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2005年3月31日

弥生三十一日に詠める歌

土手際に忘れ去られし組み紐の犬のおもちゃの主を待ちをり

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今朝からようやく春らしい陽気になった。青空の下で鳥たちのなく声がひときわにぎやかに聞こえる。

我が家の裏の土手際に、なにやら怪しいモノが捨てられてあると思ったら、組み紐で編んである犬のおもちゃだった。両端を太くして、まるで動物の大腿骨のような形にしてある。

多分、昨日ここでひとしきり遊んだ犬が飽きてしまって放り出したのだろう。しかし、今日になってまた遊びたくなって、探し回っているかもしれない。

またここに散歩に来るだろうから、そのまま残しておいてやろう。

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2005年3月30日

弥生三十日に詠める歌

北風の日暮れて凪げば街灯の白き光で深呼吸をす

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今日こそ春らしい一日になるかと思ったが、思いの外北風が強く、肌寒い一日だった。

東京の桜はなかなか咲かないらしい。彼岸を過ぎて冷えてしまったので、戸惑っているのだろうか。

しかし、肌寒いとはいえ、やはり春である。時折、無性に眠くなってしまい、気付いてみるとパソコンの前で居眠りしていたりする。

午後遅くまでデスクワーク、夕刻にホームセンターで、駐車場用の敷石を買う。時間はあっという間に経ち、いつの間にか日が暮れてしまった。日が暮れて風が止んだので、かえって暖かいような気がする。

今日の写真を撮りそびれている間に夜になってしまったので、街灯を取るぐらいしか手がなかったのである。

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2005年3月29日

弥生二十九日に詠める歌

声のみの雲雀を見んと凝らす目に映れる点のひたすらに揺らぐ

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昨日の天気予報では、うららかな春の日になるということだったのだが、雲が厚くなってきた。

土手の道を歩くと、小川の向こうから雲雀のせわしなく鳴く声が聞こえる。目を凝らして探してみると、小さな点のような雲雀がひたすらに羽を動かしているのが見える。

少しでも羽を休めたら落下してしまうので、必死にもがきながら空中を上昇しているように見える。鳴くか昇るかのどちらかに集中したらいいのにと思うが、あの鳴き声は、必死のあまり自然にもれるかけ声なのかもしれない。

あまり小さすぎて写真には写りそうにないが、一応そのあたりを撮影しておいた。この写真の真ん中あたりにいるはずなのである。

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2005年3月28日

弥生二十八日に詠める歌

雨降りの一日家に籠もりをり桜咲くとの声も聞こへず

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朝から雨。暖かくなったり寒くなったりの繰り返しで、身体の対応が忙しい。

今日は家人は皆出かけてしまい、一人で家に籠もって仕事である。お茶もコーヒーもすべて自分でまかなっている。

ふと気付けば、もう夕方の 5時を過ぎている。それでも、外は十分に明るい。

そういえば、東京の桜の開花予想は 3月 27日だったはずだが、まだ咲いたとは聞いていない。この雨が過ぎたらいっぺんに咲き出すのかも知れない。

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2005年3月27日

弥生二十七日に詠める歌

町内の自治会役員の順番のはや回りきて菜の花は咲く

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今日は町内の自治会の総会があった。4月から私も役員を勤めることになる。

回り番で何年に一度かは必ずやらなければならないお役目だ。今回で 4度目だから、この土地に移り住んで長いことになる。

土手を少し下ったところに、菜の花がぽつんと咲いていた。今年はなぜか菜の花が少ない。どうなっているのだろうか。

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2005年3月26日

弥生二十六日に詠める歌

蕾多き高き枝のみ残照を浴びて花にも増せる梅の香

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寝たきりの母の介護をする父の応援に、定期的に酒田に帰郷しており、今月も、今朝から車で酒田に出かける予定だったのだが、途中の山越えが雪で大変らしいということで、延期になった。

晴れ男の私としては、とても珍しいケースである。

関東は晴天だし、酒田もライブカメラで覗いたところ、雪など全然積もっていない。途中の道で雪になっているだけなので、多少無理をすれば行けないこともないと思うのだが、父が 「余計な心配をしたくないから、無理には及ばず」 と言うので、時期をずらすことにしたわけである。

おかげで今日は、思いがけなく溜まった仕事を片づける日になった。5時半を過ぎて外を見ると、まだまだ明るい。梅の枝の高いところに付いている蕾が、夕日を受けてピンク味を増している。

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2005年3月25日

弥生二十五日に詠める歌

春雷の明くる朝 (あした) の綿雲の毛羽立ち流れ出羽は雪てふ

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昨夜から春の嵐である。夜中には多分、雹が降ったのではないかと思う。

夜が明けてみると青空だが、冷たい風が吹き付けて、冬に逆戻りしたような寒さだ。雲がふんわりとまとまりきれずに、毛羽だったような姿で流されている。

実は明日から車で帰郷する予定なのだが、東北の日本海側は今日から雪になるというので、どうしようかと思っている。明日になって雪が弱くなれば、予定通り出かけよう。

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2005年3月24日

弥生二十四日に詠める歌

ふきのとう伸びきりてありその姿ふきのとうにも似ぬほどにまで

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このところ、どんよりとした空模様が続いている。これこそが、春の証拠かも知れない。

梅に気を取られて上ばかり見上げている間に、地面にはふきのとうが顔を出し、既にふきのとうらしくないところまで伸びきってしまっている。

もうすぐ世の中の新年度が始まる。なんだかんだと、慌ただしい時期でもある。足下を見るのを忘れていたようだ。

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2005年3月23日

弥生二十三日に詠める歌

吹く風に水の匂ひの漂ひて息深く吸ふ頃となりけり

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昨日から雨模様。大雨にはならないが、空はどんよりしている。

小貝側の岡堰も、冬の間は水を貯めていなかったが、水門を閉じて段々と水かさが増してきた。田植えが近づいている。

空っ風の乾いた季節から、水の匂いのする季節に移り変わろうとしている。息を深く吸えば胸の中に春が広がる。

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2005年3月22日

弥生二十二日に詠める歌

二階より見下ろす庭の梅の枝二分ほどの花咲きにけるかも

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この季節、私は梅オヤジに化してしまったかのようだ。

朝起きて、二階の寝室の窓を開けたら、昨日の暖かさのおかげか、ようやく咲いた我が家の梅が、順調に花の数を増やし続けている。これで二分咲きといったところか。

「梅一輪一輪ごとの暖かさ」 の句の通り、今日は雨が降ったが、それほど冷え込みはしなかった。今週は忙しい。視界の端に梅を見ながら、仕事に励もう。

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2005年3月21日

弥生二十一日に詠める歌

水戸の梅の満開なるを気にもせず順々に咲く我が庭の梅

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昨日は梅の名所、偕楽園で観梅会を楽しんだのだが、一方、我が家の遅咲きの梅は、ようやくちらほらとほころび始めている。

今朝も小さな花がいくつか開き、快晴の空に映えている。蕾の数はいつになく多いので、これからまだまだ楽しめるだろう。

そのうち桜も咲き始めるだろうが、桜の方はほぼ一斉に咲き始めて 1週間ほどしたら散り始めるので、我が家の梅は、多分桜が散ってもまだ大丈夫だろう。

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2005年3月20日

弥生二十日に詠める歌

毎朝の日課か梅の枝々に語りかけつつ歩く人あり

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一昨日ようやく一輪咲いた我が家の梅が、急に満開になったわけではない。これは水戸偕楽園の梅である。

今朝は 「観梅会」 なるものを催した。といっても、酒は抜き。これは、昨年から仲間内で始めた春先の楽しみだ。

偕楽園に早朝から出向き、人混みに埋まらないうちの梅園で、お茶と握り飯の超健全な梅見をし、8時を過ぎて人出が多くなり始めた頃に、さっさと帰って来るのである。せっかくだから、園内のゴミ拾いボランティアを兼ねる。

桜は夜桜もいいが、梅を見るのは早朝に限る。まさに香り立つような趣がある。身体の中がリフレッシュされた気がする。

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2005年3月19日

弥生十九日に詠める歌

国道を砂色に染め吹き渡る 「風の春」 来ぬこの年もまた

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2月は光の春、3月は風の春という。今日は春の風が吹き荒れた。

仕事で茨城の西の端、古河まで出かけたのだが、国道に沿った畑の土が舞い挙げられて、視界を遮るほどだった。

このくらいの風が吹くというのは、多分、冬の空気と春の空気が入れ替わっている頃なのだろう。もうすぐ桜も咲く。

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2005年3月18日

弥生十八日に詠める歌

孵化したるばかりの雛の羽のごと花弁奮わせ梅は咲きたり

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近頃では、和歌ログが梅ログになりかけているほど、我が家の庭の梅の咲くのが待ち遠しかったのだが、今朝、ようやく一輪めが咲いた。

朝方には、卵から孵ったばかりのヒヨコのように花びらもよれよれだったのだが、日が高くなるに連れてだんだんと形が整ってきた。中の黄色のおしべも見えてきた。

これから次々に花を咲かすだろう。ようやく胸のつかえが取れたような気がする。

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2005年3月17日

弥生十七日に詠める歌

十文字に蕾の先は割れるなり内なる梅の色をのぞかせ

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昨日は暖かかったが、今日は雨。といってもさほど冷たい雨ではなく、一日降り続くこともなかった。

毎年、この時期になると、我が家の庭の梅の花の咲くのが、今か今かと待ち遠しい。この和歌ログでも、先月から何度も梅の蕾がだんだんと色づいてくるのを掲載しているが、今日はようやく蕾の先の割れた写真が撮れた。

割れた中にピンクの花びらが見える。やれやれ、本当にもうすぐだ。

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2005年3月16日

弥生十六日に詠める歌

珈琲を啜る人みな椅子の背に上着掛けをり彼岸近づく

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4月中旬の陽気という今日、久しぶりに、一日中都内を廻る。

コーヒーショップで、地下に降りる螺旋階段の上に陣取って、メールをチェックする。1階は禁煙、地下が喫煙席だ。階段の近くでも、あまり煙草の臭いがしないので助かった。

暖かい。周りでは、皆上着を脱いで椅子の背に掛けている。夕方の 5時を過ぎても、外は十分に明るい。彼岸が近づいているのを感じる。

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2005年3月15日

弥生十五日に詠める歌

幼な児の歩みの後に言ひ難き間合いを保ち母は見守る

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ようやく確定申告書類を仕上げて、今朝、税務署に提出してきた。

朝の込まないうちに行こうと思っていたのだが、土浦税務署に向かうつくば学園都市の道が、お約束の年度末工事で大渋滞になっており、遅くなってしまった。それでも、記入は自宅できっちりと仕上げていたので、封筒に入れて提出さえすればいいということで、それほど時間は取られなかった。

帰り道、学園都市にできたショッピングセンターで食事とお茶。久しぶりに、ゆったりとした気分になった。ショッピングセンターには、親子連れが多い。この街は、茨城県内では珍しく年齢構成が若いような気がする。あまり老人の姿をみない。

小さな子供連れの姿を見ると、我が家にもあんな時代があったと思い出される。自分たちのああした姿を思い出すことができるというのは、幸せなことだと思う。

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2005年3月14日

弥生十四日に詠める歌

木は育ち筑波嶺隠しさらに育ち下枝越しに山は現はる

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22年前にここに越してきた頃は、我が家の階段の踊り場の窓から、筑波山が綺麗に見えたはずなのだが、それが見えなくなって久しい。

いつの間にか見えなくなったので、どうしてそうなったのか、あまり気にとめることもなかったが、今日、初めてそのわけがわかった。

我が家と筑波山を結ぶ直線上にあった欅の木が大きく育ち、筑波山を隠していたのだ。天気がよくて見通しのいい日ばかりではないので、ずいぶん長い間、それに気付かなかったのだ。

木が高く育って、枝の広がりの部分が筑波山より上に重なるようになったので、ようやくそれと気付くようになったのだろう。それで、今日のような日は、よく注意してみると木の下枝を通して山の姿が見える。それでも、夏になって葉が生い茂ったら、見えにくくなってしまいそうだ。

22年という月日は、あっという間のようだが、十分に長かったわけだ。

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2005年3月13日

弥生十三日に詠める歌

ぐいぐいと昇る朝日に照らされて梅の香りも立ちのぼりをり

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早朝から所要で水戸方面に向かう。彼岸が近づいて日の出が早くなり、しかも、太陽の活力が違う。顔を出したとたんにぐんぐん勢いよく昇る。

ところが、寒い。暖かくなったり寒くなったりの繰り返しだ。一度暖かさに慣れた身体は、ちょっとした冷え込みでも寒く感じる。これでも、一番寒いときに比べればかなり暖かくなっているのだが、天気予報で 「真冬並みの寒さ」 といわれると、そんな気になってしまう。

途中、梅が綺麗に咲いているところがあった。我が家の梅はまだまだ蕾なのに、茨城県の真ん中より北側で、きちんと咲いている。梅の種類も様々だ。

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2005年3月12日

弥生十二日に詠める歌

咲き揃ふ梅の最中で我が庭の蕾もまさに音立てんとす

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ここ 2〜3日の陽気で、町内の梅のほとんどは咲き揃った。

それでも、我が家の超遅咲きの梅は、まだ蕾のままでがんばっている。段々と色が濃くなってきて、今にも咲きそうなのだが、なかなか咲かない。

梅の花は、咲くときにンと音を立てるという。まだその音を聞いたことはないが、見る間にも 「ポン」 と、はち切れんばかりだ。

今年は蕾の数が多い。いつもの年より綺麗に咲くかもしれない。楽しみに待つとしよう。

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2005年3月11日

弥生十一日に詠める歌

この雨は麦の緑と乾きたる人の心を和らぐる雨

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昼前から雨。麦畑の緑の向こうは、雨に煙っている。

この春雨の中、ホームセンターで消化器を買った。家に 2本合ったのだが、一つは 22年前、もう一つも 12年前のもので、使い物にならなくなっていたので、妻に頼まれて急いで買ってきた。

先日の近所の火事は、その家の長男が両親の留守中に 「むしゃくしゃして」 放火したものだった。一昨日も消防車が何台か出動する騒ぎがあったが、それは焼身自殺だったという。あまり気持ちのいい話ではない。

そんなこともあって、消化器をあわてて買い換えたわけだ。今日の雨が、こうした心のくすぶりを和らげてくれるといいのだが。

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2005年3月10日

弥生十日に詠める歌

花の名のわからざるこそ悲しけれ光を透かす薄き花弁よ

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今月一日に末娘が高校の卒業記念にもらってきた花が、まだ綺麗に咲いている。

いくつかの花瓶に分けて挿してあるのだが、玄関先においたものが一番色鮮やかだ。窓際なので、逆光になり、花びらが透けて見える。

花の名前には、まったく不案内である。大きめの黄色と薄紅色のはバラだと思うが、何しろ典型的な薔薇色ではないので、多分そうだろうと思うだけだ。小さなピンクの花は、何だろう? これがフリージアというものだろうか? まったく自信がない。

植物の名前がすぐに出てくるようだと、俳句もいけるかもしれないのに。

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2005年3月 9日

弥生九日に詠める歌

遅咲きの梅に先立ち紫のローズマリーは静かに咲きぬ

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この 3日間ほど暖かい日が続いて、我が家の遅咲きの梅の蕾はだいぶふくらんできた。

とは言いながらも、毎年桜よりも遅く咲く梅である。もう少しの辛抱のようだ。

そうこうしているうちに、玄関先のローズマリーが紫の花を付けているのに気付いた。梅にばかり気を取られているうちに、こちらの方は静かに咲いていたのだった。

ローズマリーは常緑の低木。無骨な枝に似合わぬ可愛らしいはなを咲かせる。

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2005年3月 8日

弥生八日に詠める歌

漣 (さざなみ) の刻む陰影深くしてビルに映れる夕日は沈む

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有明の行き返りは、普段は 「ゆりかもめ」 を使うのだが、今日は初めて 「水上バス」 というのに乗ってみた。

「バス」 と名付けられてはいるが、要するにフェリーである。有明から日の出埠頭までの東京湾上を、約 20分でつなぐ。

地面よりさらに低い視点から、海と陸地を眺めるというのは、なかなかいい。とくに、小さな波でも海面に深い陰影を刻むのを間近にみられるのは、とても新鮮だ。

ビルに映る夕日が海面にも反射して、まるで日本海側のように、太陽が海に沈むような錯覚も醸し出す。これで 350円という運賃は安い。

日の出埠頭から JR 浜松町駅までの徒歩に時間がかかるので、結局はゆりかもめの方が早いのだろうが、天気のいい日などは、また乗ってみてもいい。

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2005年3月 7日

弥生七日に詠める歌

十年の月日は流れ没したるコンクリートに藻は生えをりき

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夜になって、神戸から帰ってきた。

取材自体は昼過ぎには終わったのだが、せっかく神戸に来たのだからと、メリケン波止場に残る阪神大震災の跡を訪れてみた。今年はあの震災から 10年が経ったわけだ。

街灯がてんでの方向に傾き、岸壁が砕けて半分ほどが水面下になっている。生々しい光景だ。その水面下のコンクリートに、緑の藻が生えているのが見える

地震には数え切れないぐらい遭遇しているが、足元が海中に没するほどの揺れには、幸いなことに遭ったことがない。神戸市はこの未曾有の光景をメモリアル的に保存しているのだ。

日本列島を地震が襲うのは、いわば台風や旱魃などと同じ自然現象である。それだけに、避けられるものではないのだろう。

願わくは、地震が発生しても被害が最小限に止まってもらいたいものだ。

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2005年3月 6日

弥生六日に詠める歌

僅かにも上向きをれる爪先は六甲山のふもとを指すか

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神戸に来ている。明朝早くから取材の仕事に入るため、夕方に着いた。

2週連続で、日曜夜にホテルに入って、月曜の朝から早起き仕事というパターンである。先週は東京都心のホテルだったが。

神戸は久しぶりである。以前に来たのは震災直前だったと思う。

以前に来たときも思ったが、神戸は地面が傾いているような気がする。要するに六甲の山並みが迫っていて、坂道が多いということなのだが、道を歩くとなんだかいつも重心を斜めに感じる。

旅行用の荷物を担いで歩くと、大したことのない爪先上がりでも、それなりの坂道に感じる。

明日は 4時前におきなければならない。早めに休むとしよう。

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2005年3月 5日

弥生五日に詠める歌

家々の屋根の白雪消ゆる日は梅の香りの漂ひ来るらむ

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昨日は夕刻から水戸に出かけ、会議がてら、早朝に偕楽園で観梅会をしようと計画していたのだが、雪のため中止になった。

晴れ男の私としては、本当に珍しいことだ。それも 「雨天中止」 ではなく、「積雪中止」 とは。とはいえ、会議自体は今日の午後からで十分間に合うので、実害はない。観梅は日を改めて実施しよう。

昨日の雪がまだ家々の屋根や田んぼに残っている。関東の雪は、翌日にはたいてい晴れて急速に解けてしまうものだが、今日になっても日射しが弱く、なかなか解けそうにない。

明日になるとまた雪になる可能性もあるという。明日は昼から神戸に出発だが、まあ、影響はないだろう。

月曜日から春の陽気になるというので、楽しみだ。冬支度で出かけて、春の陽気の中を帰ってくることになりそうだ。

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2005年3月 4日

弥生四日に詠める歌

白雪の積もれる朝に焼け焦げし柱は黒く立ちゐるらむか

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昨夜、近所で火事があった。住宅火災だったそうだ。

何台もの消防車のサイレンが聞こえ、間近の空が少し赤く染まっているのが見えた。煙も漂ってきていたようで、木材の燃える臭いがした。

その明くる朝、この雪だ。昔から雪の日には火事が多いような印象がある。焼け出された人は気の毒である。

起きてみたら、外は既に雪国の景色だった。しかし、さすがに関東の雪で、掌で握ればすぐに溶け出す。

関東のニュースでは、「水分をたっぷり含んだ重い雪」 なんて表現を聞くことがあるが、雪は元々水だから、変な言い方である。それに、すぐに解けるようなぼた雪より、みっしりとした雪の方が積もった時にはずっと重い。

ただ、ぼた雪だと傘からさらさらと落ちずにへばりついてしまうので、「重い」 という印象があるのかもしれない。

しかし、昨夜の火事の焼け跡は、余熱でのせいで雪がへばりつくこともなく、黒い焼け跡になっているかもしれない。

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2005年3月 3日

弥生三日に詠める歌

大雪になるとラジオの告ぐる日も梅の蕾は色を増しをり

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先月 20日の和歌ログの画像で紹介した我が家の梅の蕾は、10日ほど経ってもまだこんな具合である。相当な遅咲きだ。

この間にだいぶ膨らんで、色づいた蕾の数も増えてきたが、咲くのはまだ先のようだ。何しろ、今日の夜から雪が降って積もるという。そうなると、ますます咲くのが遅くなる。

この時期は冬と春とのせめぎ合いだ。

日中はいい天気だったが、日が傾いてから、いかにも行きになりそうな空具合になってきた。明日は車で出かけなければならないのだが、大丈夫だろうか。

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2005年3月 2日

弥生二日に詠める歌

やうやくに緑色差す土手に沿ひ探し当てたる菜の花の色

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昨年の 2月の和歌ログを探してみたら、2月 18日にはもう土手に菜の花が咲いていた。

今年は土手を見回しても黄色がない。12月が暖冬で、2月に入ってから寒の戻りが続いたせいだろうか。

少し土手を散歩してみると、やっと小さく咲きかけているのが見つかった。今年の菜の花は背が低くて、花もまだまだ小さい。杉花粉の飛散が本格化するのも、当初の予想よりも遅かったらしい。

今年の春はなんだかのんびりしている。風邪引きも多いし、例年になく春の待ち遠しさがつのる。

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2005年3月 1日

弥生一日に詠める歌

逃げ足の速き二月を旧暦の睦月が追へる風の冷たさ

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今日から 3月。「2月は逃げる」 というが、本当に逃げ足が速い。

しかしながら、旧暦で言えば、今日はまだ睦月の 21日。つまり、1月の下旬に入ったばかりだ。本当の 「如月」 はまだ先にある。

確かにそれらしく、今日の気温は真冬並みだそうだ。朝早くに出かけようとしたら、久しぶりで車のフロントガラスに霜が降りていた。

新暦の逃げる 2月を、旧暦の睦月が追いかけている。

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