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2006年1月31日

睦月三十一日の歌

何物かこび付きたるを溶かすごと乾ける街に雨はそぼ降る

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昼前から小糠雨が降ってきた。朝は案外暖かかったが、それから気温はほとんど上がっていないようだ。

昼に神田の街に食事に出たときは、傘が必要かどうか、微妙な降り方だった。実際に、傘をさしている人とささずに歩いている人は、半々ぐらいの割合である。

先週は雨ではなく雪で交通機関が混乱したが、このくらいの雨ならば、歓迎だ。乾ききった空気にちょうどいい湿り気を与えてくれる。

昨日の段階では、明日は一日中雨と言っていたが、今日になったら、午後には止むという予報に変わっている。いずれにしても、いいお湿りである。

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2006年1月30日

睦月三十日の歌

逆光に杉の木立の浮き立てる北の斜面に雪解け残る

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今日は三月中旬の暖かさだったそうだ。ジャケットの下に薄手のセーターを着て、その上にパーカを重ねて出かけたのだが、確かに汗をかいた。

とはいいながら、先週降った雪が日陰にはまだ残っている。解け切るには、なかなか時間がかかるものだ。

写真は、取手駅近くの月極駐車場。私が借りている駐車場ではなく、その近くにあるものだ。

一日中日の当たらない北側斜面には、まだらに雪が残っている。

ちょっと降っただけの雪が、これだけ解け残るのだから、雪国の春は心躍るわけだ。一冬悩まされた雪が、どんどん消えていくのだから。

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2006年1月29日

睦月二十九日の歌

辛うじて見落とさざりき梅の木の旧正月の小さき花芽

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今日は旧暦の正月。朝からポカポカした陽気で、これなら 「初春のお慶び」 と自然に言いたくなるほどだ。

先週末に降った雪は、土手の北斜面にわずかに残っている。そんな景色は、東北では十分に春を思わせるものだが、関東では、まだ冬だということになっている。

我が家の庭の梅の木は、旧正月を迎えてようやく芽ともいえないほどの小さな芽を付け始めた。こんな小さな花芽を見落とさずにすんだのは、旧正月という特別の日だからである。

元々この梅は開花が遅く、他の梅が盛りを過ぎて、桜が咲こうかという頃にようやく満開になるという、なかなか呑気な梅だ。

去年の春にはかなり多くの花が咲いたので、順番からいえば、今年はあまり花が付かない年廻りかもしれない。それでも、だんだん楽しみな季節が近づいてきた。

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2006年1月28日

睦月二十八日の歌

旧暦の大つごもりの日は昇り明日待たずして雪を消すらむ

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関東の週末はよく晴れるという予報の通り、朝から雲一つない上天気だ。

こんな日は、庄内は雪である。天気予報をみると、雪のち曇りだそうだ。庄内 Cam も、山居 Cam さんの方は、カメラのカバーに雪がこびり付いているようで、景色が見えない。

今回の雪雲は背が低くて、上越の山を越えられないそうである。だから、関東は半ばお約束と化した 「北部山沿いは雪」 ということもない。すっかり晴れているらしい。

雪雲の背が高くならないというのは、それなりに厳冬もピークを超したということなのだろうか。確かに、日の出は早くなり、日の入りは遅くなった。

明日は旧正月。土手の日陰に僅かに残る雪も、今日中に消えるだろう。なるほど、これなら 「新春のお慶び」 という言葉もしっくりとくる。

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2006年1月27日

睦月二十七日の歌

雪解けの瀬に立つ鷺はじつとして動かずさらに日も傾かず

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上空の寒気が東に抜けたとやらで、久しぶりにやや暖かい一日だった。東京では気温が十二度まで上がったという。

しかし、次の寒気がすぐに来てしまっているようで、明日はまたもや寒くなるらしい。

冬型の気圧配置が続いているので、日本海側は相変わらず雪のようだ。庄内 Cam さんの映像を見ても、酒田は、白い部分がまたしても増したような気がする。

一方、筑波の里では、雪解け水で小貝川の水かさがちょっとだけ増したようだ。一羽の白鷺が、さざ波の中で佇んでいた。

少しずつ日が長くなっている。光の春といわれる二月も、もうすぐだ。

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2006年1月26日

睦月二十六日の歌

ごみの日のごみも減りたる三日後に旧正月と知る人もなし

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今日は一日中、都心の某オフィスに滞在。

毎年感じることだが、一月は案外長い。一般論としては、年をとればとるほど月日の経つのが早く感じられるのだが、一月だけは別だ。

正月を迎えたのが、ずいぶん前のような気がするが、実はまだ一ヶ月も経っていないのだ。雪国の人たちは、雪に閉じ込められて、さらに長く感じていることだろう。

これが、二月に入ってしまうと、だんだん時の経つのが早く感じられるようになる。

今日は  「ゴトウ日」 の明けた木曜日。世の中は何となく一段落付いている風がある。街のゴミ集積所に出されるゴミの量も、少し減り加減だ。

ちなみに、ほとんど意識されれていないが、旧正月はまだ三日先の二十九日である。ということは、今月中は旧暦の 「三が日」 だ。二月に入れば、正真正銘の新年が、どんどん加速する。

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2006年1月25日

睦月二十五日の歌

白雪は家並みの影をなぞりつつ今日もまだらに残りをるなり

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路面の雪はほとんど影響がないほどに解けたが、我が家の裏の土手の道には、まだ解け残っている。

自然現象というのはとにかく正直なもので、日の当たるところの雪はどんどん解けて、日陰の雪はいつまでも残る。

日に当たる時間が長ければ長いほど、あっという間に解けてしまうが、半日しか日に当たらないところは、半日分の解け方しかしない。

それにしても、いくら大雪注意報が出るほどの雪が降っても、根雪ということにならない関東は幸せだ。雪国では、この何十倍もの雪に耐えているのである。

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2006年1月24日

睦月二十四日の歌

雪降れば嬉しく解けてまた嬉し幼なの心我に残るや

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雪の翌日は快晴になったが、筑波の里は思いがけない地吹雪で大わらわだった。

空は晴れても風がとても強かったため、田んぼに積もった雪が地吹雪で飛ばされて、その中を走る道を分厚く覆ってしまったのである。

日中はその表面が解けて、それが日が暮れて凍結したため、かちんかちんのアイスバーンになってしまった。

朝には解けかけていた路面の雪が、あろうことか、夜の帰路には増えて凍っていたのだから、びっくり仰天である。

その雪が今朝も解けずに残っていたので、朝の通勤路はかなり混乱した。自転車通学の中高生たちが、わざわざ凍結したところでブレーキをかけるため、あちこちで転倒している。車も慎重にならざるを得ない。

東京都内でも、日陰ではまだ雪の残っているところがある。まるで、解けるのを嫌がっている風情だ。

子供の頃、初雪が降るととても嬉しかった。それがあっという間に解けてしまうのが惜しい気がしていた。日陰の雪だけがいつまでも解け残るのは、そんな子供の心に答えているような気がしていた。

そしてさらに嬉しいのが、春になって根雪の解ける頃である。

あの頃の心を、私は今でも持っているだろうか。

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2006年1月23日

睦月二十三日の歌

空中を光と影に染め分けてその境界を走る木枯らし

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関東の天気は回復して、日が照っているが、気温が低く、えらく寒い。天気予報によると、今日の東京は、最高気温は三度までしか上がらないそうだ。

最近は暖冬が続いていたから、東京は冬でも七度や八度、下手すると十度ぐらいまで気温が上がることも珍しくなかった。だから、三度というのは、かなりの寒さということになる。

木枯らしが吹き渡っているので、とてもすっきりとした青空だ。昼を過ぎるとあっという間に日が傾くので、ビルの高い階の外壁だけが白く照らされる。その下は、対照的なまでの日陰だ。

空中に光の境目がくっきりとあるような気がする。

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2006年1月22日

睦月二十二日の歌

明けぬれば雪の白きをことさらに留め置かざる坂東の空

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関東の雪は長続きしないから、解けるのも早い。今朝は朝から明るい日射しがさし、路面の雪はどんどん解けていく。

しかし、油断してはいけない。建物や木立で日陰になっている部分は、いつまでも解け残っている。始末の悪いのは、一度解けかかった雪が夜明け頃に凍り付いたままになっているところだ。

我が家から川の向こう側に見える県道も、今日は車の往来が激しい。ただ、今日は朝からサイレンの音がひっきりなしに聞こえる。スリップ事故での怪我が多いのだろう。関東の人は、雪に慣れていないから、これっぽっちの雪でもいろいろな事故を起こす。

忘れかけていたが、一月二十二日は、和歌ログの独立記念日である。そもそもの発端は楽天日記でネタに困って和歌日記を始めたことで、それが平成十四年十二月二日。これは、「和歌ログ記念日」 としてある。

そして、平成十五年一月二日に、本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 のサブサイトとして吸収し、同月 二十二日に、和歌ログという別サイトを作ったというのが、この間の経緯である。、

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2006年1月21日

睦月二十一日の歌

散歩道行き交ふ人の影もなく雪の筑波の里は暮れ行く

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昨日の昼頃までは、夜から降り出すと予想されていた雪が、夜明け前頃から降り出したようだ。

目が覚めると、盛んに降っている。我が家の裏の土手は、真っ白な雪がかなり積もって、関東の冬らしくない無彩色の景色になった。

こんなに積もったのは久しぶりのような気がするので、自分の和歌日記を辿ってみると、一昨年の暮れ、十二月二十九日にかなりの雪が降ったのを思い出した (参照)。この時の雪は、日陰では年を越して、正月の四日頃まで残っている (参照)。

印象では、あの時と同じぐらいの積もりかたのように思える。土手の道は、いつもの日なら犬を散歩させる人が頻繁に行きすぎるのだが、今日はまったくいない。川の向こうの県道も、週末だけに通勤の車も少なく、ひっそりとしている。

我が家の駐車場は、公道よりちょっとだけ高くなっていて、入るにはバックで傾斜を上らなければならない。雪があるとスリップして車庫入れができなくなるので、止んだらすぐに雪かきをしておこう。

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2006年1月20日

睦月二十日の歌

雪雲の来るその様を淡々とただ伝へ来る衛星画像

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朝から明るい日差しだが、風がとても冷たい。日本の南岸を低気圧が進んできているとのことで、関東でも夜中から雪になるらしい。

これだけ寒いのだから、よもや雨なんてことにはならず
、降り始めたら確実に雪だろう。覚悟しておこう。

先日大阪に出張したとき、東海道新幹線から眺めた富士山は、いつもの冬の雪化粧とはかけ離れた姿だった。山頂にいたるまで、ほんの 「霜降り」 程度でしかなかった。

日本海側で大雪が伝えられるのに、1月の富士山であんなに雪の少ないのは初めて見た。冬型の気圧配置があまりにも強いので、富士山に雪の降る状態にならないのだそうだ。

日本海側と太平洋側とでは、雪の降るメカニズムが違う。こちら側が雪になるというなら、大雪にあえぐ日本海側は一息つくだろうから、多少は我慢しなければと思っていたが、今回に限っては、北日本では冬型の気圧配置がそれほど崩れていない。おやおやである。

神田駅のガード下は、一昔前の様相で、真冬の日に照らされていた。しかし、午後が深まるににつれて、だんだんと雲が多くなり始めている。インターネットでみる衛星画像は、雪雲の近づく様子をただ淡々と伝えている。

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2006年1月19日

睦月十九日の歌

けやけくも高く育ちて筑波嶺の姿を枝の下に置く槻

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去年の三月十四日のログでも触れたのだが、我が家の階段の踊り場から、筑波山が見える。

ただ、見えるといっても、ケヤキの葉の落ちた冬から春にかけての、晴れた日に限る。

ここに越してきた 二十三年前には、一年中天気さえ良ければ見えた。しかしいつの間にか、我が家と筑波山を結ぶ直線上にある家の庭のケヤキが成長して、筑波山を隠してしまっていたのである。

そして、そのケヤキはさらに成長を続け、枝の生い茂った部分がかなり高くなってしまったので、この季節になると、筑波山が辛うじて見えるようになった。

ここまで成長するまでは、冬場でも、生い茂った枝に邪魔されて筑波山が見えなかったのである。その間、「おかしいなぁ、確か筑波山が見えたはずなのになぁ」 と、不思議に思っていたのだった。

「けやけし」 という古語があり、「秀でている」 というような意味にも使われるようだが、その本来の意味は、「目障りなほど際立っている」 ということのようだ。なるほど、せっかくの景色を隠してしまうほどの大きさの木ということで、この名前が付いたのだろうか。

今、こうして写真を撮って、昨年三月のものと見比べると、あのケヤキがまた少しだけ高くなっているような気がする。

二十三年という時の流れも十分に長いが、一年足らずという時間も、決して馬鹿にならないものだとわかる。

なお、「槻 (つき)」 は、ケヤキの古語。

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2006年1月18日

睦月十八日の歌

木枯らしとはや傾きし日を浴びてモノクロームの街路樹は立つ

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昨日までとは打って変わって、空は晴れても風が冷たい。

東京の街路樹は葉を落として裸のまま、ただ突っ立っている。写真を撮ろうとしても、逆光だと完全な真っ黒になってしまう。

日の当たるほうから写しても、真っ黒ではないが、かなり煤だらけだ。やはり都会の木である。

木らしい色を失ったまま、木枯らしを受けて立ち尽くしている。

ちょっと腹具合がおかしい。妻のノロウィルスがうつってしまったような気がするので、今日は早めに帰宅して寝よう。

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2006年1月17日

睦月十七日の歌

事もなき佳き日の風と思ひきにサイレンの音混じり来るなり

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日常的な日が続く中で、妻が腹痛で寝込んだ。医者は 「胃腸風邪」 だとの診断を下したらしい。ただし、別名 「ノロウィルスによる症状」 とも言うと付け加えた。

ニュースでよく聞くノロウィルスだが、こんなに身近に、さりげなく忍び寄っているとは知らなかった。

ノロウィルスというと、高齢の患者が死んだりするらしいが、普通は 「胃腸風邪」 程度で済むのだということも、初めて知った。よくわからないが、不思議な感覚である。

日常の中に、いろいろなことがある。今日は、道を歩いていると、あちこちでパトカーや消防車のサイレンの音が聞こえた。

知り合いの元警察官に聞いたら、「一見平穏無事に見えても、管轄内で何の事件の起きない日なんて、一日もなかった」 と言っていた。

世の中、なかなか大変なのだ。

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2006年1月16日

睦月十六日の歌

両側に六階止まりのビルを連ね違法駐車を抱く街並み

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現在、東京都内の某団体事務局関係の仕事をしている。中小企業の集積した下町の雰囲気漂う場所柄である。

細い道の両側に、せいぜい五〜六階どまりのビルが並んでいる。高層ビルはない。

裏道にはあちこちに違法駐車があり、その間を縫って、配達の車が通り抜ける。活気があるといえば、そういう話になる。

今日は夜には雨になるそうだ。暖かくなったり寒くなったり、晴れたり雨になったり、変動が激しく、なんだか春先の天気のようだ。

このまま春になってくれれば、日本海側の豪雪地帯にはありがたいことだろうに。

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2006年1月15日

睦月十五日の歌

光あれと宣りたる者は誰にあらず我が心なりこの暁に

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暖かくなるという天気予報が、ようやく本当になった。今朝は所用があって早起きしたのだが、起きるのに何の苦労もなかった。

夜明け前に家を出て、車を走らせているうちに朝日が射し昇ってきた。

普段は寝坊なもので、夕日の写真を撮ることはあっても、朝日の写真はあまり撮ったことがない。昇る日も沈む日も、同じようなものなのだろうが、朝日はとても大きく見える。こんなにも大きかったかと思う。

最初にちらりと一番上の部分の光が見えてきて、だんだんと全体が見え始めるので、どんどん大きくなるように感じるのだろうか。

まるで、「光あれ」 との宣りごとを口にしたのは、自分であるかのような、途方もない錯覚にとらわれそうだ。

知人のご母堂の通夜にも出席したので、朝の景色を詠んだにもかかわらず、更新は夜中になってしまった。

このサイトの歌を 「男らしくて力強い」 と評してくれる方があったので、お調子者の私は、つい舞い上がって、こんな向こう見ずな歌を詠んでしまったのだった。

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2006年1月14日

睦月十四日の歌

薄寒き雨の朝も白鷺の踊れる様に我は笑ひき

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天気予報では、今日は暖かくなるということだったが、実際には日が射さない分、薄ら寒い感じがする。

夕べから降り始めた雨が、小糠雨のように降り続いている。

恒例の歌会始のお題は 「笑み」 だった。私も 「笑み」 を読み込んで詠いたいと思ったが、とりたてて面白い景色でもない。

裏の川に、一羽の白鷺が舞い降りているのを見つけた。優雅に魚を獲っているようだ。

その様子を写真に撮ろうと近づいたら、慌てた鷺がこけつまろびつ土手を駆け上がっていった。上り坂なので、長い足が邪魔するらしく、妙ながに股になっている。いっそ飛べばいいのに。

優雅な様が一転してがに股に変わったギャップに、思わず笑ってしまったが、次の瞬間には、もしかして、この鳥は怪我をして飛べなくなっているのではないかと、心配になった。

しかし、土手の上でしばし佇んだ後、白鷺は何事もなかったように飛び去った。

なるほど、あの鳥は、面白くも何ともない朝に、わざわざ世界の笑いを喚起してくれたのだった。

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2006年1月13日

睦月十三日の歌

わだつみに消えし命の今の世に繋がりてあり我ら知るべし

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大阪出張から帰って、ちょっと一息ついてから、我が家の末娘とつくばのシネコンのレイトショーを観に行ったので、更新が遅くなってしまった。

映画は、「男たちの大和」。

私の本宅サイトで 「世界三大無用の長物としての戦艦大和 − 巨大戦艦にオチはつかない」 などという記事を書いた手前もあり、この映画は是非観なければならないと思っていたのである。

そして、観終えての感想。多くを語るまい。ただ、読者の皆様もご覧になるといいと、お勧めするのみである。

末娘などは、フェイスタオルを用意していて、徹頭徹尾グショグショになって泣いていた。二十歳前にして、この映画に描かれたようなことが本当にあったのだということを、知っておくというのはいいことだと思った。

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2006年1月12日

睦月十二日の歌

身に纏ふ苔厚くして願掛くる人を観るなり不動の心

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仕事で大阪に来ている。ありがたいことに、今日も出張先ではいつものように上天気。

順調に仕事をこなし、夕食は、大阪では有名なお好み焼きチェーン店 「千房」 で食べた。

私はお好み焼きというものは滅多に食べないのだが、とにかくおいしいからと誘われたのである。確かにおいしかった。それに店の従業員の対応がとても気持ちよかった。なかなかいい店である。

その帰りに、法善寺横町に連れて行かれ、かの有名な 「水かけ不動」 さんを初めてお参りした。水をかけてお参りするとご利益があるのだという。

もうすっかり日が暮れていたので、初めは暗くて見えなかったが、提灯の奥に、すっかり苔むしたお不動様が立っておられる。一日中水をかけられているので、こんなに苔むしたらしい。

私も柄杓でパシャパシャと水をかけて手を合わせ、今日一日の仕事が無事に終わったことを感謝したのであった。

今日は心斎橋のホテルに泊まり、明日早々に筑波の里に戻る予定。あわただしいことである。

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2006年1月11日

睦月十一日の歌

目覚むれば夕べの霧を霜と纏ひ静まりをりぬ土手も刈田も

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今日の写真は、昨日の雪とは違い、一面に降りた霜である。

夕べは濃い霧が出ていたが、朝起きて雨戸を開けたら、外はこんな状態だった。

車のウィンドウにもびっしりと分厚い霜が降りていて、出かけるときには風呂の残り湯をかけて解かすほどだった。

とはいえ、寒さは一時よりだいぶ緩んだようである。掛け布団を一枚少なくしてもよくなった。風も弱くなったので、夜の間にこんなに霜が降りるわけだ。

これで日本海側も一息つくかと思ったが、天気図を見ると、またしても冬型が強まっているようで、酒田は雪のようだ。

ただ、だんだん高気圧が移動するようになってきたので、これまでのような桁外れの寒波は峠を越えたということなのだろう。少しだけ安心である。

近頃、田舎の両親が心配で、天気のことばかり気になっている。

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2006年1月10日

睦月十日の歌

朝ぼらけ思ひがけなき淡雪の消え行く様を見るぞ哀しき

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目を覚ましたら雪が降っていた。天気予報では、この辺りまで雪になるとは言っていなかったので、少々驚いた。

とはいえ、屋根や土の上にうっすらと積もっただけで、道路には全然積もっておらず、交通の障害にはならない。

昼近くには雨になり、いつの間にか解けて消えてしまった。呆気ないものだ。雪国の人に聞かせたら、うらやましがられるだろう。

とはいえ、日が射さないので、気温はなかなか上がらない。冷たい一日になりそうだ。

今月から、某団体事務局を手伝わなければならなくなり、忙しくなりそうだ。和歌ログの毎日更新は続けたいところだが。

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2006年1月 9日

睦月九日の歌

玄関の正月飾りささやかに小正月まで供へ置きたし

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我が家の玄関の棚の上に、正月用の洒落た飾りが供えてある。あまり手間とお金をかけずに、妻がささっと作ってしまった。

松の内は七日までという説もあるが、昔は小正月の過ぎる十五日までとされていたようなので、まだ撤収せずに飾っている。

今日は昨日までと比べても、間違いなく暖かくなった。昨日は、オヤジどもが集まったある新年会で、「ただでさえ寒いんだから、ダジャレ禁止!」 なんて言っていたが、今日は多少のダジャレは耐えられそうだ。

三連休も過ぎて、世の中は明日から走り始める。

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2006年1月 8日

睦月八日の歌

日暮れての初詣する境内の闇に浮かべる三重の塔

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私は何という不信心者であろうか。正月になって、七日を過ぎても初詣に行っていなかった。いろいろと用が重なりすぎて、なかなか出かける暇がなかったのである。

今日になってようやく出かけようと思っていたのだが、出先で思いの外に時間がかかり、戻ってきたのが、日が暮れて 7時半を過ぎていた。

いつも初詣に出かける板橋不動というお寺さんは、もう誰もいない。屋台の店も皆閉まっている。

しかし、明日になるのも申し訳ないので、一人、粛々とお参りしてきた。夜の闇の中に、三重の塔が見事に浮かんでいた。

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2006年1月 7日

睦月七日の歌

古里を白く埋めゐる雪雲の風に千切れて飛び来たるなり

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ニュースは日本海側の大雪の話題でもちきりだ。長野県飯山市では、ついに陸上自衛隊の出動を要請したという。

太平洋側ではどこも 「雪かき」 と言うが、岐阜・長野や日本海側では、雪の量によって言い方が違う。

酒田では 「雪のけ」 と言うが、もっと雪の多い地方では 「雪掘り」 などと言う。玄関から道に出るのに、雪を 「掘る」 必要のある地方は大変だ。

関東は、乾燥した青空が続いているが、北西の方角を見ると、びっしりとした雪雲だ。そこから千切れて飛んでくる雲が、かなりのスピードで頭の上を飛んでいく。

小貝川の西岸に沈む夕日が、ちぎれ雲をレンズのように染めている。

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2006年1月 6日

睦月六日の歌

年寄りて寒に入りては気に入りの籠のねぐらを猫は離れず

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寒い日が続いている。今月五日の小寒から二十日の大寒を経て、来月三日の節分までが 「寒のうち」 である。

今まででも十分に寒かったのだから、何を今さらという気もするが、とにかく、寒さはまだまだこれからも続くということだ。とはいえ、この寒波が早く息切れしてくれないと、雪国は大変である。

我が家の年長の白猫も、最近はばあさんになってしまったせいか、専用に毛布を敷いてもらったバスケットの中で大人しくしていることが多くなった。

この猫、一見上品そうに見えるが、実はかなりきかん気で、何か気に入らないことがあると、すぐに噛みついたり引っ掻いたりして、流血沙汰を引き起こす。なかなか油断のならない猫である。

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2006年1月 5日

睦月五日の歌

昼時をいささ過ぐれば西岸をシルエットとし行く小貝川

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今日の等圧線はびっしりとした縦縞で、いかにも田舎は雪がふりそうな具合だった。

庄内 CAM さんの画像を覗くと、お昼頃にカメラケースのガラス面にびっしりと吹雪の雪がこびりついて景色の見えない時間帯があった。

こんなにも雪の多い冬も、何十年ぶりかである。雪のけ (庄内では 「雪かき」 なんていう生やさしい言い方はしない) がさぞかし大変だろう。

こちらは、昼頃まで曇っていたが、午後はきれいに晴れて、その分、冷たい風が強まった。昼の二時半を過ぎると、もう日は傾いて、小貝川西岸の景色はシルエットになってしまう。

世の中は、明日出勤すればまた三連休である。原稿締め切りに追われる私には、あまり関係のない話だが。

12日に大阪出張となるので、新幹線の切符を買ってきた。途中の関ヶ原辺りで遅れなければいいのだが。

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2006年1月 4日

睦月四日の歌

土竜塚の乾きて白み帯びゐるを知らず知らずに踏み固めをり

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三が日が過ぎ、世の中が動き始めた。といっても、私は年末年始も何もなく、仕事していたからあまり関係ないのだが。

二日に雨が降ったが、その後にまた晴れ渡って、地面が乾いてきた。庭にできていたモグラ塚も、すっかり乾いてしまっている。

モグラが土を掘り進み、あふれた土を地表に出してしまった跡がモグラ塚である。一個のモグラ塚に五メートル近くのトンネルが続いているらしい。

見渡すと、庭に十ぐらいのモグラ塚がある。この世には、見えないけれどモグラという生き物がかなり多いようなのである。

乾いて白っぽくなったモグラ塚を、知らず知らずのうちに踏み固めている。モグラがもう一度顔を出すには、骨が折れるかもしれない。

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2006年1月 3日

睦月三日の歌

坂東の西北の空をびつしりと埋めて千切れて雲は飛ぶなり

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関東は二日ぶりの青空だが風は強い。今日まで休みらしい工事現場の旗が、ちぎれんばかりにはためいている。

ということは、故郷の酒田は吹雪である。毎年この季節に青空を見ると、故郷の冬の厳しさの方が思いやられる。

先ほど、庄内 Cam さんのリアルタイム画像を覗いたら、山居 Cam の映像は雪がこびり付いて見えず、新橋 Cam は、吹雪の吹く様が見えた。朝日 Cam はすっぽりと雪の中である。

厳しい寒波は昨日までほんの少しだけ中休みしたようだったが、今日からまた活発化しているようだ。

箱根駅伝は、昨日のような雨の中のレースではなかったが、日射しが強かったせいか、往路で一位、二位だった順天堂、駒沢の選手が脱水症状でフラフラになった。ここ数年ではまれに見るめまぐるしいレース展開だった。

早稲田は十三位。やれやれ。テレビを見ながら、思わず 「来年はラグビー部に走らせろ!」 なんて暴言を吐いてしまったのは、反省である。

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2006年1月 2日

睦月二日の歌

久方の青空のぞく故郷をライブカメラで居ながらにして見る

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久しぶりで雨らしい雨が降っている。関東が雨ということは、故郷の庄内はそれほど荒れてはいないということだ。

庄内 Cam で酒田の様子をのぞいてみると、うっすらと青空が見えている。ちょうどいい中休みだ。これを境目に、この大寒波も少しは息切れしてもらいたい。

それにしても、居ながらにして故郷の様子を見ることができるというのは、本当にありがたい。

一転して、箱根駅伝は冷たい雨の中で激しい争いが繰り広げられた。山登りの第 5区を走った順天堂大学今井選手の走りは凄い。あの急坂をあの勢いで駆け抜けるとは、人間離れしている。

あっという間に抜き去られた選手は、一瞬、戦意喪失するだろう。

早稲田は往路 9位。私の在学中は総合優勝の常連で、その後もしばらくは、往路優勝だけは確保する意地を見せていたが、最近はシード権確保がやっとのようだ。有為転変の世である。

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2006年1月 1日

平成十八年元旦の歌

鳥居過ぎ阿と問ひ吽と応へゐる狛犬の奥入り行かむとす

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謹賀新年。

昨年は酉年だった。酉というのは、結界にいるものという説がある。長鳴鳥が、夜と朝との結界に鳴くというのもそこから来ているらしい。

神社の鳥居というのも、聖なる領域を俗界から分けるためのもので、そこに鳥がいると考えたらしい。

うまくできたもので、日本の神社は、鳥居を過ぎると狛犬がいる。酉年の後に戌年が来るのと同じである。

写真は、神田明神の狛犬。大きく口を開けているのが右側で、左側の狛犬は口を結んでいる。これで 「阿吽」 を意味するのだという。「阿吽の呼吸」 などと言う。

密教では次のように考えられている。

阿: 宇宙の初め、万物の根元、悟りを求める菩提心
吽: 宇宙の究極、最終的智徳、悟りにより到達する涅槃

神社の拝殿で礼拝するのは、阿吽の奥義に向かっての所作ということになる。

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