カテゴリー「マーケティング・仕事」の158件の記事

2020/01/22

大塚家具とヤマダ電機は、似たもの同士?

昨年末のニュースなので今やちょっと旧聞になってしまったが、大塚家具がヤマダ電機の傘下に入ることになったようだ。大塚家具に関してはこれまで 2度書いている("大塚家具の騒動を外野から眺めて" :2015/3/3、"大塚家具は、末期的状態らしいので " :2018/8/5)ので、その流れでもう一度書こうと思う。

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世間では「大塚家具は高級イメージがあるのだから、大衆路線への転換は間違いだった」「従来路線を継続した父親の『匠大塚』の業績は順調なのだから、娘の方針が失敗なのは明らか」という声が大きくなっている。しかしマーケットというのはそんな単純なものじゃない。

私は上述の 2015年 3月 3日の記事で、次のように書いている。

大塚家具という会社は、高度成長期の日本に最適化して伸びてしまったから、今になって体質改善に苦労しているという典型的な例なんだろう。従来手法を維持するにしても、新しいマーケティングを採用するにしても、多分どちらの道も多くは望めないだろうと思う。いっそ高級ゾーンと普及ゾーンの 2つのマーケットに対応するために、分社してしまえばいいのに。

で、推移としては図らずもその通りになった。もっとも明確な経営コンセプトに沿った判断ではなく、「喧嘩別れ」でそういう結果になったというだけのことなのだが。

さらに 2018年 8月 5日の記事ではこんな風に書いた。

というわけで、大塚家具のようなビジネスモデルは、既に歴史的使命を終わりかけているのだろう。倒産しないで存続するためには、外聞を気にせずに、規模を思いっきり縮小しなければならない。

朝日新聞の記者の視点では、「不死鳥のような復活か、さもなくば倒産か」という二者択一の運命しかないような書き方になっているが、「不死鳥のような復活」なんて求めたら絶対に潰れる。ここは、「近頃はなかなか話題にならないけど、どっこい、高収益モデルとして生き延びてます」みたいな企業になるしかないではないか。

で、結果として図らずも「どっこい、高収益モデルとして生き延びてます」となっているのは、親父の「匠大塚」の方である。喧嘩別れのおかげで企業規模が思いっきり縮小してしまったのだから、従来イメージを崩さない路線で成功するのは当たり前の話で、要するに「いいとこ取り」しちゃったわけだ。

残された本体の大塚家具としては、企業規模としてはそんなに小さくなっていないのに「いいとこ」だけ親父に持って行かれちゃったのだから、低迷するのは当然だ。むしろ、潰れてないだけ「まだマシ」ということだってできる。

いやはや、前に軽い気持ちで書いちゃった通りの結果になってるので、我ながら気持ち悪いほどだ。いっそ嫌いな仕事の筆頭、「マーケティング・コンサルタント」とか「ビジネス・コンサルタント」とかにでもなっちゃおうかしらん。

私としては 2015年 3月 3日の記事で書いたように、「いずれにせよまったく思い入れのない企業だから、どうなっても知ったことじゃない」というだけの話だ。ヤマダ電機に対しても、似たようなスタンスなので(参照:ヤマダ電機のマーケティング)、今回は「似たもの同士でくっつくのね」と思っている。

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2019/12/19

ケッタイな挨拶の絶滅から学ぶこと

下の画像は "bokete" というサイトにあった「ボケ」の投稿(参照)。ああ、私も「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜!」というケッタイな挨拶が横行していた頃に、こんな意表を突くボケを(イントネーションに気をつけて)カマせてみたかったが、今となっては叶わぬ夢である。

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というわけで、昨日の "「喉元過ぎれば「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜」を忘れる" の続編をしつこく書く。この挨拶に関して当時は、2つの代表的な「見当外れ」が見られたという話だ。

1つ目は "「いらっしゃいませ、こんにちは」というのは、言葉の順序が違う” という反応で、ググって見ると今でもいくらでもヒットする。要するに「こんにちは」と言ってから「いらっしゃいませ」と言うべきだというお話で、城島明彦という作家までそんなようなことを言っている(参照)。

これについて私は 16年も前に書いた "「いらっしゃいませこんにちわぁ」の怪  この違和感には根拠がある"  記事で、言葉の順序が違うなんて次元の話ではないと指摘している。

煎じ詰めて言えば、「いらっしゃいませ」は丁寧語で、「こんにちは」 は親近感のあるときに使う言葉だから、一緒くたに使うのはおかしくて、どうにも据わりが悪いのである。詳しく説明しようとするとやや長くなるので、詳細は上述の記事に飛んでお読み頂きたい。

2つ目の決定的な「見当外れ」は、ビジネス・コンサルタントの言い草である。私の 16年前の記事には、コンサルタント会社のアホな「寝言」が紹介されている。彼らは「いらっしゃいませ」に「こんにちは」を加えることの「意義」を次のように言っている。

  • 「貴方に向かって、あいさつをしています。貴方を出迎えています」という感覚を与えることができる。
  • お客様も「こんにちは」と答えてくれる。一方通行ではない、会話のスタートとなる。
  • お客としても、「いらっしゃいませ」だけでは、どう返事をしていいかわからないで、黙っている自分を「いやだなァ」と感じたりしている。お客さまだって、何か声を出したいのだ。

これらに私はいちいち真っ当な「ツッコミ」を入れているので、これも上述の記事に飛んで読んでいただきたい。ちなみにここで引用したコンサルタント会社自身のサイトの記事は、今ではことごとく削除されている。そりゃそうだ。こんな寝言、恥ずかしくて残せないやね。私にコピペされたのを身の不運と諦めるがいい。

昨日の記事の最後には、ファミリーマートの澤田貴司社長が「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜!」の挨拶を廃止したという趣旨の記事を紹介した。昨日も書いたようにこの記事は出典、根拠が示されていないので鵜呑みにするのは危険だが、澤田氏の手法からすると、「十分 ”あり” かも」と思える。

そしてもしこれが事実で、さらに澤田社長が世間の反応を見ようとして「いらしゃいませ、こんにちは」のキーワードでググっていたとしたら、私の記事を読んでくれていた可能性が高い。とにかく私の記事がバカスカヒットするのだから、まんざら手前味噌とばかりも言えない。

10数年にわたるアホな業界慣習も、しつこく批判し続けるヤツがいて、さらに個別企業の上層部にたった 1人でもまともな感覚の人がいさえすれば、あっさり改められるなんてことがあるのだ。ついでに言うと、胸の前で両手を握ってペコリと会釈するなんていう、見てる方が恥ずかしくなる接客動作も、ありがたいことに消え去ったようだし。

昨年の "「いらっしゃいませ、こんにちは」 という挨拶を聞かなくなった" という記事には、当ブログの長年の読者 tokiko さんが過分なコメントをしてくださったが、まんざら「買いかぶり」でもなかったかもしれないと、今になって気付いた。さすが tokiko さん、これは一介のブロガーにとっての希望となり得る。

 

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2019/12/18

喉元過ぎれば「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜」を忘れる

人間というのは、不快なことに関してはかなり敏感に反応するが、当たり前のことには鈍感になる。そりゃ「当たり前は当たり前」で、いちいちことさらに反応していたら疲れてしまうから、当然の話だろうけどね。

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今は昔、平成の御代のこの国のサービス・チェーンは「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜!」という、世にもケッタイな挨拶に席巻されていた。私はこれについて何度も違和感(というか、もっとストレートに言うと「気持ち悪さ」)を表明する記事を書いている。

私だけではない。インターネットの世界には「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜!」という挨拶への疑問や嫌悪を示す記事が溢れていたし、もちろんその多くは今も削除されずに残っている。私の記事も含めてね。

ところが平成最後の師走となった昨年の暮れ、この挨拶がいつの間にかあっさり絶滅していることに気付いた。昨年 12月 22日の ”「いらっしゃいませ、こんにちは」 という挨拶を聞かなくなった” という記事で私は「ストレスが軽減されて、かなり清々している」と、大歓迎している。

問題はここからだ。あれからほぼ 1年経ってググってみても、この「絶滅現象」に関するまともな指摘ほとんどなくて、私の上述の記事以外、見つけるのに苦労するほどなのである。まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」だ。

この気持ち悪い挨拶に私が初めて触れたのは、 "「いらっしゃいませこんにちわぁ」の怪  この違和感には根拠がある" (2003/11/15)という記事で、16年以上も前の話だ。この記事の後半で私は、この挨拶はビジネス・コンサルタントと称する連中が世に広めたものだと見破っている。

当時、日本経済は 2000年まで続いた「第三次平成不況」からようやく立ち直って、企業がビジネス・コンサルタントという怪しい連中にカネを払うことを厭わなくなっていた。このため調子に乗った彼らがいろいろと愚にも付かないことを言い出し、それを業界が盲目的に受け入れたのである。まったく、無駄遣いもいいところだ。

この関連で、「ブラックバイトを辞めたくなったら - バイト天国」というサイトの "『いらっしゃいませこんにちわあ!』に違和感" という昨年 6月 13日付のページの末尾に、次の記述を見つけた。

日本で最初に「いらっしゃいませ。こんにちわぁ~」の挨拶を定着させたのはサンクスだと言われています。そのサンクス(サークルKサンクス)が今ではファミリーマートに吸収され、なんと、ファミリーマートの澤田貴司社長はこの「いらっしゃいませ。こんにちわぁ~」式の挨拶を止めるように発表しました。業務の簡略化の一環だそうです。

ファミリーマートの社長もこの挨拶には違和感を感じていたのでしょう・・・。

この記事は出典、根拠が示されていないので鵜呑みにするのは危険だが、澤田貴司氏といえばユニクロでの経歴がよく知られていて、そこからするとこうした発想は「あってもいいかもね」と思う。

今となっては遠く過ぎ去った悪夢でしかないが、「いらしゃいませ、こんにちはぁ〜!」というケッタイな挨拶は、少なく見積もっても 15年以上に渡り「時代の徒花」として世を席巻していたわけだ。「なにはともあれ、結果オーライで、よかった、よかった」と言うほかない。

 

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2019/11/17

仕事の任せ方がわからなかったら

「知識連鎖」というサイトに「部下に仕事を任せるべき…と言われるが、その任せ方がわからない」という記事がある。11月 17日付だが、実は 2011年 12月 29日の記事の再投稿となっている。

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「任せ方がわからない」というのは、よくわかる話である。私はフリーランスだから「部下」なんていないが、「チーム」で仕事をするという機会は結構あり、その中での後輩は、一般の会社での「部下」という存在と相通じるものがあるかもしれない。

で、私はこの「後輩に仕事を任せる」というのがとても苦手だった。仕事の中身と、どんなような最終着地点が想定されているかなんてことを、相手がよくわかるようにきちんと説明している暇があったら、自分でさっさとやってしまう方がずっと楽で早いし、納得のいく核果になる。

下手に少しだけ手伝わせても、後でまずい部分を修正したりしなければならないので、最初から自分でやる方がずっと確実だ。というわけで、私は仕事に関してはワンマンでマイペースな男だった。

しかしそれが最近、少しずつ変わってきている。というのは、還暦をとっくに過ぎてしまうと、若い頃と比べて仕事が遅くなってしまうのだ。昔だったら 1日あればしっかり完成できた仕事に、最近は 1日半かかったりする。

さらに、1つ仕事を完成させると、次の仕事にとりかかるまでの時間が長くなってしまった。助走に手間がかかるのである。というわけで、昔は 2日あれば 2つの仕事を完成させることができたが、今は 1つの仕事に 1日半かかる上に、次の仕事への助走が長いので、2つの仕事をこなすのに 3日では足りず、4日かかったりする。

そんなわけで、少しは人に任せないと仕事が終わらなくなってしまったのである。そして後輩に任せるにあたっては、細かいことを言わず、全面的に任せる方がいいと悟った。細かいことを言ってもどうせ 80%も伝わらないのだから、「全部お願いね」と言う方がずっとうまく行く。

そして「ホウレンソウ (報告・連絡・相談)」なんて求めない(参照)。むやみに「ホウレンソウ」なんてやられたら、せっかく全面的に任せたのに結局面倒が返ってくる。自分で考えて適当にやってもらう方がずっといい。その方が後輩としても気が楽だし、自分で考えてコーディネートできるから、次に頼んだ時はもっと頼もしい後輩に育ってくれている。

仕事の任せ方がわからなかったら、つべこべ言わず「ぜぇんぶ、お願いね!」と言うしかないのである。

 

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2019/10/07

オンワードの赤字決算に思うこと

アパレル大手、オンワードホールディングスの 3〜8月期の中間決算が 244億円の赤字になったと発表された。2020年 2月期の通期決算は、240億円の赤字になるという見通しらしい。

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最近になってからこのブログを読み始めた人はご存じないだろうが、私は 16年前の 2003年春までは、アパレル業界でメシを食っていた。もっともアパレル・メーカーに勤務していたというわけではなく、その関連分野で仕事をしていたので、アパレル業界の全体的動向に関しては今でも結構注目している。

16年前といえば、オンワードは我が世の春みたいな勢いだった。それまでアパレル業界の 4大メーカーはオンワード、レナウン、三陽商会、ワールドと言われていたが、この中で最も鼻息の荒いのがオンワードだった。

レナウンは、一時は 2,000億円以上の売上高を誇っていたが、百貨店に頼りすぎてまともなマーケティングをしなかったために、今は 3分の 1以下の 600億円台まで落ちぶれている。三陽商会はライセンス・ブランドの「バーバリー」に頼りっぱなしだったので、その契約が切れてからはガタガタになり、今は最盛期の半分以下の 500億円台である。

この両社は百貨店の没落と歩調を合わせて低迷してきたが、専門店が主力販路のワールドは百貨店とは別の世界でマーケティングしているので、小回りがきく。さらに直営店も比較的上手に運営しているので、2,500億円台の売上高を維持している。

オンワードは百貨店を主力販路としつつも、体育会系的な攻めのマーケティングで成長してきた。しかしそれは、レナウン、三陽商会とともに、3社でシェアしていたも同然の市場で他の 2社が勝手にコケたのだから、うまく行って当然とみるべきだろう。

ところが最近は百貨店市場そのものがガタガタなので、「もはやこれまで」というところまできてしまった。今回の赤字決算は、不採算店舗の閉鎖、縮小を一挙に行ったためとされている。無理矢理あてがっていた「つっかえ棒」がどんどん外れ始めたといえよう。

というわけで、一昨年の 3月に書いているように、"百貨店という業態は、既に「オワコン」” と思う方がよさそうだ。今やアパレル市場は、ユニクロのマーケットになってしまったのである。

 

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2019/06/13

「ハタコト」企画のパラドキシカルな結果

阪急電鉄とパラドックスという企業のコラボによる「ハタコトレイン」と称する「広告ジャック企画」が炎上したという話に関連して、今さらのように「これはちょっと、何か書かなけりゃいかんな」という気がしてきた。例の「50万円で生き甲斐がなくて、30万円で楽しみ云々」とかいうやつだ。

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まず、阪急電鉄がどうしてまたこんな妙な企画を始めちゃったのかということだが、多分、パラドックスという企業から猛烈なアタックがあって、つい口車に乗ってしまったんだろうと想像するのだよね。この企画によって、阪急電鉄の企業ブランディングが向上するとかなんとか、わかったようなわからんようなプレゼンを受けたんだろう。

結局のところは、「そんな企画に何の意味があるのか、さっぱりわからん!」と言っておけばよかったのだが、つい「わかったような雰囲気」にもっていかれて、阪急電鉄内部でも舞い上がってしまったのだろう。こうした企画のプレゼンは、「クライアントをいかに舞い上がらせてしまうか」が重要なポイントなのだ。

で、阪急電鉄がうまい具合に舞い上がってくれたので、この「ハタコトレイン」企画は実現したわけなのだが、問題はこんな企画を最終的に押しつけられるのは阪急電鉄の乗客なのだということまでに、阪急電鉄、パラドックスの両者の思いが至っていなかったということなのだね。

朝の通勤ラッシュの電車内で、上の写真で紹介されたような言葉を読まされる身にもなってみるがいい。「よく言うわ!」ってなわけで不愉快になるのが当たり前だろう。まったくもって、フツーに考えればわかる単純な話なのだが、パラドックスという会社は最終ターゲットを見誤ったのだ。

この企画の紹介ポスターに、「”働く” という言葉に、はた(傍)を、らく(楽)にするという意味があるように」とあるが、それに対して Twitter で yasudajukucho さんという人が「そんなもんない」と一刀両断に切り捨てている(参照)。これに対するふゆひー9さんの「江戸しぐさ的な何か」という絶妙のコメントを見て笑ってしまったので、ついジョークのレスを付けてしまった (参照)。

「傘かしげ」なんていうのに代表される「江戸しぐさ」というのは、根拠のない空想、創作というのが大方の見方だが、この「ハタコト」もそれに類したものとみるのが妥当なようだ。

パラドックスという企業は、「企業ブランディング」に関するエキスパートであるらしい。簡単に言えば「企業イメージを上げるマーケティング」、とくに新規採用などにおける会社案内や会社紹介ビデオなどを、それらしく上手に作るのが得意な会社とお見受けする。

ちなみに世の中では、この新規採用時ほど企業側の論理が一方的な強さを発揮する機会はほかにない。パラドックスという会社はこうした世界で成功しすぎたせいで、より広い「世間の空気」というものを読めない体質になってしまったのだね、きっと。

というわけで、今回の企画はまさに「パラドキシカル(逆説的)な結果」に終わってしまったってことだ。

 

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2019/02/16

個々人に最適化したメニュー表示なんかされたら

日経ビジネスが 「客ごとにメニューが変わる すかいらーくの新システム」 という記事を紹介している。すかいらーくは、現在展開中の 「マルチブランドアプリ」 というスマホ向けアプリを使って、それぞれの顧客のデータ履歴から情報を蓄積し、個別に最適なメニューを表示できるようにするのだそうだ。

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各テーブルに置く 「デジタル・メニューブック」 と連動させて、それぞれの顧客に 「オススメ・メニュー」 を表示するという。来店時刻や天候・気温、季節、店舗の立地なども考慮して最適のメニューを提案するだけでなく、客単価を引き上げるために、一定の時間が経てばデザートをすすめるなんて、「余計なお世話」 までするらしい。

要するに 「顧客のニーズにきちんと対応するため」 というよりは、「より効率的で利益率の確保できる仕入れや商品提供を行うため」 ということなのだろうから、下手すると 「つまらないメニューになる」 なんて逆効果だってあり得るだろう。ニュースでは 「プライバシーを見透かされるような居心地の悪さを感じる」 なんて反応まであるらしいし。

ところで私は 2年ぐらい前から肉食を止めたので、外食をしようとすると 「メニューの選択肢がないなあ」 とつくづく感じている。街でレストランに入っても、軒並み肉メインや肉の入ったメニューばかりで、それを避けようとすればパンとサラダぐらいしか食うものがなく。それがいやならば蕎麦屋に入るだけだ。

地方出張の時など、すかいらーくホールディングスの運営する 「ガスト」 みたいな店に入らざるを得ないなんてこともあり、そんな時は煮魚定食ぐらいしか食うものがない。それを繰り返したら、そのうちガストに入っても私向けには、他のメニューが全然表示されないなんてことになるに違いない。

ドリンクバーでもホット・コーヒーを何杯かおかわりするだけで、他の飲み物は飲んだことがないなんていう私のような客が増えると、飲み物の種類が減ったりするのだろうか。個人的にはその方が面倒がなくてありがたいぐらいなのだが、店にしてみれば、運用を間違えると 「両刃の剣」 になるだろう。

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2019/01/18

日本での Subway 不振に見る 「文化の違い」

近所のショッピング・センター内で買い物しながら軽く昼食にしようとフード・コートに立ち寄ると、Subway がクローズしているのに気付いた。たまたま休業の日に当たったのかと思ったが、よく見ると 「事情により営業を中止」 という貼り紙がしてある。

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何となく様子が尋常じゃないので iPhone で検索してみると、Subway の FC 店運営会社が破産してしまったという記事が見つかった。破産宣告の前から、続々と店舗が閉鎖されているらしい(参照)。 いやはや、そんなこととは全然知らなかったよ。

上述の記事によると、日本の Subway 不振の要因としては、価格の高さ、商品提供の遅さ、注文の難しさ、店舗の老朽化が挙げられている。ただ、最近ではショッピング・センターのフード・コートでの展開が増えているので、「店舗の老朽化」は決定的なものじゃないだろう。個人的には Subway の価格は言うほど高くないと思うが、「商品提供の遅さ、注文の難しさ」というのは、案外大きいかもしれない。

昼食をファーストフードであっさり済ませようという日本人の多くは、一言二言で簡単に注文するか、あるいは自動販売機でチケットを買って、サクッと商品を受け取り、後は黙々と食ってしまいたいというニーズなのかもしれない。そこへ行くとパンの種類とその中身、野菜の量、ドレッシングに至るまで多くのチョイスの中から好きな組み合わせを店員に口頭で伝えるという Subway 方式は、かなり異質だ。

讃岐うどんチェーンでも多くのチョイスはあるが、トッピングを無言でチョイスして自分で皿に取り、最後に支払いをする。ところが Subway では「キャベツは多めにね」とか 「パセリは要らない」とか、口頭で細かな好みを伝えるうちに、自分なりのオーダーを確定していくというプロセスを辿る。この辺りの「ハイタッチ(下の注参照)な多様性尊重」が、「おまかせ文化」の日本人にはうっとうしく感じられてしまうのかも知れないね。

日本での Subway の不振というのは、こうした「文化の違い」によるところが大きいと思う。ただ、Subuway の店頭に自動販売機が置かれ、チケットで注文を決めちゃうなんてことになったりしたら興醒めだ。それで馴染んじゃうと、米国の Subway では注文できなくなっちゃうなんてことになるだろうしね。

【注】
「ハイタッチ」 は両手を挙げた者同士で 「ポン」 とやることだと思われているが、これは和製英語で、本来の英語の "high touch" の意味は、「人間的な触れ合い、感性を大切にする」ということに近い。その対極が "high tech" (ハイテク)。

これはちょっと冗談ぽい話だが、私は約 7年前の "「ハートアタックグリル」 という命がけのジャンク" という記事に、ニューヨークの Subway での様子を次のように書いている。

日本でもおなじみのチェーン、Subway でサブマリンスタイルのサンドイッチを注文する時、「ハーフサイズ」(日本の Subway では基本の大きさ) と言うと、カウンターのおねえちゃんがびっくりして目を見開き、"Really?"(本当にそれでいいの?)なんて聞いてくる。

余計なお世話だと思ったが、見ていると、スキニーな若い女の子でも、倍の「ワンフット・サイズ」に、じゅるじゅるの肉をはち切れんばかりにはさみこんだやつを、当然の如く注文しているので、"Really?" と聞きたくなるのももっともな話かもしれないと、妙に納得してしまったりする。

日本では Subway の店員が 「本当にそれでいいの?」 なんてフレンドリーに聞いてくるってことは、決してないよね。

 

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2018/09/29

閉店、撤退の続く百貨店業界

三越伊勢丹ホールディングスが、不振店舗の伊勢丹相模原店、伊勢丹府中店、新潟三越の3店舗を閉店すると発表した。今年度初めの決算発表の席での 「構造改革の主なものは 2017年度の段階で終えた」、「店舗閉鎖は当面ない」 という社長発言が、あっという間に覆されたわけだ (参照)。

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好意的(?)に見れば今回の 3店舗の閉店は、「構造改革の主なもの」になんか入らない、枝葉末節の話ということなのかもしれない。まあ、とにかく 2011年に三越と伊勢丹が経営統合したことで、この会社の店舗が日本中に多すぎるという結果になったので、店舗閉鎖が連続するのは当然の成り行きだ。いくらなんでも、不採算店のお守りばかりしているわけにいかない。

私はずいぶん前から「百貨店の歴史的使命は既に終わった」とみていて、昨年 3月には 「百貨店という業態は、既にオワコン」 という記事を書いている。新宿伊勢丹や銀座三越などの都心店は曲がりなりにも「高級店」という差別化ができており、しかもいわゆる「インバウンド需要」にも支えられて堅調に推移しているが、他の地方都市では差別化もできないし、顧客もいないのだから、赤字を垂れ流すしかない。

そもそも、今どきファッションに大金を使う客なんて、そんなに多くない。新潟三越のような店が存続していたのは、「一般庶民」と言われる層がボーナスが出たら一張羅の背広や「およそ行き」を、百貨店の売り場で買っていたいう、高度成長期の名残でしかない。

その「一般庶民」が百貨店で服を買わなくなり、しかもその層が薄くなる一方でもあるのだから、従来の百貨店の商売が存続できるわけがないのだ。試しにいわゆる地方百貨店の売り場に入ってみればそれがよくわかる。フロアは閑散としていて、客の数より店員の数の方が多い。そして大都市では、アジアからの観光客が従来の「一般庶民」の役割を果たしている。

新宿伊勢丹は一時、「メンズ・ファッション・マーチャンダイジングのお手本」とあがめ奉られていた。しかし私は 「後背地に一大ホストクラブ地帯があるのだから、高級メンズ・スーツが売れるのは当たり前じゃん」と思っていて、上述の昨年 3月の記事に次のように書いている。

フツーじゃない男たちを相手に磨いたマーチャンダイジング手法を、フツーの都市の百貨店に適用したところで、通用しないのである。どうしてそこに気付かないかなあと、私はずっと不思議だった。甘い夢は、よくよくダメになるまで見続けたいもののようなのだ。

ようやく気付いた時には、閉店するしか選択肢がなかったというわけである。百貨店の数は、今の 3割ぐらいでちょうといい。人口 100万人以上の大都市にポツポツあればいいのである。人口がたかだか 30〜40万人程度の商圏では支えきれない。

 

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2018/08/05

大塚家具は、末期的状態らしいので

朝日新聞が 「大塚家具、日曜なのに店内ガラガラで末期状態」 と伝えている (参照)。この記事は "大塚社長の手腕で不死鳥のように復活を果たすのか、それとも 「倒産」 に向かって進んでしまうのか。同社株主たちの眠れぬ夜は続きそうである" と結ばれている。

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大塚家具といえば、今どき誰も買わない 「婚礼三点セット」 とか 「桐箪笥」 みたいな家具を売る企業だとばかり思っていたが、画像検索してみると、上の写真ようにかなり 「お洒落な」 ソファみたいなものばかりで、いくら何でも婚礼三点セットなどは見当たらない。売っていないわけじゃないのだろうが、少なくとも主力商品の座はとっくに明け渡しているようだ。

そうなると会社のイメージが、現状についてきていないのだとわかる。大方の消費者は、「店に行っても、どうせ 『昭和の世界』 なんでしょ」 と思っているから、当然の如く客足も落ちる。はっきり言えば、「大塚家具」 という社名が悪さをしているのだ。「昔の 『大塚家具』 じゃない。今どきの家具もちゃんと置いてる」 とわかれば、少しは客足も伸びるだろう。

しかし、イメージチェンジに成功したとしても、私のような消費者は決して足を運ばない。価格帯が高すぎて手が出ないと知っているからである。セレブな部屋にセレブなソファやテーブルを並べたいなんて、まったく思っていないから、いくら 「お洒落な家具もありますよ」 と言われても、私は大塚家具のターゲットではないのだ。

朝日新聞の記事も、 「隣接のニトリは客が溢れ返り熱気充満」 と、大衆価格のマーケットとは市場規模が全然違っていることを伝える。一点当たりの平均単価はニトリの製品より 10倍ぐらい高いのだろうが、客数が圧倒的に少ないので、イメージ的にどんどんジリ貧になる。

というわけで、大塚家具のようなビジネスモデルは、既に歴史的使命を終わりかけているのだろう。倒産しないで存続するためには、外聞を気にせずに、規模を思いっきり縮小しなければならない。

朝日新聞の記者の視点では、「不死鳥のような復活か、さもなくば倒産か」 という二者択一の運命しかないような書き方になっているが、「不死鳥のような復活」 なんて求めたら絶対に潰れる。ここは、「近頃はなかなか話題にならないけど、どっこい、高収益モデルとして生き延びてます」 みたいな企業になるしかないではないか。

いずれにせよまったく思い入れのない企業だから、どうなっても知ったことじゃないのだが。

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