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2005年12月31日

平成十七年大晦日の歌

軽々とした命なり藁屑の川面に浮くに休む鶺鴒 

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いよいよ大晦日。相変わらず関東は天気がいい。週間天気予報では元旦は崩れるといわれていたが、どうやら持ちこたえそうだ。

土手を散歩すると、川の水に浮いたわらくずに、セキレイ(だと思うのだが、確信はない) が止まっている。

小鳥というのは実に軽いものだと驚く。考えてみれば、人間がいかだの上に乗っているようなものなのだろうが、何しろ、わらくずである。あの軽さだからこそ、空も飛べるのだろう。

命を軽々しく扱う風潮が取りざたされるが、あのような軽さ、軽快さなら、うらやましい気もする。

ところで、二年連続の毎日更新を達成した。和歌ログを始めてから、一日も欠かさず歌を詠めたのは、幸いである。来年もこのペースで行きたいと思う。

それでは、良いお年を。

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2005年12月30日

師走三十日の歌

世の中の大がかりなる音止みて日溜まりにゐる年の瀬の猫

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昨日あたりまでの強風がおさまって、今日は小春日和である。

年末年始ということで、川の拡幅工事も一休みで、ブルドーザーや行き交うダンプトラックの音もなく、静かな年の瀬だ。

我が家の黒猫が、土手ので日向ぼっこをしている。二階の窓から呼ぶと、こちらを振り向いたが、またすぐに向こうを向いて日を浴びている。

この写真は、デジカメの光学三倍ズームで撮ったものをさらにフレーミングしたので、ちょっと粗い感じがする。

風が収まったので、故郷の酒田も少しは吹雪から解放されたのかと思ったが、日本海の低気圧が発達しているので、今夜から明日にかけて、また暴風雪だそうだ。こんなことは何十年ぶりかだ。

寒波が息切れするのを待つばかりである。

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2005年12月29日

師走二十九日の歌

ブラックとカラーのインクのカートリッジ余分に備へ賀状印刷

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平成十七年もいよいよ押し迫ってしまった。忙しくて書く暇がなかったのだが、ようやく年賀状を買ってきて、印刷作業にとりかかった。

今年の年賀状は枚数がとても少ない。喪中の知らせがかなり多く来ているからだ。

親が亡くなったという知らせが多い。我々の世代の親は、そろそろ八十歳前後になったので、いつ亡くなってもおかしくない。ついにそんな年代になったということだ。

ところで、自分の手で年賀状の宛名書きをしなくなって、多分、二十年ぐらいになる。初めのうちは、ワープロ専用機 「OASYS」 で宛名だけを自動印刷し、文面の方は 「プリントごっこ」 で印刷していたように思う。

文面まで画像入りで印刷し始めたのは、Windows 3.1 のパソコンを購入した平成六年からのようだ。ということは、葉書の裏表をパソコンで印刷するようになってから、既に十一年である。

コンピュータの話で十一年前からといえば、もう 「ずっと前から」 と言っているのと同じである。そういえば、和歌ログも 「ずっと前から」 続けているような気がしているが、まだ三年目に入ったばかりなのだ。

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2005年12月28日

師走二十八日の歌

皮のみとなりたる柿の枝にありついばみをりし鳥はいづこに

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相変わらず青空と強風の関東である。ということは、庄内の地は相変わらず雪模様なのだろう。

この頃、庄内 Cam で酒田のリアルタイム映像を見るのが日課になってしまった。いつ見ても白い景色である。天気予報のページを見ると、一日中氷点下のようだ。

昨日、妹が酒田から長距離バスで仙台まで行き、そこから東北新幹線で東京に辿り着いたようだ。途中の峠越えでは、ガードレールより高い積雪の上を走り、窓の真下に川が流れるのを見て、ヒヤヒヤしたらしい。

翻って、筑波の里は日が輝いている。

近所の柿の木にはまだ赤い実が付いているように見えるが、近寄ってみると、皮ばかりだ。中の果肉は、鳥たちについばまれてがらんどうである。がらんどうになっているだけでなく、既に萎んで唐辛子みたいになっているのもある。

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2005年12月27日

師走二十七日の歌

地吹雪の白き哀しみ忍ぶ人ありて筑波のただ蒼き空

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今日も筑波の空は青い。風が強く、空気が澄んでいるので、筑波山の山襞まではっきりと見える。

だが、あの山の彼方には雪の世界がある。

たった今 (午後 4時過ぎ) も、庄内 Cam グループ さんのおかげで、酒田のライブ写真を確認できたところだ。どうやら吹雪は収まっているようだが、道路は雪に覆われているのがわかる。

羽越線の特急事故では、新たな行方不明者のいる可能性が高まり、捜索作業が再開されたという。暴風雪の中、大変な作業だ。

特筆すべきは、テレビのニュースで見ると、事故で怪我を負った人、亡くなった方の遺族、皆、不運な事故の被害者とは思われないほど、穏やかなのである。

昨夜、次女に 「気付いてるか?」 と聞くと、「うん、わかる。みんなとても静かなんだよね。土地柄なのかなあ」 と答えた。今年四月の尼崎の事故の時とは、様相が違う。

東北の日本海側や新潟の人は、ただ、悲しみを堪え忍ぶばかりである。決して食ってかかるようなことはない。このことは、中越地震の時にも感じたことだ。

私には同じ地域の血が流れているので、こうした穏やかに耐える姿をみると、より一層悲しみが伝わってくる。

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2005年12月26日

師走二十六日の歌

今日の風に雪加はれる猛吹雪庄内の地はそを耐ふるなり

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昨日の夜から山形県庄内町のJR特急脱線転覆のニュースが何度も繰り返されている。「庄内町」 と聞く度に、他人事ではなく、暗い気持ちになってしまう。

関東はこんなにも晴れ渡っているが、風はとても強い。今、この風ばかりでなく、雪までも加えて、猛吹雪として受け止めているのが、庄内の地である。

事故現場は、私の故郷の酒田市のすぐ近く。事故を起こしたのは、特急いなほ 14号。実は私は先日、故郷の酒田からいなほ 8号に乗って新潟まで出て、上越新幹線に乗り継いで帰ってきたばかりである。

この辺りは冬になると、風速 二十メートルぐらいの強風は珍しくも何ともない。特急の車両が浮き上がったように感じたというが、瞬間的にものすごい突風になったのだろう。

私の妹が今日、酒田から東京の自宅に戻る予定だったのだが、鉄道が不通のため、帰れなくなった。駅に何度電話してもつながらず、猛吹雪で外にも出られない状況だという。帰るのはしばらく延期するしかなかろう。

三名が死亡し、先ほど、車内に閉じこめられていた最後の一人が救出されたという知らせが入った。しかし、意識も脈もないという。お気の毒なことである。

亡くなった方のご冥福を祈る。

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2005年12月25日

師走二十五日の歌

長々き時も過ぐれば冬枯れの川も流るる如きものとは

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クリスマス。酒田に電話をしたら、ますます雪が積もったそうだが、こちら、筑波の里は、刈田と枯れすすきの褐色だけが目立つ。空は青空だ。

裏の川の拡幅工事は、三連休でちょっと一服している。工事が完了したら、川幅は約二倍になるという。

大雨の度に道路冠水などの被害が出ていたこの辺りは、川幅の拡張計画が二十年も前からあった。当初は二十年先なんて、永遠の彼方のように思われたが、ついに来年の春には現実になる。

月日の経つのは、思いのほか早いものだ。

川幅が二倍になったら、冬枯れの時期は、川底が見えてしまうぐらいになるだろう。魚たちの住処はどうなるのだろう。

今、周囲で下水工事が進んでいる。下水が普及したら、この川ももう少しきれいになるだろうか。

こんなことを考えているうちに、時は水の流れる如く進んでいく。

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2005年12月24日

師走二十四日の歌

先駆けて聖夜を祝ふ悦びに濁りをささず西へ渡さむ

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今夜はクリスマス・イブ。筑波の地は青空だが、故郷の酒田は、久しぶりのホワイト・クリスマスだ。

もっとも、酒田の雪は吹雪になるので、典型的なホワイト・クリスマスのイメージではないが。

先ほど、庄内 Cam グループさんのライブカメラを覗いてみたら、「新橋 Cam」 さんのは、レンズを保護するガラスに雪がこびり付いてしまったらしく、ホワイトアウトしていて、その後暫くしてまたアクセスしてみたら、ようやくちゃんと雪景色が映っていた。

高いところまで登って、雪を払ってくれたのだろう。雪国はなかなか大変なのである。

さて、我が家のクリスマス・グッズは、子どもたちが大きくなるに連れてどんどん簡素化されてしまったが、二十年以上飾り続けているものに、小さなガラス細工のクリスマス・ツリーがある。

緑色のもみの木状のガラス細工に、いくつかの小さな飾りを吊すというものだ。本来はこのガラス細工自体を、さらに何かに吊すようになっているのだが、我が家ではいつの頃からか、安定性のために、雪に見立てた白粘土で土台を付け足して、テーブルなどに置いて飾っている。

時差の関係で、我々は地球上で他の国に先駆けてクリスマス・イブを迎える。そして、その悦びは徐々に世界に伝わっていく。最初の悦びを混じりけのないものにして、西へ西へとウェーブのように伝えたい。

ところで、今日は、私の本宅サイトにおいてある 「サンタクロースは本当にいる」 というテキストも、ぜひ覗いてみていただきたい。

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2005年12月23日

師走二十三日の歌

清かなる風は渡りてひもろぎの葉の輝ける寿ぎの日よ

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このところ、自分の晴れ男ぶりについて書いたが、私以上の晴れ男は、天皇陛下でいらっしゃる。

ここ何年も、天皇誕生日になると、東京では必ずいい天気になる。皇居の参賀に集まる人たちには、ありがたい限りだろう。

気温自体はそれほど大きな差はなくても、日射しがあって風が弱まるというだけで、こんなにも暖かい感じがする。

一昨日まで吹雪の酒田にいて、ようやく関東に戻ってきた気がする。

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2005年12月22日

師走二十二日の歌

故郷に雪を残して風のみを連れ来たるらむ今朝の寒さよ

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日本海側を襲っていた寒波は、関東にまで伸びてきているようだ。今朝は筑波の里もかなり冷え込んだ。空も曇っていて、昼を過ぎても気温が上がらない。

酒田に雪を残して風だけを連れて来てしまったような気がする。

街を歩くと、クリスマス・ソングが聞こえる。昨日までは雪の中で実家の引越しをしていたので、クリスマスなんてすっかり忘れていた。

まるで、別世界から娑婆に帰ってきたような気がするが、娑婆の太陽も雲の向こうでおぼろに見えるだけだ。

たまった原稿も大急ぎで仕上げなければならない。まさに師走の忙しさだ。

【午後 三時追記】

この大雪による停電の影響で、上越新幹線が新潟と越後湯沢の間で不通になっているという。昨日のうちに帰ってきてよかった。私はよくよくの晴れ男のようだ。

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2005年12月21日

師走二十一日の歌

黒雲の切れ間を映す荒海の水平線は長く伸びたり

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実家の引越しを終えて、今日つくばの里に戻ってきた。

四日がかりの引越しの間も比較的天気に恵まれ、吹雪は大したことがなかったし、今日も寒気の緩む間隙を縫って、列車が遅れることもなく、無事に帰ってこれた。

私の晴れ男ぶりは、お仕事モードだけでなく、プライベートモードでも健在のようで、ありがたいことである。

新潟までは、日本海沿いに南下する。海岸に打ち寄せる波も案外穏やかで、雲の切れ間の青空の色もぼんやりと海面に映っている。

水平線もしっかり見えた。吹雪の日などは、水平線なんかまったく見えないのだが。

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2005年12月20日

師走二十日の歌

引越しの終わりたる夜の雪明り慣れぬ角度で街眺めをり

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実家の引越し、ほぼ四日がかりで終了。

今日は冷蔵庫、洗濯機などの大物家電と電話、そして最後の最後に残った細かなものを新居に移動した。

新居の中は毎晩遅くまで整理していたし、向かいに引越しということなので、段ボール箱に詰め込むこともなかったので、今日の晩御飯まではかなり片付いた。

寝たきりの母は、二日間、介護施設に泊まってもらい、先ほど、新居に帰ってきた。認知症なので、はっきりとはわからないようだが、新居は住み心地がよさそうだ。

気づいたら、外はとっぷりと日が暮れている。雪明かりで、真っ暗にはならない。

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2005年12月19日

師走十九日の歌

雪降らす分厚き雲の切れ間より見る青空のその青さをや

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実家の引越し三日目。今朝も雪の予報だったが、実際には、晴れたり吹雪いたりの一日だった。

ありがたいことに、引越し作業の最中は晴れて、休憩や食事、運び込んだ荷物の整理といったタイミングになると吹雪になってくれる。

午後三時ごろから、妻も着いて合流。酒田駅に迎えに行ったときも、ご覧の通り、晴れてしまった。

特急いなほ号から降り立った妻は、「お天気が良くてよかったわね」 なんて言っていたが、吹雪だったとは知らなかったようだ。

明日は、冷蔵庫などを運び込んで、引越しの最終仕上げになる。

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2005年12月18日

師走十八日の歌

ありがたし屋移りの日の吹雪なる予報は外れ青空の見ゆ

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実家の引越し二日目。今日は手伝いが六人来てくれて、箪笥や食器棚などの大モノを運ぶ予定の日。

前日からの天気予報は 「雪」。しかも、暴風雪警報というおまけつきだから、一日吹雪になると思っていた。

しかし、ありがたいものである。私が晴れ男の上に、父も輪をかけた晴れ男。晴れ男が二人揃うと、吹雪は時々思い出したように吹くだけで、大した雪ではない。

写真のように、時々、青空さえのぞく。

気温だけは低かったが、何とか予定のものは運び終わった。後は、二日かけて小さなものを運び込むだけ。何とかなりそうだ。

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2005年12月17日

師走十七日の歌

押入れや納戸の奥に潜みゐる我が家の歴史発掘の旅

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朝から雪が降ったり止んだり。時々はみぞれ交じりになる。

引越しには最悪の天気。私の 「晴れ男」 は、「お仕事モード」 では絶大な力を発揮するが、「プライベート・モード」 では大したことがないのだろうか。

それでも、引越しの本番は明後日だから、まだ余裕がある。

実家の引越しは、濡れてもかまわないものをちょこちょこと新居に運び込み、後は納戸や押入れの奥にしまいこまれた得体の知れないモノの整理に追われた。

それにしてもまあ、モノがあるある! しかも、同じようなものがいくつもある。

一度納戸の奥にしまいこんでしまうと、「ない」 ということになって、また新たに買い求めてしまい、さらに、新たに買ったものをまた押入れの奥にしまい、またまた同じものを買う。

かくして、引越しのときにあちこちから同じようなものが、次から次に発掘されることになる。

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2005年12月16日

師走十六日の歌

着膨れて頬赤き子ら東京のアクセントにて雪道を行く

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昼過ぎに新潟駅を発って、3時ごろに酒田に着いた。

酒田は結構な積雪である。12月のうちにこんなに雪が積もったのは、近年では珍しい。このまま根雪になるだろうか。あるいは、この寒波が緩んだら一度解けてしまうだろうか。

明日はさらに寒波が強まって、雪が激しくなるらしい。ある意味では、久しぶりに冬らしい冬である。

駅から我が家に向かうと、小学生たちが家路に着いている。雪国の子らしく、暖かそうなコートとズボンで着膨れている。

しかし、姿かたちは雪国の子だが、話している言葉がきれいな共通語である。はっきり言って、茨城の子たちよりずっときれいな言葉遣いだ。

それが、どうにも違和感なのである。

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2005年12月15日

師走十五日の歌

冬の日の思ひがけなき青空に越後の山の襞際立てり

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出張で、昼一番で新潟市に入った。

天気予報であれだけ大雪と言われたら、新潟も雪が降っているだろうと、誰だって思う。

ところが、新幹線で越後湯沢を過ぎるあたりになっても、確かに雪景色ではあるのだがが、空は青空だ。

それどころか、新潟市に降り立ったら、雪なんて少しも積もっていない。ご覧の通り、地元の人もびっくりの上天気だった。

手前の川は阿賀野川。彼方に見えるのは、雪をいただいた五頭山と飯豊連峰である。山の頂上あたりだけが、少しだけ雲に覆われている。

新潟市内は、それほど雪の積もらないところだとは思っていたが、これほどとは思わなかった。我ながら、自分の晴れ男ぶりに笑ってしまうほどだった。

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2005年12月14日

師走十四日の歌

坂東の西北の山越え来たり縁を夕日に燃やす雪雲

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明日は討ち入りの日。とはいえ、以前にも書いたが、元禄十五年十二月十五日は、旧暦でのお話なので、季節感で言えば今の一月中旬から二月頃のことになる。

道理で江戸にも雪が降っていたわけだ。

さて、私は明日から新潟に出張だ。新潟に一泊したら、そのまま郷里の酒田に行き、実家の引っ越しにかかる。

関東も寒い一日だった。ただ、寒いとはいえ、風の通らない日溜まりにいれば、そこそこに暖かい。これが日本海側との大きな違いだ。日本海側の冬には、日溜まりという文字はない。

関東の空をみても、真上は晴れ渡っているが、西と北の方角には、見事な雪雲の片鱗が見える。夕方になると、紅に染まる空と、雲のエッジのコントラストが際立つ。

明日は、あの雲の下に行く。

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2005年12月13日

師走十三日の歌

柿の実の赤きを冬の蒼天に溶かし込むごと鳥は啄ばむ

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取手駅西口ロータリーの木立にねぐらを作っているムクドリたちは、まだ居座っている。

我が家の近くの農家の屋敷林に集まっていた連中は影を潜めたが、もしかしたらこちらに戻ってきてしまったのだろうか。

駅付近は、夕方近くになると、キイキイとけたたましい声でねぐらに戻ってくるムクドリの影で埋め尽くされる。

付近の柿の木にも、何羽も集まってきている。葉を落として赤さが際立つ柿の実を、冬空の中に消しこんでしまうように、盛んに啄ばんでいる。

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2005年12月12日

師走十二日の歌

真ん丸く猫眠りをり百舌鳥の鳴く窓の向かうを別世界とし

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天気予報では今日までは曇り空のはずだったが、うらうらかな小春日和になってしまった。

窓の外ではモズがひっきりなしに甲高く鋭い声で鳴いているが、内側では我が家の黒猫がのんびりと昼寝している。

それにしても、猫の体というのは柔軟なものである。文字通りまぁるくなって、体温の発散を最小限に防いでいる。

ガラス窓一枚隔てた内と外は、別世界である。

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2005年12月11日

師走十一日の歌

坂東の冬の家路を日の暮るる速さで辿るヘッドライトよ

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昨日までの冬晴れとはうって変わり、荒涼とした感じがするまでの曇り空の一日が暮れかかっている。

気温もかなり低かった。風が弱かったので、それほど身震いするほどでもなかったが、感覚的にはほとんど真冬である。

今週前半にできるだけ仕事を進めておいて、15日には新潟に出張だ。週間天気予報をみると、新潟の 15、16日は、曇り時々雨か雪ということだ。

同じ降るなら、雨より雪の方がいい。北国の雪は、サラサラしているから傘をさす必要がない。

関東は、明日まで曇りで、それから先はまた冬晴れが続くらしい。

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2005年12月10日

師走十日の歌

陸橋の坂越しに見る冬の陽の沈み行くなり午後三時半

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相変わらず冬晴れ。向こう二週間ほどは寒さが続くそうだ。関東の寒さなんてたかが知れているとは言っても、やはり明け方は冷え込む。

我が家の駐車場は日陰にあるので、フロントウィンドウに降りた霜は、なかなか解けない。

以前、駐車場は鉄骨の屋根つきだったので、ウィンドウに霜が降りることはなかった。しかし、何年か前の大雪の重さに耐えかねて、あえなくつぶれてしまった。ぽっきりと折れた鉄骨の柱を見ると、内部がぼろぼろに錆びてしまっていた。

それ以後、新たな屋根をつけようかどうか迷っているうちに、我が家の車の数が増えてしまって、新たな柱を立てる余裕がなくなり、ずっとそのままになっている。

冬至が間近だから、日がとても短い。午後三時半の陸橋の上から望む日は、既に沈みかけているように見える。

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2005年12月 9日

師走九日の歌

はかなくも 「我」 と呼ぶべきドメインを越えて一羽の鵜は飛び去りぬ

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朝一番でメールチェックをしようとしてパソコンを立ち上げたところ、インターネットに接続できない。

そう言えば、NTT 東日本から ADSL 回線メンテナンスの知らせが来ていたなと思い出し、先月末のメールを探すと、今日の 「2:00-6:00 の時間帯」 にメンテナンス工事をするので、不通になることがあると書いてある。

夜中から早朝までの工事が、長引いてまだ終わっていないのだと思い、ノートパソコンの PHS 接続でメールを読んだが、接続速度が遅くてイライラする。仕事にも差し支える。

接続不可能な状態は、昼前まで続いた。いくらなんでもおかしいと思い、ふと思いついて、ルーターを再起動させてみたら、あっけなくつながった。何時間もイライラしたのがばからしい。

こうしてみると、私という存在は電子的なものに限らず、何らかのネットワーク上のつながりの中でしか存在意義を発揮できないもののように思われた。私は、私を含む繋がりの中の、一つの 「領域 = ドメイン」 である。

真っ青な空を、一羽の川鵜がゆうゆうと飛んでいった。あの孤高の飛行も、ネットワークの中に返るのだろうか。

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2005年12月 8日

師走八日の歌

関東の晴れは故郷の地吹雪と気恥ずかしくも熱く説く我

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朝から今日もいい天気だ。冬型は少し緩んでいるというが、天気予報を見ると、酒田は 「曇り後雪」 と出ている。

何度も書いたことだが、大学に入って初めて上京した冬は、空の晴れ渡っているのが不思議でしょうがなかった。冬になっても、しばらくは冬とは気づかなかったぐらいである。

庄内の地の、重苦しい黒雲に覆われ、地吹雪の吹く冬とは大違いだ。こんな冬なら、一年三百六十五日が冬でもいいと思った。

今、関東の晴れ渡った冬空を眺めながら、知り合いや友に、「田舎の冬はこんなんじゃなくて・・・」 と、地吹雪の様を説く私。

その話になると、いつも、ちょっとだけ気恥ずかしいほど力説してしまう。

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2005年12月 7日

師走七日の歌

改札の結界越しに雪の舞ふ異界の様を見る上野駅

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今日は締め切りに追われて忙しいので、先日上野駅で写した写真を使わせていただく。

上野駅というのは、いかにこ洒落たお化粧直しをしようとも、何となく哀愁が漂う。とくに広小路口から入って、正面の改札口越しに北に向かう列車のホームを望むと、その感覚が増幅される。

クリスマスが近いので、大きなクリスマスツリーが立っているが、それがますます雪深い北国を連想させてしまう。

天気予報をみると、実家のあたりは毎日雪がちらついているようだ。その景色が、改札口越しに見えるような気がする。

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2005年12月 6日

師走六日の歌

今日の日もまた此の年も暮れつ方見る間に動く上限の月

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今日はいろいろな雑用で走り回り、いつの間にか夕方になってしまった。

何でもかんでも自分一人でやらなければならないから、こんな時は大変である。秘書が一人いたらどんなに便利だろうと思うことがある。

朝のうちは荒涼とした感じがするほどの曇り空だったが、いつの間にか冬晴れになり、ふと気付けば、晴れ渡った夕暮れの空に上弦の月が出ていた。

こんな風にして、一日の暮れるのも早いが、一年の暮れるのも早い。そして、月の動くのも速い。

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2005年12月 5日

師走五日の歌

当代にふと先代の影を見て我今にある芝居見物

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今日は長女と歌舞伎座夜の部を観た。演目は、「重の井子別れ」 「船弁慶」 「松浦の太鼓」。

長女のお目当ては、「重の井」 に出た腰元若菜役の七之助。持参の双眼鏡で眺めては 「やっぱ、綺麗!」 と連発する。

七之助の出番はそれきりで、あとの二つには出なかったが、最後まで熱心に観ていた。

「前にイヤフォンガイド聞きながら観たときは、退屈で寝ちゃったけど、今回はお父さんに説明してもらって、前よりよくずっとわかったよ」 と言う。

私はイヤフォンガイドというのを聞いたことがないのだが、多分、見巧者が専門的過ぎることを説明してるんじゃないかなあ。ガイドにも、レベル A から C ぐらいまで設定しないと、ニーズに応えられないんじゃないかと思う。

「松浦の太鼓」、勘三郎が先代にますます似てきた。いや、もしかしたら、私は先代より今の勘三郎の方が好きかも知れない。

娘も 「このお殿様、お茶目でサイコー、素敵!」 と大喜びだった。まあ、若い娘からは、そういう褒め方になるのだろうな。

この芝居は、忠臣蔵の外伝で、吉良上野介の隣に屋敷のあった松浦侯を主人公としている。討ち入りの夜、山鹿流陣太鼓の鳴るのを聞いて大喜びするのがとてもいい。

そういえば、討ち入りの日まであと十日だが、本当は、旧暦の十二月十五日だから、今で言えば二月頃のお話になる。道理で雪が降っていたわけだ。

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2005年12月 4日

師走四日の歌

山茶花の散る花びらを薄紅の帯の如くに止め置く雨

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急に冬らしく寒くなった。昼頃から、冷たい雨まで降ってきた。夜になると、北関東では平地でも雪になるところがあるだろうという。

外出からの帰り道、見事に山茶花の花びらの散り敷かれた庭があった。

つい最近まで、私は山茶花と椿の区別がつかなかったのだが、最も単純な見分け方は、花ごとぼとりと落ちるのが椿、花びらが散るのが山茶花なのだそうだ。

なんだ、それなら簡単だ。これは山茶花以外の何物でもない。このピンクの帯は、掃き清めずに、しばらくそのままにしておきたいものである。

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2005年12月 3日

師走三日の歌

久方の小春日和にのどけくも土木工事は進みゐるらし

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今朝は裏の川でやっている拡幅工事の音が響く。音だけでなく、時には地響きも伝わってくる。

昨夜は二度も続けて地震があったから、揺れに対しては多少体が敏感になっていいて、工事のせいだとはわかっていても、気になってしまう。

とはいいながら、工事自体はのんびりとしたものである。

田舎の土木工事というのは、不思議なものである。都会の高層ビル建築工事などは、ひっきりなしに建築機械が動いて、見ているだけでも工事が進展しているのがわかるが、ここの工事は小春日和の空のように、あくせくしていない。

川の水量の増え始める春先までに仕上げればいいのだろうが、土木機器の動いている時間というのは、案外少ない。のほほんとしたものである。

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2005年12月 2日

師走二日の歌

縮緬の如く散りたる銀杏の葉師走二日は和歌ログ記念日

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師走二日である。ということは、私がこの和歌ログを開始した記念日である。

初めはおもしろ半分に立ち上げた楽天のブログで、ネタに困って 「歌でも詠むか」 と軽い気持ちで始めたのだが、それからあっという間に二年が過ぎた。

それから、途中で楽天を閉じて、「知のヴァーリトゥード」 のサブサイトとして引っ越し、さらに、年明けて一月二十二日に、今のサイトとして独立した。だから、この日は 「独立記念日」 である。

さらに、和歌日記の部分をココログに移行したのが、その年の七月以降である。最近は楽天ブログの方にバックアップ用のミラーとして、同じ内容の和歌日記を載せている。

こうしてみると、この和歌ログもちょっとした変遷を経ているわけだ。

和歌ログを始めた日の最初の和歌が、落ち葉を詠ったものだったので、以後、この日は落ち葉を詠み込むことに決めている。

去年の紅葉は、風台風が多く上陸したせいで散々だったが、今年は少しはきれいである。ただ、日陰に散った葉は、縮緬のように縮んでいる。

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2005年12月 1日

師走一日の歌

旧盆に歩きし鞍馬の風はめぐり師走の土手に咲く貴船菊

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ついにことしも師走になってしまった。早いもので、明日は私が勝手に決めている 「和歌ログ記念日」 だ。

この和歌ログを始めたのが、一昨年の十二月二日だから、今日が二年目の区切り。昨年が閏年だったから、合わせて七百三十一首詠んだことになる。

一日もさぼらずに、毎日毎日歌を詠み続けていると、平均的には少しは上達しているような気もするが、それでも、「これは」 という歌はなかなか詠めるものではない。

もしかしたら、千首を超えるあたりからは、少しは上達するだろうか。このまま毎日詠み付ければ、千首目は、来年の八月二十七日になる。きっと、あっという間だ。

土手の散歩道に、白い花が咲いている。図鑑で調べたところ、貴船菊という花のようだ。今年の旧盆の頃、京都に出張して、貴船から鞍馬まで歩いたことを思い出した (参照)。

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