カテゴリー「庄内の話題」の79件の記事

2019年5月 9日

母の十三回忌を済ませた

今日は山形県庄内地方は一日いい天気で、鳥海山がきれいに見渡せた。下の写真は新井田川(にいだがわ)にかかる橋から見る鳥海山。まだたっぷり雪が残っている。若い頃は標高 2,230m と言われていたが、最新技術で測り直したところ、実は 2,236m あるのだそうだ。

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で、昨日の記事で書いたとおり、途中でちょっとドタバタが入ったが、予定通り母の十三回忌を済ませた。和尚さんはかなりお歳を召していたが、読経はまだまだ立派なものだ。座って読経するのが仕事だから、足は弱っても心肺機能はなかなか衰えないようなのである。

明朝に酒田を発って主に高速道路を辿り、夕方にはつくばの里に帰るつもりである。いつものことだが、天候に恵まれてよかった。ちょっと強行軍で疲れたので、今日のところはこれにて失礼。

 

 

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2019年5月 8日

ウチの寺が潰れちゃったのかと思ったよ

明日に母の十三回忌の法要を営むために実家に戻っている。相変わらずの晴れ男で、今日も明日も天気の心配はまったくないようだ。下の写真は、常磐道の途中、湯ノ岳パーキングで写した写真である。

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今回の道中はちょっとヒヤヒヤものだった。途中休憩したパーキングエリアから、明日に予約を入れてある旦那寺に確認の電話を入れたところ、呼び出し音すら鳴ることなく、いきなり「この電話番号はお客様の都合でつながらなくなっております」というアナウンスが聞こえる。ならばと住職のケータイに電話してみたところ、これも同様の木で鼻をくくったような応答だ。

「なんじゃ、こりゃ?」である。「寺、潰れちゃったかな?」ってなもんだ。先月の今頃に寺に電話した時には、住職自身が出て話がついていたのに、1ヶ月後に「お客様の都合で」つながらないってことは、きっと何かあったに違いない。住職も相当な年齢だから、何だか心配になってきた。

いずれにしても電話が通じないなら、今日のうちに寺に行って様子を見なければならないと思い、夕方 6時近くに寄ってみると、住職は寄る年波で動きはかなりヨレヨレになってはいたものの、一応無事でいた。「明日はちゃんと行くから、心配ない」という。

じゃあ、「お客様の都合でつながらなくなっております」というアナウンスは一体何だったんだ? 「こんな応答でしたよ」と念のため言うと、「え? そんな応答なの? そう言えば、この頃電話がかかってこないな。一体どうしたんだろう」などと呑気なことを言う。田舎とはいえ、令和の世とも思われぬ。平成をも通り越して昭和 30年代みたいな話だ。

下手すると、明日は身内だけでサクッと墓参りして帰らなければならないとまで思っていたが、まあ、予定通り法事は行えそうだ。寺もいわばサービス業なのだから、電話の管理ぐらいはきちんとしてもらいたいものだが、まあ商売上、浮世離れしているのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

【5月 9日 追記】

今日になってよく確かめてみたら、銀行口座のナンチャラが変更になって、2ヶ月連続で電話代の引き落としができず、固定電話もケータイも止められてしまっていたのだそうだ。それに気付いていなかったというのだから、やれやれである。

 

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2018年12月29日

「世界一の映画館」という映画が上映される

昨日の毎日新聞夕刊の "「世界一の映画館」 上映" という見出しを見て、思わず「ヒャッホー!」と声を上げてしまったよ。私の故郷、山形県酒田市にあった映画館「グリーンハウス」をテーマとしたドキュメンタリー映画が、全国で上映されるというのである。(下の写真をクリックすると、記事全体が拡大補表示される)

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グリーンハウスという洋画専門 (ほんのたまに、珠玉の邦画も公開されたが)の映画館は、中心街の 1774棟を焼失させた 「酒田大火」(1976年)の火元になったということもあり、その後はあまり大きな声で語られることはなかったが、私にとってはとてつもなく大きな存在だった。なにしろ高校時代は週に一度以上の頻度で(定期試験の前夜だろうがなんだろうが)入り浸っていて、私の「センス」形成に大きな影響を与えた存在だったのである。

このグリーンハウスで特筆すべきは、「シネサロン」という定員 14名のミニ・シアターである。大量動員は見込めないが、映画好きなら絶対に見逃せないという「コアな作品」を選んで上映する趣旨で、今の私のセンスが形成されたのは、この小さな空間のおかげといっていい。このことについては一昨年 2月に「懐かしのシネサロン」というタイトルで書いているので、ここでは敢えて繰り返さないけどね。

映画評論家の故・淀川長治さんはこのグリーンハウスを「世界一の映画館」と評していたという。本当に世界一だったかどうかは知らないが、淀長さんがそう言ったのだから、まんざら出鱈目でもなかろう。私はその「世界一の映画館」に入り浸っていたというだけで、かなりの幸せ者である。

私のセンスがかなりバタ臭くなったのは、このグリーンハウスで見た数々の洋画のおかげに違いない。そのくせ修士論文で歌舞伎をテーマとしちゃったこともあり、以後ずっと和洋二本立てで生きてきている。

ちなみにこの毎日新聞の記事には淀川長治さんと大杉漣さんの顔写真が載っている。淀長さんが亡くなたのはかなり前だが、大杉漣さんは今年初めに急逝してしまった。というわけで、この毎日新聞の記事は、「今は亡き三本立て」である。

せめて急には死にそうにない私が、時々話題にして語り継がなければならないような気がしている。というわけで、下の画像をクリックすると、予告編の見られるページに飛ぶ。それにしてもこのストーリーに登場する人には「佐藤さん」という苗字が多いなあ。

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【12月 30日 追記】

上の本文で 「定期試験の前夜だろうがなんだろうが」 と書いているが、それについて、14年前に書いた記事が見つかった。(下の URL をクリック)

https://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2004/09/post_14.html

あの伝説の記録映画『ウッドストック』を見た時のことで、この記事にある「地元の映画館」というのが、何を隠そう、このグリーンハウスだったのである。

 

 

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2018年12月17日

酒田衆の「だんでろ言葉」

庄内弁で「〜だんでろ」と言えば、「〜でしょう」という意味である。言葉の成り立ちは、「〜なのであろう」が「〜だんであろう」に訛り、さらに音便化して短くなり「〜だんでろ」で固定化されたと思われる。かの有名な庄内のレストラン「アルケッチャーノ」の奥田シェフが銀座に開いた「ヤマガタ サンダンデロ」は、「山形産だんでろ」(山形産なんでしょ)ということらしい。

181217「んだんでろ」は「そうでしょ」、「んでねんでろ」は「そうじゃないでしょ」になる。そして「んだんでろの〜」と言えば、「そうだろうねえ」というニュアンスで、暖かめの共感を表す。

さらに 「〜だんでろ」 は疑問文としても使われる。「こんな、なんだんでろ?」は「これは何だろう?」だし、「どさ、いたんでろ?」は「どこに行ったんだろう?」という意味だ。この 2つは、私は今でも独り言としてよく呟いてしまう。故郷を離れて半世紀近く経っても、根っこの部分は庄内人なのだ。

ところが、「〜だんでろ」がとくによく使われるのは、庄内地方でも私の生まれた酒田周辺であるらしい。酒田の南隣、城下町の鶴岡では、これを「さがだしょの『だんでろこどば』 」(酒田衆の「だんでろ言葉」)なんて言うことがあると、最近知った。鶴岡では酒田ほどには頻繁に使われないらしいのだ。

何しろ鶴岡は庶民の町である酒田と違い、上品な城下町だから、言葉もかなりおっとりしている。だから「〜だんでろ」なんていう土着的すぎる言い回しは、あまり好まれないのかもしれない。

鶴岡の人は 「さかだしょのこどばは、はえぐでわがらね」(酒田衆の言葉は、速くてわからない)なんてよく言うが、私の感覚で言えば、つろーがしょ(鶴岡衆)の言葉はゆっくり過ぎて待ちきれず、聞いていてつい前のめりになってしまうほどだ。同じ庄内でも、気質はかなり違う。

というわけで、私は「だんでろ言葉」を酒田生まれのアイデンティティの一つとして大切に保持していきたいと思っているのである。

 

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2018年10月10日

庄内に帰省している

今、妻と一緒に山形県庄内に帰省している。今年は 8月から 9月にかけて大忙しで、盆も彼岸も墓参りができなかったので、いささか季節外れだが戻ってきているわけだ。

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早朝に発って妻の実家のある仙台に寄り、久しぶりに家族に顔を見せて墓参。そして昼過ぎに仙台を発って、今は鶴岡のホテルにいる。本来なら実家のある酒田のホテルに泊まりたかったところだが、どういうわけかどこも満室だったので、隣町の鶴岡にしたわけだ。酒田は何かイベントでもあるのかなあ。

明日は墓参をして、美味しいものを食べたら、早々に帰路につこうと思う。何しろ両親ともにあの世に行ってしまって、実家に寄っても空き家だから、しょうがない。それに、明後日からはまた仕事が入っているので、残念だがゆっくりしてもいられない。

上の写真は、宮城県との県境、笹谷峠から望んだ谷の光景。笹谷峠の最高地点は雲の中で何も見えなかったので、それより少々宮城県側の地点からの眺めである。東北の山ではそろそろ紅葉が始まりかけている。ちなみにさすが東北の山の中で、あちこちに「熊出没注意」の看板がある。

本日は長時間の運転で疲れたので、これにて失礼。

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2018年10月 4日

まず、見で、聞いでみでくっちゃ (まず、見て、聞いてみてくれ)

私の生まれた町、山形県の酒田市に、阿部彩人さんという青年がいて、とてもおもしろい活動をしている。下に紹介した庄内弁ドラマも、彼のプロデュースによるものであるらしい。2013年制作というので、もう 5年も前になるというのだが、最近初めて知ったというのは、我ながらお恥ずかしい。

タイトルの「んめちゃ」は、「美味しいなあ」という意味である。他の地域の方言でも「〜ちゃ」とか「〜っちゃ」となるのはそれほど珍しくないので、ドラマなんかでは「おいしいっちゃ!」なんてのが、「日本共通方言」みたいになったりしてるよね。

でゅーわげで、上の YouTube 動画、まず、見で、聞いでみでくっちゃ。(というわけで、上の YouTube 動画、まず、見て、聞いてみてくれ)。

何しろ「庄内弁ドラマ」というほどのものなので、他の土地で生まれ育った人にはチンプンカンプンかもしれないが、必要な場面には日本語訳の字幕スーパーも出るので、ストーリーはきちんと理解できるはずだ。津軽から秋田平野、新潟北部ぐらいの人なら、字幕スーパーなしでもいけるかもしれない。

言うまでもなく、私は 100%理解できる。というか、この動画の中で語られる庄内弁すら、私にとっては、ずいぶん新しめの言葉みたいに感じられてしまった。何しろ1971年に酒田の高校を出て上京してしまったので、私の中に息づいているのは、半世紀前の庄内弁なもので。

というわけで、酒田に帰って話し始めると、「おめさんみだいだだむがしの庄内弁しゃべる人だの、今、よっぽどの年寄りでねばいねでば」(お前さんみたいな昔の庄内弁をしゃべる人なんて、今、よほどの年寄りでなければいないってば) なんて言われてしまうのだよね。まるで「生ける化石」みたいな言い方である

ただ、同じことを私が言うと、「おめさんみでだむがしの庄内弁しゃべる人だの、今、ごんげだとしょりでねばいねでゃ」と、難解さに輪を掛けた状態になってしまう。高校時代の同窓会に出ても、私の庄内弁が同世代の友人たちよりクラシックに聞こえてしまうらしいのは、私が爺さん、婆さんに育てられたせいかもしれない。

とくに私の祖母は「はましょ(浜衆)」だったので、私の中にもちょっと荒めの「はましょ言葉」が入っちゃってるようなのだ。それで、八幡とか大沢などの農家の言葉は、とても優しく感じてしまったりする。

先日、仕事で酒田に帰り、酒田の 85歳過ぎの人たちと庄内弁で会話する機会があった。同行した仕事仲間は「悪いけど、一言も理解できなかった」と言っていて、周りが笑ったら、しょうがなく合わせて笑うしかなかったらしい。

どうやら私の庄内弁は時間軸でいうと、20歳ぐらい年上の人と同レベルのものであるようなのだ。

ともあれ私は、阿部彩人さんがされているような活動を知って、とてもうれしく感じてしまったのであるよ。ちなみに、この動画には第2話もある。こんな具合だ。

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2018年9月17日

鳥海山と飛島

らむねさんが当ブログのコメント欄に、9月 29日のブラタモリで、私の故郷である「山形・酒田」が放送予定であると書き込んでくれた。さっそく NHK のサイトで確認してみると、なるほど、日本海沖の 「飛島」 まで足を運んで撮影したもののようだ(参照、「あすか」じゃなく、「飛島(とびしま)」ね。念のため)。

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どうでもいいことかもしれないが、この記事、「No.113」じゃなく「#113」となっているのが気に入った。さすがタモリさんである。これについての詳細は、私の 11年前の記事、「"#" は 「シャープ」 じゃないんだって」を参照されたい。

そして、これは決してどうでもいいことじゃないのだが、らむねさんの情報によると、「やまがた 庄内 観光サイト」というサイトの「飛島で満喫!」というページの冒頭の画像の文字が、「鳥海山・飛島ジオパークへ行こう! 飛鳥で満喫」となってしまっている。冒頭で 「鳥海山・飛島」と言ってるのに、続けて「飛鳥(あすか)で満喫」とは、「責任者、出て来い!」と言いたくなってしまう。

さらにややこしいことには、酒田には「飛鳥(あすか)」という地名もちゃんとあるのだよ。「酒田市飛鳥」(さかたしあすか) でググると、最初に「山形県酒田市飛鳥」がランクされるが、2番目に 「飛島 (山形県) - Wikipedia(「とびしま」 ね。念のため)が表示されてしまう(参照)。Google としては(自動的に)気を利かせたつもりなんだろうけど、結果的にややこしさに輪を掛けてしまっている。

「飛島」という名前の由来は、鳥海山の噴火で飛んでいった噴出物の塊が日本海に落ちて島になったからという、ちょっとあり得ない話が伝えられている。子どもの頃に聞いた昔話にこんなのがある。(以下、庄内弁を日本語に翻訳済みだが、庄内の民話の最初と最後のお約束、「昔あったけど/とっぴんからりんねけど」は、オリジナルのまま)

昔あったけど。ある朝、鳥海山が目を覚ますと、隣の月山の方が高くなっていて、「どうだ、俺の方が高いぞ」と威張るのだった。鳥海山はそれに腹を立て、全身に力を込めると大地震になり、さらに噴火して、再び月山より高くなった。その噴火で飛んで行った土の塊が海に落ちて島になったので、「飛島」 と言うんだと。とっぴんからりんねけど。

なにしろ鳥海山という山は、日本海岸からいきなり立ち上がって標高 2236メートルになるという独立峰である(参照)。それでこんな話も生まれたのだろう。

そして飛島(「とびしま」 ね。念のため)というのはなかなかいいところで、私は大昔に 1度しか行ったことがないが、死んだ父は海釣りが好きだったので、何度も渡っていた。最近の飛島がどんなになっているのか知りたいが、なかなか行く機会がないので、ブラタモリを見て確認してみたい。

 

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2017年1月12日

庄内弁の 「さどけ」(潔癖症)という言葉を巡る冒険

昨日は庄内弁の「せやみ」について考察し、その語源は上方言葉の「かんしょやみ」ではないかという新仮説を立てた。「かんしょやみ」とは度を外れた潔癖症のことを言うらしいのだが、我が庄内ではそうした傾向を「さどけ」という。

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この「さどけ」というのはどうやらかなり地域限定の方言らしく、ネットで検索しても庄内以外の地域で使われているという記述が見当たらない。昨日の「せやみ」はちょっと検索しただけでが北陸から秋田までの広い地域で使われているらしいことがわかるので、エラい違いである。

「さどけ」はイメージで言えば、自分の家以外の洋式トイレでは、便座をトイレットペーパーなどでカバーしないと腰を下ろせないみたいな人のことである。まあ、上の写真はかなり極端すぎる例だが。

庄内には「さどけのびしょなし」という格言じみた言葉があって、「きれい好きで他人にはいろいろとうるさいことを言うくせに、自分自身はまったくだらしない」という意味で使われる。「紺屋の白袴」とか「医者の不養生」みたいなものだ。

で、この「さどけ」 の語源だが、これこそ昨日の「せやみ」以上の難物で、ググってみても何の手がかりも見つからない。念のため断っておくが、「サドッ気」とか、そっちの方の話とはまったく関係がない。

私としては、神経が敏感であることを示す「敏い(さとい)」という言葉に、「け」が付いたものと考えている。「け」は「もののけ」(物の化)」の「け」に通じ、異様な状態を示す。つまり「清潔/不潔という観念に敏感すぎる、フツーじゃない状態」ということだ。

ちなみに私の母は、潔癖症のことを「さどけのピー」と言っていた。この「ピー」が何を表しているのかは、今となっては謎である。母が生きているうちに聞いておけばよかったのだが、聞いたとしても多分、母自身もわかっていなかったんじゃなかろうか。

 

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2017年1月11日

「せやみ」という言葉を巡る冒険

庄内弁に「せやみ」という言葉がある。意味は「寒がり、ものぐさ」で、派生語として「せやみこぎ」がある。「こぎ」は、「馬鹿こくでねえ!」の「こく」の名詞形。意味は「寒くて囲炉裏やこたつから離れようとしない人のこと」(参照) だ。

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仮に「せやみ」と表記されるが、実際の発音は「しぇやみ/しやみ」に近く、酒田では「寒がり」の意味が強いので、私は「冷や身」が語源なのだと信じていた。ところが Web の世界の多くは、「背病み」が語源であるとしている。

『横手/方言散歩』 というサイト(参照)では、「せぼねやみ(背骨病) の略にて、負担を命ぜられたる場合に背骨に病ありと称してズルケル意味の語なり」という説を紹介している。しかし私の感覚としては、それはたまたま「せやみ」と標記してしまったことに引きずられすぎたもので、取って付けた感ありありの不自然さを覚える。

そんな中で最近、偶然に「かんしょやみ」という言葉を知った。大阪などの上方では昔から使われてきた言葉で、漢字は「癇性病み」。Weblio 辞書では「神経質、潔癖症などのこと。小さな事でも気になってしまう気質や体質」としている (参照)。

上方言葉は北陸を経て東北日本海側に伝播しやすく、「せやみ」という言葉は、まさにこの地域で使われる。そこで私は、この「かんしょやみ」の「かん」が落っこちて、「しょやみ」→ しぇやみ/せやみ」に変化したという仮説を立ててみた。

神経質な潔癖症はいろいろ面倒なことを言い立てて、ぐずぐずすることがある。そこでそんなやつのことを「せやみ」と言うように変化したのではあるまいか。布団から出たがらないので、「寒がり」というイメージも加わったのだろう。

言葉の意味というのは、案外簡単に変化するもので、例えば「お笑いぐさ」という意味の「笑止」が、我が庄内地方では「しょす」に変化して「恥ずかしい」という意味になり、米沢地方では「おしょうしな」に変わって、「ありがとう」という意味になった。「かんしょやみ」が「せやみ」になって意味も変わるぐらいのことは十分あり得る。

本日はサービスとして、庄内昔話を聞いていただこう。ちなみに動画のタイトルは 「せやみこぎ」 だが、聞いてみればわかるように、庄内弁の実際の発音は 「しぇやみこぎ」 になる。そして当然ながら私は、ここで語られる庄内弁は全て理解できちゃうのだよね。

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2015年2月 7日

『ひみつのアッコちゃん』 の 『スキスキソング』 と 『庄内おばこ』

知ってる者にとってはあまりにも当たり前すぎて、どうってことのないお話でも、それを初めて知った者にとっては「大発見」になり、大はしゃぎしたくなったりする。

今では滅多に聞かなくなったが、昔々のアニメ、『ひみつのアッコちゃん』のエンディングテーマ、あれって、題名は『スキスキソング』(歌は、懐かしの水森亜土)というらしいんだが、私は半世紀近く前に、この歌を初めて聴いたときから「ファンキー・バージョンの『庄内おばこ』 じゃん」と、ごくフツーに思っていた。

私はどういうわけか、子どもの頃から民謡や落語など、シブい芸能の類いには結構詳しかったのである。『スキスキソング』が『庄内おばこ』であるのは、私にとってはあんまり当たり前すぎたので、自分の別宅サイトの 『庄内力養成委員会』<「庄内力チェック」の質問 25 で、あっさり触れるぐらいに済ませていた。

ところがこれについて、あたかもちょっとした発見のように書いてあるページがいくつか見つかった。今や庄内生まれでも大多数は『庄内おばこ』の歌詞なんて知らず、たまたま気付いたら「おいおい、知ってるか!」と言いふらしたくなるようなお話になってしまっているようなのである。それで私としても、改めてここで書いてみる気になったわけだ。

『庄内おばこ』というのは私の故郷、庄内の民謡で、「おばこ」とは「若い娘っこ」のこと。庄内弁では「あねちゃ」が年長の女性(姉妹なら姉)で、「おばちゃ」は年少の女性(姉妹なら妹)を意味する。決して「オバちゃん」のことではない。

日常の庄内弁では「おばちゃ」が普通で 、「おばこ」なんて滅多に言わないのだが、何にでも「こ」を付けたがるお隣の秋田県の『秋田おばこ』にひきずられてか、庄内でも『庄内おばこ』を作ったんだろう。いずれにしても仕事歌の類いじゃなくて座敷歌だと思う。

1YouTube で検索しても、手頃なパフォーマンスが見つからなかったが、NHK の「みちしる」(『新日本風土記』 アーカイブ)でいい雰囲気のがあったので、左の画像をクリックしてご覧いただきたい (別ウィンドウで開く)。故郷の映像が見られて、私としても懐かしかった。

よく知られた (いや、今となっては「知る人ぞ知る」というレベルか? 1番目の歌詞は次のようなものである。

おばこ来るかやと(アコリャコリャ)
田ん圃のはんずれまで出てみたば(コバエテコバエテ)
おばこ来もせで(アコリャコリャ)
用のないたんばこ売りなどふれて来る(コバエテコバエテ)

「田ん圃のはんずれまで出てみたば」 は 「田んぼのはずれまで出てみたら」ということで、「たんばこ売り」 は「煙草売り」の庄内弁発音。囃子詞の「コバエテ」は「来ればいいなあ」といった意味だが、これは庄内弁の中でも古語である。現代庄内弁では「来いばいちゃ」 になる。

で、『アッコちゃん』の『スキスキソング』だが、「アッコちゃん来るかと団地のはずれまで出てみたが/アッコちゃん来もせず用もないのに納豆売りが」となって、「おばこ → アッコちゃん」、「田ん圃のはんずれ → 団地のはずれ」、「たんばこ売り → 納豆売り」と変わっただけである。

作詞者の井上ひさしは山形県育ちの人なので、庄内おばこのインスピレーションで行こうと思ったんだろうね。『スキスキソング』を知らない人、忘れちゃった人は、下のビデオで聞いて戴きたい。

ちなみに庄内弁では、「おばこ/おばちゃ」は「オバちゃん」のことではないと書いたが、じゃあ、正真正銘の「オバちゃん」 は何というのかといえば、「ががちゃ」(「かあちゃん」の意味もある)になる。ちなみに、兄、弟、オジさん(とうちゃん)は、「あんちゃ」「おんちゃ」「だだちゃ」で、日本一おいしい枝豆、 「だだちゃ豆」 は、「オヤジ豆」 ということになる。

ついでだが、上の「みちしる」の動画に出てきた酒田舞娘のパフォーマンスの完全バージョンが YouTube にある。「相馬楼」というところの出し物で、ちょっと歌に入るまでの前段階が長いが、浮世を忘れて異次元の時間にまったりと付き合うならいいかもしれないので、下にリンクしておく。

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