カテゴリー「世間話」の407件の記事

2021年10月11日

ロシアとの平和を保つための「おしっこ」規制

ロシアとの平和を保つというのは、「おしっこ」まで規制しなければならないほど難しいことのようだ。The Moscow Times の「ノルウェー北東部のグレンセ・ヤコブセルフ(Grense Jakobselv)という村に新しい観光スポットがあるという」という記事(参照)で、それをしみじみ感じた。

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ロシアとの国境を流れる川沿いに ”NO PEEING TOWARD RUSSIA"(ロシアに向かってのおしっこはダメよ)という立て札があり、違反すると罰金を科される可能性もあるという。看板がなければどうということのないごくフツーの「田舎の川」なのだが、これが観光スポットになっているらしい。

実際問題として、ロシアに向かっておしっこして罰金を科せられたなんて人はまだ一人もいないらしいが、おもしろいのは、この看板が(誰かはわからないものの)ノルウェー人の手によって立てられたということだ。そりゃそうだ。ノルウェー側の岸に立っているのだから。

ということは、ロシア側がことさら無粋なまでの要求をしているというわけではなく、これはノルウェー側の一方的な「自主規制」の産物とわかる。ただ「罰金」なんていうからにはそれなりの法的根拠があるはずで、それに関しては次のように紹介されている。

ノルウェーには国境に関する規則を定めた特別法があります。1950年に制定されたこの法律には、「国境沿いで隣国やその当局者に向けて攻撃的な行為をしてはならない」という条文があり、これに違反すると罰金または3カ月以下の懲役刑が科せられるとのこと。

記事ではさらに続けて「2016年にロシアとの国境に向けて石を投げたノルウェー人 4人が国境警備隊と警察により逮捕された」とある。「おしっこ」が「攻撃的な行為」なのかどうかはビミョーだが、3000クローネ(約 4万円)以上の罰金刑になる可能性があるらしい。

この国境は「ロシアがまだ戦争をしたことがない唯一の隣国であるノルウェーとの平和の象徴」と呼ばれることもあるために、特別視されているらしい。それにしてもロシアと戦争しないためには、こんな自主規制まで必要だったとはね。

ちなみに、このニュースは Gigazine の "ノルウェーには「ロシアに向けておしっこするのが禁止された川がある」" という記事で知った。ただ、こちらの方の見出の下のメイン写真は、元記事とは別のこんなようなことになっている。

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もしかしたら Gigazine の編集部は、元の写真の看板が英語なので(”pee - おしっこする" という俗語は、日本では意外なほど知られていないし)、日本向けには避けたのかもしれない。結果としては、「英語を避けて、お下品を採用」ということになってしまったが。

【同日 追記】

先ほど気付いたのだが、立て札は ”NO PEEING TOWARD RUSSIA" で、前置詞が "toward" だが、The Moscow Times の見出しでは、"Don't Pee On Russia" と、前置詞が "on" になっている。

動名詞の場合とモロに動詞の場合で、前置詞が使い分けられるのだろうかと思ったが、どうやらそうした文法的なものじゃないらしい。"Pee toward 〜" は「〜に向かっておしっこする」という意味だが、"pee on 〜" は「〜におしっこをかける」ということのようだ。

とはいえ、厳密な国境線は川の流れの真ん中らしいから、ロシアにおしっこを「かける」ためには、相当の勢いと追い風の助けが必要だろう。

以上、お粗末さま。

 

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2021年9月23日

千葉県警の「性的」な アニメ・キャラ というもの

ネット上で、千葉県警の交通安全啓発動画が「性的」であるとの抗議を受け、削除されたというニュースが話題になっている。ただこれ、読んでみたところ「馬鹿馬鹿しい」という程度のもので、申し訳ないけど、笑ってしまったよ。

どんな動画かは、上の画像をポッチンしていただければわかるが、「戸定梨香」というキャラを使って自転車交通のルールを訴えたもののようだ。ちなみにこのキャラの名前は「とじょうりんか」と読むらしいが、その由来などはさっぱりわからない。

で、このキャラに関してだが、「性的」というほどのものじゃないというのが、一般的認識のようだ。まあ、強いて言えば警察が使うには「ちょっとね」という気がしないでもないが、いずれにしてもこれに抗議した「全国フェミニスト議員連盟」というのは、結構ヒマな団体なのかもしれない。

ちなみにこの団体の提出した「抗議ならびに公開質問状」というものが、なかなか奮っている。(下の画像で読みにくければ、クリックすると別画面で拡大表示される)

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私が笑ってしまったのは、本文の 6〜7行目(オレンジ色で強調した部分)である。こんな具合だ。

戸定梨香という VTuber(アニメキャラクター)は、セーラー服のような上衣で、丈はきわめて短く、腹やへそを露出しています。体を動かす度に大きな胸が揺れます。

この際、極めて冷静かつ客観的に言わせてもらうが、「体を動かす度に大きな胸が揺れます」というのは、どう見てもリアルな表現からはほど遠いんじゃないかなあ。

この関連で、「はてブ民は!誰も!VTuber 戸定の動画を!VTuber 戸定の乳を!見ていないのである!」という傑作なログまである。こんな具合だ。

そう、はてブで偉そうに講釈してるやつら、誰も観ていないのである!
みていないのに語っているのである!
他のアニメとかから想像して、「どうせすごい乳揺れするに違いない」と思ってみないでコメントしているのである!

(中略)

ぼくはオッパイスキーなので、こっそりに行った!(ママ) 実際に見てみたら揺れてはいる
けど言われないと気付かないレベル!
お前らが「すごく揺れてる」みたいなこというから期待してこっそり見に行ったのに!

・・・・・・だました・・・・・・
今まで・・・・・・ぼくを・・・・・・ぼくを・・・・・・よく・・・・・・も
よくもぼくを・・・・・
よくもぼくをォ!!だましたなァ!!

というわけで、この件に関しては、全国フェミニスト議員連盟の抗議文の方がずっと過剰に「性的」で、「劣情を刺激」しちゃったんじゃあるまいかとまで思ってしまったのだった。

【9月 24日 追記】

本文中で「戸定梨香」という名前について、「その由来などはさっぱりわからない」と書いたが、本日ひょんなことから由来が知れた。Wikipedia に次のようにある(参照)。

名前は松戸市に所在する重要文化財である戸定邸と、名産品の梨に由来する。

 

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2021年9月17日

「謎マナー」と、サラリーマン社会

昨日付「葬式の場でネクタイのディンプルは NG だって?」に付けていただいた らむね さんのコメントで、この種の「得体の知れないマナーみたいなもの」が、世の中では「謎マナー」と呼ばれていると知った。

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ググってみたところ、この種の「謎マナーの権威」はビジネス・ライフマナー講師の「尾州真奈美」という御方であるらしいとわかった。らむね さんの挙げた「自分の名刺が大きいと失礼なので切り取る」というのも、一昨年の春にこの方が発信してしっかりと炎上したネタである。

ちなみにこの「尾州真奈美」というのは、いわゆる 「釣り垢」(「釣りアカウント」ね、念のため)であるらしい。これ、既にネット社会の常識となっているようで、この先生のおっしゃる馬鹿馬鹿しい話は決して真に受けてはいけない。

というわけで「名刺のまわりを切り取って小さくする」なんていうのは異次元的なまでの「ウルトラ謎マナー」だが、そこまで行かなくても、いかにももっともらしく聞こえて、一部では忠実に実行されている「謎マナー」も多い。私が一昨年に取り上げた「ハンコのお辞儀」というのもその一例のようだ。

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らむねさんは「偉い人に徳利で日本酒を注ぐときは、注ぎ口を使ってはならない」という「謎マナー」も紹介してくれている。これ、私は全然知らなかったので、ちょっとググってみたら、こんなことのようだ。(参照

「この部分は注ぎやすさで付けていますが、丸の切れ目、すなわち円(縁)の切れ目、また、角が立つという意味になります。縁起の良し悪しの観点から言うと悪いです。冠婚葬祭など、厳粛な場ではやめたほうが良いでしょう」

こうしたあまりの馬鹿馬鹿しさに反発してか、「マナー講師撲滅用とっくり作りました」という陶芸家もおいでだ。ちょっと拍手を送りたくなってしまったよ。

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さらに「ビールを注ぐ時はラベルを上にする」という有名かつ由来不明の謎マナーのほか、最近では Zoon 会議での表示の順番(上座、下座)だの、会議終了後の退出はエラい人から先だの、面倒くさすぎるのまで加わっている。

こうしてみると「謎マナー」の多くは、サラリーマン社会の「上下関係」とか「過剰で無意味な気配り」みたいなものから発想されている気がする。まことにもって「気配り」は必要ではあるが、し過ぎると面倒になるばかりだ。

 

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2021年9月13日

「飲み会」がなくなって、酒の売上が激減

Hatelabo に「コロナ禍で酒なんてみんな飲みたくなかったんだなと知れて嬉しい」という書き込みがある。書き手は「昔から酒が美味しいと思えなくて飲み会が苦痛だった」という匿名氏である。

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「コロナ禍で酒の売上が 80%減」ということで、「なーんだ、みんな飲み会がなかったら酒なんて飲まないんじゃん」「飲み会が馬鹿げた奇習としてこのまま消えそうで嬉しい」としている。

これに対しての反応は、実にはっきりと賛否両論に別れている。

「居酒屋で飲む酒は最適な状態で出してくれて飲んだら片付けてくれるからいいんだよ 家でこのクオリティでやるのはめんどくさいぞ」というのは、飲み会肯定派の反論である。家で飲んでも居酒屋での飲み会のようには気分良く飲めないので、売上の減少も当然とみているわけだ。

それに対しては、すぐさま「コップを戸棚から出すのが重労働なのかw」「美味しいはずなのにその程度もできないのか」というちょっと皮肉なリアクションが付いている。

さらにそもそものことを言えば、「酒の売上が 80%減ってそんなわけなくね?」というコメントもある。確かに酒類販売が 80%減少したというニュースなんて、どう探しても見つからない。

このコメントの示唆したリンク先の記事は、"宿泊業の不振、取引企業への悪影響鮮明に 食材などの納入企業、8割が「売上減少」 酒類関連は 9割超で減収に" というもので、要するに「ほとんど食材納入企業で酒類の販売が減少しているというものだ。

というわけで、酒の売り上げが ⒏割減というわけではないようなのだが、いずれにしても、飲み会というものがなくなったので、酒の売上激減というのは確かなことのようだ。

最近は酒の好きじゃない層はかなりスッキリしているわけで、コロナ禍以前の酒に関する「同調圧力」は、それほどまでに強かったということなのだろう。

ちなみに私は、14年前となる 2007年 8月 13日の「酒との付き合いの変化」という記事に、"以前は 「週に一度の休肝日」 なんて、不可能だと思っていたのだが、最近は週の半分は、一滴の酒も飲まないようになった" と書いている。そしてさらに最近では、酒を飲むのは月に 1度ぐらいまで減っている。

というわけで個人的には、「酒は飲めばおいしいとは思うが、別に好んで飲もうというほどのものじゃない」というところに落ちついてしまっている。

 

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2021年7月13日

2年やらなかったら、大抵のことは忘れてしまうので

"「2年連続で祇園祭が中止になると技術継承ができなくなるので今年は鉾を建てる」という話を聞いたとき、最初は「え、たった2年で技術継承できなくなるん?」と思ったけど・・・" という佐々宮智志さん(ゲームデザイナー)の tweet (参照)が話題だ。町内会でも同じ現象が発生しているらしい。

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この tweet に続いて、次のように書かれている。

地元の町内会は役員を 2年ごとに交代し、交代時には各役員の仕事内容を新役員に引き継ぐんだけど、ここ 2年は町内会の行事が全て中止になったせいで、旧役員は自分の仕事内容をほとんど把握していないらしい。

これ、多くの町内会とか、それに類した組織で発生していることだろう。私の住んでいる地域では町内会役員は毎年交代になるが、昨年度の役員はただペーパーで「本年度の〇〇行事は、コロナ禍に鑑み中止とさせていただきます」との知らせを回していただけだったはずだ。

そして今年度も同様にほとんどの行事が中止なので、来年度の新役員は行政との間の形式的なやり取り以外は、何をすればいいのかほとんどわからなくなっているだろう。考えようによっては、「これまで惰性だけで続けていた無意味な町内会行事は、ちょうどいいから廃止」とすればいいかも知れない。

継承がどうしても必要なことなら、大々的でなくても伝えるために必要な最小限の規模で実施すればいいし、そうでないものはバッサリと止めてしまえばいい。

その意味で「コロナ前/コロナ後」という現象が生じて、世の中の鬱陶しいばかりの形式的な行事はあっさり消滅ということになるだろう。無理に復活させようとしても、2年やらなかったら大抵のことは忘れてしまうので不可能だ。元々大喜びでやっていたことでもないのだし。

これ、「隠れたコロナ効果」と言えるかも知れない。

 

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2021年7月12日

「ナンバープレート隠し」という商品カテゴリー

下の写真は、今日クルマを運転していて信号で停止した時、目の前に停まっていたトラックのナンバープレートである。妙に奥まった場所で極端に斜め上向きな上に、わざとらしいほど汚れているので、写真では一応控えめに目隠しを入れておいたが、実際にはそんなもの必要ないぐらいに見えにくい。

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クルマを運転していると、ナンバープレートが見えにくいような取り付け方をしているトラックが、まったく珍しくないほど多いことに気付く。「よくまあ、そこまで凝った取り付け方をするものだなあ!」と感心するほどのものまである。

ネット検索してみると、何と「ナンバープレート隠し」という商品カテゴリーまである(参照 1参照 2)。さすがに個別の商品は「ナンバープレートフレーム」とか「ナンバープレートカバー」とかいう名称で販売されているが、とりあえず、そんなような需要は確実にあるもののようなのだ。

自動車のナンバープレートの取り付け方に関しては、カバーの取り付けや角度、折り曲げなどが問題になっている。ただ実際の道交法においては、「見やすいように表示しなければならない」とあるものの、なかなか規制し切れていないようだ(参照)。

なにしろ Wikipedia の「日本のナンバープレート」の該当項目(取り付け方法の規制自動車ナンバープレートのカバー等規制)を読むだけでも、ややこしくて嫌になる。これでは警察も杓子定規的なまでの厳格な対処はしにくいだろう。

ただ、私としては単に「ナンバープレートを見えにくく取り付けるのはダメ!」と、口うるさいオバサンみたいなことを言いたいわけではい。こんなに手間と金をかけてまでナンバープレートを「姑息に」隠したがるのはなぜかという、ドライバー心理の方に興味がある。

調べてみたところ、決して伊達や酔狂というわけではなく、「オービス(自動速度違反取締装置)にクルマのナンバーを撮影されないよう」というのが最大の理由のようだ(参照)。つまり、日常的に速度違反をしなければ仕事にならないという、トラックドライバーのシリアスな労働環境が見えてくる。

要するに、構造的な問題なのだね。単に「けしからん!」と憤っていさえすればいいわけではないようなのだ。

 

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2021年7月11日

「音姫」のジェンダー不平等というよくわからないお話

清水潔さんというジャーナリストが下のような tweet をしておられる(参照)。添えられた写真は TOTO の「音姫」というもので、本体正面に「手をかざすと 25秒水の流れる音がします」という説明が表示されている。

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そういえば、これに類似したものをどこかの男性用トイレで見たことがあって、試したら確かに水の音がしていた。結局は「それがどうした」というだけのことで、これがほとんどの女子トイレに付いてるなんて、想像すらしなかった。

念のために妻に聞いてみると、「古い JR の駅のトイレみたいなところでは付いてないけど、ウォッシュレット式のトイレだったらほぼ付いてるわよ。私はほとんど使わないけど」という。いやはや、世の中、案外知らないことばかりである。

というわけで私がこれについて tweet するとしたら、どうしても視点が逆になる。「女子トイレのほぼ全てに、この手のものが付いているというジェンダー不平等を、男性のほとんどは知らない」と書くしかない。

ただ私としては、「ジェンダー平等のために男子トイレにも付けろ」なんていう発想は全然ない。この程度の「不平等」なら、個人的には全然気にならないし、解消したとしても「悪平等」みたいな気がするかもしれない。

日本という国は本当に「東洋の神秘の国」である。

 

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2021年7月 6日

電気に妻を殺させろ?

下の画像は、英国の Willesden Electricity Department (「ウィルズデン電器事業部」とでも言えばいいのかな?)の 1936年頃の広告ステッカーである。「掃除機などの電気器具をを活用して、妻の家事労働の負担を軽くしてあげましょう」というメッセージだ。

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このステッカーの宣伝コピーは、以下のようなもの。

Gentlemen!
Don't let Hard Work Kill Your Wife...

Let ELECTRICITY Do it.

直訳すれば、「紳士諸君、重労働をしてあなたの妻を殺させるな。電気にそれをさせなさい」ということになる。これは 2通りの解釈が成り立つとして、昔から有名なものであるらしい。

好意的に読み取れば、「過重な家事は、あなたの妻の寿命を縮めるから、電気機器にそうした家事をやらせなさい」というメッセージとなる。しかし、私のような「アスペルガー症候群」一歩手前の人間は文字通りの解釈に走ってしまうので、次のような意味に受け取りがちだ。

「重労働に妻を殺させるな。電気にそれ(妻殺し)をさせなさい」

コピーの最後の "it" というのを、「過重な労働」ではなく「妻を殺すこと」と解釈する方が、構文的にはずっと自然なのだからしかたがない。この場合の「電気」といえば「電気椅子」みたいなものが頭に浮かび、元々からして英国っぽいジョーク混じりなのかもしれないなんて想像までしてしまう。

まあ、こうした「言葉の詮索」から離れるとしても、前世紀初頭は英国の家庭でも妻が家事労働に忙殺されていたようだと想像できるのである。ステッカーの左上には、ベッドでコーヒーを啜りながらのんびりと新聞を読む夫の姿が描かれているのに。

欧米諸国では「男女平等」なんて昔から実現されていたみたいな言い方をする向きもあるが、実際にはこの程度のレベルだったようなのだ。ちゃんとした「男女平等」は、不断の反省と努力がないと達成されないのだよね。

 

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2021年6月30日

「中身より外見」というのが本音らしいのだが

NewSphire に「マスクきっかけで手術を受ける人が増加、フランス」という記事がある。新型コロナウイルスによる感染症の蔓延でマスクを付けることが多くなったので、「他人に気付かれずに整形手術をするなら、今だ!」ということになっているらしいのだ。

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「人間、中身が肝心」とはよく言われることだが、実際には「外見がものを言う」というケースが少なくない。いくら能力があっても、外見で損をしている人はいくらでもいるのだ。

それに「中身を鍛える」のは多大なる時間を要するが、外見を整えるにはそれほどの時間はいらない。だったら、この時期に整形手術をしようという人が増えるのは何の不思議もない。

この記事の元ネタは「フランス・アンフォ」の 4月 27日付(参照)と書いてあるが、これ、リンク先に行ってみると "franeinfo" というサイトなのだね。英語読みなら「フランス・インフォ」だ。で、憚りながら、私はフランス語は挨拶と 1 から 4 までの数しかわからないので、内容は全然読めない。

この記事の中で、精神分析医グランジュアール氏は、「見た目重視の傾向はここ数年圧倒的で、ひどくなる一方だ」と述べ、画像に依存する SNS がその原因の一つだと警告しているという。Zoom などは顔が露出されるから、どうしても「見た目」にこだわりたくもなるのだろう。

ただ、Zoom を使ったミーティングなんかでも顔が映るアングルをまともにすれば、それなりにちゃんとした見た目になる。人によっては PC を使わずにスマホをとんでもない距離と角度で顔の前に置いちゃうからものすごい「鼻の穴人間」に映っちゃって、こちらは笑いを堪えるのに苦労したりするのだよね。

個人的な見解としては、Zoom では「外見そのもの」よりも「映り方」の方にこそ、その人の内面とセンスが現れるのだと、つくづく思う今日この頃である。

 

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2021年6月13日

3分間黙ってたら死んでしまうバアサンたち

仕事上のミーティングで、私よりだいぶ若い知人(女性)と久しぶりに会う機会があったが、彼女は医療関係の仕事をしているので、コロナワクチンの接種を早めに済ませることになり、先日 1回目の接種を終えたばかりだいう。

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私は前にも書いている(参照)ように、注射が苦手で、あの直角に突き刺すような写真を見ただけでワナワナしていたので、「痛かった?」と聞くと、「私もちょっとコワかったんですけど、思ったより痛くありませんでしたよ」と言っていた。それを聞いて、ちょっと安心である。

「ただ、それよりもずっと驚いちゃったことがあるんですよ」
「何に驚いたの?」
「接種を受けに来たオバサンたち、いや、もうオバアサンたちと言っていいんでしょうね。とにかくうるさいんです。ずぅーーっとおしゃべりしっぱなし!」

彼女は地区の公民館のような接種会場で、その地域の高齢者たちに混じって接種を受けたらしく、老人たち、とくにバアサン連中のおしゃべりパワーに圧倒されてしまったようなのだ。うぅむ、バアサンたち、めちゃくちゃ元気だからなあ。

「接種する人たちが集まって所定の時間になると、担当者の人が前に出て注意事項を説明するんですけど、その間も話なんて聞かないでずぅっと、ペチャクチャペチャクチャ、おしゃべりに夢中なんです」
「うんうん、何だか、目に見えるようだなあ」

「そればかりじゃないんです。ああいう場所では飛沫感染を避けるために、まず初めに、お互いにおしゃべりしないようにと注意されるんですけど、その間も、おしゃべりは全然止まないんです。人の話、全然聞いてないんですよね」
「そりゃまた、すごいね」

「そして、いやでもおしゃべりしないで済むように、接種者への注意事項が書かれたペーパーが配られて、『順番が来るまで、それを読みながら静かにお待ちください』って言ってるのに、全然読みもしないで、ますます賑やかになる一方なんです!」

「そりゃもう、しょうがないんだよ。あの人たち、3分間黙ってたら禁断症状が出て死んじゃうんだから」
「本当に冗談じゃなく、そんな気がしてしまいました!」

そういえば、前にそんなようなことを書いた覚えがあるので、帰宅して自分のブログ内を検索してみると、2016年 6月 29日付の「オバサンたちは私語が多い」という記事が見つかった。オバサンたち、講演会や授業参観みたいな場面でも、全然遠慮せずにおしゃべりしまくるというお話である。

私はその中でも "「この人たち、3分間黙らせたら死ぬんじゃあるまいか」と思ってしまうほど、とにかくしゃべる、しゃべる" と書いている。その昔に授業参観でおしゃべりしまくっていたオバサンたちは、今はオバアサンになって、ますます賑やかになってしまっているようなのだ。

こんな話を聞いてしまうと、注射よりも接種会場に集まったバアサンたちのおしゃべりの方が、ずっとコワくなってきてしまったよ。

 

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