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2005年11月30日

霜月三十日の歌

一斉にパワーショベルの音の止む冬の真昼のただ青き空

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30_2

年末進行と年末締めの仕事で、大わらわである。

昨日よりかなり気温が下がっているらしいが、日射しがあるので、南東向きの仕事部屋の中にいる限り、暖かい。空気はカラカラに乾燥しているようだ。

裏の川の拡幅工事は着々と進行しているようだ。

昼休みになると、土木機械が一斉に動きを止めて、ひっそりとしてしまうのが、ちょっと非日常的にな気がする。

こちらがこんなに天気がいいということは、田舎ではもしかして雪かもしれないと思って Goo の天気予報を見たら、案の定、山形県には雪だるまマークが付いていた。

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2005年11月29日

霜月二十九日の歌

青空を吹き始めたる北風にキーボード打つ指は気付きぬ

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昼まではぽかぽかとした小春日和で、仕事部屋の窓を開け放して新鮮な空気を取り入れていたほどだが、昼過ぎから、北風が強くなった。

もっとも、私の仕事部屋は南東二面に窓があるので、しばらく開けたままにしておいても、風は直接には入ってこない。

それでも、なんとなく空気が冷たくなって、キーボードを打つ指先が冷えてきたので、たった今窓を閉じたところだ。

すすきの穂がばらけて、晩秋を感じさせる。強まり始めた筑波おろしに、大きくなびいている。

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2005年11月28日

霜月二十八日の歌

地に落ちし葉も枝々に残る葉もひたに染まりて秋を見送る

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いつの間にか、この辺りの街路樹のイチョウもすっかり黄色になった。葉がどんどん落ちていて、舗道や車道の端は黄色のじゅうたんのようになっている。

風台風の塩害で紅葉/黄葉がおかしくなってしまった去年とは違って、今年は見事だ。

そういえば、街路樹というのはヒートアイランド現象を和らげるのに大きな役割を果たしているそうだ。夏の間、葉の表面から水分を蒸発させることで、かなりの気化熱を奪っているらしい。

一時、落ち葉の掃除が大変だとやらで、葉の繁る枝をどんどん剪定してしまい、太い幹だけにしてしまうのが流行ったが、そんなことをしたら、ヒートアイランド現象が加速されるばかりか、街路樹そのものも元気をなくしてしまう。

掃除した葉は、ゴミ袋に入れて出さなければならないなんていうのも悲しいお話で、堆積しておいて腐葉土にしてしまえば、いい庭土になるのに。

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2005年11月27日

霜月二十七日の歌

みちのくのモノクロームの冬迫る柿の赤さにそれと知らるる

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萌野さんのブログで、柿の実の写真が話題になっている。(参照

真っ赤に熟れた柿の実の写真ということで、ウチのサイトの去年の写真を紹介させていただいたのだが、実は、今年の写真は、ご覧のようにもっとすごい。

どちらも、帰郷した時に撮ったものだ。とてもおいしい田舎蕎麦を食べさせてくれる、上山の原口そば屋さんの近くの柿の木である。

去年の写真がワビサビだとしたら、今年のは満艦飾だ。それほど今年の柿は豊作だったようだ。

東北の柿は、熟す頃になると葉が落ちてしまって、実の赤さだけが目立つ。関東の柿は葉が生い茂っているうちに柿が熟してくるので、かなり様相が違う。

この赤い実の消える頃には、みちのくはこれという色のない冬になる。

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2005年11月26日

霜月二十六日の歌

星も消すイルミネーション輝きて聖夜までまだ二十八日

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さすがに車社会だけに、つくばのショッピングセンターには、広大な駐車場がある。

土曜の夜の駐車場はほとんど満車に近く、ようやく見つけた空きスペースからは、店の建物までかなり歩かなければならない。

その駐車場のどこからでも望めるほどの大きなクリスマスツリーが立った。もっとも、ただ大きいだけで、やや間が抜けたような感がしないでもない。もうすこし工夫があってもいいような気もするのだが、文句を言う筋合いもないから、まあいいだろう。

今日は小春日和だったが、本格的な冬になると、温暖な関東とはいえ、筑波おろしが吹きつけるようになる。

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2005年11月25日

霜月二十五日の歌

クリスマスツリーの示す天上に愛ある如く我にもあるか

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今日はデジカメを持っていくのを忘れたまま、夜まで外出していたので、昨日の写真でご容赦いただきたい。

街はいよいよクリスマス・シーズンの様相を呈してきたが、今日は朝から晩まで商売の話ばかりだった。

舗道に並ぶクリスマスツリーは矢印のように天上を指している。天上に愛が満つるごとくに、自分の心に愛は満ちているだろうか。

寒さがだんだんと増してくる季節は、毎年そんなことを考える。

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2005年11月24日

霜月二十四日の歌

顔見世の昼の部過ぎて見渡せば銀座方面はクリスマス色

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某専門学校で、アパレル業界の IT 化についての特別講義を受け持つ。

九十分の講義を終えて、いろいろの所用を済ませ、歌舞伎座で来月の切符を買った。長女が七之助を見たいというので、五日に一緒に行くことにした。

歌舞伎座に着いた時は、ちょうど顔見世の昼の部が終わったところで、劇場前は出てきた客とこれから入る客で大混雑していた。

私も見たかったが、今月は大忙しで、芝居見物している暇がないのが残念だ。

銀座通りはクリスマス・イルミネーションで飾られているが、歌舞伎座周辺は、さすがにそうした感じはない。

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2005年11月23日

霜月二十三日の歌

クリスマスのイルミネーション未だ点かず今宵寂しき駅前の道

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忙しいときに限って、さらにいろいろな雑用が追い打ちをかけるように湧いてくる。

ようやく一番大きな原稿が片づこうとしていたとき、クライアントの一つから電話が入った。急にインターネットがつながらなくなったので、来て直して欲しいという。

ほぼ 一時間かかって先方に到着。確かにつながらない。しかし、インターネット・オプションの接続設定のチェックマークをちょいちょいと入れ直すだけで、あっけなくつながった。

「これしきのことで呼び出さないでよ」 と言いたくなったが、ハードが壊れてどうしようもなくなったというよりは、ずっと手早く解決できたことを喜ぼうと思ったわけである。

取手駅に帰ってきた時には、日はとっぷりとくれていた。

クリスマス・イルミネーションが灯る前の休日のロータリーは、やや寂しげに見えた。

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2005年11月22日

霜月二十二日に詠める歌

押し迫る時の流れと歌詠みは今日もひねもす浮きつ沈みつ

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複数の原稿の締め切りに追われている。

うららかな秋の日射しは昨日と変わらないが、川の拡幅工事の音が大きくなって、時々地響きが伝わってくる。

あまりにせわしくて、今月に入ってからまともな歌を詠んでいないような気がする。やはり歌詠みにも余裕というものが必要だ。

一日が三十時間ぐらいあると、余裕が出るかとも思うが、そうなったらそうなったで、のんびりする時間が長くなるだけかもしれない。

明日は休日だが、予定が入っており、当分休めそうにない。

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2005年11月21日

霜月二十一日に詠める歌

原稿を急かすが如く甲高く切れ間もなしに百舌は鳴きをり

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うららかな秋の日和だが、原稿の締め切りに追われて、一歩も外に出られない。

川の拡幅工事は順調に進んでいるようだが、今日はあまり地面を揺らすほどの大がかりなことはしていないようで、外の景色のうららかさを際立たせている。

しかし、うららかなばかりではない。モズがひっきりなしにきぃきぃと鳴いているのが聞こえる。

モズが飛んでいった方向からは、スズメやムクドリの群れが一斉に逃げてくる。自然界もなかなか大変だ。

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2005年11月20日

霜月二十日に詠める歌

晩秋の夕焼け色の西空にみちのく越えて寄する黒雲

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寒いのは東北だけかと思っていたら、関東もかなり冷え込んでいる。天気はいいが、風が冷たい。

とはいえ、見事な紅葉の東北と比べれば、関東は並木道のイチョウの葉も、まだ黄色にはなり切っていない。柿の葉もまだまだ残っているし。

夕方、買い物に出かけた。近所のショッピングセンターの屋上駐車場から西の空を見ると、日が沈んでしまってからも、夕焼けが望めた。

しかし、雲は黒く、強風で端の方が毛羽立っているように見える。晩秋と初冬の重なり合う季節である。

今年は冬の訪れが早いように見えるが、この寒波が過ぎ去ってしまえば、いつもの暖冬に戻るかもしれない。まだまだどうなるかわからない。

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2005年11月19日

霜月十九日に詠める歌

原口の太く平たき田舎蕎麦たぐり雪降る峠越えたり

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酒田からの帰路、上山の原口そば屋で、盛りそばを食う。ここは、盛りと大盛りとそばがきしかメニューがないから、注文に迷うことがない。

山形名産の平清水焼きの四角い皿にたっぷりと盛られた盛りそば。蕎麦粉十割 (今の季節、もちろん新蕎麦) の田舎蕎麦だが、やや平たく打ってあるのが特徴だ。

腰が強くしっかりした蕎麦に、出汁の風味の豊かな汁 (この辺では 「タレ」 という) の組み合わせ。喉の奥から鼻に、新そばの香りが心地よく抜ける。

店に着いたのが、午後 2時ごろだったので、客は他に誰もいない。

何しろ、みぞれ交じりの天気である。こんな辺鄙なところまで、来る人は少ない。とにかく辺鄙なのである。他に何にもない土地なのである。それだけに、この店まで蕎麦を食いに来る人は、結構な蕎麦好きなのである。

ここで蕎麦を食ってから米沢を抜け、栗子峠を越えて福島から東北自動車道に乗ったのだが、栗子峠が大変な雪で、路面が完全なシャーベット状態になっていた。かなり気を使って運転したので、下界に降りたときはホッとした。

どうも、仕事での出張でないと、私の晴れ男ぶりは半減してしまうらしい。

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2005年11月18日

霜月十八日に詠める歌

雪雲にはや覆はるる鳥海の広き裾野にその峰を見む

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酒田はもう冬である。外を歩くと、冷たい季節風が吹きつけて、顔が冷たい。

空には雲が立ち込めている。日本海側の冬に特有の、どんよりと暗く、重い雲だ。

その重い雲の下、朝から白鳥が二羽、三羽と編隊を組み、こうこうと鳴きながら飛んでいく。最上川河口から、周辺の田んぼに餌をあさりに行くのである。夕方には、また河口に戻る。

最上川の河口に飛来する白鳥の数は、実は日本最大らしい。それをあまり観光に利用しないのが、酒田市民の奥床しさといえば言えるかもしれない。

白鳥の飛ぶ空の下、鳥海山の中腹までが望まれる。あちこちに雪渓が形を成している。あの雪渓が、これからますます大きくなる。鳥海の気高い峰は、雲の中に立っている。

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2005年11月17日

霜月十七日に詠める歌

晩秋の北の隣に迫り来る冬の証しぞ雪の月山

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朝に筑波の里を発って酒田に来ている。

途中で妻の実家の仙台に寄り、義父の手製の引っ越し祝いを受け取り、それを持って来たわけである。

来月、実家が向かいに建つ新居に引っ越すのだ。

途中の六十里越え月山街道は雪だった。月山直下のあたりの道はシャーベット状の雪が残り、かなり慎重に運転した。

酒田は冷たい雨。今日の気温は最高で8度、最低で 4度だったそうだ。関東と比べれば、完全に冬である。このところ、秋と冬の間を行ったり来たりしている。

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2005年11月16日

霜月十六日に詠める歌

昨日まで草木のありし川堤ただ土塊として崩れ行く

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裏の川の拡幅工事がどんどん進んでいる。対岸の土手を本格的に崩すために、昨日は雑草と木をきれいに払って、土がむき出しになった。

この土手を崩した向こう側に、新しい土手を作るのだが、その土手もだんだんと姿を現し始めている。

土手の土がむき出しになってしまうと、こちら側の家の影がきれいに映る。

昨日まで木が生えていた辺りは、えぐり取られたようになっていて、木の根っこ少し残って顔をのぞかせている。

この辺りは今、景色がどんどん変わりつつある。

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2005年11月15日

霜月十五日に詠める歌

対岸の欅の枝も数へらる清かなる日を風も寿ぐ

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少し風が強まったので、昨日まで続いていた霞みがかった感じは消えて、遠くまでクリアに見える。

すすきの穂が大分ばらけてきて、ふわふわになって風になびいている。風が出ただけに、肌寒い。

テレビでもラジオでも、紀宮様ご成婚のニュースで持ちきりだ。久しぶりで殺伐としたニュースが隅に追いやられて、あまりうんざりしないで済む日である。

そろそろ、街はクリスマスムードに包まれる。今年もだんだん押し迫ってきた。

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2005年11月14日

霜月十四日に詠める歌

霞みたる景色の奥の観覧車一回り分秋進みたり

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仕事上のアポイントを一日間違えていて、あやうく穴を開けるところだった。遅刻したが、泥縄で間に合い、何とかなった。

危ない、危ない。これから気をつけよう。

大急ぎでアポイントの場所に向かう途中、電車の中から撮った写真である。雨は降らないが、遠くの景色が霞んで見える。

春霞とは違い、秋の霧は冷え冷えとしている。

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2005年11月13日

霜月十三日に詠める歌

ごろごろと喉を鳴らして黒猫の我が膝よりも高き体温

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一日中外出していたので、よほど淋しかったのか、帰宅するなり、我が家の黒猫が、にゃあにゅあ鳴きながらじゃれついてきた。

この猫は、頭や背中を撫でられるというより、ぼりぼりとかきむしるようにされるのを喜ぶ。

いつの間にか冬毛が伸びて、心なしか体全体がふんわりとしてきたようだ。膝の上で、生き物の高い体温が、喉をごろごろと鳴らして喜ぶ。

ひとしきりかきむしってやると、満足してベッドカバーの上に丸くなって寝ころんだ。

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2005年11月12日

霜月十二日に詠める歌

赤飯と見立つるわらべなき今もイヌタデとしてひたに咲く花

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昼頃からよく晴れ渡ったが、私は出張帰り以来、疲れが溜まったみたいで、家の外には出ずじまい。夕方に少しうたた寝をして、ようやく体調が戻ったような気がする。

というわけで、今日の写真は先日撮っておいた河原のイヌタデで代用させていただく。

イヌタデは、田んぼの畦道とか土手とか、その辺にいくらでも咲く小さな花だが、色は案外華やかで目立つ。

役に立たないタデということで 「イヌタデ」 の名が付いたらしいが、この辺りでは、昔、ままごとで赤飯に見立てたという。それで、俳句の世界では 「赤のまま」 なんて言ったりする。

近頃の子どもは、ままごとなんてしないようで、ただ 「イヌタデ」 として咲いている。

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2005年11月11日

霜月十一日に詠める歌

をちこちの焚き火の煙夕暮れの梢のにじむ霧となりしか

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昨日夜に帰宅して一息ついたら、体調を崩しかけていることに気付いた。

旅先の盛岡での寒さに、ホテルの室内の暖房効き過ぎが相まって、寝冷えしてしまったらしい。

この季節、体温調節が大変だ。若い頃なら平気だったが、近頃はちょっとダメージが残る時がある。

というわけで、今日は昼近くまで寝て、起きてからぬる湯に一時間以上浸かり、汗を出し切ったら、なんとか体調が戻った。半日以上無駄にしたが、多分、これで OK だと思う。

夕方散歩すると、関東もすっかり秋景色である。

みちのくと違うのは、筑波山が雲に隠れてしまうと、山らしい山が近くに見えないことだ。遠くまでぼんやり霞んでだだっ広く見えるというのは、関東平野独特の景色で、東北あたりの、すぐ近くまで山に迫られた風土では、こうは行かない。

あちこちに剪定した枝や刈草を燃やす焚き火の煙が立ち昇っている。その煙は、木立の高さほどにも昇らないうちに、夕霧との区別がつかなくなる。

明日は天気が崩れるらしいが日曜には持ち直すらしい。近頃、週末が二日とも晴れるということがほとんどない。

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2005年11月10日

霜月十日に詠める歌

天守閣も銅像もなき城跡をただひたすらに染める紅葉

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紅葉が見頃と聞いたので、昼前に岩手公園を訪ねた。美術館めぐりをしたかったのだが、時間の余裕がないので、紅葉見物にしたのである。

正解だった。見事な紅葉である。

岩手公園は盛岡城跡なのだが、石垣ばかりで、城の建物らしきものは何も残っていない。建物がなければ、藩主の像ぐらいはあってもいいものだが、それも見当たらない。

南部四十二代利祥 (としなか) が、二十四歳で日露戦争に戦死し、その功で、功五級金勲章を受けたことの顕彰像があったとのことだが、銅像本体は昭和十九年に軍需資材として供出されてしまい、今では石の台座のみが残っている。

だから、モニュメントとして見るべきものは、歌碑とか 「教育の像」 などで、いわゆる 「城跡」 としての訴求はあまりしていない。

このあたりが、奥床しさというか、おっとりというか、のんびりというか、底の浅い観光誘致に血眼にならないという点で、好ましいところである。個人的印象なのだが、南部の人は平均値としての 「上品度」 が、異常に高い。

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2005年11月 9日

霜月九日に詠める歌

先の月に鮭遡りたる川底に陽は届きをり木枯らし吹けど

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昼過ぎに盛岡に着いて新幹線ホームに降りると、木枯らしが顔に当たって、頬が冷たかった。今日は 12月並みの気温だそうである。道理で寒いわけだ。

午前中は雨が降っていたようだが、午後には止んで、青空が広がった。私が出張で行く先は、大抵そうなる。今回も晴れ男ぶりは相変わらずだった。

盛岡駅にほど近いところに、北上川に中津川と雫石川の合流するところがある。中津川は先月、鮭が遡上してきたばかりだそうだ。

川原に下りてみると、みごとな清流である。川底まで透き通って見える。県庁所在地の駅のすぐそばで、こんなにきれいな川が見られるのは、皆無とは言わないけれど、珍しいのではなかろうか。

日が暮れてホテルに入ったが、赤信号で立ち止まっていても足踏みしたくなるほどの風の冷たさである。

ところが、土地の人は当たり前のような顔をしている。順応力というのはたいしたものだ。明日、関東に帰ったら、暖かく感じるかもしれない。

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2005年11月 8日

霜月八日に詠める歌

進みゆく季節の先を見むとして冬の上着でみちのくに発つ

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夕方の五時を過ぎると、もう真っ暗になる。仕事帰りが、なんとなくもの悲しくなる季節だ。

夏の間は、七時過ぎでもまだ明るかったりするので、どこかに寄り道したくなるが、この季節は、なんとなく真っ直ぐ家に帰ってしまう。

日が暮れると、少しは肌寒い感じがしてきた。季節は確実に進んでいる。明日からはさらに冷え込むという。

明日は盛岡に出張。一泊の予定。二日目は、昼過ぎに地元の美術館を巡って帰りたいと思う。

Goo の天気予報をみたら、明日の盛岡地方は 「曇り一時雨か雪、最高気温 9度」 だという。うわ、いきなり冬だ。晴れ男の私だが、少しぐらいの雪なら、見てみたい気もする。

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2005年11月 7日

霜月七日に詠める歌

暖かき立冬の日の下町の狛犬に子のありたるを知る

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今日は立冬。しかしながら、外を歩いていると、汗ばむような陽気だった。

近頃、十分に暑い立夏と、十分に暖かい立冬が多い。やはり地球は確実に温暖化しているようだ。

知人の日本舞踊の会に、都内に住み始めた長女と二人ででかけた。会場は水天宮の近く。

長女がまだ妻の腹の中にいた頃、水天宮に安産の祈願をしていたことを思い出した。私なりにお礼参りはしていたのだが、改めて、生まれてきた本人と一緒に、二十四年ぶりのお礼参りをすることにした。

今日初めて気が付いたのだが、安産のお宮だけに、阿吽の 「吽」 の方の狛犬さんは、子連れなのであった。

昼食は岩本町 「そば七」 の蕎麦をたぐり、水天宮にお参りし、日本舞踊を見て、下町情緒を堪能した長女は、重盛の 「人形焼き」 を買って帰ったのであった。

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2005年11月 6日

霜月六日に詠める歌

寄り添ひて寝る牛たちも雨音に黒目がちなる目を覚ますらむ

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朝からやや霧が出ていた。霧が晴れれば青空というのが通り相場だが、今日に限っては、ずっと曇り空。

夕方からはついに雨が降り出した。天気予報では、夜中に雨音で目が覚めるほどの降りになるという。

近頃の天気予報は、なかなかレトリックに凝っている。こういうのは、いいなあ。一時間に何十ミリの雨とか言うよりも、感覚的によくわかる。

水戸の近く、よく通りかかる道の側に牧場があって、牛の鳴く声が聞こえる。よく目をこらすと、ホルスタインが寄り添っている。

この牛たちも、今夜の雨音で目を覚ますのだろうか。

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2005年11月 5日

霜月五日に詠める歌

水際の土手の斜面に堪へをりし木々も抉られ消えゆくらむか

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今週の初め頃の週間天気予報では、週末は天気が崩れるはずだったのだが、どうも 1日繰り延べになったようで、今日はうららかな陽気である。

その代わり、日曜と月曜に、多少雨が降るらしい。

川の拡幅工事は続いていて、一日中工事の音が響き、時には地震かと思うような揺れまで伝わってくる。

土手を散歩すると、向こう側の堤の内側に木が生えているところがある。よくもまあ、こんな斜面の水際で育ったものだ。

これらの木も、土手が崩されればなくなってしまうのだろうか。既に根が水に浸かっているものもあり、自分の重みに堪えかねて、倒れかかっているものもある。

このままでは、大雨が降って水量が増え、流れが速くなったら、倒れるときに土手もえぐりとられてしまうだろう。考えてみると、危ないことである。

そろそろ潮時なのかもしれない。よくがんばったねと、声をかけてやろう。

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2005年11月 4日

霜月四日に詠める歌

蒲公英の白き綿毛のいささかも飛ばず秋の日穏やかに過ぐ

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今日も穏やかな日だった。

9日の盛岡出張の切符を購入した。東北新幹線は、仙台以遠は急に本数が減るようで、1時間に 2本しか見当たらない。幸い、まだ満席には遠かったので助かった。

裏の川の拡幅工事はいよいよ佳境に入って、パワーショベルの台数が増えた。土手がどんどん削り取られ、その向こうに新たな土手が築かれつつある。

一方、こちら側の土手は、そんな工事とは関わりなく無風状態のまま。タンポポの綿毛が風に飛ぶこともなく、いつまでもふんわりとしている。

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2005年11月 3日

霜月三日に詠める歌

江戸の代の汗の浸みたる川堤パワーショベルはぐいと崩せり

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文化の日。どこかで野外イベントをやっているらしく、朝から花火の上がる音が聞こえる。

ところで、我が家の裏手を流れる小川の拡幅工事が始まった。向こう側の土手を崩して、その向こうに新たな土手を築いている。

この小川は、江戸時代に治水のために造った人工の川だと聞いている。江戸時代の民衆が人海戦術で掘り、築き上げた土手が、パワーショベル二台で見る間に崩され、その土は新たな土手に運ばれていく。

川幅は二倍になるらしい。これまでずっと 「小川」 と言っていたが、これからは単に 「川」 ということになるかもしれない。

工事は水量の少ない冬の間に行い、来年の三月頃には一応の区切りがつくものとみえる。これまでは、大雨が降ると土手ぎりぎりまで水量が増えることがあり、不安だったが、これからは大分安心になる。

来年の春には、我が家から見える景色が変わっているわけだ。

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2005年11月 2日

霜月二日に詠める歌

ピンスポットの如き不思議の虹見よと娘は我に携帯で告ぐ

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夕暮れにさしかかる前、運動不足解消のため土手の道を散歩していると、携帯電話が鳴った。次女からである。

「お父さん、お父さん、今、太陽の左側の方を見てごらん、不思議な光が見えるから!」

あいにく、そこはだいぶ低くなった太陽の見える位置ではない。少し待たせて家並みの切れるところまで移動する。

UFO でも見えるのかと思ったが、特段かわった景色ではない。

「どれどれ、太陽の左側になんか、別に変わったものは見えないよ」
「左側にずぅっと視線を移動させてみて」
「ずぅっと左側? ・・・・・・おぉ、あれか、ずいぶん小さな虹だね」
「やっぱり、あれって、虹なの? そうだよね、虹だよね」
「虹の原理だね。ところで、それがどうした? あれが天変地異の前触れだとでも?」
「いや、ただ、ちょっときれいだから、知らせてあげた」
「おぉ、それはどうもありがとうよ」

というわけで、せっかくなので写真に撮らせてもらった。ピンスポットで投影したような珍しい虹が、見る間に薄くなっていく。

確かに、消え残るうちに知らせてもらってよかった。

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2005年11月 1日

霜月一日に詠める歌

マンションの南西面と赤松を同じき色に染むる落日

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空が晴れて湿度は低くても、気温が低いので、洗濯物はそれほどパリッと乾かない。秋はどんどん深まりつつある。

夕方、取手方面から帰ってくる途中、夕日がきれいに沈むところだった。高層アパートとアカマツの幹が、赤く染まっている。

雲が少ないので、今夜から明け方にかけては冷えそうだ。明後日は晴れの特異日といわれる文化の日。それを過ぎると、週末はぐずつきそうだという。

春と秋は、周期的に天気が変わるが、なぜか週末に雨が降るという傾向がある。勤め人にはありがたいが、週末に行楽に出かけたい人には迷惑だろう。

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