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2006年3月31日

弥生三十一日の歌

風避くる影もなけれど散る日まで桜はひたに咲き続けをり

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31_5

つくば周辺の桜も、八分咲きを越えてだんだんと満開に近づいてきた。下手すると、我が家の遅咲きの梅よりも先に満開になりそうだ。

しかし、連日こう寒くては、夜桜見物というわけにもいかない。

今朝、出掛けに取手競輪場の駐車場の桜を写真に収めてみた。もう少しで満開になるところだが、このところの強風と寒さで、なかなか足取りが遅れているようだ。

明日の土曜日あたりは、暖かな陽気になりそうなので、多分、素晴らしい花見日和になるだろう。

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2006年3月30日

弥生三十日の歌

庄内に高き白波寄する日も竹の秋こそ深まりにけれ

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昨日から結構寒い風が吹いていて、東北の日本海側では、雪になっているらしい。庄内 Cam  さんの、山居 Cam では、港の防波堤の向こうは、かなりの高波になっているのが見える。

みちのくの春は、今になっても行きつ戻りつだ。

それに比べれば、寒の戻りで朝晩は冷えるとはいえ、関東の春は順調だ。取手駅近くの桜も、七分咲きになってきた。

その近所の竹林も、竹の表面が少しだけ黄色味を帯びてきている。春の季語である 「竹の秋」 が深まりつつあるということだろうか。

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2006年3月29日

弥生二十九日の歌

春嵐の去りし都会の空高く道は乾きて桜満開

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昨夜はかなり大荒れの天気で、一部では雹が降ったらしい。

三月は元々風が強くて荒れ模様の天気が多いが、今年はそれがひとしおだ。

今朝になってからは天気はすっかり回復していたが、強風のため、常磐線のダイヤが乱れていた。常磐線は本当に風に弱い。

上野駅近くの満開の桜は、まだ散らずにいる。散るときは一斉に散るが、それまでは案外粘り強いのが桜だ。

昨日ココログのメンテがあり、午後五時に終わってから、昨日の更新をしたのだが、その後、アクセスが集中したらしく、とてつもなく重くなって、ログインすらもままならなくなった。

その状態が続いたら、今日の更新もできないのではないかと危惧していたが、あれほどの重い状態は解消したようだ。

ブログは日々の更新には便利だが、なにぶん、そのブログサービスのシステムに依存するので、不具合が生じるとかなり面倒なことになる。

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2006年3月28日

弥生二十八日の歌

新築のビルは光りて足元に積まれし瓦礫見下ろしをりき

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ココログのサーバ・メンテが、珍しく予告どおりに午後五時に終わった。もっとも、最初は午後一時に終わると言っていて、予告が変更されてのことだが、まあ、よしとしよう。

昨夜は暖かくて、冬用の布団をとって薄い布団にかけかえた。ところが、夜明けを過ぎて、起き出す頃になると、急に涼しくなった。

今の季節の布団の調節は、なかなか大変だ。

今日から天気は下り坂と言われているが、夕方になっても、それほど崩れているわけではない。夜遅くに雨になるらしい。

今、通っている神田のオフィスの近くでビルの工事が終わったばかりだ。近くに停まっているトラックの荷台には、工事で出た瓦礫が積まれている。

出来立てのきれいなビルと、この瓦礫の様相は、とても対照的だ。

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2006年3月27日

弥生二十七日の歌

春の田の高圧線は延び行きて入り日のもとに細く消えたり

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とても暖かく天気のいい一日。午前中は風が強かったが、午後はそれもおさまった。

三日間の帰郷のうちにたまった細々とした仕事を片づけるうちに、あっという間に日が暮れた。明日からは三日連続で東京都内で仕事の予定。

彼岸が過ぎたので、日暮れが遅くなった。五時を過ぎても、まだ日が地平線より高いところにある。

田園地帯に張り巡らされた高圧線が、夕日をバックに思いの外に濃く黒々としたラインとして延びている。そのラインが、冬の間よりも柔らかいイメージになって、彼方に消えるように見える。

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2006年3月26日

弥生二十六日の歌

雪解けの水かさ増せば垂乳根の母の頬にも浮かぶ笑みあり

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酒田から帰ってきた。帰郷の目的は、いつもの通り、寝たきりの母を一人で介護する父の応援であった。

いつもは妻と二人で行くのだが、今回は、次女と姪を連れて行った。

病床の母は認知症だけに、ちゃんとわかってくれるかどうか、少しは心配だったが、すぐに自分の孫だとわかったようで、はっきりした言葉は発しないが、とても喜んでくれた。

二人の孫と、表情だけでとてもいい交流をしてくれたようだ。連れていって本当によかった。これからも、できるだけ子ども達のうちの誰かを連れて行くことにしよう。

帰りは高速道路を飛ばして一気に帰ってきた。写真は、昨日の快晴の空に立つ鳥海山である。

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2006年3月25日

弥生二十五日の歌

みちのくに春は来にけり真白なる雛の頬にも日の射しをれば

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酒田に来ている。今日は暖かい日で、ようやく春爛漫だ。

今、酒田はお雛様の季節である。元々、酒田の雛祭りは月遅れで祝うのだが、最近は二月末から四月にかけて、「酒田雛街道」 というイベントが開催されている。

美術館や旧跡で、昔から伝えられる雛人形を展示するのだが、江戸時代から栄えた商業都市だけに、ため息をつくような見事な雛人形が、ずいぶんあるものだ。

昔の商家では、財にあかせてずいぶん贅沢な雛人形を買い求めていたもののようだ。今ではそれが地域の財産になって、多くの人の目を楽しませてくれている。何が幸いするか、わかったものではない。

ここ、山居倉庫の一画を改造した 「酒田夢の倶楽」 でも、加藤家という旧家に伝わる雛人形と、辻村ジュサブローの作品が、幻想的なまでの雰囲気で飾られている。展示スペースは撮影禁止だったので、残念ながら雛の写真はない。

今では、酒田と隣の城下町鶴岡の雛祭りを合わせて、「庄内ひな街道」 というイベントに昇華して、昨年は文化庁の公募した 「私の旅百選」 の特別賞に選ばれたらしい。

展示は 四月三日まで。お近くの人はどうぞ。

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2006年3月24日

弥生二十四日の歌

月山の白雪分けて速みゐる流れ望めど瀬音届かず

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朝につくばを発って、酒田に来ている。

途中、国道112号線 (通称:月山越え 六十里街道) を越えると、道路の周りには、三月としては、今まで見たことのないほどの雪が積もっていた。

家々の軒下には、まだ高く雪が積み重ねられていて、解けるまでには、まだかなりかかりそうだ。この冬がどんなに大雪だったかしのばれる。

月山直下の橋から見下ろすと、川の周りはまだ冬景色だ。五月の連休ぐらいでは到底解け切らないだろう。

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2006年3月23日

弥生二十三日の歌

五分咲きの梅の香りを届けたし雪の解けたるばかりの里に

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午後二時を過ぎてからようやく日がのぞいてきた。

我が家の梅は四分から五分の咲きといったところ。桜が今月末から咲くだろうから、へたすると、知らない人には桜と間違われるかも知れない。

明日から帰郷する。インターネットのお天気サイトでみると、酒田の週末は概ね晴れと曇りの天気のようだ。少なくとも雪になる心配はなさそう。雪はこの日曜まで降ったので、もう終わりにしてもらいたい。

とはいえ、念のためにタイヤチェーンは準備しておいた。

今回は、我が家の次女と姪も同行する。姪は妹の一人娘。この数年間、酒田に行く機会がなかったというので、春休みでもあることだし、連れていくことにした。賑やかな道中になりそうだ。

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2006年3月22日

弥生二十二日の歌

裏町の日陰に春の隙間あり少しく漏るる風の冷たき

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春先は、本当に暖かくなったり寒くなったりの繰り返しだ。今日は案外肌寒いが、冬の間のような底冷えというわけでもない。

微妙なところである。

私の風邪も、治ったんだか治っていないんだか、自分でもよくわからない状態だ。本調子には紙一重で戻っていないような気がするが、病人扱いされてはかなわんといったレベルである。

このまま、サクサクと絶好調になってくれればいいが、こういうのは、案外そうはいかないのである。ぐずぐずと手間取るのは、一本調子で春が来ないのと同じだ。

今日の歌は、少しだけメタファーを聞かせたつもり。

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2006年3月21日

弥生二十一日の歌

ふきのとう淡き緑の顔を出しサンディエゴでは胴上げありとふ

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いつものように、彼岸の入りは寒かったが、彼岸の中日になったとたんに、春爛漫だ。

いろいろな植物が芽吹き始めた。イヌフグリも咲き、我が家の梅も咲いた。気付いてみたら、フキノトウが顔を出している。

昨年、二十四日に気付いたときは、伸びきってしまってフキノトウともいえないような (「お前、何者だ?」 と言いたくなるような) 姿 (参照) になってしまっていたが、今年は、まだ可愛らしいうちにカメラに収めることができた。

この二、三日、少々風邪気味だったが、今日は昼前までぐっすりと寝たおかげで、だいぶ楽になった。これなら、金曜日からの帰郷も大丈夫だろう。

ラジオで、日本が WBC でキューバを破ったとの第一報が入った。王監督が胴上げされたらしい。

いやはや、驚いた。まずは、おめでとう。

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2006年3月20日

弥生二十日の歌

梅の香を飛ばす風音聞く昼に蕎麦茹でる香の家に満ちたり

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昨日から大変な風が吹き荒れているようだが、我が家の庭の梅の花は、散りもせずにきちんと開き続けている。咲いたばかりの花の力というのは、大したものだ。

桜でも、咲いた直後に強風が吹くと、「せっかく咲いた花が散ってしまわないか」 などと心配する人がいるが、咲いた直後はしっかりとしたもので、散らないのである。

そして一週間もすれば、風もないのに一斉に散る。

その点、梅というのは開花している時期が長い。そんなにはらはらしなくても済む。

今日は妻の友人が手打ち蕎麦を届けてくれたので、さっそく茹でていただいた。手打ち蕎麦は、湯に入れたときに強くかき混ぜると、ぼつぼつに切れてしまう。そっとほぐすように入れて、あとは湯の対流にまかせればいい。

対流がおきにくいほど、あまりたくさんのそばを入れてしまうと、蕎麦がなべの底にひっついてしまう。ほどほどの分量にしなければならない。

茨城の御前山あたりで穫れたとてもいい蕎麦粉を使っているとのことで、香りが高く、もちもちとした食感の、いい蕎麦だった。

ごちそうさま。

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2006年3月19日

弥生十九日の歌

潜みゐて不意に現れ疾く消ゆるどんでん返しの裏の真実

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昨日から伊賀上野に来ていて、今、仕事を帰途についている。

昨日の朝、東京駅から新幹線に乗ったあたりまでは、とても暖かくて、ジャケットの上に羽織っていたパーカを脱いだほどだったが、途中、静岡あたりで天気の変わり目を通過したらしい。

名古屋で乗り換えた時には打って変わった寒さになっていて、夕方前に伊賀上野に着いた時には、氷雨が降ったり止んだりの、震えるほどの寒さになっていた。

とはいえ、ここからが晴れ男の強みで、移動中には雨が止み、屋内に入ると降り出すという繰り返しで、傘をさすことは一度もない。

今日はさらにすごい天気で、晴れ、曇り、雨、みぞれ、雪、吹雪、あられが、ひっきりなしに繰り返す。さすが忍者の里。何でもあり。天気のヴァーリトゥードだ。しかし、徒歩移動や屋外での撮影が必要なときになると、ぴたりと晴れる。仕事にはまったく支障なし。

私の出張ではいつものことだが、考えてみれば本当にありがたいことで、お天気の神様にはいくら感謝してもし足りない。

こんなにめまぐるしく天気が入れ替わる土地に過ごしたればこそ、芭蕉は奥の細道の旅にも、めげずに済んだのかもしれない。

仕事が終わってから、駆け足で上野城と芭蕉翁記念館、忍者博物館を見物した。忍者屋敷はどんでん返しの壁だらけで、何かのメタファーのようだった。

写真は、苔むした木の幹越しに見る上野城。

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2006年3月18日

弥生十八日の歌

梅咲くを見れば聞こえぬ音もまた今せる如く聴こえくるなり

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昨日、我が家の庭の梅が咲いた。自分の和歌日記を見ると、昨年は 十八日に咲いたことになっている。

今年は梅の開花が遅れるということだったが、我が家の梅は遅咲きながら、昨年よりは一日早い。よほどマイペースの梅である。

昨日、三時頃に庭を見たら、いつの間にか咲いていたのだったが、昨日の和歌ログは既に更新してしまった後だったので、今日付で写真を載せることにしたわけだ。

梅の花が咲くときは、ポンポンと音がするといわれている。蓮の花の咲くときも、パクリパクリと音がするといわれるが、蓮博士と呼ばれた大賀一郎博士の調査研究では、「残念ながら音は聞こえなかった」 と報告されたということは、一昨年七月十七日の和歌日記で書いた。

その時の歌は、こんなものである。

真白なる蓮の開けるかはたれはせぬ音もなほ響く心地す

今回もそのような気がした。

そういえば、TBS ラジオのキャッチフレーズに 「聴けば見えてくる」 というのがある。これはなかなか傑作だと思っている。

今日はこれから、三重県の伊賀上野に出張だ。

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2006年3月17日

弥生十七日の歌

春嵐に薙ぎ払はれて己が巣の遙か彼方に雲雀降りたり

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「三月は風の春」 とはよく言ったもので、夕べから大変な風である。時折、ごぉっという音とともに家が揺れる。

風向きが東風でなくてよかった。東風がこんなに強かったら、高波の塩害で、また野菜が値上がりするところだった。

裏の川は、土手で囲まれた小さな川なので、川面はあまり風の影響を受けないのだが、それでも、今日は波の影が深く刻まれ、その影もかなりの速さで移動している。

それでも、雨は降らずに、だんだんと日射しは出始めた。

土手の向こうの刈田から、雲雀が舞い上がったが、あまりの風でなぎ落とされそうになり、ずいぶん斜めの線を引いて地上に降りた。あれでは、自分の巣に戻るのが大変だろう。

鳴き声も、いつもの 「ピヨピヨ」 というものから悲鳴のような 「ピィー」 という声に変わり、よほど慌てていたようだ。

雲雀のあんな声は初めて聞いた。

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2006年3月16日

弥生十六日の歌

この里の春未だ浅し竹の葉の青々として日に輝けば

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取手駅近くに駐車場を借りていて、そこまでは車で行くことが多い。

バスでは恐ろしく時間がかかる上に、取手駅発の終バスが10時半頃には出てしまうので、それ以後に戻ってくると、延々とタクシー待ちになる上に、深夜料金で 3000円近くになるので、あながち贅沢というわけでもない。

駐車場から駅までの道の途中に、小さな竹林がある。斜面に竹が生えているもので、斜面には、切った竹で土留めをした階段がついている。

竹の肌というのは、朝日を浴びるととても美しく輝くものだ。とくに、今頃の朝八時あたりの日差しは、斜面に沿って竹を照らすので、見事なものだ。

俳句には 「竹の秋」 という季語があって、それは春のことなのだというが、まだ竹の葉は青々としている。竹の秋には、まだ間があるようだ。ということは、「春まだ浅し」 ということだ。

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2006年3月15日

弥生十五日の歌

鯨魚取り霞ヶ浦に注ぎ入る青き川面に映る白梅

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締め切りぎりぎりで、確定申告書類を提出してきた。

エクセルの助けが大きいとはいえ、数字の苦手な私が、昨夜の一時間ぐらいでちょいちょいっと記入してしまえるのだから、知れた収入である。

三時間ぐらいかけて、ヒイヒイ言いながら記入するぐらいの身分になってみたいものだ。いや、慣れない頃は、大した収入でなくても、それぐらいの時間がかかっていたような気もするが。

土浦税務署から霞ヶ浦まではいくらもない。湖につながる新川という小さな川のほとりに、税務署はある。

川岸に白梅が咲いていた。昨日よりはずいぶん暖かくなった。

「鯨魚取り (いさなとり)」 は、海、浜、湖などの枕詞。

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2006年3月14日

弥生十四日の歌

木枯らしの吹き戻りたるビル街のフラワーポット春の色あり

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昨日から引き続いて、冬型気圧配置。風が冷たい。

庄内 Cam の映像は、山居 Cam の方は雪がこびりついて見えない。新橋 Cam の方は、道路には雪がないが、土手の斜面が白くなっている。

三月になって大方の雪が解けても、毎年 一、二回は、こんな具合に冬に逆戻りすることがあるので、油断がならない。

去年も二十六日頃に雪になって、酒田に車で行く予定が延期になった。今月も、二十四日に、車で酒田に行くことになっているが、昨日と今日に降ったから、もう来週は大丈夫だろうと思うことにしよう。

関東は、木枯らしに関わりなく、春がどんどん進行している。ビルの玄関先に、花屋が進出していた。

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2006年3月13日

弥生十三日の歌

いつ来ると待ちゐし春は我が庭の梅の蕾を割りて潜みぬ

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昨日までとはうって変わって、寒い一日。気圧配置が冬型になり、北西の冷たい風が吹いているという。

こんな日は、つい 庄内 Cam さんをクリックしてしまう。案の定、酒田は雪だ。昨日までは白いところが見えなかったのに、今日は、真っ白だ。

寒がりの次女が、「本当に、春はいつ来るんだろうね」 という。

「これでも、もう、春なのさ」
「嘘。また、こんなに寒くなっちゃったじゃない」
「暖かくなったり、寒くなったりを繰り返すということ自体が、春の特徴なんだから、本当に、もう春になったということなのさ」
「ふぅん、なるほどね」

我が家の梅の蕾にも、ついに十文字の切れ目が入った。昨年の和歌日記をみると、三月十七日に、こんな状態の写真が上げられている。今年は梅の開花が遅くなると言われていたのに、我が家の梅は、既に例年に追いついたどころか、追い越してしまったのかもしれない。

遅咲きとはいえ、それなりに頑張っているようだ。やはり、寒くても、春は春である。

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2006年3月12日

弥生十二日の歌

棕櫚の葉の夜風に震ふ彼方にて何恋しきか細く鳴く

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一日中外出していて、遅くになって常磐道を飛ばして帰宅した。

夜の 8時頃、つくば学園都市のショッピングセンターに、休憩に寄った時には、かなり寒くなっていた。あの穏やかな朝と同じ日とは思えないほどだ。

広大なパーキングロットの上を、冷たい風が吹き渡る。

カーラジオの天気予報は、夜半には雨の降り出すところがあるという。寒冷前線の通過で、気温は冬に逆戻りだそうだ。

帰宅すると、例の庭の棕櫚の葉が風に吹かれて、まるで横殴りの雨が降っているようなパラパラと音を立てている。その音に混じり、犬の遠吠えが聞こえる。

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2006年3月11日

弥生十一日の歌

春の日はよしなしごとを構はずにただひたすらに暮れて行くなり

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ずいぶん暖かい土曜日だった。日中は仕事場の窓を開けて、外気を取り入れなければ汗ばむほどだった。

何しろ、目の前に鎮座まします Dell のパソコンから発せられる熱は、かなりのものである。

昨年の秋から始まった裏の川の拡幅工事だが、何がなんだかわからない状態になっている。

当初は向こう岸の土手を崩して、その向こうに新たな堤防を作り始めたような雲行きだったのだ。

しかし、今度は途中まで土の盛り上げが進んでいた新たな堤防は、ほったらかしで、逆に、一度は崩しかけていた元の土手に土を盛って修復しようとしている。

何だかなあ。工事が間に合いそうにないから、元の土手だけでも原状復帰しようとしてるんだろうか。いずれにしても、何らかの混乱か手違いがあったと想像させるに十分だ。

こんな馬鹿なことに税金が使われているのだよ。きちんと説明されなかったら、住民からの追求で大変なことになるかもしれない。

まあ、こちら側の土手は何事もなかったように、夕方は犬の散歩の人で賑わっている。

何事もなく、明日はまた来る。

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2006年3月10日

弥生十日の歌

我が庭の梅の蕾のひときはに膨らめるありその咲くを待つ

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昨日の午前十時から始まったココログ・サーバのメンテが驚異的に長引いて、昨夜遅くに終わったと思ったら、大混雑でログインすらできず、さらに今朝になったら、再メンテに入っていて、夕方四時前頃に、ようやくけりがついたようだ。

ココログの "Wakalog" を直接ブックマークしていた方は、昨日から更新が途絶えたと思われたかも知れないが、昨日分は、先に楽天ブログ (リザーブ用に確保してある) の方で更新したので、まだ、「一日一首」 は掛け値なく継続している。ご安心を。

ところで、我が家の庭の梅の蕾が、かなり膨らんできている。とはいえ、この梅はかなり遅咲きの呑気梅なので、この段階になってから、まだまだ先が長い。

この写真の真ん中あたりの、一番大きく膨らんでいる蕾に、目を付けておくことにしよう。多分、これが一番先に咲きそうだ。

昨年の和歌日記をみると、最初の一輪の咲いたのが、三月十八日である (参照)。とすると、今年は例年より十日遅れといわれているから、多分、三月末に近づいてからちらほら咲き始めるだろう。

そうなると、まさに、桜の満開と重なることになりそうだ。

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2006年3月 9日

弥生九日の歌

流れても廻りてもなほ進まざる時の淀みのガード下なり

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昨日はとても暖かったが、今朝辺りからはまた少し寒い。春は行ったりきたりしながら、結局は前に進んでいるようだ。

今日は一日中、神田にいる。昼食時に神田駅周辺をうろうろすると、この辺りは、一昔前のサラリーマンの街という風情だ。何となく新橋辺りと共通する。

ガード下は、何となく怪しげでさえある飲食店が連なり、その周りも狭い道の両側に飲み屋、鮨屋、薬屋、その他もろもろの小さな店がびっしりと並んでいる。

インテリジェント・ビルとか、複合商業施設とか、そういった流行の言葉にはまるで無縁の、のんきだが抜け目のない街である。

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2006年3月 8日

弥生八日の歌

春の日の暮れ行く川の対岸の長々き道を走る人見ゆ

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今日は本当に春らしい一日で、このあたりも気温が二十度近くまで上がったようだ。

取り急ぎの原稿を仕上げてメールで送り、来週末の取材旅行の段取りをつける。三重県の伊賀に行くのだが、週末ということで、ホテルは既に満室となっているところが多く、ようやくのことであまり不便でないところが予約できた。

いくら春らしい陽気でも、さすがに彼岸にはまだ間がある。午後五時を過ぎると、日は釣瓶落としだ。暮れかけた小貝川の対岸を、ジョギングする人影が見える。

明日はうって変わった寒い一日になるらしい。

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2006年3月 7日

弥生七日の歌

降りつける夜明けの雨と思ひしに春嵐に揺れる棕櫚の葉の音

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夜明け前からひっきりなしに聞こえていたパラパラという音は、雨の降りつける音かとばかり思っていたのだが、ベッドから出て外を見ると、路面は乾いている。

パラパラいう音は、我が家の庭の棕櫚の葉が、強風に煽られて立てているのだった。今日は朝から都内に用があるので、横殴りの雨でなくて、まずは安心。

「二月は光の春、三月は風の春」 といわれるが、本当に風は強い。しかし、その風も身を切るような冷たさではない。

天気図を見ると、高気圧に覆われて日本中がいい天気のはずなのに、関東だけは東からの風が入って、雲が多くなっているという。ということは、冬型とは逆だから、日本海側は、天気がいいはずだ。

庄内 Cam の画像を見ると、雲ひとつない青空を背景に、鳥海山がくっきりと見える。こんな日は、関東が曇っていてもうれしい。

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2006年3月 6日

弥生六日の歌

川波の渡る方角裏返り春一番の吹きたるを知る

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啓蟄。小貝川の土手からみると、川面には細かい波が一杯に立って、風の強さをうかがわせる。

冬の間に見慣れた波の方向と逆なので、もしかしたら春一番かもしれないと思ったが、やはり、この写真を撮った直後に、カーラジオがそう告げた。

ずいぶん暖かくなった気がするが、ここ数年では、もっとも春一番に似つかわしくない空模様で、どんよりとしている。

啓蟄とは、「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出れば也」 (暦便覧) ということらしい。

次に控えるのは、21日の春分だ。しかし、「暑さ寒さも彼岸まで」 というが、「毎年よ彼岸の入りが寒いのは」 という子規の句があるぐらいだから、まだまだ油断はできない。

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2006年3月 5日

弥生五日の歌

おづおづと梅の蕾のいくつかの開き始めて冬過ぎたるか

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毎年今頃の時期、水戸の偕楽園に仲間達と観梅に出かけることにしている。今年は冬が寒かったせいで梅の開花が遅れていると聞いていたが、本当にその通りだった。

早咲きの紅梅でも四分咲きで、白梅にも写真のようにちらほらと咲きかけた花がある程度。そのほかは、ほとんどがまだ固い蕾でしかなかった。

「梅はどうだった?」 と聞かれたら、「大変結構な蕾を見物させていただきました」 と答えるしかない。例年ならば、今頃はかなりきれいに咲き誇っている時期なのだが。

偕楽園に観梅に出かけようというなら、多分、再来週あたりが見頃なのではなかろうか。桜の開花は早くなるということなので、梅と桜の満開が重なることだってあるかもしれない。

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2006年3月 4日

弥生四日の歌

枯れ草と若草色にひつそりと混じる紫いぬふぐり咲く

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昨日の午後は、一天俄にかき曇り、大変な勢いで大粒の雨と霰が降ってきて、そればかりでなく、次第に雪に変わってきたので、かなり驚いたが、明けてみれば、穏やかな弥生の空である。

庄内 Cam のライブカメラも、酒田市内の映像では白い部分はほとんどなくなった。月山越えの 112号線の方は、まだ道路の両側は真っ白だが。

土手を歩いてみたら、我が家の生ゴミを処理するダストポットの周りの日当たりのいいところに、ひっそりといぬふぐりの小さな花が顔を出していた。それにしても、紫色の可憐な花なのに、いぬふぐりとは、気の毒な名前である。正しくは、オオイヌノフグリというそうだ。

咲いているのは、まだこのダストポット周辺のごく一部だけなのだが、そのうちに、土手の斜面のあちこちで咲くようになる。

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2006年3月 3日

弥生三日の歌

我が耳は弥生の空に広がれり世界を満たす鳥のさへづり

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今日は耳の日なのだそうだ。三月三日の語呂合わせなのだろうが、かといって、耳のために何をしてやれるだろうか。

耳掃除ぐらいしか、してやれることはないのではないかと思っていたが、このサイトで耳の日の趣旨をみて、「ほほう」 と感心した。(以下引用)

「耳の日」が制定されたのは、昭和29年(1954年)3月3日です。

耳鼻科学会が音頭を取り、厚生省のバックアップで制定されました。

一般の人々が耳に関心を持ち、耳の病気のことだけではなく、健康な耳を持っていることへの感謝、耳を大切にするために良い音楽を聴かせて耳を楽しませてあげるために、あるいは、耳の不自由な人々に対する社会的な関心を盛り上げるために制定されました。

また、この日は、三重苦のヘレン・ケラーにサリバン女史が指導を始めた日であり、電話の発明者グラハム・ベルの誕生日でもあります。

なまじ語呂合わせが単純すぎるので、軽く考えていたが、実はなかなか意味のある日なのであった。今日はきちんと自分の耳に感謝してみよう。

今日は久しぶりに日が出ている。二階のベランダに、くっきりとした影が刻まれている。ふと気付けば、意外なほど多くの鳥の声が聞こえる。ぼんやりしていては気付かない音というのは、案外多いものだ。

鳥の声の中で、耳が喜んでいる。

当初は

嬉しきは弥生を満たす鳥の声降り注ぎくる耳を開けば

と詠んだのだが、推敲して、上記の歌とした。

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2006年3月 2日

弥生二日の歌

鶴といふ名にふさわしき影を載せ冷たき雲にビルは伸び行く

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朝からひんやりとした曇り空。このところ、ずっとこんなような天気が続いている。

天気予報では、雨は降らないだろうということだったが、日の暮れる頃から小糠雨が降り始めた。

神田駅のガード越しに、建設中の高層ビルが見える。一番上に、大きなクレーンがのっている。

クレーンは元々は 「鶴」 という意味の単語である。クレーンの様子が首の長い鶴に似ているので、この名が付いた。

この角度からみるクレーンのシルエットはすらりとして、なるほど、「鶴」 の名にふさわしく見える

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2006年3月 1日

弥生一日の歌

一日を仕事場にゐて過ごす日は風景として冷雨を眺む

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二月は逃げるというが、本当にあっというまに終わって、今日から三月だ。

とはいえ、旧暦はほぼ一月遅れで、まだ如月二日だから、朝から冷たい雨が降っているのも不思議ではないかもしれない。

今日は久しぶりで自宅の仕事場に一日籠もって、原稿を仕上げる予定だから、冷たい雨が一日中降り続きそうだが、個人的にはあまり影響はない。私としてはむしろ、その風情を楽しんでいる。出歩いている人には気の毒だが、

昨年の十一月頃から始まった裏の川の拡幅工事 (参照) だが、見たところ、遅々として進んでいない。対岸の土手はかなり崩して低くしてしまったから、大雨の季節になる前に、新しい土手を築いておかなければならないんだろうが、一体どうなっているんだろう。

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