カテゴリー「自然・環境」の348件の記事

2020/03/18

やっぱり、ウイルスをムッとさせちゃヤバいみたいなのだ

3月 15日の記事で、私が生まれて育った山形県と、今住んでいる茨城県では新型コロナウィルスの感染者が出ていないというようなことを書いたら、何とまあ、昨日になって茨城県で初の感染が確認されたという(参照)。日立製作所水戸事業所の社員がイタリア出張で感染しちゃったらしい。

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そのせいで日立の水戸事業所では、職員 1,000人を 25日まで自宅待機とするんだそうだ(参照)。エラいことである。

そんなこんなで、ついでに先月 28日の "「バカヤロー!」発言と、絶妙な言い訳 " という自分の記事を思い出してしまった。この記事では、TBS の朝の番組で、「今、一番『バカヤロー』と言いたいのは、新型コロナウイルスに対してです」という、聴取者からのいかにもベタな投稿を紹介した。

そして私はこれについて、次のように書いている。

ウイルスに向かって「バカヤロー」なんて言ってもしょうがない。ウイルスはウイルスでただ自然に存在しているだけなのに、それを人間が無理矢理自分の社会に引っ張り込み、大騒ぎしているにすぎない。

言わば人間の「業」があぶり出されているようなものだから、そこから何かの教訓を得る方がいい。ウイルスを一方的に口汚く罵るのでは、人間の品性の方が落っこちてしまう。ウイルスだって「バカヤロー」なんて言われたらムッときて、言ったヤツに取り付いてしまうだろう。(そりゃないか)

とまあ、一応「そりゃないか」なんて取り繕っているが、内心ではあってもよさそうな気がして、「待てよ、前にもそんなようなことを書いたことがあるかも」と、自分のブログ内を検索してみた。すると、10年以上も前の "「ウィルスにストレスを与えない」という発想" という記事が見つかったのである。

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この記事は 2009年の「新型インフルエンザ」(豚インフルエンザと呼ばれたヤツ:参照)大流行時に書いたものだが、元々のネタは東京大学名誉教授の月尾嘉男先生がラジオでおっしゃったことだ。これが、なかなか含蓄に富んでいる。

今回の記事では単に「元々は人間と共存共栄していたウイルスが突然凶暴になるのは、人間が開発を急ぎすぎてウィルスの生育環境を破壊し、多大なるストレスを与えたからではないか」という説があるという説明にとどめておく。それ以上のことは上の画像をクリックして 2009年の記事に飛んで読んで頂きたい。

うぅむ、やっぱりこれまでの人間の「業」を引きずったまま、ウイルスを口汚く罵るような基本的姿勢で無茶な開発を進めると、ウイルスもムッときてリベンジに走るほど凶暴になるようなのである。根本的には、それがヤバいのかもしれない。

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2020/03/16

「極端な天気」の本音を推し量れば

一昨日付で「寒の戻りがやたら極端」という記事を書いて、その中で「近頃天気が極端」というような話題で過去に何本もの記事を書いていると触れた。その引き合いに出した最初の記事が、2005年 9月 6日付の「人の心と天気が、極端になっている」というものだ。

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ところがなんとその半年以上前に、「極端な天気」の謎解きみたいなことを書いているのをふと思い出してしまった。上の写真の「自然も人間もハードランディング」という記事である。自分で書いたことをすっかり忘れて、お恥ずかしくもそれから15年、「天気が極端」と嘆きっぱなしだったわけだ。

この記事の書き出しを再録してみよう。こんなことである。

昨年の夏から秋の台風ラッシュに、地震の頻発。「最近、自然界がおかしいんじゃないの?」と言う人が多いが、これはむしろ、「おかしい状態から普通の状態に戻る動き」かもしれないという。
気象予報士の森田さんによると、「自然はいつもハードランディング」 なのだそうだ。

つまり「極端にみえる天気」の前段階として「おかしな状態」が蓄積されており、そこから一気に「普通の状態」に戻ろうとするから「極端な天気」としてのハードランディングにつながってしまうのかもしれないという。日頃蓄積された太平洋プレートの歪みが、いきなりの大地震で発散されるようなものらしい。

そういえばこの冬は大変な暖冬で、スキー場などは雪不足に悩まされた。それが続いて 3月中旬になった途端に、いきなり逆帳尻合わせのような「寒の戻り」である。なるほど、最近は行ったり来たりの「ハードランディング」の繰り返しだ。

さらに今日は朝から穏やかな晴天だったのだが、昼頃から急に一変して強風になり、空もかき曇ってきた。「こりゃ、一雨来るかも」と思っていると、いきなり「バラバラ」という音とともにアラレが降ってきてしまったのえある。これには驚いた。

3日前に衣替えをして冬服をしまったばかりで、一昨日のハードランディング的なまでの寒の戻りがあり、仕舞ったばかりの冬服をもう一度出した。そして昨日は冬量タイヤを普通タイヤに取り替えたばかりなのに、いきなりのアラレである。このところ、自然によく裏切られてしまう。

幸いにも雪はまったく積もらなかったが、天気は常識的な考えに引っかからなくなった。そしてそれは、「おかしな状態から普通に戻ろうとしつつ、それすら叶わない自然」の訴えなのかもしれない。

 

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2020/03/14

寒の戻りがやたら極端

昨日、クローゼットの中の冬物と春物を入れ替えて衣替えをしたばかりなのに、こんな時に限って極端な寒の戻りになってしまう。昨夜から急に冷え込んで、今日はもろに真冬の寒さなので、洗ってしまったばかりの冬用衣類を慌てて引っ張り出した。

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ウェザーニュースのサイトを見ると、「週明けは強い寒気 西日本は平野部でも雪か」と伝えている。この寒さはすぐには収まらず、火曜日あたりまで続いてしまうらしい。2月の半ば頃は春を思わせる暖かさの日が続いたりしたが、あれから季節が行ったり来たりで寒暖の差が激しい。

「天気が極端」というのは、何度も書いた気がするが、自分のブログ内を「天気/極端」の 2語で検索してみると、なんと 154件もヒットした。このブログがスタートしたのは 18年前だから、単純平均すると 年に 8.56件、とくに最近は年に 10件ぐらいになりそうだ。主な記事を拾ってみるとこんな感じ。

人の心と天気が、極端になっている (2005/09/06)
近頃天気が極端なのは (2010/10/28)
天気が本当に極端 (2011/10/31)
何度も言うが、天気が極端 (2013/04/20)
「地球温暖化」というより「極端化」という印象 (2017/11/13)
「極端化」 する気象のニュース (2018/03/04)
「命に関わる暑さ」が当たり前になっている (2019/08/12)

この天気の極端化の原因は、人為的な要素が大きいと指摘されている。CO2 排出の増加によって温暖化が進んでいるためだ。しかしこれは上述の 2017/11/13 の記事のタイトルにもしているが、「温暖化」というより「極端化」という方がいいような気がしてしまう。

平均的に満遍なく温暖化しているというより、極端に暑くなったり寒くなったりして天気の振れ具合が大きくなり、単純数字としての平均気温が上がっているという印象である。「温暖化」とはいいながら、今日のように寒いときはやたら寒いのだ。

ちなみに今月の天気の振れ幅は私の場合、個人的にも大きくなる。月末に 2泊 3日の北海道出張が控えていて、しかもそれが道東の一番寒い地域である。3月末は関東では桜が満開になっているはずだが、道東では最低気温がマイナスで、最高気温も 1桁というのが普通のようだ。

極端に輪を掛けた極端さを乗り越えなければならないようだ。

 

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2020/03/13

中州のプラスチックゴミ、泣く泣く回収を断念

今月 8日に「裏の川の中州のプラスチックごみ」という生地で、中州に捨てられたスーパーのレジ袋のようなゴミが気になって仕方がないと書いた。その前日まで続いた強風でも飛ばなかったのだから、誰かがゴミを詰めて捨てたのだろう。

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この記事は「晴れが続いて流れが浅くなったら、降りていって回収してしまおうと思っている」と結んでいるのだが、その後は所用で朝から晩まで出かけたり、雨が降って水量が増えたりしていて、回収できなかった。そして昨日と一昨日は上天気だったが、一泊で関西に出張していた。

そして今朝起きたところ、空は晴れ渡っているし、とくに急ぎの用もない。「よし、今日こそは川に降りていってゴミを回収するぞ!」と決心し、かなり深目の長靴を履いて出発した。この長靴はいろいろな汚れ仕事で使っているので、元々泥だらけだからいいだろう。

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問題のゴミのある中州は川の対岸からでないと渡れそうにないので、ぐるりと遠回りして橋を渡る。毎年本格的な春を過ぎると、橋桁の黒くなっているところまでは水量が増えるので、うかうかしてはいられない。

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橋を渡って対岸に行き、土手の小径を辿ってようやく問題の中州の付近に着く。土手の斜面をそろりそろりと降り、中州までの距離が最短のポイントを選んで、水の中に足を踏み入れる。うむ、それほど深くはない。これなら大丈夫だろう。

ところが、そう思って 2歩目を踏み出そうと体重をかけると、足がズブズブと沈み込む。2歩目は辛うじて長靴が水没しないところで踏みとどまった。そしてさらにもう一歩進もうとしたのだが、今度は泥から足が抜けない。うむ、これはかなりヤバい。

やっとの思いで長靴に手を添えてを引っこ抜き、岸に戻ることができた。下手したら川の中で転倒して動けなくなり、泥まみれになって助けを呼ばなければならないところだった。そうなったらヘドロの悪臭がこびりついて、3日ほどは誰にも近寄ってもらえなくなっただろう。

いつもは下の写真(昨年 9月 19日の和歌ログ)のように白鷺が平気で水の中に立っていたりするので、川底がこんなにズブズブ状態とは思っていなかった。いやはや、身近な川とはいえ自然を甘く見てはいけない。

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というわけで無事に生還はしたものの、そもそもの目的のゴミの回収はできなかった。まことにもって残念である。

 

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2020/03/08

裏の川の中州のプラスチックごみ

階段の踊り場の窓から、我が家の裏手を流れる川が見える。そしてその中州に、今月初め頃からスーパーかコンビニのレジ袋のようなものがあるのが、気になって仕方がない。

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上の写真の真ん中よりやや下にある白いのがそうだ。この袋のあるのは川の真ん中の中州になっているところで、本格的な春になって雨が増えるまで水には浸からない。その束の間に、わずかに緑の草が生えたりもする。

そんなところに白いレジ袋が転がっているのだから、そりゃ気になってしまう。初めのうちは風が吹いたら飛んでいってしまうと思っていたのだが、昨日まで 3日間続いた強風でも飛ばされずに残っているのだから、こりゃもう、空き袋じゃなくて、何かゴミを詰め込んで川に捨てたヤツがいるとしか思われない。

これが中州じゃなく単なる川原だったら、雨が降って水量が増える前に降りて行き、袋を拾って始末してしまいたいところだが、いかんせん、そこに行くには長靴でも水没してしまうほどの流れを横切らなければならない。それで仕方なく、1週間ほど踊り場から眺めるばかりなのである。

しばらく放置されたゴミ入りレジ袋は、春になって降水量が増えると下流に流され、やがては海に入るだろう。その頃には袋もあちこちにこすられて穴が開き、中のゴミは水質汚染の元になる。そして分解されずに残るプラスチックは、やがてクジラや深海魚、海鳥などの胃の中に入る。

それを思うと心が痛むのである。このところちょっと小雨が続いて水量が増えてしまっているが、晴れが続いて流れが浅くなったら、降りていって回収してしまおうと思っている。

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2020/02/04

偶然にしてはできすぎた光景

下に示した写真は、私のもう一つのブログ『和歌ログ』の昨日のログである。「田の道の彼方に沈む冬の日のアニメに出てくる如き光彩」という和歌が添えられている。(参照

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短歌の雑誌なんかにこんな歌を投稿したら、フツーは絶対に入選なんかしない。「アニメに出てくる如き」が軽すぎると評されるに決まっている。ただ私はそれを十分承知で、「絶対に入選しない軽すぎる表現」を採用した。自分のサイトなのだから構うことはない。やりたい放題である。

今回使った写真は、自分としてはかなり気に入っている。まさに「アニメに出てくる」ような光の筋が 3本放たれているように見える。ただしかし、これが本当に「光の筋」なのだかどうか、よくわからない。

もしかしたら 3本の白い雲が平行して伸びているのかもしれない。そのように見ようと思えばしっかりとそう見える。手前の方まで注目すると、青い空の下に白い雲の筋が伸びているように見えるから、雲なんだろうとも思われる。それにしてはよくまあ、きれいに 3本も並んだものだ。

というわけで、偶然にしてはなかなかできすぎた光景だと思う。わざわざクルマを停めてまで写真に収めておいてよかった。

 

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2020/01/25

明日の関東、平地は雪にはならないようだ

先週辺りまでは、この週末は北関東で雪になりそうという予報だったが、やはり暖冬傾向は争えず、積雪はなさそうだということになった。先週 19日には「来週辺り付け替えておく方が無難かな」と書いていて、3日前にその通りに実行したが、どうやらとりあえずはその備えが無駄におわりそうだ。

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私は 2004年から「和歌ログ」なんてブログも写真入りでやっているので、試しに冬場のバックナンバーを当たってみたところ、この 15年の間にノーマルタイヤでは危なそうな雪に、20回ほど遭遇している。ただし毎年というわけではなく、2007年、2009年、2015年、2016年の 4年は大した雪が降っていない。

その代わり、2011年には 3回もちょっとした積雪になっている。この年は春になったと思ったら、いきなりあの「3・11 東日本大震災」だから、かなり大変な年だった。

下の写真は、2014年 2月 8日の和歌ログである(参照)。この日は午後からかなりの雪に見舞われている。最近では 2018年の1月末に結構な雪に見舞われているが、昨年はスタッドレス・タイヤは 1度も使わずに済んだ。

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先週 19日の記事でも書いたが、このつくばの地に移転してきた 40年前は、毎シーズン結構な雪に見舞われていた。ここ 10数年は本当に雪が少なくなったわけだ。今シーズンは雪不足で滑ることのできないスキー場もあるというし。

個人的には、もうスタッドレス・タイヤにしちゃったわけなので、いつ雪が降っても構わないのだが、交通マヒになってしまうような大雪は勘弁してもらいたい。30年以上前は 1月下旬から 2月中旬にかけて、そんなような事態になることが度々あったが、最近はそんな心配はなくなっているなあ。

やはり急速に温暖化してるんだろう。

 

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2020/01/19

いつスタッドレスタイヤに履き替えるか

昨日は伊豆方面に出張したのだが、昼前に出かけようとしたところ、つくば周辺はちらほらと雪が降っていた。「もしかして積もったりしたら大変。スタッドレス・タイヤに換えるタイミングを逸してしまったかな?」と心配になったが、今日帰ってきたところ、路面はすっかり乾いていて安心した。

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そういえば、昨シーズンは一度も冬用タイヤに履き替えておらず、スタッドレスタイヤが物置の中で結構な場所を取り、2年も眠っている。ただ温暖化しているとはいえ、その前のシーズンは一度びっくりするほど積もったので、こればかりは油断がならない。

このつくばの里に引っ越してきたのは、ほぼ 40年前のことだ。当時はおんぼろの中古車(「カローラ・スプリンター」ってやつだ)を買って乗り回していたのだが、あの頃、真冬は必ず何度か雪が積もったので、タイヤ・チェーンが不可欠だった。「スノー・タイヤ」なんてのは贅沢品だったと思う。

それにタイヤ・チェーンは自分でタイヤに巻き付けられるので、付けたり外したりの「小回り」が効いた。今のスタッドレスってやつは専門業者に換装してもらわなければならないので、手間がかかる。

ただタイヤ・チェーンってヤツは雪が溶けてしまうと舗装道路の上でジャラジャラとやたら大きな音がして、振動も激しくなるので乗り心地は最悪になる。そんなわけで、いつの頃からか「スノー・タイヤ」などというのが一般化してたのだろう。

その「スノー・タイヤ」が今でいう「スタッドレス・タイヤ」と同じものであるのか、あるいは似て非なるものと言うほどに進化を遂げているのか、その辺りはよくわからない。いずれにしても今は、「スタッドレス・タイヤ」あるいは単に「スタッドレス」と言い習わすようになった。

「スタッド」というのは「鋲」のことで、昔は「スパイク・タイヤ」と言っていたものからその「スパイク」を取り去って、乗り心地をよくしたので、「スタッドレス」なんていうのだろう。本当に進化したものである。

問題は、その「スタッドレス・タイヤ」を付けるタイミングである。せっかく費用と時間をかけて換装しても、一度も雪が積もらなかったり路面が凍らなかったりすることが、今や珍しくない。かと言って甘く見て、いつまでも夏用タイヤのままでいると、ある日突然雪が積もったりすることもあるから厄介だ。

ああ、積もるなら積もるで、いっそしっかり降ってくれる方が気が楽というものだ。私は雪国生まれだが田舎には高校までしかいなかったから、日常的に雪道の運転をしていたわけではない。とはいえ雪というのがどんなものかをカラダで知っているので、雪道の運転はそんなに苦にはならない。

問題はスタッドレスに付け替えるタイミングだけである。いろいろな天気予報サイトにあたってみると、今シーズンは 1月末から 2月初めにかけて、積雪のおそれがあるという。ということは、来週辺り付け替えておく方が無難かな。

 

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2020/01/13

まるで春じゃん!

真冬だというのに「まるで春じゃん!」と言いたくなるほど、妙に生暖かい一日だった。日中は窓を開けて風を入れないと汗ばんでしまうほどで、夜の 10時半を過ぎても暖房を点けていない。

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ANN ニュースが 「真冬なのに・・・冬将軍休業中?」と伝えている。この冬は上空の寒気が弱く、その代わりに南海上に暖気があるために、境目に前線が発生しやすく、太平洋沿岸は周期的に雨になりやすいのだという。これもまた、「まるで春じゃん!」と言いたくなる現象だ。

やはり「地球温暖化」の一環なのだろう。ちょっと前までは「温暖化懐疑論」というのがかなり大いばりで横行していたが、ここまで来るともはや「温暖化なんて嘘!」とは言いにくいよね。

そのせいなのか、どうなのか、私は例年、1月末頃から 2月初めにかけて杉花粉症の症状が出始めるのだが、今年は 1月の第 2週頃から明らかにその兆候があり、「むむむ、今年は早いな!」という気がしている。時々盛大なくしゃみが止まらなくなるし、ティッシュペーパーの使用量がやたらに増え始めた。

「#花粉症」で Twitter 内を検索してみると、おやおや、同類の方々が既に悩み始めているようで、やはり私だけじゃないみたいなのだ。今年は先が思いやられる。

ただ、今週末から来週初めにかけて出張が相次ぐのだが、そのあたりはどうやら前線襲来の間隙をぬって雨をやり過ごせそうなのだ。自分の晴れ男ぶりを信じようと思う。

 

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2019/12/21

グレタさんと小泉進次郎環境相

"「大人を糾弾するのではなく…」 小泉進次郎環境相がグレタ・トゥーンベリさんの活動に異論" という朝日新聞の記事が目に付いた。小泉環境省が、グレタ・トゥーンベリさんの影響は大きいと認めつつ、「別のアプローチ」を取ることを日本の若者に提案したという。

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"「別のアプローチ」を取ることを日本の若者に提案した" というのは、はっきり言って(相当アホなレベルの)「余計なお世話」というものである。というか、こうした運動というのは、多様な手法が当たり前だから、「別にあんたに言われなくても、いろいろ考えてるさ」ってなものだ。

グレタさんはこのほど、欧州と北米を温室効果ガス排出が少ないヨットで往復したわけが、これに関して小泉氏は「正直言って日本でみんな飛行機乗らないのは無理」なんて言っちゃってたらしい。これもまた、相当「アホなレベル」である。

これって、「毎日ステーキを食べたい」という発言について問われて、「毎日でも食べたいということは、毎日でも食べているというわけではないです」と口走ったのと同じ、子どもっぽいまでのチョー単純発想だ。これについては、今月 12日の記事できちんとツッコンでいる。

そもそもヨットで移動したことに関してはグレタさん自身が「同じようにして欲しくてこういう旅をしているのではない。今日、持続可能に生きることが不可能で、変化が必要だというメッセージを送るためだ」と報道陣に答えているのだから、ますます小泉大臣の「お間抜け発言度」が明白だ。この人、口を開く度にメッキがはげちゃう。

ちなみに、グレタさんはアスペルガーなんだそうだが、「アスペルガーは私の誇り」と言い切っているらしい(参照)。そうだよね。こうした問題に関しては、アスペルガー的な素質のある方がはっきりモノが言える。

私自身も自分自身のことを「アスペルガー一歩手前」と何度か書いていることもあって(参照 1 、参照 2)、彼女のことはかなり共感的にみているのだよ。まあ、かなり危なっかしさもあるので、ヒヤヒヤものでもあるのだけれどね。

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