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2004年10月31日

神無月三十一日に詠める歌

まだ割れぬざくろの色の暖かきその暖かきを如何に届けむ

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Zakuro0410

中越の秋は深まり、寒さを増してきた。体育館の床で寝ている人たちはどんなにか寒かろう。

自宅の暖かいベッドの中でぬくぬくと寝ている自分が申し訳ないような気もするが、そうではないと思い当たった。この暖かさを分けるために、何とか力になればいいのだ。

ある災害現場を見舞った人が、同情のあまり、自分も被災者と共に避難所で夜を明かしたいと申し出たところ、「気持ちはありがたいが、あなたが加わると、寝る場所がますます狭くなる」 と断られたという話を聞いたことがある。心を伝える伝え方は、単純なものではないのだ。

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2004年10月30日

神無月三十日に詠める歌

降る雨の冷たきはなほ変はらねど変へたきものぞ彼の地の雨を

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Cloudy0410

茨城県というのは、かなり広い県である。だだっ広い関東平野の中で、ずいぶんいろいろな作物が作られている。

中には、開拓地風の牧場まである。今日、水戸方面から帰る途中、雨が降る中で日本離れした景色だったので、つい撮影してしまった。

この時には視界が良かったのだが、だんだんと霧が出てきて、慎重に運転した。霧が出るということは、まだまだ自然が残されているということだ。

こうした景色を見るにつけ、新潟の地震被災地に思いが飛んでしまう。あの滅多に弱音を吐かない人たちが、だんだんと窮状を訴えるようになった。さぞかし辛いのだろう。

当サイトのページトップに、新潟県災害対策本部宛の義援金の送り方へのリンクをおいた。私自身は、今日は金融機関が開いていないので、別ルートで僅かだが義援金を出させてもらった。また何度も送りたいと思う。

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2004年10月29日

神無月二十九日に詠める歌

人の世の生々しさを消す如く枯れ草色に染まりゆく岸

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Fall0410

娘を駅まで車で送った帰り、あまり天気がいいので、久しぶりに小貝側の岸辺に降りてみた。

旺盛に繁っていた草の緑は、だんだんと枯れ草色に置き換えられていく。

今年の夏から秋にかけては、いろいろな災害が見舞われる生々しい季節だった。今なお、地震の被害に苦しむ人がいる。

中越は既に初冬の厳しさに晒されている。それに比べると、関東の秋は優しい。何かをさせてもらわなければならないという気がする。

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2004年10月28日

神無月二十八日に詠める歌

その昔わざと曲げたる川筋を真直ぐに戻す平成の御代

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River30410

今年 3月 9日の和歌ログで詠んだ川の工事 (参照) が、かなり進展している。

我が家の裏手を流れる小川の、小貝川に注ぐ手前で、川筋を変えようとしているのだ。川筋が急にカーブしているところで、新たな川筋を掘り、水路を真っ直ぐに近い形にしている。

江戸時代にこの小川を人工的に作った頃は、わざわざ水路を曲げて、あまり一度に水が流れないようにしていたらしい。つまり、小川に常に水を切らさないようにしていたわけだ。

しかし、最近では水の流れが滞ると水害につながるようになったので、真っ直ぐにしているのである。時代が変われば、川の役割も変わるようだ。

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2004年10月27日

神無月二十七日に詠める歌

百舌は鳴く己が食せし虫どもの断末魔のごと長く尾を引き

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Mozu0410

秋になったと思うのは、百舌 (モズ) の声が朝からきいきいと響き渡るようになったからでもある。

「もずが枯れ木で鳴いている」 という歌があるが、このあたりの百舌は、テレビアンテナのてっぺんに止まり、キーイキーイと鋭く鳴くので、かなりうるさい。

百舌というのは 100%肉食なのだそうで、木の実なぞには興味がないらしい。

だから枯れ枝とかアンテナとか、食べられる実はないが見晴らしのいいところに止まって、獲物を探しているのだろうか。そして、自分の食した獲物の代わりに断末魔のような鳴き声を立てている。

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2004年10月26日

神無月二十六日に詠める歌

夜更けにも電車は待てりそれぞれのプラットフォームで灯りともして

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Platform0410

夕べは方々を廻って、帰りがすっかり遅くなってしまった。上野駅常磐線のプラットフォームで待つ電車は、それでも遅い帰宅の人でかなり混み合っていた。

多分、満員で座れないと思っていても、階段を駆け下りて一刻も早く空席を確保したいという人もいる。一方では、どうせ座れないものと、悠々と歩く人もいる。人それぞれである。それをカメラにおさめる私のようなものまでいる。

構内アナウンスでは、上越線方面は地震のため、越後湯沢より先には行けないと繰り返し放送している。復旧はいつになるのだろう。帰宅に使う路線が何事もなく動いて、ごく普通に日常の暮らしができることが、ありがたいことだと思われる。

一方で寒空に震えながら避難している人のことを思うと、何もしてあげられないことが悲しい。

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2004年10月25日

神無月二十五日に詠める歌

何事もなきが如くに鈍行は急行電車をやり過ごすのみ

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Station0410

今日は朝早くに出発して、横浜市緑区の会社を訪問した。茨城、千葉、東京、神奈川と、1都 3県の移動である。

大手町で半蔵門線にと乗り換えてからは、田園都市線に直通の電車に延々と乗る。途中駅で急行電車の待ち合わせをしている時は、座席に座っているのにも飽きて、ホームに出たくなっってしまった。

朝はとてもいい天気だった。青空の下に、鳥が羽を広げたようなホームの屋根が光る。何か、非日常的な光景だ。

鈍行はのんびりと、何事もないように急行電車の行き過ぎるのを待っている。

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2004年10月24日

神無月二十四日に詠める歌

この空の彼方でなゐに眠られぬ夜を過ごせし人もありとは

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Bluesky0410

昨日の地震は想像以上の被害になっているようだ。

本宅のコラムで、月の引力は潮の干満を引き起こすだけでなく、地震を起こす 「最後のひと押しになるらしいと書いたとたん、この大地震が来たというのも、なんだか悲しい。そして、地震の起きた時刻が、新潟地方の干潮時刻とぴったり重なる17時56分だったというのも、驚きだ

私は東京オリンピックの年に新潟地震に遭って、ちょっとトラウマ気味だった頃もあるような気がするので、地震にはかなり特別な思いがある。被災地の方々は本当に気の毒である。

今、所用で古河に向かっているが、こちらの天気はすがすがしい秋晴れである。この秋晴れの彼方に、地震で途方にくれた人がいると思うと、心が傷む。速やかに復旧作業が進むことを祈る。

(なゐ: 「地震」 の古語)

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2004年10月23日

神無月二十三日に詠める歌

くつきりと影の際だつ朝なればサニーサイドをそぞろ歩かむ

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Shadow0410

夕べはとても暖かい夜で、分厚い羽毛布団をとって夏用の薄い布団に変えたほどだ。

夜が明けてみると、久しぶりのすっきりした朝で、アスファルトの上にくっきりと家並みや電柱の影が際だっている。こんなにめりはりの効いた光をみるのは久しぶりだ。

夏の暑いときは日陰を選んで歩いていたが、秋が深まると日向を歩くのが心地よい。太陽の光が体の中まで浸透して、凝り固まった筋肉や骨格まで解きほぐしてくれるような気がする。

とはいえ、今日は昼前から会議で、屋内に閉じこもることになる。今のうちだ。

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2004年10月22日

神無月二十二日に詠める歌

幾重にも重なる雲の隙間より人よ悟れと光射し来る

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Ray

台風が過ぎてからも、あまりすっきりとした晴天にはなっていない。

今朝も雲が厚かったが、ところどころの切れ間から、まぶしい日の光が射すようになった。雲一つない青空もいいが、こうした雲の隙間からもれる光も、神々しい。

悟りというものは、雲の隙間から垣間見られる青空のようなものだと聞いたことがある。一杯に広がる青空では、とらえどころのないものが、雲の隙間というフレームを通じて焦点を合わせることができるのかもしれない。

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2004年10月21日

神無月二十一日に詠める歌

夜半に去る野分の里に残せしは車の後の水しぶきなり

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Flood0410

台風 23号が通り過ぎた。どうも、我が家のある筑波を直撃したようだ。

風はこないだの 22号ほどではなかったが、雨はかなり長い間強く降り続いたので、被害は大きかったようだ。

夜明け前から近くの県道で車の往来が始まったが、車の走る普通の音ではなく、バシャバシャいう音が響いていた。朝、末娘を駅まで送る途中も、あちこちの道路で冠水が残っていた。夕べの 9時頃だったら、多分通れなかっただろう。

稲刈りの終わった田んぼは貴重な遊水池となったが、その田んぼからもあふれ出した水が道路を覆っているところがある。そこを通ると、そろそろと通ったつもりでもかなりの水しぶきが上がる。

前回もそうだったが、なかなか台風一過の青空にならない。24号は、もう来ないでもらいたいものだ。

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2004年10月20日

神無月二十日に詠める歌

十個目の台風上陸せし日にも薔薇は咲きたり雨粒弾き

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Rose20410

1時過ぎに台風23号が土佐清水市付近に上陸したらしい。

これで今年の台風上陸は 10個目。これまでの記録が 6個だというから、スレスレの記録更新ではなく一挙に上積みしてしまった。まるでイチローの大リーグ記録みたいだ。

一昨日まで蕾だった薔薇が見事に咲いた。昨日からの雨の水滴をきれいに弾いて咲いている。台風が来る前に咲いてしまおうとしたようだ。

摘んでしまわず、枯れるまで残しておこう。

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2004年10月19日

神無月十九日に詠める歌

千歳飴放りて鳩と戯るる人形ありて七五三近し

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7530410

今日ある会社を訪問。この会社は階段の踊り場にいつも季節感のある小さな花や人形などを飾っているのだが、今日は七五三の飾り付けだった。

女の子が千歳飴の袋をそばにおいて、白鳩と戯れている図である。

七五三自体は11月の行事だが、そろそろということで、もう飾りつけをしているのだろう。次に訪問するのが楽しみだ。

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2004年10月18日

神無月十八日に詠める歌

この年の最後の薔薇の一日も早く咲かむと陽を求めをり

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Rose0410

この和歌ログでも何度か取り上げた我が家の隣の空き地に生える薔薇が、ついに今年最後の花となるらしい蕾を膨らませている。

昨日までは本当に小さな蕾だったが、今朝は思いがけなく膨らんでいた。だんだんと弱くなる秋の日差しを少しでも浴びようと、首を伸ばすようにしている。

朝晩はかなり冷え込むようになり、秋の深まりを感じさせる。また冬が来る。

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2004年10月17日

神無月十七日に詠める歌

朝の陽はじわりじわりと出で来てはぐいぐいとこそ昇りゆくなれ

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Dawn0410_20210629202801

今朝は早朝に起きて出かける用事があったので、久し振りに日の昇るのを見た。

夏の間はけっこう早起きしていたのだが、日の出も早すぎて、気付いた頃にはもう日が高くなっていたのである。今日は空も晴れ渡っていたので、絶好の日の出見物ができた。

日の出と日の入りは、太陽がとても大きく見えるが、写真に撮ってみると、それほど大きいわけではないとわかる。それでも、やはり特別な感じがするのである。

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2004年10月16日

神無月十六日に詠める歌

琺瑯の欠けて黒ずむ跡あれど古き湯沸かし捨つる能はず

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Pot0410

今日も一日パソコンに向かって仕事をしているうちに日が暮れてしまった。秋になると、一日が早い。

妻は本当に物を捨てない。玄関の棚の上に琺瑯のはげかかった白い湯沸かしポットがある。

妻が独身時代から使っていたもので、新婚時代にはコーヒーを入れるのに重宝していた。いつのまにか琺瑯がところどころはがれ、内側にも錆がういてきたので、使わなくなってしまったが、捨てるのも憚られ、いつまでも棚の上にある。

今では実用品ではなく、記念碑的なオブジェになっている。

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2004年10月15日

神無月十五日に詠める歌

ひさかたの光に映ゆる筑波嶺は自らの生む雲に消え行く

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Tsukuba0410

朝から久しぶりのいい天気である。

娘を車で駅まで送った帰り、筑波山がきれいに見え、反対側には富士山もぼんやりながら眺められた。空気のきれいだった昔は、ちょっと晴れて風さえ吹けば富士も筑波も見えたのだろう。

それからいくらも経たないうちに帰宅して踊り場の窓から眺めると、もう筑波山は雲に隠れてしまっていた。長雨の後だけに、ちょっと日が照ると雲が立ってしまう。

そういえば、写真を改めて見ると、下の方には既に靄がかかっている。

今日も午後から商談で外出。

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2004年10月14日

神無月十四日に詠める歌

歌詠みを忘れ日暮れとなりぬれば我を迎えるリトグラフあり

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Lg0410

今日は一日外を駆け回り、歌を詠む余裕もなかった。

いつもはデジカメであちこちを適当に撮っておいて、あとでそれを見ながら、そのインスピレーションで歌を詠むことが多いのだが、今日は撮影すらできなかった。

日が暮れて我が家に戻ると、玄関先でリトグラフが私を迎えた。ジャスパー・ジョーンズの作品で、20年も前にニューヨークの MOMA で買ってきたものである。

当時は円高がどんどん進行していた時代で、多分、1ドルが 150円ぐらいの時期だと思うが、とてつもなくお買い得のような気がして買って帰ったのであった。

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2004年10月13日

神無月十三日に詠める歌

黒雲は空の半ばで途切れをり雨の途切れる時も見えつつ

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Cloud0410

朝から雨が降っていたが、午後からは上がるという。

昼一番に新宿で仕事の打ち合わせがあったが、その前に晴れてしまった。それでも、空は厚い雲に覆われている。

近頃は前日と当日の天気予報が同じということがない。コロコロと変わる。なかなか気象予報官泣かせの天気のようだ。

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2004年10月12日

神無月十二日に詠める歌

をちこちの柿は野分に耐へてこそあの赤きにぞ染まり始むる

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Kaki0410

今日も関東は朝から小雨。夕方からは強く降ると言っている。

近所では庭に柿の木を植えている家が多い。品種によるのだろうか、先日までは色が青かったり赤みがかったりしていたが、台風を境にどの柿もだんだんと色づいてきた。

台風でも落ちなかったのに、大して風の強くない日でも、道路にいくつか落ちていて、車のタイヤで潰してしまうこともある。残るべき実が残るということなのだろうか。

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2004年10月11日

神無月十一日に詠める歌

蛙鳴き台風一過の青空もなけれど川面は低くなりゆく

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River20410

台風一過の青空というのは付き物だと思っていたが、今回の 22号にはそれがない。

思えば、一昨日の夜、台風が通り過ぎた後に雲間からのぞいた星が、「台風一過」 だったのか。

近所の幼稚園の運動会は 3連休の初日の予定だったが、 2日も延びて、それでも雨が降るので、また今日も中止になったそうだ。3日間にわたる予定をやりくりした家庭は、気の毒なことである。

裏の小川の水はようやく少しずつ引き始めた。最近、近所に大規模な遊水池が完成したので、今回は洪水被害はなかった。遊水池の有効性が確認されたわけだ。ありがたいことである。

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2004年10月10日

神無月十日に詠める歌

折るるべき枝にしあれば折りしこそ恵みなるらめ野分過ぎたり

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Tree0410

昨日の台風 22号で、庭に面したベランダの柱が倒れ、屋根が垂れ下がってしまった。

余りの強風にベランダの屋根が浮き上がり、柱が外れて、なぎ倒されてしまったようだ。

急遽ホームセンターで台になる石を買ってきて、折れて短くなった柱の下に置き、持ち上げた屋根の下に柱をあてがった。なんとか、しばらくは持ちそうだ。

買い物の行き帰り、小貝側の土手を通ると、河川敷の木の枝があちこちで折れていた。折れた枝は、川幅の広がった水の中に落ちてしまっている。

崩れかけていた斜面、折れかけていた枝など、不安定になっていたものを崩して、新たな安定をもたらしたと考えれば、亡くなった方、被害を受けた方は大変お気の毒ではあるが、台風も自然の必然の中の一つの働きである。

今回のベランダの柱の件は、柱の根元が腐っていたのが元々の原因である。放っておいたら、ある日突然、下に家人のいるときに崩れて、怪我をしたかもしれない。そう考えれば、これも自然の恵みである。

夕べは一時的に雲が切れて星が見えたが、夜が明けてみると曇り空だ。台風一過の晴天は明日まで待たなければならないようだ。

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2004年10月 9日

神無月九日に詠める歌

川岸に投げ捨てられし空き缶の思いがけなき速さで流る

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River0410

昨夜からかなり強い風雨だったが、朝の10時を過ぎたあたりから少し落ち着いている。

しかし、夕方前から台風本体の風雨が本格化するという話だから、気は休まらない。

何しろ、我が家の裏には小川が流れていて、これが普段はおとなしいのだが、大雨が降ると周囲に水があふれ出して、洪水を引き起こす。20年近く前には、床下浸水にまでなって、避難したこともあるほどだ。

小川の水量は刻々と増えつつあって、川岸に捨てられていた空き缶など、いろいろな物が流れている。台風の被害が大きくならないように祈るばかりである。

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2004年10月 8日

神無月八日に詠める歌

ベイエリアの彼方に台風ありといふ野を分くるより海を分けつつ

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Bay0410

今日は業界のコンベンションで有明の会場に来ている。

予報では曇りのち雨ということだったが、昼の大分前から小雨が降り始めた。台風 22号が南の海上にあって、関東に向かっているらしい。明日あたりが要注意だと言う。

今日はまだ海も穏やかだが、だんだんと荒れ模様になるのだろう。つくばの里は、地震の後は台風に備えなければならないわけだ。

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2004年10月 7日

神無月七日に詠める歌

早出しの青き蜜柑はいつまでも手つかずにあり食卓の上

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Orange0410

この秋一番の蜜柑が、食卓の上に登場した。

まだ青みの残った蜜柑である。食べてみると、水分が少なく、甘みもなければ酸っぱさもない。まだまだ旬ではないのだろう。

誰も手を付けないので、テーブルの上にオブジェのように残されたままだ。オブジェとしてみれば、それなりに美しくないこともない。

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2004年10月 6日

神無月六日に詠める歌

かの草に罪はなけれど少しばかり憎らしセイタカアワダチソウ

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Seitaka0410

三日半ぶりの晴天になった。我が家の裏を流れる小川が、久しぶりに空の色を映している。

先日の雑草除去で刈り残してしまったらしいセイタカアワダチソウが見る間に伸びて、今年も目立ち始めた。

この草に非はないが、なぜか憎らしげに思われてしまう。別にこの草のアレルギーでもないので、それほどまでに嫌う必要はないのだが、てっぺんがちょっと毒々しい黄色で、固まって我が物顔に咲くところが、あまり可愛くない。

バブルの地上げブームの頃は、金網に囲まれた都心の空き地にまで生えていた。あの時の悪印象が続いているのかもしれない。

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2004年10月 5日

神無月五日に詠める歌

予報では雷の鳴る夕べらしやり過ごしてぞ家に帰らむ

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Rain20410

朝からかなりの雨。今日は朝から都内 3か所にアポイントがある。

いくら晴れ男とはいえ、こんな日もある。近頃なんだか喉のあたりがいがらっぽかったのが、このお湿りで治ったようだから、良しとしよう。

上野駅の正面に、屋根にたまった雨水をまとめて流す口がある。ずいぶん派手にどんどん流れていた。本格的な雨である。夕刻には雷が鳴るとの予報もある。

今日は夜遅くまで都内。雷をやり過ごしてから帰宅することになりそうだ。

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2004年10月 4日

神無月四日に詠める歌

この秋はコスモスもなき休耕田ただ映りゐる低き雨雲

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Kyukoden0410

 

一昨日の夜からずっと雨が続いている。雨は雨でいいものだ。

近所の休耕田は、ずっとコスモスやひまわりを栽培していたのだが、今年は何も植えていない。先日トラクターが入ってきれいに耕していたので、何かを作るのかと思っていたが、また雑草が少し生えてきた。

降り続いた雨がたまって、雨粒の波紋が広がっている。低くたれこめた雲と周囲の生け垣のみを映し、宇宙 (コスモス) にまで広がる空は映らない。

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2004年10月 3日

神無月三日に詠める歌

吹き渡る風に柿の実揺れゐたり三日晴れれば三日降るらむ

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Rain0410

今日も水戸方面に所用あり。早朝に家を出ると、かなりの雨が降っていた。

カーラジオで聞くと都心方面はどんよりとしている程度らしいが、北関東は雨なのか。

出掛けに、近所の庭から枝のはみ出た柿の木から、実がいくつか道に落ちていた。そのうちの一個か二個をタイヤで踏んで潰してしまったようだ。心苦しいことである。

明後日まで振るらしい。

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2004年10月 2日

神無月二日に詠める歌

光る穂に尾花は尾花らしくなり風渡り水流れ行く朝

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Susuki0410

朝から晴天。明け方はとても涼しくなった。

所要で今日と明日は一日中、水戸方面に出かけることになる。

途中の川原でみかけたススキは、穂が朝日に光って、とてもススキなしくなっていた。秋は深まっていく。

水面に浮かんだ草が止まらずに流れゆく。風が渡り、水の流れることの大切さを感じる。淀んではならない。

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2004年10月 1日

神無月一日に詠める歌

一群れの花越しにみる光景は別の宇宙 (コスモス) 経て見ゆるらむ

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Cosmos0410

今日から神無月である。コスモスが風に揺れる季節になった。

私は幼い頃からコスモスには不思議な感覚を抱いている。コスモスの花越しに見る光景は、いつも見ている光景とは別のもののような気がするのだ。

それは、「宇宙 (Cosmos)」 という名前の如く、異次元の空間を経て見えるもののような印象を受けるのである。

折角の秋晴れだが、今日も一日デスクワークである。

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