこうした問題では、誰かの希望が叶ってハッピーになると、自分はその分だけアンハッピーになってしまうという考えをしてしまう傾向があるようなのだ。世の中の 「ハピネス」 の総量は一定で、人々はその取り合いをしているかのような発想が確かにある。これはもちろん無意識の産物、つまり 「幻想」 でしかないのだが、それだけに理性による解決が難しい。

たまたま東洋経済の本日付記事で、"地方を滅ぼす 「成功者への妬み」 のひどい構造  「3つのネチネチ」 で成功者はつぶされていく」 というのを読んだ。「まちビジネス事業家」 の木下斉氏が、地方の 「まちづくり」 ビジネスを滅ぼすのは、次の 「3つのネチネチ」 だと主張しているのである。

  1. 事業に予算をいれて潰す
  2. 事業を横取りして奪って潰す
  3. 風説の流布で人格否定をして潰す

ここではそれぞれの項目の説明をするスペースがないので、具体的な内容を知りたかったら、リンク先に飛んでもらうほかない。ただ、ざっと言ってしまえば、地方では成功しかけた者への 「妬み」 が生じやすく、その成功を広く共有するためにという 「一見美しい名目」 でスポイルしてしまうことがあるということだ。

行政が予算を付けて介入し、事業そのものを骨抜きにしてしまったり、「地域の共同事業化」 という名目で横取りしたり、甚だしくは、事業を始めた人に関する根も葉もない噂を流して人格否定してしまったりする。案外よく聞く話で、その結果、誰もハッピーにならない。

これらは根っこの部分から説き明かせば、「ハピネスの総量は一定だから、あいつの取り分が増えるだけこっちの取り分が減る」 というような、狭い了見から発することである。「これをきっかけにハピネスの総量を拡大させちゃおう」 という発想ができないために、その地域ではハピネスの総量が激減してしまうという結果を生じる。

今の世の中で必要なのは、「他者の幸福を祝福する」 という度量なのかもしれない。他者の幸福を祝福できるということは、自分の幸福でもあるのだ。米国の大統領のやり方なんかをみていると、その正反対の姿勢を感じてしまう。

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2018/09/09

「即心即佛」 と 「非心非佛」

本当に本当に久しぶりの 『無門関』 ネタ。今回は第三十則の 「即心即佛」 と、三十三則の 「非心非佛」 について書いてみる。

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「即心即佛」 (心がそのまま仏である) も 「非心非佛」 (心も仏もない) も、馬祖大師という唐代の名僧が説いた言葉である。フツーの理窟で考えれば、よくまあ、こんな矛盾したことを同一人物がいけしゃあしゃあと言えたものだということになるが、そのあたりが禅の禅たるところなのだ。

第三十則は、大梅という僧に 「如何なるか是れ佛」 (佛ってどんなの?) と問われた馬祖大師が 「即心即佛」 と答えたという、単にそれだけのことだ。馬祖大師という人はわかりやすく禅を説いた人と伝えられているが、まあ、何しろ禅のことだから、わかりやすいといってもせいぜいこんなものである。

ちょっと翻訳してみれば、「佛を他にあるものと思って探し求めても見つからないよ。佛は己の心そのものじゃ」 と言っているみたいなのだが、いきなりそんなこと言われてもうろたえてしまうだろう。それを 「なるほどね」 と受け入れるためには、結構な修行を積まなければならない。

とはいえ 「そのままの心がそのまま佛」 ってことは、実は修行なんて積まなくても、元から 「心が佛そのもの」 に変わりはなくて、それを迷うことなく認めることができれば OK なのだ。「元からそうなんだよ」 というのは、「後になってやっと悟る」 もののようなのである。でもまあ、悟ろうが悟るまいが、「元々そうなんだよ」 ってことだから、嬉しいっちゃ嬉しいわな。

ところが第三十三則では、「非心非佛」 という強烈なアンチテーゼを食らわされる。「何だよ、さっき 『元々が佛そのもの』 って言ってくれてたじゃん!」 なんて駄々をこねても、禅というのは厳しいもので、警策でぶっ飛ばされるのがオチだ。

そこで、「はいはい、わかりましたよ。心も佛もないものなのよね。はいはい。さっきは 『そのまま佛』 って言ってたくせに、ブツブツ」 と、渋々座禅しているうちに、いつになるかわからないけど、「心も佛もないけど、そのまま佛なのよね」 という悟りが湧いてくるのだろう。

ところで、Google で画像検索すると、世の中では 「即心即佛」 の方が人気があって、書にもよくされているが、「非心非佛」 の方はあまりポピュラーじゃないようなのだ。

私としては、「即心即佛」 のテーゼと 「非心非佛」 のアンチテーゼがワンセットになって、あっと驚く 「悟りのアウフヘーベン」 に飛躍するような気がしていたのだが、どうも禅の世界というのは単純な弁証法を超越しているみたいで、「どっちから入っても、悟る時は悟るさ」 ってなもののようなのだ。

まあ、その悟りにもいろいろなレベルがあるのは、11年前に 「十牛図解釈」 で触れたとおりである。(十牛図のビジュアルは、こちら

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2018/07/04

「潜伏キリシタン」 ということ その2

6月 30日の記事 "「潜伏キリシタン」 ということ »" の続編である。

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私は 6月 30日の記事で、次のように書いた。

(世界遺産に) 登録する価値があるとすれば、「禁教期」 において、250年もの間、カソリックなのにバチカンの指導から隔離された信仰を継続してきたという、極めて特異な点だ。こうした状況では、日本独自のフォークロアリスティックなものに変化しないはずがないじゃないか。

私は長崎に旅行した際に隠れキリシタン関連の遺跡を結構訪問している。その印象から湧いたのは、「隠れキリシタンの信仰は、正当なカソリックとはかなり違っているんじゃあるまいか。そのあたりを、どうやって折り合いつけるんだろう」 という疑問だ。

そして、この辺りを明らかにした宗教学者、宮崎賢太郎さんの 『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』 という本があることを知り、さっそく Amazon で購入申込みをした。この記事は 「本が届いて読んでみてから、改めて書こうと思う」 と結んでいる。

で、早速詠んでみたのである。引き込まれるように読めた。この本の特徴は、第一章の 3ページ目に結論が書かれていて、それ以後はその論拠が丁寧に説明されていることだ。だから上に述べた私の疑問は、のっけから解けた。

いわゆる 「隠れキリシタン」 のほとんどは、自らの意思でキリスト教信仰を始めたのではなく、領主である 「キリシタン大名」 たちによって、強制的に洗礼を受けさせられ、改宗したことにされてしまったというのが本当のところのようなのだ。したがって彼らは、キリスト教の教義についてはほとんど何も理解していなかった。

彼らが守り通してきたものは、キリスト教信仰ではなく、日本的 「先祖崇拝」 と習合した信仰形態であり、先祖が大切にしてきたものを、自分の代で捨てるわけにはいかないという考えが、これほどまで長く続いてきた要因だった。

「神と子と聖霊の三位一体」 を根本教義とする西欧的に論理一貫したキリスト教は、潜伏キリシタンたちにはついぞ伝わらなかったもののようだ。日本にキリスト教を伝えたとされるフランシスコ・ザビエルはまったく日本語ができず、教義を具体的に伝える術を持たなかった。さらにそれを受け入れる側の日本の農民の教育水準も、ほとんど字を読めなかったので、教義を正確に理解することなど不可能だった。

彼らの理解のレベルでは、「新しい南蛮渡りの神様の御利益が大きいらしい」 という程度のもので、私としては、日本の民衆史の中で何度か繰り返された 「流行神」 の一つぐらいに捉えられたと考えると、理解しやすいのではないかと思う。。

だから、"「隠れキリシタン」 たちは当時の厳しい弾圧に耐えながら、純粋なキリスト教信仰を守り通した" というのは、ロマンに彩られた 「幻想」 で、実際には日本的な信心と習合しつつ、キリスト教本来の祈りの言葉も 「オラショ」 と呼ばれる具体的な意味のわからない呪文のような言葉に変わり、「よくわからない民間信仰」 となって受け継がれてきたというのが実際のところらしい。

つまり、「お稲荷さん信仰」 とか 「お地蔵様信仰」 というのと、本質的な違いはないようなのである。「そんなバカな」 と思われるかもしれないが、仏教にしても 「南無阿弥陀仏」 や 「仏教とは四無量心これなり」 という言葉の本来の意味を理解している日本人がどれほどいるかと考えれば、「そんなものか」 と納得がいく。いずれにしても、かなり 「雰囲気のもの」 なのである。「雰囲気のもの」 だけに正面切って捨てにくいのだ。

幕末の開国直後に日本にやってきたプチジャン神父が長崎に創建した大浦天主堂で、長い弾圧に耐えてキリスト教信仰を守り通してきた浦上の信徒たちと感動の 「再会」 を果たしたという逸話も、「飛躍しすぎ」 と断じられている。日本の信徒がプチジャンに 「吾らの胸、あなたの胸と同じ」 と告白したというのは、よく考えるとあり得ない。

実際には、日本の隠れキリシタンたちは、「自分たちが先祖から伝えられた信心の本家本元」 が、突然日本に来たプチジャン神父であるとは、急には認識できなかっただったろう。事実に基づいて推理すると、プチジャン神父が本国に感動的に報告するために、昔からある 「貴種流離譚伝説」 になぞらえて創作したとみるのが自然のようだ。

現代になって信教の自由が認められても、教会に戻らない 「カクレキリシタン」 (もはや 「隠れ」 る必要がないから、宮崎氏はカタカナで表記している) がいくらでもいる。それは、宮崎氏に言わせれば 「隠れてもいなければキリシタンでもないから」 で、「クリスチャンでもない人に 『なぜ教会に行かないのですか』 と問いかける」 ようなものだという。

宮崎氏は、「隠れキリシタンのロマン」 がいかに幻想であるかを、実証的に示してくれているが、これら 「幻想」 の元は、我々現代の日本人がキリスト教に対して抱く幻想によるものなのだろう。確かに現代の日本人は、キリスト教はお洒落でロマンチックな宗教と思っていて、そのイメージを 「隠れキリシタン」 にも投影してきてしまったようだ。

こうした 「幻想」 は、日本に本当のキリスト教が根付きにくい原因にもなっているようである。クリスマスを受け入れ、ミッション系の大学の学生は多いのに、キリスト教信者は、人口の 1%にも満たない。

キリスト教は、中世日本においては 「御利益の多い南蛮渡来の神様」 と受け取られ、現代では 「お洒落な小道具」 程度に思われているようなのである。

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2018/06/30

「潜伏キリシタン」 ということ

日本が推薦していた 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」 が、UNESCO の世界遺産として登録された。これまで 「隠れキリシタン」 と言われていた存在が 「潜伏キリシタン」 と、聞き慣れない名称になっているのが興味深い。

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日本は 2007年に UNESCO への推薦の前段階としての 「暫定リスト」 に、「隠れキリシタン」 関連の資料を追加、そして 2015年に推薦書を提出した。しかしこの時点では却下され、UNESCO の世界遺産関連の諮問機関である国際記念物遺跡会議 (ICOMOS = International council on MOnuments and Sites) の 「日本の特徴である禁教期に焦点を当てるべきだ」 との中間報告に沿って申請し直しを行った結果、今回の登録につながったらしい。

なるほど、頷ける話である。キリスト教関連の遺跡というのは、日本だから珍しいだけであって、世界的に見ればいくらでもあるのだから、とくに 「世界遺産」 として登録するほどのものでもなんでもない。登録する価値があるとすれば、「禁教期」 において、250年もの間、カソリックなのにバチカンの指導から隔離された信仰を継続してきたという、極めて特異な点だ。こうした状況では、日本独自のフォークロアリスティックなものに変化しないはずがないじゃないか。

私は長崎に旅行した際に隠れキリシタン関連の遺跡を結構訪問している。その印象から湧いたのは、「隠れキリシタンの信仰は、正当なカソリックとはかなり違っているんじゃあるまいか。そのあたりを、どうやって折り合いつけるんだろう」 という疑問だ。祈りの言葉を、彼らは 「オラショ」 というようなのだが、それはかなり 「呪文」 の如くに変化しており、当の隠れキリシタンにさえも正確な意味は知られていないものもあるというのである。

これに関して 『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』 という本があることを知り、早速 Amazon で購入申込みをした。著者の宮崎堅太郎さんという方は宗教学者で、自身も隠れキリシタンの家に生まれたという人らしい。

これに関する 「サライ」 の記事に、次のようにある。(参照

宮崎さんは長年の調査研究の結果、「潜伏キリシタン」たちにとってキリスト教とは仏教や神道の神さまと同列か、あるいはそれよりちょっとご利益の大きい神様だったということに気がついた。それはキリスト教本来の一神教の神ではない。実際のところ、彼らの家には仏壇や神棚とともにマリア像がなかよく祀られていた。

彼らはなぜキリスト教風ともいうべき教えを守ってきたのか。聞き書きしたひとりの信者がこう語っている。「先祖たちが大切にしてきたものを、絶やすことなく守り続けるのが子孫としての大切な務めであり、自分の代で絶やしてはならない」。これは形を変えた先祖崇拝だと、宮崎さんはいう。

これはとても興味深いことである。一神教の代表格であるキリスト教が、多神教の国で存続してきたのは、こうした風土があったからだろう。

これ以上のことは、本が届いて読んでみてから、改めて書こうと思う。

【7月 2日 追記】

この件に関して、コラムニストの堀井憲一郎氏が "「潜伏キリシタン」世界遺産へ…日本人がしがちな誤解を解いておこう" という記事を書いている。これは 「制度」 の視点から書かれたもので、「信仰そのもの」 について深く考察したものではないが、確かに 「日本人のしがちな誤解」 を解く助けにはなるから、一読をお勧めする。

【7月 4日 追記】

「これ以上のことは、本が届いて読んでみてから、改めて書こうと思う」 と宣言したので、本日 "「潜伏キリシタン」 ということ その2" を書いた。

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2018/06/02

何事も諦めが肝心

昨年秋の 「東洋経済」 の記事だが、"不安に強い人は 「諦める」 を習慣にしている" というのがある。慈眼寺住職で大阿闍梨のお坊さんの文章だ。

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私の座右の銘の一つに 「何事も諦めが肝心」 というのがあって、自分でも諦めのいい方だと思っていたのだが、大阿闍梨というまでの偉いお坊さんの身に余るお墨付きをもらったような気がして、かえって 「それで本当にいいの?」 と不安になった。こんなことで喜んじゃいけない。こりゃちょっと、どこかに落とし穴がありそうだ。

件の文章を読んで見ると、まず 「四苦八苦」 の話が出てくる。「四苦」 とは仏教でいうところの 「生老病死」 (「しょうろうびょうし」 と読んでね) の 4つの苦しみで、これらは 「どうあがいても、誰も決して逃れることのできない必然的な定め」 であるという。そして 「八苦」 とは 四苦に以下の 4つの苦しみを足したものだ。

「求不得苦 (ぐふとくく))」 欲しいものが手に入らない苦しみ
「愛別離苦 (あいべつりく)」 愛する者と別れなければならない苦しみ
「怨憎会苦 (おんぞうえく)」 嫌な人と出会ってしまう苦しみ
「五蘊盛苦 (ごうんじょうく)」 世の中はままならないものだという苦しみ

これらは、四苦と違って、避けられないものではなく、自分の心でコントロールすることができるものだという。つまり、心次第で 「八苦」 のうちの半分はなくすことができるのだ。イラッとしたりムッとした時などに、「心の針」 をプラスに戻すことによって、苦しみはなくすことができるのだと説かれている。

うむ、これなら、特別難しいことじゃない。それどころか、「生老病死」 の四苦だって、私はことさら耐えられないほど苦痛だと思ったことがないから、根っから 「プラス志向」 で生きてきたものらしい。

既に還暦を 5年も過ぎているから、これからどんどん 「老いの苦しみ」 というのが出てくるのかもしれないが、私としては、「年取るのも結構楽しいしね」 なんて思っている。安倍首相は 「高齢者と言われるのは嫌だ」 なんて言って、名称見直しを言い出しているらしいが、もっと他にやることあるだろうに。

私は早く 「後期高齢者」 と呼ばれる年になりたいとまで思っているほどだし、なんなら 「末期高齢者」 と言われてもいい。このことについては、6年近く前に "「後期高齢者」 という呼称を巡る冒険" という記事で書いているが、この記事、今読み返しても、我ながらなかなかいいことを言ってる。

安倍首相はどうでもいい呼称問題に国民の目を向けさせて、肝心の高齢者医療制度をウヤムヤにしたいんじゃなかろうかと、私なんか疑っているのだよ。

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