葉月六日に詠める歌
夏の朝ものみな止まる白き時とどまり切れぬ心ありけり
===========================
「夢見る短歌」 のあくあさんが、
鶏頭の紅燃ゆる昼下がり総てが静止する凪の刻
と詠んでおられる。
私も夏の景色がすべて止まって見えてしまうという歌をいくつか詠んでいるので、同じ感慨をもつ人がいるのだなあと、少しうれしくなった。
(葉月三日の歌、文月二十九日の歌、文月十八日の歌、文月十日の歌)
だが、この辺りでは鶏頭はまだ目にすることができない。あくあさんは京都にお住まいということだが、彼の地は季節が早めに進行しているのかな。
私も 今月の 11日に京都に行く。日帰り可能な出張なのだが、ちょっとわがままをして、一泊し、翌 12日は、京都を歩いて帰ろうかと思っている。その分、お盆は暇なしになるが。
| 固定リンク
コメント
あくあです。
引用していただき、恐縮しております。
鶏頭は花屋さんの店頭で見かけたので、野に咲いているか定かではありません。私の生活圏は町中なので、軒先の植木鉢の花で季節を感じています。
真夏に時の足止めを感じるのはなぜなのでしょうね。
投稿: あくあ | 2005年8月 6日 13時25分
>鶏頭は花屋さんの店頭で見かけたので、野に咲いているか定かではありません。
そうでしたか。
花屋さんならあるでしょうね。
もの皆止まる感覚が、ますます強調されそうですね。
投稿: tak | 2005年8月 7日 19時11分